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イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【光秀】共通1話後半

政宗「信長様、お待たせを」

 

信長「……揃ったな」

 

広間へ足を踏み入れ、私は即座に後悔した。

 

(無理にでも断ればよかった。場違いにもほどがある……!)

 

居並ぶ武将たちは、装いはもちろん顔つきまで普段と違っている。

 

きっとこれが、戦いに向かおうとする武士の顔なのだ。

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政宗「来い、信長様がお呼びだ。お前も軍議に出席しろ」

「軍議に、私も……っ?」

 

政宗「お前は俺たちに幸運を呼び込む女なんだろ? 武功を立ててのし上がる千載一遇の機会だ。–––龍虎退治が始まる」

 

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(政宗に気圧されてここまで来てしまったけど、話を聞くのが怖い……)

 

信長「用向きは、先触れで伝えた通りだ。越後の龍と甲斐の虎がよみがえり、この俺に牙を剥きおった」

 

「龍と虎って……?」

 

家康「上杉謙信武田信玄–––とうに死んだはずの、信長様の宿敵だよ」

 

「謙信、信玄!? その名前なら、ついこの間、聞いたばっかり……」

 

家康「有名な怪物の名を最近まで知らなかったの? 信じがたい物知らずだね、あんた」

 

「っ、ええっと……あはは、そうかも。色々教えてくれてありがとう」

 

(言えない、『あの夜に会ったかもしれない』だなんて)

 

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信玄「本能寺で火の手が上がったって夜に女の子がひとり歩きとは…物の怪のたぐいかな? にしては美人だが」

 

謙信「よくすらすら軽薄な口説き文句が出てくるものだな」

 

信玄「ただの本音だよ、謙信」

 

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(あのふたりが、教科書にマストで載ってて何度もドラマ化映画化されてる有名武将……! そんな大物が信長様に戦を仕掛けようとしてるんだ)

 

彼らが龍と虎だとしたら、この戦は他人事じゃない。

 

(佐助くんはあの人たちと一緒に行動してた。織田軍の敵側の忍びだったんだ……! 幸村と義元さんも、敵側の人間なのは間違いない)

 

三成「美香様、どうかなさいましたか? お顔色がよくないようですが……」

 

「っ……大丈夫。何でもないよ」

 

(絶対言えない。佐助くんと友だちだってことがバレたらどうなるか……)

 

(……ん?)

 

光秀「…………」

 

(今、光秀さん、こっちを見てた……?)

 

背筋が凍り、目を上げられなくなる。

 

(気のせいだ、ただ目があっただけ……。『人の考えを読む』なんてありえない)

 

秀吉「敵はすでに、国境の我らが支城へ向かい進軍を始めたとの報告が入っております。数は一万に満たない模様。安土に攻め入る気はないようですね」

 

信長「挨拶代わりにまずは一戦、というわけか。戦狂いの軍神らしい初手だ」

 

政宗「先陣は俺が。他の誰にも譲る気はない」

 

家康「抜け駆けしないでくれますか。武者震いしてるのは政宗さんだけじゃないんです」

 

政宗「勝星がほしいなら俺から力ずくで奪ってみろ、家康」

 

家康「……戦となると見境がないですよね、あんたって人は。まあ、負ける気はないですけど」

 

秀吉「味方同士で争うんじゃない、ふたりとも。ただし、その意気は買っておく。信長様、ご命令を」

 

信長「今夜、安土を発つ。支度を怠るな」

 

政宗・家康「はっ」

 

信長「美香、験担ぎに貴様も連れて行く。せいぜい俺の役に立て」

 

(私も戦場に!? だからこの場に呼び寄せたの?)

 

「考え直してください! 験担ぎなんて効能、私にはないです……!」

 

信長「炎の中、怯えもせずに俺を救い出した女が、今さら何を臆すことがある? 戦場での貴様の振る舞い、楽しみでならん」

 

(そんなこと楽しみにしないでほしい……!)

