戦国【佐助】情熱11話前半
国境で上杉武田軍と織田軍の会合が、改めて開かれた。
両軍の武将や家臣たちとともに、仲介役を果たした私も呼ばれ、佐助くんと隅に控える。
信長・秀吉「…………」
信玄・謙信「…………」
(昨日よりましだけど、やっぱり空気が凍ってる……!)
「佐助くん、この調子で無事に休戦できるのかな」
佐助「わからない。ただ……黒幕の首謀者の顕如を捕まえても、まだ暴動はおさまってない。休戦できなければ、このまま混乱が広がり続け、日ノ本全土の人々が傷つく可能性マックスだ」
「うん……」
昨日は口頭で休戦を約束するに至ったものの、途中で顕如の攻撃を受けて乱戦になり、正式な調停を終えていなかった。
(どうかうまくいきますように……)
祈るような思いで見つめていると…
謙信「休戦などまどろっこしい。黒幕を捕えた今、共闘する理由も大してないだろう。信長、俺としてはこの場で開戦を告げ、お前と殺し合うことを所望している」
信長「ほう。悪くない提案だな」
信玄「謙信、この男を地獄へ落とす役だけは譲るわけにはいかない」
(いきなり雲行きが怪しくなってきた!)
「あのっ……、お待ち下さい!」
信玄・謙信「……」
緊迫した空気にたまらず口を挟む。
信長「どうした、美香。不満げな顔だな」
「恐れながら……今日は休戦の書状を交わすための会合ですよね? これ以上のいさかいは避けて、ご署名をお願いできないでしょうか……?」
謙信・信玄「…………」
「黒幕が捕えられた今も、混乱は広がり続けています。これ以上、私たちの大切な安土や春日山の人たちが傷つかないように、どうか……!」
(荒れた城下町や、硝煙の匂いのする戦場……あんな光景はもう見たくない)
信玄「それが姫の願いか?」
「はい……お願いします!」
必死に頼みこむと、なぜか信長様が口元に笑みを浮かべた。
信長「貴様、ずいぶんと仲介役が板についてきたな」
「え……」
信玄「天女に頼まれたら、嫌とは言えないな。それに俺たちは、君に悲しい顔をさせるつもりは最初からない。だろう? 謙信」
謙信「……今回に限り、な。休戦はするがいずれ必ず織田軍は殺し尽くす」
信長「望むところだ」
(物騒すぎる会話だけど……一応、お互いに休戦を受け入れるってことかな。よかった……!)
深くおじぎをして後ろに下がると、佐助くんが私の肩に手を載せた。
佐助「美香さん、ナイスアシスト」
幸村「『無い素足すと』? ……なんだそりゃ」
佐助「適切な手助けという意味だ。これで春日山と安土の混乱もおさまる」
「でも信長様たちは最初から休戦するつもりだったみたい。余計なことしちゃったかも」
佐助「いや、お互いに休戦を望んではいても、組織のトップ同士、体面というものがある。ディスのひとつやふたつ言わずに自分から休戦を申し出るのは、武将のプライドが許さなかっただろう。こじれずに迅速に署名に持ち込めたのは君のおかげだ。春日山と安土の人たちを想う、美香さんの気持ちが届いたんだ」
(そっか、少し早くに立てたのかな……)
信長「三成。書状を」
三成「はっ。ではこれより、一時休戦の協定を結ばせていただきます」
両軍が書状を取り交わす様子を、固唾を呑んで見守る。
(あくまで一時休戦だけど、いつか本当の和平につながれば……)
そう願っていると、ふと信玄様が視線を信長様へ投げた。
眼差しに敵意は感じないものの、真意を探らせない固さがあった。
信玄「この度の黒幕……顕如を捕らえたのは、お前のところの猫っ毛の坊主だったな」
信長「それがどうした」
信玄「……あいつを、殺すのか」
信長「いいや。毒を抜いた蛇を殺しても、何の益もない。奴には牢から、俺が天下布武を為すのを見届けさせる」
信玄「そうか……」
どことなく信玄様の表情に、安堵した色が浮かぶ。
(ずっと気になってたこと……今なら聞けそう)
「あの……蘭丸くんは、どこに?」
光秀「敵襲の直前に突然消えて以来、姿が見えない。どこへ雲隠れしたのやら」
「そうですか……」
佐助「…………」
蘭丸くんが敵を引き連れ追撃を仕掛けてきたことを、佐助くんと私は誰にも言えずにいた。
