戦国【佐助】共通7話後半
佐助「当分、君のツッコミが聞けないのは俺も寂しい。というか……ツッコミだけじゃないな」
「え?」
少し戸惑ったように佐助くんが目を伏せた。
佐助「どうやら俺は、君がいないと寂しいみたいだ」
「ええっ?」
くらっとして、目の前で星が砕け散ったかと思った。
当の佐助くんも自分の言葉に驚いているらしく、首をかしげている。
(待って、一旦落ち着こう……! 佐助くんは常に直球勝負の忍者、深い意味はないはずだ)
「さ、寂しいって……男の人でも、そんなふうに思うんだね」
平静を装ってそう言うと、佐助くんはあっけらかんと頷いた。
佐助「人間なら誰でも思う時はあるんじゃないか。弱さや寂しさやを表に出さない人もいるだろうけど、見栄を張っても事実は変わらない」
(こうして自分の弱さをさらけ出せるのは、ある意味佐助くんの強さかも。また新しく、好きなところを見つけちゃったな……)
鼓動が騒いで落ち着かないのに、もっと佐助くんの心の中を知りたくなる。
「ええっと……寂しいのは、当分ひとりで過ごすから、だよね」
佐助「いや、単身任務には慣れてるから、寂しいのは単に君がそばにいないせいだと思う」
(っ……!)
はっきりと言葉にされ、胸がきゅーっと痛くなる。
「それ……本気にしていいの?」
佐助「もちろん。俺は嘘がつけないことは君も知ってるだろう?」
(知ってる。けど……っ。すごく照れくさい)
「でも、どうして……? 執着しないのがクセになってるって言ってたのに」
佐助「言われてみれば、どうしてだろう。君と離れている間に原因を探ってみる」
「……うん、そうして」
(原因が分かったら、私にも教えてほしいな)
佐助「それじゃ、俺はこれで。夜分に長居してごめん」
「ううん、来てくれてありがとう」
佐助「クナイ、美香さんの護衛をよろしく」
クナイ「きぃ!」
佐助くんが部屋を出て襖が閉まっても、鼓動はなかなか静まらない。
『君がいなくて寂しい』–––真顔で告げられた言葉を、何度も頭の中でリピートしてしまう。
(知らなかった……佐助くんって、天然小悪魔男子だ……っ。もう、人の気も知らないで……!)
『君がいないと寂しい』なんて言われたら、舞い上がらずにはいられない。
(でも……私ひとり浮ついてる場合じゃない。佐助くんが向かうのは、織田軍の領地なんだ)
もうすぐ戦が起ころうとしている。
そうなれば、上杉武田軍と織田軍の人たちが、互いに傷つけ合うことになる。
(この時代に来て仲良くなった人たち同士が、ぶつかり合ってしまう……)
考えた途端に、ふわふわした楽しい気分が、しゅん……としぼんでいった。
(佐助くんに守り抜かれて、私は安全な場所にいる。危うい乱世でひとりだけ幸福を感じてるのは、悪いことのような気がする……)
–––それでも、佐助くんを想えば、甘いときめきですぐに胸が満たされていく。
(今見送ったばかりなのに、もう逢いたいよ……)
…………
佐助くんが春日山を出てから数日後–––
私は信玄様と幸村に連れ出され、噂の甘味処に来ていた。
信玄「ここは黒蜜を使った甘味が絶品なんだ」
幸村「食い過ぎないで下さいよ、信玄様」
信玄「固いこと言うなよ、幸」
(ふふ、本当にこのふたり、仲がいい主従だな」
三人で並んで座り、たっぷりと黒蜜がかかった団子を頬張る。
「わ、こんなに美味しい黒蜜、初めて……!」
信玄「気に入ったかな?」
「はい。素敵なお店を教えてくれて、ありがとうございます」
信玄「礼は言わなくていい。何より俺が君と甘味を食べたかったからな。魅力的な君と食べればより一層、美味く感じること間違いないだろう?」
幸村「はー…。あんたの女好きもここまできたら病気だ」
信玄「馬鹿を言え。イイ女を前にすれば、誰だって口説きたくなるさ」
幸村「あーはいはい。勝手に言ってて下さい。それより美香。お前はずっと部屋に引きこもってたろ。たまには外の空気すっとけ」
「うん……」
(最近は佐助くんがいなくて、町に出かける気になれなかったからな……)
久々に城下を行き交う人たちを眺めていると、信玄様が私に身体を寄せた。
信玄「そうだ、美香、安土では幸が色々と世話になったらしいな。失礼なことをしなかったか?」
(安土で……?)
