ikemenserieslのブログ

イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

王宮【アラン】secret endエピローグ後半

そして、翌日…―。

レオの言葉を聞いたアランは、試しに美香を避けていた。

 

(くっつきすぎると飽きられるって…

だから、どのくらいの距離のことを言うんだよ)

 

距離感をつかめないまま、美香に近づかないようにしていると……。

廊下ですれ違った瞬間、ついに美香が呼び止めた。

 

「アラン……」

 

アラン「……」

 

少し迷ったアランが振り返ると、美香が不安そうに眉を下げている。

 

「私、何かした?」

 

アラン「別に」

 

(試してるだけなんて、言えるかよ)

 

「…………」

 

アラン「…………」

 

長い沈黙が、二人の間を流れていった。

そのうちに、黙ったままの美香が足早に廊下を去っていく。

 

アラン「おい」

 

思わず声をあげながら、アランは眉を寄せた。

 

(やべ、やりすぎたかも)

 

去っていくしのを慌てて追いかけると、ダンスホールに辿り着いた。

 

(なんでこんなとこまで……)

 

すると立ち止まったしのが、背を向けたまま言う。

 

「追いかけて来なくていいのに。こんなとこ見られたくない……」

 

アラン「……」

 

美香の顔を覗きこむと、その目には少し涙が滲んで見えた。

 

アラン「……なんで泣いてんだよ」

 

「……私のほうが好きの気持ちが大きいんだなって思っただけ」

 

その言葉に、アランは目を瞬かせる。

 

(……何言ってんだ、こいつ)

 

アラン「……あのなあ」

 

アランが呆れるように呟き、美香の頬に手を伸ばした。

 

(そんなわけ、あるかよ)

 

そうしてそのまま顔を傾け、唇を重ねた……。


アランは美香の頬を包み、キスを落とす。

 

「……っ……ん」

 

何度も甘くかみつくと、誰もいないホールには、甘い微かな音が響いていった。

やがて唇が離れると、アランがささやいた。

 

アラン「こうまでして、わかんないのかよ」

 

「え……」

 

頬を真っ赤に染めた美香が、目を瞬かせアランを見上げている。

 

(俺がこんなに必死になってるってのに、こいつ……)

 

アラン「言っとくけど、俺がこんなに焦るのはお前のせいだからな」

 

アラン「責任とれよ」

 

「……!」

 

すると驚いたように目を見開いた美香が、微かな笑みを浮かべて頷いた。

 

「うん……」

 

アラン「……」

 

(ほんとに、わかってんだろうな……)

 

アランが息をつき、もう一度キスをする。

 

「ん……っ……」

 

角度を変えキスを繰り返すと……。

 

アラン「……あー疲れた。お前、足速いし」

 

美香の肩にもたれるように、アランが腕をまわした。

アランの腕に指先を置き、美香がそっと口を開く。

 

「ごめんね……戻ろう?」

 

アラン「……なんでだよ」

 

美香の言葉に眉を寄せ、アランが顔を覗き込む。

 

アラン「責任取れって、言っただろ?」

 

「……!?」

 

そうしてそのまま、美香の首筋に唇を寄せた。

 

「……んっ」

 

美香の漏らす甘い吐息と、キスの余韻が、夜のダンスホールを満たしていく。

そうしてアランの指先が、美香の胸元から肌を撫でていき……

 

「……あっ……」

 

アランが首筋を唇で辿ると、美香が胸を押すのがわかった。

 

(ん……?)

 

胸元から差し入れた指先を引くと、美香が顔をうつむかせる。

 

「あ、アラン……こんなところじゃ」

 

アラン「……なに」

 

「部屋に戻りたいんだけど……」

 

その顔を覗きこむと、さらに赤く染まって見えた。

 

(……俺って変なのか?)

 

(こいつのこういう顔見ると、もっと困らせたくなる)

 

アラン「……」

 

そうしてアランがふっと目を細め、口を開く。

 

アラン「……いいよ、戻るか。その代わり……」

 

アランが軽く首を傾げ、美香の唇に触れるだけのキスをした。

 

「……っ」

 

アラン「同じことして」

 

アランの言葉に、焦る美香が声を上げる。

 

「え!」

 

アラン「……」

 

(まあ、しなくても戻るけど……)

 

「……」

 

アランが目を細めると、美香は少しためらった後……

 

(……あれ?)

 

アランの唇に、キスを返した。

 

アラン「……っ」

 

アランは驚き、目を瞬かせる。

 

(やべ……本当にするとは思わなかったから)

 

かあっと赤くなった頬を隠すように、口元を手で覆った。

 

「……これでいい?」

 

アラン「え、ああ……」

 

アランが、そっと視線をそらす。

 

(俺、こいつに振り回されてるよな……)

 

そうして息をつき、改めて美香を見おろす。

 

「アラン?」

 

アラン「……戻るか」

 

アランがしのの手をとり、歩き出した。

 

(でも……)

 

ちらりと振り返ると、しのがアランの手を握り返す。

 

(こいつに振り回されんのは嫌いじゃねえから、まあいいか……)

 

王宮【アラン】secret endエピローグ前半

宣言式を終え、数日が経ったある日……。

次期国王候補になったものの、アランは普段と変わらない毎日を過ごしていた。

 

アラン「…………」

 

普段通りの訓練をしていると、ふと美香の姿を遠くに見つける。

 

不意に、ジルの言葉がよみがえってきた。

 

ジル「いいですか、婚約されたとはいえ、節度ある距離を保って下さい」

 

ジル「国王からの戴冠式が行われるまで、あなたは、正式にはプリンセスの相手ではまだないのですから」

 

(……節度ある距離って、一体どれくらいのことだよ)

 

美香の姿が見えなくなると、アランは息をつく。

そうして、お互いの忙しい日々を思い出した。

 

(最近、あいつに触ってねえな……)

 

 

訓練の合間、アランはしのの執務室を訪れていた。

ドアを開けると、椅子に腰掛けたままレオが振り返る。

 

レオ「あれ?」

 

眼鏡をかけたまま、面白そうに首を傾げた。

 

レオ「アラン、忙しいんじゃなかったの?」

 

アラン「……何してたんだよ」

 

すると机に向かっていたしのが頭を上げて答える。

 

「アラン……今レオに、勉強を教えてもらってたの」

 

(またか……)

 

ちらりと視線を移すと、レオがふっと笑みを浮かべる。

 

(こいつの、こういう見透かしたような笑いが嫌なんだよな)

 

そうして立ち上がったレオが、面白そうに言った。

 

レオ「アランは美香ちゃんにくっつきすぎだよ 少し離れないと飽きられちゃうよ?」

 

レオの笑みに、アランが眉を寄せる。

 

アラン「…………」

 

(余計なお世話なんだよ)

 


レオ「じゃあね」

 

そうしてレオが部屋を出て行った後も、アランの眉はひそめられたままだった。

 

「あの……アラン。何か、用事だった?」

 

アラン「…………」

 

