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イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【佐助】幸福11話前半

激しい顕如との一戦が終結した翌日–––

 

早朝に起きだし、顔を洗って身支度を整えていると、離れた場所に佐助くんの姿が見えた。

 

遠くからシルエットを目にしただけで心が躍る。

 

(ちょっと緊張するけど……)

 

想いを交わした昨夜の記憶が、私を佐助くんの元へ小走りにさせた。

 

「佐助くん、おはよう!」

 

佐助「おはよう、美香さん」

 

迎える佐助くんは、私を見上げて眩しげに目を細めた。

 

(……見つめ合ってるだけなのに)

 

視線を交わすだけで、痺れるほどの喜びが胸をうつ。

確かに昨日までの自分たちとは違っていて、恋人同士になった実感がふつふつと湧いてくるようだった。

 

「なんだか少し、照れくさいね……」

 

佐助「ああ。朝からこんなに心拍数が高いのは、間違いなく美香さんを前にしてるからだ」

 

「私もびっくりするくらい、ドキドキしてるよ。こんなこと言ってる場合じゃないのにね……」

 

今日このあと、上杉武田軍と織田軍は、改めて会合を開くことになっている。

昨夜は顕如の急襲で中断してしまったので、改めて休戦の書状を交わすためだ。

 

(無事に和平が成立するといいけど……)

 

「黒幕が捕まったから、休戦の必要はない……そんなふうに皆が思わないといいな」

 

佐助「各地に波及した暴動は収束していない。黒幕が捕まったとしても、放っておけばますます広がっていく。謙信様たちも信長様たちも、わかってるはずだ。彼らが戦うのは大義のため、それぞれの思い描く平和な日ノ本のためだ。そして、日ノ本っていうのは……この島国に住まう人々そのものだ」

 

(この国に住む人たちそのもの……)

 

佐助「大丈夫。あの人たちは、功名を追求して、何より大事な民をおろそかにするような小物の将じゃない」

 

「……うん、そうだね」

 

(歴史が動く瞬間を見届けよう。今、乱世に生きている民のひとりとして)

 

迷いなく冷静に話してくれる佐助くんに、気持ちが落ち着いていく。

 

「よし! 私も会合に同席するよう言われてるし、気合を入れて臨まなくちゃ!」

 

佐助「腹が減っては戦はできぬ、だな。皆が起き出す前に、朝餉の支度をしておこう」

 

「朝餉って……佐助くんが?」

 

佐助「忍者だからアウトドア料理には慣れてる。俺に任せて」

 

佐助くんはたき火の残り火をもらってくると、鍋代わりの陣笠を煮沸消毒して支度を整えていく。

 

「何を作ってくれるの?」

 

佐助「現代風に言えば、雑炊に近い。まず米を乾燥させた保存食である干飯を煮る。次に採取してきた食べられる野草を洗って刻み放り入れる」

 

(わぁ、手際がいいなぁ!)

 

ぐつぐつと煮えていく様子を、佐助くんと並んで眺める。

好きな人とふたりきりで過ごせる時間は何より嬉しくて幸せだ。

 

佐助「そろそろ仕上げの焼味噌を加えよう」

 

お味噌のいい香りが漂って、あっという間に佐助くんは皆の分の雑炊を完成させた。

 

佐助「はい、どうぞ。味見してみて」

 

「いただきます!」

 

椀によそわれた熱々の雑炊を口にすると、身体の奥からぽかぽかと温まる。

 

「美味しい! 佐助くんて料理も上手なんだね」

 

佐助「大したことじゃない、料理はあくまで野外専門だ」

 

「十分すごいよ。どんな場所でも美味しいごはんを作れるなんて最強じゃない」

 

感心していると、火を絶やさないように息を吹きかけていた佐助くんが身体を起こして……

 

(あっ……!)

