ikemenserieslのブログ

イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【光秀】共通2話 後半

 

「お願い、止まって……! 言うことを聞いて!」

 

恐怖に駆られてたてがみにしがみつくと、馬は前脚を蹴り上げた。

 

(っ、落ちる……! 短い人生だった……)

 

覚悟を決めた私の身体は、石畳に打ち付けられ–––

は、しなかった。

 

(あれ……?)

 

力強い両腕が、私を抱きとめてくれている。

 

光秀「お前は本当に、俺の言うことを聞かないな。困った子だ。それでこそ、いじめがいがある」

 

(光秀さん……!?)

 

瞬きを繰り返して、見慣れた意地悪な笑顔が幻じゃないことを確かめる。

肩越しに、光秀さんが乗ってきたらしい白銀のたてがみを持つ馬が見えた。

 

「追いかけてきてたんですか……?」

 

光秀「お前が馬を困らせていないか心配だったんでな」

 

光秀さんはそう言いながら、私をふわりと地面に降ろした。

 

光秀「さて、馬に謝れ、美香。振り落としたくなるほど、お前は嫌がることをしたんだからな」

 

(そういえば……事前に教わったっけ)

 

ーーーーーーーー

 

光秀「まあ、そう力むな、馬が怯える。自分が行きたい方向をはっきり示せば自然と応えてくれる。しがみついたり、大声をあげたりすることもやめておけ。馬の嫌がることをしてはいけない」

 

ーーーーーーーー

ブルル……と息を荒くしている馬に向き直る。

 

(見ず知らずの私に乗られて、この子も怯えてたんだ)

 

「ごめんね。怖かったね……」

 

いたわりを込め、馬の背をそっと撫でてみる。

次第に呼吸は落ち着いていき、馬は濡れた黒目で、しっかりと私を見つめ返してくれた。

 

光秀「それでいい、よくできたな」

 

(正直、乗馬はやっぱり怖いけど……この子と仲違いしたまま終わるのは嫌だな)

 

「光秀さん。私、もう一度、この子に乗せてもらいたいです」

 

光秀「好きにしろ」

 

介助してもらい、再び馬の背に乗る。

大ピンチを味わって感覚が麻痺したのか、高さにひるむことはもうなかった。

 

「改めてよろしくね。よし、行こう」

 

軽くお腹を蹴って合図すると、馬はゆっくりと歩き出した。

 

(やった……!)

 

「光秀さん、見てください! 私、やりました! ちゃんと乗れましたよ!」

 

光秀「そうだな」

 

光秀さんが笑みをこぼすのを見て、ふと我に返る。

 

(あ……、この程度ではしゃいで、子どもっぽいと思われたかな)

 

「……おかしいなら、思い切り笑ってもらって構いません」

 

光秀「ん……?」

 

「光秀さんにしてみれば、馬に乗ってちょっと歩くくらい、出来て当然のことでしょうから」

 

光秀「他の誰がどうでも、お前は、お前にできなかったことがひとつ、できるようになったんだろう? なら、素直に喜べ」

 

「でも、まだこの子と走ったりはできないですし……」

 

光秀「できないことの数はお前の伸びしろだ。気に病む暇があったら鍛錬すればいいだけのことだろう」

 

「言われてみれば……そうですね」

 

(私の出来がどんなに悪くても、見放したりはしないんだな、この人は)

 

光秀さんの指南は無茶ぶりの連続だ。

でも……座学はついていくのがやっとの難易度だけれど、つまづいた箇所はわかるまで何度も教えてくれる。

護身術や武器の扱い、火縄銃の撃ち方を習う時は、極度の緊張を強いられる分、大怪我をするような危険な事態は一度も起きていない。今だってそうだ。

 

(光秀さんって案外、親切な人なのかも……?)

 

???「光秀様! ここにいらっしゃいましたか」

 

(ん……?)

 

光秀「どうした、九兵衛」

 

やってきた光秀さんの家臣が、膝をついて頭を下げる。

 

九兵衛「信長様がお呼びです。至急、天主へ来るようにと」

 

光秀「わかった。–––美香、馬は自分で厩へ帰しておけ」

 

「えっ、つまり……介助なしにこの子と城まで戻れってことですか!? もう少し教えてください! 用事が終わるまでここで待ってますから」


光秀「健気なことを言う弟子だな。だが、信長様のご用がいつ終わるかわからない以上、お前を待たせるつもりはない。九兵衛、美香がきちんと馬を連れ帰れたか見届けろ」

 

九兵衛「はっ」

 

光秀「美香、やり遂げられたら明日は一日休みをやる。せいぜい頑張れ。馬に振り落とされたその時は、そこにいる九兵衛に慰めてもらえ」

 

(そんな……!)

