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イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【光秀】共通7話 後半

 

数人がかりで羽交い締めにされ、光秀さんは膝をついた。

 

光秀「おやおや、ずいぶんと熱烈な出迎えだな」

 

「やめてください! どうしてこんなことを……!?」

 

兵「光秀殿、信長様への反逆を企てた罪であなたを投獄いたす!」

 

光秀「…………」

 

(え……!?)

 

兵「光秀殿が捕らえた顕如の手先が、白状した。『明智光秀は我々の同胞だ』とな」

 

光秀「ほう……?」

 

(光秀さんが、顕如の仲間……!?)

 

ありえない–––そう叫びたいのに、かつて目にした光景が歯止めをかける。

 

ーーーーーーーー

???「急な訪問に応じていただき感謝する。やはりあなたは、我が主の見込んだ通りのお人のようだ。」

光秀「共に手を取り、第六天魔王が牛耳る世を、終わらせることといたしましょう」

ーーーーーーーー

 

(あの時、光秀さんが密会してた相手が、顕如の遣いだったとしたら……)

 

不穏な会話、私への口止めと脅し、徹底した監視–––

裏切りの証拠は、とうに出揃ってしまっている。

 

(だけど……!)

 

「待ってください!」

 

兵たち「!? おい、何を……っ」

 

兵たちをかき分け、私は光秀さんに駆け寄った。

 

「光秀さん、今すぐ違うと言ってください! 裏切ってないって……自分は織田軍の味方だって、言ってください!」

 

光秀「美香……」

 

取りすがって叫ぶ私の頬に、光秀さんの長い指が触れる寸前、

 

兵「こら、離れろ!」

 

(きゃ……っ)

 

兵たち数人がかりで、そばから引き剥がされる。

 

光秀「……っ!」

 

「やめてください、光秀さんと話をさせて……!」

 

兵「暴れるな! もしやお前、光秀殿の共犯者か!?」

 

(な……っ)

 

光秀「馬鹿を言え!」

 

兵たち「……っ」

 

鞭を打ったような鋭い一声が、その場の全員を黙らせた。

 

光秀「無力で愚かな小娘風情に、策略の片棒を担がせる必要などあると思うか? 貴殿ら、俺を誰だと思っている?」

 

兵たち「…………っ」

 

羽交い締めにされたまま、光秀さんは凄みのある笑みを浮かべてみせる。

私の肩を掴んでいた兵は、気まずそうな顔で手を引いた。

 

光秀「バレてしまったのなら仕方ない。煮るなり焼くなり、お好きなように」

 

(そんな……!)

 

兵「っ……投獄しろ!」

 

光秀さんが、縄をかけられ連れられて行く。

罪人にはとても見えない、堂々たる態度で。怖いものなど何もないと言いたげな顔で。

 

「待って、連れて行かないで……!」

 

追いかけて駆け出すけれど、兵たちに行く手を阻まれる。

姿が見えなくなる間際、光秀さんが首だけをこちらに向けた。

 

光秀「美香。お前との旅は、なかなか楽しかったぞ」

 

(そんなの、私だって……!)

 

見つめる眼差しは、温かく、優しく……まるで私を、目に焼き付けているかのようだった。

 

…………

 

秀吉「畜生……っ。あの大馬鹿くそったれ分からず屋野郎が……!」

 

(秀吉さん……)

 

畳を削る勢いで、秀吉さんが拳を打ち付けた。

 

家康「少しは落ち着いたらどうですか、秀吉さん。……はぁ、俺にこんなこと言わせないでくださいよ」

 

政宗「そういう台詞を吐くのは本来、光秀の役目だからな」

 

信長「…………」

 

光秀さん投獄の直後、武将たちは広間に集まり、難しい顔を付き合わせていた。

私もその場に呼ばれ、光秀さんが捕まった時の様子をみんなに伝えた。

 

(私は、光秀さんが怪しい人物と密会した現場も目撃してる。でも……)

 

その事実を、この場で明かすことはできなかった。

光秀さんの処罰を決定づけてしまうことが、恐ろしくて。

 

三成「困ったことになりました。光秀様ご自身が、あっさりと反逆の企てをお認めになるとは……」

 

蘭丸「こんなの絶対おかしいって、三成様! 光秀様が……顕如と繋がってるだなんて」

 

