ikemenserieslのブログ

イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【佐助】共通7話前半

 

「大事な人たちに、二度と会えなくなるのに……悲しくないの?」

 

気持ちをぶつけると、佐助くんがかすかに眉をひそめた。

 

佐助「どうして……か。自己分析してみるから、少し待って。とりあえず歩こう。血流をよくすれば脳も活性化され、考えがまとまるはずだから」

 

「わ、わかった」

 

春日山の町を散歩しながらしばらくすると、佐助くんがぽつりぽつりと話し始めた。

 

佐助「恐らく俺は、執着しないことがクセになってるんだと思う」

 

「どういうこと……?」

 

佐助「少し、昔話に付き合ってもらえる? 俺は幼い頃から親の仕事の都合で、転校を繰り返してた。義務教育の期間だけでも、回数は軽く二桁はいってる」

 

(そんなに!?)

 

佐助「短期間で出会いと別れを繰り返すうち、初対面の人たちとの関係性の構築がそれなりに上手くなった。とはいえ、昔から感情が顔に出にくい質だったから、冷たい奴と思われて、同級生に敬遠されることも多かったけど」

 

(そういえば私も最初は、同じ現代人なのに、武将と同じレベルで変わってるって思ってたな)

 

佐助「ちなみに、感情が出ないのは家系で、両親ともに同じ」

 

佐助くんはむにっと自分の頬をつまむ。

 

「家系だったんだ……。誤解されて、辛かったよね」

 

佐助「悪いことばかりじゃない。周囲の誤解を解く努力をするうちにコミュニケーション能力も身についた。今では自分のチャームポイントだと思ってる」

 

(佐助くんらしい前向きさだな)

 

佐助「ただ、新たに出会った人たちと仲良くなって友情を育んでも、必ず別れはやってきた。それを繰り返すうちに俺は、大事な人たちとの別れを、仕方のない運命、もしくは……自然と起こりうる当たり前の現象として、受け入れるようになったんだと思う」

 

(そっか……。佐助くんは別れを恐れて相手に深入りしないわけじゃないんだ。深く人間関係を築いたとしても、その絆に執着しない人なんだ)

 

そう悟った途端、チクリと、何かが胸を刺した。

 

(誰が相手でも佐助くんは……訪れる別れを、当たり前のことだと受け入れてしまうのかな)

 

佐助「美香さん、どうかした?」

 

「あ、ええっと……すごいなと思って。誤解されないよう、幼い時から佐助くんは頑張ってきたんだね」

 

佐助「……この件で誰かに褒めてもらったのは初めてだ。君に褒められるのは、気分がいい」

 

(佐助くん、ちょっと喜んでる……)

 

またひとつ、佐助くんを理解できて嬉しい。そのはずなのに–––

 

(どうしてだろう。さっきよりもっと、寂しくなった……)

 

「……私は、佐助くんみたいには考えられないかな」

 

佐助「え……?」

 

「起きたことすべてを、運命だからって受け入れられない。佐助くんと離れずに、こうして春日山に来られて嬉しいし、後悔もしてない。でも、織田軍のみんなとのつながりを、切れたままにしておくのは悲しくて…。みんなを傷つけてしまったんじゃないか……元気にしてるかって、これから何度も考えると思う」

 

(仕方がないなんて、きっと一生思えない)

 

レンズ越しに見える茶色い瞳がわずかに揺れた。

 

佐助「君は……政宗さんや光秀さんに命を奪われかけたのに、それでも彼らと向き合いたいと思ってるんだな」

 

「……うん。みんなの傷ついた顔が、今も頭から離れない。嫌われてしまったかもしれないけど、突然いなくなったこと、ちゃんと謝りたいの」

 

佐助「…………」

 

(安土のみんなだけじゃない。春日山の人たちだって同じだ)

 

「幸村は友だちだし、信玄様や義元さんたちともこれから仲良くなりたい。謙信様はやっぱり怖いけど……佐助くんにとって大事な人なら、分かり合いたいと思う。だから、私は……上杉武田軍と織田軍が、戦を回避する方法があればいいと思ってる」

 

