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イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【光秀】共通1話前半

(うーん……)

 

起き抜けに伸びをひとつして、私は障子を開け放った。

のどかな鳥の鳴き声、ビルにも電線にも邪魔されず広がる空、清らかすぎるほど清らかな空気–––

 

(朝が来るたび思い知らされるな。ここは戦国時代だって)

 

タイムスリップし、安土城で暮らし始めて数日が経つ。

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「お世話になります、皆さん」

 

信長「可愛がってやる、美香」

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信長様の命令で、織田軍に勝利をもたらす験担ぎのお守り兼世話役になったものの、今のところ何の仕事ももらえていない。

 

(よし、今日こそは!)

 

身支度を済ませ、気合を入れて廊下へ出る。

 

(何でもいいから仕事をもらおう! このままニートを続けてたら現代で社会復帰できなくなりそう)

 

女中さんに声をかけようとキョロキョロしていると、険しい顔で近づいてくる人影が見えた。

 

秀吉「こら、美香。なんだその珍妙な髪型は」

 

(っ、今日もはじまった、秀吉さんのファッションチェック……!)

 

「変かな……? 私のいた時代……じゃなくて、私のいた国では、よくある髪型なんだけど」

 

秀吉「よそはよそ、安土は安土だ。お前は織田家ゆかりの姫ってことになってるんだから、ふさわしい装いをするように」

 

「……気をつけます」

 

(気合を入れようと思ってポンパドールにしてみたんだけど、NGか……。乱世はつらいよ)

 

昨日はカバンに入れていたシュシュでお団子にしたところ『頭に鞠をつけるとは何ごとだ』と注意された。

 

(秀吉さんって生活指導の先生みたい……。とはいえ、ちょうどよかった)

 

「あの、そろそろ世話役として何か仕事をもらえないかな?」

 

秀吉「当面のお前の仕事は『余計なことを何もしないこと』だ。勝手に城内を動き回られちゃ困る。俺は、お前を味方だと認めたわけじゃないからな」

 

(っ……私だって、好きでこの城にいるわけじゃないのに)

 

厳しい視線に負けたくなくて、せめて目を逸らさずにいると–––

 

光秀「朝から小娘の世話焼きとは、物好きなことだな、秀吉」

(……! 光秀さん)

 

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光秀「そんなに強く握ったら怪我をするぞ」

 

「な、何するんですか…!?」

 

光秀「緊張を解いてやろうと思ってな」

 

「逆効果です…!」

 

光秀「それは失礼」

 

ーーーーーーーー

 

(この人の前で油断は禁物だ……!)

 

たわむれにキスされた手の甲がかすかに疼き、思わず身構える。

 

秀吉「好きで世話を焼いてるわけじゃない。そんなことより……どうして昨日は軍議に顔を出さなかった、光秀」

 

光秀「何、野暮用でな」

 

秀吉「信長様の招集よりも大事な用だって言うのか? どこへ行ってた?」

 

光秀「それを聞けば野暮になるから『野暮用』と言うんだ」

 

秀吉「お前……っ」

 

ピク、と眉が動いたかと思うと、秀吉さんは光秀さんの胸ぐらを掴み上げた。

 

「ちょ、ちょっと、秀吉さん……!? 落ち着いて!」

 

私の制止なんて聞こえていないかのように、秀吉さんは光秀さんを睨みつけている。

 

光秀さんは動じもせずに、黙って秀吉さんに冷ややかな視線を返す。

 

(初めて会った時も感じたけど、このふたり、相性最悪なんじゃ……! たしか史実でも……)

 

明智光秀織田信長を裏切り本能寺の変を起こした張本人、豊臣秀吉は主君の仇討ちを果たした人だ。

 

(喧嘩を止めないと大変なことに……!)

 

蘭丸「待って、お願い!」

 

光秀・秀吉「!?」

 

(今度は何!?)

 

ひとりの武士が刀を抜き放つのが視界の端に映った直後、見知らぬ男の子が転がるように走ってきて、私の背中にサッと隠れた。

 

蘭丸「お姉さん、助けて!」

 

(この子、誰……!?)

 

光秀「これはこれは……まさかのご帰還だな」

 

秀吉「蘭丸、無事だったのか……!?」

 

(蘭丸って……もしかして、あの森蘭丸!?)