アランはレオの座っていた椅子に黙ったまま腰掛けると、美香の持っている本を、ひょいと持ち上げる。

アラン「こんなの勉強してどうすんだよ」

 

「ちょっと、アラン……返してよ」

 

しのが手を伸ばすと、アランがひょいひょいと取らせない。

 

「もー」

 

眉を寄せる美香の姿に、アランが少しだけ笑った。

 

(俺こいつの、こういう顔が好きなんだよな……)

 

「今度、サロンでお茶会が開かれるの」

 

「そこに出席して、プリンセスとして恥ずかしくないようにしなくちゃ」

 

アラン「ふーん」

 

本を返しながら、アランが思う。

 

(そういえば……)

 

(こいつ、俺と全く会えなくても、こたえねえのかな)

 

二人きりで会うのは久しぶりだというのに、美香は机を離れようとはしない。

 

アラン「…………」

 

その時、レオの言葉がよみがえってきた。

 

ーーーーーーーー

レオ「アランは美香ちゃんにくっつきすぎだよ 少し離れないと、飽きられちゃうよ?」

ーーーーーーーー


「……アラン?」

 

アラン「…………」

 

アランはなにかを考えるように、ただ黙ったままだった……。

王宮【アラン】honey ending後半

舞踏会を抜け出し、アランが私の身体を横抱きにして部屋まで送ってくれていた。

 

「あ、アラン……もういいよ、大丈夫」

 

アラン「暴れんなよ」


足は多少痛むものの、昨夜ほど腫れてはいない。

アランは息をつき、私の身体を抱え直した。

 

「……っ」


私はアランの首元にしがみつきながら、ぎゅっと目を閉じた。

 

(歩けないわけじゃないのに……恥ずかしい)

 

 

部屋に入ると、アランが私をベッドに座らせて屈みこんだ。


アラン「……こんな高い靴履いてっからだろ」

 

「うん……」


アランが、私の左足から靴を脱がせてくれる。


「……っ」


(なんか……ドキドキする)


アラン「…………」


私の反応に気づいたアランが、ふっと笑みを浮かべ、足首に唇を寄せた。

私は慌てて、手を伸ばしアランの肩を押す。


「や、やだ……アラン」


アラン「なんで」


顔を上げ、アランが軽く首を傾げた。


(なんでって……)

 

アランの視線に、私の頬が赤く染まっていく。

鼓動が、痛いくらいに跳ねていた。


アラン「……お前、その顔で言っても無駄だからな」


「……え?」


アランの手が、私の右足からも靴を抜く。

その仕草に、足先がびくりと震えた。


アラン「誘ってるようにしか見えねえもん」

 

「そ、そんなこと…っ…」


再び足に唇が触れ、私は睫毛を揺らす。

 

アラン「…………」


そうして顔を上げたアランがやがて、私を覆うようにベッドに手をつき…。

 

「あ、アラン……ちょっと待って」


私はベッドに肘をつき見上げながら、アランを片手で制した。

 

アラン「…………」


アランは私の片手を取ると、耳元に音をたてるようにしてキスをする。

 

「…っ……」


(こ、このままじゃ……)

 

私は慌てて、取られた片手に力を込めた。


「だ、だめ……ドレスが」


アラン「……ドレス?」


目を瞬かせ、アランが顔を上げる。


アラン「ドレスが、なに?」


アランを見つめ、私はためらいがちに口を開いた。

 

「……脱がないと、しわになっちゃうから」


(明日、ジルに怒られちゃう……)

 

アラン「ふーん……」


呟いたアランが、私の背中へと手を伸ばす。


「あ……」


アランの指先がドレスの紐を解き始めたことに気づき、私はさらに赤くなってしまった顔をうつむけた。

そのうちに、アランが低く呟く。


アラン「……これ、どうなってるんだよ」

 

苦戦した様子で、アランが眉を寄せている。


「…………」


その様子を眺めながら、私はふっと笑みを浮かべた。

 

(なんか、苦戦してるアランって可愛いな)

 

アラン「…………」


すると、指先の動きを止めたアランが私の顔を覗き込む。

 

「……んっ…」


そのまますくい上げるようにキスされ、私は驚きに目を瞬かせた。


「え、アラン?」


アラン「やめた。このままでいいだろ」


アランが再び、ベッドを軋ませていく。


(そ、そんな……)

 

そうしてその指先が、ドレスの下に差し入れられた。

 

「……ぁっ」

 

思わず声を上げると、アランが面白そうに言う。


アラン「こんな格好、珍しいしな」


そうしてそのまま、アランが指先を滑らせる。

 

「……ん…っ…」

 

腰元が疼くような感覚に目眩を覚えながら、私は甘い吐息を漏らし、アランの指先に翻弄されていった…。

 

 

..........

 

 

そして、翌朝…―。


アランが眠っている間に、私は脱いだドレスをクローゼットにしまっていた。


(しわにならなくて、良かった……)


振り返ると、アランの寝顔が見える。


(……寝顔は、可愛いんだけどな)


ベッドに腰掛け、アランの額にかかった前髪を払う。


「…………」


(なんだか結局いつも、アランに振り回されちゃう。昨夜だって……)

 

昨夜のことを思い出し、私は顔を赤らめて指先を震わせた。

 

(いつかは私も、アランのことをびっくりさせたいけど……)

 

考えていると、突然に声が響いてくる。

 

アラン「人の寝顔見るなんて、趣味悪いんじゃねえの?」

 

「……!」

 

驚き見下ろすと、アランが目を覚ましていた。

 

アラン「…………」


「お、おはようアラン……」


(起きてたんだ……)

 

目をこすりながら起き上がり、アランがじっと私を見つめる。


アラン「…………」


その様子に、私は軽く首を傾げた。

 

「……アラン?」


(もしかしてアラン……寝ぼけてる?)

 

やがてアランが、ぽつりと呟く。

 

アラン「腹減ったな」


「え……」

 

(でも……)

 

アランの言葉に、私は窓の外を見やる。


早朝の空はまだ、朝陽も登り切ってはいなかった。


「まだ朝早いから、誰も準備してないと思うけど……」


アラン「…………」


するとアランが起き上がり、ベッドから降りていく。

 

アラン「行くぞ」

 

「え、アラン…?」

 

私は慌てて後を追い、ベッドを降りていった。

 


(アラン、どこへ行くんだろう……?)

 

 

...........

