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イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【佐助】共通10話後半

その日の日暮れ、国境の平原は、戦地と化した。

迫りくる黒装束の一団の数は、優に千を超えている。

援軍の到着を待たず、国を背負う将たちは刀を抜いた。

 

信長「–––貴様ら、抜かるなよ」

 

秀吉・光秀「はっ」

 

信玄「悲願の大戦を汚した罪、償ってもらおうか」

 

謙信「俺の獲物だ。自重しろ、信玄」

 

義元「俺も、のんびりお昼寝してるわけにはいかなそうだな」

 

政宗「上杉武田軍のお手並み拝見といこうじゃねえか」

 

幸村「こっちの台詞だ。–––加減はしねえ」

 

秀吉「……! 信長様、あれを!」

 

土埃の中、馬を操る敵の将の姿が浮かび上がってくる。

 

顕如「信長、覚悟–––ッ!」

 

信長「はっ、なるほど……。地中の蛇が這い出てきおったか」

 

信玄「顕如、黒幕はお前だったのか……!?」 

 

顕如は狂気を瞳ににじませ、信長を見据えて叫ぶ。

 

顕如「かかれ……–––!」

 

謙信「–––散れ」

 

殺到する黒装束の一団に相対すべく、武将たちは散開した。

 

黒装束の一団「信長、その首もらった–––ッ!」

 

信長「笑わせてくれる」

 

にやりと笑った信長は、抜き放った刀で飛びかかる敵兵を斬り払う。

 

信長「この程度では、俺の首の対価には到底足りんな」

 

黒装束の一団「おのれ……! 全員でかかれ!」

 

泰然とした微笑に怒りを煽られ、男たちが一斉に刀を振り上げると–––

 

黒装束の一団「!?」

 

信長の左右に、壁のように大きな影が立ちふさがった。

 

信玄「勝手は困る。この男の首は、俺がもらう予定なんでな」

 

謙信「いいや、俺だ」

 

黒装束の一団「っ……お前たち……!」

 

謙信「信長、どこの馬の骨ともわからん者どもにその首を奪われてみろ……。二度殺すぞ」

 

信長「上等だ」

 

黒装束の一団「く……っ」

 

信玄「さて、死に急ぐなら俺が餞をしてやろう。–––まとめて来い」

…………


大将たちを背にし、秀吉と光秀は猛進してくる敵の防波堤となっていた。 

 

秀吉「……くそっ、斬っても斬っても湧いてきやがる!」

 

光秀「ほう、お前が弱音を吐くとはな。慰めてやろうか?」

 

秀吉「いるかそんなもん!」

 

土煙の立ちこめる中、秀吉の目が、東の方角にギラッと何かが光るのを捉えた。

 

秀吉「光秀!」

 

光秀「承知」

 

秀吉「視界が悪いな。–––はっ」

 

黒装束の一団「うお……!?」

 

最前線の歩兵をひと息になぎ倒すと、秀吉は光秀へ肩を差し出した。

間髪入れず、光秀が秀吉の肩に火縄銃の銃身を載せる。

 

ズガン–––ッ

 

秀吉「よし」

 

秀吉が素早く刀を構え直すのと同時に、包囲網の外側で、敵のひとりが馬上から転がり落ちた。

彼が構えていた火縄銃も、その手からこぼれ、土埃に消える。

 

黒装束の一団「ひ……! この距離で、撃ち落としおった……!」

 

後方に控える狙撃手たちの間にどよめきが起こり、足並みが鈍り、乱れた。

青ざめた黒装束たちを見回して、光秀は低い声で告げた。

 

光秀「–––お前たち、覚えておけ。種子島とはこう使うものだ」


黒装束の「抜け! 抜かねば斬る……!」

 

義元「参るなあ……。帯刀はしてないんだよね」

 

戦場の片隅では、取り囲む敵兵相手に、丸腰の義元がため息をついていた。

 

黒装束の男「嘘をつきこの場を逃れるつもりか!? そうはいかんぞ!」

 

業を煮やした黒装束のひとりが抜刀し、刀を義元へ振り下ろす。

 

義元「おっと」

 

鉄扇で優雅に受け止めた刀を、義元は遊ぶようにさらりと横へ流して弾く。

 

黒装束の男「おのれ……!」

 

義元「……っ」

 

目を血走らせる男の猛攻に、義元が鉄扇を取り落とした時–––

 

幸村「義元!」

 

