戦国【佐助】共通1話前半
「お世話になります、皆さん」
（三ヶ月間なんとしても切り抜けて、現代に帰ろう！）
意気込む私の顎を指先で持ち上げ、信長様がにやりと笑う。
信長「可愛がってやる、美香」
「け、結構です……っ」
慌てて後ろへ下がって信長様から離れる。
信長「ほう、逃げるとはいい度胸だ」
（普通は逃げるに決まってるよ！）
そう思うけれど、ホトトギスを殺す系の戦国武将を相手に、ツッコミを入れるわけにもいかない。
「っ……それで、世話役って何をすればいいんですか？」
信長「決まっている。いかなる時も俺の命令を待ち、俺に従え」
（何そのブラックな業務内容……！）
「パワハラですよ、そういうの……っ」
信長「ぱわはら？」
（あ、つい……！）
とっさに出てしまった言葉に、口をつぐむ。
信長「貴様は時折、妙な言葉を操る。どこの出だ？」
（しまった、『現代人だってことは隠すように』って佐助くんに言われたのに……！）
「それは、その……っ、ここから遠い町の出です」
言葉を濁しながら目を逸らすと、殺気立った秀吉さんと視線が絡んだ。
秀吉「信用できないな。さっき妙な言葉、何かの隠語の可能性もある。お前、間者なんじゃ……」
家康「こんな弱そうな女に、諜報活動が務まるとは思えませんけど」
三成「美香様は信長様を凶刃から救い出して下さった優しい方ですよ。恐ろしい目に遭ったので、動転が続いているんでしょう」
天使のように微笑む三成くんと対象的に、光秀さんは人の悪い笑みを浮かべた。
光秀「人助けのふりや弱ったふりをして、敵の懐に飛び込むのは、間者の常套手段だ」
政宗「もしもお前が女の忍び、『くノ一』って奴なら、手合わせ願いたいものだな」
口の端を上げ政宗さんが素早く刀の柄に手をかける。
「待ってください、違います！」
血の気が引いて叫んだとき、襖が開け放たれて、家臣のひとりが駆け込んできた。
家臣「失礼いたします、信長様！ 蘭丸が……森蘭丸が、帰って参りました！」
信長「…………」
秀吉「本当か！？」
（森蘭丸って……あの美少年で有名な織田信長の小姓、だっけ？）
イケメン武将トラベルガイドで得た知識を、必死に手繰り寄せていると……
家臣「入れ、蘭丸！」
家臣たちに捉えられたひとりの美しい青年が広間へ引きずり出された。
（この人が、蘭丸さん？）
蘭丸「信長様……！ 申し訳ありませんでした！」
家臣「蘭丸！ いったい今までどこにいたのだ！」
信長様の前で平伏する蘭丸さんに、家臣たちが声を荒げ騒ぎが広がっていく。
（私への追求どころじゃなくなったみたい……。でも、ホッとできる状況じゃないな）
信長「……蘭丸」
迫力ある信長様の低い声に、しんと広間が静まった。
蘭丸「っ……信長様……、今さら戻ってきて、申し訳ありません……。本能寺での闇討ちの折……信長様のおそばを離れたことを、どうしても謝りたくて……っ」
（あの時、この子も本能寺にいたんだ……！）
家臣のひとりが蘭丸さんをさげずむように鼻で笑う。
家臣「敵襲を恐れて逃げ出した者が、よくもおめおめと……！」
秀吉「やめろ！ 蘭丸はそんな奴じゃない」
蘭丸「いいんだ、秀吉様。なんて言われたって仕方ないから……」
緊迫した空気の理由が、私にもだんだんわかってきた。
（主君を置いて逃げた部下が急に戻ってきたから、こんなに殺気立ってるのか……）
大きな瞳を涙で潤ませた蘭丸さんを、信長様が厳しく見据える。
信長「あの夜、何があったか、全て話せ」
蘭丸「はい……」
周りから、刺すような視線が蘭丸さんへ注がれる。
蘭丸「信長様が襲われた折、控えの間にいた俺も押し入ってきた覆面の者達に襲われたんです。気づけば周りを火に囲まれて……命からがら市外の林へと駆け込みました」
家康「敵の中に信長様を置き去りにして？」
家康さんの声がこれ以上ないほど冷たく響いた。
蘭丸「っ……信長様をお守りしようにも、多勢に無勢でとても太刀打ちできなくて。でも……あとから信長様がご無事だったって聞いて……。どうしても謝りたくて、安土へ帰ってきました」
（さっきからずっと声が震えてる）
俯いて苦しげに言葉を絞り出す蘭丸さんを、信長様は黙ったまま見下ろしている。
