戦国【佐助】共通5話後半
光秀「巣穴にもくりこんだ蛇の一匹、放っておきましょう。それよりも、急を要する用向きが」
政宗がギラリと目を光らせ低い声で笑う。
政宗「それは、刀を存分に振るえる用向きなんだろうな?」
光秀「ああ、龍虎退治だ。–––だろう、秀吉?」
秀吉さんは浅く頷き、信長様へと向き直った。
秀吉「斥候から報せが入りました。上杉謙信と、武田信玄が生きている–––と」
「え……?」
広間にはどよめきが広まり、あっという間に武将や家臣たちが殺気立つ。
政宗「越後の龍に甲斐の虎か。殺しても死ななそうな連中だと思ってたが、生きていたとはな。ただ、ひとつわからない。奴らは宿敵同士だったはずだ」
光秀「両名の共通の敵である信長様を倒すべく、手を組んだらしい。昨日の敵は今日の友……乱世の理だ」
(謙信、信玄……。信長様の、敵……)
嫌な予感に胸がさざ波立っていく。
秀吉「報告はそれだけではありません、信長様。桶狭間で信長様が討ち取ったはずの今川義元まで、生きて奴らの元に身を寄せているという話です」
(桶狭間……信長様が敦盛を舞った戦だ)
信長「–––死に損なった猛将どもが、雁首そろえて現れたか」
愉しげに口の端を上げる信長様は、動じる様子は一切ない。
佐助くんに教わった、私たちの時代へと続く歴史が、大きく歪み始めている–––
何か途方もないことが起きる予感がして、冷や汗が止まらない。
秀吉「いかがいたしましょう」
信長「成すべきことはひとつだ。俺の前に立ちふさがる者は、ひとりの例外もなく、叩き潰す。–––秀吉、戦支度だ」
秀吉「はっ!」
(ついに戦が始まるんだ……!)
ぞっと背筋が冷えた時、光秀さんの鋭い声が響く。
光秀「待て、秀吉。この件でもうひとつ、俺から火急の報告がある。–––どうやらこの安土の城に、越後の龍が放ったネズミが一匹」
秀吉「何?」
光秀さんの言葉に、しん……と広間が静まり返った。
(まさか……っ!)
武将たちの視線を集める中、光秀さんは一通の文を取り出して広げる。
光秀「国境に放っていた俺の手の者が、織田の領地に入り込んだ旅芸人を装った越後の使者を捕らえた。その男が携えていたのが、この上杉謙信からの密書だ」
光秀さんが手にする密書の宛先として記されていたのは……
蘭丸「『猿飛佐助』……っ」
目の前の出来事に、血の気が引いていく。
(佐助くんが仕えてたのは、上杉謙信だったんだ……っ)
家康「あいつが!?」
秀吉「嘘だろ、光秀……っ」
政宗「あの野郎、とぼけた顔して、堂々と城に入り込んでたってわけか……!」
三成「そんな……!」
信長様が嗜虐的な笑みを口元ににじませる。
信長「はっ、たいしたネズミがあったものだな」
光秀「はい、なかなかに肝の座った男です。現に、今も」
(え……っ)
懐の小刀を素早く抜き、光秀さんが天井目がけて放つ。
ガタッと物音がすると同時に、家臣たちが一斉に立ち上がった。
(そこにいたの、佐助くん!?)
光秀「さて、皆の者。ネズミ退治といこうか」
家臣「曲者だ……! 出あえ、出あえ!」
武将たちは刀を抜き放ち、家臣たちと共に、廊下へと駆け出していく……。
(佐助くん……!)
私も佐助くんを探すため広間を飛び出すと、後ろから腕を掴まれた。
光秀「待て」
「あ……っ」
掴まれた手首を光秀さんに引き寄せられてよろめく。
信長「美香。答えろ。お前は、あの男が上杉の間者だと知っていたのか?」
(っ、信長様……)
射すくめられるほどの鋭い視線に、声をなくす。
武将たちも足を止め、強張った顔で私を注視していた。
家康「っ……あんたのこと、信じてもいいと思ってたのに……」
秀吉「美香……っ」
蘭丸「美香様……」
(佐助くんは私に何も教えなかったけど、私は……佐助くんが敵方の人だってことに気づいてた。一緒に過ごす時間が心地よくて、このままずっと、みんなで争わずに仲良くできたらって……っ)
私を見つめるみんな顔には怒りではなく、悲しみがにじんで広がる。
罰される恐怖よりも、みんなを傷つけた事実に、胸を貫かれる。
「っ、違うの……! 私はみんなを騙そうとしてたわけじゃ……!」
光秀「だろうな。お前が裏切り者だとは、俺も思っていない」
私を見下ろす光秀さんは、いつもの笑みを消し、苦い表情を浮かべた。
光秀「だが……ネズミにたぶらかされた女を、逃がしてやるわけにはいかない」
(えっ……)
家臣に縄を渡された光秀さんは、私の手首を離すと、きつく掴んでいたそこを、いたわるように指の腹でそっと撫でた。
光秀「…………」
(光秀さん……?)
