戦国【光秀】共通2話前半 彼目線
「おはよう、美香。支度はできているようだな」
美香「っ……はい、おはようございます」
光秀は後手に襖を閉めながら、今日から弟子になる娘をしげしげと眺めた。
美香は顔を強張らせ、正座のまま微動だにしない。
髪はキリリと結い上げられており、あらわになった無防備なうなじが痛々しい。
全身に力が入っているな。無理もないが)
「そう身構えるな。指南役の俺まで緊張してくるだろう?」
美香「バレバレの嘘をつくのはやめてください、光秀さん……」
今日から、美香への戦国時代の生き抜き方指南を始める。彼女を監視する名目として。
事実は全く逆なのだが、明かす予定は特にない。
ーーーーーーーー
「戦場での見事な怯えっぷりを見る限り、お前がいつ信長様のおそばから逃げ出しても不思議はない。そこで逃亡防止のため、しばらくの間お前を監視することにした。俺が直々にな。信長様にご心配をおかけしないよう、表向きは、お前の指南役を引き受けたことにする。戦の基礎知識、世の情勢、馬術、護身術、銃の扱いもついでに教えておくか」
ーーーーーーーー
と、昨夜は言ったものの、監視せずとも、この小娘に逃走する度量などないのは一目瞭然だ。
(美香は無防備が過ぎる。よく無事に生きてこられたものだな。そう長くはもたないだろう。今のままでは)
天下人である織田信長に気に入られ、安土城に迎えられるということは、今後、相応の災難が降りかかるということでもある。
(放っておいてもよかったんだがな。……我ながら酔狂なことだ)
ーーーーーーーー
美香「後悔して戻ってきた人を斬り捨てるなんて、あんまりです! 仲間が生きて帰ってきたことを、どうして喜んであげないんですか?」
家臣「高貴なご身分のお姫様にはおわかりにならんでしょうが、男が一度武士となったからには……」
美香「人の命に、身分も職業も性別も関係ないです!」
秀吉「美香、お前……」
「……っ、くくく、ははは!」
ーーーーーーーー
あの瞬間に味わった痛快さは、なかなかに忘れがたい。
(さすが、炎の中から信長様を助け出しただけのことはある)
美香は先程から、光秀をじっと見つめたまま考え込んでいる。
『この人が何を考えているのかさっぱりわからない』–––そう顔に書いてあるのが、またおかしい。
「考えごとは済んだか、美香?気の抜けた表情を改めて、席につけ」
美香「っ……はい」
「では、各国の情勢を学ぶことから取り掛かろう」
美香は文机の前に座ると、一枚の紙を差し出された。
「まずはお前の知識の程度をはかる。簡単な問題を用意してきた。これを解いてみろ。当たり前のことばかりで手ごたえがないだろうが、辛抱しろ」
美香「が、頑張ります」
(これで、美香の素性をある程度は把握できるだろう)
世情に詳しければ武家か商家の生まれ、そうでなければ農民の娘だ。
各国の成り立ちについて問えば、知識の偏りから、どの辺りの国の生まれか目星がつく。
(さて、お手並拝見といこう)
…………
(これはこれは……)
採点を終えた光秀は、答案を興味深く見入りながら顎に手を添えた。
「……いやはや、度肝を抜かれたな。お前の頭脳には驚かされる」
美香「よかった……! 案外正解できてました?」
「逆だ」
耳たぶを指でピンと弾くと、美香は真っ赤になって手で耳を隠した。
「お前の耳と目は飾りか? 今まで何を見聞きして生きてきた? 信長様の幼名の解答が『のぶたん』とは……あまりに斬新で涙が出そうだ」
(こうも世の中を知らないとなると、素性を推測しようがない)
美香「無解答よりはいいかと思って……子どもの頃のあだ名を予想してみました。ほとんどの問題が解けなかったので、せめてやる気だけでも見せようかと……」
