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イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【佐助】6話後半

佐助「心臓が、鳴ってる」

 

「え……?」

 

(佐助くんも、私と一緒……?)

 

佐助「君に初めて出会った時も、こうだった。何かが胸の辺りでスパークしたんだ」

 

「スパークって……。雷がかすったんじゃ……?」

 

自分の胸に手を当て、佐助くんは記憶をたどるように呟く。

 

佐助「いや、あのとき君が俺を……」

 

(私が……?)

 

幸村の声「佐助ー、入るぞ」

 

(わっ!?)

 

佐助くんのそばを離れるのと同時に襖が勢いよく開いて、幸村が顔を出す。

 

幸村「美香もいたのかよ。お前、どうした? 顔がゆでダコみてーになってるけど」

 

「な、なんでもないよ……っ」

 

(なんでもないはずなのに……まだ心臓の音が速い)

 

妙に恥ずかしくなって、佐助くんと幸村をまともに見られない。

 

幸村「それよりふたりとも、のんきに茶なんか飲んでねーで早く来いよ」

 

「え?」

 

佐助「もしかして、いつものアレ?」

 

幸村「そ、アレ」

 

「あの……アレって……?」

 

ふたりが交わす意味深なキーワードに、私は首をかしげた。

…………

 

信玄「幸と佐助の帰還、天女の降臨を祝って……」

 

義元「乾杯」

 

佐助・幸村「乾杯ー!」

 

(アレって、宴のことか)

 

家臣たちも一緒になり、あちこちで景気良く盃が干されていく。

上下を問わず誰もがわいわいお酒を酌み交わしていて、文字通り無礼講だ。

 

「賑やかだね! 一瞬、豪華な居酒屋で飲み会していると錯覚したよ」

 

佐助「あながち間違ってない。謙信様を筆頭に、ここの人たちは飲むのが好きなんだ。多い時は週八」

 

「一日二回の日があるの!?」

 

佐助「ここじゃそれがデフォルトだ」

 

(本当に宴が好きなんだな。しかも謙信様が筆頭なんだ……)

 

上座をみると、謙信様は梅干しをつまみながら盃を傾けている。

 

家臣1「謙信様、今宵もぜひ武勇伝を聞かせていただけないでしょうか」

 

家臣2「よろしくお願いいたします!」

 

謙信「またか。懲りない奴らだ」

 

背筋を伸ばした家臣たちが、憧れの眼差しで謙信様を取り囲んでいる。

 

(謙信様は孤高の雰囲気をまとってるけど、人を惹きつけるカリスマ性があるみたい)

 

謙信「……」

 

(あっ!)

 

視線が合いそうになって、サッと畳にうずくまる。

 

(危なかった……!)

 

佐助「どうかした?」

 

「謙信様の目に入らないようにしようと思って」

 

佐助「それじゃ食事ができない。俺が壁になるから安心して」

 

「壁って……」

 

佐助「君を守るって約束したはずだ」

 

佐助くんが私に向き直った途端、すぐに不満そうな声が届いた。

 

謙信「佐助、主君に背を向ける家臣があるか。こっちを向いて酌をしろ」

 

佐助「すみません、今いそがしいので」

 

謙信「刃向かうなら斬る」

 

(えっ!?)

 

迫力のある眼差しに、思わず背筋が凍る。

 

信玄「謙信、天女を隠されるのは俺も気に入らないが、斬るのは明日にして、まあ飲め」

 

謙信「…………」

 

信玄様が和やかに割って入りなだめると、謙信様は不服そうにしながらも盃を口へ運んだ。

 

(びっくりした……。また刀を向けられるのかと思った)

 

佐助「今日のカウントは四キルか。少ない方でよかった」

 

佐助くんは落ち着いた様子で、煮物の大根をもぐもぐと食べている。

 

「キル……? 何の単位?」

 

佐助「謙信様の『斬る』発言および『斬る』行動をカウントするために、俺が考案した単位だ」

 

「物騒な単位だね……。ちなみに、平均何キルなの?」

 

気軽に尋ねた私を、佐助くんが真っ直ぐ見つめた。

 

佐助「本当に、聞きたい?」

 

「や、やめとく……」

 

(踏み入らない方が良さそうな領域だ……)

 

宴の雰囲気にも慣れてきた頃、ふわりと着物の袖を舞わせて隣に誰かが座った。

 

信玄「どうかな、君も一献」

 

「あ……ありがとうございます」

 

(信玄様だったんだ……)

 

にわかに緊張した私の気持ちを見透かしたように、極上の笑みを向けられる。

 

信玄「大切な天女をすぐどうこうする気はないさ。それより酒の肴に粟団子はいかがかな?」

 

(あれっ? この粟団子……)

 

「これ、安土のお茶屋さんの……」

 

信玄「君もこれが好きなのか? あまりに気が合う、前世で夫婦だったのかもしれない」

 

(め、めおと!?)

