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イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【光秀】共通7話前半 彼目線

 

(ついに今夜か) 

 

お囃子の音が鳴り響き、一夜の特別な祭りが始まった。

次から次へ華やかな芸を繰り広げる一座の面々、舞台を囲み賑わう村の人たち、そして–––

 

一段高い場所に設けられた豪奢な観覧席で、大名の隣で気だるげに目を細めているのは、

ここにいるはずのない第十五代将軍、足利義昭だ。

 

(今のうちに、存分に退屈を楽しむといい)

 

獲物をひとしきり眺めた後、光秀はふと、妻の様子がおかしいことに気がついた。

 

(ん……?)

 

美香は何かを探しているらしく、観覧席に目を凝らし困った表情を浮かべている。

 

「どうした、浮かない顔をして」

美香「いいえ、何でも……」

 

はっとして視線を逸らす美香を、引き続き密かに観察する。

ひとまず、その顔に悲しみや怯えは見当たらなかった。

 

(将軍との一件が尾を引いているわけではなさそうだな。……不幸中の幸いだ。では……ひと仕事といくか)

 

信長の命でこの国に来られたことは、光秀にとって物怪の幸いだった。

使者を遣わし信長からの離反を持ちかけてきた張本人を、素性を隠しながら探ることができた。

 

(思わぬところで糸が繋がったな。足利義昭の策略は、予想以上に進行しているらしい)

 

後悔してもしきれないのは、美香を巻き込んだことだ。

あの夜胸を濡らした涙の熱さは、到底、忘れられない。

 

(将軍には、相応の報いを受けていただこう)

ーーーーーーーー

美香「光秀さん、これって、どういうお芝居なんですか?」

 

「ちょっとした喜劇だ。俺が筋書きを考えた」

 

こはる「光秀さんが……?」

 

「まあ楽しみにしていろ。いい見世物になること請け合いだ」

ーーーーーーーー

 

練り上げた段取りを頭の中で再確認していると、こはるが光秀の袖をそっと引いた。

 

美香「光秀さんが演じるお芝居の中身くらい、教えてくれてもいいんじゃないですか?」

 

「それはできない相談だ。本番の楽しみが減るだろう?」

 

これから光秀は、狐をかたどった面で顔を隠して舞台に立つ。

筋書きから演出までを務め、自らも出演する喜劇は、座長のお墨付きで、祭りの出し物のトリを飾ることになっている。

 

(全員が抱腹絶倒間違いなしだ。ただし、村人は、だがな)

 

美香「緊張、全然しないんですね」

 

「必要がないからな」

 

(準備万端整えておけば、無駄に力むこともない。たとえそれが、どれほど大それた計画だろうと)

 

座長「おーい、光さん! 美香さん!」

 

美香「座長さん! お疲れ様です」

 

会場をたっぷり沸かせて出番を終えた座長が、舞台を下りてそばへと駆けてくる。

 

座長「休憩を挟んだら、ついに光さんの出番だな。楽しみにしとるからな!」

 

「お任せください、座長」

 

(この御仁と言葉をかわすのも、これが最後か)

 

光秀は居住まいをただし、深々と頭を下げた。

 

「座長をはじめ、一座のみんなには世話になりました。この数日間、本当に楽しかった」

 

旅芸人という偽りの姿で、光秀は嘘偽りのない感謝を伝えた。

 

「心から礼を言います。ありがとうございました」

 

礼をする光秀に倣い、美香もぺこりと頭を下げる。

こ美香「私もお世話になりました」

 

座長「なんだなんだ、まだ祭りは終わっとらんぞ?」

 

カラカラと笑い、座長は光秀と美香の肩を叩いて舞台裏へ去っていった。

 

(誰もかれも気持ちのいい人間ばかりだった。二度と会うことはないだろうが、一座の息災を祈るとしよう)

 

「美香」

 

美香「は、はい」

 

「芝居が終盤に差し掛かったら、舞台脇まで上がってこい」

 

美香「え……?」

 

「言っただろう? お前に総仕上げを任せたいと」

 