義元「……!」

 

放り投げられた刀が、すっと伸ばした義元の片手に収まる。

すぐさま背後から、馬の蹄の音が近づいた。

 

幸村「横着すんな! 俺の『村正』貸してやる、半端に扱うんじゃねーぞ」

 

義元「幸村……」

 

馬を駆る幸村は義元の返事を待たず、十文字槍を構え直して敵陣の真ん中へと突っ込んでいく。

 

義元「……仕方ない。刀剣は、眺めている方が好きなんだけどね」

 

義元はすらりと刀を抜き放ち、自分を囲む男たちへ艶やかに微笑んだ。

 

義元「さて……斬られたくない人は、下がっててね?」

…………


黒装束の男「真田幸村を討ち取れ……! こいつを生かしておくだけで百人の同胞が殺されるぞ!」

 

幸村「俺がお前ら百人だと? なめられたもんだな」

 

十文字槍のひと振りで、男たちの身体が後ろへ弾き飛ばされる。

 

幸村「一千人だろうが一万人だろうが、余裕で打ちのめしてやるよ。来やがれ!」

 

黒装束の一団「うおおおお……!」

 

斬り合いは苛烈さを増し、黒装束の男たちが束になって幸村へ押し迫る。

 

黒装束の男「真田幸村、討ち取ったり!」

 

幸村「……!」

 

鈍く光る刃が、幸村の首めがけて襲いかかった瞬間–––

 

政宗「–––こんなところで死んでもらっちゃ困るぞ、真田幸村

 

黒装束の男「ぐわ……っ」

 

政宗が白刃をひらめかせ、幸村へ向けられた刀を真っ二つに叩き折る。

 

幸村「独眼竜……。はっ、誰が死ぬかよ。人の獲物を横取りしやがって」

 

政宗「言うじゃねか。……今だけ、背中を貸してやるよ」

 

幸村「勘違いすんな。貸してやるのは俺の方だ。ガッカリさせんなよ、政宗!」

 

政宗「こっちの台詞だ、幸村!」

 

中合わせで刀と槍を構え、黒装束の男たちを斬り伏せていくものの……押し寄せてくる敵の勢いは止まらず、刻一刻と包囲網が狭まっていく。

 

幸村・政宗「は……っ、は……っ」

 

ふたりが両目をカッと開き、荒い呼吸で敵を睨み据えたその時–––

ボン–––!

 

幸村・政宗「!?」

 

黒装束の一団「な、なんだ……!?」

 

辺りに煙が立ち込め、統率が乱れた黒装束の男たちから悲鳴が上がる。

 

政宗「お前は……」

 

幸村「ったく、遅せーよ、バカ」

 

佐助「すまない。ちょっと色々あって」

 

現れた佐助は、素早く刀を抜く。

風が吹いて煙が流されると、再び敵の軍勢があらわになった。

同時に–––佐助の背後に、彼が引き連れてきた援軍も姿を現した。

 

政宗「佐助……! 安土では隠してたお前の実力、見せてくれるんだろうな?」

 

佐助「ご期待は裏切らないと約束します、政宗さん。ではふたりとも–––ゆめゆめ、抜かりなく」

 

幸村・政宗「おう!」

…………


家康「三成、見ろ!」

 

三成「あれは……! 上杉武田軍に若干遅れをとったようですね」

 

味方を取り囲む顕如一派を、駆けつけた上杉武田の援軍がさらに包囲しつつあるのが見える。

 

三成「私たちも参りましょう、家康様!」

 

家康「俺に指図するな、三成」

 

馬の速度を上げ、家康は引き連れてきた織田の援軍に振り向いた。

 

家康「–––全軍、かかれ!」

 

織田の援軍「はっ!」

…………


やがて–––

 

蘭丸「はぁ……っ、はぁ……」

 

同胞との乱闘で怪我を負った蘭丸が戦地へと戻って来た時には、すべてが終わっていた。

兵たちの歓声が聞こえ、とっさに蘭丸は草陰に身を隠す。

 

信長「これまでのようだな、顕如

 

顕如「は……っ、私の復讐に終わりなどない。たとえこの命果てようとて、無間地獄より永遠にお前を憎み続けよう」

 

信長「–––連れて行け」

 

兵たち「はっ」

 

蘭丸「顕如様……!」

 

飛び出そうとした瞬間、師と弟子をへだてる草むら越しに、ふたりの目が合った。

 

