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イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【佐助】共通9話前半

「少し休んで。今お茶を淹れるから……」

 

支度しようとした私に、佐助くんが首を振る。

 

佐助「ありがとう。でも、時間がない。すぐに謙信様たちのもとへ報告に行かないとならない」

 

「え……」

 

佐助くんの緊迫した眼差しに、返す言葉がかすれる。

 

佐助「偵察の結果と俺の所感を謙信様たちに伝える。君も一緒に聞いて欲しい」

 

「私もいていいの……?」

 

佐助「ああ。安土にも越後にも、日ノ本全土にも……俺たちの生まれた現代をも変える事態だ」

 

(現代を、変える……!?)

 

不穏な言葉に戸惑いながらもも、私は急ぐ佐助くんとともに広間へ向かった。

…………

 

謙信「信長の領地でも同じことが……?」

 

佐助「はい」

 

佐助くんからの報告に、皆が一様に表情を曇らせた。

 

佐助「あちらでも暴動が広かっている状況です。兵のみならず民たちまでもが巻き込まれ、村々が焼かれ、行き場をなくした人たちが安土へ押し寄せていました」

 

「そんな……っ」

 

多くの店が並び、賑やかに人々が行き交う……楽しい思い出の詰まった安土の町並みが脳裏に浮かぶ。

 

(あの町でも、春日山と同じ光景が繰り広げられてるなんて……。信長様や皆は大丈夫かな)

 

心配でたまらず、胸がヒリヒリと痛みだす。

 

信玄「幸村の調べでは、始まりの暴動に関わっていた兵たちはいずれも歩兵……種子島なんて見たこともない連中だ。暴発させて、自らの命を奪ってしまった者も少なくないらしい」

 

(なんてひどい……)

 

幸村「くそ……! 一体、何が起きてんだよ……!?」

 

もどかしそうに幸村が眉間にしわを寄せて叫ぶ。

 

佐助「この件に、俺たちの陣営はもちろん、織田軍の上層部も一切関与していないと考えられます。こんなことをしても、謙信様たちに益はない。織田軍の将たちにとっても同じこと。とはいえ、一介の兵や村人たちが武器を自ら買いそろえることは不可能だ」

 

謙信「ならば、それが可能な黒幕が、暗躍しているということだな」

 

佐助「はい。–––何者かが武器を大量に運び込み、意図的にバラまいている。そしてその範囲は日に日に拡大しています」

 

義元「上杉武田軍でも、織田軍でもない……。殺し合いをさせること、それ自体が目的の『誰か』が、背後にいるって言いたいの?」

 

静かに問いかけた義元さんに、佐助くんが硬い表情で頷いた。

 

佐助「その『誰か』は……両軍の共倒れ、ひいては日ノ本全土を焦土にすることを目論んでいると考えられます」

 

(誰かがこの国を滅ぼそうとしてる……!? そんなことになれば、未来へ続く歴史も途切れてしまう)

 

現代が変わる事態だと佐助くんが言った意味を、恐怖とともに理解する。

 

佐助「しかも暴動は、ただ広がっているだけではありません。」

 

「どういうこと……?」

 

佐助「織田の領地では、『この暴動の黒幕は上杉武田軍だ』という噂が広まっています」

 

幸村「こっちの領地では逆に、『この暴動の黒幕は信長の企みだ』って噂が流れてる」

 

(まるっきり反対だ……)

 

義元「誰かが意図的に、嘘の風説を流布してるってことか。兵だけじゃなく民までもが、互いへの憎しみを煽られてるとなると……」

 

信玄「将の命を待たず、一介の武士たちや武器を手にした村人たちが、憎しみにまかせて敵地へと討ち入り始めるだろうな」

 

(そんな……!)

 

謙信「戦法も何もなく、統制を失った兵たちが入り乱れ、なしくずしに大戦が始まる、か……。断じて、許せん」

 

刀の柄を握りしめる謙信様の凄みのある声に、一瞬水を打ったように広間が静まった。

 

佐助「–––今の世の戦は、将と将の間で決着すれば終結する。でも、憎しみを原動力にした総力戦になったら……お互いに、最後のひとりが死ぬまで終わらない」

 

(まるで、地獄だ……)

 

想像するのも恐ろしく、寒気が止まらない。

 

「一体、誰が何のために……!?」

 

佐助「人類の歴史を見る限り、主に戦の引き金になるのは、名誉、権力、利益、報復だ。だけど、今回の暴動はどれにも当てはまらない。強いて言うなら、破壊そのものが目的だと考えられる」

 

(破壊そのもの……?)

