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イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【佐助】共通10話前半

タイムスリップから二ヶ月と二週間–––

国境の開けた平野の真ん中で、両軍の和平交渉が開かれることになった。

 

信長・秀吉「…………」

 

謙信・信玄「…………」

 

(空気が凍りそう……!)

 

目の前では安土の武将たちと春日山の武将たちが、鋭い眼差しで相対している。

どちらの軍も、戦う意志がないことを示すために、隊は一切引き連れず、将と一部の側近だけがこの場に集っていた。

居並ぶ殺気じみた武将たちの間に立つ私は、こくりと息を呑む。

 

佐助「…………」

 

怖気づきそうになるけれど、隣に控える佐助くんが、励ますように私を見つめてくれている。

 

(佐助くん……)

 

ーーーーーーーー

それは和平交渉が開かれる直前–––

佐助「美香さん、顔色がよくないみたいだけど」

 

「うん……正直、かなり緊張してる」

 

(しっかりしなきゃ……。この国の未来が和平交渉にかかってるんだ)

 

佐助「それなら秘伝、忍法緊張取り除きの術を伝授しよう」

 

「緊張取り除きの術?」

 

向き合う佐助くんがすっと私の手を取った。

 

(え……)

 

見た目よりもごつっとした指が、私も手のひらに『人』という字を三回なぞる。

 

佐助「これを飲めば、安心できるはずだよ」

 

「これ、忍法じゃなくて有名なおまじないじゃ……」

 

佐助「いや、元はといえば忍術から発生した、集中力を高める自己暗示の方法なんだ」

 

(そうだったの? 知らなかった)

 

「ありがとう、さっそく飲んで……」

 

佐助「……なんて冗談だけど」

 

「えっ?」

 

口に運ぼうとした手が止まる。

 

佐助「すまない。君の緊張をほぐそうとしたんだけど、なかなか難しいな」

 

(相変わらず、どんな状況下でも真顔で冗談を繰り出すな……。佐助くんらしい)

 

「ふふっ、すっかり信じちゃったよ。でもせっかくだから……」

 

佐助くんが書いてくれた『人』という字を飲み干す。

不思議とお腹の底から力が湧いてくる気がした。

 

佐助「美香さん」

 

(あ……)

 

そっと私の手を握って、佐助くんが指を絡めた。

 

佐助「大丈夫。君ならきっと和平交渉を成功に導ける。何があっても俺が必ず守る。いざとなれば、君を抱えて逃げるくらいどうってことない。まきびしもたっぷり用意してある。だから安心して欲しい」

 

佐助くんから向けられる強い眼差しは、嘘や偽りを一切感じさせない。

 

(佐助くんが一緒なら大丈夫だって思えるな)

 

「私を信じてくれるんだね」

 

佐助「もちろん。まきびしと同じくらい……いや、それ以上に信頼してる」

 

「まきびし以上って……それって最上級の褒め言葉じゃない?」

 

佐助「ああ、超がつくほど最上級だ」

 

深く頷いた佐助くんと、お互いに笑みを交わす。

 

「ありがとう、元気が出てきた。おかげで頑張れそうだよ」

 

佐助「よかった。なんだかんだ言って、秘伝の忍法が効いたみたいだ。自己暗示の方法としては有効だと、今後のために覚えておこう」

 

(……自分のおかげって思わないんだ)

 

「佐助くんって謙虚だよね」

 

佐助「え……? どのへんが?」

 

「そのへんが」

 

戸惑い顔をしている好きな人の姿をしっかりと目に焼き付けて、私はみんなが待つ場所へ向かった。

ーーーーーーーー

 

(ひとりじゃない……。佐助くんがそばにいてくれる。落ち着け、俯くな、怖がるな。ここまできたらやるしかないんだ)

 

謙信「時間だ。美香、交渉役として前へ出ろ」

 

「はい……っ」

 

そっと息を吸い、威圧感を漂わせる織田軍のみんなに歩み寄って礼をする。

 

