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イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【佐助】情熱11話後半

佐助「……幸村」

 

幸村「…………」

 

静寂に満ちた野原で、幸村は自分の腕を枕にし、大の字になって寝ていた。

佐助も隣に腰を下ろし、同じように寝転がる。

 

佐助「この満天の星も見納めだな……」

 

幸村「……惜しいのは、星だけかよ」

 

身体を起こした幸村が佐助をきつく睨んだ。

 

佐助「……以前の俺なら、そうだったかもしれない」

 

幸村「……じゃあ、今のお前はなんだってんだ」

 

佐助「今の俺は……」

 

佐助も起き上がり、 幸村を見据えた。

 

佐助「……帰りたくない。ずっと、幸村や謙信様、信玄様と義元さんたちのそばにいたい」

 

幸村「なら、そばにいればいいだろ。どこにも行くなよ」

 

佐助「……できないんだ。俺たちは本来、この世にいちゃいけない人間だから」

 

幸村「え……?」

 

佐助「でも、もし、いつか……」

 

言いづらそうに視線を落とした時、佐助の肩がぴくりと揺れ、言葉が途切れた。

 

幸村「ん?」

 

幸村がその視線を追うと、草むらで一匹の蝶が翅を休めていた。

 

佐助「……」

 

幸村「相変わらず苦手なのかよ。『理解しがたい変則的な動き』が、嫌だっつってたっけ?」

 

佐助「ああ。蝶の活動は紫外線のある日中がメインで、夜は文字通り翅を休めてるから油断した。でも問題ない。こういうときはフェラーリの解法について考えれば意識が逸れて冷静さを取り戻せる。四次方程式の解はとにかく長いから最適だ。ラグランジュの解法、現代でいう対称群を用いるのも手だな」

 

幸村「例によって意味わかんねーけど、お前がすげー動揺してることはわかった」

 

幸村は肩をすくめ、そっと片手で蝶の翅をすくい取る。

 

佐助「幸村、その蝶をどうする気か教えて欲しい」

 

幸村「さあな。国へ帰るって言いだした表情筋の死んだ奴を引き止める、脅しに使ってもいいかもな」

 

佐助「っ……精神攻撃反対」

 

幸村「冗談だっての。真に受けんな。……ほら、行けよ」

 

幸村は手を高く上げ、佐助とは反対側へ蝶を飛び立たせる。

月明かりを受けながらひらひらと羽ばたく蝶を見送ると、幸村は佐助に向き直った。

 

幸村「それで……? さっきは何を言いかけたんだよ」

 

佐助「え?」

 

幸村「もし、いつかって、話してただろ」

 

佐助「そうだった」

 

幸村「んだよ、どうでもいいことだったのか」

 

佐助「いや。至極真面目なお願いだ。もし、いつか……ここへ戻ってこられたら、その時はまた俺と、友人になって欲しい」

 

幸村「……は?」

 

佐助「国へ帰るのは決定事項だ。でも、幸村と離れることを仕方ないとは思えない。だから、幸村さえよかったら……」

 

幸村「っ……バカ野郎」

 

目尻をつり上げた幸村が、佐助の襟元を掴み上げる。

 

佐助「幸村……?」

 

幸村「なめんな!」

 

佐助はされるがまま、声を震わせる幸村を見上げた。

 

幸村「離れたら終わりなんて、そんなわけねーだろうが! お前が戻ってこなくても、二度と会えなくても、俺は、ずっと……っ、ずっと……!」

 

佐助「幸村……」

 

俯いた幸村の顔を、前髪がそっと隠す。

 

幸村「……っ、美香も、連れてくんだな」

 

佐助「……ああ」

 

幸村「お前は……あいつが、好きだったんだな」

 

佐助「……ああ」

 

幸村「あいつも、お前が、好きだったんだな……」

 

佐助「…………」

 

わずかな沈黙の後、幸村は掴んでいた佐助の胸元から手を離した。

 

幸村「勝手にどこへでも行けよ。……だけど、約束しろ。お前がどこにいようと、この世の果てに行こうと、絶対に、あいつと幸せでいるって」

 

絞り出す力強い声音に、佐助が深く頷いた。

 

佐助「……必ず守る」

…………


(……! 帰ってきた)

 

「幸村、佐助くん!」

 

幸村「美香……」

 

歩み寄ってきた幸村が苦い笑みを浮かべる。

 

幸村「ったく、なんて顔してんだバカ」

 

(わっ……!)

