ikemenserieslのブログ

イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【佐助】共通8話前半

「蘭丸くんだよね!? どうして逃げるの……っ」

 

蘭丸くんがゆっくりと私へ振り返り……

 

蘭丸「……馬鹿だなあ、美香様。どうして罠だと思わなかったの?」

 

「え……?」

 

温度を感じさせない蘭丸くんの瞳が私を捉える。

 

蘭丸「敵地へ逃げた君の前に、織田軍に属する俺が現れるとしたら、君を捕まえるために決まってるでしょう……?」

 

(言われてみれば……)

 

我に返って握っていた手を離すけれど、蘭丸くんから逃げる気にはならない。

 

蘭丸「なんで逃げないの?」

 

「……ずっと、あんな別れ方をしたことを後悔してたの。織田軍のみんなと、ちゃんと話したいって思ってた」

 

蘭丸「俺たちのこと、裏切ったのに……?」

 

蘭丸くんが悲しげな表情を浮かべるのを見て、私は首を大きく横に振る。

 

「裏切ったんじゃないよ」

 

蘭丸「でも、美香様は上杉武田軍の味方になったんでしょう?」

 

(っ……)

 

言葉に詰まった私に、蘭丸くんはためらいがちに口を開いた。

 

蘭丸「責めてるんじゃないんだ。ただ、君に聞いてみたくて」

 

「え…」

 

蘭丸「織田軍の敵側に回って、君は今、ごはんを美味しく食べられる? 夜、眠れてる? 苦しくて苦しくてどうしていいか分からない……そう思わなかった?」

 

(まるで、すがるような目……)

 

私へ投げられた眼差しは驚くほど必死だ。

 

「私は、どっちの味方でもないよ。だから……またいつか、安土のみんなに会いに行きたいって思ってる。許してもらえないかもしれないけど、今でも私、みんなのことが好きだよ」

 

(この気持ちは、ずっと変わらない)

 

丁寧に言葉を選びながら伝えると、蘭丸くんは顔を歪めた。

 

蘭丸「じゃあ、越後にいるのは、佐助殿にさらわれて仕方なく……?」

 

「ううん、私の意志。佐助くんと一緒にいるって自分で決めたの。ここの国の人たちのことも、今では好き」

 

蘭丸「戦が始まったら、どっちを応援するの?」

 

「どっちも応援はできない。敵味方関係なく、どっちにも生きてほしいから」

 

蘭丸「そんなの無理だよ……っ」

 

「無理でも願わずにいられないの」

 

蘭丸「……」

 

「蘭丸くんや武将たちから見たら生ぬるいこと言ってるのはわかってる。でも、これが……今この時代に日ノ本で暮らす、何者でもないちっぽけな私の、率直な願いなの」

 

目を見張った後、蘭丸くんは自嘲気味に笑みをこぼす。

 

蘭丸「……すごいね、君って。俺は……君みたいに強くないから、もう引き返せないとこまで来ちゃった」

 

(え……?)

 

蘭丸「美香様を捕まえるつもりは、はじめからなかったんだ。越後に来たのは別の目的。最後にお話できて嬉しかった」

 

「最後って……」

 

蘭丸「元気でいてね、美香様。佐助殿にもよろしく。俺のこと、覚えていて」

 

するりと距離を取った蘭丸くんの身体と声は、一瞬で闇に溶け去った。

 

「蘭丸くん……!?」

 

辺りを探してみても、どこにもその姿はない。

 

(消えちゃった……。まるで二度と会えないみたいな言い方だった)

 

再開できて嬉しかったけど、哀しげな笑顔が目に焼きついて離れない。

 

(でも、最後まで蘭丸くんの眼差しには強い意志が感じられた……)

 

詳しい事情は分からなくても、この時代の激流の中で蘭丸くんも、自分自身の信念と正義を貫こうとしている–––そんな気がした。

 

(蘭丸くん。最後なんて言わないで。無茶な願いかもしれないけど、私は……現代に帰る前にもう一度、織田軍のみんなと会って、笑い合いたいよ)

 

そう願いながら、私は暗くなった路地裏をひとり後にした。

もうすぐタイムスリップから二ヶ月–––

そして、ワームホールが現れるまで、あと一ヶ月。

…………

……


その日、私は城の前でつま先立ちになりながら、人が行き交う通りを眺めていた。

 

(佐助くん、まだかな……)

 

「幸村、本当に今日、佐助くんが帰ってくるんだよね?」

 

幸村「おー。文で知らせがきたから間違いねー。ったく、何回同じこと聞きゃ気が済むんだよ。少しは大人しく待ってろ」

 

(そんなこと言ったって、黙ってたらもっと緊張する……!)