 

騎士宿舎にあるキッチンを使い、アランが手際よくご飯を用意してくれた。

 

(す、すごい……)

 

私は目の前に置かれたご飯を見下ろし、呟くように言う。


「いただきます」

 

アラン「……どうぞ」


スプーンですくい口に入れると、あまりの美味しさに思わず目を瞬かせてしまった。


「おいしい……!」


アラン「……良かったな」


アランが言い、少しだけ口元をほころばせる。

 

(まさかアランが、こんなに料理上手だとは思わなかったな……)


やっと登った朝陽が、キッチンに差し込む。


(今日は、宣言式なんだ……)


短い沈黙の後、アランがご飯を口に運びながら呟いた。


アラン「……もうすぐ式だな」


「……うん」

 

(アランも今、同じことを思っていたんだ…)


私はアランを見上げ、そっと尋ねる。

 

「……緊張してる?」

 

するとアランが黙ったまま、私を見上げた。


アラン「…………」


やがて、ぽつりと言う。

 

アラン「……そうだな」

 

「…………」


(アランでも、緊張するんだ…)

 

緊張しているというアランの姿は、いつもの堂々としたアランからは想像が出来なかった。


アラン「これから王として覚悟を決めなきゃならねえと思うと、ぞっとするけどな……」


ふっと笑みを浮かべ、アランが再びスプーンを持ち上げる。

 

アラン「俺は、俺に出来ることをするだけだ」


「……うん」

 

そうして再び訪れた沈黙の中で、私は向かいに腰掛けるアランを見上げる。


(アランが戦うなら、私はずっと側で守っていこう……)

 

やがて目を上げたアランと視線が合うと、私は小さく息を呑んだ。

 

(この穏やかな時間が、続くように……)

 


..........

 

そうして、『宣言式』が始まり…―。


「…………」

 

プリンセスの正装に身を包み、私は謁見の間を進んでいく。

 

「…………」


集まった多くの人々の中には、見知った顔もあった。


(ルイ様、ロベールさん、レオ、ジル……。これまで、たくさんの人に支えられてきたんだな…)

 

私は顔を上げ、一度大きく瞬きをする。

そして…―。

 

王座の前では、アランが私を待っていた。

 

アラン「…………」


私は短い階段をゆっくりと登り、全体を見渡す。

やがてアランが黙ったまま目の前に現れ、片膝をついた。


「…………」


(これが私の、プリンセスとしての役目……)


私はアランを見下ろし、声が響くように大きく息を吸い込んだ。

 

「アラン=クロフォード」

 

アランを呼ぶ私の声が、静寂の中に響いていく。

 

「ウィスタリア王国プリンセス、アンの名において……次期国王であることを、宣言致します」

 

そうして私は、アランの頭に静かに王冠を乗せた。


アラン「…………」


アランの視線が上がり、私を捉える。

 

(アラン……)

 

次の瞬間、ファンファーレと共に大きな歓声があがった。


「……!」


私は驚き、思わず視線を向ける。

 

(すごい……)

 

騎士たちが声を上げ、喜んでいる姿が見えた。


アラン「…………」


立ち上がったアランもその様子に、口元に笑みを浮かべている。

 

「…………」


(でもまだ、美香として言っていないことがある…)

 

私はそっと、アランを呼んだ。


「アラン……」


アラン「……?」


小さく手招くと、アランが私を見下ろす。

その時、私はアランに向けて大きな声で言った。

 

「アラン、大好き」

 

アラン「…………」


上がる歓声の中、私の声はアランにだけしっかりと届いていく。

面食らったように目を瞬かせたアランが、やがて笑い出した。

 

アラン「バーカ」

 

そうしてゆっくりと、顔を寄せていき…


「……っ…」


溢れる歓声の中で、私はアランと誓いのキスを交わした…。

 

王宮【アラン】honey ending前半

すっかり陽が落ちた庭で、私はアランのキスを受け止めていた。

 

「…んっ…っ…」


やがて唇が離れると、アランが甘く息をつく。


「アラン……」


私は思わず、アランの背中にぎゅっと抱きついた。


アラン「…………」


アランは黙ったまま、優しく抱きしめ返してくれた…。

 


..........

 

そして、翌日…―


私は、体調が安定してきたという国王陛下の部屋を訪れていた。


国王「クロフォードの双子……弟のほうだね?」

 

「はい」


次期国王候補にアランを選んだことを報告し、アランが目指す、戦う王のことも話していた。

 

(あの時のアランの言葉も、知って頂きたい……)

 

―――――――

 

アラン「プリンセスのために、騎士として王として、この国を守り戦うと誓った」

 

―――――――

 

国王「……騎士団長として数々の困難を越えてきた彼なら、出来るだろう。君たちになら、このウィスタリアを任せられる」

 

「国王陛下……」


国王陛下が浮かべた笑みに息をつき、それからゆっくりと頷いた。


「はい……」

 


国王陛下の部屋を出ると、そこにはアランの姿があった。


アラン「…………」


(アランと一緒ならきっと……戦っていける。どんな困難にも立ち向かえる)


そうしてアランと歩いていると、レオが歩いてくる姿が見えた。

 

(レオ……)


アランとレオが、いつものように無言ですれ違う。

 

アラン「…………」

 

レオ「…………」

 

すると突然にアランが足を止め、口を開いた。


アラン「レオ」


アランが呼びとめると、レオが驚いて振り返った。


レオ「……っ」


そうして、怪訝な表情でアランを見た。

 

アラン「…………」

 

レオ「…………」


レオと視線を合わせると、アランが口を開く。

 

アラン「俺は大事なもんは絶対に譲らねえからな」


レオ「…………」

 

それだけを言うと、アランはそのまま歩き去ってしまった。


「あ、アラン……?」

 

慌てて振り返ると、レオがぽつりと呟く声が聞こえた。

 

レオ「……アランらしいよ」

 

私が視線を移した時には、レオもすでに反対方向に歩き出している。


「…………」

 

私はアランを追い掛けるために、足を踏み出した。


(アラン……レオとの仲も変えていこうとしてるのかな)


私は、ゆっくりと目を瞬かせ思う。


(いつか……三人で笑いながら話せる日も、来るよね)

 


.........


久しぶりに厩舎を訪れた私は、アランと共に、馬たちのお世話をしていた。


(アラン……あれから黙ったままだな)

 

アラン「…………」

 

アランの眉は、何かを考えるようにしかめられたままだった。


(どうしたんだろう……)

 

「…………」


アラン「…………」


沈黙が、長く流れていき…―。

 

やがて、アランが口を開いた。


アラン「行きたいところがある」


「え……?」

 

振り返ると、アランが私を見下ろしている。


(アラン……?)

 

いつもとは違う真剣な眼差しに、私は息を呑んだ。

 

アラン「明日、時間もらえねえか?」

 


..........

 

翌日、私はアランと一緒に馬に乗り出かけていた。


アラン「…………」


(アランの行きたかった場所って、ここだったんだ……)


―――――――

 

アラン「行きたいところがある。明日、時間もらえねえか?」

 

―――――――


着いた場所は、アランとレオの両親が眠るお墓だった。

 

「…………」


お花を供え、私はそっと立ち上がる。


(前に来た時は、アランの後ろから見ているだけだったから……。こうやって、きちんと向かい合うのは初めて……)

 

私は目を閉じ、祈り始めた。

 


風が、目を閉じた私の髪を柔らかく揺らす。


アラン「……ずいぶん長いな」


アランの低い声が聞こえ、私はやっと目を開けた。

 

「……うん」


隣に立つアランを見上げ、私は言う。

 

「アランがいてくれたから、私はここまで頑張ってこれた。だから、アランを生んでくれたこと……守ってくれたこと……その、お礼が言いたくて」


アラン「…………」


アランがふっと目を細めて私を見つめる。

その指先が、自然と私の手に触れた。


(アラン……)

 

やがてアランが、視線をお墓へと移す。

そうして、静かな声で言った。

 

アラン「俺は、もう絶対に失わない」

 

宣言のように響く声が、私の耳にも届く。

私は、アランの手をぎゅっと握り返した。


「うん……」


目を閉じ、もう一度祈るように思う。

 

(私も、絶対に離れたくない……。ずっと、アランと一緒に生きていきたいから……)

 

..........