 

手を伸ばした幸村に、頭をくしゃくしゃと撫でられた。

 

「幸村……佐助くんと仲直りしたの?」

 

幸村「バーカ、喧嘩なんて最初からしてねーよ」

 

佐助「そう。喧嘩はしてない。幸村が一方的に怒ってただけだ」

 

幸村「は? お前が黙ってたからだろ」

 

佐助「分かってる。だけどそれも、幸村が俺をズッ友だと思ってくれている確信があったからこそだ」

 

幸村「あのなー…! 調子いいぞ、お前」

 

怒ったように幸村が佐助くんを睨むけれど、照れているだけなのだとちゃんとわかった。

 

(よかった。もうすっかり、いつも通りのふたりだ)

 

じゃれ合う様子にホッとしていると、幸村が佐助くんに顔を寄せた。

 

幸村「そういや佐助、美香は知ってんのか? あれが苦手だってこと」

 

(ん……?)

 

佐助「いや、話したのは幸村だけだ」

 

幸村「……。あっそ」

 

幸村がなぜか勝ち誇ったように笑う。

 

「苦手って何の話?」

 

幸村「教えねー。俺と佐助の秘密だ」

 

(ず、ずるい……!)

 

「幸村のそいうとこ、小学生男子みたいだよ!?」

 

幸村「『しょーがくせい』?」

 

佐助「些細なことですぐに競い合う代表例」

 

説明しながら佐助君は困ったように、私を見下ろした。

 

佐助「ごめん。いつか美香さんにも話すつもりだ。けどまだ少し恥ずかしいから待って欲しい」

 

「そっか……。それなら待つよ」

 

(佐助くんにも苦手なものがあるんだ。いつも飄々としてるから、ちょっと意外……)


その時–––

 

信玄「姫、こっとにおいで。俺と最後の夜を楽しもう」

 

義元「幸村も佐助も、仲直りしたなら早くおいで」

 

すでに始まっていた賑やかな宴の席から声がかかる。

 

幸村「よし、今夜はふたりとも寝かせねーからな。朝まで飲むぞ!」

 

佐助「分かった。美香さんもそれで構わない?」

 

「うん! もちろん」

 

佐助くんと幸村が両側から私を挟んで、宴へと加わる。

皆から向けられる特上の笑顔と、一緒に過ごす時間は何より幸せで、どうしようもなく、離れがたい気持ちがふくらんでいった。

 

(ずっとここにいられたらいいのに……)

…………

 

その夜遅く、みんなが寝静まったころ。

佐助くんと私はや野営地から少し離れた場所で、ワームホールを観測していた。

 

「佐助くん、何か分かった?」

 

佐助「予測通りワームホールは京に出現するだろう。場所は前回と同じ本能寺。可能性は99.9%だ。今度も嵐とともに現れることが予想される。余裕を持って現地へ向かおう」

 

「……いよいよなんだね」

 

(みんなと別れて、佐助くんと現代に帰る……。きっともう、二度と会えない)

 

そう考えると、胸の奥がきゅっと苦しくなる。

 

「……せっかく現代に帰れるのに、なんだか変な気持ちだね」

 

佐助「ああ」

 

「さっきの宴の時も、これでお別れだと思うとすごく寂しくなって……でも……明日の朝には、京へ向かわないと……」

 

佐助「–––…ああ」

 

(この星空の下で過ごすのも、あとちょっと……)

 

夜空は明るく、星星は今にも振ってきそうだ。

 

佐助「美香さん……少しだけ、甘えてもいい?」

 

(ん……?)

 

顔を上げると、私へ向けられた佐助くんの瞳は、わずかに揺れていた。

 

(佐助くんがこんな風に頼ってくれるなんて……)

 

「少しじゃなくても、甘えて欲しい」

 

佐助くんに向かって、両手を広げるけれど……

 

佐助「ありがとう……でも、照れくさいからこっち向きで」

 

(え……)

 

佐助くんは背中から私を抱きしめて、重ねた手の指を絡め合う。

 

佐助「……ふう」

 

「……ふうって、何」

 

佐助「安心のため息だ」

 

(佐助くんの声、すごく近い……)

 

背中に伝わる心音が、トクトクトクと少し速い音を刻んでいる。

私の鼓動と、同じリズムだ。

 

佐助「前に話した、俺にとって転校が日常茶飯事だったこと、覚えてる?」

 

「うん、覚えてるよ」

 

私を抱きしめる佐助くんの腕に力がこもった。

 

佐助「俺はずっと、出会いがあれば別れがある、それが当たり前だと思って生きてきた。なのに、君に対してと同じく……この世界で出会った人たちに対しては、別れを受け入れ難い」