顕如「…………」

 

昔と同じように柔らかく微笑んだ顕如は、かすかに首を横に振る。

 

蘭丸「……!」

 

『来るな』と言われたのだと、蘭丸には分かった。

顕如の口元がわずかに動き、声なき声を蘭丸に伝える。

 

顕如『–––堪忍な』

 

蘭丸「…………っ」

 

連れ去られる顕如の背中が、手も届かないほど遠ざかっていく。

硝煙と血の匂いを残して人々が去ると、耐えがたい静寂が訪れた。

 

蘭丸「–––顕如様ぁぁぁ……っ」

 

深紅の夕日が沈みゆく空の下、迷子のように蘭丸は、その場に泣き崩れた。

…………


(神様、どうかどうか、みんなを守って下さい……っ)

 

闇が濃くなる頃、野営地でひとり帰りを待つ私の耳に、馬の蹄の音が聞こえてきた。

とっさに顔を上げると–––

 

佐助「美香さん……!」

 

幸村「美香ー!」

 

「佐助くん、幸村……!」

 

佐助くんと幸村の後ろには、信玄様、謙信様、そして義元さんの姿もある。

 

(戦いは、終わったんだ……!)

 

待っていられなくて、息を切らしながら走り寄る。

佐助くんは速度を緩めずにそばまで来ると、馬から飛び下り、すぐさま私の手首を掴んだ。

 

佐助「来て、美香さん」

 

「えっ? あの、ちょっと、佐助くん……っ?」

 

佐助くんは有無を言わさず、私を連れて野原へと歩き出した。

 

幸村「おい、佐助ー? どーしたんだよ」

 

謙信「佐助、戦勝祝いだ。そばに来て俺に酒を……」

 

信玄「ふたりとも、今はやめとけ」

 

義元「そうそう。お酒なら俺が付き合うから、少しの間だけそっとしといてあげたら」

………… 


「佐助くん、みんなに黙って出てきちゃったけど、よかったの……?」

 

佐助「…………」

 

(さっきから、黙ったままだ……)

 

一歩ごとに鼓動が高鳴って苦しい。

息詰まる沈黙も、余裕のない横顔も、うっすら赤く染まった耳も、何もかもが胸を騒がせる。

ひと気のないところまで来ると、佐助くんが足を止めて私へ振り返った。

 

佐助「……美香さん」

 

「……うん?」

 

繋いでいた手を引き寄せられて……

 

(あ……)

 

佐助くんの固い胸に受け止められ、背中に腕を回された。

 

佐助「ただいま」

 

「……お帰り」

 

耳をくすぐる優しい声音に、たまらず佐助くんの身体をきつく抱きしめ返した。

 

(無事に帰ってきてくれて、ありがとう)

 

佐助くんは温もりを求めるように、いっそう腕に力を込めていく。

 

佐助「……戻ってこられてよかった。こうして君に、また触れられる」

 

「ねえ、いつから……? いつから……こんなふうにしたいって思ってくれてた?」

 

佐助「自分でも、わからない。気づいた時には、どうしようもないくらい、君に触れたくなってた。すまない。さっきから俺は、いつになく余裕がない状態だ」

 

佐助くんからぶつけられる眼差しは熱っぽくて、その瞳はかすかに揺れていた。

 

(本当、いつもと全然違う……)

 

高鳴る鼓動はそのままに、甘く安らいだ心地に満たされていく。

 

「……佐助くん、怪我はしてない? 大丈夫だった?」

 

佐助「ああ、昼間の傷ももう痛くない。……怪我なんてしてる場合じゃなかった。君に言わないとならないことが山ほどある。……伝えるのが遅くなってしまったけど、聞いて」

 

「うん……」

 

佐助君は眩しげに目を細め、私の頬に手を添えた。

 

佐助「自己分析してみたんだけど、やっぱり、結論はひとつだった。俺は君が、好きらしい。それも……熱烈に。きっと俺は、君に出会ったあの日からずっとー…君に惹かれてたんだと思う」

 

(あの日……四年前の、嵐の夜から……)

 

佐助「以前俺に、『二度と会えなくても平気か』って聞いたこと、覚えてる?」

 

「……うん」

 

ーーーーーーーー

「私と同じように、大事な人とは離れたくないって……離れたら寂しいって、思って欲しい」

 

佐助「え……?」

 

「佐助くんは……っ、もしも……もしも私と離れ離れになっても、『仕方ない』って思うの? 私と二度と会えなくても……平気なの?」

 