 

蘭丸「平気だよ、美香様! 織田軍の皆はハチャメチャに強いからねっ」

 

「強い……。そっか、それはそうだよね……」

 

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佐助「君はとにかく、強い武将のそばを離れないようにして。頑丈な城の中が安全だとは限らない。織田軍の武将たちに守ってもらうんだ」

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(ここは、戦国ライフ大先輩の佐助くんの忠告に従おう)

 

「わかりました、戦に同行します。ただ……ひとつお願いがあります」

 

信長「言ってみろ」

 

「最前線へ出るのだけは、どうかご容赦ください……! 一番後方の隊で、炊き出しや手当のお手伝いをさせてもらえると……」

 

信長「いいだろう」

 

(よ、よかった……。激戦区に放り込まれたら命がいくつあっても足りない。それに……私が一緒にいたら、戦うみんなの足手まといになるのは確実だ)

 

信長「では、美香は任せたぞ、光秀」

 

光秀「御意のままに」

 

(えっ、光秀さんが最後尾の隊の大将なの……?)

 

流し目で私を見た光秀さんに、視線を絡め取られる。

 

光秀「安心しろ、美香。悪いようにはしない。お前が良い子にできればな」

 

「よ……よろしく、お願いします」

 

(嫌な予感しかしない……!)

 

後悔先に立たず–––このことわざを、私はあとから噛みしめることになる。

…………


翌日、心の準備もままならないまま、私は戦場の片隅に立っていた。

 

(神様仏様信長様、どうか生きて帰れますように……!)

 

光秀「美香、祈りなど無意味だと先日教えてやっただろう?」

 

(っ、また考えを見抜かれた。やっぱりこの人、ちょっと怖い……)

 

光秀「こうも言ったはずだ。お前を取って食いはしないとな。俺の隊になったからと言って、怖がることはない」

 

(何から何までバレバレだ……!)

 

「私の考えを読むのはやめてもらえますか……?」

 

光秀「お前こそ、考えをそのまま顔に出すのをやめてはどうだ?」

 

(そんなに顔に出てるかな……? ううん、この人の観察眼が異様に鋭いんだ)

 

光秀さんは私に語りかけながらも、火縄銃の手入れに余念がない。

銃身を扱う長い指先の動きは優雅で、色気さえ漂っている。

 

(武器じゃなくて宝物を手入れしてるみたい。戦の前なのに、リラックスしきってる……)

 

穴が開くほど見つめても、この人が何を考えているのかは読み取れそうにない。

 

光秀「それにしても意外だったぞ。お前が自ら殿を志願するとは」

 

(しんがり……最後尾の隊のことかな)

 

「戦場で何の役にも立てない私が、前に出るわけにいきませんから。確実にみんなの足を引っ張るでしょうし、後方なら前線よりは安全だし……」

 

光秀「ほう、安全」

 

「だって……背後から援護するための隊でしょう? ここまでは敵も攻め込んで来ませんよね?」

 

光秀「と、思うだろう?」

 

「不穏な切り返しはやめてください……!」

 

光秀「–––美香、織田軍を率いる信長様の右腕は、誰だと思う?」

 

(ん……? 急に話が飛んだな)

 

「右腕……秀吉さんでしょうか? いつも信長様のおそばに控えてますよね」

 

光秀「ご明察。では、信長様の左腕は?」

 

(軍議の時、秀吉さんと対になって座ってたのは……)

 

「っ……光秀さん?」

 

光秀「またもやご明察。これがどういうことかわかるか?」

 

「わ、わかりかけてきましたけど、あんまりわかりたくない気持ちです……」

 

光秀「まあそう言わずに、そのささやかな脳みそを絞って考えてみるといい」

 

(信長様の右腕である秀吉さんは、本陣で信長様を守ってる。最重要ポジションだ。その対である光秀さんが任されたのがこの場所。ということは……っ)

 

ドク、ドク、と心臓の音が大きくなっていく。

それを、遠くから響いてきた地鳴りがかき消した。

 

「っ、光秀さん、この音……!」

 

光秀「しー……」

 

光秀さんが人さし指を立てるのを見て、言葉の続きを飲み込む。

地鳴りは次第に大きくなり、視界の隅で土埃が立った。

馬を操る兵たち、そして–––青く染め抜かれた旗指し物が、怒涛の勢いで近づいてくる。

 

光秀の家臣「敵襲、敵襲–––!」

 

(やっぱり! 殿は重要ポジションのひとつだったんだ……!)

