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イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【佐助】共通1話後半

佐助「気にしないで。俺には、君に快適な戦国ライフを送ってもらう義務があるから」

 

(義務?)

 

「それってどういう……」

 

尋ねようとしたとき、佐助くんがわずかに眉を持ち上げた。

 

直後、肩を抱かれ、腕の中へ引き寄せられる。 

 

「ど、どうしたの!?」

 

佐助「……驚かないで聞いてほしい。俺たちはどうやら、つけられてる」

 

「つけられてるって、誰に……っ?」

 

振り返ろうとした私へ、佐助くんが顔をかすかに横に振ってみせる。

 

佐助「……このまま黙って一緒に歩いて」

 

「え? う、うん…」

 

緊張しながら佐助くんとしばらく前へ進むと…

 

佐助「相手は武士。数は七人。帯刀はしてないけど、おそらく懐剣を隠してる。町人に化けたつもりらしい」

 

(っ……どうしてそんなことがわかるの?)

 

「佐助くんって、まさかエスパー……っ?」

 

佐助「いいえ、一介の忍者です。今の技は『小音聞き』。忍びたるもの、どんな小さな音も聞き分ける訓練を積んでるのがデフォルトだ」

 

(音だけで相手が刀を隠してることまでわかるんだ)

 

遅い時間のためか周りには人は少ないけれど、それらしい音は私には聞き取れない。

 

「すごい……」

 

佐助「そこは、忍者ですから」

 

感嘆のため息を漏らす私に、佐助くんは不敵で余裕な眼差しを返した。

 

「ええっと、佐助くん、もしかして今、ドヤ顔してる……?」

 

佐助「してる。表情がわかりにくくてすまない」

 

非常時なのに、佐助くんの口調はどこかとぼけている。

 

(妙に気が抜けるな……)

 

「それにしても、どうして見ず知らずの武士が私たちを……」

 

佐助「わからない、でも……大昔の偉い人はこう言ってる。三十六計逃げるに如かず」

 

「えっ、わ!?」

 

佐助くんは私を軽々横抱きにして、夕闇の道を一直線に走り出した。

 

謎の武士1「……! 気づかれたぞ!」

 

謎の武士2「待て、逃がすか! 女をこっちへ渡せ!」

 

後ろから上がった怒声に、佐助くんの肩越しに迫りくる影へ目を凝らす。

 

(狙いは私……!? 暗くて顔が見えないけど……っ)

 

佐助「心当たりは?」

 

「な、ないよ! 全然ない!」

 

(一体誰なの、あの人たち……!)

 

 

町なかを走り抜け、佐助くんは息を乱すことなく路地裏へ駆け込んだ。

 

(追手の姿が見えなくなってる……)

 

「逃げ切れたかな?」

 

佐助「一応まくことはできたけど、相手はまだ諦めてなさそうだ」

 

「え……」

 

耳を澄ますと、男たちの怒りをにじませた声が近づいてきた。

 

謎の武士「あの女……、必ず見つけだすぞ!」

 

建物の影からうかがうと、男たちはもはや殺気を隠すことをせず、手には抜いた刀が握られている。

 

(どうしよう、このままじゃ見つかるのは時間の問題だ)

 

佐助「あの様子じゃ、今逃げ切っても、今後君が外へ出るたびにしつこく付け狙う可能性があるな」

 

「そんな……」

 

薄暗い闇の中で、鈍く光る刃にぞくりと身体が震える。

 

佐助「…………。方針変更。君が安心できるように、カタをつける」

 

(カタ……?)

 

励ますように、私の肩を抱く佐助くんの腕に力がこもった。

 

佐助「町の人を巻き込まないように郊外へ向かう。怖いだろうけど、少しだけ我慢してほしい」

 

「もしかして迎え撃つ気!? 危険すぎるよ! 狙われてるのは私なのに、佐助くんを巻き込めない……!」

 

佐助「大丈夫。こう見えて俺は、ちょっとすごい忍者なんだ」

 

ローテンションのまま、佐助くんが真顔で言い切る。

 

(う……こんな時なのに、本気なのか冗談なのかよくわからない)

 

佐助「美香さん、迷ってる暇はない。ここは戦国ライフの先輩である俺に任せて」

 

(佐助くんを危険な目に遭わせたくはないけど……)

 

私に今できることは、佐助くんを信じることしかないのだと、腹をくくった。

 

「わかった、よろしくお願いします。でも無理はしないでね」

 

佐助「ああ。もちろんそのつもりだ」

 

 

謎の武士たち「いたぞ、あそこだ!」

 

(やっぱり追いかけてきた!)

