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イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【佐助】共通6話前半

三成「こんなことを言ってはいけませんが……どうしても私は、佐助殿を憎いと思えません」

 

秀吉「俺もだ、三成。美香が裏切ってなかったって話も本当だろう」

 

蘭丸「……俺もそう思うよ」

 

美香との日々が偽りのものではなかったと知り、安堵した空気がかすかに流れる。

けれど–––佐助と美香を好ましく思う感情が消えないとしても、ふたりが敵方の人間だということは、動かしがたい事実だ。

沈黙が流れる中、蘭丸が声を絞り出す。

 

蘭丸「信長様。もし……」

 

信長「…………」

 

蘭丸「もし、戦場で佐助殿と再会することがあったら……?」

 

信長「斬る。それ以外何がある」

 

蘭丸「…………っ」

 

蘭丸が息を呑むほどに、信長の眼差しは冷酷な光を宿している。

 

光秀「今日の友は明日の敵……それもまた、乱世の理だ」

 

蘭丸「……そう、ですよね」

 

信長「各々、すぐさま戦支度に取り掛かれ」

 

武将たち「はっ…!」

 

信長の命に武将たちが声を上げ、一斉に動き始めた。

 

秀吉「佐助と美香はいかがいたしましょう」

 

信長「蘭丸、佐助たちを追う役目は貴様に任せる」

 

蘭丸「え……」

 

俯いていた蘭丸が急いで顔を上げる。

 

秀吉「蘭丸、御館様の命だ」

 

蘭丸「…はっ、承知いたしました」

…………


蘭丸「……」

 

広間を後にした蘭丸は、思案顔でひとり城の外へ滑り出ていく。

 

光秀「…………」

 

その姿を、光秀が何も言わず、注視していた。

…………

 

佐助くんが操る馬に乗って道なき道を進む。

人里を遠く離れるまで、私は生きた心地がしなかった。

 

佐助「もう安心していい、追手の姿は見えない」

 

幸村「織田の領地を抜けた。早駆けはここまでだ」

 

(なんとか、逃げ切れたの……?)

 

ようやく馬の速度を落とした佐助くんと幸村は、ゆっくりと平野を進み始めた。

 

佐助「美香さん、馬に乗り慣れてないだろうからきついと思うけど、もう少し頑張って」

 

「うん、大丈夫…」

 

肩越しに振り返った佐助くんへ、少しぎこちなく頷いて見せる。

 

(でも、まだ少し混乱してる……)

 

ここへ至るまでの道中、ふたりが隠してきた事実を明かされた。

佐助くんは、上杉謙信に仕えている忍びだったこと。

幸の本名は真田幸村といい、行商人は仮の姿で、謙信と協定を結ぶ武田信玄の忠臣であること。

 

これから私たちが向かう彼らの陣営の春日山城には、信長様によって家を取り潰された今川義元もいること–––

 

幸村「美香、騙して悪かった」

 

「ううん。幸……じゃなくて幸村たちにも事情があるんだって、今ならわかるから。佐助くんが私に明かさなかった理由も」

 

(私を巻き込まないように、気を遣ってくれたんだって)

 

佐助「できることなら、君には織田軍の人たちと仲良く平和に過ごしていてほしかった。だけど、そうもいかなくなった」

 

淡々と言葉を続けながらも、佐助くんの表情が陰る。

 

「戦が始まるんだね……」

 

佐助「心配いらない。君は、俺が守る」

 

幸村「俺たちが、だろ?」

 

(ふたりとも、優しいな……)

 

佐助「美香さんもこれからは、俺たちと一緒に春日山城で世話になろう。俺から謙信様に進言する」

 

幸村「ま、それしかねーよな」

 

「……わかった」

 

(現代に帰る日まで、織田軍の敵陣で暮らすことになるのか……)

 

喉にトゲが刺さったようになり、激しく胸が軋んだ。

 

佐助「……ごめん、美香さん」

 

(え……?)