 

すばやく唇を盗まれる。

 

「……っ、急に、なんで?」

 

佐助「君が可愛いと思ったから」

 

真顔で言われて心臓が甘い痛みを覚えた。

 

(そういう佐助くんだって……)

 

佐助くんへ身体を寄せて、私からキスを仕返す。

 

佐助「!? 美香さん……?」

 

「……佐助くんが、格好いいと思ったから」

 

佐助「…………」

 

「よかったら、もう一回していい?」

 

佐助「駄目だ。……次は、俺からさせて」

 

佐助くんは私の頬にかかる髪を横へ流して、今度は少し長く唇を重ねた。

 

「ん……っ、ぁ……」

 

唇の温もりと、頬に添えられる佐助くんの指先の感触に、頭の芯が痺れていく。

 

(幸せでどうにかなりそう……)

 

ちゅっと、かすかな水音とともに唇が離れ、茶色の澄んだ瞳が私を捉える。

 

佐助「……あと少しだ。幸村や謙信様、信玄様、義元さん、織田軍の皆……。彼らが日ノ本に平和をもたらす第一歩を見届けたら、一緒に帰ろう」

 

「うん」

 

ふと佐助くんの表情が暗く陰った気がして、顔をのぞき込む。

 

「どうかした……?」

 

佐助「昨日、君と一緒に救援を呼びに行って敵襲に遭った時、これまでにない恐怖を感じた。……君に何かあれば俺は、生涯自分を許せない」

 

「佐助くん……」

 

佐助「俺は君を連れて必ず帰る。俺たちのいるべき場所に。君が安心して暮らせる場所に」

 

(そこまで大切に思ってくれてるんだ。嬉しいな……。–––でも)

 

目に見えない小さな棘が、心の深いところにそっと刺さる。

 

『俺たちのいるべき場所に』と呟いた佐助くんは、まるで自分に言い聞かせているように思えた。

 

(この時代へ来たばかりの時は、一分に一回、帰りたいって思ってた。だけど……)

 

恋のはじまりの幸福のさなか、無視できない引っかかりが、私たちの中に生まれ始めている気がした。

 

 

…………


美香と佐助が唇を離し、照れたように笑い合うのを見て、天幕から出てきたひとりの男が、小さく息を呑んでいた。

 

幸村「……あいつら……。なんだ……そういうことだったのかよ。……全然、気づいてなかった……。『いるべき場所に帰る』って……元いた国に、だよな……。なんだ、そうか……。そうかよ……」

 

呆然としながら呟いた幸村は、ふたりに背を向け、静かにその場を後にした。

 

 

…………


その日の午後–––

 

(緊迫した雰囲気は昨日と同じだ……)

 

私が佐助くんと会合の場に足を踏み入れると、武将たちは各陣営に分かれて対面していた。

 

今にも斬り合いが始まりそうな空気の中、信長様が威圧感に満ちた視線を私へ投げる。

 

信長「貴様は俺の隣に来い、美香」

 

謙信「いや、美香は俺の隣に座ることになっている」

 

信玄「俺の隣じゃなかったか?」

 

義元「俺のそばに来たら楽しませてあげるよ?」

 

(な、何この流れ……)

 

なぜか武将たちが私の座る場所を巡ってバチバチと火花を散らしはじめる。

 

(どうしよう……とても選べない)

 

秀吉「恐れながら信長様、美香は末席に席を用意してあります。こはる、佐助と奥へ行っていろ」

 

(秀吉さん、ありがとう……!)

 

優しい気遣いを噛みしめ、これで収まるかと安堵したけれど…

 

政宗「秀吉、せっかく面白くなってるんだ、止めるなよ。美香、決められないなら、俺の隣に来い」

 

「ええっ?」

 

家康「はぁ、鬱陶しい反応。そうやってあからさまに顔をしかめるくらいなら、さっさとこっちに来れば」

 

三成「家康様、名案ですね! どうぞ美香様、こちらへ」

 

光秀「美香、ずいぶんなご身分だな。誰を選ぶつもりだ?」

 

謙信「美香、来なければ斬る」

 

信玄「そばにおいで、俺の天女」

 

信長「遠慮はいらん。早くしろ、美香」

 

謙信「信長、邪魔だてするな」

 

信長「邪魔だてしているのはお前たちだろう」

 

(予想外の理由で一触即発に……! どうにかこの場をおさめないと)

 

「皆さん、落ち着いてください」

 

慌てながら、声をかけた時……

 

幸村「やめといてください、あんたら。美香の困り顔見るために集まったわけじゃないでしょうが」

 

佐助「幸村……」

 

助け舟を出してくれたのは幸村だった。

 

幸村「こいつの居場所は決まってるんです。……ほら、行けよ」

 

ぐっと言葉に詰まる武将たちに構わず、幸村は私の背中をトンと押し…

 

(あ……!)