ーーーーーーーー

美香「私にお手伝いできることはありますか?」

「お前には、総仕上げの大役を任せよう」

ーーーーーーーー

 

申し出を覚えていたらしく、美香の表情がぐっと引き締まる。

 

美香「そこで私は何をすれば……?」

 

「俺に、されるがままになれ」

 

(二度と血迷わないよう、大名の謀反の企みを潰す。将軍には、しばらくの間泳いでもらう必要があるが……お前が受けた屈辱は、この場で倍にして返してやろう)

 

美香は光秀を見つめ返し、かすかに瞳を揺らした。

 

美香「どうか、気をつけてくださいね」

 

「おや、俺を心配してくれるのか?」

 

美香「いけませんか? だって……私はあなたの妻でしょう。……ニセモノ、ですけど」

 

小声で付け加える美香に、光秀は笑みをこぼした。

 

「フリでも嬉しい」

 

美香の耳元で囁きながら、一瞬、祭りの喧騒が遠のいた。

かがり火に照り映える赤い頬に、目を奪われずにいられない。

 

(……我ながら驚きだ。美香の言葉ひとつで、これほどまでに力がみなぎるとは)

 

美香「そ……っ」

 

「ん?」

 

美香「そろそろ舞台に上がってください! 準備をしないと……!」

 

「ああ。–––行ってくる」

 

身体を傾け、美香の頭に素早く口づけする。

 

美香「!?」

 

(今宵は祭りだ、少々調子に乗っても許されるだろう)

 

苦情は受け付けないことにして、光秀は狐の面をつけ顔を隠し、舞台袖へ急いだ。

…………


光秀が去った後、美香の胸に兆したのは、意外にも不安だけではなかった。

期待に胸をふくらませ美香が深く息を吸った時、離れた場所から声がかかった。

 

佐助「美香さん!」

 

幸村「よー」

 

こはる「佐助くん、幸村……!」

 

人混みをかき分け、美香はふたりの友人に駆け寄った。

 

佐助「見覚えのある側頭部が見えたから、もしかしたらと思って」

 

美香「側頭部だけでよくわかったね……! また会えて嬉しいよ、ふたりとも」

 

幸村「ったく、敵同士だってのに能天気なヤツだな。お前といると調子狂う」

 

美香「ふたりのことは友だちだと思ってるから。それで……義元さんには会えた?」

 

幸村は表情を曇らせ、首を横に振る。

 

幸村「俺らの動きに勘付いたらしい。屋敷の忍び込んだけど、あいつはもういなかった」

 

それを聞いた美香の顔も、心配そうに陰った。

 

佐助「足利義昭には、この国の大名以外にもあちこちに後ろ盾がいるんだろう。追手を察知した義元さんは、家臣を連れてそのうちのひとつへ向かったんだと思う」

 

美香「じゃあもう、この国にはいないんだね……」

 

幸村「–––美香、さっきお前が一緒にいた男、明智光秀だな?」

 

美香「……!」

 

動揺するこはるを、幸村がひたと見据える。

 

幸村「どーして安土の化け狐がお前を連れ回してるかは意味不明だけど、あいつの目的なら予想がついた。この国の大名が、信長を裏切ろうとしてる–––違うか」

 

数秒答えに迷ったあと、美香は意を決した様子で幸村を見つめ返した。

 

美香「……そうだよ。この国の大名を調べるために、ここまで来たの」

 

佐助「そして、限りなく黒に近いと判明したというわけか」

 

幸村と佐助の視線が、気だるげな様子の義昭へと注がれる。

どちらの顔にも、美香が見たことのない険しい表情が浮かんでいる。

 

佐助「実は……織田軍の領地だけじゃなく、上杉武田の領地でも同じことが頻発してるそうなんだ」

 

思ってもみなかった情報に、こはるは小さく息を呑んだ。

 

幸村「力はねーけど家柄だけはご立派な大名どもが、影でコソコソ誰かと通じ始めてるって話だ」

 

美香「まさか、それって……」

 

言いかけた言葉が、鼓の音にさえぎられた。

最後の出し物が、いよいよ始まろうとしている。

 