三成「多くの者たちの前でご本人が断言したとなれば、牢からお出しする手立てはありません」

 

冷静に語る三成くんに、いつもの穏やかな笑みはない。

「三成くんは……光秀さんが本当に、顕如と繋がっていたと思う?」

 

三成「証拠は充分にそろっていますね。いっそ、不自然なほどに」

 

蘭丸「それ! 顕如の手先が自白しただけじゃなくて……そいつの持ち物の中から、今になって光秀様との密書がゴッソリ出てくるなんて、逆に嘘くさいよ!」

 

家康「たとえ裏切っていたとして、光秀さんがやすやすと捕まるとも思えないね」

 

政宗「散々周囲を煙に巻いた挙げ句、うまいこと言い逃れるだろうな、いつものあいつなら」

 

秀吉「そういうふざけた真似ばっかりやってるから、ややこしい事態になるんだ……! 何考えてやがる、あの馬鹿……っ」

 

(みんなも、光秀さんは本当は裏切ってないと思ってるんだ)

信長「……美香」

 

「は、はい!」

 

信長「『バレてしまったのなら仕方ない』……たしかに光秀はそう言ったのだな?」

 

「……っ、はい」

 

信長「–––そうか」

 

頷くと、信長様は広間に集う面々を見回した。

 

信長「光秀はこのまま投獄し、反逆の企ての全貌を取り調べることとする。すべて明らかになった暁には–––光秀を手打ちにする」

 

(手打ちって……命を、奪うってこと……!?)

 

秀吉「信長様、どうかお待ちください! あいつは……っ、あいつは……!」

 

政宗「よせ秀吉。ここで俺たちが何を言おうと意味はない。光秀の気が変わらない限りな」

 

(そんな……!)

 

家康「俺たちは、俺たちにやれることをやるしかないですね。光秀さんが抜けた穴を埋めて、上杉武田の侵攻を防ぎ続けること。それから……」

 

三成「顕如を捕らえ、光秀様との関係の真偽を問いただすこと、ですね」

 

家康「人の言葉を横取りするな、三成」

 

信長「美香。貴様は光秀に代わり、奴と共に調査した例の謀反の疑いについて、俺に報告しろ」

 

「はい……」

 

信長「秀吉も聞いておけ。京の公家連中からの呼び出しには、貴様を代わりに連れて行く」

 

秀吉「……はっ」

 

私と秀吉さんを残し、他の武将たちはそれぞれの仕事に戻っていった。

 

(あれ……?)

 

力なく立ち上がった蘭丸くんの顔が、少し青ざめている。

 

「蘭丸くん、大丈夫……?」

 

蘭丸「美香様……。何でもないよ、ちょっと色々、びっくりしちゃって」

 

「そっか、そうだよね……。私も一緒だよ」

 

蘭丸「美香様、あんまり落ち込まないでね。光秀様が顕如と繋がってるなんて、絶対にないよ」

 

キッパリと言い切り、蘭丸くんは出て行った。

 

(蘭丸くんも光秀さんを信じてるってことかな……? なんだか様子が変だった……)

 

信長「美香、早々に報告を始めろ」

 

「っ、はい!」

…………

 

信長「ほう……。この手で骨抜きにしてやった名ばかりの将軍が、性懲りもなく旗を揚げたか」

 

事の顛末を話し終えると、信長様は不穏な笑みを浮かべた。

 

「実は、上杉武田の領地でも、同じような謀反の噂が頻発しているそうなんです」

 

信長「なるほど。標的は俺ひとりではない、というわけか」

 

秀吉「潜入中によくそんなことまで調べられたな」

 

「ええっと、それは、たまたま……」

 

(ごめんなさい、秀吉さん、信長様。情報源が敵側にいる友だちだとは、さすがに言えない……)

 

信長「よくやった。あとはゆるりと休め、美香」

 

「あの……! 光秀さんのこと……どうか考え直していただけないでしょうか!」

 

信長「何……?」

 

(信長様に直訴できるチャンスだ。このままにはしておけない……!)

 

「せめて本人から直接話をお聞きください。どうか光秀さんを牢から出してください、お願いします!」

 

秀吉「美香……」

 

信長「ならん」

 

(っ、どうして……)

 

「信長様は……光秀さんが裏切り者だと確信してらっしゃるんですか?」

 

信長「奴という人間について俺が確信しているのは、ただ一点だ。光秀が俺の寝首をかく時は、俺が行くべき道を誤った時だ」

 

(え……?)