「なるほどなるほど。なかなかに鍛えがいのありそうなおつむだな」
(この反応、わざと誤った答えを書いたわけでもないらしい。妙な小娘だ。思考も感情も丸出しだというのに、俺の予想を越えていく)
興味が募り、困りきった美香の頭を、戯れにひと撫でしてみる。
予想にたがわず、美香は不満げに眉を吊り上げた。
美香「子ども扱いしないでください。ちゃんと勉強すれば社会情勢くらい理解できます、大人ですから!」
「言ったな?」
…………
数刻後、美香は集中力を使い果たしたらしく、丸まって文机につっぷした。
「美香、まだ講義は終わってないぞ」
美香「情報量が多すぎます……。室町幕府の成り立ちから歴代将軍が何をしたかを一気に覚えろだなんて」
「前置きの段階で泣き言を言われてはお話にならないな」
声を低めて言い切ってみせると、美香は慌てて姿勢を正した。
(それでいい。俺を恐れていろ。『何を考えているかわからない怖い監視役』に厳しく指南されれば、嫌でも知識を吸い取るだろう)
知識の有無が生死を分ける–––美香がこれから暮らしていくのは、そういう場所だ。
「本題はここからだ。歴代将軍、足利家の衰退を背景に世は乱れ、各国の武将が権力を握った。過去があってこそ今がある」
美香「せめて休憩を挟んでもらえませんか? 詰め込んだ知識がそろそろ耳からこぼれそうです……」
「そういうことなら」
(気分転換をさせてやるか)
美香「ひゃっ!?」
両手で耳元を覆ってやると、美香の頬が鮮やかに染まった。
(打てば響くような反応だな。……面白い)
親指の先で、見開かれた瞳の縁をそっとなぞる。
「知識がこぼれないように俺が耳をふさいでおいてやろう。安心して休憩するといい」
美香「こんなふうにされて気が休まるわけないでしょう……っ」
「おっと」
固い胸板を押し返し、美香は部屋の隅まで走って逃げていく。
(まるで、狩人に追われる小兎だな)
「やれやれ。取って食いはしないと何度も言っているのに」
美香「だったら、取って食いそうな空気を出すのをやめてください……」
「それはできない相談だ」
びくびくしながら身を縮めるこはるに、光秀は無遠慮に歩み寄り、その顔を覗き込んだ。
「お前はからかうといい反応をするからな」
こはる「光秀さんは、意地悪です……!」
「おや、今頃気づいたのか?」
美香は、さも悔しそうに唇を噛んで睨み返してくる。
(まったく、こうも心をむき出しにできるとは……)
それはある種の強さであり、光秀が決して持ちえないものだ。
どうやら美香は、自分とは対極にある人間らしい。
愚直で素直なこの娘といると、どことなく愉快な心地にさせられる。
(……これは、癖になりそうだ)
蘭丸「お邪魔しまーす!美香様、お勉強は順調?」
三成「光秀様が指南役をお務めになると聞き、どんな様子かお伺いに参りました」
美香「蘭丸くん、三成くん……!」
襖から顔を出したふたりを見た途端、美香の緊張がふっと緩んだ。
(予想通り、ちょうどいい頃合いに来てくれたな)
自分が指南役を買って出れば、心配した秀吉が偵察を差し向けるのはわかっていた。
これで『怖い指南役』を維持したまま、休憩中こはるの緊張を解くことが出来る。
蘭丸「光秀様、美香様を部屋の隅に追い詰めて何してるの?」
「意地悪を少々」
『少々!?』と言いたげに、美香は目を見開いている。
(本当に……まったくもって、見飽きない)
もう少しからかってみたいけれど、今は控えることにする。
(やりすぎては美香の身がもたないだろう。それに……追い詰めすぎて本気で逃げられては、つまらない)
光秀の思惑など知る由もなく、美香はくつろいだ表情を三成と蘭丸に見せている。
三成「美香様、お疲れのご様子ですね」
美香「朝からずっと講義続きだったから。休憩をお願いしたところなの」
