王宮【アラン】5話前半
アラン「どういうことが起こるか、試してみるか?」
強引に重ねられた唇に、私は驚いて目を見開いた。
「……!」
甘く噛むように落とされた短い口づけが、ゆっくりと離れていく。
額がつくほどの距離のまま、アランがそっと尋ねた。
アラン「今したみたいなこと、出来んの?」
響いてくる低い声音に、私の首筋の鼓動が跳ねる。
―――――――
アラン「お前さ、男を相手に選んだらどういうことするかわかってんの?夜中に城の中うろついてるし、わかってやってんだよな?」
―――――――
「……っ」
私は顔を赤く染め、大きく首を横に振った。
(こんなこと、誰とでも出来るわけないよ……!)
すると、ふっと笑みを浮かべたアランが私の頭をぽんぽんと撫でる。
アラン「…………」
そうして何も言わないまま、部屋を出ていってしまった。
再び静寂が訪れた部屋の中で、鼓動がうるさく響く。
「え……」
私は戸惑うままに、唇に手を振れた。
口づけの温もりや感触が、鮮明に残っている。
(アラン、なんで……)
..........
その頃、アランは一人廊下を歩いていた。
ジル「アラン殿」
アラン「…………」
声をかけられ振り返ると、怪訝な表情を浮かべたジルが立っている。
ジル「どちらへ?」
ジルがちらりと視線を寄せるアランの行く先は、行き止まりになっていた。
アラン「……部屋に戻る」
そうして踵を返し歩いていくアランの姿を、不思議そうにジルが見送っていた。
ジル「何か、あったのでしょうか……?」
..........
プリンセスとしてネープルス王国に向かうことになった、当日…―
快晴の青空の下、私はジルと共に馬車に乗っていた。
ジル「ネープルスの国王は穏やかな方ですから、問題ないとは思いますが…」
ジルの話を聞きながら、私はふと窓の外を見やる。
アラン「…………」
そこにはやはり騎士として同行するアランの姿があった。
(あれから、アランとは話せていないけど……アランは、どう思ってるんだろう)
ジル「……プリンセス、聞いてらっしゃいますか?」
「あ、はい。すみません」
ジルの言葉にはっと顔を上げ、私は背筋を正す。
(今は、プリンセスとしての役目に集中しなくっちゃ……)
そうして道を進んでいくと、やがて馬車は森に差し掛かった。
するとジルが顔を上げ、目を細め私に告げる。
ジル「ネープルスに行くには、この森を越えねばなりません。険しい道もありますので、ここから先は馬に乗って頂きます」
「え?」
やがて馬車の扉が開き、アランが顔を出した。
ジル「アラン殿、よろしくお願い致します」
アラン「……ああ」
アランが頷き、そうして私に視線を寄せる。
「…………」
(もしかして私、アランの馬に乗るのかな……)
..........
木漏れ日が地面に落ち、風に木々が葉を揺らす中、私はアランに囲われるように馬に乗り、森の道を進んでいた。
(なんだか少し、緊張する……)
背中にアランの甲冑が触れるのを感じ、私の身体は強張る。
(後ろに乗ったことはあったけど、前は初めてだから…)
抱きしめられるような感覚に、私は顔を俯かせた。
その時、馬が揺れアランの腕が私の身体に触れる。
「……っ」
思わず顔を赤くしてしまうと、アランが耳元で言った。
アラン「おい……」
私を囲うように馬の手綱を持つアランが、耳元で言う。
アラン「いちいち反応すんな」
「ご、ごめんなさい……」
思わず謝ってしまった後、私はハッと思い直した。
(アランがあんなことをしたせいなのに……!)
アラン「…………」
少し気まずい沈黙の中でも、馬の脚は進み続け…。
.........
森を抜けると、そこには美しい湖畔が広がっていた。
(わあ、すごい……)
静かな湖の周りでは、騎士たちの馬が喉を潤している。
「綺麗……」
呟くと、馬を降りたジルが息をついた。
ジル「この湖を迂回して進まなければなりませんからね。美しいとはいえ、厄介です」
そうして少しの休憩をとることになり、私は湖の周りを歩いていく。
(これまで国を出たことはなかったから……)
私は自然と目を輝かせながら、興味深く辺りを観察していた。
森の中を覗き込んでいると、そこにアランがやって来る。
アラン「お前、あんまちょろちょろすんなよ」
「アラン、見て!」
アランの言葉を遮り、私は木の上を指差した。
そこには、赤く丸い実がなっている。
「あれ、食べられるのかな?」
アラン「…………」
するとアランはその木へと向かい、その場で軽く跳んだ。
そうして赤い実をもぎ取ると、振り返る。
アラン「試してみるか?」
アランの口元に浮かんだ笑みとその言葉で、私は思い出してしまった。
(あ……)
―――――――
アラン「どういうことが起こるか、試してみるか?」
「……!」
―――――――
「…………」
顔を真っ赤に染めた私に、眉を寄せていたアランもやがて気づき、気まずそうに視線をそらす。
「あ、あの……ありがとう」
気を取り直して近づき、私はアランから赤い実を受け取ろうと手を差し出した。
アラン「…………」
するとアランが、赤い実を少し上にあげる。
(……?)