 

信長「–––話は終わりだ」

 

戸惑いが消えないまま、私は秀吉さんと広間をあとにした。

 

「さっきの言葉、どういう意味だったんだろう……」

 

秀吉「信長様は信長様なりのやり方で、あいつに信を置いてるってことだ。昔から、そうだった」

 

「昔から……?」

 

秀吉「信長様は、死地に追い込まれたあいつを、自ら先陣切って助けに駆けつけたことさえあるんだ。その時あいつが戦った相手が、顕如。今回のことは……皮肉にもほどがある巡り合わせだ」

 

(そんなことがあったんだ……)

 

思えば、光秀さんは歴史の講義中、自分の話は省略してばかりだった。

 

秀吉「信長様があの馬鹿を好きにさせておいたのは、あいつへの信用あってのことだ。なのにハッキリ忠信を示さず、腹を割ろうともしないあいつが、俺にはずっと……もどかしかった」

 

(秀吉さん……)

 

秀吉「あいつの心が、わからない」

 

苦しげな呟きに、私は黙って頷き返した。

 

久しぶりに自分の部屋へ戻ってきたものの、荷物の整理はまったく手につかなかった。

 

(私も、光秀さんの心がわからない。出会ってから今までずっと。それでも……)

 

泣き濡れた頬を拭う、手ぬぐいの感覚を覚えている。

夜の野原を駆けながら私を包み込んだ温もりも、忘れられない。

偽りの優しさだとしても、私はそれに救われた。

こんなことになっても、自覚した想いは消えそうにない。

 

(本当はきっと……前から恋してた。意地悪で甘いあの人に。光秀さんに会いに行こう。何も話してくれないかもしれないし、帰れと冷たくあしらわれるかもしれないけど。ただ、どうしても、会いたい)

…………


その夜–––

光秀「…………」

 

月明かりの届かない牢の最奥で、光秀はふっと、目を見開いた。

 

光秀「……来客のようだな」

 

近づく足音は、ひとつではない。

やがて姿を現した者たちは、見覚えがあった。

 

光秀「……これはこれは」

 

武士1「化け狐がとうとう正体を暴かれたようだな」

武士2「いつぞやの返礼をさせてもらおう、光秀殿」

 

ーーーーーーーー

光秀「理で勝てないからといって手を上げるのは感心しないな。器の小ささが知れるぞ」

 

武士1「み、光秀殿、先ほどの言葉は、その……っ」

 

光秀「俺は何も聞いていない。お前たちも、この娘とは何ごともなかった。そうだろう?」

 

武士2「は、はい!」

 

光秀「ならば、お互い忘れるとしよう。何、狐にでも化かされたと思えばいい」

ーーーーーーーー

 

彼らは、いつぞや城下で美香に絡んできた武士たちだ。

牢番に賄賂でも渡して鍵を借りたらしく、牢の中へと踏み入ってくる。

 

光秀「ようこそ。狭いところだが、くつろいでいくといい。茶のひとつも出せなくて悪いな」

 

武士3「言っていろ……!」

 

微塵も動じない様子にいら立ちながら、武士のひとりが光秀の両腕を後ろに回し縛り上げた。

 

武士1「言っておくが、これは正式な取り調べだ。顕如についての情報を、洗いざらい吐いてもらう」

武士2「もっとも、口を利く余裕が残っていればだがな」

 

光秀「せいぜい、優しく頼むぞ」

 

武士3「ほざけ……!」

 

–––ドカッ

光秀「……っ」

 

下顎から蹴り上げられて、天井を仰ぐ。

 

光秀「……やれやれ、初手から激しいことだな」

 

暴力の余韻を味わうように光秀がゆっくりと向き直るのを、武士たちは息を詰めて待った。

 

光秀「……どうした、そんなに見つめて。貴殿らは、よほど俺に夢中と見える」

 

武士3「黙れ!」

 

武士1「牢人ごときが偉そうにのさばりおって! 今すぐ叩きのめして、泣きながら詫びさせてやる……!」

 

光秀「まあ、そうせかせかするな。時間はたっぷりとあるからな」

 

光秀は目を細めると、口の中の血をプッと吐き捨て背筋を伸ばした。

 

…………

……

 

(ここが牢獄……。真昼なのにうすら寒い)

 

牢番の目を盗んで牢獄へと忍び込んだ私は、思わず身震いした。

 

(光秀さんは、こんな寂しいところに閉じ込められてるのか……)

 

意識して深呼吸を繰り返し、湧き起こる恐怖を抑えつける。

会いたい、その一心で奥へと進む。

そして–––

 

光秀「こはる……? ここで……何を、している……?」

「……っ、光秀さん……!?」

 

最奥の牢の中、光秀さんが手首を縛られたまま、倒れていた。

服は擦り切れ、整った顔は傷だらけで、口元には血が滲んでいる。

 

(なんてひどい……!)

