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イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【光秀】情熱12話後半

佐助「光秀さん、毒の解析が終わりました!」

 

光秀「……佐助殿」

 

佐助「……っ」

 

振り向いた光秀の眼光の鋭さに、佐助は息を呑んだ。

運び込まれたあばら屋で、むしろの上に寝かされた美香は、浅い呼吸を繰り返している。

 

ーーーーーーーー

「……っ、あ、れ……、なに、これ……?」

 

光秀「美香!」

 

「あ……う……」

 

光秀「毒矢か……!」

 

「みつ、ひで、さ……」

 

光秀「しっかりしろ! こはる! こはる……!」

ーーーーーーーー

 

すぐに光秀が傷口から血を吸い出したものの、毒の回りは一瞬だった。

美香が矢に射られて数刻、熱は上がる一方だ。

九兵衛、幸村、義元、そして今川家の家臣たちは、外で息をつめ、経過を見守っている。

 

佐助「毒きのこを原料とした劇薬です。予想される症状は高熱と意識の混濁、全身の麻痺、そして……。……っ」

 

光秀「構うな、言ってくれ」

 

ごく冷静に先を促す光秀に、佐助は重い口を開いた。

佐助「……心肺停止。このままだと、美香さんの命はありません」

 

光秀「猶予は」

 

佐助「もって半日」

 

佐助「解毒剤を開発するには、材料も時間も足りません」

 

光秀「……そうか

光秀の視線が、手元に移る。

そこには、毒矢に結ばれていた文がある。

 

『地獄を見るが良い、化け狐』

 

したためた男の高笑いが、聞こえてくるようだった。

光秀は文を握りつぶして目をつむり、息を深く吸った。

次に目を開いた時、その瞳から一切の感情が消えていた。

 

佐助「光秀さん……?」

 

光秀「ときに佐助殿。あなたは美香と同郷だと言っていたな?」

 

佐助「はい、そうですが……」

 

光秀「では佐助殿もこはる同様、五百年先の未来の人間というわけだな」

 

佐助「…………!」

 

強ばる佐助に構わず、光秀は淡々と言葉を継ぐ。

 

光秀「『今夜を逃せばもう戻れない』……。先刻そう美香と話していたと記憶しているが、間違いないか?」

 

佐助「……聞いてたんですか」

 

光秀「俺は地獄耳でな」

 

ーーーーーーーー

佐助「美香さん、今夜を逃せば俺たちはもう戻れない。君のファイナルアンサーは?」

 

「覚悟は決まってるよ。佐助くんも……」

 

佐助「ああ、同じだ」

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光秀「五百年先は、戦のない平和な世だと聞く。人々は豊かに暮らし、突飛なほどに高い技術を有していると」

 

佐助「光秀さん、あなたは……」

 

光秀「佐助殿に美香の命を託したい。頼まれてくれるな」

 

義元「美香を、故郷に送り返す……!?」

 

光秀「そうだ」

 

美香を横抱きにしてあばら屋から出てきた光秀を、待機していた者たちが取り囲む。

全員の予想に反し、光秀は普段通り落ち着き払っており、怒りも動揺もその顔には見つからない。

 

光秀「美香の故郷には、この毒を抜く術がある。そうだな、佐助殿」

 

佐助「はい、間違いありません。そして……俺だけが、美香さんをそこへ連れて行くことができます。俺たちの故郷はとてもとても遠くて……戻れば二度と、帰っては来られません」

 

幸村「佐助、お前、それじゃ……!」

 

佐助「……謙信様に謝っておいてくれ。斬り合いにもう付き合えないと思うと、とても寂しい」

 

幸村「…………っ。……おー。必ず、伝える」

 

それだけ言うと、幸村は握り拳を突き出した。

佐助も拳を握り、強くぶつけ合わせた。

 

光秀「一刻の猶予もない。俺は支度を整え、ふたりを見送る。–––出陣までしばし待たれよ」

 

義元「他に、方法はないの?」

 

光秀「……あったとしても、確実なのはこの手のみだ」

 

義元「目が覚めたらきっと、あの子は真っ先に君を探すよ」

 

光秀「やむを得ない。美香には俺を忘れてもらう」

 

義元「……君は、忘れられるの?」

 

光秀「忘れられたとしても、忘れるものか。美香の語った言葉も、笑顔も涙も、吐息のひとつでさえ、生涯、覚えておく」

 

義元「…………っ」

 

光秀「俺は、夜には戻る。九兵衛、留守は任せたぞ」

 

九兵衛「光秀様、しかし……!」

 

光秀「任せた、と言っている」

 

九兵衛「……っ、かしこまりました」

 

光秀「苦労をかけるな」

…………

……


(ん……)

 

混沌の中で、ゆっくりと、意識が呼び起こされていく。

(誰かが……呼んでる……?)