佐助「そうか……。君は、運命にあらがおうとする人なんだな。俺にはない発想だ。君はやはり、素晴らしい人だ」

 

(素晴らしい、って……)

 

「……そんなふうに言わないで。私は全然、素晴らしくなんてないよ」

 

佐助「……? 美香さん、怒ってる?」

 

「そうじゃないけど、でも……っ」

 

(私、変だ。何をむきになってるんだろう。佐助くんもきっと困ってる)

 

頭では理解しているのに、名付けようのない感情が噴き出してコントロールが効かない。

手のひらをきつく丸めて立ち止まると、佐助くんは心配そうに私へと顔を寄せた。

今はその視線から逃げたくて、さらに深く俯く。

 

佐助「……」

 

(なんでこんなに、もやもやするんだろう。佐助くんは私と別の人間なんだから、違う考えを持ってて当たり前だ。なのに、なんで……っ)

 

目の前にいるのに、佐助くんが遠くて、寂しくて、じれったい。

 

佐助「何か気に障ったなら謝る。俺は、君を本当に尊敬できる人だと思っただけで……」

 

「私は、佐助くんに尊敬されたいわけじゃないよ……!」

 

佐助「え……?」

 

(っ、怒ってるわけじゃないのに)

 

言葉が喉の奥で絡まって、気持ちをうまく吐き出せない。

 

佐助「なら……」

 

私の頬に温かな手が触れ、そっと顔を持ち上げられる。

 

佐助「君は、俺にどうされたいの?」

 

(っ、それは……)

 

優しく問いかけてくる瞳を見上げた途端、考えるより先に想いが弾けた。

 

「私と同じように、大事な人とは離れたくないって……離れたら寂しいって、思って欲しい」

 

佐助「え……?」

 

「ずっと一緒にいたいって、思ってほしい。だって……」

 

(だって、あなたが、好きだから)

 

思考の速度を感情が追い抜き、せき止められていた言葉が、ぐちゃぐちゃのまま溢れてくる。

 

「佐助くんは……っ、もしも……。もしも私と離れ離れになっても、『仕方ない』って思うの?」

 

佐助「え……っ」

 

「私と二度と会えなくなっても……平気なの?」

 

頬が熱くて、声が少し震えてしまう。

 

佐助「……っ」

 

佐助くんが、息を呑んだのがわかった。

直立不動でたたずむ彼の、切れ長の目を見つめながら–––今さら悟った。

 

(そうか、私……佐助くんのこと、好きだったんだ。佐助くんが好きで、大好きで……こんなにもこの人に、甘えてたんだ。佐助くん、すごく困ってる……。急にこんなこと言われたら当たり前だ……)

 

「……ごめん。子どもみたいなわがまま言った」

 

佐助「……いや……」

 

「頭、冷やしてくる。佐助くんは先に帰ってて」

 

背中を向けて走り出そうとした瞬間、

 

佐助「待って」

 

(あ……っ)

 

余裕なく手首を掴まれ、距離が縮まった佐助くんと向かい合う。

 

佐助「今すぐ、答えは出せない。だから、時間がほしい」

 

「え……」

 

佐助「再会して以降ずっと一緒にいたから、君に二度と会えなくなる事態が具体的に想像できない。少し、考えさせて」

 

(佐助くん……)

 

「……っ、わかった」

 

(勝手に私が感情をぶつけたのに、佐助くんは真剣に受け止めてくれるんだ)

 

真っ直ぐな言葉のおかげで、高ぶっていた気持ちが少しずつ落ち着いていく。

 

「……引き止めてくれてありがとう。考えるって約束してくれたことも。……佐助くんってほんと、真面目だね」

 

佐助「ああ。小学校の通信簿に、『佐助くんは大変真面目です』って六年連続で書かれるくらいには真面目だ」

 

「ふふ……」

 

思わず笑ってしまうと、安心したように佐助くんも笑みを返してくれる。

 

佐助「大切な友だちとケンカ別れはしたくない。いずれ質問に必ず答えるから、一緒に帰ろう」

 

「……うん」

 

(大切な、友だちか……)

 

自分の想いに気づいた今、その言葉は少し切なく、ほのかに甘い。

この絆も、いつか断ち切られるかもしれない。

けれど佐助くんはたしかに今、ありったけの誠実さと優しさを私に向けてくれている。

 

