王宮【アラン】1話前半
目を開けると、私を抱き止めてくれたのは…。
アラン「『プリンセス』がこんなところで何してる?やる気出してんのかと思えば…逃げ出すつもりか」
昼間見たアランとは別人のような眼光と声音に、私は思わず息を呑む。
この若さで王宮直属の騎士団をまとめ上げるだけの、冷徹さと凄みが伝わってくる。
(怖い…でもちゃんと説明しないと)
「あ、あの…逃げ出すつもりじゃなくて、探し物を頼まれていた子に、一言伝えたくて…」
さっき部屋で書いた子ども宛ての手紙を見せると、アランは怪訝な表情で私と手紙とを見比べた。
アラン「……探し物って、城に入りたいって言ってた時のやつか」
「そう。結局見つからなかったから…せめて謝りたくて」
私の言葉に、アランが口を閉ざす。
(…分かってもらえたかな)
アランはおもむろにため息を吐き、呆れたような口調で言い放った。
アラン「お前、バカか」
(……え?)
アラン「お前の身勝手に、城の人間巻き込むんじゃねえよ」
アランの視線の先を追うと、ユーリの姿がある。
(あ……)
アラン「お前、国王陛下の前で立派にプリンセスを務めあげるって言ったよな」
「…それは」
アラン「だったら私情をはさむな、周りを巻き込むな。じゃないと、お前みたいな奴…誰もプリンセスだなんて認めねえぞ」
アランの言葉が、胸にずしんと響く。
(アランの言っていることは、正しい……)
もし何かあれば、ユーリに迷惑をかけることになる。
少し考えればわかったことのはずなのに、私の勝手でユーリを巻き込んでしまっていた。
(私…なんて軽はずみなことをしているんだろう)
「…ごめんなさい」
手紙に目を落としつつ、唇を噛みしめる。
(この手紙のことは、もう少し頭を冷やしてから考えたほうがいいのかも…)
「…戻るね。本当にごめん」
そして踵を返し階段を上り始めた、その時…。
アラン「……今日だけだからな」
背後から、意外な言葉が聞こえてくる。
「……え?」
振り向くと、アランが私に手を差し伸べていた。
(え……)
アラン「何ぼやっとしてんだよ。行くんだろ」
「今、『巻き込むな』って言ったばかりじゃ…」
アラン「うるせーな。そんな辛気臭い顔で城に戻られても困んだよ」
彼はしびれを切らしたように、私の手を荒っぽい仕草で掴む。
「あ…あの?」
アラン「悠長にしてるとジルに見つかるだろうが。それと…こんな真夜中に馬車を走らせたら目立つだろ。俺の馬に乗れ」
(これって、一緒に来てくれるってこと?)
さっきまでのこわばっていた気持ちが、ゆっくりと解けていく。
(嬉しいけど、いいのかな…?)
アラン「行くぞ」
「……ありがとう」
手を引かれ、二人で階段を駆け下りる。
しかめっ面をしたアランの手は、温かかった。
.........
城下町までの街道は坂が多く、凸凹のある道が続いている。
(この道って、馬で走るとこんなに揺れるんだ…)
私はアランの後ろに乗り、彼の腰に掴まっていた。
アラン「お前、しっかり掴まってねーと振り落されるぞ」
「うん……」
(とは言っても、抱きつくのはちょっと…)
アランの背中を見ながらためらっていると、馬体が大きく傾く。
その弾みで、アランを掴んでいた私の手が外れた。
(えっ…落ちる……!)
「きゃ…っ!」
瞬間、私の手をアランがとっさに掴んで引き戻してくれた。
アラン「……大丈夫か?」
「う、うん…」
体勢を整えながら、自分の手が微かに震えていることに気がつく。
(怖かった…)
視線を感じて見上げると、アランは肩越しに私の指先を見つめていた。
アランは上体をそらして私の手を取ると、自分の腰に私の腕を絡ませる。
アラン「…今度はしっかり掴まっとけ。いいな」
(アラン……)
..............