 

佐助「俺は、せっかくできた君の居場所を奪ってしまった」

 

「っ、待って、そうじゃないよ。こんな形で安土を去ることになったのは辛いけど……私は佐助くんと離れたくなかった。安土で暮らしてた時だって、離れようとしたけど出来なかった。織田軍のみんなには謝っても謝りきれないけど……佐助くんと一緒に行くのは、私の意志だよ。一緒に現代に帰るって、約束したでしょう?」

 

佐助「そうだな……。ありがとう、美香さん」

 

(この胸の痛みは、私の覚悟が甘かった結果だ。みんなに償いができない分、せめて受け入れよう)

 

そう心に決めた時、前を行く幸村が振り向いた。

 

幸村「美香、キツくなったら早めに言えよ。まだまだ春日山は遠いからな」

 

佐助「確かに。マメに休憩を入れて、君が疲れないようにしよう」

 

「平気。あんまり迷惑をかけないよう、私も頑張るよ」

 

佐助「今は強がらずに甘えてほしい。できるだけ君の力になりたいから」

 

幸村「ま、つーわけだから、改めてよろしくな、美香」

 

「……うん」

 

幸村「ったく、元気出せって」

 

不安を吹き飛ばすように、幸村がニッと笑ってみせる。

 

幸村「そうだ、晩飯にイノシシ食わせてやる。狩ってくるからちょっと待ってろ」

 

「ちょ……いい加減、私をイノシシを関連づけないで」

 

幸村「そーじゃなくて、あったかいもん腹いっぱい食えば、気持ちも落ち着くだろ」

 

「ありがとう……幸村」

 

幸村「おー。じゃあ佐助、あとで合流する」

 

佐助「了解。気をつけて」

 

馬の腹を軽く蹴って、幸村が山の方へと走り去る。

佐助「美香さん、俺たちは先にこの平野を抜けよう」

 

「うん……」

 

振り返るとどんどん安土が遠くなって、知らない景色に心細くなっていく。

 

(……今も光秀さんが銃を撃った光景が忘れられない)

 

あの瞬間、乱世で必死に結んできた大切な縁が、ぷつりと途切れた気がした。

 

「……銃声がした時、もう終わりかと思った」

 

佐助くんが前を向いたまま頷く。

 

佐助「変わり身の術を身につけてなかったら、危なかった。光秀さんは百発百中の逸話を持つ狙撃の名手なんだ。でも、別れ際に光秀さんの伝説をこの目で見られてよかった」

 

「え……」

 

(あんなことのあった直後なのに……

) 

佐助くんがあまりにいつ戻りで、その様子が引っかかる。

 

「こうなったこと、後悔してない……?」

 

(刃を向けてきたみんなは、佐助くんが尊敬してる人たちだったのに)

 

佐助「君を巻き込んでしまったことは、深く後悔してる。でも……俺自身に関しては、織田軍の皆さんにどう思われようと仕方ない。全部、自分で選択した結果だから。武将のみんなに信義があるように、忍びには忍びの信義がある。俺は、俺なりの義を通したつもりだ」

 

(佐助くんなりの、義……)

 

乱世で生き抜くために、忍びの仕事を疎かにはできない。

けれど、歴史を愛する現代人として、敵味方なく武将を尊敬し、経緯を示すことは辞さない。

 

そして–––友だちである私の身の安全と穏やかな暮らしを、最優先に守ってくれた。

 

佐助「敵の身で俺は、信長様たちに人として惹かれた。たしかに安土を探っていたけど、彼らとの付き合いの中で情報を引き出したことは一度もない」

 

(そういえば、戦国講座でみんなと会ってた時、佐助くんは一度も内部情報を探ろうとはしなかったな)

 

佐助「裏切らなければいけないとわかってても、一緒にいると楽しかった。たとえ一時期でも仲良くさせてもらえたことに、感謝してる。後悔はない」

 

その言葉に、一切の迷いは感じられない。

 

「恨まれてるかもしれないのに……?」

 

佐助「ああ」

 

「もしかしたら、政宗に斬られてたかもしれない……光秀さんに撃たれてたかもしれない、それでも……?」

 

佐助「ああ。運命なら受け入れる」

 

(そんな……)

 

平然と返された瞬間、何か重たいものが私の胸にのしかかった。

 

佐助「とはいえ、死ぬ気は少しもなかったけど。俺は、君を守って現代に帰らないといけないから」

 

少し明るめの茶髪を風に揺らす佐助くんが、私へ柔らかな視線を向ける。

 

(佐助くんが潔く運命を受け入れるのは、私と一緒に乱世の日々を切り抜けて現代へ帰るためだ。すごくありがたいことだし、嬉しい。でも……)

 

「……ねえ、佐助くん、もし……」

 

佐助「うん?」

 

「……ううん、やっぱり、なんでもない」

 

喉まで出かかった言葉を口にする勇気がなくて、そのまま飲み込む。

 