(蘭丸くんは、顕如さんのスパイだった。でも……私と佐助くんを庇ってくれた。)
光秀「顕如に蘭丸とつながりがあったか、手を変え品を変え、『質問』してはみたが…顕如は一貫して『そんな男は知らない』と」
家康「結局蘭丸は、また戦に怖気づいて逃げただけってことですか。……めんどくさい。さっさと戻ってくればいいのに」
三成「どちらに行かれてしまったのか、心配ですね……」
皆の話を聞きながら、動揺が顔に出ないように願い、膝の上で拳を丸める。
(顕如さんは……きっと、蘭丸くんをかばって嘘をついたんだ。蘭丸くんの居場所が、織田軍からなくならないように)
蘭丸くんは、信長様たちと顕如さんの間で激しく揺れていた。
だから、援軍を呼びにいく私と佐助くんを助けてくれたのだ。
(……もしかすると顕如さんは、蘭丸くんの葛藤に気づいていたのかもしれない)
タイムスリップをしたばかりの頃、一瞬すれ違っただけの影のある人–––彼の今後が、穏やかなものであることを願わずにいられない。
武将たちは再び、書状の取り交わしに戻った。
この場にいない蘭丸くんを思い、天幕の隅で小さく溜息がこぼれた。
佐助「美香さん」
佐助くんが私の気持ちを察したように、握った拳に手のひらを重ねてくれる。
(佐助くんの手、あったかいな……)
温もりが流れこんできて、沈む心を励ましてくれる。
「佐助くんの手、ごつごつしてるね」
佐助「すまない、痛かった?」
「ううん。男の人なんだなって思っただけ。……なんだか、安心する」
佐助「っ……。……それは、とても光栄だ」
離れがたくて佐助くんと指先を触れ合わせていると–––
信長「美香」
(えっ?)
いきなり信長様に名前を呼ばれて姿勢を正す。
「な、なんでしょうか?」
信長「この度の顕如討伐と動乱平定のための休戦、貴様の手柄だ。織田軍から何でもひとつ褒美をくれてやる」
「私にですか?」
信長「そうだ。望みを言ってみろ」
急に言われて戸惑うけれど、すぐにひとつの案が頭に浮かんだ。
(それなら……)
「絶対に、叶えてくださいますか?」
信長「俺に二言はない」
政宗「美香、やけにもったいぶるが、何をねだるつもりだ?」
家康「早く言えば? あんたが欲しいものなんて信長様なら簡単に用意できるでしょ」
「うん…」
緊張しながらも信長様の眼差しを真っ直ぐ受け止める。
「信長様、蘭丸くんが戻ってきたら、『お帰り』を言って、もう一度安土に迎え入れてあげて下さい」
信長「何……?」
秀吉「蘭丸を……?」
周りも武将たちも驚いた様子で、互いに顔を見合わせる。
「蘭丸くんは、戦いの場から逃げたこと、きっと今頃後悔しています。今度こそ…織田軍が蘭丸くんの揺るぎない居場所になるように、どうかお願いします」
(蘭丸くんがもう二度と、眠れない夜を過ごすことがないように)
信長「それが貴様の願いか?」
「はい」
私を見据え、信長様がにやりと笑った。
信長「–––良いだろう。元より俺は、有能な駒を放り捨てるつもりはない」
(よかった……!)
三成「美香様らしいお願いですね」
秀吉「ありがとうな、美香。お前の優しさ、たしかに受け取った」
安堵して微笑み返した時、光秀さんが、思わせぶりな目線を私へ向け苦笑する。
光秀「……相変わらず、甘いことだな」
「ど、どういう意味ですか」
光秀「さあ? 気にするな」
笑みを絶やさない光秀さんに首をすくめる。
(光秀さんは、すべてお見通しって感じだな)
政宗「で、美香。お前はこれからどうする気だ。敵でも味方でもないなら、安土に戻って来い」
「政宗…」
三成「ぜひ! 私たちはもちろん、城で働く皆さんも美香様のお帰りを待っているんですよ」
家康「あんたにワサビを撫でさせてあげる約束、まだ有効だから」
光秀「秀吉が、いつでも戻れるようにとお前の部屋をそのまま残してあることだしな」
秀吉「何でそれをお前が知ってるんだ、光秀」
(みんな……)
織田軍の皆の優しさに、胸が熱くなるけれど……
私が答えるより先に、佐助くんが毅然と口火を切った。
佐助「申し訳ないですが、美香さんは安土には行かせられません。美香さんはこの先、俺と生きることになっているので」
(えっ!?)