 

「幸村だって、ずっとそわそわしてるじゃない。わざわざ外に出て佐助くんの帰りを待ってるし」

 

幸村「は? 俺はただの散歩だ。しっぽ振って待ってるお前とはちげーよ」

 

「誰がしっぽなんて……っ!」

 

すると–––

 

佐助「ふたりとも、楽しそうだな。どこかへ出かけるところ?」

 

(えっ? 佐助くん!?)

 

気がつけばすぐそばに、佐助くんが飄々と立っていた。

 

幸村「おー、お疲れ。俺たちはお前を出迎えに来たんだよ」

 

佐助「そうだったのか。ただいま、美香さん、幸村」

 

「う、うん……」

 

佐助「出迎えてもらえると思ってなかったから、かなり嬉しい」

 

(あ……あれっ? 久しぶりに逢うせいかな……)

 

佐助くんが前よりもっと格好よく見えて、直視できない。

 

幸村「なんでそっぽ向いてんだよ、美香」

 

「む、向いてないよ」

 

幸村「向いてんじゃねーかよ」 

 

幸村が私の頭に手を置いて、強引に向きを変えた。

 

(わ……っ)

 

目の前に立つ佐助くんと視線がばっちり絡む。

 

佐助「…………?」

 

(や、やっぱり格好いい! 後光が射して見える……!)

 

幸村「あんなに『佐助はまだか、佐助はまだか』って毎日うるさかったくせに。しっかり見ろ」

 

佐助「そうなの? 美香さん」

 

「幸村、今そういうのやめて……っ」

 

幸村「そういうのって、どーいうのだよ?」

 

(相変わらず女心への理解力が壊滅的……!)

 

たまらず俯くと、佐助くんが私へ身体を寄せる。

 

佐助「美香さん、俺は君の顔をよく見る権利があると思うんだけど」

 

「な、なんで……?」

 

佐助「出かける前に言ったはずだ、会えないと寂しいって」

 

柔らかな声が耳元で響いて、心臓をぎゅっと掴まれたみたいに息ができない。

 

(……そんな優しい声で言われたら……。顔から火が出る……、これ以上は……無理!)

 

「ごめん、帰還祝いの準備が途中だったから、またあとで……!」

 

佐助「え……」

 

背を向けた私はダッシュで佐助くんと幸村から逃げだした。

 

幸村「なんなんだ、あいつ?」

 

佐助「分からない……」

…………

 

その後に開かれた宴でも……

 

幸村「美香、お前もこっちに来いよ。佐助ならここだぞ」

 

佐助「美香さん、俺も君と話がしたい」

 

「ごめん、いま料理を運ぶお手伝いしてるから……後で!」

 

声を聞くだけで心臓がバクバクうるさくなって、誘われても佐助くんのそばに近づけない。

 

(どうなってるの。佐助くんってあんなに格好よかったっけ……っ? 元々格好よかったけど、今は世界で一番じゃないかってくらい格好よくなってる! 目とか鼻はキリッとしてるし、手は筋張ってるのに意外と指が細くて素敵だし……それから背中も素敵! 首筋もシュッとしてて、肩も案外がっしりしてて。それから、それから……だめだ、目が離せない)

 

離れた場所からこっそり佐助くんを眺めるだけで、鼓動のBPMが跳ね上がる。

 

(私、どうしちゃったんだろう。佐助くんを好きって自覚してたけど、大分重症だったみたい……)

 

広間の隅でひとり、ふーっと息をついていると……

 

佐助「にんにん」

 

「うわぁ!?」

 

いつの間にか佐助くんが背後に立っていた。

 

(どうして!? 佐助くんはさっきまで幸村の隣に座ってたはず……)

 

見ると、そこには代わりに丸太が置かれている。

 

「急に忍術使わないで……!」

 

佐助「もう使わないから、『おかえり』を言って欲しい」

 

(それを言うために、わざわざ忍術を……?)

