王宮【アラン】6話後半
暗がりの中に、ランプだけが仄明るく手元を照らしている。
私は執務室で一人、本棚を見上げていた。
(ご両親のことは、直接尋ねる訳にはいかないし……。アランやレオの家のことについて、何かわかることはないかな)
本棚から取り出した分厚い歴史書のページを捲っていると、不意に後ろから声が響いてくる。
???「何を調べていらっしゃるのですか?」
「……!」
驚いた私の身体が、びくりと震えた。
(だ、誰……!?)
慌てて振り返るとそこには、訝しげな表情を浮かべるジルの姿があった。
「ジル……!」
ジル「……そんな反応をするとは、何か隠し事でしょうか?」
ジルの言葉に、視線が揺れる。
「えっと……」
(どうしよう、何て言えば……?)
するとジルが迫り、本棚に手をついた。
「……っ」
囲われるように本棚に背中をつけた私は、おそるおそるジルを見上げる。
ジル「……もう一度聞きます。何を調べていらっしゃるのですか?」
ジルの顔が寄せられていき、私はたまらず息を呑んだ。
「あ、あの……」
そうしてアランの家のことについて調べていたと白状すると、ジルが呆れたように息をついた。
「でも、何もわからなく……」
するとジルが黙ったまま私の手から本を取り上げ、本棚にしまう。
ジル「当然です。このような歴史書に載っているはずがありませんから」
「え……?」
(……どういうこと?)
ゆっくりと振り返ったジルが、私を見つめて言った。
ジル「あの方たちは、権力闘争に巻き込まれて亡くなったと言われています」
(え……!?)
驚き見上げる私に、ジルがゆっくりと語ってくれる。
ジル「私が知っていることは、アラン殿たちのご両親が宮廷官僚であったこと、権力闘争の末謀殺されたと噂されていること、そして……」
ジルがふっと目を上げ、私を見た。
「騎士として期待されていたあの兄弟の、その後くらいでしょうか……」
ジルの話を聞き、私の指先は微かに震えだしていた。
(アランのご両親が、謀殺された……?)
「そんなことって……」
思わず呟くと、ジルがため息をつく。
そして、低い声で告げた。
ジル「倒れているご両親を見つけたのは、まだ幼かったあの兄弟です。そしてすぐに、屋敷には火が……」
その言葉に、私ははっと顔を上げた。
(だからあの時、アランはああ言っていたんだ……)
―――――――
アラン「でも俺は……もう二度と、大事なもんは失えない。俺には、そんなこと無理だ。大事なもんは、自分で守る」
―――――――
苦しそうなアランの表情を思い出し、胸が痛む。
(失えないって、そういうことだったんだ……)
ジル「プリンセス」
ジルに呼ばれ、私はゆっくりと視線を上げた。
ジル「……このようなことを調べてどうするおつもりだったかは聞きませんが、あまり、城内では話されない方がいいですね」
「え……?」
(どうして……?)
思わず呟くと、視線をそらしながらジルが呟く。
ジル「巻き込まれないためにも」
............
そうして執務室から部屋へと戻ると、私はドアに背中を預けながら耳飾りに触れた。
レオや、ジルに聞いた話が脳裏を過ぎっていく。
(アラン……)
............
そして、翌日…―。
私はスケジュール通りに、貴族の男性たちとの約束をこなしていた。
貴族「さあ、プリンセス。こちらへ!」
「あ、はい……」
(この人、なんだか距離が近いみたい……)
乱暴に肩を抱き寄せられ、私は思わず眉をひそめる。
(でも、ないがしろには出来ないし……)
私はこわばった笑顔を向け、そっと足を後ろに引いた。
アラン「…………」
騎士として側にいるアランは、何食わぬ顔で立っていた。
(アラン、やっぱり気にならないのかな……)
少し寂しく思っていると、貴族の男性の手が肩から離れる。
(良かった……)
ほっとするのもつかの間、今度は腰元をきつく寄せられた。
「……えっ」
貴族「さあ、あちらへ!」
貴族の男性の笑みが近づき、私は必死に顔を背けて頷いた。
(これもプリンセスの役目だと思えば、仕方ないよね……)
「は、はい……」
アラン「…………」
そうしてアランの元を離れ、私は小さな橋の上から池を眺めていた。
(あれ……?)