 

佐助「よし。ちゃんと、ついてきてるな」

 

佐助くんは周囲に何もない平野まで来ると、私をおろして背中に隠した。

 

佐助「美香さんはここにいて。いい?」

 

「う、うん!」

 

走るのをやめた武士たちは、輪を作りながら距離をジリジリ狭めてくる。

 

謎の武士1「追い詰めたぞ。その女をこちらへ寄こせ」

 

佐助「それはできない相談です」

 

謎の武士2「こいつ、ふざけたことを言いやがって」

 

その時、上空の雲を風が払って、月明かりが目を血走らせた彼らの顔を暴き出した。

 

「あなたたちは……!」

 

佐助「知り合い?」

 

「信長様を恨んで、安土城に斬り込んできた牢人だよ!」

 

一瞬にして、目の前で起きた斬り合いが脳裏に浮かぶ。

 

「あの時、城から逃げ出した人たちがいたんだ……!」

 

牢人1「思い出したか、信長の端女め!」

 

嘲るような笑みを向けられ、佐助くんの背中がかすかに揺れた。

 

佐助「……手加減する理由が今、減ったな」

 

(あれ……少しだけど佐助くんの声が低くなった?)

 

「『はしため』って、どういう意味……?」

 

佐助「君は知らなくていい」

 

次の瞬間、佐助くんが敵前に飛び出した。

 

牢人1「ぎゃ!?」

 

目にも止まらぬ早業で、ひとりが草むらに沈み、私たちを囲んでいた輪が崩れる。

 

牢人たち「くそっ、どけ! 用があるのは女だ!」

 

私へ駆け寄ろうとした牢人たちに、佐助くんは隙を与えず、クナイを手に縦横無尽の動きで相手をかく乱する。

 

(つ、強い……!)

 

牢人「お、お前、何者だ!?」

 

佐助「忍びに名乗る名前はない」

 

牢人たちはなすすべなく、次々と地面に転がされていった。

 

牢人「よくも……っ、覚悟しろ!」

 

最後のひとりが切羽詰ったように、鬼の形相で佐助くんへ突進する。

 

佐助「っ……!」

 

「佐助くん……!」

 

刀の切っ先が脳天へと斜めに振り下ろされる直前、佐助くんが素早く後ろへ飛び–––

 

(あっ……!)

 

眼鏡が吹き飛び、頬にひと筋の赤が走った。

 

「さすけ、くん……!」

 

声が喉に絡まって、上手く名前を呼べない。

 

佐助「無問題だ、美香さん。忍者にとって、この程度のかすり傷はノーカウントだ。安心して。君には指一本触れさせない」

 

肩で息をしながら佐助くんは、私を背にかばい、クナイを構え直した。

 

牢人「うおおおおおおおお!」

 

正気を失い、瞳をギラつかせ、再び牢人が佐助くんへ斬りかかる。

 

「佐助くん……っ」

 

思わず叫んだ、次の瞬間–––

 

–––ガッ

 

(あ……!)

 

佐助くんの足元に牢人が白目をむいて転がっていた。

 

佐助「……これにて、一件落着。美香さん、ケガはない?」

 

「私は平気! 佐助くんこそ頬が……っ」

 

佐助「さっきも言った通り問題ない。掠った程度だ。それより……」

 

クナイをしまうと佐助くんは辺りをキョロキョロ見回して、足元に視線を向けた。

 

佐助「美香さん、眼鏡を探してもらえないかな。何にも見えなくて」

 

「わ、わかった……! あと佐助くんが今話しかけてるの、さっき倒した牢人だから気をつけて!」

 

佐助「それは失礼」

 

怖くて詰めていた息を吐き出し、急いで眼鏡を見つけ佐助くんに渡す。

 

佐助「そんなところにいたのか、美香さん」

 

「うん、最初からここにいたんだけどね……。この人たちはどうしよう……?」

 

佐助「君は心配しなくていい。縛っておいて、あとで安土城の門前にデリバリーしておく」

 

「そっか……わかった。何から何まで頼ってごめん」

 

(……あれ?)