「ご無沙汰しています、皆さん。こうしてお集まりいただけたこと、心から感謝します」

 

家康「……敵の忍びと逃げておいて、よく交渉役なんて引き受けられたね」

 

(家康……)

 

トゲのある言葉を受け止め、落ち着いて頷く。

 

「……うん。そんな私だから、引き受けられると思ったの」

 

家康「……っ」

 

(私を信頼してくれたのに、あんな別れ方をして、きっとみんなを傷つけた……)

 

安土城で過ごした日々を思い返しながら、織田軍の武将たちの顔を、目を逸らさずに見つめる。

 

「言い訳はしません。私は皆さんの敵の忍びの友人です。でも、皆さんを今でも大切に思っているこの心も、真実です」

 

政宗「お前が裏切ったとは思ってない。だが、敵方についても友人でいようなんて甘い考えは、俺たちには通用しない」

 

「私は敵方についたわけじゃないよ、政宗。かといって、織田軍の味方でもない」

 

秀吉「どういうことだ?」

 

「どっちの味方でも、敵でもないの。ただ……この場に集まったすべての人を大事に思っている。誰にも傷ついてほしくないし、誰かを傷つけてほしくない……」

 

(甘い考えでも、この気持に変わりはない……けど……)

 

信長「…………」

 

注がれる信長様の視線に気圧されて、伝えたい思いが先走って、うまく言葉が出てこない。

 

幸村「おい、大丈夫か」

 

信玄「幸村」

 

心配そうに口を挟んだ幸村を、信玄様が静かにたしなめる。

 

光秀「どうした、もう終いか?」

 

「いいえ、まだです……っ」

 

(私がここに立つ理由をちゃんと最後まで伝えないと、交渉なんてできない)

 

ちらりと視線だけ送ると、隣の佐助くんと目が合った。

 

佐助「…………」

 

眼鏡の奥の茶色の瞳はただ真っ直ぐ私だけを見つめてくれている。

 

(佐助くんがそばにいてくれる。私ならできるって信じてくれてる。幸村たちだって、応援してくれてる。これ以上多くの人の血が流れないように、心をこめて話すんだ)

 

「皆さん……何も持たないひとりの人間からお願いです。今は互いに刀を収め、日ノ本に広がりつつある火を消すことに力を尽くしてはいただけないでしょうか。このままでは、日ノ本の破滅を目論む何者かの思惑で、もっと多くの人が傷ついてしまいます」

 

(そしてこれから先の未来の歴史も、途切れてしまう……)

 

蘭丸「美香様……」

 

私を注視するみんなへ向かって、もう一度、深く頭を下げる。

 

「この国に生きる、民のひとりとしての頼みです。どうか、どうか……お願いします!」

 

 

佐助「美香さん……」

 

誰しもが黙り込んで沈黙が流れた後–––

 

信長「面を上げろ、こはる」

 

「…はい」

 

低くよく通る声に、緊張しながら顔を上げる。

床几と呼ばれる椅子に腰掛けた信長様が、揺らぐことのない瞳で私を見据える。

 

信長「貴様が春日山の使者として俺の前に姿を現したなら、この場で叩き斬るつもりだった」

 

「え……」

 

信長「だが……貴様はあくまで、美香というひとりの人間としてここにいる。そして、美香という人間は、利もなしに俺の命を救った、俺に幸運を呼び込む女だ」

 

(信長様……)

 

信長様の口元に満足そうな笑みが浮かんだ。

 

信長「交渉に応じる。–––異論ないな?」

 

秀吉・光秀「はっ」

 

家康・三成「はっ」

 

蘭丸「…………っ」

 

政宗「美香、佐助」

 

政宗が歩み寄ってきたかと思うと、佐助くんと私の肩に腕を回しガッと引き寄せた。

 

(え、何?)