私も赤い実を追って手を上げると、アランが再びひょいっと手を上げた。
(……??)
その後も私が赤い実を追う度に、アランの手はひょいひょいと逃げていく。
「え、アラン……!?」
赤い実をなかなか取らせてくれないアランに、私は声をあげる。
「もう……」
するとアランが、目を細めて言った。
アラン「いいけど。これ、毒あるかもな」
「え、そうなの?」
思わず上げた声に、アランが吹き出すように笑った。
驚いて目を瞬かせると、見下ろすアランが少し無邪気に笑っている。
「嘘だよ。上手いから、食ってみれば?ジルのいないところでな」
思いがけず見ることが出来たアランの笑みに、私は鼓動を高鳴らせていた。
(アランって、こんな風に子どもみたいに笑うんだ……)
やがてアランがふっと目を細め、私の手のひらに、赤い実を置いてくれた…。
..........
再び出発するため、私はアランより先に馬の鞍に足をかける。
そうして馬に乗ると、私はしっかりと体勢を整えた。
アラン「…………」
馬の下から私を見上げるアランの視線に気づき、私は尋ねる。
「どうしたの?」
アラン「いや、上手くなったな」
そう呟くと、アランも続いて馬の上に乗った。
しっかりと手綱を握ると笑みを浮かべて言う。
アラン「上出来」
「……っ」
アランの言葉に、私は小さく息を飲んだ。
(そう言ってもらえるなんて、嬉しい……)
アラン「……まあ、指導者が良かったんだけどな」
「…………」
ぽつりとこぼしたアランの呟きに、私は黙り込む。
(そうだけど……素直に喜ばせてくれてもいいのに)
それでも嬉しい気持ちが勝り、口元をほころばせていると、アランが私の表情に気づき、ふわりと目を細めた…。
湖を迂回するように移動した私たちは、湖畔で一夜を明かすことになっていた。
「……えっ」
アランたちの後を追おうとした私は、軽く腕を引かれ振り返る。
「ユーリ?」
ユーリ「美香様はあっちだよ」
ユーリが示す先には、王室の別邸がひっそりと建っていた。
ユーリ「ネープルスに行く時には、王室の人たちはあっちで休むんだ」
ユーリの言葉に、私はちらりとアランの方に視線を寄せる。
(でも、みんなは野宿なのに……)
迷っている私の顔を覗き込み、ユーリがにっこりと微笑んだ。
ユーリ「美香様はプリンセスなんだから、遠慮なんて必要ないよ」
「う、うん……」
(ここで遠慮していたら、逆に迷惑かもしれないよね…)
私はユーリに向き直り、しっかりと頷いて笑みを浮かべる。
「わかった。ありがとう、ユーリ」
ユーリ「…………」
すると、何故だかユーリが少し目を瞬かせた。
「どうかした?」
ユーリ「……ううん、何でもない。そろそろ夕食の時間だから、戻ったほうがいいね」
「そうだね」
そうして歩いていくアンの後ろで、ユーリがふと呟く。
「何だか美香様って、毒気抜かれそうで怖いんだよね」
困ったように笑みを浮かべると、振り返った美香に応えるように、駆けていった。
..........
そして、夜も更けた頃…―
貴族の別邸からこっそりと抜け出し、私は湖を眺めていた。
(こんな景色が見れるなんて……)
広く滑らかな水面に、丸い月が浮かんでいる。
昼間とは違う美しい景色を眺めていると、やがて背後のざわめきに気がついた。
騎士1「あれ、プリンセスじゃないですか」
振り返るとそこには、たくさんの騎士たちの姿があった。
騎士2「こんなところにいたら、団長に怒られますよ」
気さくな様子に思わず笑みを浮かべていると、騎士たちの後ろから、アランの声が聞こえてくる。
アラン「お前ら、何やって……」