 

執務室で勉強をしていたある日、私はジルからプリンセスの『宣言式』の話を聞いていた。


「次期国王候補を、私が皆の前に宣言するんですね?」

 

ジル「その宣言を以て、婚約となります」

 

「婚約……」


その言葉に、私の頬が少し赤らんでしまう。


ジルが、息をつきながら言った。


ジル「浮かれている場合ではありませんよ。準備しなくてはならないことは、山ほどあるのですから……」

 

「は、はい……」

 

(そうだよね、覚えることはたくさんあるんだから……)


そうしてジルから宣言式の流れを聞いていると、レオが現れる。


レオ「やってるねー」


楽しそうに言うと、私の手元を覗き込む。

 

レオ「宣言か、すごいね」


「え……?」


(すごいって……)


面白がるような声音に顔を上げると、レオが言った。

 

レオ「公開プロポーズってことでしょ?」


「えっ」

 

(プ、プロポーズって……)


レオの言葉に驚き、私は目を見開く。


「で、でもそれは……」


(言われてみたら、そうかも……。そう考えちゃうと、急に恥ずかしい……)

 

私の頬がまたさらに、赤く染まってしまった。

するとジルが、レオにじろりと視線を送る。


ジル「……レオ、からかわないでください」

 

レオ「楽しみにしてるってことだよ」


レオが私を見下ろし、にっこりと微笑んでみせた。


レオ「前夜には舞踏会が開かれるみたいだしね」

 

「舞踏会……?」


(それって、もしかして……)


視線を移すと、ジルが今度は息をつきながら言う。


ジル「ええ。ですから、ダンスの練習もまた始めなくてはいけませんね」


「は……はい」

 

(ダンス……頑張らないと)

 

..........

 

 

宣言式の準備やダンスの練習を終え、私はようやく部屋へと戻ってきていた。

 

「……っ」


ダンスの練習中にくじいてしまった足が、微かに腫れている。

 

(どうしよう……本番は、もう明日なのに)

 

するとその時、部屋のドアが叩かれ、アランがアーサーと共に現れた。


アラン「…アーサーが部屋の前で鳴いてた。何かあったのか?」


「……アラン」


私は思わず、足を掛け布団で隠す。

 

アラン「…………」


するとアランが歩み寄り、布団をはがそうと手をかけた。

 

「やっ……」

 

布団がはがされると、アランが私の腫れた足に目をとめる。


アラン「……お前な」


呆れた様子で、アランが息をついた。


アランが手当てをしてくれることになり、私はベッドに腰掛け、そっと足を差し出した。


「ごめんね、アラン……」

 

アラン「…………」


黙って包帯を巻き始めたアランが、呟くように言う。


アラン「何で隠すんだよ」


「……心配かけたくなくて」


(前に怪我をした時には、すごく心配かけちゃったから)

 

するとアランが、ため息と共に口を開いた。

 

アラン「……舞踏会のことなら、ジルに言えば延期も可能だろ」

 

「で、でも延期だなんて……」


(たくさんの人が、明日に向けてもう準備を始めているのに……)

 

アランが、私を見上げる。


アラン「……この足で、どうするつもりだよ」


「…………」

 

(明日までには、痛みも引くかもしれないし……)


私はアランを見つめて言った。

 

「アラン、お願い。このことは黙っていてほしいの」

 

(明日の舞踏会は、ちゃんとしたプリンセスとして皆の前に出たい……)


アラン「…………」


アランは黙ったまま包帯を巻き終え、指先を離していった…。

 

..........

 


そして『宣言式』前夜、ついに舞踏会は始まり…―。


ドレスに着替えた私は、ダンスホールに立っていた。


「…………」

 

(立っていることは、出来るけど……)


ドレスの裾に隠れた足を見下ろしていると、音楽が流れ始める。

人々がホールの中央へと向かっていく中、私は踏み出すのをためらっていた。


(上手く踊れるかどうかは、不安だな……)

 

するとそこに、騎士として舞踏会に出ていたアランが近づいてくる。

 

「……アラン?」


アラン「…………」

 

アランが私を見下ろし、目の前で足を止めた。

そうして、黙ったままその手を差し出す。


(え……?)


驚き見上げると、アランが目を伏せて言った。


アラン「……踊って頂けますか?」


「……!」


辺りがざわめき、視線が私たちの元へと集まってくる。

私の鼓動は早鐘を打ち、首筋は赤く染まっていた。

 

(アランがそんなことを言うなんて…)

 

その瞬間、私は以前の出来事を思い出す。


―――――――

 

「私と、踊ってくれますか?」

 

アラン「……踊るわけねえだろ。相手はそこらじゅうにいるじゃねえか。俺はここに…騎士としているだけだ」

 

―――――――


(あの時に申し込んだダンスは、断られてしまったけど…)


私はそっと手を差し出し、アランの指先に触れる。

 

(ずっとこうして、アランの手を取りたかった……)


「……はい」

 

アラン「…………」


アランの手が、音楽に合わせて私の腰元を強く引く。

 

(アラン、すごく上手……)

 

怪我をした私の足をかばうように、アランがリードしてくれていた。

 

(アラン、私の怪我を知っているから踊ってくれたのかな……?)

 

そうして、音楽はゆっくりと進み…。


ダンスを踊り終え、私たちはバルコニーへと出てきていた。

 

「アラン、ダンス上手なんだね」

 

アラン「まあな」


(そういえば、レオもダンスが上手だったっけ。…昔は一緒に、練習したりしたのかな)

 

「…………」


アラン「……なに」

 

じっと見上げて考えていると、アランが怪訝な表情を浮かべる。

 

「ううん、なんでもない」


私は首を横に振り、手すりに手をかけた。


(わあ、綺麗な夜空……)

 

降ってきそうなほどの星空が、そこには広がっている。

 

アラン「…………」


アランも黙ったまま、夜空に視線を移した。

 


私はゆっくりと目を閉じ、思う。

 

(アランとこんな風に穏やかに時間を過ごせるなんて、幸せだな…)

 

すると突然、アランが口を開いた。


アラン「……おい。絶対に一度しか言わねえから、よく聞けよ?」


「……?」


私はアランへと視線を移し、戸惑いに目を瞬かせる。


(……なんのことだろう?)