ちらりと馬の止まる方を見るものの、アランの姿はない。
(アラン、どこ行っちゃったんだろう……)
辺りを目で探していると、私の様子に貴族の男性が気づいてしまう。
貴族「騎士など、どうでもよいでしょう!」
「え……?」
呟くと、そのまま乱暴に頬を挟まれた。
強引に上向かされ見上げた貴族の男性の目に、私は思わず息を呑む。
(この人、ちょっと怖い……)
貴族「すぐに、気にならなくさせてさしあげますから……」
そうして顔を寄せてくる貴族の男性に、ついに背筋がぞくりと震えた。
「……やっ」
............
その頃…―。
美香たちの姿が見えないところまで歩き、アランは立ち止まった。
貴族の男に触れられる美香の姿を思い出し、ぐっと眉を寄せる。
アラン「……何やってんだ、俺」
小さく息をついた、その時…。
庭の方から、美香の短い悲鳴が聞こえてきた。
アラン「……!?」
..........
貴族の男性から逃れようとした拍子に足をくじいてしまった私は、すぐにお城へと戻ることになった。
包帯を巻き終えたユーリが、私を見上げながら尋ねる。
ユーリ「痛くない?美香様」
「大丈夫。ありがとう、ユーリ」
ユーリは立ち上がると、むっと眉を寄せた。
ユーリ「未遂で終わったからって、許せないよね、あの貴族」
「……う、うん」
(改めて言われると、恥ずかしいな……)
キスをされかけたことを思い出し、私の頬が赤く染まった。
その時、部屋のドアが開いてジルが姿を現す。
ジル「どうですか?」
ユーリ「手当は終わったよ」
そうして歩み寄ると、ため息をついて私の足を見下ろした。
ジル「あなたは、私にため息ばかりつかせますね」
「すみません……」
そうして謝ってから、私は顔を上げて告げた。
「ジル、これは私の不注意なんです。アランには関係なくて……」
私がけがをした時のことを思い出す。
(アラン、顔色が真っ青だった……)
アランは何も言わないまま私を抱え上げ、城へと連れ帰ってくれた。
その間も一言もしゃべらないアランの姿に、不安を感じていた。
(アランのせいじゃないのに……)
すると、ジルが目を細めて口を開く。
ジル「わかっていますよ。納得しないのはアラン殿のほうです」
(え……?)
ジルの言葉に、私は驚いて顔を上げた。
「どういうことですか?」
ジル「謹慎処分を求められたので、仕方なく三日ほど出しましたが……」
(え……謹慎処分!?)
..........
そして、夜…―。
私はベッドに腰掛けたまま、アランのことを考えていた。
足元を見下ろし、地面を軽く叩いてみる。
(アラン、気にし過ぎていないかな……。こんな怪我、大したことないのに)
「…………」
私はゆっくりと立ち上がると、足の様子を確かめてから歩き出した。
(アランに、心配をかけたことを謝りにいこう……!)
..........