 

こちらも見ずに手をひらりと振り、光秀さんは行ってしまった。

 

(前言撤回、全然親切じゃない!)

 

九兵衛「美香様、私でよければ乗馬の訓練にお付き合いいたしますよ」

 

「本当ですか? 助かります!」

 

九兵衛「お気になさらず。さっきのお言葉は、そういう意味でしょうから」

 

「え……?」

 

九兵衛「なんでもありません。では、さっそく訓練の続きを。少しでも速度を上げられるようになってください。今の歩調では厩舎に戻る前に日が暮れます」

 

「は、はい」

 

(さすがは光秀さんの家臣。口調はマイルドだけど手厳しい……。でも、ひとまずは私、馬に乗って歩けるようになったんだ)

 

非力な自分にも、この時代で新しくできるようになったことがある–––

嬉しさがこみ上げて、馬とともに歩む一歩一歩が誇らしく思えた。

…………

 

(いたたたた……。調子に乗って張り切りすぎた)

 

日が暮れるまで九兵衛さんに乗馬訓練に付き合ってもらった結果、すっかり筋肉痛になってしまった。

 

(いたたたた……。調子に乗って張り切りすぎた)

 

日が暮れるまで九兵衛さんに乗馬訓練に付き合ってもらった結果、すっかり筋肉痛になってしまった。

 

(体力は使い果たしたけど清々しい気分……。身体を動かすのって大事だ)

 

そう思いながらストレッチを始めた時、襖の向こうから声がかかった。

 

秀吉「美香、少しいいか?」

 

(秀吉さん……?)

 

部屋に招き入れると、秀吉さんは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

秀吉「悪いな、最近お前に構ってやれてなくて」

 

「そんなことないよ、この前三成くんにお茶を預けてくれたじゃない。あの時はありがとう」

 

秀吉「どういたしまして。そんなことより……光秀に困らされてることはないか? いびられたり、ひどい目に遭ったりしてないか?」

 

(心配して、光秀さんがいない時間に様子を見に来てくれてたのか)

 

「指導はとっても厳しいけど、いまのところ命に別状はないよ」

 

秀吉「今の言葉で、あいつがどれだけお前に無茶させてるかだいたいわかった」

 

「心配しないで、秀吉さん。どうにか光秀さんを見返すことができるように頑張るつもり」

 

秀吉「そうか、美香は偉いな」

 

秀吉さんは目元をほころばせ、私の頭をぽんっと撫でた。

 

秀吉「何かあればすぐ俺に言えよ。力づくでもあいつをお前から引き離すからな」

 

(あ、目が笑ってない……)

 

「秀吉さんは、光秀さんのことをあんまり信用してないんだね」

 

秀吉「……できることなら、信用したいんだけどな」

 

苦い薬を飲み込んだように、秀吉さんの唇が歪む。

 

秀吉「腹の底をさらせと何度言っても、のらりくらりとかわされる。本音を見せない人間を俺は信じられない。美香も油断するなよ。あいつには、秘密が多すぎる」

 

「秘密か……。私も、光秀さんが何を考えてるかわからないって思うことはよくあるかな。指南が始まって数日経つけど、光秀さんがどんな人なのか、いまいち掴めなくて」

 

秀吉「俺も同じだ。あいつがどんな人間で、どんな本音を隠してやがるか、一度、頭の中を覗いてみたいもんだ」

 

(長年一緒にいる秀吉さんでも、光秀さんのことは掴めないんだ)

 

霞がかかっている彼の本性を突き止めてみたい–––そんな好奇心が湧き上がってきた。

 

(そうだ! 光秀さんの印象や評判を、町の人たちにも聞いてみよう。一般人の私と感覚が近いだろうし、城の中にいたんじゃわからない情報を聞けるかも。明日は指南が休みで光秀さんの監視もないから、ちょうどいい)


翌日–––

 

私はお遣いで通い慣れた露天を訪ね、居合わせた同年代の女性たちにインタビューを開始した。

 

町娘1「光秀様のお人柄を知りたい……?」

 

「はい! 私は城で働いていて、光秀さんと接することが多いんですが、いまいち掴みどころがなくて」

 

町娘2「光秀様は……とにかく、いけないお方よ!」

 

町娘3「そうそう! 惚れれば地獄–––安土の女はみんなそう言ってるわ」

 