幸村「敵側のお前に話してやるのは、ここまでだ」

 

佐助「俺たちは君と一緒に、明智光秀がどんな策略で謀反に対抗するか、この目で見届けさせてもらう」

 

美香「……うん」

 

鼓が、軽快なリズムを刻む。

陽気な笛の音が鳴り響くのと同時に、白狐が舞台へ躍り出た。

 

佐助「–––どうやら狂言みたいだな。正確には、その原型と言うべきだろうけど」

 

美香「狂言って、古典芸能の……?」

 

幸村に聞こえないよう、美香は佐助に小声で尋ねた。

 

佐助「そう。狐が登場する演目というと『釣狐』くらいしか俺は知らないけど……」

 

美香「どんな物語なの?」

 

佐助「ざっくり言うと、賢い化け狐が猟師を騙そうとして、逆に罠にかけられる話だ。でも、これは……」

 

佐助が考え込むように黙り、美香も舞台へと注意を戻す。

物語の主人公は、一座の男性が演じる、とある殿様だ。

自らの過ちで落ちぶれてしまった殿様が、ずる賢い手をつかい権力の座へ返り咲こうとしている。

そこへ、妖艶な青年になりすました、化け狐が現れる。

光秀扮する狐の美しい立ち振る舞いに、こはるの目は釘付けになった。

お殿様に取り入った青年は、天下取りの手伝いをすると言い、あれやこれやと入れ知恵を始める。

 

話の筋書きが読めた観客は、狐の言葉に右往左往する殿様の様子に、腹を抱えて笑い出した。

これは、化け狐が愚かな殿様を騙してからかい、こらしめる話なのだと、美香は気づいた。

笑っていないのは、一段高い席で見物している足利義昭と大名たちのみだ。

義昭の隣で、大名は顔面蒼白になっている。

 

この国の裏事情を知る身分の高い者だけが、殿様が将軍を暗示していることに気がついた。

義昭本人は眉ひとつ動かさないものの、能面のように顔を凍りつかせている。

 

幸村「へーえ? 敵ながら、面白いことやってくれるじゃねーか」

 

佐助「お芝居としても見応えがある。明智光秀がこれほどの芸達者だったなんて……」

 

美香「私、行かなきゃ……!」

 

幸村・佐助「え?」

 

美香「幸村、佐助くん、またどこかで!」

 

美香はふたりに手を振り、終演が近づく舞台を目指し走り出した。

舞台上では、まんまと罠にはまり野望を打ち砕かれた殿様が、怒り狂って狐に飛びかかるところだ。

観客の笑い声はとどまることを知らず、大名は怒りのあまり震えて立ち上がった。

美香は息せき切って、舞台を支配する男の元へと駆けた。

…………


殿様を見事やりこめた狐、もとい光秀は、狭い視界の端で、舞台の脇に立つこはるの姿を捉えた。

 

「これにて、一件落着」

 

高らかに宣言すると、大喝采が巻き起こる。

 

大名「……っ、静まれ皆の者!」

 

大名の絶叫が村の人たちの笑い声に飲み込まれ、かき消される。

光秀は面をつけたまま、大名へ慇懃に礼をしてみせたあと……

美香に歩み寄り、両腕で軽々と横抱きにして、舞台中央へ連れ出した。

 

義昭「……あの娘は……」

 

美香「あの、光秀さん……っ?」

 

(さあ、総仕上げだ)

美香「……!」

 

面越しに、美香の唇を奪う。

 

最高潮になる歓声を聞きながら、光秀はわずかに面を上げてこはるに微笑みかけた。

 

「これで、妻を泣かされた借りは返したぞ」

 

美香「…………っ」

 

美香が顔をふにゃりと緩ませ、光秀の首にすがりつく。

「おっと」

 

(……役得だな)

 

大名「お前、何者だ!? 誰か! あの狐を捕らえよ!」

 

義昭「待て、その前に……わざわざ私にこのような演目を見せた理由、とくと聞かせてもらおうか?」

 

大名「義昭様……っ、これは何かの誤解で……!」

 