 

湯だったように熱い顔に、ぽつり、と雨粒が落ちてくる。

肌と同じ温度の雫が、頬を滑って汗と混ざった。

 

(誰かが、泣い、てる……?)

 

縫い合わされたかのように重いまぶたを、気力をかき集め、ゆっくりと持ち上げる。

霞んだ視界に、見覚えのある天井が映る。

 

(ここは……本能寺……? なんで、だっけ……? 思い出せない……)

 

光秀の声「……美香……っ」

 

(え…………)

聞いたこともない、絞り出すような声がする。

この世の終わりみたいに、哀しい声が。

 

光秀「美香……っ」

 

(どう、して……?)

 

濁った意識が、冴えていく。

 

(何があなたに……そんな顔を、させてるの……?)

 

見ているだけで胸が張り裂け、心臓が握りつぶされる。

私は布団に張り付く腕を、無理やり引き剥がした。

 

光秀「……!」

 

いつもこの人がしてくれるみたいに、濡れた頬に手を添える。

 

(理由は、わからないけど……こんな顔、させておけない……っ。今すぐ、伝えなきゃ……。大丈夫だって……。私がそばに、いますって……)

 

「みつ、ひで、さ……」

 

光秀「……っ」

 

「あ……い……し……、てる……」

 

光秀「……っ、無理にしゃべるな、知っているから。お前の顔に、書いてあるから……」

 

雨がまた一粒、ぽつりと落ちてくる。

 

(光秀、さん……)

 

おぼつかない手つきで、雨雲を胸に抱き寄せる。

永遠に思える時間が過ぎ–––

腕の中の温もりが離れ、大好きな人が、私の顔を覗き込んだ。

 

光秀「……美香。俺はこれから、お前との約束を破る」

 

(え……?)

 

光秀「愛しているから、お前を裏切る」

 

「……っ? や……、……んっ」

 

とっさに上げた声なき声を、口づけに奪われる。

唇が離れると、愛おしい人の姿も見えなくなった。

 

(どこ……っ?)

 

遠ざかる足音を聞きながら、意識が再び、混沌へと引きずられていく。

身体も頭も燃えるように熱く、重く、泥沼に沈み込んでいくみたいだ。

舞台の終わりを告げるように、まぶたが勝手に閉じようとしている。

でも、本能が叫んでいる。今、意識を手放せば……

私は、何もかもを失ってしまうと。

 

ーーーーーーーー

光秀「美香、耳はふさいでもいい。ただし目は開けておけ」

 

「目を、ですか……っ?」

 

光秀「これが、無垢なお前が生き抜いていかなければならない、現実だ」

ーーーーーーーー

 

(目を、開かなきゃ。今この瞬間、この場所が……私の人生の、戦場だ)

 

意識が明瞭になるにつれ、痛みが全身に襲いかかってくる。

奥歯を噛んで耐えながら、記憶にかかった霞をがむしゃらに振り払った。

ーーーーーーーー

 

光秀「良い子だ。約束を守れたら、たっぷりとご褒美をやろう」

 

「……ちゃんと、守ります。光秀さんも、約束、守ってくださいね」

 

ヒュッ––!

光秀「!?」

 

(え……っ?)

 

「……っ、あ、れ……、なに、これ……?」

光秀「こはる!」

 

「あ……う……」

光秀「毒矢か……!」

ーーーーーーーー

 

(思い、出した……。私が今……本能寺にいるってことは、まさか……!)

…………

 

佐助「……! 美香さん!?」

「さ、すけく……っ」

 

壁に寄りかかりながら立ち上がった私に、佐助くんが走り寄る。

 

佐助「起き上がっちゃ駄目だ! 症状の進行が早まって……」

 

「教、えて……!」

 

佐助「……っ」

 

「教えて……、私が、ここに、いるわけを、全部!」

 

佐助「それは……っ」

 

「お願い……!」

…………


(光秀さんは、私の命を助けるために、この場所へ……)

 

佐助くんに支えられながら、朦朧とする頭で事態をなんとか呑み込む。

 

「……っ、助かる方法は、本当に……他には、ないの? 絶対に、ゼロなの?」

 

佐助「……っ、いや、正確にはゼロではない。だけど……」

 

「ゼロじゃ、ないんだね……!?」

 

佐助「……っ」

 

(だったら、私は……っ、この時代で培ってきた自分自身の生きる力に、すべてを賭ける!)