(先のことを不安がっても始まらない。今この瞬間の佐助くんの気持ちを大事にしよう)

 

「……さっきは変なことで怒ってごめん。わがまま言って、ごめん」

 

佐助「謝らないで。俺は怒っている君も好きだし、君がわがままを言ってくれるのは嬉しい」

 

(っ、なんで、サラッとそんなこと言えちゃうかな……)

 

佐助くんを好きだと自覚したせいで、何気ない言葉さえ、心をときめかせる爆弾になる。

 

(というか私、さっき……ただの友だちの分際で、とんでもなく厚かましいこと言ったんじゃ……っ)

 

自分の言動を振り返ると、身をよじるほど恥ずかしくなってきた。

 

(うー……顔が熱くなってきた……)

 

佐助「美香さん? どうかした?」

 

「なんでもないっ」

 

きっと真っ赤になっているはずの頬を隠したくて、私は佐助くんを置いて駆け出した。

 

佐助「だったらなんで逃げるんだ?」

 

「走りたい気分なの!」

 

佐助「そうか、だったら付き合う」

 

(そうくるっ?)

 

気づくと、城までの道を前後に並んでジョギング状態になっていた。

 

佐助「美香さん、もう息が上がってるみたいだけど、休憩する?」

 

「平気っ……まだ走れるよ!」

 

(呼吸が乱れてるのは、走ってるからだけじゃないんだけど)

 

佐助くんの存在を背中に感じるだけで、ドキドキと鼓動が騒がしい。

めまぐるしい感情に身を任せ、風を切って走っていく。

 

(佐助くんと一緒に過ごすうちに、世界がキラキラ輝き出した。とっくに私は佐助くんに、恋をしてたんだ。だから、毎日あんなにも楽しくて……今こんなにも、寂しいんだ)

 

いつか私もあっさりと手放されて、絆がぷつりと途切れてしまうかもしれない。

そう思うと、怖くてたまらないけれど–––

 

(もう無駄だ。いつか手放されてしまうとしても、取り返しがつかないくらい、愛しい)

 

覚悟を決めれば、青空が広がる目の前の景色が一段と輝いて見えて胸が弾む。

戦国時代にタイムスリップして、佐助くんと出会ってから、一ヶ月半が経とうとしていた。

…………

信玄「んー? なんだあれは。鬼ごっこか?」

 

謙信「…………」

 

信玄と謙信が出かけようと城門を出た時、縦一列で走る美香と佐助がふたりの目に入った。

 

信玄「ずいぶんと楽しそうだな。天女といると、佐助の能面みたいな顔が少し表情豊かになる」

 

謙信「……気に入らん。俺の忍びに情など不要だ」

 

言い捨てた謙信が背を向け歩きだす。

 

信玄「やれやれ……」

 

信玄は苦笑をもらし、そのあとを追った。

…………

後日–––

 

佐助は謙信の部屋に呼びつけられた。

 

佐助「次の任務は、織田軍の領土との境、合戦となることが想定される平原の偵察ですか」

 

謙信「そうだ。敵地側へと潜入し、辺りの地形もつぶさに調べてこい。出立は明朝だ」

 

佐助「承知しました。にしても、ずいぶん急ですね」

 

謙信「お前が美香のような小物にかまけ、腑抜けているからだ。敵地へおもむき牙を磨き直してこい」

 

不機嫌さを隠さない謙信の視線を佐助が真っ向から受け止める。

 

佐助「腑抜けてるつもりはありません」

 

謙信「鏡を見て言え」

 

佐助「毎朝、水鏡で身だしなみは確認していますが、自分では分かりません。松、竹、梅、どう思う?」

 

ぴょんぴょんと謙信のそばで跳ねるウサギたちに問いかけるものの、小首を傾げ、つぶらな瞳で見上げるばかりだ。

 

謙信「いつまで油を売っている? 早々に下がって支度をしろ。さもなくば、お前の偵察先を冥土へ変えてやる」

 

刀の柄に手をかけた謙信に、佐助が素早く一礼して立ち上がる。

 