 

「今すぐ手当しないと……っ、待っててください!」

 

光秀「……帰れ。そしてそのまま、戻ってくるな」

 

「嫌です!」

 

光秀「…………」

 

私は全速力で牢から走り出ると、手当の道具を抱えて駆け戻った。

 

「どうか柵のそばまで来てください。ここからじゃ、手が届きません」

 

光秀「囚人に情けは不要だ」

 

「お願いですから……!」

 

押し殺した声が、震えてしまう。

きつく柵を掴む手に、熱い雫がしたたり落ちる。

 

光秀「……泣きべそをかくな。俺は、お前の涙に弱いんだ」

 

ため息をつきながら気だるげに身体を起こして、光秀さんは柵の方へとにじり寄った。

手首に巻かれた縄を断ち切ると、痛ましい痕が現れた。

(ひどすぎる……)

 

「誰がどうして、こんなことを……!?」

 

光秀「何、乱世では私刑も拷問も物珍しいことじゃない。とりわけ、牢の中ではな」

 

「なんでそんな、他人事みたいな顔をしてるんですか……!」

 

血のにじむ傷口をそっと、清潔な布で拭っていく。

痛いだろうに、光秀さんは眉ひとつ動かさない。

 

光秀「……まったく、これではあべこべだぞ。お前の方が、大怪我を負ったような顔をしている」

 

柵越しに、長い指先が差し伸べられ、私の涙を優しく払う。

その爪が欠けていることに気づき、血の気が引いた。

 

「っ……許せない……」

 

光秀「お前が恨みを背負い込む必要などない。相応のことを俺はしてきた。この程度、報いのうちにも入らない。それに–––見てみろ」

 

(え……)

 

光秀さんが唐突に、べー、と舌を出してみせる。

 

「っ、なんですか、こんな時に……」

 

光秀「舌はあるか?」

 

「ありますけど……」

 

光秀「であれば、充分だ。俺の最大の武器は無事だ」

 

ハッと胸を打たれ、涙が止まった。

乾いた唇が、いつもと変わらない鮮やかな弧を描く。

 

光秀「今のは、大昔のとある策士の逸話の真似だが、まあつまるところ……、俺に関して、お前が心配することなど何もないということだ」

 

大怪我を負っていても、その声は凛として潔く、決して余裕を失わない。

 

(ああ、そうか……。この人は何もかもを覚悟の上で、ここにいるんだ)

 

これほど残酷な目に遭わされたのに、光秀さんの表情には、怒りも悲しみも絶望も見当たらない。

これでいいのだと、揺るぎなく確信しているのだ。

 

「どうして、ですか……?」

 

光秀「ん……?」

 

「あなたは、たった独りで……どんな義を貫こうとしてるんですか?」

 

光秀「…………」

 

いつもは読めない瞳の奥が、不意に揺らいだ、その時–––

 

秀吉「……っ、おい、なんなんだ、その有様は!?」

 

(秀吉さん……!?)

 

光秀「–––おやおや。お人好しがふたりに増えたな」

 

秀吉「……っ、開口一番に言うことがそれか!?」

 

秀吉さんが大股で歩み寄り、柵越しに光秀さんの胸ぐらを掴み上げる。

 

「秀吉さん、駄目……! 光秀さん、大怪我してるの!」

 

秀吉「わかってる……! わかってるが……もう我慢ならない」

 

光秀「忍耐できない男は嫌われるぞ、秀吉」

 

秀吉「こんな時までヘラヘラ笑ってんじゃねえ……!」

 

光秀「…………」

 

(秀吉さん……)

 

秀吉「お前、ほんとに……っ、何やってんだよ……!?」

秀吉さんが、固めた拳を振り上げて–––