三成「それはちょうど良かったです。お茶をお淹れしようと思い、茶葉を持って参りました」
蘭丸「はいはーい、俺が淹れたげる! 三成様はお手伝い役ね」
美香「わぁ、ありがとう!」
その時、襖が勢いよく開いた。
政宗「おっと、先を越されたか」
美香「政宗、どうしたの?」
政宗「お前に差し入れを持ってきた」
(こちらも到着か)
政宗が差し出した包みの中では、ふかしたてのお饅頭が湯気を立てている。
美香「ありがとう、政宗! みんなでいただこう」
茶会の支度が整う頃、またひとり客人が姿を見せた。
家康「勉強してるって聞いたけど間違いみたいだね。こんなところで集まって油売って、全員暇人なの」
(おやおや、家康まで顔を出すとは想定外だったな。美香には人を惹き付ける何かがあるらしい)
三成「家康様も美香様に差し入れですか? ぜひご一緒いたしましょう」
家康「は? どうして俺がこの子に差し入れなんてしなきゃならないの」
政宗「じゃあ手に持ってるそれはなんだ? 見せろ、家康」
家康「ちょ、政宗さん……っ」
家康が持ってきた壺の中身は、唐辛子で真っ赤に染まった漬物だった。
蘭丸「なーんだ、やっぱり家康様も差し入れにきたんじゃん。お茶請けによさそうだね」
家康「……作りすぎて余ったから、美香にでも渡して処分しようと思っただけ」
三成「相手に遠慮をさせない物言い……さすがは家康様です」
家康「違う、ただの事実。じゃ、俺はこれで……」
三成「ねぎらいの品だけ届け、長居はしない……。これが本物の気遣いなんですね!」
家康「お前と話すとほんと疲れる……」
(……さて、あとは任せるか)
会話に花を咲かせるこはるたちを残し、光秀は足音を立てず部屋を出た。
…………
政宗「探したぞ、光秀」
(ん……?)
振り返ると、政宗が茶を載せた盆を手に追ってきた。
政宗「黙って出ていく奴があるか。お前が俺に差し入れを頼んだんだろうが」
「憩いのひと時に水を差すこともないと思ってな」
政宗「他人事じゃないだろう。お前も休憩しろ。ほら、食え」
(……やれやれ、相変わらず強引な奴だ)
勧められた手料理を断れば、口にねじ込んでくるのがこの男だ。
光秀は饅頭を手に取ると、食べやすいよう四分割し次々に口に放り込み、ぬるい茶で流し込んだ。
政宗「豪快な食べっぷりはいいが、少しは味わえ」
「うまかったぞ。柔らかくて噛む回数が少なくて済んだ」
政宗「それは『うまい』とは言わねえ。で、どういう風の吹き回しだ。こはるの指南役をお前が買ってでるとは思わなかった」
「何、深い理由はない」
(深い理由はないが……)
無性に、そばに置いてみたくなったのだ。
(……気に入った。強いて理由を挙げるなら、そんなところか)
光秀の日常は、嘘、欺瞞、裏切り、駆け引きで形作られている。
必要とあればためらわず手を汚す。後悔や反省は、冥土でまとめて済ませるつもりだ。
自分の選んだ生き方に、不満も迷いもない。
ただ–––ずいぶん遠くまで来てしまった、そんな感慨だけがある。
(あの娘は、俺が手放してきたものをすべて持っているように見える。無防備に傷つき、真摯に怒り、手放しで喜ぶ。……儚くも強い。見ていて飽きない)
わずかに心が浮き立つのを自覚しながら、光秀は冷め始めた茶を飲み干した。
「–––政宗、世話をかけたな。俺はそろそろ戻るとする」
政宗「またいつでも呼べ。俺も、あの女の相手をするのは嫌いじゃない」
カラッとした笑みを見せ、政宗が去っていく。
(さて……不在の間に、三成たちが余計なことをこはるに吹き込んでいなければいいが)
…………
翌日–––
「今日は実技だ。お前には最低限の身を護る術を習得してもらう」
美香「よろしくお願いします」
(ん……?)