 

信玄「佐助、幸村、報告は以上だな?」

 

佐助・幸村「はっ」

 

信玄「よし……だったら俺達がやるべきことはひとつだ。今すぐに暴動を止めなきゃならない。この瞬間も、尊い民の命が失われている」

 

(信玄様……)

 

まるで大怪我を負ったかのように、信玄様はきつく顔を歪める。

民の痛みこそが、この方の痛みなんだ。

 

(どうにかして早く止めないと……!)

 

昼間、次々と運び込まれてくる怪我人を何十人も目にした。

無残に流れる血と涙を、これ以上見たくない。

 

幸村「でも、信長たちとの開戦間近って時に、どうやって……」

 

義元「はい。俺から、いいかな?」

 

謙信「ほう、お飾り当主が軍議の場で口を開くとは……珍しいこともあるものだな」

 

義元「これから話すような案は、君たちじゃ、たとえ考えついても言い出しにくいと思ってね」

 

(え……?)

 

ふっと微笑んだ義元さんが、なぜか私の方を見遣る。

 

義元「道は、ひとつでしょう。織田軍との講話だ」

 

謙信・信玄「……っ」

 

(戦いそのものをやめるってこと……?)

 

義元「両軍がいち早く和睦を結び、協力して黒幕を探し出して暴動の根源を絶つ。そうすることでしか、事態は収束へ向かわない。やるべきことは、他にはないはずだ」

 

ハッと視界が開けたような気がして、佐助くんと顔を見合わせる。 

 

佐助「……」

 

佐助くんも同意すると言いたげに、小さく頷き返してくれる。

一方で、謙信様や信玄様、幸村は、苦渋の表情を浮かべていた。

 

幸村「義元……っ、信長に今川家を滅ぼされたお前が、それを言うのか!?」

 

義元「ああ、滅ぼされたからこそ言うよ。間に合ううちに勇み足を止めるべきなんだ」

 

幸村「っ……」

 

義元「幸村や信玄、謙信が掲げている義っていうものは、理解しているつもりだよ。お飾りとはいえ、当主だしね。こんな俺にも、命を賭して守りたいものはある」

 

いつもは澄み切って静かな義元さんの瞳の奥に、強い光が宿っている。

 

義元「人が、己の命を義にかけるのは自由だ。だけど……多くの民の命まで犠牲にする義は、もう義とは呼べない」

 

ひと言ひと言が、奥深くまで胸を刺した。

 

(……敦盛の舞を見た時に学んだ。今川義元桶狭間の戦い織田信長に敗れ、家は滅んだって)

 

彼が味わってきた過去の痛みが今ひも解かれ、言葉に織り込まれていることがわかる。

 

(この方は……普段は掴みどころがなくても、いざという時はこんなに強くなれる人なんだ)

 

信玄「なるほど、確かに今川家当主のお前だからこそ言える案だな」

 

義元「そう」

 

信玄「……だが、講話は断じてできない」

 

獣がうなるように、信玄様が迫力のある声で呟いた。

 

義元「信玄……」

 

信玄「あくまで一時休戦だ。民のため、今だけあの鬼と手を結ぶ」

 

義元「……うん。十分」

 

(……! 一時的にでも協定を結べたら、和平への道が開けるかもしれない)

 

胸に希望が広がって、目の前がぱっと明るくなった。

 

信玄「幸村も、無念だろうが……わかってくれるな」

 

幸村「……信長との決着を先延ばしにすることを、誰よりも無念に思うのは、信玄様でしょう。そのあなたが決断を下したなら、俺はとことん従うまでです」

 

(幸村……)

 

謙信「信玄、何を腑抜けたことを……! 信長との戦を見送るなど、俺は断じて認めん!」

 

信玄「謙信」

 

衝動に突き動かされ立ち上がろうとした謙信様の肩に、信玄様が静かに手を置いた。

 

謙信「……っ」

 

謙信様はぐっと唇を噛んで、信玄様の顔を見据える。

 

信玄「ここは譲ってくれ。民のために、日ノ本のために。……俺の、残りの命を賭けて、お前に頼む」

 

謙信「……っ、狡い男だ、お前は」

 

信玄「ああ。……すまない」

 

わずかに黙った後、謙信様は深くため息を付いて、その場に座り直した。

 

(よかった……! 理由はわからないけど、謙信様も納得してくれたみたい)

 

幸村「まだ一番大きな問題が残ってます。どうやって協定を結ぶかです。民同士が憎しみ合うほどにこじれたこの状態で、向こうが交渉に応じるわけが……」

 

義元「いるでしょう。この世で唯一、架け橋になれる人が」

 

義元さんがにっこりと私へ微笑んだ。

 

佐助「まさか……」

 

謙信・信玄「……!」

 

幸村「美香……」

 

(わ、私!?)