(地獄!? 開始早々で物騒なキーワードが飛び出したな)

 

町娘1「地位のある武将で、男前な上に物腰も柔らかくて、色気もあって……惹かれない女はいないわ。城下へ来れば私たち下々の者にも声をかけてくださるし、夢中になる子も少なくないけど……お慕いしてると伝えて、まともに取り合ってもらった話を、一度も聞かないの」

 

(え……)

 

町娘2「どんなに想いを捧げても、本心を少しも明かしてもらえないまま、はぐらかされるんですって。それでも、あんないい男、一度好いたら嫌いになれないに決まってるでしょう?」

 

「だから、『地獄』ですか……」

 

町娘3「すげなくされるとわかって身を焦がす子も多いのよ。あなたも気をつけてね」

 

別れ際、話を聞かせてくれた中のひとりが、切なげな笑みを浮かべていたのが印象に残った。

 

(『惚れれば地獄』……。とんでもないな、あの人)

 

そう言われる理由は、わからなくもない。

近づいたら危ないと勘が言っているのに、やけに気になる–––そういう妖しい引力が光秀さんにはある。

 

(まあ、私は絶対、好きになったりしないけど)

 

???「そこの娘、光秀殿のことを聞いて回っているのか?」

 

「はい、そうですが……?」

 

声をかけてきたのは、身なりのいい武士たちだ。

 

武士1「見ない顔だが、最近城で働き始めた女中か? あの見掛け倒しの優男っぷりにやられたクチだな」

 

武士2「見る目のない娘だ。あんな男の何がいいというんだ」

 

武士3「そうそう、あいつは狐の化身だぞ」

 

(狐の化身……?)

 

意味が飲み込めないでいる私を囲み、彼らは笑い声を上げた。

 

武士2「はは、暗躍がお得意の光秀殿に相応しい呼び名だ。信長様に歯向かう大名と通じているとの噂もある」

 

「そうなんですか……?」

 

聞き返しながら、さほど驚いていない自分に気づく。

 

(私の習った歴史だと、光秀さんは信長様を裏切った諜反人……。根拠のない話じゃないかもしれない)

 

武士3「信長様をいつ裏切ってもおかしくない。あれは義のない男に違いない」

 

(光秀さんに、義がない……?)

 

あざけるように発された言葉が、ふと引っかかった。

 

(油断ならない人だとは、私も思うけど……本当にそうかな)

 

武士1「知っているか、娘。光秀殿は元々、身分の低い牢人だったのだ。どうせ信長様に媚びへつらい汚い手を使って、今の地位にのし上がったに違いない」

 

「……そんなことは、ない思いますけど」

 

武士たち「なんだと……?」

 

武士たちの顔が強張るのがわかったけれど、言わずにいられない。

 

(イメージで語ってるこの人たちよりは、私の方がまだ、光秀さんのことを知ってると思う)

 

「光秀さんは、それはそれは意地悪な人ですが、頭の良さや強さは本物です。実力に身分は関係ないですし、信長様が光秀さんを重宝してるのは単に優秀だからじゃないですか?」

 

武士2「女中の分際で意見するとは生意気な……! わきまえんか!」

 

(っ……そんな理不尽な言い方はないんじゃないの?)

 

「自分の意見を言うのが、そんなに悪いことですか?」

 

武士3「愚弄しおって!」

 

顔を赤黒くした男のひとりが、腕を振り上げる。

 

(わ……!)

 

思わず腕で顔を覆うと–––

 

光秀「理で勝てないからといって手を上げるのは感心しないな。器の小ささが知れるぞ」

 

(光秀さん!?)

 

私の目の前で男の拳をガッチリ掴み、光秀さんが涼しげに笑う。

 

「どうして、ここに……」

 

光秀「指南は休みにすると言ったが、監視まで休むと言った覚えはない」

 

(じゃあ私、ずっと尾行されてたの!? 光秀さんのことを聞き込みしてたのもバレてる……!?)