(佐助君は織田軍との間にせっかく築いたつながりを、愛おしみながらもあっさりと手放してしまった)

 

そのあまりにドライな様子に、胸にのしかかる重苦しさが増していく。

 

(私は……刃を向けられてあんなに怖く感じたのに、安土の武将たちの顔がもう懐かしくてたまらない)

 

みんなの気持ちを傷つけ、二度と一緒に笑い合えないことが、悲しくてたまらない。

 

(でも……佐助くんは? こうして私と一緒にいてくれるけど、私たちのつながりがいつか切れてしまったら……その時も今みたいに、『運命だから仕方ない』って、あっさり手放してしまえるのかな)

 

馬に揺られる佐助くんの広い背中を見つめる。

 

(なんだろう、すごくもどかしい……)

 

尋ねられないまま、夕日が尾根に溶けていく。

体温を感じるほどの距離に佐助くんがいるのに、なぜか寂しくなる。

 

佐助「……」

 

いつの間にか会話が途切れ、佐助くんは黙って北西に馬を走らせ続けた。

タイムスリップまで、残すところあと二ヶ月弱。戦国ライフの舞台は、安土から春日山へ–––。

…………
  

 

うっそうとした森の奥まで来ると、蘭丸は辺りを警戒しながら古びた寺の中へと入った。

 

蘭丸「顕如様、いらっしゃいますか?」

 

顕如「私はここだ」

 

蘭丸「遅くなってすみません」

 

仮住まいの寺に身を潜めている顕如が現れ、蘭丸がほっと息をもらすと、その背後から軽薄な声が響いた。

 

元就「城で何か動きがあったらしいな。蘭丸」

 

蘭丸「…………」

 

元就「どうした、口がきけなくなっちまったか?」

 

蘭丸「違う。顕如様以外の奴に聞かれても答える義務がないだけだよ」

 

顕如「蘭丸、何があった」

 

顕如に促され、ようやく蘭丸が口を開く。

 

蘭丸「今日の昼に、上杉謙信と、武田信玄が生きていると報せが入りました」

 

顕如「確かか?」

 

蘭丸「はい、それに今川義元も」

 

蘭丸の報告を受け、顕如の表情が険しくなった。

 

顕如「謙信、信玄……果ては義元までよみがえったとは。……元就のもたらした情報は真だったか」

 

蘭丸「……はい」

 

元就「信用する気になってきただろ、蘭丸? いよいよ死人の祭りの始まりってわけだ。くく……っ」

 

蘭丸「笑いごとじゃないよ!」

 

鋭く睨まれても元就は鼻先で笑う。

 

元就「これが笑わずにいられるかよ。……織田軍の気に入り、美香とか言ったか?」

 

蘭丸「っ……どこでそれを……」

 

顕如「そのような女がいるのか、蘭丸」

 

蘭丸「…………っ」

 

一瞬、蘭丸の返事が遅れた。

けれど顕如の眼光に気圧されたように、すぐに小さく頷いた。

 

蘭丸「……はい」

 

元就「いい駒として使えそうじゃねえか。……どうして黙ってた」

 

蘭丸「……あの方は普通の女の子だ。戦の役には立たないよ」

 

元就「役に立つかどうかは使い方次第だ」

 

蘭丸「人質にしようとでも考えてるの? 無駄だよ。美香様は友だちの忍びに連れ去られて敵方についた。そいつは謙信の手の者だったらしい。俺が追っ手に任命されてる」

 

元就「へーえ……?」

 

興味を示す元就の声音に、顕如はかすかな息をもらした。

 

顕如「……その女子も、運命に翻弄される身か」

 

蘭丸「ともかく……顕如様が信長討伐を諦めたと織田軍に思わせることには成功しました。散り散りになっている同胞たちへは、連絡網を敷いてるのでいつでも指令を出せます」

 

元就「じゃあ『例の件』がお前に任せるぜ、蘭丸。越後に向かうことになったんなら好都合だ。安土の方は俺が『仕込み』を進めとく」

 

蘭丸「指図しないで。俺に命令していいのは、顕如様と……」

 

元就「他にもいんのか?」

 

蘭丸「っ、なんでもない!」

 

唇をかんで言葉を飲み込んだ蘭丸に、元就は肩をすくめる。

 

元就「冷たいねえ、俺も同胞じゃねえか」

 

蘭丸「……なめないで。海賊風情と仲間になった覚えはないよ」

 

元就「寂しいこと言うなって。仲良くしようぜ? くく…っ」

 

