ikemenserieslのブログ

イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【光秀】共通4話後半

 

(あっ、光秀さん……? 誰かと一緒にいる……)

 

???「急な訪問に応じていただき感謝する。やはりあなたは、我が主の見込んだ通りのお人のようだ」

 

光秀「御殿にお招きできず失礼いたしました。文をいただいた時は驚きましたが……こちらこそ、よいお話をくださり感謝します。共に手を取り、第六天魔王が牛耳る世を、終わらせることといたしましょう」

 

(一体、何の話……!?)

 

???「そうと決まれば光秀殿も我が主の元へ。私があのお方の使者として責任を持ってご案内いたします」

 

光秀「時が来れば参りましょう。ただ……今しばらく私が安土に留まることで、お役に立てることもあるかと」

 

使者「それは確かに」

 

–––ドサッ

 

光秀「……!」

 

(あ……っ)

 

取り落とした荷物を、震える手で抱え上げる。

 

使者「–––誰だ!?」

 

厳しい一声にハッとして、私は弾かれたように駆け出した。

 

…………


美香が脱兎のごとく駆け去るのを見つめ、光秀が肩をすくめた。

 

 

光秀「……やれやれ、まずいことになった」

 

使者「光秀殿、何を悠長な! 今の話を聞かれて、あの者を逃すわけには……!」

 

光秀「あの娘は少々、訳ありでして。私にお任せを」

…………


「はぁ……はぁ……っ、あ……!」

 

駆け込んだ裏路地で、鼻緒が切れた。

転びかけて、危うく壁に手をつき持ちこたえる。

鼓動が耳の奥で騒がしく鳴り響き、周囲の音が入ってこない。

 

(立ち止まってる場合じゃない……。でも、これからどうすれば……?)

 

とっさに逃げ出したものの、事態の整理が追いついていなかった。

 

(『第六天魔王』って信長様のことだよね? 『あのお方』って誰? あの使者は何者? 光秀さんは……、光秀さんは……まさか……本当に、織田軍を裏切って……?)

 

光秀「–––待て、美香」

 

「!!」

 

振り向くと、月明かりに白い着物が浮かび上がっていた。

ゆったりとした足取りで近づいてくる彼の表情は、闇夜に塗りつぶされて見えない。

 

「み……つ、ひでさん……」

 

目の前で足を止めた彼の影が、覆いかぶさってくる。

 

光秀「俺の話を聞け」

 

後ずさったら、背中が壁にぶつかった。

 

着物越しに冷たさが沁み入り、足がすくむ。

 

(っ、逃げられない……)

 

光秀さんは身を縮める私の顔の横に手をつくと、耳元で囁いた。

 

光秀「お前は何も見なかった」

 

「え……」

 

光秀「今夜のことは忘れろ。良い子だから」

 

「忘れろって……」

 

光秀「賢いお前はわかるだろう? 他言無用ということだ。命が惜しいのならな」

 

低い声には何の感情も感じられず、ぞくり、と悪寒が走る。

 

(怖い……、でも……それより)

 

「や……」

 

光秀「ん……?」

 

「約束は……できません……っ」

 

光秀「何……?」

 

震える唇から言葉がこぼれ落ちていく。

 

「私、あなたを……信じたかったのに」

 

光秀「美香……」

 

いつものように伸びてきた長い指が、頬に触れそうになる。

 

(……っ)

 

無言で押しのけ、私は下駄を脱ぎ捨て駆け出した。

 

「はぁ……、はぁ……っ」

 

(追って来ない……。逃げ切れたの……? ううん、そんなわけない……。あの人が、このまま放っておくはずがない)

 

その時、首筋を生温かい何かが這い、ハッとして喉に手をあてがう。

頬を伝ってしたたり落ちた自分の涙だった。

 

(さっき、光秀さんが触れようとしたのは……)

 

混乱の中、冷えていく涙を袖で拭う。

–––怖かった。でもそれ以上に悲しかった。

 

(意地悪でも、厳しくても、武将として恐ろしい振る舞いをしても、最後の最後には私を助けてくれる、優しい人だと信じたかった。不安定なこの世界で、私はあの人に、寄りかかっていたかったんだ……)

 

ついに息が切れて足が止まる。

地面が揺れているような気がして、次の一歩が踏み出せなかった。

 

…………


光秀「……まったく、本当に困った娘だ」

 

鼻緒の切れた下駄を拾い上げ、光秀は早足に歩き出した。

 

光秀「気に入っていたんだがな。『親切めいた指南役』という役柄は。……もう、これまでと同じではいられないか」

 

ある場所を目指して急ぎながら、指先にかすかな熱を感じる。

拭い損ねた涙で濡れているような気がして、光秀は虚空をそっと撫でた。

…………


少しだけ休み、考えた末、私は秀吉さんの御殿へ向かうことにした。

 