 

よくよく見ると、倒れてる牢人たちに切り傷はない。

 

意識は飛んでいるものの、ちゃんと息があった。

 

「どうやって倒したの……?」

 

佐助「主に、肘と膝で。このクナイは目くらまし。現代人としては、正当防衛だといっても刃傷沙汰は避けたい」

 

説明しながら佐助くんは、隠し持っていた縄で、手際よく牢人たちを縛り上げていく。

 

(すごいな。こんな大勢を相手にしても、敵に気を遣う余裕があったなんて)

 

佐助「–––よし。これでひとまず安全を確保できた」

 

「佐助くん、ちょっと動かないでね」

 

佐助「え……」

 

手ぬぐいを取り出して、佐助くんの頬の傷にそっとあてる。

 

「佐助くんにとっては掠り傷でも、せめて止血はしないと」

 

佐助「ありがとう」

 

「お礼を言うのは私の方だよ……。助けてくれてありがとう」

 

(これだけ強くなるには、きっと血の滲むような努力をしたんだろうな)

 

「佐助くんって、すごい忍者なんだね……」

 

佐助「ああ。正真正銘の忍び、その名も猿飛佐助。目にも止まらぬ早業で、悪漢たちを倒す男だ」

 

間近に私へ顔を寄せた佐助くんが両目をパチパチ瞬かせた。

 

(……?)

 

「今のは何の術?」

 

佐助「術……? ウィンクのつもりだったんだけど」

「ええっ? 両目つむってたよ」

 

佐助「わかりにくくて悪かった。俺の顔面の筋肉は不随意筋らしくて、あんまり動かないんだ」

 

(あれだけ鮮やかに敵を倒してたのに、ウィンクできないのか……)

 

そう思ったら、我慢できずに吹き出してしまった。

 

「……ふふふ! 佐助くんて、面白い人だね」

 

佐助「そう? 光栄だ」

 

佐助くんはまたウィンクもどきを繰り出してくる。

 

「だ、だめ、今見せられると…おかしくて……っ」

 

佐助「それはいいことを聞いた」

 

佐助くんは気を良くしたのか、ウィンクもどきを高速で繰り出してくる。

 

たまらず大きな声で笑ってしまい、止まらなくなる。

 

(変だな、私、襲われたばっかりなのに……)

 

笑っているうちに、ここ数日ずっと怖くて震えていた気持ちが溶けていく。

 

(本当にすごいな、佐助くん……。ここまでこの時代に馴染んでて、襲撃にも動じないだなんて、本当に尊敬する。)

 

「私も佐助くんみたいになりたいな」

 

佐助「君が本気でそれを望むなら、忍者修行プログラムを考える必要があるな」

 

「え? あ、そうじゃなくて……! 精神的に強くなりたいなと思って」

 

佐助「……そういうことか。でも忍者になりたくなったらすぐに言って。修行プログラムを用意しておくから」

 

クールな表情の佐助くんの目元が、かすかに優しくなった。

 

(飄々としてて気持ちがわかりにくかったりするけど、佐助くんが現代人仲間でよかったな)

 

佐助くんのそばにいると、乱世への怯えや緊張がほぐれて、少しずつ気持ちが前向きになっていくようだった。

 

……

 

佐助くんに城へ送ってもらい、部屋へ戻ると……

 

蘭丸「美香様ー、こんばんは!」

 

「蘭丸さん……?」

 

(わ……!)

 

蘭丸さんは両手で私の手を包んで、ぎゅーっと握りしめた。

 

蘭丸「この前は俺のことかばってくれて、ほんっとうにありがとう!」

 

(んん!? 初対面の時とずいぶんテンションが違う……!)

