戦国【佐助】共通9話後半
佐助「……」
(っ……私の気持ちは変わらない)
言葉を交わさないまま、ふんっとお互いに顔を背け合う。
幸村「おいおい、お前らな……」
困り顔の幸村を残し、佐助くんは頑として黙ったまま去っていった。
(こんなにも分かり合えないのは、初めてだ。誰より一番、佐助くんに、分かってほしいのに……っ)
…………
美香と別れたあと、佐助はひとりになって、ゴンッと頭を壁に打ちつけた。
佐助「俺は……っ、何をやってるんだ。美香さんを守りたいのに、傷つけるなんて……っ」
…………
佐助くんが行ってしまっても、私は俯いたまま歩きだせずにいた。
少しでも動けば、みっともない嗚咽が口からこぼれだしそうで。
(分かってる……。無茶なことをしようとしてるのは。心配だから、大事だから、佐助くんは止めようとしてくれてるってことも。でも、私だって……!)
「……っ、う……佐助くんの、バカ……!」
そばにいてくれた幸村が、焦ったように目を瞬いた。
幸村「っ、ちょ、お前、泣くなよ……!」
「……っ、泣いて、ない……!」
幸村「どこがだよ。ボロボロに泣いてんじゃねーか! ええっと……っ」
わたわたと幸村が自分の懐に手を突っ込んで何かを探る。
幸村「くそ、ねーか。信玄様が『男は手ぬぐいを常備すべし』つってたのはこーいうことかよ……っ。ああもう、しょうがねー……!」
(あ……)
幸村は腕を上げ、自分の着物の袖を少し乱暴に私の目元に押し付けた。
「っ、いいよ、ごめん、大丈夫……っ。すぐ泣き止むから」
幸村「いーから強がんな、バカ」
(うー……)
我慢しようとしても次々と涙が零れ落ちて止まらない。
幸村はちょっと遠慮がちに、頭をくしゃっと撫でてくれた。
(っ……幸村にまで、嫌な思いさせちゃったな)
すう、はあ、と深呼吸を繰り返すうち、血ののぼりきった頭が冷え、涙もやがて引いた。
顔を上げ、照れくさい気持ちをごまかしたくて少し笑う。
「……みっともないところ見せちゃったね。今度こそ、ほんとに落ち着いた。幸村、ありがと」
幸村「……っ。……おー」
「ふう……。ほんとごめん! いい大人なのにケンカして泣くなんて、我ながら恥ずかしいよ」
幸村「ほんとにな。佐助とお前、仲いい割に、ちょいちょい揉めるよな」
「うん、そうかも」
幸村「お前、あの謙信様がめちゃくちゃ言ってきても落ち着いて話せるくせに、佐助にだけ、ああなのな」
幸村の意外そうな視線が私へ注がれる。
「……うん、そうみたい」
(佐助くんに分かってもらえないことが、もどかしくて悔しくて、何より悲しい……。別々の人間だから、100%分かり合うことができないのは当たり前なのに。佐助くんが好きで、大好きすぎて……佐助くんには、うまくできない。でも、分かって欲しいって泣いてるだけじゃ、何も伝わらない)
すぐに逢いに行きたいけれど……拒絶されたらと思うと怖い。
「佐助くん、知り合ってから今までで一番、怒ってたな……」
幸村「いや、あの感じは相当落ち込んでるぞ」
「ほんと……?」
幸村が肩をすくめて苦笑をもらす。
幸村「俺が何年あいつのそばにいると思ってんだ。さすがに分かる」
(佐助くんも……)
今この瞬間、佐助くんが胸を痛めているのなら、拒絶を怖がっている場合じゃない。
「っ……私、佐助くんに会ってくる。今度は冷静に話してみる」
幸村「……そうか」
決意を固めた私に、幸村が嬉しそうに微笑んだ。
幸村「でもあいつ、部屋にはいねーぞ、多分」
「え?」
幸村「こういう時はたいてい、お気に入りの場所にいる」
「お気に入りの場所って……」
佐助「佐助は、頭がいいくせにバカだからな。バカと煙は高いところだ」
幸村が指さしたのは、小さな窓から見えるあの建物だった。
(あそこに佐助くんがいるんだ)
「分かった、行ってくる!」
急いで駆け出しながら、幸村へと振り返る。
「幸村、本当にありがとう!」
幸村「……っ。……いーから、とっとと行け」
「うん! おやすみ!」
(もう一度、佐助くんとちゃんと話そう。分かってもらえなくても、私の思ってること、丁寧に伝えよう)
…………
駆けていく美香の背中が見えなくなるまで、幸村はその場に立ち尽くしていた。
幸村「わけわかんねー。なんで俺が、こんな気持ちになってんだよ……。なんでかあいつを、佐助のとこに行かせたくねーとか……。バカじゃねーの、俺」
…………
(幸村の言った通りだった……!)
