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イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【光秀】共通7話前半

 

 

(ついに今夜だ……)

 

お囃子の音が鳴り響き、一夜の特別な祭りが始まった。

次から次へ華やかな芸を繰り広げる一座の面々、舞台を囲み賑わう村の人たち、そして–––

 

一段高い場所に設けられた豪奢な観覧席では、大名と『義昭様』がくつろいでいる。

義元さんの姿は、見当たらない。

 

(佐助くんと幸村は、義元さんに会えたかな……)

 

光秀「どうした、浮かない顔をして」

 

「いいえ、何でも……」

 

(光秀さんには話せない。……でも、秘密があるのは、お互い様だ)

 

–––あれから結局、光秀さんに何を問いかけてもはぐらかされた。

 

ーーーーーーーー

「光秀さんは気づいてたんでしょう? 昨日、私が会ったのは……将軍、足利義昭だって。信長様と争って負けた人だと、光秀さんに教わりました。だったら、この謀反の疑惑は……小国のいざこざにおさまらない可能性がある、そうですよね……っ?」

 

光秀「そうだとしても、五百年先の世からやってきたお前には、関係のない話だ」

 

ーーーーーーーー

 

「光秀さん、これって、どういうお芝居なんですか?」

 

光秀「ちょっとした喜劇だ。俺が筋書きを考えた」

 

「光秀さんが……?」

 

光秀「まあ楽しみにしていろ。いい見世物になること請け合いだ」

 

ーーーーーーーー

 

(光秀さんは『祭りの夜にケリをつける』って言ってたけど……)

 

「光秀さんが演じるお芝居の中身くらい、教えてくれてもいいんじゃないですか?」

 

光秀「それはできない相談だ。本番の楽しみが減るだろう?」

 

(この笑顔……絶対、何か企んでる)

 

これから光秀さんは、狐をかたどった面をつけて、舞台に立つ。

光秀さんが筋書きから演出までを務め、自らも出演する喜劇は、座長さんのお墨付きで、祭りの出し物のトリを飾ることになっている。

 

(『村人全員が抱腹絶倒間違いなし』って、光秀さんは言ってた……)

 

策略の一部とはいえ、大勢の前でお芝居をするというのに、光秀さんはリラックスしきっている。

 

「緊張、全然しないんですね」

 

光秀「必要がないからな」

 

(人並みの度胸じゃないな)

 

座長「おーい、光さん! 美香さん!」

 

「座長さん! お疲れ様です」

 

会場をたっぷり沸かせて出番を終えた座長さんが、舞台を下りてそばへと駆けてくる。

 

座長「休憩を挟んだら、ついに光さんの出番だな。楽しみにしとるからな!」

 

光秀「お任せください、座長」

 

胸に手をあてにこやかに応じたあと、光秀さんは不意に居住まいをただした。

 

光秀「座長をはじめ、一座のみんなには世話になりました。この数日間、本当に楽しかった」

 

(光秀さん……?)

 

光秀「心から礼を言います。ありがとうございました」

 

光秀さんが深々と礼をするのを見て、私も慌ててそれにならう。

 

「私もお世話になりました」

 

座長「なんだなんだ、まだ祭りは終わっとらんぞ?」

 

カラカラと笑い、座長さんは私たちの肩を叩いて舞台裏へ去っていった。

 

(光秀さんの今の言葉には、真心がこもってた気がする……。多分、ただの挨拶じゃない)

 

光秀「美香」

 

「は、はい」

 

光秀「芝居が終盤に差し掛かったら、舞台脇まで上がってこい」

 

「え……?」

 

光秀「言っただろう? お前に総仕上げを任せたいと」

(そういえば……)

 

ーーーーーーーー

 

「私にお手伝いできることはありますか?」

 

光秀「お前には、総仕上げの大役を任せよう」

ーーーーーーーー

 

「そこで私は何をすれば……?」

 

光秀「俺に、されるがままになれ」

 

長いまつ毛に縁取られた瞳が、刃物のような鋭さを宿している。

 

(お芝居が終わる瞬間に、仕掛ける気なんだ。一瞬で、謀反の芽を摘み取る何かを……)

 

だからこそ、座長さんに別れの挨拶を伝えたのだ。

 

(止めても無駄だろうし、この人ならきっとやり遂げる。でも……)

 

「どうか、気をつけてくださいね」

 

光秀「おや、俺を心配してくれるのか?」

 

「いけませんか? だって……私はあなたの妻でしょう。……ニセモノ、ですけど」

 