 

蘭丸「君にお礼を言いたいってず––っと思ってたんだ、不在中にたまった仕事に追われて遅くなっちゃった。ごめんね?」

 

(それでわざわざ会いに来てくれたんだ)

 

「ううん、蘭丸さんが無事でよかったです」

 

蘭丸「そんなにかしこまっちゃヤダな、こはる様。俺は美香様ともっと仲良くなりないし、気楽に蘭丸って呼んでよ」

 

手を握ったまま、にこりと向けられた笑顔は驚くほど人懐っこい。

 

「ええっと、それじゃ蘭丸くんって呼ばせてもらうね」

 

蘭丸「うんっ!」

 

頷いた蘭丸くんの艶やかな髪がさらりと揺れる。

 

蘭丸「じゃ、美香様、行こっか!」

 

「行くって、どこに?」

 

蘭丸「今日、秀吉様たちが俺の帰還祝いと、美香様の歓迎会を開いてくれるんだって」

 

「えっ?」

 

蘭丸「いまだに俺のことをよく思ってない家臣もいっぱいいるから、あくまで内々に、だけどね。というわけで、早く! ほら、来て」

 

蘭丸くんはナチュラルに私の手を引き、強引に部屋から連れ出した。

 

蘭丸「ふふ、楽しみだね、美香様! ごちそういっぱい食べちゃおう♪」

 

「う、うん……」

 

(蘭丸くん、前に会った時とは別人みたい)

 

あの日の彼は、信長様の前で絶望しきった顔で震えていた。

 

(はかげな美少年に見えたけど、本来は、天真爛漫でキラキラした男の子だったんだ……!)

 

顔面の筋肉が不随意筋だと自認する佐助くんと一日一緒にいたためか、くるくると表情を変える蘭丸くんのパワーに、なんだか圧倒されてしまった。

……

 

蘭丸くんと広間へ行くと、宴の支度が整い織田軍の武将たちが勢揃いしていた。

 

賑やかにお酒が酌み交わされる中、悠然と上座に座る信長様の姿も見える。

 

反射的に背筋が凍り、入り口で足が止まった。

 

(蘭丸くんには内々でも、私にとってはものすごくアウェイだ……)

 

蘭丸「美香様、どうかしたの?」

 

「あの……やっぱり部屋に戻っちゃダメかな?」

 

蘭丸「えー、美香様の歓迎会なのに?」

 

(それはありがたいんだけど……、一歩を踏み出す勇気が出ない)

 

その時ふと、佐助くんの言葉が浮かんだ。

 

〜〜

 

佐助「織田信長にも、現代人と同じ人間らしい一面もあるんじゃないかな」

 

「信長様に……?」

 

佐助「武将だって、人間だもの」

 

〜〜

(佐助くんの言う通りかどうか……ここで逃げればわからないままだ)

 

佐助くんの言葉に背中を押され、広間へ足を踏み入れる。

 

奥の方から秀吉さんがひらりと手を振った。

 

秀吉「来たか蘭丸、美香。お前たちの席はそこだ」

 

蘭丸「はーい! 美香様は俺の隣ねっ」

「う、うん」

 

恐る恐る言われた席に着くと……

 

給仕の女性たち「蘭丸様、お帰りなさいませ! 蘭丸様がご無事で本当によかったです! 私たち、とっても心配したんですよ」

 

そばにいた蘭丸くんは一瞬で給仕の女性たちに取り囲まれてしまう。

 

(わ……すごい人気だ!)

 

蘭丸「心配させてゴメンね。でも皆の気もち、すっごく嬉しいよ!」

 

(蘭丸くんも対応に慣れてる! 現代のアイドル並だな)

 

蘭丸くんが手を振り、女の子たちの黄色い叫びがあちこちで湧き起こった時–––

 

政宗「歓声を上げるのは、俺の皿を見てからにしてもらおうか」

 

入ってきた政宗さんが、広間を見回しにやりと笑う。

 

政宗さん、その料理は……?」

 

政宗「ん? 俺が作った祝いの料理だ」

 

政宗さんが!?」

 