場内にある一番高い見張り台に登ると、探していた背中が見つかった。
「佐助くん!」
佐助「……! 美香さん……」
振り向いた佐助くんの眼差しがとても切なげで、一瞬で心臓が掴まれる。
佐助「…………」
「…………」
(……何から話そう)
「佐助くんと話がしたいんだけど……いいかな」
佐助「……来てくれたのに断る理由がない」
佐助くんはそっと一歩、隅に寄る。
(隣においで、ってことかな……)
「……お邪魔します」
緊張しながらも、引き寄せられるように佐助くんの横に立つと、
(わぁ……)
暗闇の中、町の灯りと空の星の光が、目の前いっぱいにきらめていた。
(前に安土で佐助くんと一緒に見た星を思い出すな。佐助くんが用意してくれた望遠鏡で飽きずに夜空を眺めたっけ)
少し前のことなのになんだか懐かしい。
佐助「……幸村に聞いたの? 俺がここにいること」
「うん。……星を見てたの?」
佐助「ああ」
(そう言えば、前に言ってたな)
ーーーーーーーー
佐助「こうして空を眺めていると、俺がここにいるのは宇宙の定めなんだと思えて、いいことも悪いことも受け入れることができる」
ーーーーーーーー
佐助くんの胸のうちを思うと苦しくなる。
(私が交渉役を引き受ける以外、突破口がないことは、きっと佐助くんも分かってる。それでもこの人は、私をとても心配して反対してくれてる……)
「佐助くん、ごめ……」
佐助「ごめん、美香さん」
(え……)
早口になりながら、先に謝ったのは佐助くんの方だった。
佐助「今回の件は、全面的に俺が冷静さを欠いていた。君は賢い人なのに、『分かってない』『甘い』だなんて、事実無根なことを言った。本当にすまない」
いつもの無表情が消え、佐助君は辛そうに目を伏せる。
(佐助くんが謝ることないのに……)
「ううん、こっちこそごめん。佐助くんは間違ってないよ。私は四年間必死に生き抜いてきた佐助くんや、国を背負って立つ武将のみんなとは、比べものにならないほど甘いと思うもの。だから……ムッとしたのは、情けないけど図星だったからだよ」
言葉にすると、あらためて自分の未熟さが身に染みる。
佐助「……それでも、ごめん。君には君の覚悟があるのに。誰もそれを否定することなんて出来ないのに」
(……佐助くんは、どこまでも誠実な人だな。こういうところ……大好きだな)
自然と口元がほころんで、愛おしさが胸に降り積もっていく。
「ありがとう、佐助くん」
佐助「いや、お礼を言う場面じゃない。君はもっと俺に怒ってもいいくらいだ。……正直、君があれほど潔く引き受けることを選ぶとは思わなかった」
私を真っ直ぐに見つめる瞳は、いつも通りの冷静さを取り戻している。
佐助「乱世にきたばかりの頃は、安土城に閉じこもっていた君が……守るべき対象だった君が、こんなにも強い人だったなんて」
驚きと感心が混じったような呟きに、首を横に振る。
「そんなすごいものじゃないよ。さっきは、勢いで引き受けてしまったところもあるから」
(冷静になって考えたら、佐助くんの言葉はもっともだって理解できる)
とても大きな危険をはらんだ役目なのだという、恐ろしさも湧いてきた。でも……
「私は全然、強くない。国を背負ってるわけでもない、戦場を戦い抜く技能もない、どっちの敵か味方かさえ決めかねている。ただ……そんな、非力で普通の人間だからこそ、両軍の橋渡しができるんじゃないかと思うんだ」
佐助「…………」
「佐助くんの言う通り、これはきっと命がけの仕事になる。だから……」
佐助くんを真っ直ぐに見つめ返して、微笑む。
「お願い。私のこと、守ってね」
佐助「…………っ」
「佐助くんがそばにいてくれるなら、私は何も怖くはないよ」
(自分でも不思議なほど、そう強く思える)
佐助「……まさか、そうくるとはな」
「駄目かな」