 

佐助くんの可愛らしすぎるお願いに、甘い気持ちがこみ上げる。

 

「……おかえりなさい、佐助くん」

 

佐助「ただいま、美香さん」

 

満足そうな微笑みを向けられ、息ができない。

 

(ああ、もう……っ)

 

佐助「なんで目をつむるの?」

 

「なんだか、眩しくて……」

 

佐助「まさか……君も俺と同じ眼病にかかったのか? 顔を上げて、眼球を見てみる」

 

焦ったように佐助くんが私の顎を持ち上げ、目を開かせようとした。

 

「ち、違うよ、病気じゃないから安心して」

 

佐助「個人判断は危ない。美香さん、俺を見て」

 

(やめて、心臓が破裂する!)

 

「大丈夫、外で目を洗ってくる……!」

 

ふたたび私は、呆気に取られている佐助くんから逃走した。

…………


美香が広間を駆け出した後、佐助は幸村の隣の席に戻る。

 

幸村「佐助、美香は?」

 

佐助「また逃げられた……」

 

佐助が変わり身の術で使った丸太を抱きしめていると、謙信が鼻先で笑った。

 

謙信「好都合だ。あの女がお前に愛想を尽かしたのなら、忍びの任務に専念できるだろう」

 

信玄「『愛想を尽かした』の逆だと思うぞ、謙信」

 

義元「なかなかに微笑ましいね」

 

何かを察したように信玄と義元は笑みを浮かべる。

 

佐助「困ったな。これでようやく寂しさが消えると思ったのに、今度は胸がざわざわしてきた」

 

幸村「動悸がするのか? お前、前に目も変だっつってたよな。なんかの病なんじゃ……待ってろ、今、医者を呼んでくる!」

 

信玄「やめとけ、幸。佐助のは、医者にかかっても治らない類の病だ」

 

義元「治療できるのはこはるだけだろうね」

 

謙信「……! もしや……」

 

信玄と義元の言葉の意味に気づいたらしく、謙信がいらだたしげに眉をひそめる。

 

幸村「医者が駄目なら、胸やけに効く漢方薬を今度もらってきてやる」

 

佐助「ありがとう、助かる」

 

若者ふたりが真剣に的外れな会話を繰り広げる一方で……美香の異変は悪化の一途をたどることとなった。

…………


幸村「美香がおかしい?」

 

佐助「うん。この数日、一緒にいても、美香さんはそわそわして俺を見ようとしない」

 

佐助に呼び止められ、相談を受けた幸村が眉根を寄せた。

 

幸村「あれじゃねーの? 今日のおやつ、粟団子がいいか草餅がいいか迷ってたとか」

 

佐助「……」

 

幸村「んだよ、『話して損した』みたいな顔するのやめろ」

 

佐助「そこまでは思ってない。以前に安土で同じようなことがあった時は、美香さんは俺の身の安全を心配して避けていた。あの時とは状況が明らかに違う、彼女の様子が変だ」

 

幸村「お前が何か怒らせたとか?」

 

佐助「……分からない」

 

義元「うーん、あのふたり……」

 

信玄「ああ、一切、進歩がないなー」

 

首を傾げるばかりのふたりに、通りかかった信玄と義元が見かねて声をかけた。

 

信玄「まったく……。戦ではこれ以上ないほど有能なのにな、お前たち」

 

義元「佐助、まだわからない?」

 

佐助「はい、皆目」

 

信玄「美香がかかってるのは、恋の病だ」

 

佐助「恋……?」

 

幸村「はぁ? テキトー言わないでください、信玄様。フラフラしてるあんたと違って、美香はあれで真面目なヤツなんだから」 

 

信玄「幸はちょっと黙ってなさい」

 

佐助は難しい顔で信玄の言葉を噛みしめ、しばらく考え込む。

 

佐助「美香さんが、恋……? となると……」

 

信玄「うんうん、となると?」

 

佐助「……困ります」

 

信玄「うん……?」

 

佐助「助言ありがとうございます。早急に美香さんの想い人が誰か特定しないと……」

 

一礼した佐助が脱兎のごとく飛び出していく。

黙って成り行きを見守っていた義元が肩をすくめた。

 

義元「信玄、あれ、絶対何か勘違いしてると思うよ?」

 

信玄「うーん、佐助は他人の感情の機微にはさといのに、自分が対象だと、まるで駄目だな」

 

幸村「だから、何の話ですか」

 

信玄「だから、恋の話さ」 

 

その時–––歩み寄ってきた謙信が、騒いでる面々を冷ややかに一瞥した。

 

謙信「–––心浮き立つ戦支度を、くだらん茶番で邪魔はさせん、美香」

 

