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イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【光秀】共通3話 前半

 

茶屋を出ると、西日が安土の町を染め上げていた。

 

(あれ、もうそんな時間?)

 

光秀「案外、長居していたようだな」

 

「そうですね……」

 

(楽しくて、時間が経つのがあっという間だった。我ながら意外……。はじめの頃は見かけるたびに避けてたくらい、この人が苦手だったのに)

 

今日は乱暴されそうになったところを助けてくれた上、日頃の頑張りの褒美だと甘味をご馳走してくれた。

光秀さんの情報を聞いて回っていたことについては、一笑しただけでお咎めなし。

 

(光秀さんってやっぱり……結構、いい人なのかもしれない)

 

シャープな横顔の輪郭を盗み見ていると、

 

光秀「そんなに見つめてどうかしたか? 頬が赤いぞ」

 

薄い唇が弧を描き、形のいい指先が伸びてきて私の顎を持ち上げた。

 

(……!?)

 

光秀「もしや、俺に惚れたか?」

 

「!? な、何を言って……っ」

 

光秀「そういうことなら、ご褒美は甘味より口づけの方がよかったか」

 

唇を、冷たい親指の腹がなぞる。

 

「っ……、ふざけてそういうことするの、よくないですよ!」

 

光秀「おっと」

 

光秀さんの手を振り払い、早足に歩き出す。

触れられた瞬間、ぞくりと肌が震えたことに、気づかれていないといいのだけれど。

 

光秀「美香、そう怒るな。ちょっとした冗談だろう?」

 

「冗談だから怒ってるんです!」

 

光秀「ほう、本気ならいいのか?」

 

光秀さんはさっき私に触れた親指で、弧を描く自分の唇をなぞってみせる。

 

「っ……光秀さん、そういうところですよ……!?」

 

(ほんとにこの人、油断できない……!)

 

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町娘2「光秀様は……とにかく、いけないお方よ!」

町娘3「そうそう! 惚れれば地獄–––安土の女はみんなそう言ってるわ」

ーーーーーーーー

 

(あの子たちの言葉の意味が、改めてよーくわかった。人をからかって動揺させておいて、自分は涼しい顔で少しも本心を見せないんだから)

 

むっとしながら目を向けると、夕陽に照らされる笑顔が見えた。

 

光秀「まあ、そうぷりぷりするな。機嫌を直せ」

 

「あくまで反省する気はないんですね」

 

光秀「ないな、まったく」

 

光秀さんはいつになく楽しそうで、細めた瞳が優しくて–––不本意にも怒りを解かれてしまう。

 

(悔しいなぁ。いつだって、からかわれてばっかりなのに……この人と過ごす時間が嫌いじゃない)

 

九兵衛「光秀様、お待ちしておりました!」

 

光秀「ん……?」

 

(九兵衛さんだ。血相を変えてどうしたんだろう)

 

九兵衛「お耳を」

 

光秀「…………」

 

腕組みして九兵衛さんの話に耳を傾けるうちに、光秀さんから笑みが消えた。

 

光秀「美香、見送りはここまでだ。寄り道せずにまっすぐ帰れよ」

 

「何かあったんですか?」

 

光秀「たいしたことじゃない。小娘は気にするな。明日に備え座学の復習に励むように。いいな?」

 

「はい……」

 

別れ際、光秀さんが私の頭をひと撫でしたのが、ほんの数秒いつもより長かった気がした。

…………


部屋に戻り書物を開いても、文字が視界を滑っていく。

あの人がいない座学の時間は、少しつまらない。

 

(光秀さんのこと、今では嫌いじゃない。だから)

 

裏切りの噂は事実無根だといい–––そう期待してしまう。

 

(光秀さんは意地悪で、考えてることがさっぱり読めない。だけど……いい人なんじゃないのかな。そうだと、いいな)

 

美香が深く息をつき、姿勢を正して書物に向き直った時、

 

光秀は九兵衛とともに、安土城の最奥にある牢へと足を踏み入れていた。

 

九兵衛「光秀様、あの者です」

 