 

にこにこと私へ視線を注ぐ信玄様の口元には大人の色香が漂い、反応に困ってしまう。

 

信玄「この宴をいっそ、君と俺の祝言にしてしまおうか?」

 

佐助「信玄様、論理が飛躍してます」

 

眼鏡のブリッジを押し上げ、佐助くんが素早く信玄様と私の間に入る。

 

幸村「つーか、人の土産を女を口説く道具にするのやめて下さい」

 

佐助くんに続いて、幸村も間に割り込んで助けてくれた。

 

(ふたりとも、すごく息があってる! 心強いな)

信玄「もちろん俺も食べるさ。俺を喜ばせようと幸が心を砕いて用意してくれた土産だならな」

 

幸村「あのなあ……。『安土の銘菓を食べないと死んじゃう病だから土産よろしく』って文送ってきたのはどこのどいつだよ!」」

 

佐助「まあまあ」

 

(信玄様、甘味が好きなんだ。幸村が安土のスイーツ情報に詳しくなったのは、信玄様のためだったのか)

 

その時、清々しい琴の音が流れ、わっと家臣たちが湧いた。

 

(綺麗な音色……)

 

義元「楽師を呼んでおいたよ。楽しんで、美香」

 

「わぁ、ありがとうございます……!」

 

義元「本当は、お気に入りの舞い手の子たちも呼びたかったんだけど……」

 

謙信「呼んだら斬る。女など、集まればかしましいだけだ」

 

佐助・美香「五キル……」

 

義元「謙信がそう言うと思ったから呼ばずにおいたよ」

 

そばにきた義元さんが脇息へ優雅にもたれると、すぐに女中たちが集まって盃を満たす。

 

女中「義元様、どうぞ」

 

義元「ありがとう」

 

そっと目を伏せお礼を伝えただけで、女中たちの間に軽やかなさざめきが起きた。

 

(みんなとろけそうな顔で、義元さんに見惚れてる)

 

幸村「出た、天然女たらし」

 

信玄「結構なことじゃないか。では、お嬢さん方には俺が酌を」

 

にっこりと笑い徳利を差し出す信玄様のまわりにも、黄色い声がいくつも上がる。

 

(信玄様も負けてない!)

 

幸村「こっちは歩く女たらし……。ったく、いつもコレだ」

 

「すごい人気なんだね、ふたりとも」

 

佐助「言ってみれば、義元さんは静のナンパ師、信玄様は動のナンパ師だ」

 

「わかりやすい解説ありがとう」

 

佐助「ちなみに、謙信様は無類の女嫌いだ」

 

「うん、それは察した……」

 

(今後は謙信様の目に入らないように気をつけよう!)

 

佐助「美香さんも飲まない? ここの地酒はかなり美味しいからおすすめだ」

 

「そうなんだ。せっかくだからいただくね」

 

幸村「佐助、お前もちゃんと飲んでるか?」

 

佐助「多分、幸村より飲んでると思う」

 

幸村「お前、酒飲んでも顔に出なさすぎだろ」

 

(たしかに、佐助くんってお酒を飲んでも変わらないな。でも今日は、いつもよりよく笑ってる)

 

他の人にわからないくらいの微笑でも、ずっとそばで見てきたから気持ちが伝わってくる。

 

(とっても機嫌がいいみたい。すっかりリラックスしてる。きっと佐助くんにとって、この城はホームグラウンドなんだな。だからかな、一緒にいると私もくつろいだ気持ちになれる……)

 

美味しいお酒を飲みながら、佐助くんから目を離せない。

 

家臣1「幸村様、おかえりなさいませ。ぜひ一杯注がせてください」

 

幸村「おー。悪いな」

 

家臣2「佐助殿も、どうぞ一杯!」

 

佐助「ありがとうございます」

 

(わ、こっちにもいっぱい人が……!)