柄に手をかけ、謙信のふた色の双眸が鋭く光った。

…………


部屋で縫い物をしていた私は、気がつくとつい佐助くんを思い浮かべていた。

 

(はぁ……。佐助くんに失礼な態度ばかり取って、変に思われてるだろうな。佐助くんの何もかもが眩しくて、ドキドキしすぎて疲れる……。でも、逃げてばかりじゃ駄目だ。佐助くんはいつも私に誠実に向き合ってくれる。だから……私も、この気持を、素直に佐助くんに伝えたい)

 

深呼吸して決意を固めた時、いきなり襖がスパンと開かれ、ぎょっとする。 

 

謙信「美香」

 

「謙信様……っ?」

 

謙信「一戦、付き合え」

 

(は!?)

 

手首を掴まれたかと思うと、謙信様は強引に私を部屋から連れ出した。

…………


人のいない道場まで来た途端、放り投げられた木刀が私の足元に転がった。

 

「あの、これは…」

 

謙信「安心しろ、命までは取らん。その代わり、心を叩き折ってやる。–––お前は、殺す気で来い」

 

冷えた瞳で謙信様が手にしていた木刀を構える。

 

(私に、謙信様と戦えと……!?)

 

謙信「覚悟…–––!」

 

とっさに木刀を拾い、両手で握るやいなや、謙信様が斬りかかってくる。

 

「む、無理です、無理無理無理無理……!」

 

握っていた木刀を弾き飛ばされ、私は床に転がった。

 

謙信「……」

 

にじり寄ってきた謙信様が、仰向けに倒れた私の上にまたがり、身動きできなくなる。

 

「何を……っ」

 

謙信「動くな」

 

渇いた声とともに、私めがけて木刀を垂直に振り下ろされる。

 

「きゃ……!」

 

ガッと音がして、切っ先が顔の真横に床に砕き刺さった。

 

謙信「弱い、弱すぎる……。話にならん」

 

冷酷な目に射抜かれ、心臓が早鐘を打つ。

 

(こ……怖すぎる……!)

 

謙信「あれは、俺が育てた忍びだ。お前のような女ひとりに、大事な懐刀を刃こぼれさせれてはたまらない」

 

(それって……)

 

怯みながらも、こわごわ謙信様を見上げる。

 

「佐助くんのことを、言ってるんですか……?」

 

謙信「他に誰がいる。執着するものがあれば、忍びの腕は鈍る。失うべきものが何もなかったからこそ、佐助は俺の鋭い懐刀だったのだ」

 

(そうか、この方は……大切な部下だと思ってるからこそ、佐助くんが私にかまうのが気に入らないんだ)

 

佐助くんが前に『例外』だと言っていた武将は謙信様のことだ。

この方の情は歪んではいるけれど、たしかに佐助くんへと注がれている。 

 

(だったら……この人とも、ちゃんと話がしたい)

 

謙信「逃げ出したくなったか?」

 

怯えが消え、謙信様を真っ直ぐに見つめ返す。

 

「いいえ、逃げません。それに佐助くんの腕は、鈍ってなんかいませんよ」

 

謙信「…………」

 

「安土にいた時も、私の窮地を何度も救ってくれた、すごい忍びです」

 

謙信「……こうまでされて、よくも震えずにいられるな」

 

「佐助くんが信頼してる人なら、怖がる必要がないって気づきました。ただ、この体勢だと落ち着いて話せないので、どいていただけるとありがたいです」

 

謙信「……生意気な女だ」

 

それでも興味が芽生えたのか、謙信様は私にまたがるのをやめ、そばに腰を下ろした。

 

(とりあえず命の危機は回避できた……。これでまともにしゃべれそう)

 

私も起き上がり、乱れた着物を急いで整え、謙信様の隣に座り直す。

 

「佐助くんを忍びとして育てたのは、謙信様だったんですね」

 

謙信「……ああ。あの男は、戦の果てで死にかけていた俺の前に、突如として現れた。珍妙な着物姿で『気道の確保よし、呼吸の確認よし』などと、ぶつぶつ呟いていたな」

 

(そうか、応急処置をしたんだ!)