光秀「–––客人をお待たせしてすまなかったな」

 

囚人「……っ、お前は……明智光秀!」

 

光秀「これからいくつか『質問』をさせてもらう。よろしく頼むぞ?」

 

囚人「はっ……、やれるものならやってみるがいい、化け狐め! 殺されても口は割らんぞ!」

 

光秀「何、命まで取る気はないさ。『いっそ殺してくれ』とお前が泣いて懇願しようとな」

 

囚人「ひ…………っ」

 

(そろそろ来る頃かな。今日は復習も予習もバッチリだ)

 

その朝、私はいつものように準備を済ませ光秀さんを待っていた。

 

けれど、襖から顔を出したのは三成くんだった。

 

三成「美香様、突然のことで恐縮ですが、広間へお越しください」

 

「何かあったの……?」

 

三成「信長様がお呼びです。本能寺で信長様を襲った首謀者の名が、判明いたしました」

 

(え!?)

 

信長「–––遅い」

 

「っ、失礼しました!」

 

安土城の広間は、物々しい空気で満ちている。

 

家康「光秀さん、さっさと話の続きを聞かせてくれませんか」

 

光秀「あの夜の調査にあたらせていた家臣が、首謀者の手の者を一名捕らえた。本能寺にて信長様のお命を狙った者の名は……元・本願寺法主顕如

 

(顕如……? どこかで名前を聞いたような……)

 

記憶の糸をたどると、顔を斜めに走る傷痕が、脳裏に生々しくよみがえった。

 

ーーーーーーーー

 

顕如「私は顕如申す旅の僧だ。困ったことがあるなら相談に乗ろう」

 

「い、いえ…気持ちだけで十分です」

 

顕如「早く家へ帰るといい、お嬢さん。夜の森は鬼がうろついているからな」

 

ーーーーーーーー

(あの時すれ違ったお坊さんが、本能寺の変を起こした張本人……!?)

 

政宗「信長様に寺を廃絶に追い込まれた坊主の復讐ってわけか。なるほどな」

 

家康「まあ、あそこは寺とは名ばかりの要塞でしたけど」

 

秀吉「たしかな情報なんだろうな、光秀」

 

光秀「捕らえた男の身元は調べた。間違いなく石山本願寺にいた僧のひとりだ。本人の口からも、確かめてある」

 

秀吉「…………」

 

光秀「お望みとあれば、経緯を詳しく聞かせようか?」

 

秀吉「やめろ、胸糞悪くなる」

 

(……? どういう意味だろう)

 

家康「頭の痛い話ですね。越後との戦がこれからって時に」

 

信長「春日山の動きは」

 

秀吉「国境を挟み、にらみ合いが続いています。顕如の手勢がどれほどの数かわかりませんが、手を組まれて挟撃でもされたら厄介です」

 

三成「いかがいたしましょう、信長様」

 

信長「謙信信玄の前進を阻むため、今以上に兵力を割く。顕如の動きを奴らに悟らせるな。顕如の方は深追いせず、出方を見る。どちらも、敵の忍耐が切れ討って出てきたところを、叩き潰す」

 

秀吉・三成「はっ」

 

(信長様の敵は、越後だけじゃないのか。圧倒的な権力者だからこそ、その分、敵も多いんだ……)

 

蘭丸「…………」

 

光秀「どうした蘭丸? 顔色がよくないが」

 

蘭丸「……ご心配ありがと、光秀様。敵がどんどん増えるから、ちょっと怖くなっちゃってさ」

 

光秀「ほう、そうか」

 

(蘭丸くん、震えてる……)

 

隣に座る蘭丸くんに、私は小声で呼びかけた。

 

「私も同じだよ、蘭丸くん。こんな事態、武将のみんなみたいには、冷静に受け止められないよね……」

 

蘭丸「……だね。冷静に、なんて……無理だよね、そんなの」

 

信長「光秀、貴様は引き続き顕如の動向を追え」

 

光秀「御意のままに」

 

(『引き続き』ってことは……あの夜からずっと光秀さんは、本能寺の件の調査を続けてたの?)