 

周囲に家臣たちが集まり、座る場所を詰めると膝が何かに触れる。

 

(あ……)

 

それが佐助くんの膝だと分かって、どきりと心臓が鳴った。

 

佐助「…………」

 

「…………」

 

お互いに顔を見合わせた後、ふふっと小さく笑みを交わす。

 

「最初は心配でどうなるかと思ったけど、楽しいね」

 

佐助「お酒には緊張をほぐす力もあるから。君が楽しめてるみたいでよかった」

 

(楽しいのはお酒のせいじゃなくて、佐助くんのおかげなんだけどな。……膝が触れるくらい、変じゃないよね。私たちはズッ友だし、ここは戦国時代だし……)

 

佐助「美香さん、もう一杯どうぞ」

 

「うん、ありがとう…」

 

盃を佐助くんが満たしてくれる間も、触れ合ったままの膝を意識せずにはいられない。

お互い別々の方を向き、違う誰かと話してる間も、温もりが伝わってくる。

 

(もう少しこのままでいたい。……離れたくないなぁ)

 

視界がチカチカ明るくて、胸の奥で何かが光っている。

 

(乱世で暮らすようになって、この時代の人や風習、色々んなことを分かりたいって思うようになったけど)

 

今は何よりも、何事にも動じない風変わりな忍者のことを、もっとわかりたいと強く思う。

 

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佐助「君に初めて出会った時も、こうだった。何かが胸の辺りでスパークしたんだ」

 

「スパークって……。雷がかすったんじゃ……?」

 

佐助「いや、あのとき君が俺を……」

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(さっき、何を言いかけたんだろう)

 

賑やかな笑い声が周りで響く中……

私はお酒をひとくち口に含んで、甘い疑問をいつまでも舌の上で転がしていた。

…………


翌日–––軍議が春日山城の広間で開かれた。

状況を知っておいた方がいいという理由で、佐助くんが私も同席させてくれたのだけど……

 

(本当に私がいてもいいのかな……)

 

隅で身を縮めていると、殺気をにじませた威圧的な声が響き渡った。

 

謙信「今日から戦支度を本格化する。心しろ」

 

家臣達「はっ!」

 

告げられた家臣たちは、一斉に勇ましい声をあげる。

 

(っ……昨夜ここで和やかな宴が繰り広げられてたとは思えない……)

 

信玄「これまでは謙信と俺が生きている事実を秘して準備を進めてきたが、織田軍に知られた今、隠れて支度を進める必要はなくなった」

 

謙信「織田軍に気づかれる前に、食料や武器、人材は十分に集めることができている。あとは白昼堂々、領土の境にある支城の守りを固め、攻め入る支度をするまで」

 

信玄「お前たち、織田軍へ赤備えの恐ろしさを教えてやれ!」

 

家臣達「はっ! 必ずや」

 

昨日と一転して、家臣たちは主君である武将たちの前で膝をつき、熱心に耳を傾け士気を高めている。

ギャップの激しさに、ただただ驚いて見入るしかない。

 

(普段はざっくばらんな付き合いをしていても、戦になるとキッチリ役割をまっとうする……。これが、春日山の人たちの真の姿なのか……)

 

謙信「佐助、お前も安土の潜伏中に鈍った刀を研いでおけ」

 

佐助「はっ」

 

(佐助くん、厳しい顔をしてる……。私の知らない、忍びの顔だ」

 

このところ佐助くんばかり見ているから、微細な差異も分かってしまう。

 

(ついに、織田軍と戦が始まろうとしてるんだ……)

 

安土で過ごした時間を思い出すと、やりきれない気持ちがこみ上げてくる。

 

(昨日一緒に楽しくお酒を酌み交わして、よくわかった。上杉武田軍の人たちも、笑って泣いて怒って、日々を生きてる現代人と同じ人間なんだって。安土で暮らす人たちと、なんにも変わらない。なのに……)

 

やり場のない思いを持て余していると、肩をそっと叩かれた。

 

幸村「美香、酷なこと言うけど……安土での暮らしはもう忘れろ。いいな」

 

(幸村……)

 

「っ、せめて……文を送ってもいいかな。挨拶もせずに別れてきたから、お礼を伝えたいの」

 

(それに何より、みんなを傷つけたことを謝りたい)

 

信玄「いくら君の頼みでも、それは許せることじゃない」

 

ふっと信玄様から笑顔が消えた。

 

信玄「織田信長……織田軍を束ねるあの男は、魔そのものだ」

 

(信玄様……)

 

相容れないものに対しては容赦しない–––

そんなところまで、上杉武田軍の武将たちは、織田軍の武将たちと同じだ。

 

(戦はすごく怖い……けど。今は恐ろしさよりも、どうしようもないこの状況がやりきれなくて、苦しい……)

 

佐助「……」 

 

物悲しさを抱えて俯いた私を、佐助くんは黙って見つめていた。

…………


慌ただしい空気が城に漂う中、数日が過ぎ–––

 

ある日の昼過ぎ、佐助くんが城下町を案内してくれることになった。

 

「佐助くん、いいの? 戦支度で忙しいんじゃ…」

 