 

「佐助くんが謙信様の命を救ったんですね」

 

謙信「そうだ。とぼけた男で、戦場のただ中だというのに得物ひとつ持っていなかった」

 

佐助くんは助けた相手が軍神、上杉謙信だと知り、ひどく驚いた顔をしたという。

 

(きっとタイムスリップしたって、その時に気づいたんだな……)

 

謙信「佐助と俺はその時に、ある契約を交わしたのだ」

 

ーーーーーーーー

謙信「死に損なったか……。当分戦に明け暮れていろという天啓に違いない。そこのお前、俺を生かした褒美をくれてやる。言ってみろ」

 

佐助「では……俺が国に帰還するその日まで、あなたのそばに置いてください。そして、戦う術を教えてください。今は、戦乱の世なんですよね? 戦に巻き込まれて、野垂れ死ぬわけにはいかない」

 

謙信「ほう、この軍神に妙な願い出をするものだ……」

 

佐助「どうかお願いします。俺には今、頼れる人が他に誰もいません」

 

謙信「いいだろう。そばに置いてやる。だが、死なずにいられるかはお前次第だ。俺に教えを乞うと言うなら、それに見合う強さを身につけろ」

ーーーーーーーー

 

謙信「佐助が国元へ帰るその日まで、乱世で生き抜く術を俺が奴に叩き込む。代わりに、佐助は俺の役に立つという契約だ」

 

「佐助くんの強さは、謙信様に鍛えられたものだったんですね」

 

謙信「そうだ。見込みがなくもないので、初めは武将として育てようかと思ったが……歴史の表舞台には立ちたくないと佐助が言うので、忍びに仕立てることにした。俺のために役立つ、しかし、決して命は差し出さない……それが佐助の提示した条件だ」

 

ーーーーーーーー

謙信「悪くない目だ、佐助。せっかく刀を抜いたなら、今ここで俺と斬り合え。命を賭けてな」

 

佐助「遠慮しておきます。俺との契約をお忘れですか?」

ーーーーーーーー

 

(あの時に言ってた『契約』って、このことだったのか……)

 

「それにしても、少し分からないんですが」

 

謙信「何だ」

 

「どうして佐助くんは、謙信様に守ってもらうんじゃなくて、戦う術を教えて欲しいと頼んだんでしょう」

 

(それがどれほど危険なことか、佐助くんが理解してないわけないのに)

 

謙信「……」

 

謙信様はわずかに目を見開いたあと、すぐに眉をひそめた。

 

謙信「そんなことも知らずにお前は佐助のそばにいるのか? 全て、お前のためだろう」

 

「え?」

 

謙信「佐助は……四年もの歳月を、お前を救い出すためだけに捧げたのだ」

 

(ええっ?)

 

「どういうことですか!?」

 

謙信「あの男は、忍びの修行をするのはある女のためだと言っていた。『同じ国元から出てきて別れ別れになった女性を必ず見つけ出し、助けるためだ』と」

 

(私の、ため……? そんな、どうして……?)

 

乱世にタイムスリップしてきてから、佐助くんには散々守ってもらった。

どんな時も佐助くんが心を砕いてくれたからこそ、私は今無事でいられる。けれど……

 

(この二ヶ月だけじゃなく、四年も前から、私のことを気にかけてくれてたなんて……。でも……どうして、そこまで……?)

 

疑問が湧くと同時に、佐助くんの想いの深さに胸が一気に熱くなる。

 

謙信「佐助がお前のような小物にかまけることが不思議でならなかったが……お前の無闇に強い瞳の色が、あの男をそうさせるのかもしれんな」

 

不意に謙信様が私の顎をすくい、怪訝そうに瞳を覗き込んだ時……

 

佐助「いくらなんでもその人はないだろう、美香さん!」

 

謙信「は?」

 

「さ、佐助くん?」

 

見ると道場の入り口に、佐助くんが珍しく余裕のない表情で立っていた。

 

謙信「はっ、佐助のやつ、何かを盛大に誤解したようだな。……面白い」

 

謙信様は危険な笑みを浮かべ、私を背に隠して木刀を掴む。

 

謙信「美香を俺から引き離したいのなら、力ずくで奪ってみろ、佐助」

 

佐助「謙信様、ご冗談は……」

 

謙信「冗談に見えるか? 来い、美香」

 

「わ……!?」

 

ぐいっと抱き寄せられて、謙信様の形のいい唇が私の額に近づいた。

 

佐助「…………っ」

 

(な、何なの、なんで急にこんなこと……!?)