小声で付け加えると、光秀さんの笑みが柔らかくなった。

 

光秀「フリでも嬉しい」

 

耳元で囁かれ、一瞬、祭りの喧騒が遠のいた。

かがり火が照り映える切れ長の瞳に、目を奪われる。

 

「そ……っ」

 

光秀「ん?」

 

「そろそろ舞台に上がってください! 準備をしないと……!」

 

光秀「ああ。–––行ってくる」

 

身体を傾けた光秀さんが、私の頭のてっぺんにキスを落とす。

 

(わ……っ)

 

私にひと言いう暇も与えず、光秀さんは狐の面で顔を隠し、舞台袖へと消えた。

 

(光秀さん、どうか無事で)

 

幕開きを待ちながら私の胸に兆したのは、意外にも不安だけではなかった。

これから始まるお芝居への期待で、はちきれんばかりになっている。

 

(私、わくわくしてる……。きっと、とんでもないことが起きるんだろうけど……)

 

これが喜劇だと光秀さんが言うのなら、待ち受けるのは、胸のすく大団円に違いない。

そう確信した時、離れた場所から声がかかった。

 

佐助「美香さん!」

 

幸村「よー」

 

(佐助くん、幸村……!)

 

人混みをかき分け、ふたりに駆け寄る。

 

佐助「見覚えのある側頭部が見えたから、もしかしたらと思って」

 

「側頭部だけでよくわかったね……! また会えて嬉しいよ、ふたりとも」

 

幸村「ったく、敵同士だってのに能天気なヤツだな。お前といると調子狂う」

 

「ふたりのことは友だちだと思ってるから。それで……義元さんには会えた?」

 

幸村は表情を曇らせ、首を横に振った。

 

幸村「俺らの動きに勘付いたらしい。屋敷の忍び込んだけど、あいつはもういなかった」

 

(そんな……)

 

佐助「足利義昭には、この国の大名以外にもあちこちに後ろ盾がいるんだろう。追手を察知した義元さんは、家臣を連れてそのうちのひとつへ向かったんだと思う」

 

「じゃあもう、この国にはいないんだね……」

 

幸村「–––美香、さっきお前が一緒にいた男、明智光秀だな?」

 

「……!」

 

(幸村は、光秀さんの顔を知ってたんだ……)

 

幸村「どーして安土の化け狐がお前を連れ回してるかは意味不明だけど、あいつの目的なら予想がついた。この国の大名が、信長を裏切ろうとしてる–––違うか」

 

(……っ、嘘を言っても、通じない目だ)

 

きっと幸村も光秀さんと同じく、優れた乱世の武将なのだと直感する。

 

「……そうだよ。この国の大名を調べるために、ここまで来たの」

 

佐助「そして、限りなく黒に近いと判明したというわけか」

 

幸村と佐助くんの視線が、気だるげに幕開きを待つ『義昭様』へと注がれる。

 

(ふたりとも、急に怖い顔に……)

 

佐助「実は……織田軍の領地だけじゃなく、上杉武田の領地でも同じことが頻発してるそうなんだ」

 

(織田軍の、敵側でも……?)

 

幸村「力はねーけど家柄だけはご立派な大名どもが、影でコソコソ誰かと通じ始めてるって話だ」

 

「まさか、それって……」

 

言いかけた言葉を、鼓の音がさえぎった。

 

(……! お芝居が始まる)

 

幸村「敵側のお前に話してやるのは、ここまでだ」

 

佐助「俺たちは君と一緒に、明智光秀がどんな策略で謀反に対抗するか、この目で見届けさせてもらう」

 

「……うん」

 

鼓が、軽快なリズムを刻み始める。

陽気な笛の音が鳴り響くのと同時に、白狐が舞台へ躍り出た。

 

(光秀さん……!)

 

佐助「–––どうやら狂言みたいだな。正確には、その原型と言うべきだろうけど」

 

狂言って、古典芸能の……?」

 

幸村に聞こえないように、佐助くんに小声で尋ねる。

 

佐助「そう。狐が登場する演目というと『釣狐』くらいしか俺は知らないけど……」

 

「どんな物語なの?」

 

佐助「ざっくり言うと、賢い化け狐が猟師を騙そうとして、逆に罠にかけられる話だ。でも、これは……」

 

佐助くんは考え込むように黙り、私も舞台へと注意を戻す。

物語の主人公は、一座の男性が演じる、とあるお殿様だ。

自らの過ちで落ちぶれてしまったお殿様が、ずる賢い手をつかい権力の座へ返り咲こうとしてる。

 

そこへ、妖艶な青年になりすました、化け狐が現れる。

 

(すごい……! 動きのひとつひとつに目を奪われてしまう)

 

お殿様に取り入った青年は、天下取りの手伝いをすると言い、あれやこれやと入れ知恵を始める。

話の筋書きが読めた観客は、狐の言葉に右往左往するお殿様の様子に、腹を抱えて笑い出した。

 

(これは……化け狐が愚かなお殿様を徹底的に騙してからかって、こらしめてしまう話なんだ!)