切れ長の目に一瞬、寂しさが浮かぶ。
その時–––
光秀「……!」
一歩後ろへ光秀さんが飛びさすった。
直後、ガッ、と木板が削れる音がする。
(っ、何?)
見ると、光秀さんが立っていた場所に手裏剣が刺さっている。
佐助「彼女は上杉武田と何の関係もありません、光秀さん」
(佐助くん!)
天井裏から飛び降りてきた佐助くんが、私を背中に庇い、柱を背にして周囲を見渡した。
武将たちはそれぞれに刀を引き抜き、私たちを包囲する。
政宗「よう、佐助。よく俺たちの前に顔を出せたな。その度胸は褒めてやる。命を差し出す覚悟、できてるんだろうな?」
佐助「顔を出したのは、美香さんのためです」
三成「美香様の……?」
佐助「彼女は裏切り者じゃありません。ただ、俺の友人だったというだけです。あなた方への情は本物だと俺が保証します」
「佐助くん……っ」
口を覆う布を下ろした佐助くんは、顔色を変えず光秀さんへ視線を投げる。
佐助「光秀さん、俺宛ての密書に、彼女の名前がありましたか?」
光秀「……いや。別の男の名はあったがな」
佐助「彼女は俺の、ただの古い友だちです。美香さん、君は俺が上杉武田の間諜だと知らなかった、そうだろう?」
「っ、うん、そうだけど……」
佐助くんは落ち着いた声音で言葉を続ける。
佐助「さらに言わせてもらえれば……俺の、みなさんへの深い尊敬の気持ちも、嘘じゃない」
秀吉「何……?」
佐助「信じてもらえないだろうけど、子どもの頃からファンです」
(さ、佐助くん!?)
武将たちを見回し一礼する佐助くんに、武将たちはきょとんとなった。
三成「ふあん?」
家康「この期に及んでわけわかんない言葉で誤魔化すつもり!?」
政宗「斬って捨てられても、俺たちを尊敬してると抜かす気か、佐助」
佐助「はい」
政宗・家康「な……っ」
刀を突きつけられているのに、佐助くんの目は、穏やかに澄んでいる。
佐助「とはいえ……俺はまだ死ねない。もちろん美香さんも」
片手で抱き寄せられたかと思うと、佐助くんはもう一方の手を懐に入れた。
蘭丸「っ、みんな、伏せて!」
佐助「お世話になりました、これにてドロン」
(きゃ!?)
激しい破裂音のあと、白煙があたりに充満する。
(っ、何も見えない……!)
佐助「美香さん、俺にしがみついていて」
耳元で囁くと、佐助くんは私を抱きかかえ、一目散に走り出した。
…………
私を抱きかかえて城を抜けると、佐助くんは城下町の雑踏の中へ駆け込んだ。
(あっという間に、こんなところまで……っ)
そっと地面に降ろされ、手を繋いでまた駆け出す。
町人に紛れるため、佐助くんは走りながら早着替えで着物をまとっている。
「佐助くん、さっきの爆発は……っ」
佐助「煙玉だ。人体に害はないから安心して。武将のみんなは無事だ」
(っ、よかった……)
走る足を止めないまま、佐助くんが冷静に言葉を続ける。
佐助「結局、君を巻き込んでしまってしまない。–––もう安土にはいられない」
(そうだ……光秀さんも、私を逃がしてやるわけにはいかないって言ってた)
武将たちから向けられた苦しげな視線を思い出し、ズキズキと胸が痛む。
「これから、どこに……っ」
佐助「まだ言えない。……怖い?」
「大丈夫って言いたいけど……やっぱり少しだけ怖いよ」
本音が零れると、佐助くんが頷いた。
佐助「そう思うのは当然だ。この責任は、俺が取る。君を決して危険な目には遭わせない」
ふいに行き交う人の中で、誰かが叫んだ。
???「佐助!」
佐助「幸村!」
(『幸村』……?)
ハッとして顔をあげると、馬を二頭引き連れている幸の姿が見える。
幸村「美香を連れてきたってことは……」
佐助「俺の正体を織田軍に見破られて、彼女も捕らえられそうになった」
幸村「くそ…っ、やっぱり巻き込んじまったか」
佐助くんと幸の会話に頭が混乱してしまう。
「幸は、幸村って名前なの? 佐助くんの仲間なの……っ?」
幸村「話はあとだ、ふたりとも乗れ!」
佐助「行こう、美香さん」
佐助くんが幸村から馬の手綱を受け取った、次の瞬間–––
政宗「逃がすか!」
(政宗……!)
追ってきた政宗が駆ける足を緩めず、危険な笑みを浮かべて抜刀した。
閃光のようにぎらつく刀が、迷わず佐助くんへ振り下ろされる。
佐助「く……っ」
私を抱えるためか、佐助くんの反応がわずかに遅れた。
(っ、間に合わない!)
