王宮【アラン】honey ending前半
すっかり陽が落ちた庭で、私はアランのキスを受け止めていた。
「…んっ…っ…」
やがて唇が離れると、アランが甘く息をつく。
「アラン……」
私は思わず、アランの背中にぎゅっと抱きついた。
アラン「…………」
アランは黙ったまま、優しく抱きしめ返してくれた…。
..........
そして、翌日…―
私は、体調が安定してきたという国王陛下の部屋を訪れていた。
国王「クロフォードの双子……弟のほうだね?」
「はい」
次期国王候補にアランを選んだことを報告し、アランが目指す、戦う王のことも話していた。
(あの時のアランの言葉も、知って頂きたい……)
―――――――
アラン「プリンセスのために、騎士として王として、この国を守り戦うと誓った」
―――――――
国王「……騎士団長として数々の困難を越えてきた彼なら、出来るだろう。君たちになら、このウィスタリアを任せられる」
「国王陛下……」
国王陛下が浮かべた笑みに息をつき、それからゆっくりと頷いた。
「はい……」
国王陛下の部屋を出ると、そこにはアランの姿があった。
アラン「…………」
(アランと一緒ならきっと……戦っていける。どんな困難にも立ち向かえる)
そうしてアランと歩いていると、レオが歩いてくる姿が見えた。
(レオ……)
アランとレオが、いつものように無言ですれ違う。
アラン「…………」
レオ「…………」
すると突然にアランが足を止め、口を開いた。
アラン「レオ」
アランが呼びとめると、レオが驚いて振り返った。
レオ「……っ」
そうして、怪訝な表情でアランを見た。
アラン「…………」
レオ「…………」
レオと視線を合わせると、アランが口を開く。
アラン「俺は大事なもんは絶対に譲らねえからな」
レオ「…………」
それだけを言うと、アランはそのまま歩き去ってしまった。
「あ、アラン……?」
慌てて振り返ると、レオがぽつりと呟く声が聞こえた。
レオ「……アランらしいよ」
私が視線を移した時には、レオもすでに反対方向に歩き出している。
「…………」
私はアランを追い掛けるために、足を踏み出した。
(アラン……レオとの仲も変えていこうとしてるのかな)
私は、ゆっくりと目を瞬かせ思う。
(いつか……三人で笑いながら話せる日も、来るよね)
.........
久しぶりに厩舎を訪れた私は、アランと共に、馬たちのお世話をしていた。
(アラン……あれから黙ったままだな)
アラン「…………」
アランの眉は、何かを考えるようにしかめられたままだった。
(どうしたんだろう……)
「…………」
アラン「…………」
沈黙が、長く流れていき…―。
やがて、アランが口を開いた。
アラン「行きたいところがある」
「え……?」
振り返ると、アランが私を見下ろしている。
(アラン……?)
いつもとは違う真剣な眼差しに、私は息を呑んだ。
アラン「明日、時間もらえねえか?」
..........
翌日、私はアランと一緒に馬に乗り出かけていた。
アラン「…………」
(アランの行きたかった場所って、ここだったんだ……)
―――――――
アラン「行きたいところがある。明日、時間もらえねえか?」
―――――――
着いた場所は、アランとレオの両親が眠るお墓だった。
「…………」
お花を供え、私はそっと立ち上がる。
(前に来た時は、アランの後ろから見ているだけだったから……。こうやって、きちんと向かい合うのは初めて……)
私は目を閉じ、祈り始めた。
風が、目を閉じた私の髪を柔らかく揺らす。
アラン「……ずいぶん長いな」
アランの低い声が聞こえ、私はやっと目を開けた。
「……うん」
隣に立つアランを見上げ、私は言う。
「アランがいてくれたから、私はここまで頑張ってこれた。だから、アランを生んでくれたこと……守ってくれたこと……その、お礼が言いたくて」
アラン「…………」
アランがふっと目を細めて私を見つめる。
その指先が、自然と私の手に触れた。
(アラン……)
やがてアランが、視線をお墓へと移す。
そうして、静かな声で言った。
アラン「俺は、もう絶対に失わない」
宣言のように響く声が、私の耳にも届く。
私は、アランの手をぎゅっと握り返した。
「うん……」
目を閉じ、もう一度祈るように思う。
(私も、絶対に離れたくない……。ずっと、アランと一緒に生きていきたいから……)
..........
執務室で勉強をしていたある日、私はジルからプリンセスの『宣言式』の話を聞いていた。
「次期国王候補を、私が皆の前に宣言するんですね?」
ジル「その宣言を以て、婚約となります」
「婚約……」
その言葉に、私の頬が少し赤らんでしまう。
ジルが、息をつきながら言った。
ジル「浮かれている場合ではありませんよ。準備しなくてはならないことは、山ほどあるのですから……」
「は、はい……」
(そうだよね、覚えることはたくさんあるんだから……)
そうしてジルから宣言式の流れを聞いていると、レオが現れる。
レオ「やってるねー」
楽しそうに言うと、私の手元を覗き込む。
レオ「宣言か、すごいね」
「え……?」
(すごいって……)
面白がるような声音に顔を上げると、レオが言った。
レオ「公開プロポーズってことでしょ?」
「えっ」
(プ、プロポーズって……)
レオの言葉に驚き、私は目を見開く。
「で、でもそれは……」
(言われてみたら、そうかも……。そう考えちゃうと、急に恥ずかしい……)
私の頬がまたさらに、赤く染まってしまった。
するとジルが、レオにじろりと視線を送る。
ジル「……レオ、からかわないでください」
レオ「楽しみにしてるってことだよ」
レオが私を見下ろし、にっこりと微笑んでみせた。
レオ「前夜には舞踏会が開かれるみたいだしね」
「舞踏会……?」
(それって、もしかして……)
視線を移すと、ジルが今度は息をつきながら言う。
ジル「ええ。ですから、ダンスの練習もまた始めなくてはいけませんね」
「は……はい」
(ダンス……頑張らないと)
..........