 

笑っていないのは、一段高い席で見物している『義昭様』と大名たちだ。

 

(うわ、大名の顔、真っ青……。当然だ)

 

この国の裏事情を知る偉い人たちだけは気づくはずだ。物語のお殿様は『義昭様』を暗示していると。

『義昭様』本人は眉ひとつ動かさないものの、能面のように顔を凍りつかせている。

 

幸村「へーえ? 敵ながら、面白いことやってくれるじゃねーか」

 

佐助「お芝居としても見応えがある。明智光秀がこれほど芸達者だったなんて……」

 

「私、行かなきゃ……!」

 

幸村・佐助「え?」

 

「幸村、佐助くん、またどこかで!」

 

ふたりに手を振り、終幕が近づく舞台を目指して走った。

舞台上では、まんまと罠にはまり野望を打ち砕かれたお殿様が、怒り狂って狐に飛びかかるところだ。

観客の笑い声はとどまることを知らず、大名は怒りのあまり震えて立ち上がった。

 

(光秀さん……!)

 

私が舞台へ駆け上がったのと同時に、狐がお殿様を見事返り討ちにした。

 

光秀「これにて、一件落着」

 

狐が高らかに宣言し、大喝采と同時に芝居は大団円を迎えた。

 

大名「……っ、静まれ皆の者!」

 

大名の絶叫が、村の人たちの笑い声に飲み込まれ、かき消される。

狐は面をつけたまま、大名へ慇懃にお辞儀をして見せたあと……

 

(あ……っ)

 

光秀さんは私に歩み寄り、両腕でふわりと横抱きにし、舞台の真ん中へ連れ出した。

 

義昭「……あの娘は……」

 

「あの、光秀さん……っ?」

 

(!?)

 

面越しに口づけが落とされ、歓声が最高潮になる。

光秀さんは面をわずかに上げて、私ににやりと微笑んだ。

 

光秀「これで、妻を泣かされた借りは返したぞ」

 

「…………っ」

 

胸がいっぱいになって、私は意地悪な狐の首にぎゅっと抱きついた。

 

光秀「おっと」

 

大名「お前、何者だ!? 誰か! あの狐を捕らえよ!」

 

義昭「待て、その前に……わざわざ私にこのような演目を見せた理由、とくと聞かせてもらおうか?」

 

大名「義昭様……っ、これは何かの誤解で……!」

 

義昭「あの狐、そなたに礼をしていたな? 言い逃れはできぬと思え」

 

大名「ひ……っ」

 

(仲間割れしてる……。光秀さんは、これを狙って芝居を打ったんだ!)

 

光秀「さて、祭りは終わった。こはる、しっかり掴まっていろ」

 

「はい……!」

 

喝采と混乱が同時に巻き起こる中、光秀さんは観客に向かって深々と礼をすると–––

私を抱いたまま、夜闇へ姿を消した。

 

………

 

光秀「追手は振り切ったな。少し速度を落とすか」

 

「そうですね……」

 

満点の星の下、光秀さんは私を抱くようにして前に乗せ、馬を走らせていた。

旅芸人の衣装をすっかり脱ぎ捨て、武将の顔に戻っている。

 

(本当に狐に化かされた気分だな。お祭りの賑わいが幻だったみたいに思える)

 

真夜中の野原は静かで、馬の蹄の音と、お互いの息遣いだけしか聞こえない。

 

光秀「寒くはないか?」

 

「いいえ、少しも」

 

(それどころかずっと、身体の奥が温かい)

 

–––光秀さんは、逃走の準備まで完璧に整えていた。

最小限の荷物と、一頭の馬が、舞台のすぐそばに隠されていたのだ。

一座に危険が及ばないよう『自分ひとりが考えた演目だ』と大名に置き手紙まで残してきたという。

 

(みんなみんな、光秀さんの手のひらの上……。刀ひとつ振るわずに、謀反の芽を摘んでしまった。でも、あんな派手なやり方を選んだのは、きっと……)

 

光秀「呆けているな。今宵の仕返しはお気に召さなかったか?」

 