 

「……うん」

 

佐助「この世界は、時空が歪んで歴史が変わってしまってる。タイムスリップしてきた俺たちの影響だ。だから……これ以上歴史に干渉しないように、離れるのが一番いい」

 

佐助くんの声が苦しげに掠れる。

 

佐助「分かっているのに……どうしてなんだろうな。こんなにも寂しいのは」

 

(佐助くん……)

 

きっと佐助くんは四年もの間、とてもとても大切に、みんなとの絆を育んできたのだろう。

それは、別れば当然という価値観を揺るがすほどに、得難い歳月だったのだろう。

 

(寂しさが伝わってくる。声からも肌からも、体温からも)

 

佐助くんの心の一番柔らかい部分に、私は今じかに触れている。

繋ぐ手に、そうっと力を込めた。

悲しみの淵に沈み込んでしまわないように、温もりを分け合いたくて。

 

「私も一緒だよ。この時代に来て、怖い思いもたくさんしたけど……佐助くんや皆と過ごした毎日を、宝物みたいに大切に思ってる」

 

(だからこんなにも、離れたくなくてたまらない)

 

佐助「確かに、宝物以外の何物でもないな。……君が、そばにてくれてよかった。ひとりじゃとても、この寂寥は抱えきれない」

 

「うん、私もそう思う」

 

大きな手がそっと私の顔を持ち上げて–––肩越しに見つめ合った後、温かな唇が重なった。

 

「ん……っ」

 

奥まで滑り込んだ舌先にくすぐられ、甘い声がもれてしまう。

 

「ふっ、……ぁ…」

 

身体の輪郭に沿ってなぞられ、びくりと肌が震えた。

「佐助、くん……」

 

佐助「もう少しこのまま……」

 

唇が私の首筋を伝い降りて、肌の内側の熱が増していく。

たまらず鍛えられた腕にしがみつくと、衿から忍びこんだ長い指先に、胸元を包まれた。

 

「っ、ぁ……や……」

 

ゆるゆると触れられるたびに跳ねる心臓の音は、きっと佐助くんに伝わってしまっている。

 

(っ……、身体が熱い……)

 

佐助「…………」

 

不意に顔を離した佐助くんが、悩ましげに濡れた唇から吐息をこぼした。

 

佐助「二度目も寸止めは、辛いな」

 

「え……」

 

佐助「自分のせいだけど。……最後まで、したい。でも、したくない」

 

ため息をついた佐助くんが、私の着物の乱れた衿を元に戻してくれる。

 

「どうして…?」

 

荒い呼吸を制御できないままに見つめると、佐助くんが私の髪を一束すくってキスをした。

 

佐助「寂しさを埋めるために君を抱くのは嫌だ。だから、しない」

 

(大切に、思ってくれてるんだな……)

 

行き場のない熱を持て余している自分が、恥ずかしくなる。

落ち着かなくて目を伏せると、佐助くんが私の耳元に顔を寄せた。

 

佐助「でも……現代に戻れたら、君をめいっぱい愛したい。いい?」

 

(っ……いいも、何も……)

 

艶っぽい声に、また鼓動の音が大きく騒ぐ。

 

「……そんなこと聞かないで」

 

佐助「念のため、君の意思を確認しておこうと思って。……同意してくれる?」

 

(……ほんと、天然小悪魔なんだから)

 

向けられるキラキラと眩しい瞳に抗うつもりなんて、はなからない。

振り返った私は素早く頷くと、佐助くんの胸元に顔を埋めて、熱くなった顔を隠した。

…………


翌朝、明るい日差しの中で、みんなと別れの挨拶を交わした。

 

佐助「皆さん、お世話になりました」

 

「今までありがとうございました」

 

信玄「ふたりとも元気でな。佐助、これを持って行きなさい」

 

渡された巾着には、こぼれるほどの銀貨が入っている。

 

佐助「こんなに頂く訳には……」

 

信玄「遠慮するな、国が遠いならなおさらだ。それとこれも。旅の途中、疲れたらこれを食べるといい」

 

(信玄様一押しの粟饅頭! こんなにたくさん)

 

幸村「こんなとこにまで隠し持って来てたのか! あれだけ食べ過ぎは身体に悪いって言ってんのに」

 

顔をしかめる幸村に、信玄様はにっこりと笑う。

 

信玄「幸、怒るなよ。今日は佐助を送り出す大切な日だろ?」

 

幸村「そうですけど……あとで覚えといてくださいよ」

 

義元「幸村はふたりに何か伝えなくていいの?」

 