 

小石を投じられたように、心の波紋が広がっていく。

 

(私の指南役をしながら、織田軍の左腕としての任務もこなしてたんだ。忙しい合間を縫って、わざわざ私のために時間を作ってくれてたのか……)

 

逃亡を阻止するために監視する。それが、光秀さんが私の指南役になると申し出た理由だ。けれど–––

 

(忙しいなら、私の監視は部下に任せることだってできたはずだ。なのに、どうして……? まさかとは思うけど……『私を監視する』って言葉は嘘なんじゃ……? 光秀さんの本当の目的は、乱世を生き延びる術を、私に教え込むことだったりして……)

 

涼し気な横顔を盗み見るけれど、何も読み取れない。

 

(光秀さんが意地悪なのは表向きだけで、本当はすごくいい人だったら……)

 

その可能性は、なぜか私の胸を浮き立たせた。

 

(でも、確信できるだけの根拠はない。秀吉さんの言う通りだ。光秀さんには、秘密が多すぎる)


軍議が終わり廊下に出ると、光秀さんがさりげなく私の隣に並んだ。

 

光秀「というわけで今日の座学は中止だ。残念ながら、当分はお前で遊ぶ機会が削られそうだな」

 

「私『で』遊ぶって……、他に言い方はないんですか」

 

光秀「よしよし、寂しくて気が立つのもわかる。俺もお前に会えなくて寂しいぞ」

 

(この人は……っ)

 

「『寂しい』なんて、冗談でポンポン口にしちゃ駄目です!」

 

光秀「どうしてだ?」

 

「本当に光秀さんが寂しい時に、気づけないじゃないですか」


光秀「…………」

 

(あれ? 私、なんか変なこと口走ったような……)

 

「っ、とにかく、嘘ばっかりついてると大事な時に信じてもらえませんよってことです。私は少しも寂しくないですし、心置きなく仕事に専念してください」

 

光秀「わかった。–––また近々、顔を出す」

 

いつものように、彼の手のひらが私の頭にかざされる。

 

(……っ)

 

触れ合う予感だけで肌がざわめき、とっさに一歩あとずさった。

 

光秀「おやおや、ご機嫌ななめだな」

 

「別に普通です。それじゃ……!」

 

後ろから追いかけてくる笑い声が、今日はなぜかこそばゆい。

 

(一緒にいると、いつだって光秀さんのペースだ……)

 

手のひらでコロコロ転がされるのに慣れてきた、なんて……悔しいから、認めたくなかった。

 

–––数日後。越後、春日山城

 

謙信「信長の手勢が倍に増えただと……?」

 

佐助「討って出る様子はないので、こちらを威嚇して士気を奪うのが目的だと思われます」

 

謙信「なめられたものだな。数で圧倒すれば俺が臆するとでも思ったか。–––己の敵が何者か、信長に思い知らせてやらねばな」

 

信玄「落ち着け、謙信。これが罠だってことくらいお前もわかってるだろう」

 

謙信「…………」

 

幸村「信長は俺たちがしびれを切らして突っ込んでくるのを誘ってるわけですか。くそ、姑息な真似しやがって……!」

 

信玄「待てば甘露の日和あり。この戦、気長に構えるしかなさそうだ」

 

幸村「だけど、それじゃ信玄様は……!」

 

信玄「–––いくらでも待ってみせるさ。信長を倒すまではな。俺を信じてくれるな? 幸」

 

幸村「っ……わかりました。それが主の望みなら」

 

信玄「義元、お前も自分のところの家臣たちをなだめておいてくれ」

 

義元「そうだね……。大事な用事があるから、それが済んだら話しておくよ」

 

幸村「戦の伝達事項より大事な用事ってなんだよ」

 

義元「踊り子たちを部屋に呼んであるんだ。舞う様子を絵師に描かせようと思ってね」

 

幸村「あとにしろ! ったく、相変わらずただれた生活してんな……」

 

謙信「おい佐助、憂さ晴らしに一戦付き合え」

 