教え子の家を出る頃には、夜明け前になっていた。
(すっかり遅くなってしまったけど…)
辺りを見回していると、背後から声が響く。
???「手紙渡すだけで、どんだけ時間かかってんだ…お前」
振り向くと、アランが馬を連れ、憮然とした表情で立っていた。
「遅くなってごめんなさい!教え子との話が盛り上がっちゃって…」
アラン「…で、ちゃんと話せたのかよ」
「うん。しっかり話してこれたよ」
(なかなか会えなくなることを思うと寂しいけど…こうして話せて、本当によかったな)
最後に見た教え子の笑顔を思い出すと、自然と笑みがこぼれる。
アラン「…少しは、すっきりした顔になったな」
「うん、もう大丈夫。…ありがとう」
アラン「……『大丈夫』、か」
アランは少し何か考えてから、おもむろに口を開いた。
アラン「お前、本気でプリンセスやるのか?」
アランの真剣な目に、私は小さく息を呑む。
(この目、階段の時と同じ…)
―――――――
アラン「お前、国王陛下の前で立派にプリンセスを務めあげるって言ったよな。だったら私情をはさむな、周りを巻き込むな。…じゃないと、お前みたいな奴…誰もプリンセスだなんて認めねえぞ」
―――――――
アランが言う通り、ただの家庭教師だった私が「プリンセス」として振る舞うのは簡単なことではないと思う。
(それでも……)
―――――――
「私は、きちんとプリンセスとしての務めを果たしてみせます…!」
―――――――
そう言った私に向けられた、国王陛下の優しい眼差しを思い出す。
(自分で決めたことだから、頑張りたい…)
そして私は真っ直ぐにアランを見上げ、口を開いた。
「私は、本気だよ」
アラン「お前、元々プリンセスになりたかったわけじゃないんだろ」
「確かに、あの時はそうだったけど…。指名して頂いた以上、立派にプリンセスの役目を務めあげたい」
私の言葉に、アランは口を閉ざし、何か懐かしむような目になる。
少しだけ目を伏せたアランは、どこか無防備に見えた。
(…どうして、こんな目をするんだろう…?)
やがて顔を上げたアランが、低い声で尋ねる。
アラン「…なぁ。お前、守りたいものはあるか?」
アランの低い声が、通りの静寂の中を響いていく。
「守りたいもの?」
(なんで急にそんなこと…)
戸惑いながら見上げると、アランは私に真剣な眼差しを向けていた。
(アラン、本気で聞いてくれてるんだ…。私の守りたいものって、なんだろう…?)
ふと、家族や友達…教え子たちのことを思い出す。
(私は……)
やがて自然と、私の口から答えがこぼれた。
「私は、私の大切な人たちを守りたい…」
アラン「…………」
「今まで、そんなこと考えたこともなかったけど…皆が普通に暮らせる毎日を、守れたらいいって…思う」
アランはどこか懐かしむような目で私を見て、ふっと笑った。
アラン「……そうか。お前はそれを守るためにプリンセスをやるってわけだ」
「……うん」
アランは一歩私の方に進み出ると、不敵な笑みを浮かべて言った。
アラン「それなら、俺がお前を守ってやる」
(え……)
アラン「プリンセスを守るのは、騎士の役目だ」
アランの目に凛とした輝きが宿り、彼はさらに艶やかに微笑んだ。
アラン「お前が腹をくくってるんだったら、俺は命に代えてもお前を守る」
そう言ったアランの顔が綺麗で、一瞬見惚れてしまう。
けれど、すぐにいつもの意地悪そうな笑みが浮かんだ。
アラン「だから、せいぜい務めに励めよ」
頭をぽんと撫でられて、髪をくしゃっとされる。
(こんなふうに言われるの、素直に嬉しいな…)
「…これから、よろしくお願いします」
一瞬不意をつかれたような顔をして、アランは小さく笑う。
そっと見上げると、視線が合う。
するとアランは軽く首を傾げ、私の頭に手を置いたまま、顔を窺うようにして笑みを見せた。
アラン「…おう」
............
城に戻る頃には、すっかり夜が明けていた。
(…早く戻らないと)
アランが馬を厩舎に帰したところを見届けて、私は深々と頭を下げた。
「ここまで本当にありがとう。アランも気をつけて戻ってね」
アラン「…って、おい。お前、ここから一人で行くつもりか」
「え…うん」
アランは怪訝な目で私を見ながら、口を開く。
アラン「お前、メイドに見つからずに戻れんのか?」
「…………」
(否定できない……)
アランは少し考える様子を見せると…
アラン「一度部屋に戻って、すぐここに来るから…お前、ここで待ってろ」
「え?」
アラン「これ、脱いでくる。この格好だと、すぐに見つかりそうだしな」
..........
その後…、甲冑を脱いだアランに付き添われて、人目を避けるように、私たちは部屋を目指した。
部屋の中に入って、ほっと息をつく。
アラン「さて…これでもう大丈夫だな」
「うん、ありがとう」
アラン「まぁ、これも騎士の役目だろ。…じゃあな」
アランがドアノブに手をかけたその時、部屋にドアのノック音が響く。
(……えっ!?)
???「美香様」
ドアの外から誰かの声が聞こえる。
(どうしよう…! こんなところを見られたら、城を抜け出してたことがバレちゃう…! それに、部屋の中にアランがいるなんて…)
青ざめていると、アランに腕をぐいと引っ張られる。
「…!」
気がつくと、カーテンの陰に隠れるようにして、私はアランに抱きしめられていた。
(えっ……)
アランの腕の力強さに、心臓が大きな鼓動を立て始める。
「ア、アラ…」
アラン「…静かに」
耳元で囁くアランの声の、やわらかな低音に、小さく身体が震える。
アランの言葉に頷きながら、顔が熱くなっていくのを感じていた。
???「美香様……?」
ドアの開く音がして、アランが私を抱きしめる腕に力を込める。
(……っ!)