 

政宗「これを見ろ」

 

にやりと笑う政宗の手にある包みから、甘い香りがただよう。

 

政宗ずんだ餅が完成した。味見の約束、果たしてもらうぞ」

 

政宗……!」

 

(あの約束、覚えてくれてたんだ……)

 

佐助「俺も頂いてしまっていいんでしょうか……」

 

政宗「佐助、お前は敵だ。次に戦場で会えば、俺はお前を迷わずに叩き斬る。だが……いつか殺し合うとしても、お前って人間を気に入っちまったことも事実だ。だから今は、遠慮なく食え」

 

佐助「……では、喜んで」

 

家康「あんた、今度ちゃんと俺の御殿にも顔出しなよね。薬草の煎じ方の講義、途中で放り出すなんて許さないよ」

 

「うん……!」

 

三成「美香様、ご立派でした。一時休戦が最上の策だと、私たちも考えていたんですよ」

 

(そうだったんだ……!)

 

秀吉「偉かったな、美香。……お前のおかげで、多くの民が救われる」

 

みんなが私たちを囲み、秀吉さんが頭を撫でてくれる。

 

「こっちの方こそ……っ、ありがとう、三成くん、秀吉さん」

 

(よかった……。交渉役として受け入れてくれたみんなのおかげだ)

 

幸村「佐助、お前からもなんか言ってやんねーの?」

 

幸村が肘でこつんと佐助くんを小突く。

 

佐助「ああ。……お疲れ様、美香さん」

 

幸村「それだけかよ」

 

(ううん、十分だ……)

 

「佐助くん……そばにいてくれて、ありがとう」

 

ようやく緊張がほぐれて、胸に熱いものがこみあげてくる。

 

光秀「泣きべそをかくには少々早いぞ、美香」

 

(え……)

 

光秀「–––蘭丸が消えた」

 

ハッとして見ると、末席にいた蘭丸くんの姿がいつの間にかいなくなっている。

直後–––ほら貝のくぐもった音が、遠くから聞こえてきた。

 

(今のは一体……!?) 

 

義元「攻め入ってくるみたいだね。この暴動の黒幕が」

 

「え!?」

 

光秀「両軍の将を和平交渉の場へと引きずり出し、守りの兵を連れず丸裸の我々を、一挙に討ち取る……恐らく、それが敵の狙いだ」

 

「っ……」

 

ーーーーーーーー

佐助「両軍の交渉となれば、国境に……暴動の中心地に出向かなきゃならない。両軍の武将が集まるってことは、陰で暗躍する何者かが、大将級を一掃する好機と見て、攻撃を仕掛けてくる可能性が限りなく高い」

ーーーーーーーー

 

(佐助くんの読みは当たってたんだ……!)

 

一気に緊張感が高まり、誰もが素早く身構える。

 

信玄「しかし、こうも迅速に敵が動くということは……」

 

謙信「内通者、か」

 

秀吉「まさか……!」

 

蘭丸くんがさっきまでいた場所に、全員の視線が注がれる。

 

信長「蘭丸……」

 

(蘭丸くんが内通者!? そんな……!)

 

ーーーーーーーー

蘭丸「織田軍のみんなの敵側に回って、君は今、ごはんを美味しく食べられてる? 夜、眠れてる? 苦しくて苦しくてどうしていいか分からない……そう思わなかった?」

 

蘭丸「……すごいね、君って。俺は……君みたいに強くないから、もう引き返せないとこまで来ちゃった」

 

蘭丸「元気でいてね、美香様。佐助殿にもよろしく。俺のこと、覚えていて」

ーーーーーーーー

 

(あの時の蘭丸くんの苦しげな表情の意味は、まさか……っ)

 

幸村「ややこしい話は終わりだ。ここからは、やることはひとつだろ」

 

深紅の甲冑をまとう幸村が、素早く腰に携える刀の柄を握りしめた。

 

幸村「で? そっちはどうすんだよ」

 

政宗「決まってる。迎え撃つまで。ようやく、俺の出番が回ってきたな」

 

政宗の唇に冴えた三日月の笑みが浮かぶ。

 

謙信「佐助。お前は美香を連れてこの場を離れろ」

 

佐助「はっ」

 

(私だけって……)

 

「みんなは……!? 相手は何人いるかもわからないのに、この数で戦うなんて……!」

 

信玄「安心しろ、美香。山かげに、援軍を待機させてる。佐助と一緒に行って、応援を呼んできてくれ」

 

「えっ、それ……私、聞いてないです」

 

謙信「当然だ。お前は、俺たちの味方ではないのだろう?」

 

謙信様から向けられた人の悪い笑みに、思わず口ごもる。

 

(っ……確かにそうだけど!)

