王宮【アラン】3話後半
休日を取った日の夜…―。
ジルの部屋に呼び出された私は、その場で聞かされたことに驚いていた。
ジル「明後日の夜、舞踏会を開くという旨の招待状を出しておきました」
「え……!?」
(そんな、急に…?)
驚く私に、ジルはにっこりと微笑みかける。
ジル「ですから今日は休息を取った分、明日はしっかりとダンスのレッスンに励んでください」
「は、はい……」
頷く私を見下ろし、ジルがふわりと目を細めて言った。
ジル「あなたにはそろそろ、目星をつけて頂かないといけませんね」
(目星って……)
ジルの言葉に、私の首筋の鼓動が大きく跳ねる。
途端に脳裏には、アランの姿がよぎっていった。
(どうしてこんな時に、アランのことが気になるんだろう…)
すると同時に、レオの言葉がよみがえってくる。
―――――――
レオ「ねえ、プリンセス。これだけは言っておく。アランだけは、無理かもね。アランは騎士を、やめたがらないから」
―――――――
「…………」
(あの言葉の意味は、まだ聞けていないんだよね…)
ジル「どうかされましたか、プリンセス」
響いてきたジルの声に、私はゆっくりと顔を上げた。
そうしてためらいながら、尋ねる。
「あの、ジル。…王になる条件ってあるんですか?」
するとジルが、怪訝な表情を浮かべながらも答えてくれる。
ジル「そうですね、特にありませんが…」
ジルの視線がちらりと寄せられ、私は小さく息を呑んだ。
やがて、ジルが告げる。
ジル「現職は、やめて頂かなければなりませんね」
(え……?)
言葉を失う私に、ジルがため息をつくように続けた。
ジル「当然です。プリンセスに選ばれた者は、一国の王となるのですから」
..........
ジルの話を聞き終えた私は、部屋へと戻ってきていた。
―――――――
ジル「現職は、やめて頂かなければなりませんね」
―――――――
ジルの言葉を思い出し、私はベッドにうつ伏せのまま横たわる。
(だからあの時、レオは言ってたんだ……)
―――――――
レオ「アランだけは、無理かもね。アランは騎士を、やめたがらないから」
―――――――
私は枕から少しだけ顔を上げ、息をついた。
(今の職を捨てなければ、王になれないだなんて……)
そうしてごろりと仰向けになり、天井を仰ぐ。
(私が思っていたよりも、王様を選ぶことは責任が重いのかもしれない……)
..........
そして、舞踏会当日…―。
騎士として控えるアランの横で、私は緊張の色を隠せないでいた。
(こういう華やかな場は、やっぱり緊張するな…)
私が小さくため息をつくと、アランが口元に笑みを浮かべて言った。
アラン「おい。緊張して誰かの足踏むなよ」
私がアランの言葉に答えようとした時、目の前に立ったジルが、目を細めて告げる。
ジル「プリンセス、後程ダンスの時間があります。誰かと踊ってみては?」
「え……?」
思わず見上げると、ジルがにっこりとした笑みを浮かべた。
ジル「例えば……ハワード卿にお声をかけてみてはいかがでしょう?」
(ハワード卿って…ルイ様のことだよね)
「……はい」
ジルの言葉に視線を落としながらも、私は小さく頷く。
(こんな気持ちのまま、誰かと踊るなんて……)
王を選ぶ責任を思うと、胸がぎしりと痛んだ。
アラン「……お前」
不意に聞こえてきたアランの声に、私はゆっくりと顔を上げる。
「……?」
見上げたアランが、何かを言おうと口を開きかけた時…。
貴族「プリンセス、私と踊っていただけませんか?」
「え?」
突然目の前に現れた貴族の男性が、笑みを浮かべて手を差し出していた。
差し出された手を見下ろし、それから隣に立つアランを見上げる。
(アラン、今何を言おうとしたのかな……)
やがて私は貴族の男性に向き直り、しっかりとした声で告げた。
「私は……」
私は貴族の男性を見つめ、ゆっくりと言った。
「申し訳ありません。少し休憩中ですので……」
そうして小さく頭を下げる。
貴族の男性は、納得できないような表情を浮かべながらも去っていった。
その後も訪れるダンスの誘いを断り、私はアランの側へと戻っていく。
アラン「おい」
見上げると、アランが私を見下ろしていた。
少し怒ったような声音で、私に尋ねる。
アラン「お前、何やってんだよ」
「だって、アランが……」
途中からの言葉を飲み込んだ私を見下ろしたまま、アランが眉を寄せた。
アラン「……俺が?」
(何か言いたそうだったから、気になって……)
私が黙ると、アランがため息をつきながら言う。
アラン「お前は、誰とだったら踊れるって言うんだよ。こんなとこに突っ立ってても仕方ねえだろ」
「それは……」
アランの言葉に、私は視線を揺らした。
(そうだよね。この舞踏会は、私が誰かを選ぶためにジルが開いたんだ)
―――――――
ジル「あなたにはそろそろ、目星をつけて頂かないといけませんね」
―――――――
ふと周りに視線を向けると、そこには今までデートをしてきた数多くの男性の姿があった。
(でもこの中で、私が手を取りたいのは……)
「…………」
私は黙ったまま、ゆっくりとアランを見上げる。
アラン「…………」
私の視線を受け止め、アランが何かを察したように目を瞬かせた。
沈黙が降り、やがてアランが口を開こうとすると…。
レオ「公衆の面前で、女性に恥をかかせちゃいけないよね」
アラン「……!」
突然、アランの後ろからレオが現れた。
「……レオ?」
レオは笑みを浮かべたままアランの前に出ると、慣れた仕草で手を差し出す。
(……え?)