 

光秀「正面に手勢を割き相手の注意を引きつけ、少数精鋭で背後を取り、挟撃する……。有能な兵がいてこそ為せる打ち手だ。軍神は人材に恵まれているらしいな」

 

(この人、全然動じてない! むしろ……)

 

笑みすら浮かべ、光秀さんが家臣たちを振り返る。

 

光秀「さて皆の者、ひと仕事といこうか」

 

光秀の家臣たち「はっ!」

 

「みみみ光秀さん、私はどうすれば……っ!」

 

光秀「何もするな」

 

「え……」

 

光秀「お前はただ、俺の背中で震えていればいい。いいな?」

 

(たしかに、下手に動けば邪魔になるだけだ……)

 

恐怖に声が出ず、できたのはかすかに頷くことだけだ。

 

光秀「良い子だ」

 

私の頭をひと撫でした手が、黒光りする銃を取る。

 

光秀「–––迎え討つぞ」

 

光秀の家臣たち「おう……!」

 

(うわ……っ)

 

飛び出していく兵たちが大地を揺るがす。

五分と経たずに、のどかな野原は戦場と化した。

光秀さんの肩越しに映るのは、もつれるようにぶつかり合う馬と馬、人と人、燃える夕焼け–––

刀が金切り声を上げ、銃口がうなり、あちこちで真紅の飛沫が上がる。

 

轟音に包まれながら、私は何もできずに棒立ちになっていた。

 

(私……本当に、とんでもない時代に来てしまった……)

 

光秀さんは微動だにせず、目を細めて戦況を見守っている。

 

光秀「……見つけた、あいつか」

 

(見つけたって誰を……っ?)

 

敵将「狙うは明智光秀の首! 怯むな、進め!」

 

敵兵たち「おう!」

 

(あ……っ!)

 

隊の将らしき人が軍配を振るのが見え、敵兵がこちらに向かって一斉に矢をつがえる。

その時、光秀さんが動いた。

 

矢の軌道を自分の身体でさえぎるように私を背に隠し、一歩踏み込む。

ためらいもなく、ただひとつの方角へ銃を構えた。

 

光秀「美香、耳はふさいでもいい。ただし目は開けておけ」

 

「目を、ですか……っ?」

 

光秀「これが、無垢なお前が生き抜いていかなければならない、現実だ」

 

–––とっさに見開いた瞳が、スローモーションですべてを捉えた。

 

引き金に、長い指がかかる。

音が弾け、銃口が火を噴く。

 

光秀さんの薄い唇が、ほんの一瞬、悲しげに歪む。

そして……

 

敵将「ぐは……っ!」

 

敵将と思しき男が落馬して土埃に消え–––再び世界が動き出した。

 

敵兵たち「お館様!?」

 

敵兵たちは弓を放り出し、彼に駆け寄る。

地に沈んだ人影は、ピクリともしない。

 

光秀「勝負あったな」

 

光秀の家臣「敵将、討ち取ったり!」

 

歓声が上がり、波が引くように敵が逃げ去って……夕陽が、荒れ果てた野原を照らし出した。

 

光秀「美香、立てるか?」

 

(あれ……。私、いつの間に……)

 

自分がへたりこんでいたことにさえ気づいていなかった。

 

光秀「……美香」

 

光秀さんが腕を腰に回し私を立たせてくれる。

その仕草が思いのほか優しくて、なぜか泣きたくなった。

 

(光秀さんが撃たなければ、私たちは、矢の雨を浴びて死んでた。でも……)

 

今、命が、目の前で散った。

 

「…………っ」

 

光秀「美香……?」

 

耐え難いほどの寒さに襲われ、視界が真っ暗になり–––

あとはもう、よく覚えていない。

…………


気を失った美香を光秀が抱きとめた数刻の後。

敵陣の後方では、戦場がまったく似合わない男がため息をついていた。

 

義元「ようやく決着か……。みんな、謙信の隊から伝令だよ。戦は引き分け。退却だ」

 

今川家の家臣「なんと口惜しい! 我らが前線に出ていればこんなことには……! 今頃は今川家を滅ぼした憎き信長を討ち取っていたに違いない! 世に聞こえた龍と虎も、弱腰になったものだ!」

 

気炎を上げる家臣たちを見回し、義元のため息がいっそう深くなる。

 

義元「これでいいんだよ。今回の戦は、言ってみれば小手調べ。謙信たちから信長への、果たし状みたいなものだから」

 

今川家の家臣「はっ、知ったようなことをおっしゃる、我らが当主は。軍議に列席しようともなさらないのに。謙信殿に願い出て先陣を切る気概くらい見せてほしいものですな」

 