 

震えている男の子を、肩越しに二度見してしまう。

 

織田信長の小姓で美少年と名高い森蘭丸は、本能寺の変で主と運命をともにしました。』

 

イケメン武将トラベルガイドに、そんな一文が載っていた。

 

(本当に顔がいい……って、見惚れてる場合じゃない!)

 

家臣「美香様、おどきください。不届き者を庇い立てしてはなりません!」

 

「いえ、庇ってるわけでは……っ」

 

(突然盾にされただけなんですが……!)

 

家臣「こやつは火の手の上がった本能寺で信長様を見捨てて逃げた裏切り者! 死して償え、蘭丸!」

 

(死……!?)

 

 

蘭丸「殺すのは待って! せめて信長様にひと目会わせて! 謝らせて……!」

 

悲痛な声を耳にした瞬間、私はとっさに両手を広げていた。

 

「刀をおさめてください……!」

 

蘭丸・秀吉「!?」

 

光秀「美香……?」

 

(乱世には乱世のしきたりがあるんだろうけど、でも……っ)

 

「後悔して戻ってきた人を斬り捨てるなんて、あんまりです! 仲間が生きて帰ってきたことを、どうして喜んであげないんですか?」

 

家臣「高貴なご身分のお姫様にはおわかりにならんでしょうが、男が一度武士になったからには……」

 

「人の命に、身分も職業も性別も関係ないです!」

 

秀吉「美香、お前……」

 

光秀「……っ、くくく、ははは!」

 

(な、何? 今、笑うところあった……?)

 

秀吉「刀をおさめてくれ。美香に免じてな」

 

家臣「し、しかし!」

 

秀吉「処遇をお決めになるのは信長様だ。それまで、蘭丸の身柄は俺が預かる」

 

家臣「……はっ」

 

憮然とした様子で家臣が去ると、身体のこわばりが一気に解けた。

 

(よかった……!)

 

蘭丸「お姉さん、ありがとう! ほんとのほんとに、ありがとう……!」

 

「ううん、私は何も。お礼なら秀吉さんに……」

 

秀吉「俺からも礼を言う、美香。それから詫びもだ」

 

「え……?」

 

秀吉「蘭丸を庇ってくれて助かった。俺はお前って人間を誤解してた。すまなかった」

 

私を真っすぐに見据えたあと、秀吉さんは深々と頭を下げた。

 

「や、やめて、秀吉さん……! どうか顔を上げて」

 

(びっくりした。あんなに私を警戒してたのに、ためらいもなく謝ってくれるなんて……)

 

「私も秀吉さんのことを怖い人だと誤解してたよ。よかったら、これからは仲良くしてください」

 

秀吉「こら、俺の台詞を取るんじゃない」

 

くしゃっと頭を撫でられながら、数日間のわだかまりが消えていく。

 

秀吉「あとで改めて礼をさせてくれ。蘭丸、信長様の元へ行くぞ」

 

蘭丸「うん……。ええっと、美香様って言ったっけ。このご恩、絶対ぜったい忘れないから!」

 

「気にしないで、蘭丸くん」

 

光秀「–––命拾いしたな、蘭丸。ひとまずは、だが」

 

蘭丸「…………」

 

蘭丸くんは無言で背を向けると、秀吉さんに連れられ、信長様のいる天主へと去っていく。

 

後ろ姿を見送りながら、祈らずにいられなかった。

 

(どうか信長様に許してもらえますように……)

 

光秀「祈っても意味などないぞ、美香」

 

「え……?」

 

光秀「蘭丸の無事を願うなら、信長様に嘆願の文でもしたためたらどうだ? 効力があるかどうかは別だがな」

 

「あの、どうして私がお祈りしてるってわかったんですか……?」

 

光秀「覚(さとり)というあやかしを知っているか? 人の心を読むことのできる鬼の一種だ」

 

(あやかし……鬼……!? 急に何を言い出すの? 何かの冗談に決まってる……)

 

光秀「冗談を言っている顔に見えるか?」

 

(また考えを読まれた! まさか本当に……っ)

 

光秀「そう怯えるな。取って食いやしない」

 

頬に触れられ、はっと息を呑む。

 

いつの間にか自分が震えていることに気がついた。

 

「う、嘘です! いくら乱世でも妖怪が存在するわけが……っ」

 

光秀「ああ、嘘だ」

 

(……え!?)