佐助「……っ」

ーーーーーーーー

 

佐助「今ならはっきり答えられる。俺は、平気じゃない。それどころか……気が狂う」

 

(佐助くん……)

 

眼鏡越しの澄んだ綺麗な瞳は、私だけを映している。

 

佐助「離れても仕方ないなんて、君にだけは思えない。君に対して、高揚と執着を感じる。要するに……愛してるって、言ってるつもり」

 

 

(そんなふうに想ってくれるなんて……)

望んでいた以上の言葉を、佐助くんは私にくれた。

 

「私も……、私も、愛してるよ」

 

佐助「……嬉しい」

 

満点の瞬く星の下、佐助くんが口元を緩める。

 

(この笑顔を私、きっと一生忘れない)

 

頬を包んでいた佐助くんの両手が後ろへ滑り、ゆっくりと頭を引き寄せられて–––

 

「ん……」

 

柔らかな唇が重なって、淡いキスを交わし合う。

 

 

佐助「美香さん……」

 

佐助くんは私の唇を軽く噛むと、額に、こめかみに、まぶたに、やんわりと口づけの雨を降らせていく。

呼吸を止めてされるがままになっていると、今度は耳たぶに舌先が触れた。

 

(ひゃ……っ)

 

「佐助くん、ちょ……、そういうの、今は、駄目」

 

佐助「……分かってる。これ以上はしない。あとで、もっと、ちゃんとする」

 

(ちゃんとって……)

 

ぎゅーっともう一度抱きしめられて、頭のてっぺんに唇を押し当てられた。

 

(幸せで、息が止まりそう……。でも……)

 

佐助くんの背中へ回していた手から、ふっと力が抜けてしまった。

 

佐助「どうかした?」

 

「……佐助くんの気持ちが聞けて、すごく嬉しい。だけど……まだ暴動は終わってない。たくさんの人が、今この瞬間も傷ついてる……」

 

怪我人で溢れた春日山の町の光景、織田軍の皆の顔、蘭丸くんの悲痛な叫びが、今も頭から離れない。

 

「この乱世の真っただ中で、私ばかり幸せになっていいのかな……」

 

(すごく後ろめたくて……申し訳ない気持ちになる)

 

佐助「君の気持ちは、よく分かる。ただ、俺は……俺はとっくに幸せだったよ。今だけじゃなくて、君に出会ってから、これまでずっと」

 

「え……?」

 

佐助くんは私の手を取り、しっかりと指先を絡めた。

 

佐助「君が俺の命を助けてくれたから、俺は生きてここにいる。いつか君に会えると信じてたから、どんな修行も乗り越えられた。辛い時も苦しい時も、命の危機にあった時も、多分俺は……ずっと、幸せだったんだと思う。この世界に、君がいたから」

 

(私がいたから……。たった、それだけで……?)

 

曇りかけた心に、風が吹いた。

佐助くんは今、私に宇宙の真理を耳打ちしてくれたのだ。

 

(そうか……私も同じだ)

 

佐助くんに再会して、深い思いに守られ続けた間、辛い時も悲しい時も、きっと、ずっと、幸せだった。

私自身が気づいてなくても、たしかに私は、幸せだったのだ。

 

「……私たち、はじめから、幸せだったんだね」

 

佐助「そうみたいだ」

 

「ふふ……」

 

小さく笑うと佐助くんもかすかに微笑む。

 

佐助「この先も俺は120%の確率で、人生がどれほど過酷だろうと幸せでいられる。君がいるなら」

 

「……うん、私も。間違いないね」

 

(幸せは、得たり失ったりするもんじゃないんだな。いつでもそこにあって……私たちはただ、それに気づくだけでいい)

 

どちらからともなく、触れ合わせるだけの優しいキスを交わして……

みんなの元へと、繋いだ手を揺らして、歩き出した。

–––そのとき、私たちはまだ知らなかった。

燃え広がった地獄の炎が、密かに、着実に、日ノ本全土を包み込もうとしていることに。

…………


合戦の一部始終を、南蛮の望遠鏡を手に、崖の上から見下ろしていたひとりの男がいた。

 

元就「くくく……、派手に散ってくれて感謝するぜ、顕如! 大将が手を結ぼうが、もう止まらねえんだよ……。たまんねえな、早くこの目で見てみてえもんだぜ、地獄絵図をよ!」