顕如「相手にするな、蘭丸」

 

蘭丸「……っ、はい」

 

薄闇に響く元就の笑い声に、蘭丸は顔をきつくしかめた。

…………


寺を出た蘭丸はひとり、とぼとぼと帰路につく。

しばらく歩いた後、そっと懐から取り出した桃の香りを嗅いだ。

 

蘭丸「佐助殿、ひどいよ、勝手に美香様を連れてっちゃうなんてさ。……美香様は今頃、何を思ってるんだろう。本当に、信長様を裏切ってないの……? 会って、聞きたい……」

 

俯きながら呟いた声は、夜の森の中へと吸い込まれていった。

 

…………

安土を出て、ひたすらに馬を走らせたどり着いた先は–––

 

(これが、越後の春日山城……! タイムスリップして安土城へ連れていかれた時も不安だったけど、今度はどうなるだろう)

 

初めて目にする町並みやお城を見上げ、緊張が高まってくる。

 

佐助「大丈夫だ、美香さん」

 

幸村「そんな通夜みたいな顔すんな」

 

(わっ!?)

 

両脇から佐助くんと幸村にポンッと背中を押された。

 

佐助「春日山城の人たちはいい人ばっかりだから」

 

幸村「そうそう。ま、佐助の主君は、ちょっと難ありだけどな」

 

佐助「うーん、反論できない」

 

(え、ちょっと待って……!)

 

「何事にも動じない佐助くんが『難あり』って、相当な難易度の高さだって気がするんだけど……」

 

佐助「不安にさせたならごめん。でも嘘はつけない」

 

「ええ……っ」

 

すいっと目を逸らした佐助くんに、言葉が続かない。

 

(いったい、どんな人たちなんだろう……)

 

幸村「話すよりも見るほうが早い。行くぞ、使者を送って今日戻るって伝えてあるから、みんな待ってる」

…………

通された広間へ入ると、佐助くんと幸村が姿勢を正した。

 

佐助・幸村「ただいま戻りました」

 

信玄「ご苦労だったな、幸、佐助」

 

義元「お帰り、ふたりとも」

 

謙信「…………」

 

(この方たちは……!)

 

ーーーーーーーー

信玄「本能寺で火の手が上がったって夜に女の子がひとり歩きとは…。物の怪のたぐいかな? にしては美人だが」

 

???「よくすらすら軽薄な口説き文句が出てくるものだな」

 

信玄「ただの本音だよ、謙信」

 

???「ねえ君、ちょっとこっちへおいで。そこにいると暗くてよく見えない。……うん、思った通り、綺麗だ」

ーーーーーーーー

 

(あの夜、佐助くんと一緒に森の中にいた武将たち……!)

 

あやふやな記憶が今はっきりよみがえり、目の前の光景と一本の線でつながった。

 

義元「おや」

 

(あ……目が合った!)

 

義元「佐助、君の背中に隠れてる子は、もしかして前に森で会った……」

 

「っ、どうもお邪魔します。佐助くんの友人で、美香といいます……」

 

こわごわ佐助くんの背中から顔を出して挨拶をすると……

 

義元「佐助が……」

 

謙信「女を……」

 

信玄「連れ帰っただと……!?」

 

家臣たち「おおー!」

 

周りに控える家臣たちが一斉に湧きたち、広間は騒然とする。

 

(な、何なに何なの!?)

 

幸村「あー、うぜー……」

 

佐助「まあ、こうなるだろうとは思ってた」

 

信玄「美香、どうぞよろしく。俺の名は武田信玄。お近づきになれて光栄だよ。ちなみに、そっちの目つきの悪いのが上杉謙信、美人顔の男が今川義元だ」

 

義元「雑な紹介ありがとう、信玄」

 

佐助「みなさん、言っておきますが、彼女は俺の大事な友人です。失礼な言動は謹んで下さい」

 

信玄「友だちか、それはいいことを聞いたな。天女を連れて戻るとは、佐助と幸の潜入先は安土じゃなくて極楽浄土だったか?」

 

幸村「バカいってんじゃねーよ。美香は織田軍の世話役だったんだけど、元は佐助と同じ国の出だったらしくて、色々あって一緒に来ることにんなったんです」

 

信玄「なるほど。ということは、君たちの故郷が極楽というわけだな、美香?」

 

「え、ええっと……」

 

(幸村の話が通じてるような、通じてないような……)

 

義元「いいなあ、安土城で暮らしてたんだ? あの天主、絶妙な造形だよね。やっぱり、いい壺置いてあった?」

 

(壺!? どうしよう、よく見てなかったらからなんて答えていいか……)

 

グイグイ来るふたりに戸惑う私を、幸村と佐助くんが素早く手を広げて隠してくれる。

 

幸村「あんたら、近い! とくに信玄様!」

 

佐助「距離感を大事にして下さい、義元さん」

 

(よ、よかった、ふたりがフォローしてくれて。それにしても信玄様は幸村の主君だよね?)