義昭「あの狐、そなたに礼をしていたな? 言い逃れはできぬと思え」

 

大名「ひ……っ」

 

(何もかも、筋書き通りだ)

 

「さて、祭りは終わった。美香、しっかり掴まっていろ」

 

美香「はい……!」

 

喝采と混乱が同時に巻き起こる中、光秀は観客に向かって深々と礼をすると–––

偽りの、けれどこの世で誰より愛おしい妻を腕に抱き、夜闇に姿をくらました。

 

………


「追手は振り切ったな。少し速度を落とすか」

 

美香「そうですね……」

 

満点の星の下、光秀は美香を抱くようにして前に乗せ、馬を走らせていた。

旅芸人の衣装は、名残惜しいが脱ぎ捨てた。

 

(『偽りの夫』は今夜限り、明日からはまた『腹の読めない裏切り者』を演じるとしよう)

 

真夜中の野原は静かで、馬の蹄の音と、お互いの息遣いだけしか聞こえない。

 

「寒くはないか?」

 

美香「いいえ、少しも」

 

(たしかに身体は冷えていないようだな。何よりだ)

 

–––逃走の準備は、舞台が始まる前に抜かりなく整えておいた。

最小限の荷物と一頭の馬を舞台のすぐそばに隠しておき、一座に危険が及ばないよう『自分ひとりが考えた演目だ』と大名に文を残してきた。

 

美香には明かしていないが、万が一、一座に累が及ぶ場合は手勢を差し向ける用意もある。

 

(ひとまず小さな謀反の芽は潰えた。将軍の策略の全貌も、今回のことで見えてきた。気がかりといえば……)

 

腕の中で大人しくしている美香の背中を、光秀はそっとさすった。

 

「呆けているな。今宵の仕返しはお気に召さなかったか?」

 

美香「……まさか」

 

(ならいいが)

 

雪辱を果たしたところで、美香の負った傷が消えるわけではない。

今夜の大芝居も所詮は、恋に狂った男の、手前勝手な自己満足に過ぎないのかもしれない。

 

美香「……ありがとうございました、光秀さん」

 

(お前が礼を言う必要がどこにある)

 

「夫として、当然のことをしたまでだ。……可愛いお前を貶められては、黙っていられない」

 

(巻き込んで、すまなかった)

 

美香を陥れている身で、謝罪の言葉など口に出来ない。

詫びる代わりに美香の頭に手を添え、せめて吹き付ける風から守ろうと胸に引き寄せた。

美香は大人しく、されるがままになっている。

 

「おや、今宵の妻は、やけに素直だな」

 

美香「……あなたといると、あなたを嫌う理由が減っていくんです」

 

「ん……?」

 

美香「あなたが裏切り者でも、悪人でも、それでもいいと……思ってしまいたくなるんです」

 

(こはる……。そんな目を、俺に向けるな。でないと……予定が狂うだろう)

 

残された日々、美香のそばにいて、この手で守れればそれだけでよかった。

美香に悟られないよう手前勝手に愛を注いでいられるだけで、充分だった。

美香からいくら疎まれようと構わない–––そのはずだった。

 

(お前といると、欲が出る)

 

「……言っておくが、安土に戻れば夫婦の真似事も終わりだ」

 

美香「……わかっています」

 

「だから……今のうちに、たっぷりお前を可愛がっておくとするか」

 

指先で、こはるの赤い耳をピン、と弾く。

 

美香「ぁ……っ」

 

かすかに声を漏らし、美香はおずおずと顔を上げた。

 

美香「……そうして、ください」

 

「…………」

 

(……勘弁してくれ)

 

こはるの頬は薔薇色で、瞳は蕩けるほどに潤んでおり、なかなかのものだと自負している光秀の理性を、殺しにかかってくる。

 

美香「あなたが私にくれるものが、本物の優しさだと……私に思わせて、騙しきってください。今だけで、いいですから」

 

「美香……」

 

腰に腕を回し、強く引き寄せる。

美香も光秀の背に腕を回し、そっと抱きしめ返した。

 