家臣１「たとえ多勢の敵に襲われたとて、主君を置いて逃げたことは事実！」
家臣２「その通りだ！ 蘭丸、切腹をもってして償え！」
（切腹！？）
歩み寄った家臣が、蘭丸さんの目の前に懐剣を突き出した。
「っ、待って下さい！」
蘭丸「え……」
たまらず蘭丸さんの前へ飛び出して、家臣たちの間に立つ。
（これ以上、見てられない）
「謝るために帰ってきた人に、あんまりな仕打ちじゃないですか……！」
信長「美香……？」
「死んだって何にもなりません！ どうか考え直して下さい！」
（この世界ではきっと、現代の価値観は通じないだろうけど……。今この瞬間、目の前で人が死のうとしてるのを見過ごせない……！）
私は逃げたい気持ちを我慢して、必死に武将たちを見つめ返した。
秀吉「美香、お前……」
政宗「家康、この女のどこが弱いって？ たいした度胸じゃねえか」
家康「……たいしたお馬鹿、の間違いじゃないですか」
三成「信長様、美香様の嘆願に免じて、蘭丸さんをお許しいただけませんか？」
秀吉「俺からもお願いいたします、信長様。–––何卒」
秀吉さんや三成くんが蘭丸さんをかばっても、家臣たちの鼻息はまだ荒い 。
家臣たち「何をおっしゃいますか！ 逃げ戻ったこの者こそ、どこぞの間者やもしれませんぞ！」
蘭丸「……っ」
ふいに、黙って眺めていた光秀さんが呆れ笑いを漏らした。
光秀「–––男の嫉妬とは恐ろしいものだ。蘭丸は信長様に気に入られていたからな」
（それだけの理由で、切腹まで迫るの……！？）
言葉を失ったその時、広間の外から荒々しい足音が響いてきた。
「な、何！？」
突如、襖が蹴破られ、数十人の男たちがなだれ込んでくる。
家臣「っ……！ 敵襲、敵襲–––！」
（敵！？ 安土の城内に押し入ってくるような人たちがいるの！？）
蘭丸さんの糾弾どころではなくなり、家臣たちが一斉に立ち上がる。
敵「信長、覚悟……！」
押し入ってきた武士らしき男のひとりが、近距離で信長様に向け矢をつがえる。
蘭丸「信長様！」
蘭丸さんは畳を蹴り、電光石火の速さで信長様の前に飛び出した。
信長「……！」
ひゅっと音を立て、矢は蘭丸さんの肩を掠める。
（きゃ……！）
畳に深々と刺さった矢を見て、背筋が凍りつく。
（蘭丸さんは……身を挺して、信長様を……っ？ 一歩間違ったら、この人、今、死んでた……）
信長「余計な真似はするな、蘭丸」
蘭丸「申し訳ありません……！」
信長様は冷たく言い放ちながらも、矢傷を負った蘭丸さんを背にかばい、刀を抜き放った。
信長「泳がせていたネズミどもが、痺れを切らして尻尾を出したか」
（え……）
敵「なっ、我らが家臣に化けて忍び込んでいたことを知っていただと……っ？」
光秀「忍耐力のいないネズミでしたね。しばらく遊ばせておこうと思っていたのですが」
数十人の敵が抜身の刀を手にいきり立つ一方、武将たちは動じる様子も見せない。
家康「知らなかった。相変わらず人が悪いですね、光秀さん。で、誰なんです、この人たち」
光秀「信長様にお家を取り潰され、主君を失った武士……牢人だ」
家康「なんだ、よくいる手合ですか」
「大勢の敵に刀を向けられているのに、みんな全然動じてない……！）
牢人たちを前に、秀吉さんが呆れ返ったようなため息をついた。
秀吉「光秀、そういうことは事前に言え。–––三成」
三成「はい、ここに」
秀吉さんは三成くんから受け取った刀をすらりと抜き、他の武将たちも続いて刀を構える。
政宗「丁度いい。本能寺で暴れ損なった分、楽しませてもらおうか」
牢人１「くそ……っ」
怒声が上がり、一斉に斬り合いが始まった。
あちこちで銀の刃が咬み合い、火花が散る。
（これが……戦国時代……）
織田軍の武将たちの圧倒的強さの前に、牢人たちは次々と倒れ伏していく。
現代とは異次元にも思える光景を前に、身動きひとつできない。
牢人２「こうなったら誰でもいい。織田に連なる者の命を、ひとつでも多く死出の道連れに……！」
光る刃の切っ先が、まっすぐ私に向けられた。
（……！ 嫌っ……）
信長「–––戯言を」
「っ…………！」
火花が散って我に返ると、信長様の広い背中が、目の前にあった。
信長「死に急ぐなら独りで逝け」