 

幸村はタメ口まじりで信玄様を叱り、義元さんも巻き添えを食っている。

 

(これって、いつものことなのかな。家臣の人たちも慣れた様子で笑ってるし。安土とはまた全然ノリが違うな……。主従の距離感が近いみたい)

 

信長様がトップに君臨する織田軍と違って、春日山城の人たちは、仲良しでお互い気の置けない関係なのだということが伝わってくる。

 

遠慮のないやりとりの中に、お互いを大切に思っていることが透けて見える。

 

(誰かにとっての敵も、別の誰かにとっては大事な存在なんだ……。この人達も、私を同じ人間だ。織田軍のみんながそうだったように。不安だったけど、ここでも何とかやっていけそうかも……)

 

安堵の息をもらしかけた矢先、冷ややかな声が耳に届いた。

 

謙信「佐助。それが、例の女か」

 

佐助「はい」

 

(例の女?)

 

謙信「目障りだ。斬られたくなければ俺の目に入らないところへ仕舞っておけ」

 

(っ、今、斬るって言った……?)

 

左右の色の違う瞳が私を射抜き、向けられた不穏な言葉に血の気が引く。

 

佐助「謙信様、その言い方はどうかと。彼女はモノじゃありません」

 

謙信「ほう? では、血が通っているかどうか、この姫鶴一文字に確かめさせるか」

 

(え!?)

 

瞬きをする間もなく抜かれた凶刃が私へと向けられ–––

 

佐助「美香さん!」

 

「きゃっ!」

 

素早く佐助くんが飛び出し、抜いた刀で謙信様の凶刃を防ぐ。

 

(いま……この人本気で、斬るつもりだった……?)

 

謙信「悪くない目だ、佐助。せっかく刀を抜いたなら、今ここで俺と斬り合え。命を賭けてな」

 

佐助「遠慮しておきます。俺との契約をお忘れですか?」

 

(契約……?)

 

ぶつかった刀越しに、しばし睨み合うも……

 

謙信「……つまらん男だ。興が削がれた」

 

すっと刀を鞘に収めて、謙信様は広間を去っていった。

 

(あの人が佐助くんの、『難あり上司』……! 『難あり』の意味がわかりすぎるほどわかった!)

 

佐助「美香さん、驚いたと思うけど、大丈夫?」

 

「う、うん……大丈……」

 

(わ……!)

 

最後まで言葉にならず身体から力が抜ける私を、佐助くんが腕を回して支えてくれた。

 

「ごめん、大丈夫じゃなかったみたい」

 

佐助「当然だと思う」

 

家臣「佐助殿、ご友人のために白湯を用意しましたので、どうぞこれを」

 

佐助「ありがとうございます」

 

(あれ……みんな、今の騒ぎに驚いてない?)

 

他の人たちも心配してくれはするものの、突然の斬り合いに驚いた様子がまったくない。

 

幸村「おい、斬られたくなかったら、謙信様に近づかねえようにしろ。あの人、常に本気だからな」

 

「突然刀を抜くような人がいるのに、なんでそんなに平然としてられるの……っ?」

 

義元「謙信は、抜刀が挨拶みたいなところがあるから。今回は掛け軸が無傷でホッとしたよ」

 

「普段どれだけ暴れまわってるんですか、あの人……!」

 

信玄「うんうん、怖かったな。天女の憂いを晴らす役目、俺に命じてくれないか? 今夜、一緒に月見酒でもどうかな」

 

艶っぽい笑みを浮かべる信玄様がそっと私に身体を寄せる。

 

「えっ、あの……」

 

幸村「ふざけんな。今日は俺が道中に狩ったイノシシで、みんなでボタン鍋やるって決めてんです」

 

義元「いいね。たまになら、野趣に富んだ食事もひとまわりして風流だ」

 

(斬り合いが起きかけたのに、あっという間に平常運転に戻っちゃった。前言撤回……。簡単には馴染めないかも……)