夜風が私のドレスの裾をふわりと持ち上げたその時…

アランが目を細め、告げる。

 

アラン「好きだよ」

 

「……!」

 

アランの言葉に、私は驚いて目を見開いた。

 

(い、今……)


見上げると、アランが少し顔を赤くしている。


「アラン……」


その表情に、思わず涙が滲んでしまった。

 

(初めて言ってくれた……)

 

アラン「……何泣いてんだよ」

 

アランが笑い、それから私の目尻に唇を寄せる。


「……っ」


その感触に、私の身体が微かに震えた。

 

(アランの言葉、一生忘れない……)

 

やがて、アランの唇が涙を辿り頬をなぞる。

 

そうして今度は唇に、甘くかむようなキスを落とした。

 

「……っ…」

 

キスは次第に深く長く変わり、私は声をこらえきれず、アランの腕を掴む。

 

「……んっ…っ」

 

そうして目を閉じ涙を頬に伝わせながら、私は繰り返されるアランの甘いキスを受け止めていった…。

 

王宮【アラン】12話後半honey

シュタインとの極秘会談を終えて別邸を出ると、誰かに呼び止められた。


???「美香様……」


振り返ると、そこに立っていたのは…。

 

「ユーリ……」


ユーリの姿を見上げ、私はその名前を呼んだ。

 

ユーリ「…………」

 

..........


別邸から少し離れた場所で、私はユーリと話をすることになった。


ユーリ「これを、返したくて」

 

「え?」


そう言ってユーリが手渡してくれたのは、持ち出された機密文書だった。

受け取りながら、私は尋ねる。


「ユーリ、どうして……」


(なぜウィスタリアに来て、文書を持ち出したりしたんだろう……)


するとふっと笑みを浮かべ、ユーリが私を見た。

 

ユーリ「ゼノ様のためになればと思ったんだけど、必要なかったみたいだから」


木々の隙間から見えるシュタインの馬車が動き出し、一行がゆっくりと帰路についていく。

その様子に目を移しながら、ユーリがぽつりと言った。


ユーリ「……美香様が、プリンセスじゃなかったら良かったのに」

 

「ユーリ……?」


(出逢う場所が違っていたら、ユーリとの関係は変わっていたのかな?でも……)

 

私はユーリを見上げ、口を開く。


「プリンセスだから、ユーリに会えたんだよ。私はユーリに会えて、良かったと思ってる」

 

ユーリ「…………」


私の言葉に少し考えた様子のユーリが、やがて笑みを浮かべる。

そうしてゆっくりと、手を差し出した。


(ユーリ……)


私も手を差し出し、握手を交わしたその時…―。


「……っ」


そのままユーリに手を引かれ、軽く抱き寄せられた。

耳元で、ユーリの囁きが聞こえる。

 

ユーリ「さよなら、プリンセス」


(ユーリ……)


やがて身体が離れると、ユーリが踵を返して去っていく。

 

「……さよなら」

 

その姿を見送っていると、木々の間からアランが現れた。

ちらりとユーリの後ろ姿に視線を送ると、私の方へ歩いてくる。


「アラン……」


アラン「…………」


そうして目の前に立つと突然、アランが私の額を軽く叩いた。


「っ…え、何?」


驚き見上げると、アランが顔を背ける。

 

アラン「……別に」


「……?」

 

(何か、怒ってるのかな……)

 

 

..........


そして数日後、アランたち騎士の戦地への派兵が決まり、私は夜まで執務室にこもっていた。


(アランは戦場で戦ってくれる……。私も誰からも認められるプリンセスになれるように、努力しなくちゃ。それが、今私に出来ることだから……)

 

するとそこに、レオが現れた。

 

レオ「こんばんは、プリンセス。頑張ってるみたいだね。教えてあげようか?」


レオの笑みを見上げ、私はほっと息をつく。


「ありがとう、レオ」

 


..........


夜が、どんどん深くなっていく。

 

そうして勉強を教わっていると、眼鏡の奥で、レオがふっと目を細めた。


「……どうしたの?」


聞くと、レオが優しい声音で言う。


レオ「……なんだか変わったね、美香ちゃん」

 

「……そうかな」


私が呟くと、レオがにっこりと微笑んだ。

 

レオ「……アランのおかげだとすると、妬けちゃうな」


するとその時、部屋のドアがゆっくりと開かれていった。

視線を送ると、そこにはアランの姿がある。

 

「……アラン?」


アラン「…………」

 

アランが部屋に入ってくると、レオが立ち上がる。


レオ「謹慎、すぐにとけたみたいで良かったね」

 

アラン「…………」


そしてレオは私を見下ろし、笑みを浮かべた。


レオ「また教えてあげるよ。じゃあね、美香ちゃん」

 

「ありがとう、レオ」

 

レオが無言のままのアランとすれ違うように部屋を出ていく。

そうしてドアが閉まると、私は尋ねた。


「アラン、どうしたの?」

 

アラン「いや……アーサー知らねえか?」

 

「え、いなくなっちゃったの?」


私は立ち上がり声を上げる。

そうして私はアランと一緒に、アーサーを探しに出かけた。

 

..........

 

(あと探してないのは、ここだけだけど……)

 

私はアランと共に、時計塔の階段を登っていく。

 

すると、その時…―。

 

「……!」

 

丁度12時の鐘の音が鳴り始め、私は驚いて辺りを見回した。


(この音……)

 

その瞬間、初めて城を訪れた時のことを思い出す。

 

(そういえばあの時も、鐘の音が鳴っていたっけ……)


―――――――

 

アラン「『プリンセス』がこんなところで何してる。やる気出してんのかと思えば…逃げ出すつもりか」 

―――――――

 

 

私は、あの時からアランに惹かれていったのかもしれないと考えた。


(あの時抱きとめてくれたのが、もしもアランじゃなかったら……私は、違う人を選んでいたのかな?)


アラン「……アーサー」

 

思っていると、アランがアーサーを呼んだ。

すると階段の途中で眠っていたアーサーが、尻尾を振り駆けてくる。

 

(ううん、そんなことはない……)

 

アーサーを抱きとめたアランが、笑みを浮かべて言った。


アラン「見つけた。こんなとこにいたのかよ」

 

「…………」

 

顔を上げたアランと、目が合う。


(目が合うだけで、こんなに惹かれてしまうから……)

 

..........

 

 

アーサーと一緒に、アランが部屋まで送ってくれた。

するとアーサーが、走って部屋の中まで入っていってしまう。


アラン「俺も留守にするし、丁度いいだろ」

 

「うん……」


(そっか……アランしばらく留守にするんだ)


私は自然と、顔をうつむかせてしまった。


(やっぱり、少し寂しいな……)

 

黙ったままいると、アランが私をじっと見下ろして言う。


アラン「……お前さ、あんまきょろきょろすんなよ」

 

「え?」


私は顔を上げ、アランの言葉に戸惑い目を瞬かせる。


(きょろきょろって?)

 

アラン「…………」


するとアランが息をつき、呟くように口を開いた。


アラン「いいや。そのうち俺なしじゃいられないようにしてやるよ」

 


..........