義元「謙信たちの邪魔をする気はないよ。俺たちは、行き場をなくして彼らの城に身を寄せているだけ。今回はお前たちがどうしてもと言うから後方支援を願い出たけど、勘違いしてはいけない。これは俺たちの戦じゃない。……今川家はもう、終わったんだよ」

 

義元を残して野原へ出ると、家臣たちは不満をいっそうあらわにした。

 

今川家の家臣「嘆かわしい! あのように気弱な者が当主だから、今川家は信長に負けたのだ。お家再興の手立てはないものか……!」

 

???「……面白い話をしておいでですね」

 

今川家の家臣「!? 何奴?」

 

突如として現れた男は、簡素ながらも見る者が見れば恐ろしく質が良いとわかる着物をまとっていた。

 

使者「とある高貴な方の遣いにございます。皆様は名高い今川家の方々とお見受けいたしました。落ち延びたとの噂を聞き、お探ししておりました」

 

今川家の家臣「何……?」

 

使者「–––貴殿らに耳寄りなお話が」

 

…………


(ん……)

 

布団の中で目を覚ますと、真夜中だった。

 

(どうやって安土城まで帰ってきたんだっけ……)

 

光秀「ようやくお目覚めか、寝坊助」

 

「っ、光秀さん……」

 

枕元から低く潤った声がして、慌てて布団をはねのける。

 

光秀「慌てるな。まずは白湯でも飲め」

 

「は、はい……」

 

差し出された茶碗を言われるがまま傾けるうちに、記憶がよみがえってきた。

 

(そうだ、私、戦場で倒れたんだ……)

 

「戦は……?」

 

光秀「引き分けだ。敵は存分に力を見せつけ、こちらも同じことをした。信長様や秀吉たちは皆、無事だ」

 

「……よかった」

 

(本当によかった、けど……無事じゃなかった人も、いる)

 

ーーーーーーーー

 

光秀「美香、耳はふさいでもいい。ただし目は開けておけ。これが、無垢なお前が生き抜いていかなければならない、現実だ」

 

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(死にたくなかったけど、相手に死んでほしかったわけじゃない。恐ろしかった。……見たくなかった。でも……この先、きっと見ずに済ますことはできないんだ。乱世で私が生き延びたいなら)

 

「あの……、命を助けてくれて、ありが……」

 

光秀「人殺しに礼などするな」

 

人さし指で唇を塞がれ、声が途切れる。

 

(っ、光秀さん……?)

 

光秀「俺は人を殺め、そうすることでお前と共に生き抜いた。お前はその現実に傷ついた。割り切れないんだろう? だったら、そのままでいればいい」

 

すぐに指は離れたけれど、ひんやりとして滑らかな感触が肌の上に残った。

 

(今のは忠告? それとも慰め……? この人……本当に、何を考えてるのかさっぱりわからない)

 

戸惑う私の手から、光秀さんが空になった茶碗を取り上げる。

 

光秀「さて、ここからが本題だ。お前があまりの怯えようだったので、俺から信長様にあることを申し出た」

 

「何でしょうか……?」

 

光秀「どこの生まれか知らないが、お前はずいぶんと恵まれた環境で育ったようだ。この世の恐ろしい部分、汚い部分に、まったく耐性がない見た」

 

(それは……当然だ。私は平和な現代で生まれ育ってきたんだから)

 

光秀「戦場での見事な怯えっぷりを見る限り、お前がいつ信長様のおそばから逃げ出しても不思議はない」

 

「そんな! 今さら逃げ出したりなんて……」

 

光秀「俺は疑り深くてな、人の言葉を頭から信じたりはしない質なんだ。誰かさんと違って」

 

人の悪い笑みを浮かべ、光秀さんが目を細めた。

 

光秀「そこで逃亡防止のため、しばらくの間お前を監視することにした。俺が直々にな」

 

(え……っ?)

 

光秀「信長様にご心配をおかけしないよう、表向きは、お前の指南役を引き受けたことにする」

 

「指南って、何の……?」

 

光秀「これを機に、信長様のおそばに仕えるのに必要なことをお前に伝授してやろう。戦の基礎知識、世の情勢、馬術、護身術、銃の扱いもついでに教えておくか」

 

(見張られる上に、そんな物騒な授業を受けなきゃならないの……!?)

 

光秀「どうした? ありがたくて声も出ないか?」

 

「違います! 喜べません、こんな申し出……!」

 

光秀「つれないことを言うな、美香。たっぷりとしごいてやるから覚悟を決めておけ」