 

すぐ隣の佐助くんが、抱きとめてくれる。

 

「幸村……っ?」

 

幸村「んだよ、これが一番だろ? 佐助、そいつ放すなよ」

 

(もしかして……幸村は佐助くんと私のこと、気づいてるのかな……)

 

佐助くんは私にだけ聞こえるように、小声でささやく。

 

佐助「忍びである俺は影の存在。武将たちの議論に意見できない。だから代わりに、幸村が気持ちを代弁してくれたんだ」

 

(そうだったんだ)

 

佐助「ナイスフォローありがとう、幸村」

 

幸村「ナス……風呂? 意味わかんねー」

 

「私からもありがとう……」

 

幸村はただ肩をすくめ、信玄様の半歩後ろに腰を下ろす。

心配そうに見守っていた秀吉さんは、ホッとしたような顔で、一度大きく咳払いした。

 

秀吉「では、そろそろ本題に入らせていただきます」

 

一時休戦に同意する旨がしたためられた書状に、各武将たちが署名しあう姿を、息を詰めて見守る。

 

(これで平和に大きく一歩近づく……。でも……)

 

この場にないひとりのことが気になって仕方がない。

 

 

ーーーーーーーー

 

蘭丸「この戦を……っ、顕如様を、止めて! 俺じゃ、あの方を救えなかった! だから……っ!」

 

ーーーーーーーー

 

戦が終わった後、黒幕は顕如だったと判明したと聞かされた。

蘭丸くんの置かれた状況がいかに苦しいものだったか、今では想像できる。

 

(佐助くんも私も、蘭丸くんが敵方のスパイだったとは誰にも告げてない。あれから蘭丸くんがどうなったのか……)

 

蘭丸くんだけがただひとり戦いの中に取り残されている気がして、胸が潰れそうになる。

 

緊迫した空気の中、書状を交わし終わった時……

 

光秀の家臣「……光秀様、見つかりました!」

 

ひとりの家臣が駆け込んできた。

 

光秀「……そうか」

 

(何かあったみたい……)

 

報告に耳を傾けたあと、光秀さんはその場を見回して切り出す。

 

光秀「蘭丸が見つかりました。……大怪我を負い、ここから遠くない草むらで倒れ伏していたようです」

 

「……! 蘭丸くんは無事なんですか!?」

 

秀吉「あいつ、今どこに……!?」

 

光秀「家臣が連れ帰り、織田陣営の天幕で手当てしている。虫の息ではあるが、一命は取りとめたそうだ」

 

(よかった……っ)

 

大きく息を吐きだし、佐助くんと顔を見合わせる。

 

政宗「光秀、あいつを連れ戻した理由はなんだ。……お前、蘭丸と顕如はつながりがあると睨んでただろ」

 

光秀「顕如に少々質問をしてみたところ……『森蘭丸などという者は知らない』との一点張りでな。それなりに『厳しく』問いただしたつもりだが、答えは変わらなかった」

 

顕如さんは……蘭丸くんが織田軍に戻れるように、自分との関係を否定したんだ)

 

家康「本能寺の時と同じで、蘭丸は敵襲に怯えて逃げ出しただけってことですか。それで、敵に見つかって大怪我を負って……大人しく俺たちのそばにいればよかったのに」

 

三成「どうしてあの時、外へ出ていかれたのか……。何はともあれ生きて戻ってきてくださって、本当によかったです」

 

皆の視線が集まり、信長様は瞳に強い力を宿らせる。

 

信長「蘭丸の心中など俺は知らん。奴は俺の有能な小姓、それだけだ。……だろう、光秀」

 

光秀「信長様が仰るならば、そうなのでしょう」

 

光秀さんは何を考えているのか読めない笑顔で頷いた。

 

佐助「織田軍は蘭丸くんの帰還を受け入れるんだな」

 

「よかったね……!」

 

(蘭丸くんの胸のうちを思うと辛いけど……蘭丸くんに帰る場所がなくなったら、顕如さんの思いも無駄になってしまう)

 

胸をなでおろしていると、信玄様がいつになく低い声を発した。

 

信玄「顕如を捉えたのはそこの猫っ毛の坊主だったな。……あいつは今、どうしてる」

 

家康「縛り上げて安土に送った。……生き恥をさらしてもらうためにね」

 

信玄「……なんだと?」

 

信長「容易に殺してはやらん。奴には牢の暗がりで、俺の寝首をかく日を夢見て、生きさらばえてもらう」

 

信長様を見据えた信玄様が、刀の柄に手をかける。

 

信玄「……そうか。その夢は潰えることになるだろうがな」

 