一瞬、ぎくりとしたように幸村が私の方を見た。
「そうですね……。基本的に私は野生動物扱いでした」
信玄「ゆーきー?」
幸村「いてっ」
笑顔の信玄様にデコピンされ、幸村が声を上げる。
幸村「っ、お前、バラすなって」
「ほんとのことでしょ」
信玄「まったく。お前が女心を少しでも学んで来てくれたらと思って、いい品を揃えて送ってやったってのに」
(信玄様セレクトだったから、幸のお店の商品はあのラインナップだったのか!)
どれも素敵だった装飾品を思い浮かべて、ひとり納得する。
幸村「あんなもんに、キャーキャー言って寄ってくるヤツらの相手なんて、やってられるかっての」
信玄「ゆーきー?」
幸村「うぐっ」
容赦のないデコピン二発目に幸村がうめいた。
「ふふふっ……」
幸村「ったく……何笑ってんだよ」
「そういう幸村だって笑ってるじゃない」
額を押さえる幸村も、なぜか一緒になって笑いだす。
幸村「お前ほど、脳天気に笑ってねーよ。ま、お前はそれでいいけどな」
「え…」
信玄「ようやく、天女が微笑んでくれたな」
(もしかして……ふたりがここへ連れて来てくれたのは、私を元気づけるため?)
両脇から柔らかい笑顔を向けられ、じんわりと温もりが胸に広がっていく。
店主「信玄様、試作で黒蜜ときなこ餅を合わせた甘味を作ったんですが、食べてみていただけませんか?」
信玄「おう、ぜひ味見させてくれ」
信玄様が店主に呼ばれて席を外し、幸村とふたりきりになった。
「……連れてきてくれてありがとう、幸村」
幸村「っ、別に、お前のためじゃねーし。お前が元気なかったら、佐助が心配するからだ」
「それでも、ありがと! 信玄様も優しい方だね」
幸村「おー。女たらしなとこは、どうにかしてほしいけどな」
「幸村と足して割ったらちょうどよさそう」
幸村「うるせー、バカ」
口調は乱暴でも、その声音はとびっきり優しい。
「だけど、女心を学ばせようとするなんて、信玄様は幸村のことがよっぽど大事なんだね」
幸村「振り回されるこっちは、たまったもんじゃねーけどな。でも……」
ふっと笑みを消した幸村が、信玄様の広い背中に目をやった。
幸村「信玄様は本当に、家臣と民のことを何より一番に考えてる。……自分の命を使い捨てにするくらいに。あの人のためなら俺は、なんだってする覚悟だ」
(え……)
幸村「あの人も俺も、信長に故郷を奪われた。たくさんの仲間の血が流れて、もう戻ってこねー。こんな戦早く終わらせて……俺は、あの人に故郷をまた見せてやりたいんだ」
激しい怒りを宿した幸村の瞳に息を呑む。
(こんなに険しい顔する幸村、初めて見る。きっと私が想像もできないほどの、大変な経験をしてきたんだ)
迫る戦の背景には、幸村たちの悲しい歴史が横たわっているのだと肌で感じる。
(でも、幸村は……)
「戦が嫌いなんだね」
幸村「武将らしくねーって言いたいんだろ」
「ううん。幸村らしくて、いいと思うよ。私も戦は好きじゃない」
私が笑いかけると、幸村が眉をつり上げた。
幸村「っ……んだよ、それ。急に素直になるなよな、調子狂う……」
信玄「おーい、幸、美香ー。ふたりとも味見してみるか? 美味いぞ」
店主「ぜひこちらへ」
「わあ、ありがとうございます!」
幸村「足速えー。さすがイノシシ」
「もう…! デコピンするよ」
幸村「やってみろ、倍にして返してやる」
信玄「ゆーきー?」
幸村「っ、冗談だって!」
三人で顔を見合わせ、笑みを交わす。
(佐助くんがいなくて毎日寂しかったけど、だんだん元気になってきた。ふたりのおかげだな)
口元がほころぶのを感じながら、甘味の味見をしていると……
幸村「あーそういや昨日、佐助から文が届いてたな」
(えっ、佐助くんから?)