牢人２「おのれ、信、長……！」
稲妻のような斬撃の直後、牢人は膝をついて足元に倒れ込んだ。
牢人３「っ、引け、引けぇ–––！」
生き残った牢人たちは這うように広間を出ていく。
踏み破られた襖の向こう側で、彼らが城内の庭園へと逃げていくのが見える。
すぐさま後を追った秀吉さんや政宗さんたちが、冷静に男たちを沈めていく様子も。
（っ……助かった……、けど……。私、『死ぬかも』って思う暇もなく、死んでしまうところだった……。こんな恐ろし場所じゃ、とても生きていけない……）
牢人たちが捕らえられたあとも、恐怖で身体の芯まで凍りつき、しばらくその場を動けなかった。
…………
数日後……
秀吉「三成、美香の様子は相変わらずか？」
三成「はい……。お顔色も悪く、お食事もあまり召し上がっていません。よほど先日の敵襲が恐ろしかったようです」
秀吉「……どうにかしてやらないとな」
…………
（タイムスリップから、まだたった五日……。時が立つのが遅すぎる)
敵襲があった日から、私は可能な限り部屋から出ずに過ごしていた。
（なんで私、戦国時代でひきこもり生活をしているんだろう。今頃、転職先でバリバリ働いてるはずだったのに……)
膝を抱えて部屋の隅にいると、廊下から声をかけられた。
秀吉「入るぞ、美香」
「秀吉さん？」
秀吉「三成の言ったとおりだったな」
「え……？」
秀吉さんが私の前にしゃがんで目線を合わせる。
秀吉「ふたつ用があってきた。ひとつめは……」
言葉を切ると、いきなり秀吉さんは頭を下げた。
(な、なんで……？）
秀吉「お前を疑って悪かった。許してくれるか」
「どうして急に……」
秀吉「敵襲のときの様子を見てよくわかった。お前は間者でもなんでもない、ただの女の子だってな」
大きな手のひらが、優しく私の頭を撫でてくれる。
（もう疑ってないってこと？）
秀吉「あの一件で、蘭丸も疑いが晴れて、小姓に復帰することが決まった。信長様を命懸けでお守りしたあいつが裏切り者なわけがないと、家臣たちも納得したんだ。蘭丸をかばってくれてありがとうな」
「い、いえ……。蘭丸さんが助かってよかったです」
少しだけをホッとする私に、秀吉さんが苦笑を浮かべた。
秀吉「そうかしこまるな。敬語もいらない。これからは、お前も俺と同じ、信長様に仕える仲間だ」
「わかった……、ありがとう」
（秀吉さん、本当は優しい人だったんだな……）
秀吉さんの言葉が胸に沁みるけれど、傷のように深く刻まれた恐怖は晴れなくて、私はぎこちない笑顔しか返せない。
秀吉「で、ふたつ目の用件だけど……」
…………
（どうしよう……）
お金の入った巾着を持ってやってきたのは、賑わう安土城の城下だった。
ずらりと建物が並ぶ中、見慣れぬ装いの人々を前に、足を踏み出せずにいると……
佐助「美香さん、奇遇だな」
「佐助くん……！」
（まさか、城下でばったり会えるなんて……！）
佐助くんは嵐の夜、京都の町で出会った大学院生–––私と一緒にタイムスリップしてきた現代人だ。
同じ境遇の相手に再会できたというだけで、強張っていた心と身体が安堵でほぐれていく。
「今日は忍者の格好じゃないんだね……」
佐助「ここであの装束は、かえって目立つから」
「それもそうか……」
（にしても佐助くん、私と違って着物の着こなしが様になってるな）
佐助くんは戦国の町並みに馴染んでいて、まるでこの時代の人に見える。
佐助「何か困ってるみたいだけど、どうかした？」
「実は……秀吉さんに、お小遣いをやるから好きなものを買って息抜きしてこいって言われたの」
（さっきは秀吉さんに気を遣わせちゃったな……）
「この年になってお小遣いをもらうとは思わなかったよ。しかも戦国武将に」
佐助「うんうん、それはびっくり」
（……？ なんだかぎこちない反応だな）
佐助「それで、君の好きなものって？ 何を買う予定？」
「昔から服を作るのが好きなの。せっかくの機会だから服を作ろうと思って」
佐助「服……？」
「裁縫の道具と生地を買うために市場に行こうと思ってたんだけど、どこに何があるかわからなくて、困ってたの」
（……困っていた理由は、それだけじゃないけど）