信長「ほう、ずいぶんと大口をたたく虎だ。いずれ牙を抜いてやらねばな」

 

(せっかく休戦が決まったのに大丈夫かな……)

 

眉ひとつ動かさず、信長様と信玄様がにらみ合う様子に、ヒヤヒヤしていると……

 

???「失礼いたします」

 

武士らしからぬ簡素な着物をまとった男が駆け込んできた。

 

政宗「……何者だ」

 

信玄「……俺の遣いだ」

 

彼に何かを耳打ちされ、信玄様の口元に笑みが浮かぶ。

 

信玄「よくやってくれた。お前たち三ツ者のお陰で、この日ノ本に光が戻る」

 

三ツ者……?)

 

佐助「信玄様配下の忍びだ。何か新たな情報が入ったみたいだ」

 

耳打ちして教えてくれた佐助くんに頷きながら、成り行きを見守る。

 

信長「この俺との会合に割って入らせてまで得る価値のある情報なのだろうな?」

 

信玄「ああ。暴動に使われている武器の入手経路がつかめた」

 

(え……!)

 

武将たちも驚いたように目を見開いた。

 

信玄様は密かに配下の忍びを全国に派遣し、銃器がどこから流れてくるかを探らせていたと明かした。

 

謙信「それで、入手経路は?」

 

信玄「堺の港のとある南蛮船が、密かに武器を異国から運び入れていることがわかった」

 

幸村「堺ですか……」

 

すぐに信長様の凄みのある声が響く。

 

信長「暴動が収束するまで、堺の港を封鎖しろ。顕如が事前に手配していた武器が新たに運び込まれる可能性がある。蟻の子一匹、陸に上げるな」

 

光秀・秀吉「はっ」

 

(暴動が収まる希望が見えた……!)

 

佐助「美香さん」

 

佐助くんが手のひらを私の手に重ね、視線を合わせる。

 

佐助「俺たちの役割は終わったな」

 

「うん……」

 

(これで現代に帰れる……、平和で幸せな元の暮らしに戻れるんだ)

 

けれど不思議と嬉しさが湧いてこない。

 

(佐助くんも、いつもより元気がない気がする) 

 

佐助「…………」

 

気がつくと佐助くんが、じっと謙信様や幸村たちを見つめている。

 

まるでこの光景を目に焼きつけているようで、私も同じように皆を見つめずにいられなかった。

 

(現代に帰る。本当に……私たち、それで幸せなのかな)

…………

 


こうして会合は無事に終わり–––織田軍の皆と別れの挨拶を交わした。

 

また会おう–––誰もがそう言ってくれることが辛くて、うまく笑顔を返せた自信がない。

 

その後、上杉武田軍も、越後に帰るための支度を始めた。

 

佐助「お忙しいところすみません。俺と美香さんから、皆さんにお話があります」

 

(ちゃんと挨拶しないと……)

 

佐助くんと私は並んで皆の前に立つ。

 

信玄「何だ、改まって」

 

義元「美香、泣きそうな顔をしてるけど、どうかした?」

 

謙信・幸村「…………」

 

真剣な表情で切り出した佐助くんに、謙信様と幸村は何かを察してるようだった。

 

佐助「……俺と美香さんは、皆さんと一緒には、行けません」

 

信玄・義元「え……っ?」

 

謙信様が眉間にしわを寄せ、冷ややかな声で呟く。

 

謙信「俺との契約を終える時が来た–––そう言いたいのか、佐助」

 

佐助「はい。……国元へ帰ります。今までお世話になりました」

 

幸村「…………」

 

(佐助くん、皆……)

 

沈痛な空気が流れる中、謙信様が佐助くんへ突き刺さるような視線を向けた。

 

謙信「佐助。それがお前の、真の望みか?」

 

佐助「……っ」 

 

心の奥底まで見透かすような、謙信様の苛烈な眼差しに息を呑む。

 

佐助「…………」

 

(佐助くん……)

 

佐助くんが答えられずに黙っていると……

 

謙信「気が変わった。契約など知るか。お前は俺が磨き上げた名刀……手放すくらいなら、この手で叩き斬って終わりにしてやる」

 

佐助「え……?」

 

信玄「謙信、お前、何を言って……」

 

謙信「佐助、覚悟!」

 

佐助「!!」

 

即座に謙信様が刀を抜き放った。

 

(謙信様!? どうして……っ)