 

佐助「……致し方ありません。御免……!」

 

近くの木刀を掴んだ佐助くんが瞬時に床を蹴る。

 

(きゃ……っ)

 

空気を切り裂き振り下ろされた一撃を、謙信様が難なく木刀で受け止めた。

 

(いつもは謙信様から斬りかかるのに……!)

 

謙信様は私を片腕で抱きかかえたまま、佐助くんの猛攻をさばいていく。

木刀がぶつかるたびに激しい音が道場に響き渡る。

 

謙信「太刀筋は鈍っていないようだな」

 

佐助「今はそんなことはどうでもいいです。美香さんを離して下さい!」

 

謙信「まだだ」

 

心から楽しそうな謙信様に対し、佐助くんは目の色が変わっている。

私が今まで見たことのない、鋭い眼光だった。

 

(本気で戦ってる佐助くんもかっこいいけど……どうにかして止めないと!)

 

「佐助くん、ストップ……! よく分からないけど、謙信様とはただ話をしてただけだよ!」

 

佐助「え……?」

 

佐助くんが動きを止めた途端、謙信様に手の甲をピシリと打たれ、握っていた木刀が転がり落ちる。

 

佐助「っ……」

 

謙信「腕を上げたな、佐助。全力のお前とやりあったのは久々だ。木刀では物足りないが、今日はなかなかに楽しめた、褒めてやる」

 

木刀を放り、謙信様はご機嫌で道場を出て行く。

その背中を見送り、佐助くんが首を傾けた。

 

佐助「……え?」

 

「私もわけが分かってないけど、とりあえず来て。手、手当てしないと!」

…………


佐助くんに私の部屋に来てもらい、赤くなった手の甲を見せてもらう。

 

「良かった、腫れてないし、これなら冷やせばすぐによくなりそうだね」

 

佐助「すまない、美香さん」

 

「ううん、いつもお世話になってるんだからこれくらいさせて」

 

濡らした手ぬぐいをあてながら、そっと佐助くんを見る。

 

(そういえば、ふたりで過ごすの、久しぶりだ……。やっぱりドキドキするけど……さっき緊張を使い果たしたせいか、気負わずにいられる)

 

「あの……説明しておくと、さっきは謙信様とただ話をしてただけだよ。あの方の考えを色々聞けてよかった」

 

佐助「……そうか」

 

不意に顔を歪め、佐助くんが苦しそうに呟いた。

 

佐助「やっぱり、君は……」

 

「ん?」

 

謙信「全然気づいていなかった。君が謙信様に恋をしてるなんて」

 

「んん!?」

 

(佐助くん、私が謙信様を好きだって勘違いしてる……? 何がどうなってそんなことに!?)

 

佐助「頼む、あの人だけはやめて欲しい。いや……あの人じゃなくても同じことだな」

 

「佐助くん、あのね……」

 

佐助「俺にこんなことを言う権利はないことはわかってる。だけど……駄目なんだ」

 

突然、抱き寄せられて、佐助くんのたくましい胸に倒れこんだ。

 

佐助「君が誰かに恋をするのは、俺が困る」

 

(な……っ)

 

「な……、なんで、佐助くんは、困るの?」

 

佐助「……わからない。君といると、自己分析がはかどらない。知らない感情が溢れてくる。俺が、知らない俺になる。……君は、困る」

 

(いつも聞いているから分かる……)

 

淡々としている佐助くんの声には、激しい動揺がにじんでいた。

 

(光秀さんに銃口を向けられた時だって、冷静そのものだったのに……)

 

私の背中へ回された強い腕の力に、胸が甘く痺れて溶けてしまいそうだった。

 

「私は、謙信様に恋してはいないよ……」

 

佐助「本当に……?」

 

「うん……」

(私が恋をしてるのは、佐助くんなんだよ……。伝えたい、今すぐ。でも……)

 

ーーーーーーーー

謙信「他に誰がいる。執着するものがあれば、忍びの腕は鈍る。失うべきものが何もなかったからこそ、佐助は俺の鋭い懐刀だったのだ」

ーーーーーーーー

 

(私が気持ちを伝えて、佐助くんの心が今よりももっと乱れてしまったら……)

 

謙信様に仕える佐助くんは、前線に立つことはなくても、戦いの場から逃れることはできない。

そして、戦が始まるのは時間の問題だ。

 

(本来の強さを発揮できなければ、待つのは死だ。今は、まだ言えない……。言っちゃ駄目だ)

 

溢れそうな思いを抑えこんで、私はそっと佐助くんを抱きしめ返した。