見も知らぬ戦国時代の町は、空気の匂いさえよそよそしくて、ひとりでは怖くて足を踏み出せなかった。
佐助「それなら、俺が案内しよう」
「え、いいの？」
佐助「もちろん。数日前からこの町に滞在してるから、土地勘はある」
「ありがとう、助かるよ……！」
（佐助くんが一緒なら心強いな）
慣れた様子で城下を歩き出した佐助くんの後に私も続いた。
……
佐助「織物ならこの辺りで手に入るはずだ」
「こんなにお店があるんだね」
色とりどりの反物を並べた露店に、心が少しずつ浮き立ってくる。
（どれも素敵……！）
佐助「嬉しそうだな」
「うん……！ 服を作りたいって気持ちが、久しぶりに湧いてきたよ」
佐助「自分で服作りができるなんて、君はすごいスキルを持ってるんだな」
「実は私、ずっとデザイナーになるのが夢だったんだ。でも……あと少しで夢が叶うってところで、タイムスリップしちゃって」
佐助「そうだったのか……」
「憧れの仕事をはじめて、幸せな新生活を送るはずだったのに……」
（どうしてこんなことになっちゃったんだろう)
話しているうちに、だんだん声が沈んでしまう。
佐助「美香さん……」
（いけない、せっかく佐助くんが親切に案内してくれるのに、落ち込んでちゃダメだ）
「ええっと、このお店のぞいてみてもいいかな？」
佐助「ああ。もちろん」
悲しい気持をどうにか押し込めて、反物を手に取る。
（わぁ、繊細な色合いだな。こんなの見たことない。こっちの織り物もすごく凝ってる！）
店主「今お嬢さんが手にされてるのはめったに入らない上物なんですよ」
「丁寧で美しい織物ですね。手触りもすごくいいんです！ 佐助くんも触ってみて」
佐助「なるほど。確かに」
「……？ まだ触ってないよね」
佐助「いや……美香さんは、本当に服作りが好きなんだなと思って」
「あ……うん。自分でも改めてそう思う」
（布を選んでるうちに、元気が出てきた気がする)
「もう少しここのお店を見てもいいかな？」
佐助「ああ。俺のことは気にせず、買い物を楽しんで」
「ありがとう」
…………
しばらく店主から商品の説明を聞いて、気に入った反物をいくつか選んだ。
（よかった、いい買い物ができたな）
店主「お嬢さん、勉強熱心だね。これは、楽しい話をさせてもらったお礼だ」
「え……？」
店主「珍しいお菓子が手に入ったから、おやつにでもしておくれ」
そう言って、店主から渡されたのは、可愛らしい袋に入った金平糖だった。
「ありがとうございます……」
（さっきまで町ごと怖いと感じてたけど……優しい人だってちゃんといるんだ）
……
買い物を終えて佐助くんと城へ向かいながら町を歩く。
佐助くんの両手には私が買った大量の反物が抱えられていた。
「佐助くん、重いでしょう？ やっぱり自分で持つよ」
佐助「大丈夫。忍者だから」
「理由になってないよ？」
佐助「忍者の積載荷量は五百キロ–力士を片手で担ぐという、古来より伝わる修行を重ねた結果だ」
「お相撲さんを片手で！？ 忍者ってすごいね……！」
佐助「……わかりにくくてごめん。今のは冗談」
（っ、冗談だったの？）
「次からはちゃんとツッコむから……！ 佐助くんの冗談、もっと聞かせて」
佐助「わかった。ドッカンドッカン大爆笑をかっさらう一人前の忍者になれるよう、引き続き修行する」
「忍者にお笑いのスキルは関係ないよね……？」
佐助「気づかれたか」
「……少しわかってきた。真顔で急に冗談を放り込むのが佐助くんのスタイルなんだね」
佐助「ああ。そのせいか、こっちでできた友人にも、お前の冗談は分かりにくいってよく言われる」
「佐助くん、すごくまじめな顔で力士なんて言うから本気かと……ふふ、あはは……！」
佐助「時間差でウケるとは思わなかった」
怪訝そうな佐助くんを見て、ますます笑いがこぼれて、ふわっと肩から力が抜けていく。
（久々に笑った気がするな。あ……）
佐助くんとしゃべっているうちに、周りを行き交う人の声が音が、鮮やかに耳に飛び込んできた。
子ども１「なあ、鬼ごっこしよー！」
子ども２「よし、神社まで競争して、ビリのヤツが鬼！」
商人1「これだけいい品なんだ、安くするわけにはいかねえな」