 

アランが派兵されてからしばらくが経ったある日。

 

私は執務室に現れたジルから、戦地についての報告を受けていた。


ジル「シュタイン側からの働きかけにより、一時休戦となります」


ジルは、すぐに条約が締結され戦争は終結するだろうと言う。

 

「良かった……」


(ゼノ様が、ウィスタリアを助けて下さったんだ……)

 

ほっと胸を撫で下ろすと、ジルが私を見下ろした。


ジル「先日の極秘会談の影響でしょう。プリンセスのお手柄ですよ」

 

「え……?」

 

ジル「これでようやく、宮廷の重鎮も文句が言えなくなりました」


見上げると、ジルが目を細めて優しく言ってくれる。

 

ジル「よくやりましたね」

 

「ジル……」


ジルからもらった初めての褒め言葉に、私は息を呑んだ。


(すごく、嬉しいな……)

 


そうして庭へと出ると、ばったりとロベールさんに会った。

 

ロベール「久しぶりだね、美香ちゃん。なんだかすごくいい表情してるよ」

 

「え……そうですか?」


思わず顔を上げると、ロベールさんがふわりと目を細める。


ロベール「前に話を聞いた時は迷っていたけど……今は違う。とても真っ直ぐな目をしてる」


(ロベールさん……)

 

私は笑みを浮かべ、ロベールさんの言葉に小さく頷いた。

 


..........


そして日が暮れ始めた頃、私はアーサーを散歩させながら息をつく。


(私は、プリンセスとして役目を果たせたのかな……。でも、まだ……)

 

 

―――――――

 

ジル「貴女にはプリンセスとして、宮廷に出入りする王侯貴族の中から次の王となる人間…つまり、貴女の王子を選んでいただきます」

 

―――――――


(プリンセスとしての、一番の役目が残ってる……)

 


その時…―。

 

後ろから、ずっと待っていた声が聞こえてくる。

 


???「美香....」


名前を呼ばれ、私はそっと振り返る。

 

「アラン……」


アーサーが尻尾を振り、アランの元へと駆けていく。

 

アラン「ただいま」

 

アランがアーサーの頭を撫でて言うと、顔を上げた。

 

「…………」


アラン「…………」


私がただ見つめていると、アランがゆっくりと近づいてくる。

 

「お帰りなさい……」

 

声は、いつの間にか掠れてしまっていた。


アラン「…………」

 

そうして、アランが私の目の前に立った。

 

「約束……守ってくれてありがとう」

 

(アランは、最後まで戦ってくれた……)


―――――――

 

「……アラン=クロフォード。ウィスタリアのため、一緒に戦ってくれますか?」

 

アラン「ああ……命をかけて」

 

―――――――


するとアランが、私の頭をぽんっと撫でた。


「……っ」


そうして少し乱暴に撫でた後、アランが微かに笑いながら言う。


アラン「よく頑張ったな」


「………」

 

アランの言葉が耳に届いた瞬間、私の目から涙が一粒こぼれた。


「え……」

 

(こんなつもりじゃなかったのに……)


戸惑いながら目元を拭うものの、涙は次から次へと溢れてくる。

 

アラン「……ここで泣くのかよ」


アランが私を見下ろしたまま、少し呆れたように、でも笑みを浮かべながら言った。


「だ、だって……」


(アランにそんな風に言ってもらえるなんて……頑張ってきてよかったって、思えたから……)

 

アラン「…………」


すると、アランが指先で私の涙を拭ってくれる。


思わず顔を上げると、そのままアランがキスをしてくれた。


「…んっ……」

王宮【アラン】12話前半honey

アラン「……黙ってろよ?」

 

噴水の影に隠れたまま、アランが突然キスをした。


「…っ……」

 

水音の合間に響く足音に気づき、私は必死に声を抑える。


やがて足音が遠ざかると、長く続いたキスも離れていった。


「…………」

 

私の鼓動は大きく跳ねて、頬は赤く染まっている。


大人しく隠れていたアーサーがやって来ると、アランはその頭を撫でながら、私を見上げた。


アラン「お前、一人で戻れるよな?」

 

「え、あ……うん」


私が頷くと、アランが何事もなかったかのように立ち上がる。


アラン「じゃあな」

 

アーサーと共に去っていくアランの背中を見上げ、私も慌てて立ち上がり口を開いた。


「あ、アラン……今日は、ありがとう」

 

アラン「…………」

 

するとちらりと振り返ったアランが、微かに笑みを浮かべた。

 

 

一方、その頃…―。

 

シュタイン王国では、ドレナ王国に兵を出すかどうかの協議が行われていた。


アルバート「ドレナ王国とは確かに交易がありますが、好感が持てる国だとは言い難いですね」


ゼノ「…………」

 

ドレナは最早シュタインからの兵を当てにして、ウィスタリアとの戦争に臨んでいる節がある。

ゼノは眉を寄せ、黙ったままアルバートの報告を聞いていた。

 

アルバート「ウィスタリアの鉱物資源など、安定的な国家運営も捨てがたいものはあります」

 

アルバートが告げた時、静かに部屋のドアが開き、ユーリが姿を現す。


アルバート「役立たずが……何をしに来た」


ユーリ「…………」

 

アルバートが厳しい視線を送るものの、ユーリはただゼノを見上げていた。


ゼノ「やめろ、アル」


ゼノはユーリへと視線を移し、目を細める。

やがて、ユーリに尋ねた。


ゼノ「ユーリ……お前なら、どうする?」

 

 

..........

 


王室会議から数日が経ち、ドレナとの攻防はまさに一進一退を続けていた。


ジル「もしもシュタインがドレナに派兵した場合、戦局は一気にウィスタリア不利に傾くでしょうね」


ジルが言い、眉を寄せる。


ジル「宮廷官僚たちが、シュタインと婚姻を結びたがったのはこのためです」

 

(あ……あの時の)


ジルの言葉に、王室会議で上がったシュタインとの婚姻の話を思い出す。


(シュタインとの関係を築くために、言っていたんだ……)

 

考えていると、ジルが私に手紙を差し出した。


「これは?」


裏を返してみると、そこにはシュタイン王国の印が押してある。


「……!」

 

はっと顔を上げると、ジルがゆっくりと頷きながら口を開いた。


ジル「シュタインから、プリンセスとの極秘会談の誘いを受けています。……出席されますか?」


「…………」

 

(シュタイン王国の、ゼノ様との会談……)


私は、小さく息を呑む。

 

(これはプリンセスとして、私がやらなきゃいけないことなんだ……)

 

やがて頷き、私はジルを見上げた。

 

「はい、ジル。お受けしてください」

 

 

..........


そして、その夜…―。

 

私はベッドで横になりながら息をついた。


(シュタインとの会談で、今後の行方が決まるんだ……)

 

「…………」

 

(話を聞いてもらいたいな……)

 

..........