城内の道場に呼び出されたこはるは、昨日とは打って変わってやる気をみなぎらせている。
「おや。今日はやけに素直だな」
美香「無闇にあなたを怖がるのは、やめることにしたんです」
「ほう……?」
(やはり昨日、三成たちから何か吹き込まれたか。まあいい、自発的に取り組む気になったなら何よりだ)
澄みきった湖のように嘘のない美香の瞳を、光秀は愉快な心地で見つめた。
美香「光秀さんに教わったことをしっかり身につけて、いつか見返してみせます」
「そうか、楽しみにしているぞ」
(ぜひ、見返してもらいたいものだ)
「さて、今日教えるのは簡単な護身術だ。習うより慣れろ、まずはどこからでも俺にかかってくるといい」
美香「わかりました、本気でいきます! やぁ……!」
体当たりしてくる美香を、光秀は一歩脇に避けてかわす。
美香「!! いたたたた……っ」
派手に転んだこはるは、恨めしそうに顔を上げた。
(よしよし、思い切りは悪くない)
「見事な突進だったぞ、美香」
美香「どうして避けるんですか……っ?」
「護身術では、相手の攻撃を真っ向から受けずにいなすことも重要だ。またひとつ賢くなったな」
美香「それならそうとはじめに言ってください……!」
美香の抗議は、あえて聞き流しておく。
(言葉で教えたところで意味はないからな。身体で覚えてこそ、いざという時、役に立つ)
美香との師弟ごっこは気に入っているものの、長くは続けられないだろう。
(美香を構う暇があるうちに、身を守る術を叩き込んでおくとしよう)
それから–––
「戦に用いる武具についても、知識をひと通り頭に叩き込んでもらうぞ。これが先日の戦で使った種子島だ。持ってみるか?」
美香「っ、はい……」
火縄銃を受け取ったこはるの両手が、ズンと沈み込む。
美香「こんなに、重いんですね……」
(……わかってはいたが、あまりに不似合いだな)
「丁重に扱うように。ひとつ誤れば自分の手が吹っ飛ぶ愉快な代物だからな」
美香「全然愉快になれません……!」
光秀による乱世の生き方指南は、日に日に過激さを増していき……
「今日は、先日手入れした火縄銃の撃ち方を覚えてもらう」
そう告げると、美香は目を白黒させた。
(まあ、当然の反応だな。だが……)
戦場に連れ出すほどに、信長は美香を気に入っている。
前の戦のように、自分がそばにいて守ってやれるとは限らない。
修羅場に巻き込まれたら最後、美香は自分で自分を守らなければならない。
(銃なら、刀の扱いを覚えるよりは比較的たやすい。教えておくに越したことはない)
常に最悪の事態を想定しておく、それが光秀のやり方だ。
「木の幹に的をかけておいた。しっかりと見据えろ。こら、目をつむるな」
美香「あの、光秀さん、こんなことまで覚える必要はないんじゃ……!」
「覚えて無駄になることはこの世にさほどない。わかったら口を閉じて狙いを定めろ」
美香は息を呑みながら、引き金に指をかけた。
(……爪の先まで、震えているな)
あの日、光秀が敵将を撃ち抜いた瞬間を思い出しているのだと、手に取るようにわかった。
「撃て、美香」
美香「…………っ」
聞き慣れた銃声が間近で炸裂し……すぐに静寂がやってきた。
美香は銃を取り落とす寸前で、どうにか踏みとどまった。
「お見事だったぞ、美香。この距離で、的をかけた木の幹にさえ掠りもしないとは、なかなか真似できることじゃない」
気を鎮めようと軽口を叩いてみたものの効果はなく、美香の瞳は虚ろなままだ。
美香「当てるのが、怖いと思いました……」
「ん……?」
美香「的に当たって……嬉しいと感じてしまうことが」
「…………」
(この娘は……自分の中にきざす暗い欲望からも、目を背けることをしないのか)