幸村「俺は、昨日のうちに済ませた。義元こそどうなんだ」

 

義元「俺からはこれを美香に」

 

微笑する義元さんに渡されたのは–––

 

「わ、綺麗な刺繍の反物……! いいんですか?」

 

義元「うん。これで佐助が喜ぶものを作ってあげるといいよ。ふたりとも寂しくなったら、いつでも帰っておいで。春日山は居心地がいいからね。道楽者の俺が言うんだから間違いないよ」

 

軽い口調の義元さんに、思わず笑ってしまう。

 

(みんな優しくていい人ばかりだったな……)

 

「どうか皆さんもお元気で」

 

挨拶を終えると、信玄様が小さく肩をすくめた。

 

信玄「それにしても謙信の奴、見送りも来ない気か?」

 

(謙信様、昨日の宴の時も姿が見えなかった。今日もいらっしゃらない……)

 

佐助「……」

 

言葉にしなくても佐助くんの寂しさが伝わってきて、幸村が眉間を寄せた。

 

幸村「ったく、何やってんだあの人。俺、探して引きずってきます」

 

義元「いや、その必要はないみたいだよ」

 

「え……?」

 

鋭く何かが投げられ、身構えた佐助くんが受け止める。

 

佐助「これは……」

 

見ると、佐助くんの手には鞘に入った短刀が握られていた。

 

謙信「餞別だ。それを持ってどこへでも行くと良い」

 

(謙信様……っ)

 

信玄「ようやく素直になったか。よかったな、佐助」

 

佐助「っ、はい」

 

謙信「黙れ、斬るぞ」

 

不機嫌そうな謙信様に、それまで固かった佐助くんが表情を緩める。

 

佐助「–––キル……。最後に聞けてよかった。謙信様、俺に最後の挨拶の機会をくださってありがとうございます」

 

謙信「俺は、手放すことにした古びた懐刀を見納めに来ただけだ」

 

謙信様の低い声に怯むことなく、佐助くんが深々と頭を下げた。

 

佐助「武将は箱推しですが、中でもあなたの部下だったことは俺の誇りです。四年間、ありがとうございました」

 

わずかに声が震えた佐助くんに、謙信様が薄く笑う。

 

謙信「刀は、主に礼など言わないものだ」

 

(これで本当にお別れなんだ……)

 

こらえ続けた涙が、ついに溢れた。

慌てて俯き、唇をきつく噛む。

 

幸村「美香……」

 

幸村の手が顔に伸びてきて、なぜかピタリと止まる。

 

幸村「……っ」

 

「幸村……?」

 

幸村「……っ、ったく、辛気くせー顔してねーで、笑えよバカ」

 

「わっ」

 

軽くデコピンをされて視界が揺れる。

 

「い、痛いよ!」

 

幸村「最後だろ。許せ」

 

(こんな時まで、幸村らしくて……余計に切ないな)

 

泣き笑いを浮かべると、くしゃくしゃと頭を撫でられた。

 

幸村「どこ行っても、イノシシ魂忘れねーで元気でいろよな!」

 

「もう、最後までそれ?」

 

野生動物扱いでも、もう腹は立たない。ただ、忘れないでいようと思った。

最後の最後まで、普段と変わらず、幸村が軽口を叩いてくれたことを。

 

「幸村も、元気でいてね!」

 

幸村「おー。……佐助のこと、頼むな。で、佐助。これから美香の涙は、お前がちゃんと拭いてやれ」

 

佐助「……ああ、そうする。幸村、いつかまた」

 

幸村「おー。必ずまた」

…………


去っていく佐助と美香を、幸村は眩しげに目を細めて見つめ続けた。

 

幸村「…………」

 

信玄「幸村、お前、まさか美香を……」

 

幸村「はぁ? なんのことですか? それより、俺らもとっとと春日山に帰りますよ。国の混乱を収める仕事はこれからが本番なんですから」

 

信玄「……そうだな。–––また、いずれ会えるさ」

 

幸村「はい。その時を俺は、いつまでも待ってます」

 

幸村の口元に、大人の男だけにできる清々しい微笑みが浮かぶ。

信玄は励ますように、そっとその肩に手をのせた。

…………


京の都を目指し、ふたりきりでだだっ広い野原を進む。

周りから賑やかさが消えて、一気に別れの実感が襲ってきた。

 

(……もう会えないなんて、嘘みたい)

 

佐助「…………」

 

不意に、佐助くんがいたわるように私の手を握った。

 

「佐助くん……」

 

佐助「こうすれば少しは気がまぎれるかと思って」

 