「……まさか」

 

(やっぱりそうだ。冗談めかしても、わかる……)

 

光秀さんが仕掛けた今夜の大芝居は、私のための演目だった。

 

「……ありがとうございました、光秀さん」

 

光秀「夫として、当然のことをしたまでだ。……可愛いお前を貶められては、黙っていられない」

 

形の良い手が、髪を乱す風をさえぎるように、私の頭に添えられる。

されるがまま、固い胸板に頬を寄せた。

 

光秀「おや、今宵の妻は、やけに素直だな」 

 

「……あなたといると、あなたを嫌う理由が減っていくんです」

 

光秀「ん……?」

 

「あなたが裏切り者でも、悪人でも、それでもいいと……思ってしまいたくなるんです」

 

光秀「…………」

 

(ずっとこのまま、夜をふたりで走っていけたらいいのに)

 

光秀「……言っておくが、安土に戻れば夫婦の真似事も終わりだ」

 

「……わかっています」

 

光秀「だから……、今のうちに、たっぷりお前を可愛がっておくとするか」

 

(ぁ……っ)

 

長い指先が、私の耳をピン、と弾く。

顔を上げると、優しいとしか言えない眼差しがそこにあった。

 

「……そうして、ください」

 

光秀「…………」

 

「あなたが私にくれるものが、本物の優しさだと……私に思わせて、騙しきってください。今だけで、いいですから」

 

光秀「美香……」

 

腰に腕が回り、強く引き寄せられる。

私もそっと広い背中に腕を回し、抱きしめ返した。

 

(心臓の音、速くなってる……。でも、どっちの?)

乱れる心音が重なって、聞き分けできない。

 

けれど、それももう、どうでもよかった。

(ただ、今このひと時を、味わっていたい)

 

滑らかな首筋に鼻先をうずめ、淡く漂う香の香りを吸い込む。

 

光秀「お前は案外、甘えただな」

 

「……今だけです」

 

(惚れれば地獄……何回この言葉を思い返しただろう。本当に、笑っちゃうくらい、その通りだ)

 

この人の偽りの優しさは、あまりに精巧に出来ていて、まるで本物の温もりのようで–––

ずっと、包まれていたくなる。

 

「光秀さんは、演技が上手ですね。舞台の上でも、それ以外でも」

 

光秀「……それは、買いかぶりだ」

 

「え? ……ん……っ」

 

顎を持ち上げられ、唇が重なった。

 

(っ……どうして……?)

 

触れるだけのキスひとつで、心臓が潰れるかと思った。

 

光秀「……まったく、なんて顔をするんだ、お前は。たかが口づけひとつだろう?」

 

こつん、と額を小突かれて、ようやく我に返る。

 

「な……何ですか、今の……!?」

 

光秀「ごくありふれた妻への愛情表現だが、それがどうした?」

 

「どうしたもこうしたも……っ、やりすぎです!」

 

光秀「安土に戻るまでは夫婦のフリをすると言っただろう。ああ、この程度では物足りないか?」

 

「違います……っ」

 

眉を吊り上げながらも、抱きしめる腕を解く気にはなれない。

腰に回る光秀さんの腕も、優しく私を支えたままだ。

 

(ああもう、どうしよう)

 

こんな人、好きにならずにいられない。

待ち受けるのがたとえ地獄でも。

安土へ戻るまで、甘くてずるい時間が、ずっと続いた。だから……

ふたりで慎重に紡ぐ偽りの絆が、一瞬で断ち切られることになるとは、思ってもみなかった。

 

(戻って来てしまった……)

 

城の門前に、大勢の兵士たちが出迎えに来ているのが見えてきて、胸がざらついた。

旅が終わる安堵よりも、寂しさが勝っている。

 

光秀「ご苦労だったな、美香」

 

「……っ、はい」

 

夫婦ごっこはおしまいだ。けれど、私の中に芽生えてしまった恋は、続いていく。

 

(これから私、どんな顔をして、光秀さんと過ごせばいいの……?)

 

痛む胸を押さえたその時だった。

 

兵たち「そこを動くな、光秀殿!」

 

(な、何!?)

 

刀を抜き放った兵たちが、一斉に光秀さんを取り囲む。

数人がかりで羽交い締めにされ、光秀さんは膝をついた。

 

光秀「おやおや、ずいぶんと熱烈な出迎えだな」

 

「やめてください! どうしてこんなことを……!?」

 

兵「光秀殿、信長様への反逆を企てた罪であなたを投獄いたす!」

 

光秀「…………」

 

(え……!?)