突然の爆弾投下に、佐助くんを見上げたまま、フリーズしてしまう。
政宗・秀吉「な……」
家康・三成「え!?」
光秀「おやおや」
信玄「ついにやったか、佐助!」
義元「ここに至るまで、長かったね」
謙信「……はっ、くだらん」
幸村「え……。……え……っ?」
武将たちの視線が佐助くんと私に集中する。
(そ、そんなに見ないで欲しい……っ)
嬉しいやら恥ずかしいやらで、熱くなった顔を上げられない。
信長「敵方の城に正々堂々と入り込み、悪びれもしなかった忍びを選ぶとは……酔狂もここまで来れば見事なものだ」
おかしそうに笑い飛ばす信長様を見て、ホッとする。
佐助くんの有能さと度胸をよほど気に入っているらしい。
秀吉「まったく、いつの間に……。佐助、ちゃんと美香を幸せにできるんだろうな?」
佐助「はい、善処します」
秀吉「善処じゃなく確約しろ」
佐助「確約します、秀吉さん」
家康「まるで妹を嫁に出す兄ですね」
政宗「心配性で頭の固い兄を持つと苦労するな」
三成「美香様、おめでとうございます。佐助殿と末永くお幸せに」
「うん、ありがとう……」
信玄様や義元さん、それに織田軍の面々は、もともと仲がよかった佐助くんと私の恋を祝福してくれる。
謙信様は冷ややかな態度であるものの……
謙信「仕方がないが、認めてやる。俺の大事な懐刀を預けるのは、並の女には務まらん」
そっけなく言い放ちながらも、その声音は柔らかい。
義元「やっぱり謙信は、美香に一目置いてるみたいだね」
(そうなのかな……。気恥ずかしいけど、みんなに祝福してもらえて嬉しい)
幸村「……」
賑やかな雰囲気の中、幸村だけが呆然としたままでいる。
(驚かせて悪かったな……。幸村にはあとでちゃんと報告しないと)
信玄「春日山に戻ったら、祝いの宴を開かないとな」
義元「いいね、それ。ふたりのために、贅を尽くした宴を用意してあげよう」
(っ、そういえば……)
大切なことを思い出して、佐助くんと顔を見合わせる。
「佐助くん……」
佐助「ああ」
(ワームホールが開くまで、あと二週間もない……)
信玄「どうした、ふたりとも?」
佐助「すみません、その件ですが……」
佐助くんは居住まいを正して、深く礼をする。
佐助「俺も美香さんも、春日山には帰れません。……国へ帰る時が来ました」
信玄・義元「え……?」
謙信・幸村「…………っ」
(色々あって忘れかけてたけど……この時代は私たちの居場所じゃない。日本の未来が守られたのを見届けた今……私たちはいるべき場所に……現代に帰らなきゃいけないんだ)
「っ……みなさん、お世話になりました」
佐助くんにならって、私もみんなへ頭を下げた。
政宗「そういや、お前ら同じ故郷の出身だったな」
家康「遠い国の出だって言ってたけど、どれくらい離れてるの?」
佐助「残念ながら、相当な距離です。一度帰れば、簡単にはこっちへ戻れません」
皆に囲まれ飄々と答える佐助くんに、謙信様が口を開いた。
謙信「……時が来た、ということか」
佐助「謙信様。お世話になりました。あなたのお陰で、俺は四年間、生き延びることができました」
謙信「礼を言うにはまだ早い、佐助」
佐助「え……?」
謙信「今さらこの俺が、お前を手放すとでも思ったか?」
立ち上がった謙信様が、素早く刀の柄に手をかける。
(な……っ!)
謙信「斬る」
佐助「……っ」
迷いなく抜かれ振り下ろされた刃を、佐助くんは隠し持っていたクナイで弾き返す。
佐助「謙信様、契約をお忘れですか?」
謙信「ああ、忘れた。お前が俺の役に立つのは国元へ帰る日まで、などというくだらん約束などな」
佐助「ばっちり覚えてるじゃないですか」
謙信「いいや、忘れた」
ぎらりと光を反射させる刀を謙信様が構え直した。
「謙信様、やめてください……!」
佐助くんの前へと飛び出し、謙信様と向き合う。
謙信「…………」
(こうするのは初めてじゃないけど、今までとは違う。謙信様の目が言ってる。本気だって)
謙信「どけ、美香」
「嫌です! 別れの間際まで斬り合わないでください、そんなの悲しすぎます」
(謙信様が佐助くんを大切に思っていることは知ってる。だから……これ以上は……!)