「うん、そうだね」

 

(何度も手を繋いでいるのに、触れるたび、ドキドキする)

 

大きくて、少しごつっとした手に包まれると、鼓動が弾む。

同時に、心の底から安心する。–––私たちはこの先も、立って、歩いていけると思える。

どちらからともなく、指をしっかりと絡め合った時–––

 

佐助「っ、誰か来る!」

 

「え?」

 

遠くから馬が駆けてくる音が聞こえ、背後を振り向く。

小さな人影が、馬の背にすがりついているのが見えた。

 

蘭丸「美香様……っ、佐助殿……」

 

佐助「!!」

 

「蘭丸くん!?」

 

蘭丸「よかった……、追いつけた……!」

 

疲れ果てた様子で、蘭丸くんの身体が大きく傾く。

 

(あ……!)

 

佐助「危ないっ」

 

滑り落ちる蘭丸くんを、佐助くんが落馬寸前で抱きとめた。

…………

 

私たちは荒ぶる馬をなだめ、近くにあった湖のほとりへ蘭丸くんを運んだ。

 

(蘭丸くん、あちこち怪我だらけ……。意識がはっきりしてるのがせめてもの救いだ)

 

蘭丸「……ふたりとも、手当してくれてありがとう」

 

「ううん、もう少しで終わるから待ってね」

 

手ぬぐいを濡らし、煤で汚れた蘭丸くんの頬を丁寧に拭う。

 

佐助「それにしても、よく俺たちの居場所がわかったな」

 

蘭丸「ずっと、ふたりを追いかけてたからね」

 

「え……」

 

蘭丸「両軍が書状を交わしてる間も、天幕の近くに潜んでたんだ」

 

佐助「俺としたことが……、気配に気づけなかった」

 

蘭丸「そんなの当然でしょ。なんたって俺は、佐助殿の大先輩だよ?」

 

(大先輩……?)

 

蘭丸「俺も、忍びの者なんだ。物心がついた頃から修行を積んだ、ね」

 

佐助「え…………!」

 

「蘭丸くん、忍者だったの……!? 全然わからなかった……」

 

蘭丸「驚いてるとこ悪いけど、びっくりしたのは俺の方だよ、美香様。あの時……俺が裏切り者だって知ってるのに、織田軍に戻れるように庇ってくれたでしょ?」

 

「あの時も、聞いてたんだね……。勝手な申し出をしてごめん。でも、言わずにいられなかったの」

 

蘭丸「謝らないで。驚いたけど……俺、すごく嬉しかった。だから、どうしてもひと言お礼を言いたくて」

 

(お礼なんて必要ないのに……)

 

私たちを逃してくれた時、顕如様を止めてと叫んだ蘭丸くんの悲痛な声が今でも耳に残っている。

 

「蘭丸くんにとって、顕如様は大事な人だったんでしょう? 辛かったね……」

 

蘭丸「……今でも大事な人だよ。だからせっかく庇ってもらったけど、織田軍に帰るつもりはないんだ」

 

「っ……どうして?」

 

蘭丸「二重に裏切った俺が、居場所を見つけるなんて……神様が許さないよ」

 

苦しそうに笑う蘭丸くんに、佐助くんが口を開いた。

 

佐助「それが、顕如さんの意思でも?」

 

蘭丸「…………っ」

 

(光秀さんは、顕如さんに聞いても蘭丸くんとのつながりは分からなかったって言ってた。きっと蘭丸くんも、顕如さんが自分を庇ってくれたことに気づいてるはずだ……)

 

佐助「君が必死に義を貫こうとして葛藤した理由を思い出してほしい。もとを正せば、顕如さんや信長様が大切だったからだろう」

 

蘭丸「…………っ」

 

佐助「君と同じで、顕如さんと信長様も、君を大切に思ってる。……君が居場所を失ってしまったら、どちらも悲しむ」

 

蘭丸「佐助殿……」

 

「佐助くんの言う通り、ふたりは蘭丸くんに居場所を見つけて欲しいと願ってると、私も思うよ」

 

蘭丸くんは、私たちを眩しげに見つめる。

 

蘭丸「……ありがとね、ふたりとも。そうだね……。ここまで悩みに悩んできたから、もう少しだけ、悩んでみるよ。……生き延びられたらの話だけど」

 

「どういう意味……?」

 

蘭丸くんの瞳に力強さが滲んで、凛とした声が響いた。

 

蘭丸「俺には、どうしても倒さなきゃならない相手がいるんだ。日ノ本全土を焦土にする陰謀はまだ終わってない」

 

(え……!?)