銃の振動が呼び起こすのが、死への恐れだけとは限らない。
圧倒的な力は、血の沸き立つような興奮を連れてくる。
(何より恐ろしいのは敵ではなく、己自身……それを知る兵がどれほどいることか。この娘、なかなか侮れない)
「その恐怖を忘れないことだ。撃ち抜く喜びに身を任せれば、銃に殺される」
美香「光秀さんは……こんな恐ろしい思いを、いつも……?」
「…………」
(こんな時だというのに……人の心まで思い遣るのか)
「お前は、思いがけないことばかり言う」
光秀は苦笑して問いかけをはぐらかすと、美香の姿勢を正させた。
「さあ、もう一度だ」
美香「……っ、これ以上は、もう……」
「もう一度だ」
美香「……はい」
(恨まれようとも、この師弟ごっこ、いっそう本腰を入れることとしよう。お前を、決して死なせたくなくなった)
美香「光秀さん、さすがにこれは無理です! 絶対無理!」
「大丈夫だ、最初は皆そう言う」
光秀はしれっと嘘をつき、美香を一頭の馬の前に押しやった。
(馬に乗れるようになれば、行動範囲が一気に広がる。戦場にひとり放り出されても生き延びられる確率が、格段に上がる)
美香「光秀さん、私の身体能力には限度というものがあるんです……!」
「自分で自分の可能性を狭めるのは感心しないぞ」
美香「そういう話はしてません! そもそも光秀さんは私を監視できればいいんでしょう?」
(おっと、ようやくそこに気づいたか。少しは賢くなってきたようだ。指南の効果が出ているようで何よりだな)
美香「素人の私に鉄砲の扱いや乗馬を教え込むのに、これほど労力をかける必要はないんじゃ……っ」
「必要はないが、お前をいじめるのが思いのほか楽しくてな」
慌てる美香に、光秀は笑顔でそう伝える。
用意しておいた誤魔化しの文句だけれど、あながち嘘でもない。
「まあ、そう力むな、馬が怯える。自分が行きたい方向をはっきり示せば自然と応えてくれる。しがみついたり、大声をあげたりすることもやめておけ。馬の嫌がることをしてはいけない。安心しろ。この栗毛はお前の数倍は賢い」
励ましを込め、こはるの肩を叩くと……
美香「無理なものは無理です! 自分の楽しみのために、人をいじめるのはやめてください……!」
美香は光秀の手を押しやり、振り返らずに駆け出した。
(まあ、そうなるだろうな。とはいえ……この俺から逃れようとは、百年早い)
美香「はぁ……はぁ……っ」
思った通りの場所で、逃げ出した小兎が胸に手を当てて呼吸を整えている。
あえて足音を立てて近づくと、美香は弾かれたように顔を上げた。
「まったく、手のかかる弟子だ」
美香「どうしてここに……!」
「先回りして逃げ道を塞いでおくのは、兵法の基本だろう? 戻るぞ。馬が待ちくたびれている」
美香「嫌です、私はここを動きません……っ」
「言うことを聞かない駄々っ子は、お仕置きあるのみだ」
美香「え? わ……!?」
(怖いと騒ぐほど恐怖は募るものだ。萎縮しきってしまう前に、身体を動かすに限る)
光秀は、片腕で美香を担ぎ上げ–––
馬の元へと連れて行き、鞍の上に無理やり乗せた。
「城を一周するまで戻って来なくていいぞ、美香___行け」
美香「きゃ……!?」
尻を叩かれた馬が、いなないて駆け出した。
美香は慌てて手綱を掴み、足を締める。
(……さて、次に進むか)
美香を乗せた馬は制御不能のまま、あっという間に安土の城門に近づいた。
美香「お願い、止まって……! 言うことを聞いて!」
美香が叫びながらたてがみにしがみつくと、馬は前脚を蹴り上げた。
美香の身体がぐらりと揺らぎ、次の瞬間–––
駆けつけた光秀の腕の中に落ちてきた。
「お前は本当に、俺の言うことを聞かないな。困った子だ」