「駄目……!」
政宗「っ……!」
心の底から嘆願した私の叫びに、政宗の動きが一瞬止まった。
幸村「行くぞ!」
佐助くんが馬のお尻をトンと叩くと、馬がいななき前足で宙を蹴る。
佐助「美香さん、君も……!」
(あ……っ)
馬が走り出す直前、佐助くんはその背に私を乗せ、自分も素早く飛び乗った。
政宗「佐助……!」
佐助「はっ!」
手綱を握り、幸村とともに一気に馬で駆け出す。
すぐに政宗の姿は人垣の向こうに消えて見えなくなった。
(ごめん、政宗、ごめん……!)
言い訳さえできずに、大好きになっていた安土の町が遠ざかっていく。
佐助「美香さん、怪我はない?」
「大丈夫……。佐助くんは?」
佐助「君に助けられたから平気だ。ありがとう」
「ううん……」
(気持ちの整理は全然ついてないけど……佐助くんに怪我がなくて、よかった)
幸村「気ぃ抜くなよ。これで諦めるヤツらじゃねえぞ!」
幸村の叫び声に佐助くんが手綱をしっかりと握りなおした。
佐助「わかってる」
…………
町を突っ切り、森を抜け、安土郊外の平原へ馬を走らせる。
佐助「ここを抜ければ、追手を振り切れる」
視界がひらけたと思った途端、森の東から一頭の騎馬が飛び出してきた。
(光秀さん!?)
幸村「来やがったな」
光秀「…………」
手放しで馬にまたがった光秀さんが、重心の重い銃を構える。
佐助くんに狙いを定め、まっすぐに銃口が向けられる。
(撃たれる……っ)
佐助「こはるさん、伏せて!」
幸村「佐助!」
ズガン–––ッ!
…………
–––ドサッ
確かな手ごたえを感じて光秀が銃を下ろすと、重たげな何かが地面に落ちた。
すぐに光秀は銃を放り、馬をひらりと飛び降りた。
硝煙の匂いがまとわりつく手で、頬を伝う汗をぬぐいながら、息荒く仕留めた獲物に歩み寄る。
光秀「……はっ、この俺をだますとは、たいしたタマだ」
笑い声をあげる光秀の視線の先には–––
銃弾に撃ち抜かれた丸太がひとつ、転がっているばかりだった。
…………
光秀が城へ引き返すと–––
政宗「帰ってきたか。光秀、見てみろ」
光秀「これは……」
広間に集まった武将たちの前に、数々の贈り物が広げられていた。
家臣「いつの間にやら届けられておりました……。送り主は、猿飛佐助、と」
三成「『三成さんへ』……。あっ、この包、兵法の書物が山ほど……」
家康「……こっちは、唐辛子が壺いっぱい。山わさびもある」
秀吉「俺宛てには茶だ。腹が立つほどいい香りがする」
蘭丸「見て! 美味しそうな桃……。よく手に入ったな」
政宗「俺には上等な味噌に醤油。ご丁寧に、ずんだ餅の材料と枝豆までつけてやがる」
光秀「兵糧丸は俺宛てか。味はともかく一粒で腹持ちする忍びの非常食……。食事を面倒がる俺の癖まで調べていたとはな」
信長「–––光秀。あの男、どう見る」
そう言って、信長は金平糖をカリリと噛む。
どうやらそれは信長宛ての、佐助からの贈り物らしかった。
光秀「……食えない男、としか。申し訳ありません、不覚にも取り逃がしました」
信長「事前にこんな茶番を仕込んでいただけのことはある」
秀吉「お詫びの言葉もありません、信長様……っ。まさか、あいつが越後の間者だったとは……」
渋い顔の秀吉と違い、信長は愉快そうに目を細めた。
信長「良い、秀吉。あれは、なかなかに面白い男だった」
光秀「お人好しの秀吉が騙されたのも無理もない。この俺でさえ、偶然密書を手に入れなければ、あの男が何者か掴むことはできなかっただろう」
秀吉「……」
誰もが先ほど対峙した、佐助の飄々とした様子を思い浮かべる。
政宗「妙な奴だ。正体を暴かれて俺に斬られる間際でさえ、あいつは殺気を一切放たなかった」
光秀「俺たちを尊敬しているなどと抜かしていたが……嘘をついている目でもなかったな」
家康「あいつは本気で、敵の俺たちを慕ってたっていうんですか。……わけがわからない」
家康が気持ちを吐き出すと、同意するようにしんと広間が静まった。
光秀「秀吉のように忠誠心だけで動く男ばかりじゃない、ということだ。正々堂々と義を貫くよりも大事なものがある–––そんな人間もいる」
何かと重ねるように光秀が呟くと、三成は瞳に憂いをにじませる。
三成「こんなことを言ってはいけませんが……どうしても私は、佐助殿を憎いと思えません」
秀吉「俺もだ、三成。美香が裏切ってなかったって話も本当だろう」
蘭丸「……俺もそう思うよ」
美香との日々が偽りのものではなかったと知り、安堵した空気がかすかに流れる。
けれど–––佐助と美香を好ましく思う感情が消えないとしても、ふたりが敵方の人間だということは、動かしがたい事実だ。
沈黙が流れる中、蘭丸が声を絞り出す。
蘭丸「信長様。もし……」
信長「…………」
蘭丸「もし、戦場で佐助殿と再会することがあったら……?」