 

私から手を離すと、光秀さんは涼しい顔で微笑んだ。

 

光秀「お前は今どき感心なほどにお人好しだな。こうも人をあっさり信じるとは、よほど清い心の持ち主らしい」

 

(それって……)

 

「今の……私のことけなしてますよね?」

 

光秀「よく気づいたな、褒めてやろう」

 

言葉を返せないでいる私の頭を、形の良い手が、あやすようにひと撫でする。

 

(何なのこの人……!)

 

「人をからかわないでください、失礼します!」

 

にやにや笑いから逃げるようにして、光秀さんに背を向ける。

早足で部屋に戻るまでずっと、鈴を転がすような笑い声が後ろから追いかけてくるような気がした。

 

…………


美香を見送ったあと、光秀の笑みに苦いものが混ざった。

 

光秀「本当に、まれに見る純粋無垢な娘だ。あれほど無防備に他人に心を許すとはな」

 

目をつむり、秀吉や蘭丸に向けたこはるの和やかな笑顔を反芻する。

 

光秀「……思いもよらないんだろう。無垢とは時に愚かさの別名になると。この乱世では、さぞや生きにくいことだろう」

 

…………


数日後–––

 

三成「どうかお気をつけてくださいね、美香様」

 

家康「本当にひとりでお遣いなんてできるの、あんた」

 

「やっと任せてもらえた仕事だから、自分でやり遂げたいの。心配してくれてありがとう、家康」

 

家康「『心配してる』なんて一言も言ってないでしょ。迷子になられたら迷惑なだけ」

 

「気をつけるね。忠告をくれて助かるよ」

 

家康「……無駄に前向きだね、美香って」

 

三成「さすがは信長様に見初められたお方です!」

 

(そんなたいそうなものじゃないけど……)

 

蘭丸くんの一件以来、安土での暮らしは少し変わった。

秀吉さんは一度心を許した相手にはとても懐が深くて、何くれとなく世話を焼いてくれる。

織田軍に戻ることを許された蘭丸くんはちょくちょく部屋に遊びにきてくれ、今ではすっかり仲良しだ。

 

ふたりを介して、織田軍のほかの武将たちともよく話すようになった。

宴に呼んでもらったり、食事に誘われたりするうちに、みんなの人となりがだんだんわかってきた。

 

(心を開けば、見知らぬ人たちとも歩み寄れる、そういう部分は乱世も現代も変わらないんだ。……光秀さんだけは例外だけど)

 

あの人を見かけると、条件反射でつい逃げてしまう。

 

(考えを読まれるようなあの感じを味わうのは、できる限り遠慮したい……)

 

三成「美香様、どうかなさいましたか?」

 

「あ……ううん、なんでもない。それじゃ行ってきます!」


(秀吉さんと蘭丸くんに何度か案内してもらったから、出歩くのにも慣れてきたな)

 

覚えたての道をたどり、目的の反物屋さんにたどり着く。

 

(わぁ、いい色……。これにしよう!)

 

手を伸ばした時、布地の代わりに陶器のようになめらかな指先に触れた。

 

義元「あれ? 君は……」

 

「あなたは……」

ーーーーーーーー

 

義元「ねえ君、ちょっとこっちへおいで。そこにいると暗くてよく見えない。……うん、思った通り、綺麗だ」

 

ーーーーーーーー

 

(本能寺の変の夜、佐助くんたちと一緒にいた人……! たしか『義元』って呼ばれてたっけ)

 

義元「こんなところで再会するなんて、奇遇だね」

 

「あなたも安土にお住まいだったんですね」

 

義元「いや、俺はよそ者。物見遊山のついでに、伝令の仕事で来たんだ」

 

(物見遊山のついでに仕事?)

 

「逆じゃなくて、ですか?」

 

義元「逆じゃなくて、だよ。美しいものを見つけることは、仕事よりも何よりも大切な、俺の生きがいなんだ」

 

(優雅な考え方だなぁ……)

 

改めて見ると、たたずまいからして気品に溢れている人だ。

一挙手一投足が洗練されていて、いつのまにか道行く女性の視線を独り占めしている。

 

義元「君もこの反物が気に入ったの?」

 

「はい。染めが繊細で、鮮やかで……とても綺麗です」

 

義元「気が合うね。俺も、そう思っていたところ」

 

花びらが散る瞬間のような儚い笑みに、釘付けになった時……

 

佐助「義元さん、探しましたよ」

 

幸村「安土にまで来て女をたらしこんでんじゃねえよ、義元」

 

(あれっ?)