 

義元「君ほどの適任者は他にいないんじゃない?」

驚いて口を利けずにいると、幸村が思案顔になる。

 

幸村「たしかにこいつは、安土の武将たちに半端なく気に入られてたみてーだけど…」

 

謙信「なるほど、美香か」

 

信玄「悪くない。こちらとしても信頼できる人物だ」

 

(私が両軍の架け橋に……。そんなこと考えてもみなかったけど……)

 

ふっと、暗闇の中に小さな灯火がともった気がした。

 

(私にとって、上杉武田軍と織田軍の武将たち、どっちも大切だ。片方の味方はできない……。そんな私だからこそ、きっとやれることだ。あんな別れ方をしてしまったけど……憎まれてしまってるかもしれないけど、それでも……!)

 

「私……やります! 織田軍との交渉役を、やらせてください!」

 

佐助「駄目だ!」

 

(佐助くん……?)

 

佐助「何を言ってるんだ君は……義元さんも義元さんです」

 

佐助くんが怒りをにじませ、いつになく声を荒げる。

 

佐助「誰がなんて言おうと、美香さんだけは駄目だ」

 

「どうして……」

 

佐助「この交渉がどれほど危険か、君は少しも分かってない」

 

(っ、分かってないって……)

 

「待って、佐助くん。話を聞いて」

 

佐助「聞いても同じだ。君まで、この乱世の争いに巻き込まれることはないんだ。君が交渉役を引き受けることは、絶対に認められない」

 

(そんな言い方……っ)

 

佐助くんらしからぬ取り付く島もない態度に、カッと頭に血がのぼる。

 

佐助「両軍の交渉となれば、国境に……暴動の中心地に出向かなきゃならない。両軍の武将が集まるってことは、陰で暗躍する何者かが、大将級を一掃する好機と見て、攻撃を仕掛けてくる可能性が限りなく高い」

 

(っ……そこまでは、考えてなかった……。でも……)

 

思い至らなかったことを反省しながらも、あとには引けない。

 

「それでも、暴動を止める手立てが他にないなら、私は……!」

 

佐助「戦場の恐ろしさを、君は知らないだろう!」

 

(……っ、そうだけど)

 

幸村「佐助、落ち着け」

 

佐助「無理だ」

 

幸村が肩に置いた手を、佐助くんが乱雑に払う。

 

(佐助くんが全力で心配してくれてるのはわかる。でも……!)

 

「私にしかできないなら、やるしかないじゃない! みんなのためだけじゃない。私自身のためにも。この国のために、未来のために」

 

佐助「それでも君は、行かせられない!」

 

頭ごなしに断言され、苦い感情が胸にせりあがる。

 

「なんで……!? どうしてわかってくれないの?」

 

佐助「…………っ。分かっていないのは君だ。ここは戦国の世……深く考えもせず、命のかかった選択をするなんて、甘すぎる!」

 

(なっ……)

 

容赦なく痛いところをつかれて、言葉が続かない。

 

(そうだけど……、たしかに私は、何も分かってない甘ったれかもしれないけど。それでもみんなを、未来を、佐助くんを……守りたいのに)

 

理解してもらえないことが悔しくて、溢れそうになる涙を必死に堪え、眉をつりあげる。

 

佐助「……」

 

佐助くんも譲らず、お互いに険しい顔で睨み合う。

 

信玄「ふたりとも、そこまでにしておけ」

 

謙信「美香」

 

「っ、はい……」

 

立ち上がった謙信様から向けられたのは冷静な視線だった。

 

謙信「お前に一晩やる。よく考えて、受けるかどうか、返事をしろ」

 

(謙信様も時間が惜しいはずなのに……)

 

「……はい」

 

佐助「謙信様、それは……っ」

 

謙信「佐助。お前も俺の忍びなら、頭を冷やせ」

 

迫力ある声でそう言い残すと、謙信様は背を向け広間を出て行った。

 

佐助「…………」

 

軍議はそこでお開きとなり、私たちも広間を出る。

 

(今もたくさんの人が傷ついて苦しんでる。交渉役を受けるか受けないか迷ってる暇はないはずだ……!)

 

腹立ちのままに手のひらをきつく握り込んだ時、佐助くんと目が合った。

 

佐助「……」

 

(っ……私の気持ちは変わらない)

 

言葉を交わさないまま、ふんっとお互いに顔を背け合う。

 

幸村「おいおい、お前らな……」

 

困り顔の幸村を残し、佐助くんは頑として黙ったまま去っていった。

 

(こんなに分かり合えないのは、初めてだ。誰より一番、佐助くんに、分かってほしいのに……っ)

…………


美香と別れたあと、ひとりになった佐助は、ゴンッと頭を壁に打ちつけた。

 

佐助「俺は……っ、何をやってるんだ。美香さんを守りたいのに、傷つけるなんて……っ」