佐助「大丈夫。俺は忍者だからスケジュール管理は得意なんだ」

 

「それ忍者と関係ないよね……?」

 

佐助「バレたか」

 

クールにとぼけてみせたあと、佐助くんが柔らかい瞳を私へ向ける。

 

佐助「戦が始まればもっと慌ただしくなる。その前に、春日山の町を案内したかったんだ」

 

(佐助くんのことだから、私を励ますために連れて来てくれたんだろうな)

 

優しい気遣いが伝わってきて、胸の奥がじわりと熱を持つ。

 

「うん……ありがとう」

 

佐助「じゃあ、行こう。ちなみにここが城下町で一番賑わってる通りだ。あの角にあるのが、信玄様の一押しの甘味がそろってる茶屋。前はよく通ってた」

 

「前は?」

 

佐助「幸村が、信玄様の甘い物の食べ過ぎを心配して、店に頼んで信玄様を出禁にしてもらったんだ。でも、信玄様は茶屋で働く女性に頼み込んでこっそり甘味を仕入れてるらしくて、幸村が怒ってた」

 

「ふふ……幸村って信玄様に厳しいよね」

 

(仲の良さの裏返しなんだろうな)

 

佐助「隣の鍛冶屋は、俺も鉄のまきびし『鉄びし』の発注先として利用してる。反対側にある大きな酒屋は……」

 

「謙信様のお気に入り?」

 

佐助「当たりだ」

 

案内してくれる佐助くんの顔に、軍議中に見せた険しさはない。

 

(私のよく知ってる、いつもの優しい佐助くんだ)

 

少しホッとしながら肩を並べて歩く。

安土ほど栄えてはいないけれど、町は活気に溢れていて、通ゆく人たちも楽しげだ。

 

(でも……)

 

「戦が始まったら、この町はどうなるんだろうね……」

 

(もし戦火に巻き込まれたら……?)

 

恐怖がせり上がってきて足を止めると、佐助くんが私を横目で見た。

 

佐助「ワームホールが開くまで戦が始まらなければいいと思っていたんだけど、残念だ。俺たちは、戦のさなかに現代へ戻ることになりそうだ」

 

「……ちゃんと帰してもらえるかな? 佐助くんは謙信様に、頭数に入れられてるよね」

 

(そうなったら、戦を抜けられなくなるんじゃ……)

 

佐助「大丈夫。そこは、なんとかする。ギリギリまで務めは果たすけど、時がきたら君のそばに戻ってくる。ワームホールが現れる京へ、一緒に向かおう」

 

「それまでは佐助くんも戦場に……?」

 

佐助「俺はあくまで忍びだから、表立って戦うことはない。偵察が主な任務になる」

 

淡々としているものの、佐助くんの言葉は力強い。

 

「それでも心配だよ……。佐助くんだけじゃない、他のみんなも。戦を避ける道は、ないのかな……」

 

佐助「それができれば最善だと俺も思うけど……武将という人種は、戦う星のもとに生まれてきた。俺も今は、彼らと運命を共にしてる。流れのまま進むだけだ」

 

(流れのままに……)

 

織田軍と別れた時の、佐助くんのドライな様子がふっとよみがえってくる。

 

(『運命なら受け入れる』って……佐助くんはきっぱり言った。どんな別れでも、佐助くんはそうやって受け入れるの……?)

 

急に、どうしようもないほどの寂しさに襲われた。

 

「っ……佐助くん、もう少ししたら私たち、現代に帰れるんだよね?」

 

佐助「ああ。毎日計測を続けてるけど、九十九パーセントの確率で帰れる」

 

「佐助くんは、長い間一緒に過ごした春日山のみんなと、お別れすることになる」

 

佐助「そうなるな」

 

「それも……運命だから仕方ないと思う?」

 

佐助「–––ああ」

 

頷く佐助くんの眼差しに迷いはない。

 

(やっぱりそうなんだ……)

 

佐助「……美香さん?」

 

口をつぐむ私を、佐助くんが覗き込んだ。

 

「どうして、そんなふうに思い切れるの?」

 

佐助「え……」

 

「大事な人たちに、二度と会えなくなるのに……悲しくないの?」

 

やり場のない気持ちをぶつけると、佐助くんがかすかに眉をひそめた。

 

佐助「どうして……か。自己分析してみるから、少し待って。とりあえず歩こう。血流を良くすれば脳も活性化され、考えがまとまるはずだから」

 

「わ、わかった」

 

春日山の町を散歩しながらしばらくすると、佐助くんがぽつりぽつりと話し始めた。

 

佐助「おそらく俺は、執着しないことがクセになってるんだと思う」

 

「どういうこと……?」