 

周囲に言葉を失っていると、佐助くんは淡々と言葉を続ける。

 

佐助「美香さん、驚かせてごめん。みんな、いい人だけど変わってるんだ」

 

幸村「お前には言われたくねえ」

 

佐助「来て。一息入れよう

幸村の言葉をスルーした佐助くんは、私を連れて広間を後にした。

………… 

 

案内されたのは、囲炉裏のある落ち着いた雰囲気の部屋だった。

 

「もしかして、ここって佐助くんの部屋?」

 

佐助「ああ。俺好みにリノベーションさせてもらってる」

 

「そうなんだ、いいお部屋だね」

 

淹れてもらった熱いお茶を佐助くんと飲んでいるうちに、少しずつ気持ちが落ち着いてくる。

 

(それにしても、さっきの謙信様にはびっくりしたな。佐助くん、どうしてあんなとんでもない人の下で働いてるんだろう)

 

ふと、以前佐助くんから聞いた話が脳裏に浮かぶ。

 

ーーーーーーーー

佐助「俺はあるひとりを除いて、どの武将にも肩入れしないと決めてるんだ。あくまで俺は歴史の観察者だから」

 

「『あるひとりを除いて』っていうのは……?」

 

佐助「その人とはある契約をかわしてるんだ。それで、深く関わらざるを得なくなった。……ただ、俺はその人の手伝いはしても、歴史の大勢に関わる戦に参戦する気はない」

ーーーーーーーー

 

「前に佐助くんの言っていた『例外のひとり』が、謙信様なの?」

 

佐助「ああ。四年前、俺が乱世にタイムスリップして初めて出会ったのが謙信様なんだ。それからなんだかんだずっと一緒にいる」

 

(す、すごい。四年間もあの人と一緒だなんて……)

 

「佐助くんが強くなるのもの納得だよ……。斬られかけたことは?」

 

佐助「星の数ほど。とててもわかりにくいけど、悪い人じゃないんだ」

 

「……わかりにくすぎて、ちょっと理解できないかも」

 

深いため息がこぼれると、佐助くんがお茶のおかわりを注いでくれる。

 

佐助「乱世で過ごす時間はまだ二ヶ月近くある。その間に、少しでも謙信様や春日山の良さを、君に知ってもらえるよう努力する」

 

(佐助くん……)

 

安土にいた時、怖がって引きこもっているうちは、恐怖に耐えるばかりの毎日だったことを思い出す。

 

(でも、佐助くんに導かれて外に出たら世界が開けた。きっと今もあの時と一緒だ。怖がって目をつむってたら、何もわからない)

 

よし、と気合を入れて背筋を伸ばす。

 

「わかった。せっかく春日山に来たんだもんね。戦国ライフ第二章、満喫するよ」

 

佐助「…………」

 

「謙信様は怖いけど、佐助くんが『悪い人じゃない』って言うなら、きっといいところがあるはずだしね」

 

(佐助くんの言葉なら、大丈夫だって信じられる)

 

気持ちが軽くなって微笑むと、佐助くんが眩しげに目を細めた。

 

佐助「君は不思議だな。さっきまであんなに怯えてたのに、謙信様に斬りかかられても、今こうして迷いのない目をしてる」

 

「切り替えが早すぎて呆れた?」

 

佐助「そうじゃない。尊敬する……いや、今のは正確じゃないな。素晴らしいと感じる……これも違う。もっと君を知りたいというか……うまく言えない」

 

どうやら真剣に悩んでいるらしい佐助くんが、じーっと私を見つめる。

 

「な、何……?」

 

佐助「君を見つめるたびに湧き起こるこの感情は、何なのかを、いま考えてる」

 

(え……)

 

ぶしつけな視線を注がれ、なぜか、ぞくっと肌に痺れが走った。 

 

「っ、見すぎだよ……」

 

いたたまれなくなって、顔を伏せる。

 

(なんでだろう……、こんなふうに見つめられたら、なんだか、心臓が……)

 

佐助「心臓が、鳴ってる」

 

「え……?」

 

(佐助くんも、私と一緒……?)

 

佐助「君に初めて出会った時も、こうだった。何かが胸のあたりでスパークしたんだ」

 

「スパークって……。雷がかすったんじゃ……?」

 

自分の胸に手を当て、佐助君は記憶をたどるように呟く。

 

佐助「いや、あのとき君が俺を……」

 

(私が……?)