「なんて書いてあったの!?」
幸村「大した内容じゃなかった。確か……『前略 真田幸村様。現在俺は、美香さんのことが気になって仕方がない状況で困ってる』
幸村「『原因不明。なんでだと思う?』–––だって。ま、悩み相談みたいなもんだな」
(っ……!)
目を丸くして固まっていると、信玄様は視線を私へ向けてニヤニヤ笑う。
信玄「で、幸はなんて返したんだ?」
幸村「『いつも使ってる刀がそばにないと落ち着かねーとか、そういうのと一緒だろ』って」
信玄「あちゃー……」
苦笑いを漏らす信玄様に、幸村が首を傾けた。
幸村「何がおかしいんですか」
信玄「佐助は相談する相手を間違えたなー。そう思わないか、美香?」
「え、ええっと……」
(信玄様は、私の気持ち、お見通しって感じだな……)
意味深な言葉に頬が熱くなるけれど、幸村はきょとんとしたままだ。
幸村「お前、顔色変だぞ。腹減ってんのか? 団子もっと食えよ」
「お腹が減ってるわけじゃ……!」
幸村「いーから食っとけ。ここは草餅も美味いから」
わいわい言い合ってる間にも、胸の奥に熱が広がっていく。
(佐助くん、私のこと気にしてくれてるんだ。どうしよう。戦の前なのに、やっぱり嬉しい……!)
…………
それから–––
みんなのおかげで元気を取り戻した私はじっとしていられずに、信玄様に頼んで、春日山でも針子の仕事をさせてもらうことになった。
…………
春日山城で過ごす日々にも慣れ始めたある日–––
私は反物の買い出しのため、ひとりで城下町に向かっていた。
(ん? あれは……)
町娘1「義元様、もうお帰りになられるんですか?」
町娘2「もっとゆっくりなさっていけばいいのに……」
義元「少し歩きたい気分なんだ。邪魔したね」
切なげな女性たちを優雅に袖にして、茶屋を出てきた義元さんと、バッタリ出会った。
(今日も安定のモテ具合だな)
義元「やあ、君も散策?」
「は、はい。着物を仕立てるのに反物を揃えたいと思って……」
義元「へえ……、君は着物を作るの? じゃあ店に案内するよ」
「え、でも悪いですから……」
断ろうとしても、興が乗ったのか義元さんは笑みを浮かべ歩き出す。
義元「良い反物屋を知ってるんだ。いいからこはる、おいで」
(……せっかくだし、甘えようかな)
案内してくれる義元さんの背中に、私は大人しくついていくことにした。
…………
(す、すごい……!)
歩いているだけで、道行く女性たちの視線が義元さんに吸い寄せられていくのが分かる。
義元「…………」
(あんなに見られてるのに、優雅に受け流してる……。異様なくらい美しいし、なんだか浮世離れした人だな)
しばらく歩くと、品のある店の前で義元さんが足を止めた。
義元「ここがおすすめの反物屋だ。気に入るものを探してごらん」
(わぁ……ほかで見たことがない反物が、こんなにいっぱい!)