私が部屋を訪れると、アランが呆れたように言う。

 

アラン「……お前、どんどん抜け出すの上手くなってないか?」

 

「アラン……相談があるの」


そうして私は、アランに極秘会談のことを話した。

 

アラン「…………」


話を聞き終えたアランが、息をつき口を開く。


アラン「ここでアドバイスするのは、俺の役目じゃねえよ」


「そうだよね……」


アランの言葉に、私はうつむいた。


(話を聞いてアドバイスをもらうだけなら、ジルやレオ…ロベールさんだっている。それでも私が、アランのところに来たかったのは……)

 

アラン「…………」

 

やがてアランが私の顔を覗き込み、尋ねる。


アラン「何だよ。してほしいことがあるなら、はっきり言えよ」


「……!」

 

アランの言葉に、私はかあっと顔を赤く染めた。


(し、してほしいことって……)


「アランに……」


私は顔を真っ赤にしながら、アランの袖を引いた。

 

(アランに……抱きしめてほしい)

 

アラン「…………」

 

アランは黙ったまま手を伸ばし、私の身体を抱きしめてくれる。


私はアランの腕の中で、そのぬくもりを感じ目を閉じていた。

 

(うん……勇気が出たかも)

 

「アラン、ありがとう」


アラン「…………」

 

身体を離し言うと、アランが軽く首を傾げる。

 

アラン「それだけでいいのか?」


「え?」


(だけって……)

 

見上げると、アランが近い距離から私を見つめていた。


「あ……あの」


高鳴る鼓動を隠すように、私は顔を背ける。


「……やっぱりいい」

 

アラン「言えよ」


「いいったら」

 

そうして、問答を続けていると…。


目覚めたアーサーが私の声に気づき、尻尾を振りながら飛びかかってきた。


「……っ」


アーサーが、私の頬をぺろりとなめる。

 

「くすぐったいよ、アーサー」

 

私が笑いながら声を上げると、アランが眉を寄せた。

 

アラン「おい」


アランに引き離されたアーサーが、大人しく寝床へと戻っていく。

その様子を目で追いながら、アランが呟いた。


アラン「……アーサーはいいのかよ」

 

(アラン……?)


見ると、アランがむっとした表情を浮かべていて…。その姿に、鼓動が跳ねる。


(アラン、可愛いかも……)


笑みを浮かべて息を吸い込み、私は吐息をつくようにそっと言った。


「アラン……あの。キス、してほしい」

 

言ってしまってから、耳までもが熱くなるのを感じる。


アラン「…………」

 

するとアランが顔を傾け、黙ったまま唇を重ねた。


(え……!?)


触れるようなキスが深く変わり、私は驚いて睫毛を揺らす。

 

「あ、アラ…っ……」

 

舐めるようなキスが繰り返され、力が抜けた身体は、ベッドの上に押し倒されていった。

 

「…………」


驚くまま見上げると、アランが口を開く。

 

アラン「お前が早く言わないのが悪いんだろ」

 

そうして悪戯っぽく笑みを浮かべ、アランが言った。


アラン「不安、感じないようにしてやろうか?」

 

「い、いい……」


私は慌てて首を横に振る。

 

(何も考えられなくなりそうだから……)


すると笑ったアランが身体を起こし、手を差し出しながら言った。


アラン「お前は力抜いて、言いたいこと言えばいいんだよ」


「…………」


(私の、言いたいこと……)

 


アランの手をとり身体を起こしながら、私は小さく頷く。

そうして、アランの顔を見上げた。

 

「うん……ありがとう、アラン」

 

 

..........

 

 

そして、シュタイン王国との極秘会談当日…―。

 

(やっぱり、緊張する……)

 

国境付近に建つ別邸へと足を踏み入れると、そこにはシュタイン国王ゼノ様の姿があった。

 

ゼノ「…………」


(あの方が……ゼノ様)


私はゼノ様を見上げ、それからゆっくりと頭を下げる。


「お待たせいたしました」

 

ゼノ「いや……問題ない」


ゼノ様がすっと目を細め、席に着いた。

その背後では、騎士であるアルバートが私に視線を送っている。


「…………」


私も席に着き、膝の上で指先を握りしめた。

 

(……頑張らなくちゃ)

 

そうして会談は静かに始まり…。


ジルやアルバートを含め、会話は穏やかに進んでいた。

 

(ゼノ様がとてもわかりやすく話してくださるから、緊張も解けてきたみたい……)


やがてゼノ様が、低い声で尋ねた。


ゼノ「……この戦争、ウィスタリアのプリンセスはどう考えているのか聞かせてほしい」

 

「…………」


(プリンセスとしての考え……)

 

ゼノ様の視線を感じ、私は思わず息を呑む。

その時、アランの言葉が脳裏をよぎった。

 

―――――――

 

アラン「お前は力抜いて、言いたいこと言えばいいんだよ」

 

―――――――

 

 

「……私は」

 

一度大きく息を吸い込み、私は顔を上げ口を開く。

 

「ウィスタリアのプリンセスとして、最後まで戦うだけです」

 

ゼノ「…………」


(何かに屈したりはしない。最後まであきらめずに戦いたい……)

 

するとゼノ様が、小さく呟いた。


ゼノ「……なるほど」

 

 

..........

 

そうして極秘会談を終え、ゼノはアルバートと共に馬車に向かっていた。

 

ゼノ「……姿勢を変えよう」

 

ゼノの呟きに、アルバートが驚いたように目を瞬かせる。


アルバート「……それはつまり、ウィスタリア側につくと?」

 

ゼノ「…………」


返事をしないまま、ゼノが足を止めた。

そうして振り返り、遠く見える美香の姿に目を細める。

 

ゼノ「ああ……」

王宮【アラン】11話後半honey

アラン「プリンセスが選んだのが、俺だからだよ」

 

「……!」


(アラン……)


アランの発言に、宮廷官僚たちがどよめき始めた。

 

宮廷官僚1「クロフォードの双子の片割が選ばれたのか?」

 

宮廷官僚2「王室直属の騎士団長が……」

 

アラン「…………」


(こんなところで言ってしまって、大丈夫なのかな)


私はアランを見上げ、速まる鼓動を押さえるため胸の前で手を握る。

 

(あれ……)


しかし不思議と、先ほどまでの恐怖が薄まっていることに気づいた。

震えていたはずの指先に、微かに温度が戻っている。


(アランが、隣にいてくれるから…なのかな)


考えているうちに、宮廷官僚たちの声は大きくなっていく。

 

宮廷官僚「クロフォードを追い出せ……!」


「……っ」


(すごく怒ってる……このままいたら、アランが……)

 

私は思わず、アランの服の裾を指先で引いた。


「……っ」

 

アランが驚いたように目を瞬かせ、それからふっと目を細める。


一層ざわめきが大きくなり始めた、その時…。


レオ「アラン」


ざわめきを裂くように、レオの声が響いてくる。

その静かな声に、一瞬の静寂が訪れた。


レオ「お前は、騎士の座を捨てるのか?家を飛び出してまで、掴んだのに?」


(え……?)