宣言式の準備やダンスの練習を終え、私はようやく部屋へと戻ってきていた。
「……っ」
ダンスの練習中にくじいてしまった足が、微かに腫れている。
(どうしよう……本番は、もう明日なのに)
するとその時、部屋のドアが叩かれ、アランがアーサーと共に現れた。
アラン「…アーサーが部屋の前で鳴いてた。何かあったのか?」
「……アラン」
私は思わず、足を掛け布団で隠す。
アラン「…………」
するとアランが歩み寄り、布団をはがそうと手をかけた。
「やっ……」
布団がはがされると、アランが私の腫れた足に目をとめる。
アラン「……お前な」
呆れた様子で、アランが息をついた。
アランが手当てをしてくれることになり、私はベッドに腰掛け、そっと足を差し出した。
「ごめんね、アラン……」
アラン「…………」
黙って包帯を巻き始めたアランが、呟くように言う。
アラン「何で隠すんだよ」
「……心配かけたくなくて」
(前に怪我をした時には、すごく心配かけちゃったから)
するとアランが、ため息と共に口を開いた。
アラン「……舞踏会のことなら、ジルに言えば延期も可能だろ」
「で、でも延期だなんて……」
(たくさんの人が、明日に向けてもう準備を始めているのに……)
アランが、私を見上げる。
アラン「……この足で、どうするつもりだよ」
「…………」
(明日までには、痛みも引くかもしれないし……)
私はアランを見つめて言った。
「アラン、お願い。このことは黙っていてほしいの」
(明日の舞踏会は、ちゃんとしたプリンセスとして皆の前に出たい……)
アラン「…………」
アランは黙ったまま包帯を巻き終え、指先を離していった…。
..........
そして『宣言式』前夜、ついに舞踏会は始まり…―。
ドレスに着替えた私は、ダンスホールに立っていた。
「…………」
(立っていることは、出来るけど……)
ドレスの裾に隠れた足を見下ろしていると、音楽が流れ始める。
人々がホールの中央へと向かっていく中、私は踏み出すのをためらっていた。
(上手く踊れるかどうかは、不安だな……)
するとそこに、騎士として舞踏会に出ていたアランが近づいてくる。
「……アラン?」
アラン「…………」
アランが私を見下ろし、目の前で足を止めた。
そうして、黙ったままその手を差し出す。
(え……?)
驚き見上げると、アランが目を伏せて言った。
アラン「……踊って頂けますか?」
「……!」
辺りがざわめき、視線が私たちの元へと集まってくる。
私の鼓動は早鐘を打ち、首筋は赤く染まっていた。
(アランがそんなことを言うなんて…)
その瞬間、私は以前の出来事を思い出す。
―――――――
「私と、踊ってくれますか?」
アラン「……踊るわけねえだろ。相手はそこらじゅうにいるじゃねえか。俺はここに…騎士としているだけだ」
―――――――
(あの時に申し込んだダンスは、断られてしまったけど…)
私はそっと手を差し出し、アランの指先に触れる。
(ずっとこうして、アランの手を取りたかった……)
「……はい」
アラン「…………」
アランの手が、音楽に合わせて私の腰元を強く引く。
(アラン、すごく上手……)
怪我をした私の足をかばうように、アランがリードしてくれていた。
(アラン、私の怪我を知っているから踊ってくれたのかな……?)
そうして、音楽はゆっくりと進み…。
ダンスを踊り終え、私たちはバルコニーへと出てきていた。
「アラン、ダンス上手なんだね」
アラン「まあな」
(そういえば、レオもダンスが上手だったっけ。…昔は一緒に、練習したりしたのかな)
「…………」
アラン「……なに」
じっと見上げて考えていると、アランが怪訝な表情を浮かべる。
「ううん、なんでもない」
私は首を横に振り、手すりに手をかけた。
(わあ、綺麗な夜空……)
降ってきそうなほどの星空が、そこには広がっている。
アラン「…………」
アランも黙ったまま、夜空に視線を移した。
私はゆっくりと目を閉じ、思う。
(アランとこんな風に穏やかに時間を過ごせるなんて、幸せだな…)
すると突然、アランが口を開いた。
アラン「……おい。絶対に一度しか言わねえから、よく聞けよ?」
「……?」
私はアランへと視線を移し、戸惑いに目を瞬かせる。
(……なんのことだろう?)
夜風が私のドレスの裾をふわりと持ち上げたその時…
アランが目を細め、告げる。
アラン「好きだよ」
「……!」
アランの言葉に、私は驚いて目を見開いた。
(い、今……)
見上げると、アランが少し顔を赤くしている。
「アラン……」
その表情に、思わず涙が滲んでしまった。
(初めて言ってくれた……)
アラン「……何泣いてんだよ」
アランが笑い、それから私の目尻に唇を寄せる。
「……っ」
その感触に、私の身体が微かに震えた。
(アランの言葉、一生忘れない……)
やがて、アランの唇が涙を辿り頬をなぞる。
そうして今度は唇に、甘くかむようなキスを落とした。
「……っ…」
キスは次第に深く長く変わり、私は声をこらえきれず、アランの腕を掴む。
「……んっ…っ」
そうして目を閉じ涙を頬に伝わせながら、私は繰り返されるアランの甘いキスを受け止めていった…。