 

光秀「おやおや、守りの兵は引き連れない約束だったはずですが?」

 

信玄「そこはそれ、お互いさまだろ?」

 

家康「三成、ぼさっとしてないで早く行くよ!」

 

三成「はい! こちらも、控えさせている援軍を呼びに参ります」

 

わき目もふらずに、家康と三成くんが飛び出していく。

 

(さ、さすがだ……っ。どっちも抜かりない……!)

 

佐助「俺たちも行こう、美香さん! 血みどろの謀略に、ケリをつける」

 

「うん!」

…………


軽やかに馬の背に飛び乗った佐助くんに馬上から引き上げられ、前に座らされる。

佐助くんは手綱を握り直し、援軍が待つ山のふもとへと、矢のように駆け出した。

 

佐助「少し飛ばす。しっかり掴まってて」

 

「分かった!」

 

(あ……っ)

 

不意に追い風に混じって、何かが焦げるような匂いが漂ってくる。

 

「佐助くん、この匂い……!」

 

佐助「ああ。敵襲が始まってる」

 

(皆……、どうか無事でいて!)

 

身を切るように祈ったその時、いくつもの馬の蹄の音が背後から響いてきた。

 

佐助「!?」

 

「佐助くん、あそこ……右手の方に……っ!」

 

遠くから、黒装束の集団が馬を走らせ接近してくる。

ズガン–––ッ!

 

「きゃ!?」

 

銃弾が地面をえぐり泥が跳ねて、馬がいなないて前足で宙を蹴る。

 

佐助「美香さん……!」

 

(佐助くんっ!)

 

片腕で私を抱き寄せた佐助くんは、手綱をさばいて馬を前へと走らせる。

 

佐助「頭を下げて。狙いは俺たちだ」

 

「あの人たちは、黒幕の一派!?」

 

佐助「間違いない。援軍の存在に気づいて、伝令役を潰しにきたんだ」

 

(そんな……!)

 

迫りくる敵の姿形が、次第にくっきりしてくる。

しっかり目を凝らすと……

 

蘭丸「……!」

 

「蘭丸くん……っ」

 

佐助「……!」

 

蘭丸「美香様、佐助殿……っ」

 

先陣を切る蘭丸くんが、苦しげな顔で私たを凝視する。

いつもの華美な着物とは全く違う、闇色の装束に身を包んでいる。

 

黒装束「蘭丸、何を呆けている! 我が同胞の無念を忘れたか! どけ!」

 

痺れを切らしたように黒装束の男が、馬上で構えた銃の先を私たちへ向ける。

 

(……!)

 

佐助「美香さん、手綱を」

 

(え……)

 

一瞬のうちに私に手綱を握らせ、佐助くんに両腕で抱き込まれた。

ズガン–––ッ!

耳元を鋭い音が横切った直後、

 

佐助「っ……!」

 

顔を上げると、佐助くんの肩に赤い色がにじんで、見る間に広がっていく。

 

「佐助くん……!」

 

(血が……!)