謙信「……。……興が冷めた。勝手にしろ。猿飛佐助という男など、俺はもう知らん」
刀を鞘に戻し、謙信様は佐助くんへ背を向ける。
信玄「佐助、あいつなりに寂しがってるんだ、分かってやってくれ」
佐助「はい……」
(謙信様もだけど、佐助くんも寂しそう……)
無表情に見えても、謙信様を見つめる佐助くんの瞳がかすかに揺れている。
義元「それで、ふたりはいつ国元へ立つか、もう決めたの?」
佐助「すぐにでも発とうかと。俺たちの国は出入りできる時期が限られていて、帰るなら今しかないんです」
信玄「なら越後へ戻る俺たちと、途中まで旅を共にすればいい」
佐助「ありがとうございます。では、明日の朝までお世話になります」
(織田軍の皆とはここで、上杉武田軍とは明日の朝、お別れ……戦国ライフもあと少しだ。ここに来たばかりの頃は、帰る時を待ち望んでたのに……)
目前に迫った別れに、胸が苦しくなって俯くと……
秀吉「こーら、美香」
「わっ……」
頭に秀吉さんの手がのって、優しく上向かされた。
秀吉「別れ際にそんな顔見せるな。安心して送り出してやれなくなるだろ」
「秀吉さん…」
三成「おふたりが国に帰られると、寂しくなりますね……」
光秀「ああ、まだいじめ足りないが仕方がない」
家康「国元が遠くても、南蛮ほどじゃあるまいし、たまには顔を出しなよ」
政宗「美香、佐助。今度来る時には先に連絡をよこせ。美味い料理をたっぷり用意しといてやる」
(っ……困る。そんなに優しく言われると……)
目の奥が熱くなって、こぼれそうになった涙を必死に我慢する。
信長「貴様、何をひとりで百面相している?」
「し、してません!」
静観していた信長様の愉しそうな声が響く。
信長「貴様は、俺に幸運を運びこんだ至高の女だ。腑抜けた顔をせず、おのれの道を信じて進むが良い」
(信長様……)
「はい……ありがとうございます」
あれほど怖かった信長様のことも、今は違って見える。
鋼のような声音は耳に心地よく、深い色の瞳には温もりがある。
(乱世に来て出会えたのが、皆でよかった。ここで過ごしたことをずっと忘れないでいよう)
幸村「……」
(幸村だけ……さっきからずっと、黙ってるな)
佐助くんも気づいていたらしく、幸村へ静かに振り向いた。
佐助「幸村。国へ帰ること、黙っててごめん」
幸村「……謝って、何か意味があるのかよ。急にいなくなるとか勝手に決めといて……俺に何を言えっつーんだよ」
「幸村……」
幸村「俺たちのつながりは、その程度のもんだったのかよ、佐助」
佐助「幸村、それは違……」
幸村「……どこへでも行けよ」
佐助くんの言葉を待たずに、幸村は唇を噛んで顔を背けた。
–––その後、織田軍と別れ、佐助くんと私は上杉武田軍とともに旅路についた。
一緒に野営する最後の夜–––
無事に休戦が決まり、安堵のためか賑やかな笑い声が兵たちの間で沸き起こっている。
佐助「幸村、夕餉の支度ができたから、一緒に……」
幸村「…………」
(あ……)
幸村は無言のまま野営地の輪を離れ、野原へ行ってしまう。
信玄「まーだ拗ねてるのか、あいつは」
「信玄様……」
あれから幸村は、佐助くんとも私とも口を利かないでいた。
信玄「……許してやってくれ。あいつにとって、それだけ佐助と君は、大きな存在だったってことだ」
「許すも何も……私にとってもそうです。佐助くんにとっても」
(このままお別れなんてしたくない)
佐助「……少し、ふたりで話をしてきます。美香さんはここで待ってて」
「……わかった」
(佐助くんは幸村のことをズッ友だって言ってた。幸村もきっと同じ気持ちのはずだ)
ふたりを信じて待つことに決めて、私は幸村を追いかける佐助くんの背中を見送った。
…………
佐助「……幸村」
幸村「…………」
静寂に満ちた野原で、幸村は自分の腕を枕にし、大の字になって寝ていた。
佐助も隣に腰を下ろし、同じように寝転がる。
佐助「この満天の星も見納めだな……」
幸村「……惜しいのは、星だけかよ」