商人２「まあまあ、いつもより多めに買うからまけてくれよ」
町娘１「今度初めてあの人と出かけるの。どの着物を着ていこうか迷っちゃって」
町娘２「せっかくなんだから、新しい着物を作ったら？」
表情豊かに行き交う人たちを、足を止めて眺める。
佐助「どうかした、美香さん」
「なんだか不思議な感じがして。今まで心に余裕がなくて気づかなかったけど……この時代の人も現代の私たちと同じように、遊んだり、仕事したり、恋をしたりして暮らしてるんだね」
佐助「–––ああ」
「戦国時代に生きてる人は、怖い人ばっかりじゃないんだな」
佐助「君が見てきた武将や武士たちは、この時代の人口割合で言えば少数派だ。」
「現代日本だとゼロなんだけどね……。特に、信長様みたいに恐ろしい人はいないし」
佐助「織田信長にも、現代人と同じ人間らしい一面もあるんじゃないかな」
「信長様に……？」
目を瞬かせる私に佐助くんが頷いた。
佐助「武将だって、人間だもの」
（思いっきり聞いたことがある言葉だな……）
「うーん、その現代の名言、乱世でも通用するかな？」
信長様の迫力ある眼差しを思い浮かべただけで、緊張感がよみがえってくる。
「これからあの方の城に帰らなきゃいけないと思うと、やっぱり気が重いよ」
佐助「そう言わずに。秀吉さんに『遅くならないように』って言われてただろう」
（……ん？）
「どうして知ってるの？ 私、その話もしたっけ？」
佐助「あ、しまった」
そう言いながらも、佐助君はたいして『しまった』と思っているようには見えない。
佐助「黙っててごめん。実は、美香さんが秀吉さんと話してるのを見てたんだ、天井裏から」
「え！？」
佐助「安土が急襲された件が耳に入ってきたから、君が無事かどうか気になって。部屋にお邪魔しようと思ってた矢先、秀吉さんが君にお小遣いを渡すのを見て、急いで城下に先回りして君を待ってた」
（そう言えば会った時の佐助くん、反応がちょっとぎこちなかったっけ）
「なんで言ってくれなかったの？」
佐助「……君は、秀吉さんの細やかな気遣いに対して、申し訳なさそうな顔をしてた。俺まで気を回したと知ったら、君がもっと心苦しく思いそうで」
（そうだったんだ……）
佐助くんの細やかな心配りが、傷に塗られた薬のようにじーんと沁みていく。
佐助「嘘をつくのは昔から得意じゃないんだ。慣れないことはするものじゃないな。ともかく、これから君を安土城まで送っていく。日暮れは物騒だから、ちょっと武装してくる」
「えっ、ちょ……！」
……
城へと向かいながら、刀をたずさえ隣を歩く佐助くんをこっそり見つめる。
この格好に着替えて戻るまで、ものの一分とかからなかった。
（やっぱり、本物の忍者なんだな。四年間の修業で早着替えの術を身につけるなんて……）
佐助「どうかした？」
「佐助くんはすごいなと思って。手に職をつけて、戦国時代にすっかり馴染んでる。私には、この時代に合わせるのはとても無理そうだよ……」
佐助「まわりに無理に合わせる必要はないと思う。乱世でも現代でも、同じことだ」
「え……？」
佐助「君は、君の思うままに生きればいい。現代でやってきたのと同じように。君は君のあるがままで、この時代の人たちと理解し合おうとするだけでいいんだ。そうすればきっと、皆が認めてくれる。なぜなら、武将だって……」
「『人間だもの』？」
佐助「そういうこと」
（人間関係の築き方は、乱世でも現代でも同じ、か……）
そう思ったら、あれだけ重かった心が軽くなって、自然に笑えた。
「佐助くんのおかげで気が楽になった。今日は本当にありがとう」
佐助「気にしないで。俺には、君に快適な戦国ライフを送ってもらう義務があるから」
（義務？）
「それってどういう……」
尋ねようとしたとき、佐助くんがわずかに眉を持ち上げた。
直後、肩を抱かれ、腕の中へ引き寄せられる。
「ど、どうしたの！？」
驚いて顔を上げた私の耳元に、佐助くんは唇を寄せて声を低くした。
佐助「……驚かないで聞いて欲しい。俺たちはどうやら、つけられてる」
___________
佐助1話前半おわりましたー☆
どんな話か忘れないように
ブログにすることにしました😊
よかったらみてね〜