 

「佐助くん、しっかり!」

 

佐助くんの背に腕を回し、傾きかけた体を引き寄せる。

 

佐助「っ……平気、少し、掠っただけだ」

 

(自分の身体を盾にするなんて、なんて無茶を……っ)

 

肩を押さえる佐助くんを支えながら、頭の芯が冷たくなっていく。

 

佐助「手綱を離さないで。万が一俺が落馬しても、止まらずに走るんだ」

 

「何言ってるの……!?」

 

土埃を上げる黒装束の集団が、地響きとともにさらに追い上げてきた。

 

黒装束「くっ、次こそ仕留める!」

 

蘭丸「……っ、もうやめろ……!」

 

–––ドッ

私たちと敵集団の間に飛び出した蘭丸くんが、男の構えた銃をはたき落とした。 

 

「蘭丸くん!?」

 

決死の表情で蘭丸くんが声を張り上げる。

 

蘭丸「美香様、佐助殿、行って!」

 

「え……っ」

 

蘭丸「この戦を……っ、顕如様を、止めて! 俺じゃ、あの方を救えなかった! だから……っ!」

 

佐助「っ、顕如……?」

 

(本能寺で信長様を襲ったあの人が……蘭丸くんの本当の主で、この暴動の首謀者!?)

 

黒装束「おのれ……気でも触れたか蘭丸!」

 

ズガン–––ッ!

 

怒声とともに銃声が空気を引き裂く。

 

「蘭丸くん……!」

 

蘭丸「行って、早く!」

 

佐助「……く……っ」

 

佐助くんは傷をかばいながら体勢を立て直し、私から手綱を預かる。

 

佐助「行くぞ、美香さん」

 

「でも!」

 

佐助「蘭丸くんの思いを無駄にできない……! はっ!」

 

馬が速度を上げ、平原をひた走る。

小さくなっていく蘭丸くんの姿に目を凝らすと、 

 

蘭丸「…………っ」

 

怒りの形相で殺到する同胞たちを背に一瞬こっちを振り向いて、笑ったように見えた。

…………

 

やがて–––なんとか待機していた援軍の元へたどりついた。

馬から下りる時間も惜しく敵の襲来を告げると、即座に兵たちは戦地へと飛び出していく。

 

佐助「どうか、間に合ってくれ……、っ……」

 

(あっ!)

 

佐助くんの身体が、ぐらりと大きく揺れて……

 

「佐助くん……!」

 

佐助「大丈夫だ。……少し、気が抜けたみたいだ」

 

額に汗をにじませ、佐助くんが肩を押さえながら身体を起こす。

 

(全然、大丈夫じゃないよ……!)

 

佐助「君はここにいて。俺は戦地に戻って、謙信様たちと一緒に……っ」

 

「待って! 手当てをさせてくれるまで行かせない!」

 

佐助「っ……。分かった、すまない」

 

滑り落ちるように馬から下りた佐助くんの息は、かなり上がっている。

私は野営地に残っていた手当ての道具をかき集め、急いで佐助くんの元へ戻った。

 

「肩を見せて」

 

佐助「ああ……」

 

向かい合って座り、無残に焼け焦げた袖をまくった途端、血の気が引いた。

 

(ひどい傷……)

 

けれど、目を逸らすことなんてできない。これは私を庇ったせいで負った傷なのだ。

汲んできた水で傷口を丁寧に洗い、血止めの薬を塗る。

 

「痛かったらごめん」

 

佐助「平気だ。見た目よりひどくない。掠めただけで幸いだった。君の方こそ、怪我は、ない?」

 

 

(っ、こんな時まで……)

「私よりも、自分のことを心配して……っ」

 

佐助「……!」

 

我慢できなくて、とっさに尖った声が出てしまう。

 

「さっきの銃撃戦で、自分の身体を盾にしようとしたでしょうっ?」

 

佐助「…………」

 

「『落馬したら置いていけ』なんて……っ。私には『命のかかった選択をするなんて、甘すぎる』って言ったくせに、どうしてそんな無茶……!」

 

喉の奥が熱くなって声が詰まる。

たまらず目を伏せると、私の頬に佐助くんの空いている方の手が触れた。

 

佐助「悪かった。でも、俺には……君より大切にしたいものがない」

 

(え……)

 

佐助「無事で良かった。……守れて、よかった」

 

いつもの表情と違って、私を映す佐助くんの瞳は熱を帯びている。

 

(なんで……)

 

「なんで……っ? なんでそこまでして、守ってくれるの……?」

 

佐助「……君も俺に、同じことをしてくれたから」

 

「え……?」

 

佐助「四年前の嵐の夜に。覚えてなかった?」

 

佐助くんは意外そうに私を見つめる。

 

(あの夜に……?)