 

佐助「美香さん……?」

 

「佐助くん!? それに、あの時の……」

 

幸村「イノシシ女!?」

 

「っ、変なあだ名つけるのはやめてもらえる?」

 

佐助「幸村、この女性は美香さんだ。美香さん、こっちのふたりは幸村と義元さんと言って……俺の……なんというか……同僚だ」

 

(この人たちも忍者!? そうは見えないけど……)

 

幸村「で、美香。お前は佐助の何なんだよ?」

 

「ええっと……友だちだよ。出身が一緒なの。今は色々あって私は安土城で暮らしてるけど……」

 

幸村・義元「安土城で……?」

 

(あれ? 急に空気が凍ったような……)

 

佐助「美香さん、少し話せる? 幸村、俺はあとで合流するから先に行っててほしい」

 

幸村「訳ありみてえだな。お前の友だちなら悪いヤツってわけでもねーだろうけど。……行くぞ、義元」

 

義元「うん、反物を見たらね」

 

幸村「『見たらね』じゃねー! とっとと来い」

 

立ち去るふたりを、佐助くんは険しい表情を浮かべて見送った。

 

「佐助くん、あの……私、何かまずいこと言っちゃった?」

 

佐助「いや、君には何の落ち度もない。気にしないで。ちょうど君に会いに行こうと思ってた。伝えないとならないことがあるんだ。……耳を貸して」

 

「何……?」

 

佐助「–––早晩、織田軍は戦を始めることになる」

 

(戦!?)

 

佐助「詳しいことは今は話せない。君はとにかく、強い武将のそばを離れないようにして。頑丈な城の中が安全だとは限らない。織田軍の武将たちに守ってもらうんだ」

 

「わ、わかった。でも、どうして戦が始まるなんて情報を佐助くんが知ってるの……?」

 

佐助「今度きちんと説明する。……そばで君を守れなくてごめん。無事に生き延びて現代に帰ろう」

 

「……! 佐助くん!?」

 

(もういない。風みたいに消えちゃった……)

 

…………

 

幸村「それじゃ、いよいよ開戦なんだな」

 

義元「うん、残念ながら」

 

幸村「『残念』だと……? ふざけんな。俺やお館様たちにとっては、待ちわびたようやくの好機だ」

 

義元「……もちろん、それも理解してるよ」

 

幸村「相変わらず戦に興味がねーんだな、お前は。どうして伝令役を買って出たんだよ」

 

義元「名高い安土の城下町をひと目見てみたくてね。……いずれはここも、戦火に見舞われてしまうかもしれないから」

 

…………


(戦はいつ頃始まってしまうんだろう……)

 

市で買い込んだ品を各所に届けたあと、頭はそればかりで占められた。

廊下に差し込む西日は、眩しくてどこか香ばしい。

漂ってくる煮炊きの匂いが、夕餉が近いことを教えてくれる。

 

(気持ちいい夕暮れ……。戦が近いなんて全然実感がわかない)

 

政宗「–––美香、探したぞ」

 

政宗? その格好は……」

 

政宗「見ての通り、戦支度だ」

 

(……!)

 

政宗「来い、信長様がお呼びだ。お前も軍議に出席しろ」

 

「軍議に、私も……っ?」

 

政宗「お前は俺たちに幸運を呼び込む女なんだろ?」

 

有無を言わさず私の手首を掴み、政宗が歩き出す。

 

(政宗はここ数日、手料理を振る舞ってくれたり、何かと話しかけてくれたりしたから、初対面の怖い印象が薄れてきたところだった。でも……)

 

全身からゆらめきたつ覇気に気圧され、近くにいるのに遠く感じる。

 

「どうして……そんなに嬉しそうなの?」

 

政宗「嬉しいなんて言葉じゃ足りない。血が、沸き立ってる。武功を立ててのし上がる千載一遇の機会だ。–––龍虎退治が始まる」

 

(龍虎退治……?)