レオ「俺と踊って頂けますか、プリンセス」
突然差し出されたレオの手に、私は戸惑っていた。
(ど、どうしよう……)
ちらりと見上げると、アランはレオから視線をそらしたまま眉を寄せている。
目を上げたレオがふわりと目を細めると、私の耳元にそっと口を寄せた。
レオ「そんな顔をしていると、騎士殿を困らせるだけだよ」
(あ……そうだ。レオにもう一度、アランの話を聞いてみたい)
そうして少し考えた後、レオの手に指先をのせる。
アラン「…………」
アランはそれを見て、わずかに眉を寄せた。
レオの手を取り踊り始めた私は、おぼつかない足取りに焦りを感じていた。
(練習以外で踊るのは、初めてだから……)
日々のレッスンを思い出すため足元ばかりを見ていると、不意に頭の上から優しい声が響いてきた。
レオ「プリンセス。顔を上げて、前を見て」
その言葉に、私は驚いて思わずレオを見上げた。
(え、その言葉って……)
―――――――
アラン「美香。お前は、顔上げて前だけ見てろ」
―――――――
アランの言葉を思い出し、私の身体から強張りが解けていく。
見上げると、レオがにっこりと微笑んでくれた。
(なんだか二人って正反対なのに…少し似てるみたい)
優雅な音楽は流れ続け、レオの足が滑らかに滑る。
そうしてダンスを続けていると、レオがぽつりと呟いた。
レオ「なんでダンス、全部断っちゃったの?」
「それは……」
私が言葉を詰まらせると、レオがふっと目を細めた。
レオ「もしかして、気になる?」
レオの視線が不意に、ホールの隅に立つアランを捕える。
視線を追い、私はゆっくりと息を吸い込んだ。
(アラン……)
やがて、少しためらってから、私は尋ねた。
「アランは私のこと、どう思ってるのかな」
レオ「…………」
私の言葉に黙り込んだレオが、ふっと笑みを浮かべた。
そうして音楽が終わると、私の手を離しながらぽつりと呟く。
レオ「そういうことは、本人に聞いてみたらいいよ」
(え……?)
そうして一人ホールに立ち尽くしたまま、私は去っていくレオの後ろ姿を見送った。
(本人に、聞いてみる……?)
振り返り、私はアランへと視線を移す。
アラン「…………」
その姿に、私は微かに息を呑んだ。
(私はたぶん、もう決めているんだ……)
―――――――
アラン「お前は、誰とだったら踊れるっていうんだよ」
「それは……」
―――――――
(あの時思い浮かんだ人は、アランだけだった)
不意にアランの視線が上がり、目が合う。
「……っ」
遠くから見つめられるだけで、鼓動が速くなってしまった。
―――――――
レオ「もしかして、気になる?」
―――――――
(レオの言う通りだ。私、アランに惹かれてる……)
そうしてゆっくりと歩き出し、私はアランの元へと向かった。
再び響き始めた音楽が、ホール中を震わせている。
アラン「…………」
アランは黙ったまま、真っ直ぐに私を見つめていた。
(でも、もしも私がアランを選んだら……)
―――――――
ジル「現職は、やめて頂かなければなりませんね」
レオ「アランは騎士を、やめたがらないから」
―――――――
やがてアランの目の前で立ち止まると、私は大きく息を吸い込み、言った。
「アラン……」