 

ーーーーーーーー

佐助「っ……弱ったな」

 

「天気予報は晴れだったのに…! どうしよう」

 

佐助「大丈夫ですか? 傘、ありますか」

 

「あ、いえ、持ってなくて…。きゃっ!?」

 

佐助「君、危な……」

 

「え? ……! こっちに来ちゃダメ!」

 

佐助「え……っ」

 

–––ドン

 

佐助「……!」

ーーーーーーーー

 

佐助「本能寺跡地の石碑が落雷で砕けた時、君に手を伸ばそうとした俺の真上で、また激しく稲妻が光った。その瞬間、君が俺の胸を強く押した。よろめいた直後、俺の立っていた場所に雷が直撃して–––気づいたら俺は、乱世にタイムスリップしてた。君が俺を助けてくれなければ、俺は雷に打たれてあの場で死んでた」

 

(私が佐助くんを……?)

 

「そんなことしたっけ……? 全然覚えてないよ……」

 

あの時は、何が起きているか理解するのも追いつかなくて、無我夢中で……

記憶にあるのは嵐の激しさと、稲妻の眩しさくらいだ。

 

佐助「考えるより先に体が動いたんだろう。君がとっさに俺を助けてくれた、あの一瞬–––」

 

佐助くんが指先で、何かを確かめるように私の目元をなぞった。

 

佐助「君の目が、力強く光ってた。……ずっと、忘れられなかった」

 

どくっと、鼓動が私の中で響く。

 

(そうか、だから……)

 

「だから……佐助くんは、乱世で私を見つけ出して、助けてくれるって決めたの? 四年間、ずっと……私を待っててくれたの?」

 

佐助「ああ」

 

迷いなく頷く佐助くんに、胸がたまらなく熱くなる。

 

(なんて人なの)

 

気づけば腕を伸ばして、ぎゅっと、佐助くんの頭を抱きしめていた。

 

佐助「…………。…………」

 

ためらいがちに、佐助くんは優しく抱きしめ返してくれる。

 

佐助「美香さん」

 

腕を緩めて顔を見合わせると、いつの間には頬が濡れていた。

 

佐助「なんで、泣いてるの」

 

「……胸が、苦しくて」

 

佐助「悲しいの……?」

 

(違う、そうじゃなくて、ただ……)

 

黙ったまま、首を横に振る。

 

(ただ、あなたが好きだって、思ったの。狂おしいくらいに、大好きだって)

 

戦の渦中では言えない言葉を呑み込んで、ただただ好きな人を見つめる。

 

佐助「……っ。…………」

 

佐助くんが私の背中に腕を回し、優しく抱きしめてくれる。

重なる胸が伝える鼓動は、ひどく早い。

この心音を、いつまでも感じていたいと思った。

 

(五百年の時を超えて、この乱世で私たちはまた出逢えた……。こうして触れ合えることは、ほとんど奇跡だ)

 

離れがたい想いが募るけれど、それでも刻々と時間は過ぎていく。

 

佐助「……もう行かないと」

 

「……うん、どうか、気をつけて」

 

引き留めたい気持ちを抑え込んで頷くと、佐助くんの強い眼差しが降り注いだ。

 

佐助「帰ったら、一番に君の元に駆けつける。その時は、俺が見つけた答えを、聞いて欲しい」

 

(え……?)

 

佐助「君という人の謎が、ようやく解けたから」

 

もう一度力強く私を抱きすくめた佐助くんの瞳は、見たことがないほど熱っぽい。

 

 

佐助「待ってて。必ず戻る」

 

「……うん!」

 

(佐助くんが見つけてくれた答えを、私も知りたい。そして……私の想いも、知ってほしい)

 

佐助くんは馬にまたがると、援軍を追いかけ戦場へと駆け戻っていく。

その後ろ姿を私は祈る想いで見送り続けた–––