秀吉の家臣「秀吉様が湯浴みからお戻りになるまで、お部屋で少々お待ちくださいませ」

 

「ありがとうございます……」

 

(ずいぶん遅くなってしまった……)

 

疲れていたのと、追手を恐れて表通りを避けたせいで、たどり着いたのは真夜中だった。

 

(何度も考えたけど、疑いようがない。光秀さんは信長様に敵対する誰かからの使者と密会してた……)

 

噂の通り顕如と繋がっているのか、それともまた別の誰かが相手なのか、見当もつかない。けれど……

 

(織田軍のみんなに、伝えないわけにはいかない……)

 

千切れそうに痛む胸を押さえた時、濡れ髪の秀吉さんが駆け込んできた。

 

秀吉「美香、こんな遅くにどうした!? 何があった!? 顔が真っ青だぞ」

 

「秀吉さん……、実は……っ」

 

光秀「夜分遅くにすまないな、秀吉」

 

(!?)

 

無遠慮に部屋へ踏み入ってきた光秀さんを見て、血の気が引いた。

冴え冴えとした香の香りが漂い、私の胸をかき乱す。

 

(光秀さん……!?)

 

秀吉「……光秀。お前も美香と一緒だったのか?」

 

「違……っ」

 

光秀「違う。美香を探していたんだ」

 

ずっと腕に抱え込んでいた荷物を、取り上げられる。

 

(っ、秀吉さんから、光秀さんに届けるようにって預かった書簡……)

 

光秀「御殿を留守にしていてな。どうやら美香は、俺を探してあちこち駆け回っていたらしい」

 

秀吉「夕刻に書簡を届けると事前に伝えてただろう!」

 

光秀「外せない急用でな。ちょうど家臣も出払っていて、行き違った。だろう、美香?」

 

光秀さんは耳元に唇を寄せると、私にだけ聞こえるように小声で続けた。

 

光秀「秀吉は今、丸腰だ。どういう意味かは、わかるな?」

 

(…………っ)

 

肩に乗る手に力が加わり、歯の根が鳴り始めた。

 

(秀吉さんの命を人質に……私に、言うことを聞けってこと……?)

 

秀吉「こはる、そうなのか?」

 

心配そうに、どこか探るような瞳で秀吉さんが私を見つめる。

 

(秀吉さんのことだ、きっと何かあったんじゃないかって察してる……)

 

避けた視線の先で、光秀さんの手が腰の刀を撫でているのが見えた。

 

(この場では、助けを求めちゃいけない……! 一旦、光秀さんを秀吉さんから引き離さないと)

 

「……うん、そうなの。ここで、光秀さんと落ち合えて……ほっとしたよ」

 

気力をかき集め、私は小さく笑ってみせた。

 

秀吉「可哀想に、それでこんな遅くまで……」

 

震える両手を、秀吉さんの大きな手のひらが包んでくれた。

すがってしまいたい気持ちが、波になって襲ってくる。

 

秀吉「冷え切ってるな。今すぐ湯浴みの支度を……」

 

光秀「結構だ、美香の面倒は俺が見る」

 

(あ……っ)

 

秀吉さんの手を払いのけ、光秀さんが私を引き寄せた。

 

秀吉「何のつもりだ光秀。美香をこっちに引き渡せ」

 

光秀「断る。美香がこうなったのは、俺の責任だからな」

 

(どうしよう、どうしよう、どうしよう……)

 

行動の選択をひとつ間違えば、今夜ここで血が流れる。

 

(っ……落ち着いて考えるんだ。今、光秀さんに抗ったら事態は悪くなるだけ。『形勢が悪い時は反撃の機会が来るのを待て』……光秀さんに、そう教わった)

 

言葉にできない感情を呑み込み、私は光秀さんへ身を寄せた。

 

光秀「……それでいい」

 

秀吉「…………っ」

 

光秀「そう睨むな、秀吉。俺は美香の身を心配しているだけだ。俺のせいで疲れさせたから、俺の御殿へ連れていき休ませる。それが筋というものだろう」

 

秀吉「勝手に話を進めるな。美香、嫌なら嫌って言っていいんだぞ」

 

(私は……)

 

光秀「おいで、美香」

 

(…………っ)

 

低く潤った声が、甘い毒になって耳から流れこむ。

その途端、私の胸に、熱に浮かされたような期待が広がった。

 

(この手を取れば、命はないかもしれない。でも……光秀さんの本性に、もっと、近づける)

 

差し伸べられた手に手を重ねた瞬間、恐怖か愉悦かわからない衝動が身体を貫いた。

 

「……光秀さんのところで、お世話になります。夜分お騒がせしてごめんなさい、秀吉さん」

 