 

武士1「み、光秀殿、先ほどの言葉は、その……っ」

光秀「俺は何も聞いていない。お前たちも、この娘とは何ごともなかった。そうだろう?」

 

武士2「は、はい!」

 

光秀「ならば、お互い忘れるとしよう。何、狐にでも化かされたと思えばいい」

 

光秀さんは低い声で囁き、掴んでいた拳をパッと放す。

 

武士3「!?」

 

勢い余って盛大に尻もちをついた武士は、目を白黒させた。

 

武士3「っ、失礼いたします……!」

 

先ほどまでの威勢はすっかり消え、武士たちはビクビクしながら退散した。

 

(助かった……)

 

光秀「美香。お前は臆病なわりに、存外無茶をするな」

 

「黙っていられなくて、つい……。庇ってくれてありがとうございます」

 

光秀「……それはこちらの台詞だ」

 

「……? 今、なんて……」

 

光秀「なんでもない。–––それより」

 

(っ、そうだ、安心してる場合じゃない。勝手に光秀さんの情報を聞き込みしたこと、怒ってるはず……)

 

「あの、光秀さん、私……!」

 

光秀「のどが渇かないか、美香?」

 

「え……?」

 

光秀「茶を二杯と、この娘に適当に甘味を見繕ってやってくれ」

 

店主「はい、毎度」

 

(気が重い……。何て言ってお詫びしよう)

 

光秀「さて美香。貴重な休日に、ずいぶんと面白い真似をしていたようだな」

 

「……っ、すみませんでした! 私が全面的に悪かったです!」

 

光秀「ん……?」

 

「あなたがどんな人かいまいち掴めないから、色んな人の意見を聞きたかったんです。いい気持ちはしないですよね。本当にごめんなさい、もうしません!」

 

光秀「まったく……お前は馬鹿のつく正直者だな」

声をあげて光秀さんが笑い出す。

 

(あれ、怒ってないの……?)

 

キョトンとしている間に、お茶と、果物がたっぷり載った皿が運ばれてくる。

 

光秀「叱られた子犬のような顔をするのはそれくらいにして、水菓子でも食べろ、美香」

 

「てっきり、これからお説教が始まるのかと思ってました……」

 

光秀「秀吉じゃあるまいし、小娘に説教を垂れる趣味はない。ここ数日、俺のしごきに耐えてきたことへの褒美だと思えばいい」

 

「そのために私をお茶に……?」

 

光秀「あとは、まあ……先刻の礼だ」

 

「礼? 何のことですか?」

 

光秀「わからないならいい」

 

茶碗を傾ける光秀さんの横顔は、どことなく愉快そうだ。

 

(理由はわからないけど、ご機嫌みたい。何か教えてもらうわけじゃなく、光秀さんとただのんびり過ごすなんて、変な感じ……)

 

「あ、このお茶……美味しいですね」

 

光秀「まあ、たしかに茶の味がするな」

 

(妙な返答……。まあいいか)

 

「光秀さんも、果物、一緒に食べませんか?」

 

光秀「腹はさほど減っていない」

 

「甘い物はお腹を満たすためだけに食べるわけじゃないですよ」

 

光秀「そうらしいな」

 

(なんだか会話が噛み合わないな。あ! この梨、すごく美味しい……!)

 

しゃく、と歯ざわりのよい果肉は、噛み崩すと甘い果汁をたっぷりと溢れさせた。

口の中がうるおい、飲み込んだあとは爽やかな酸味が舌先に残る。

 

「あの、やっぱりひと切れ食べてみませんか? 味わって損はないですよ、これ!」

 

光秀「生憎、食い物の味に興味がなくてな。腹がふくれればそれでいい」

 

「その考え方、どうかと思いますよ……? 美味しいものを食べて幸せを感じること、光秀さんにはありませんか?」

 

光秀「ついぞ、ないな」

 

(嘘……? どんな食生活を送ってきたんだろう)

 

「甘い物を食べると、いい息抜きになると思うんですが……」

 

光秀「俺のことは気にせず、存分に息抜きしろ」

 

(食に興味がないんだな……)

 

これ以上梨を勧めるのは諦めて、自分で平らげることにする。

 

(ん……?)

 

光秀さんは茶碗を机に置くと、さりげなく頬杖をついた。

それがまた様になっていて、一瞬で店内の女性の視線を独占している。

私も目が吸い寄せられそうになったけれど、光秀さんと正面から目が合って、急いで顔を背けた。

 

(こっちをじっと見てる……)

 

「あの……食べにくいです、光秀さん」

 

光秀「そうだろうな」

 

(新手の嫌がらせ? やけに楽しそう……)

 

「もしかして、果物、食べたくなってきました?」

 

光秀「いいや? 全然。自分で食べるより、美味そうに食べるお前を見ている方が、いい息抜きになる」

 

(何それ……)

 

頬がじりじりと熱を持つ。

一心に注がれる眼差しが妙に優しげで落ち着かない。

 

(何を考えてるのか、ほんとに謎だ)

 

光秀さんの読めない心に気を取られ、残りの果物は、全然味がしなかった。