政宗さんが手にする大皿には、季節の野菜の煮物や、海の幸の焼き物が彩りよく並べられている。

 

(すごい、こんな特技があるんだ。どれも美味しそう……)

 

政宗「欲しいなら口を開けろ」

「えっ? あ……」

 

顎を持ち上げられ、お箸を口元に差し出される。

 

焼いた味噌と鴨の香ばしい匂いにつられて、思わずそのままパクリと食べた。

 

「……! 美味しいです!」

 

政宗「いい食いっぷりだ、気に入った。こっちの煮物も食え」

 

「いただきます」

 

秀吉「光秀も美香のこの素直さ、少しは見習ったらどうだ」

 

横目でにらむ秀吉さんに、光秀さんは涼しげに目を細めた。

 

光秀「俺ほど素直な男もいないと思うが? 今もお前に誤解された悲しみの涙を必死に堪えているところだ」

 

秀吉「あのな……、まずは、そうやって平然と嘘を並べるのをやめろ!」

 

(ケンカ……とはちょっと違うみたいだけど、このふたり大丈夫かな)

 

ハラハラする私と違って、三成くんは気にする様子もなく天使の微笑みを浮かべている。

 

三成「光秀様、どうぞこの手拭いで涙をお拭きください。私も素直さは大切だと常々思っています」

 

家康「三成。その人、一生待ってても涙なんて流さないから。人のことより自分のこと気にしろよ。後ろ、相変わらず跳ねてる」

 

三成「後ろ……ですか?」

 

秀吉「三成、また寝癖をつけたまま来たのか。ちゃんと直せとあれほど……」

 

政宗「お前ら、いいから早く俺の料理を食え。冷めちまうだろ」

 

家康「持って帰って食べていいですか。これ以上不毛な会話をしたくないんで。特に寝癖のついてる奴と」

 

三成「私の他にも寝癖がついている方がいらっしゃるんですか? 気が合いそうです」

 

家康「……ああそう、俺は一生待っても気が合わないね」

 

(ええっと……家康さんは三成くんのことが苦手なのかな? 三成くんは気づいてなさそうだけど)

 

家康「というわけで、俺はこれで……」

 

秀吉「だーめーだ。歓迎会の意味がないだろ。今、鯛の身をほぐしてやるから待ってろ」

 

(秀吉さんって、いつも誰かのお世話を焼いてるんだな)

 

皆の会話を意外に思いながら、耳を傾ける。

 

目の前にいるどの武将も、敵襲を受けたときの、冷徹な形相は見る影もない。

 

(普通の現代人とは、やっぱりちょっと違うけど……笑ったり困ったり怒ったりしてるところは、私とそんなに変わらないかも……)

 

秀吉「そうだ、美香。先日牢人の襲撃があったとき、信長様に命を助けてもらっただろ。その時の礼を言ってこい」

 

「っ、今から?」

 

少しだけ緩みはじめていた緊張が一気に高まっていく。

 

家康「呆けてないでさっさと行ったら? あんたの取り柄は素直さなんでしょ」

 

「う、うん……」

 

(あの方の容赦のなさはどうしても受け入れ難いけど、命を助けてもらったのはたしかだ)

 

意を決して、私は上座の信長様の元へ向かった。

 

「あの……信長様、先日は命を助けていただいてありがとうございました……」

 

信長「…………」

 

お酒で満たされた盃を口に運びながら、信長様の視線が私へ送られる。

 

(目が合うだけでやっぱり怖い……!)

 

信長「貴様を守ったつもりはない。奴らが邪魔なので斬った、それだけだ」

 

「……っ、そう、ですか」

 

絶対零度の寒々しい言葉を眼差しに、走って逃げたくなる。

 

(この人には、人間らしいところなんてなさそう……。佐助くんがせっかく助言してくれたけど、理解し合おうと思うのは、やっぱり無理なのかな)

 

諦めて席に戻ろうとした時、カサッと足元で何かの音がした。

 

(ん? 何か落としたかな)

 

あたりを見回していると、ふいに手首を信長様に掴まれた。

 

冷たかった目の色が、なぜか熱を帯びている。

 

「な、なんですか?」

 

信長「貴様……」