部屋のドアを叩くと、顔を出したアランが驚いて声を上げた。
アラン「何……考えてんだよ」
怒りを抑えたような声音で言い、それから私の足元を見下ろす。
アラン「そんな足で……」
私はアランの言葉にめげないように身を乗り出し、言った。
(アラン、怒ってるみたい……でも)
「アラン、話したいことがあるの……」
アラン「…………」
私を見下ろしていたアランの視線が下の方へ落ちていった…。
私が部屋に入ると、アランがゆっくりとドアを閉める。
蝶つがいが微かな音をたて、アランがぽつりと呟いた。
アラン「悪い」
「え……?」
呟くアランを振り返り、私は静かに尋ねた。
アラン「こんなことになったのは、俺のせいだ」
アランがゆっくりと歩き、ベッドに腰掛ける。
そうして口元に自嘲めいた笑みを浮かべて言った。
アラン「……俺、騎士失格かもな」
「そんなことない、これは私の……」
アランの目が耳元に注がれていることに気づき、私ははっと息を呑む。
「…………」
(アランのせいじゃないって、どうやって伝えればいいんだろう……)
言葉を飲み込んだまま近づくと、アランの指先が微かに震えていることに気がついた。
(アラン……)
アラン「俺が、お前が他の奴に触れられてるところを見たくなかったんだよ。だから、離れたんだ」
アランの言葉に、私は小さく息を吸い込んだ。
―――――――
「……アランは、私が他の人を選んでもいいの?」
―――――――
アランが自分の手を見下ろし、呟いた。
アラン「俺はまた、大事なもんを……」
「……っ」
私はアランの言葉を遮り、手を伸ばす。
「アラン……」
そうしてアランの頭を引き寄せ、胸にぎゅっと抱き寄せた…。
「アラン……」
私はベッドに腰掛けるアランの頭を抱き寄せ、名前を呼ぶ。
少しの沈黙が訪れ、アランがやがて掠れる声で言った。
アラン「……何してんだよ」
アランが腕を上げ、私の手をほどこうとする。
アラン「離せって……」
「……っ」
腕にアランの指先が触れるものの、私はより力を込めた。
(アラン、震えてる……)
伝わるアランの温もりに、私はぎゅっと目を閉じる。
(離れたくない……)
やがて諦めたように手を下げたアランが、息をついた。
アラン「…………」
急に訪れた静寂に、吐息だけが響く。
「アラン……?」
するとアランが黙ったまま、私の腰元を引き寄せた。
アランとの距離が近づき、私の鼓動が速まってしまう。
「……っ」
(このままじゃ、私の心臓の音も聞こえちゃいそう……)
思わず顔を上げると、アランがくぐもった声で言う。
アラン「……髪がくすぐったい」
「あ、ごめ……」
離れようとすると、今度はアランの腕に力が込められた。
アラン「もう少しだけ……」
「え……」
(アラン……?)
いつもとは違うアランの甘える様子に、私の鼓動が跳ねる。
アラン「……嫌ならいいけど」
「い、嫌なわけないよ」
答えると、アランがふっと笑う気配がした。
静かな時間が、流れていく。
見下ろすと、アランが私の腕の中で静かに呟いた。
アラン「また守れないんじゃないかって……それが、怖いんだ」
(それは……)
アランの言葉に、私はジルの話を思い出していく。
―――――――
ジル「私が知っていることは、アラン殿たちのご両親が宮廷官僚であったこと、権力闘争の末謀殺されたと噂されていること。倒れているご両親を見つけたのは、まだ幼かったあの兄弟です。そしてすぐに、屋敷には火が……」
―――――――
(アランは、ご両親のことを守れなかったって思っているんだ……)
「そんな……」
アラン「…………」
やがて自然と身体が離れると、アランが私を見上げた。
(どうやったら、伝えられるのかな)
「私はいつも、守られてるよ……。アランが王宮にいてくれて、出逢えて、本当に良かったと思ってる」
アラン「…………」
アランの目が、私を捉えている。
その深い色の瞳に息を呑みながらも、私はそっと尋ねた。
「ねえ、アラン。あのね」
アラン「……なに」
アランの声は低く響くものの、どこか優しく耳に届いた。
「私、アランのことをもっと知りたい」
アラン「…………」
私の言葉に、腰元に触れたままのアランの指先がぴくりと動く。
「私に、アランのことを教えて欲しいの……」