…………

 

時を待たず、本能寺上空を暗雲が覆い、雷鳴が響き始めた。

豪雨が石畳を容赦なく打ち据え、稲妻が光り–––

やがて、嘘のように嵐は去った。

雲が消えるまで、光秀は微動だにせず空を見ていた。

 

光秀「…………」

 

星が瞬き出すのを待ち、寺社に背を向ける。

濡れそぼったまま歩き出したその瞳は、暗く、光を失っていた。

けれど–––

 

「光秀さん……!」

光秀「!!」

 

光秀さんが振り向いた瞬間、その瞳が、発光したように見えた。

 

(よかった、まだ、いてくれた……!)

 

光秀「美香……!? 佐助殿は……っ」

 

「宿と……看病してくれる人を、探しに行ってくれました。私が、みんなの帰りを京で待てるように……」

 

手すりにしがみつきながら進み、座ったまま正面の階段に足を乗せる。

私が一段下りる前に、光秀さんが血相を変えそばへと走り寄ってきた。

 

光秀「なぜ……!」

 

「私が、頼んだんです。ここに残るって……。現代に帰ったとしても、治療は拒否するって……っ」

 

光秀「自分が何をしているかわかっているのか!? 命がかかっているんだぞ!」

 

「命くらい、かけますよ……!」

 

苦しさで途切れそうになる声を、必死に紡ぐ。

 

「私はあなたの……明智光秀の、つがいなんですから!」

 

光秀「……っ」

 

「この時代にも、残されてるんでしょう……? 私が助かる可能性が。毒消しは、必ずある。……私に毒矢を放つように指示した人間が……それを持っていないはずがない」

 

光秀「……っ、佐助殿に聞いたのか。そんな不確実な方法を選べるか。手に入れるのが一秒でも遅ければ、お前は……!」

 

「不確実だろうと、可能性がほんのわずかだろうと……私は、あなたのいる世界を選びます……! 一秒でも長く、あなたと共に生きられる人生を、選びます……!」

 

光秀「…………っ。この、馬鹿娘……っ」

 

私の肩に両手を載せ、光秀さんがしゃがみこむ。

私も手を伸ばして、雨に打たれて冷え切った頬を両手で包んだ。

 

「あなたの気持ちを、踏みにじって、ごめんなさい……。いつも、いつも……頼ってばかりで、ごめんなさい。でも、どうか……! どうかあなたに、私の命を、預けさせて……」

 

光秀「どうしてだ……? どうしてお前は……そんなにも俺を、信じられる?」

 

「この三月、ずっとあなたのそばにいました。だから……あなたがどういう人か、よく知っています」

 

あなたは偉大な優しさをひた隠し、誇り高い義を貫いてきた。

冷静沈着で頭が切れて、何だって自分の思い通りにことを運んできた。

厳しく永い闇の旅路を、たった独り、光を抱いて歩んできた。

 

(そんな、あなただから)

 

「私は決して、裏切りません。あなたとの約束を、守り通してみせます。待っていますから。必ず生き抜いて、あなたに、お帰りを言いますから。だから……っ、私と一緒に、ほんのわずかな可能性に、賭けてください……!」

 

光秀「美香……」

 

長いまつ毛に縁取られた瞳を、真っすぐに見つめる。

心の奥底まで、透けて見えた。

あられもないほどの、愛が見えた。

光秀さんが、深く息を吸い……

 

光秀「いいだろう。その賭け、乗った」

 

朗々たる声を響かせ、不敵に笑う。

 

光秀「見事な手腕だった。己の命を人質に、この俺を追い詰めてみせるとは。それでこそ、俺のつがいだ」

 

ほんの一瞬、私たちはきつく抱きしめ合った。

光秀さんはすぐに腕をほどき、立ち上がる。

 

光秀「では行ってくる。–––すぐ戻る」

 

「はい……!」

 

朦朧としながら手すりに寄りかかり、飛び出していく背中を見送る。

光秀さんは振り返らずに馬に飛び乗り、一直線に闇へと消えた。

私は目を閉じ、残るすべての力を、毒との戦いに投じた。

 

(光秀さんは、私の命を信じてくれた。私も、光秀さんの強さを信じていられる……)

 

痛みは耐え難く、熱のせいで呼吸もうまくできないけれど、今この瞬間、私は紛れもなく幸福だ。

この世界は理不尽で残酷で–––けれど誰にも壊せない希望が、たしかにある。

 

(絶対、死なない。私は明日を、あなたと生きる)