秀吉「お前が本当にいいなら構わないが……大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫……」

 

(嘘をついてごめん、秀吉さん)

 

光秀「邪魔したな、秀吉」

 

光秀さんに手を引かれて、導かれるままに立ち上がる。

 

光秀「良い子だ、美香」

 

(……っ! 私、どうして……)

 

我に返ったけれど、遅かった。

見上げた光秀さんの横顔からは何の感情も読み取れず、私は自分の選択を、もう後悔し始めていた。

…………

 

光秀「……さて」

 

びく、と肩が震え、ふたりの間にある空気が揺れた。

命じられるまま湯浴みを済ませ、部屋へ通された私の身を守るものは、薄い着物だけだ。

 

(黙っていたら、不安でおかしくなる……)

 

「私を……っ、殺しますか」

 

光秀「それは避けたいところだ。お前をいじめるのはなかなかに楽しいからな」

 

(こんな時でさえ、はぐらかすようなことを言って……)

 

湧き上がった怒りが、恐怖とないまぜになっていく。

 

光秀「お前が今夜見たことを黙っていてさえくれれば、何も問題はなんだが……。お人好しのお前は、織田軍の面々のために、いつ口を開くかわからない。そこで、俺なりにお願いの仕方を考えてみた」

 

(お願いの仕方……?)

 

光秀「先ほどお前の部屋に入らせてもらった。これは何だ?」

 

(……! 私のバッグ!)

 

掲げられたバッグを取り返そうとする私を、光秀さんは片手で押し留めた。

 

光秀「中を改めたが異様な品々ばかりだな。南蛮にさえ、これほど珍妙な物は存在しないだろう」

 

お財布、化粧ポーチ、ハンカチ、ティッシュスマートフォン、充電器、旅行雑誌……

乱世に不似合いな物たちが文机に並べられ、行灯の明かりにさらされる。

 

光秀「ただの小娘と思っていたが、お前にも色々と秘密があるようだな」

 

「っ……光秀さんほどじゃ、ありません」

 

光秀「言ってくれるな。美香、お前、何者だ? お前の秘密を俺に明かせ」

 

「それを聞いて、どうするんですか……?」

 

光秀「これだけの怪しい品を隠し持っているとなれば、何かしら理由をつけて手打ちにもできるが……それはやめておく。俺はお前を気に入っているんでな」

 

(っ……秘密を明かさなければ、どのみち命はないってことじゃない……)

 

光秀「だから、取引をしないか? お前の秘密を守る代わりに、お前も俺の秘密を守る」

 

「そういうのは……脅しって言うんです……!」

 

光秀「しー……。大きな声を出すな」

 

(ぁ……っ)

 

人さし指で唇を封じられ、鼓動が跳ね上がった。

 

光秀「教えろ、美香。お前が何者か」

 

「嫌だと、言ったら……」

 

光秀「嫌と言えないようにするまでだ」

 

「っ……私にも拷問をするんですか」

 

光秀「まさか。知らないか? 秘密を吐かせる方法は傷つける以外にもある」

 

「え……? ……んっ」

 

唇に触れていた人さし指が下へ滑り、つ、と喉をなぞって鎖骨に触れた。

 

「な、にを……」

 

光秀「人に我を忘れさせるのは痛みだけじゃない。快楽も同じだ」

 

(まさか……!)

 

私が飛びのくより、光秀さんが私の身体を両腕に閉じ込める方が早かった。

 

「嫌、離して……っ」

 

光秀「離してほしければ、お前の秘密を俺に明かすことだ。さもなければ、泣いてすがって、もっと、と懇願するはめになる」

 

あくまでやんわりと、光秀さんが私の身体を押さえ込む。

まるで、真綿で縛り上げられているみたいだ。

 

光秀「お前が泣かされたいというなら、それでもいいが?」

 

冷たい指先が、着物の襟にかかった。

 

(許せない……っ。こんなの、あんまりだ)

 

渾身の拒絶を込めて、光秀さんをにらむと……

 

光秀「…………」

 

(え……?)

 

返された彼の眼差しに虚をつかれ、身体のこわばりがふっと解けた。

 

光秀「–––話せ、美香。これ以上のことを俺がお前にする前に」

 

(……っ、どうして……?)

 

名前の知らない激しい感情がお腹の底から突き上げて、心臓を押し潰す。

初めて私は自分から手を伸ばして、光秀さんに触れた。

 

光秀「っ……?」

 

手のひらで包み込んだ頬が、熱い。

 

(あなたを信じたがっていた私を打ちのめして、生きるか死ぬかのところまで追い込んで……、なのに、どうして)

 

「どうして今になって……っ、本気で苦しがってるみたいな顔、見せるんですか……?」

 

光秀「…………っ」