 

アラン「…………」


見上げると、アランはレオを見ないまま前だけを向いていた。


(家を、飛び出したって……)


私はアランの両親が宮廷官僚だったこと、そしてレオも現状、宮廷官僚であることを思い出す。

 

(そっか……アランは騎士になるために家を出たんだ)

 

やがてアランが、ふっと笑みを浮かべて口を開いた。

 

アラン「捨てねえよ」


レオ「…………」

 

アランの発言に、レオが目を細める。

アランは前を向いたまま、部屋に響く声音で言った。

 

アラン「プリンセスのために、騎士として、王として、この国を守り戦うと誓った」

 

(アラン……)


アランの言葉に、私は思い出していく。


―――――――

 

「……アラン=クロフォード。ウィスタリアのため、一緒に戦ってくれますか?」

 

アラン「ああ……命をかけて」

 

―――――――

 

(あの時、言ってくれたことだ……)

 

やがてレオが面白そうに、言った。

 

レオ「騎士であり王にもなるってこと?欲張りだね……」


アラン「…………」

 

すると、宮廷官僚たちが再びざわめき始める。


宮廷官僚1「そんな戯言、信じられるか……」

 

宮廷官僚2「前例がない。やはり官僚の中から選ばれることが適切だろう」

 

宮廷官僚1「いや、今はシュタインとの関係を……」

 

一層大きくなるざわめきに、レオが大きく息をつく。

 

レオ「頭の堅い連中だよね」

 

ジル「……ええ」


ジルがレオの言葉に、そっと相槌を打っていた。

 

アラン「…………」

 

しばらくの間黙ったままだったアランが、ちらりと私を見下ろす。


「……アラン?」


(何を言ったら、この人たちにわかってもらえるんだろう……)

 

不安になっていた私は、アランを見上げ名前を呼んだ。


目が合うと、アランがふっと目を細める。


アラン「…………」

 

「……?」


そうして黙ったまま、軽い仕草で手招きをした。


(……どうしたんだろう)


手招きに応え、私が少しだけ顔を寄せると…。


アランの手が、突然頭の後ろにかかる。

 

「えっ」


驚き仰ぎ見ると、アランがそのまま顔を傾け唇を重ねた。

 

「……!」


アランのキスを受け止め、私は驚きに目を見開いた。

 

唇が離れると、そのままアランを見上げる。


アラン「…………」

 

するとアランが、黙ったまま目を細める。

 

(あ、アラン……どうして)

 

その瞬間、宮廷官僚たちでさえもが驚き口を閉ざす。

そんな中、レオの呟きだけが耳に聞こえてきた。


レオ「わー衝撃的」


ジル「…………」

 

すると静寂を裂き、アランが宮廷官僚たちに向かって宣言する。


アラン「こいつを俺から奪えるなら、奪ってみろよ」


アランの言葉が、余韻をもって部屋に響き渡っていった。


「…………」


その言葉に息を呑み、私は顔を上げる。

 

(アランが隣にいてくれるんだから、私も……)

 

そうしてゆっくりと前を向くと、口を開いた。


「私はウィスタリアのプリンセスとして、アランを選びました。ドレナ王国とのことも、アランや皆と共に最後まで戦い抜きます」


アランの視線が、私に降りてくるのがわかる。

そして、ジルやレオ、宮廷官僚たちの視線も…。

 

「それが、私のプリンセスとしての役目です……」

 

私の言葉が、辺りを満たしていく。


そうして今度こそ、宮廷官僚たちはその口を閉ざした…。

 

 

..........


そして、王室会議は終わり…―。

 

執務室に戻った私は、息をつく。

 

ジル「あの重鎮たちを黙らせたのは、あなたが初めてでしょうね」

 

(でも、ああいう風に言えたのはアランのおかげだな……)


私はジルを見上げ、尋ねた。


「……ジル、アランはどこにいるの?」


ジル「…………」

 

するとジルが、少し気まずそうに目を伏せる。


(え……?)


ジル「アラン殿は……」


そうして聞こえてきたジルの言葉に、私は思わず声を上げる。


「部屋に軟禁って……どうして……?」


ジル「いくら次期国王候補とはいえ、王室会議の扉を開く権限はありません」

 

私は、王室会議の重苦しい扉を思い出した。

 

ジル「それを破ったのですから、処分は免れないでしょう」

 

「そんな……」


(アランは、私を助けにきてくれたのに……)


すると声を和らげ、ジルが言う。


ジル「ですが、プリンセスが選びさえすれば、それは絶対ですから。しばらく会うことが出来なくなる程度の処分ですよ……」



..........


そして、その夜…―。

 

私はベッドに腰掛けながら、アランの言葉を思い出していた。

 

―――――――

 

アラン「プリンセスのために、騎士として、王として、この国を守り戦うと誓った。こいつを俺から奪えるなら、奪ってみろよ」

 

―――――――

 

顔を上げ、窓の外を見る。


(やっぱり今のうちに、アランに会ってお礼を言いたい。あの場所でプリンセスとして発言出来たのは、アランのおかげだから……)

 

私は立ち上がり、こっそりと部屋を出ていった。

 

..........


見張りの騎士に見つからないように、足音に気をつけながら、私はアランの部屋を目指していく。

 

「……!」


すると、微かな物音が聞こえてきた。

 

(見つかったら、アランに迷惑をかけちゃうかもしれない……)


私はその場をそっと逃げ出す。


しかし、物音は私の後を追いかけて来て……。


「……っ」

 

追いかけて来る物音まで逃げ、私は中庭まで出てきてしまっていた。


(どうしよう、もう足が……走れない)


長く駆けてきたせいで、足元がふらつく。

やがて足が止まると、私を追ってきた何かが飛びついてきた。


「きゃっ」


(……え?)


驚きながら、足元にくっつく何かを見下ろす。

 

「……アーサー!?」


暗闇に目が慣れると、アーサーの姿が目に入ってきた。

 

アラン「……お前、何してんの?」

 

「……!」


聞こえてきた声に顔を上げると、アーサーの後ろからアランが現れる。

 

「あ、アランこそ……どうしてここに」


(だって、アランは部屋に閉じ込められているって……)

 

するとアランが、ふっと口元を笑わせた。

 

アラン「抜け出すのなんて簡単だろ」


「…………」


(私は、こんなに苦労したのに……)

 

私はようやく息をつき、顔を上げる。


(でも、会えて良かった)

 

「あの……」


話しかけようと、私が声を上げた時…。


アラン「…………」


不意にアランが顔を上げ、城の方へと視線を送った。


アラン「……誰か来るな。見回りか」

 

「え……」


(こんなところ見られたら……どうしよう)

 

アラン「…………」

 

すると突然、アランが私の腕をとり歩き出す。


そうして噴水の影に隠れるようにしゃがみこんだ。


「…………」

 

アラン「…………」

 

足音が、だんだんと大きく響いてくる。

 

(見つかりませんように……!)

 

思いながら息をつくと、そんな私を見下ろしてアランが目を細めた。

やがて耳元に唇を寄せ、微かな声で囁く。


アラン「……黙ってろよ?」

 

「……?」


声に顔を上げると、アランがそのままキスを落とした。

 

「…っ……」

 

(あ、アラン……!?)