眩しそうに目を細めた佐助くんのクールな表情が崩れて……
佐助「駄目じゃない。駄目なわけが、ない」
(あ……)
たくましい腕の中にぎゅっと閉じ込められた。
「っ、佐助くん……?」
佐助「ごめん。今だけこうさせて」
「……っ、うん」
耳元で響く思いつめた声音に、鼓動が騒ぐ。
佐助「君は俺にとって、宇宙と同じくらい謎だ。分からないから、もどかしくなる。知りたくて、知りたくて、焦がれる」
声を振り絞り、私を包む佐助くんの腕に力が込められていく。
(佐助くん……。私も同じだよ。あなたの気持ちが、何より知りたい)
–––……どれくらいそうしていただろう。
月が高い位置に移動し、佐助くんの腕が解かれた時には、夜風の冷たさも感じないくらい身体は熱くなっていた。
佐助「……ふう」
深く吸いこんだ息を吐き出すと、佐助くんは居住まいを正して礼儀正しくお辞儀をする。
佐助「……大変失礼しました」
「い、いえ、お気になさらず……」
(なんで突然の謝罪……? やっぱり佐助くんって謎だ……)
すっかり冷静になった佐助くんが、私の手を優しく握る。
佐助「よし、美香さん。部屋に戻ろう。睡眠を十分に取って、朝一番で謙信様のところへ一緒に向かおう」
「謙信様に?」
佐助「ああ」
キビキビと歩き出した佐助くんは、すっかりクールでマイペースな普段のテンポに戻ってる。
佐助「君が交渉役を引き受けることを報告しよう。そして……俺が必ず、君を守り通すことも」
(佐助くん……!)
佐助「決めた。君が運命にあらがうのなら、俺も一緒に立ち向かう」
「ありがとう……!」
手を繋いで引き返しながら、私たちは笑い合った。喧嘩していたことが嘘のように。
佐助くんの言葉は何より私を勇気づけ、心を強くしてくれる。
(佐助くんが私に向ける激しい感情が、友情なのか、恋なのか、よくわた分からない。でも……嬉しい。どっちだとしても、私は佐助くんが好きだ)
佐助くんの気持ちが気にならないと言えば嘘になるけれど、今は繋いだ手から伝わるぬくもりだけで、十分だと思える。
(戦の前に私の想いを伝えて、佐助くんを動揺させたくない。無事に一時休戦が実現して、平和が訪れたら、この気持ちを全部、伝えよう)
…………
数日後–––
顕如「……元就、この事態はどういうことだ」
険しい表情の顕如に対して、元就は唇で弧を描いた。
元就「どうもこうもねえだろ? 俺が南蛮から仕入れて、蘭丸とお前らの同胞がバラまいた武器が、憎い信長の力をゴリゴリ削ってる。計画は順風満帆だ」
顕如「兵のみならず、罪なき村人にまで武器を渡すなどとは聞いていない」
元就「まあまあ、そこは臨機応変ってヤツよ。カッカすんなって」
元就が大げさに肩をすくめていると、行きを荒くして蘭丸が駆け込んできた。
蘭丸「顕如様! 上杉武田軍から織田軍に、一時休戦の申し入れがありました……!」
顕如「何……?」
蘭丸「民の混乱を鎮めるため、互いに今は手を結ぼうと。暴動を起こさせて軍力を削ろうとする元就のめちゃくちゃな目論見に、彼らは気づいています」
顕如「信長が……安土の奥深くからついに出てくるか」
元就「何もかも計画通りじゃねえか」
残忍な笑みを浮かべる元就が、顕如を射るように見据えた。
元就「顕如、覚悟を決めとけよ。信長の首、お前にやるよ」
顕如「……ああ、無論だ」
蘭丸「顕如様……っ、このままじゃ、この日ノ本は……!」
もどかしそうに蘭丸が叫ぶと、元就が口の端をつり上げた。
元就「お前、まだそんなこと言ってんのか? 腹くくれ、蘭丸」
蘭丸「…………っ」
見えない何かに押し潰されそうになりながらも、蘭丸は必死に唇を噛み耐え続けた。
…………
タイムスリップから二ヶ月と二週間–––
国境の開けた平野の真ん中で、両軍の和平交渉が開かれることになった。
信長・秀吉「…………」
謙信・信玄「…………」
(空気が凍りそう……!)