「義元さん、ありがとうございます! どれも素敵ですね……!」
何を選んだらいいか悩むほどに、いい品ばかりが並べられている。
義元「迷ってるみたいだけど、君はどんな着物を作りたいの? 理想があったりする?」
「そうですね……私の理想は、着てくれる人を笑顔にできるような着物です」
義元「え……?」
「前に友だちに頼まれて服を作った時に、とても喜んでもらえたんです。またあんな風に誰かを笑顔にできたらいいなと、いつも思ってるんです」
義元「……俺は素材や染めを聞いたつもりだったんだけど」
「え? あ……すみません」
(勘違いして熱く語ってしまった……)
恥ずかしくて首をすくめると、義元さんが小さく微笑んだ。
義元「謝るようなことじゃない。君の理想はとても素敵だよ。人を笑顔にできるもの、か……。その素材を見つけるのは、なかなか楽しそうだ」
義元さんは店の人と話しながら、洗練された仕草で反物を手に取る。
義元「これなんか悪くないんじゃない? 華やかだけじゃなく、染めも見る者を魅了する」
(すごい、こんな緻密な刺繍、見たことがない! それに手染めの技術も丁寧で確かだ)
義元さんが選んでくれる反物を見るうちに、彼の審美眼が異様に冴えていることが私にも呑み込めてきた。
「目利きなんですね、義元さん」
義元「目利きにならざるを得なかったんだよ。今の世は、美しい物を見過ごして、ないがしろにする人が多すぎるからね」
(え……?)
義元さんは織物に視線を落とし、愛おしげな手つきで撫でる。
義元「価値ある物は見過ごされ、戦火の中に消えてしまわないように、誰かが守らないと。辛く苦しい浮世にこそ、人の心を照らしてくれる美術品が必要だから」
儚げな笑みを前に、はっとした。
(いまいち掴みどころがない人だと思ってたけど……)
「義元さんは、他の武将の皆さんとは少し違うんですね」
義元「俺はほら、滅びたお家の、お飾り当主だからね」
物憂げに目を伏せた義元さんに、首を振る。
「そういう意味じゃないです。義元さんの考え、すごく素敵だと思います。私も、色々うまくいかない時こそ素敵な着物が元気をくれると思うので、気持ちが少し分かります」
義元さんの澄んだ瞳が私へ向けられ、その口元に笑みがこぼれる。
義元「嬉しいな、賛同を得られたのは初めてだよ。……君が作った『人を笑顔にする着物』、仕立てたら見せてほしいな」
「はい、ぜひ!」
結局–––義元さんは私が断るのも聞かず、あれこれと反物を買い上げて、城へ届ける手配までしてくれた。
…………
空が茜色に染まる頃、用があるという義元さんと別れ、私はひとり帰路に着いた。
(春日山の武将たちも、それぞれの信念を持って、この国で生きてるんだな。当たり前のことだけど、触れ合ってみなければ、実感がわかなかった気がする)
織田軍のみんなは、今でも大切な存在で、大好きだ。
でも、彼らの敵である信玄様や幸村、義元さんに対しても、同じ感情を抱くようになっていた。
謙信様に関しては今のところ保留だけど。
(きっと誰も間違ってない。それぞれが、それぞれの正義を貫いてる。だからこそ戦が起きるんだ。……佐助くんはそれを知ってて、謙信様に仕えてはいても、どの武将にも肩入れしないって考えてるのかもしれない。佐助くんが帰ってきたら、もっとたくさん、話を聞いてみたいな)
新天地での暮らしには慣れても、好きな人に逢えない寂しさには慣れそうにない。
うずく胸をそっと押さえた時、通りの向こうに見覚えのある姿が目に留まった。
蘭丸「…………」
(っ、どうしてここに……!?)
「蘭丸くん……?」
思わず声をかけると……
蘭丸「……っ! 美香様……」
一瞬、私の方を見た蘭丸くんが、踵を返して駆け出した。
(やっぱり蘭丸くんだ!)
「待って……!」
…………
とっさに後を追って、路地裏に駆け込んだ蘭丸くんの手を握って止める。
「蘭丸くんだよね!? どうして逃げるの……っ」
蘭丸くんがゆっくりと私へ振り返り……
蘭丸「……馬鹿だなあ、美香様。どうして罠だと思わなかったの?」
「え……?」
温度を感じさせない蘭丸くんの瞳が私を捉える。
蘭丸「敵地へ逃げた君の前に、織田軍に属する俺が現れるとしたら、君を捕まえるために決まってるでしょう……?」