(愛せるだけで、充分だった。想いを返してほしいなどとは、一切、望んでいなかった。だが、俺は……己の心にまで嘘をついていたのかもしれない)

 

この先ずっと、どこにも行かせたくない。

美香の身も心も、奪い去りたい。

美香は鼻先を光秀の胸板に埋め、温もりを分け与えてくれる。

 

「お前は案外、甘えただな」

美香「……今だけです」

 

(今だけ、か……。そうだな、そうでなくては)

 

冷静さを取り戻そうと、自分に言い聞かせるけれど–––

美香「光秀さんは、演技が上手ですね。舞台の上でも、それ以外でも」

 

(…………っ)

美香の言葉が、光秀の努力を無に帰した。

声が震えていることになど、気づかなければよかった。

 

「……それは、買いかぶりだ」

美香「え? ……ん……っ」

 

堪えきれずに顎を持ち上げ、唇を盗んだ。

ただ触れるだけの口づけが、気が狂いそうなほどに胸を灼く。

 

(どうか、している。……お前も、俺も)

 

冷え切った夜風を深く吸い込み、どうにか微笑を作ってみせる。

 

「……まったく、なんて顔をするんだ、お前は。たかが口づけひとつだろう?」

 

額を小突いてやると、美香は我に返ったように目を瞬かせた。

 

美香「な……何ですか、今の……!?」

 

「ごくありふれた妻への愛情表現だが、それがどうした?」

 

美香「どうしたもこうしたも……っ、やりすぎです!」

「安土に戻るまでは夫婦のフリをすると言っただろう。ああ、この程度では物足りないか?」

 

美香「違います……っ」

 

眉を吊り上げながらも、美香の腕は緩まない。

 

光秀も、優しくこはるを支え続けた。

 

(俺とお前は……出逢うべきではなかった)

 

夜から夜へ、闇から闇へ–––日なたを避けて生きることを自ら選んだ。己の望みを叶えるために。

 

(迷いも悔いもない。この先もそれは揺るがない。ただ……己の見極めが甘かった。俺はまだ未熟らしい。これほどまでに……愛することに、飢えていたとは)

 

出逢うべきではなかった。けれど、

出逢わなければよかったとは、どうしても思えなかった。

光秀は安土に戻るまでの間、やがて失うと知っている至福を、ひたすらに噛み締めた。

…………


(ん……?)

 

安土にたどり着く頃、光秀は全神経を常に尖らせる普段の自分を取り戻していた。

城の門前に、大勢の兵士たちが詰めかけているのが見える。

 

(……妙だな、様子がおかしい)

 

頭の中で警鐘が鳴り始めるが、美香を怯えさせないよう、何事もないように微笑みかけた。

 

「ご苦労だったな、美香」

 

美香「……っ、はい」

 

(夫婦ごっこは終りだ。今後は、手前勝手にお前を愛でることも、やめることにする。だからお前は……これ以上、俺に煩わされなくていい)

 

美香を両手で支え、馬からそっと下ろしてやる。

 

(戯れに触れるのは、これを最後にする。ただお前を想うだけなら、許されるだろう)

 

光秀は長旅を労うため、美香への贈り物を事前に用意してあった。

 

溢れかけている感情をその品に込め、心ごと美香に渡してしまおう–––そう決めた。

 

兵たち「そこを動くな、光秀殿!」

(…………!)

 

突如、兵たちが刀を抜き放ち、一斉に光秀を取り囲む。

数人がかりで羽交い締めにされ、光秀は膝をついた。

 

「おやおや、ずいぶんと熱烈な出迎えだな」

 

美香「やめてください! どうしてこんなことを……!?」

 

兵「光秀殿、信長様への反逆を企てた罪であなたを投獄いたす!」

 

(はてさて……誰の差金か)

 

おおよそ見当はついたが、断定するのは早計だ。

何分、自分には敵が多すぎる。

 

(旅は終わった。俺は俺の日常に戻るとしよう)

 

美香の姿を目に焼き付けた後、光秀は鋭い視線を現実へと向けた。

 

(いつも以上に気を引き締めて当たらなければな。何せ……大切なものが、ひとつ増えた)