佐助「遠慮しておきます。ちょっと出掛ける用事があるので」

 

謙信「待て、逃げるな佐助!」

 

幸村「謙信様、そのへんにしといてください。佐助、今のうちに行け」

 

佐助「グッジョブ幸村」

 

謙信「珍妙な言葉で煙にまいたつもりか? 逃がさんぞ」

 

幸村「刀を抜かないでください、 謙信様! 義元、ニコニコして見守ってねーでお前も手伝え!」

 

義元「俺はほら、刀を振るより見る派だから」

 

信玄「やれやれ、いつもの大騒ぎが始まったか」

 

義元「ふふ、最近は俺もすっかり慣れたよ。ここは本当に居心地がいいね。いつまでもこの日々が続いてほしいと願ってしまいそうになるくらい」

 

信玄「義元……?」

 

義元「……何でもないよ」

 

…………

 

今川家の家臣「しばらく織田軍の動きを静観するですと……!?」

 

義元「そう。言っておくけど、これは決定。騒いでもくつがえることはないよ」

 

今川家の家臣「もう我慢がなりません……! 我らが今川家は、つくべき相手を誤ったのだ!」

 

義元「どういう意味……?」

 

今川家の家臣「義元様、今こそあなたに会ってもらわねばならないお方がおります。そのお方こそ、謙信殿や信玄殿よりも、我らが今川家が与するに相応しい相手です!」

 

義元「俺は春日山を動くつもりはないよ」

 

今川家の家臣「あなたがそのおつもりならば、我らだけでここを出ていくまで!」

 

今川家の家臣「そうだ! 今川の名を再び世に知らしめるのだ!」

 

義元「……はぁ。勝手にしてくれ、と言いたいところだけど……仕方ないね。……会うだけ会ってみようか」

 

今川家の家臣「ふん、はじめからそう仰ればいいのです。今夜にも春日山を発ちます。言っておきますが……我々は戻るつもりなどありませんので」

 

家臣たちが去ると、義元の瞳に浮かぶ憂いが濃くなった。

 

義元「『今川家が与するに相応しい相手』ね……。嫌な予感しかしないけど、選択肢はないな。俺には……今川家の最期を見届ける義務がある」

 

(今日は会えるかな……)

 

廊下の掃除をしながら、ため息を噛み殺す。

光秀さんを見かけなくなって、もう三日が経つ。

 

(『近々顔を出す』って言ったのに。私が逃げ出したらどうするつもりなんだろう)

 

会えない間も、書物を読み、九兵衛さんに付き合ってもらい乗馬や体術の訓練を続けているけれど……

 

(何かが足りない感じが、ずっと続いてる……。きっと、クセの強い人と一緒に過ごす時間が長かったせいだ。……寂しいとか、そんなんじゃない)

 

???「……! お前は、あの時の……」

 

(ん?)

 

通りかかった武士が、こっちを見ながら後ずさりして、壁に背中を派手にぶつけた。

 

「あ! あなたはこの前、町で光秀さんをけなしてた人……!」

 

武士「ひ、人聞きの悪いことを言うな!」

 

彼は辺りをキョロキョロ見回し、他に人がいないことを確かめてから、にたりと笑ってみせた。

 

武士「お前はずいぶんあの方に肩入れしているらしいが……どうせ本性を知らないんだろう。光秀殿はずる賢いだけでなく、残酷な方だ」

 

(残酷……?)

 

武士「聞かせてやろう。つい先日、光秀殿の手に落ちた顕如の手先が、どうなったか……」

 

…………

 

(まさか、そんな……)

 

武士が去ったあとも、私はその場を動けずにいた。

 

政宗「廊下の真ん中に突っ立って何してる、美香」

 

政宗……」

 

(政宗なら、事実を知ってるかも……)

 

「よくない噂を聞いたの。光秀さんの家臣が捕らえた顕如の手先のことで……」

 

政宗「…………」

 

「首謀者を聞き出すために、光秀さんが、その……ひどい拷問をしたって……」

 

政宗「それは、事実だ」