佐助「いえ、敵地がいいです。失礼しました」

…………


日が落ちた頃、佐助くんが私の部屋に顔を出した。

 

「え……。明日の朝……?」

 

佐助「ああ。二週間は帰れないと思う」

 

(敵地に潜入って……)

 

「相当、危険な任務だよね……?」

 

佐助「問題ない。美香さんは忘れた? 俺は、ちょっとすごい忍者なんだ」

 

「……うん、それは、よく知ってる。どうか気をつけてね」

 

佐助「ああ」

 

飄々と返す佐助くんは普段と変わらない。

 

(佐助くんなら大丈夫……。本当はちょっとどころか、ものすごい忍者なんだから)

 

わかってはいるものの、嫌な胸のざわめきは収まらない。

考えてみれば、戦国時代に来てからはいつも佐助くんがそばにいた。

半月も離れ離れになるのは初めてだ。

 

(佐助くんが危険な任務に赴くって時に、寂しがってる場合じゃない……)

 

「じゃあ私は、佐助くんがいない間、春日山で戦国時代の勉強を続けるね。そうだ、教えてもらった信玄様のお気に入りの茶屋も覗いてみようかな。甘味が美味しいんだよね?」

 

明るい声を出して、気持ちを悟られないようにするけれど……

 

佐助「そんな寂しそうな顔しないで」

 

「え……」

 

佐助「大丈夫。すぐに戻ってくるから」

 

(っ……、あっさり見抜かれちゃった)

 

鋭すぎる佐助くんに、肩をすくめる。

 

「どうして寂しいって分かったの?」

 

佐助「忍者の観察眼を甘く見ないでほしい」

 

(あ、さりげなくドヤ顔してる)

 

表情は変わらなくても、それが伝わって、ふっと笑みが浮かぶ。

 

「おみそれしました」

 

佐助「実は今日、二週間、君の護衛を務める俺の代打を連れてきたんだ」

 

「代打って?」

 

佐助「クナイ、おいで」

 

佐助くんが懐から出したのは、小さなリスだった。

 

佐助「ペットのクナイだ」

 

クナイ「きぃっ」

 

(か、可愛い!)

 

ふわふわの茶色い毛をしたクナイは、佐助くんの腕を伝って肩にちょこんと座る。

 

「よく懐いてるね……!」

 

佐助「忍びは、訓練で動物の習性を学んだりもする。その一貫として、一緒に暮らすようになったんだ」

 

「撫でても嫌がられないかな……?」

 

佐助「もちろん」

 

佐助くんから渡されたクナイを両手で受け止める。

 

(わぁ、柔らかい……!)

 

「素敵な護衛だね。クナイ、よろしくね!」

 

佐助「クナイ、美香さんを頼んだぞ」

 

そっと背中を撫でると、クナイは了解したというように小さく鳴いた。

 

佐助「念のため、護身用のまきびしも渡しておく。鉄製じゃなくて、菱の実で出来た天然由来のまきびしだ。軽くて女性でも扱いやすい」

 

「ボタニカルな武器だね。ありがとう」

 

ずしりと重い巾着袋には、まきびしがこれでもかと入っている。

 

佐助「万が一、謙信様が突然斬りつけてきたり、信玄様が夜這いしてきたら、これをまいて逃げるんだ。いい?」

 

「佐助くん、仮にも自分の雇い主たち相手に容赦ないね……」

 

佐助「ことわざにもこうある、『まきびしあれば憂いなし』」

 

「うん、絶大な信頼をまきびしに寄せてるのは伝わった」

 

佐助「まきびしを笑うものは、まきびしに泣くから」

 

「ごめん、ちょっと何言ってるかわからない……。でも大事なものを私にくれて嬉しいよ。ありがとう」

 

(これも、私のお守りだ)

 

寂しさと心細さを我慢して笑うと、佐助くんもかすかに眉根を寄せて笑った。

 

佐助「当分、君のツッコミが聞けないのは俺も寂しい。というか……ツッコミだけじゃないな」

 

「え?」

 

少し戸惑ったように佐助くんが目を伏せた。

 

佐助「どうやら俺は、君がいないと寂しいみたいだ」

 

「ええっ?」