ikemenserieslのブログ

イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

ヴァンパイア【アイザック】4話

 

セバスチャン「それでは、あなたは味噌汁作りをお願いします」

 

手際良く準備を進めながら、セバスチャンが味噌を渡してくれる。

 

「えっ、お味噌汁ですか?」

 

セバスチャン「ええわ太宰さんが召し上がられるので。伯爵がこの間仕入れてきた特製味噌です    おふくろの味を、お願いしますね」

 

(まさか19世紀のパリに来て、お味噌汁を作ることになるなんて......)

 

そんなことを考えながら料理をしていると、ふと視線を感じた。

 

太宰「おはよう、ふたりとも」

 

「おはようございます、太宰さん」

 

セバスチャン「おはようございます、早いですね」

 

太宰「いい匂いがするから、来てしまったよ、お味噌汁かい?」

 

「はい!あ、よかったら少し味見してもらえませんか?」

 

太宰「それじゃあお言葉に甘えて」

 

形の良い唇が一口啜る様子を、緊張気味に見つめる。

 

太宰「うん、すごく美味しい。故郷の味を思い出すよ」

 

「本当ですか?よかった」

 

(よし、お味噌汁は出来あがり。次は......)

 

セバスチャン「こちらを食堂へ運んでいただけますか?アイザックさんの分です」

 

「はい、わかりました」

 

トレイを持ち上げた時、太宰さんがその上にリンゴを乗せた。

 

「あの、これは......?」

 

太宰「アイザック君の大好物だよ。一緒に持って行ってあげるといい」

 

(そうだったんだ、覚えておこう)

 

「ありがとうございます!」

 

食堂に入ると、アイザックが席についたところだった。

 

「おはよう、アイザック

 

アイザック「......おはよう」

 

アイザックは一瞬目を逸らしたけれど、小さく返事をしてくれる。

 

(よかった......。前よりは少しだけ距離が縮まった気がする)

 

ほっとしていると、トレイに目を移したアイザックは顔をしかめた。

 

アイザック「これ......アンタが?」

 

「りんごのこと?太宰さんから!好きだって聞いたから」

 

(あれ......、なんだか嫌そう?)

 

アイザック「別に好きじゃないから」

 

「えっ?」

 

アイザック「太宰とアーサーさんがいつもそうやってからかってくるだけ」

 

(どうしてリンゴ......?あっ)

 

「もしかして、万有引力の法則で?」

 

ニュートンは落ちたリンゴを見て万有引力を発見した”というのは、あまりにも有名な逸話だ。

 

「......知ってんの?」

 

「えっと、全てのものは地球に引っ張られて落ちてるっていうことだっけ?」

 

アイザック「そう。質量の持つ物体の間に働く引力のことで、例えば太陽や惑星を中心に全質量が......」

 

アイザックは少し眠そうに、けれどスラスラと難しい話を始める。

 

(えっと、難しすぎて混乱してきた。でも......)

 

理論の説明をしてくれるアイザックは、なんだかいつもより楽しそうだ。

そして全く理解出来ずに呆然としている私を見て、ハッと口を噤む。

 

アイザック「って、なんでアンタにこんなこと説明してるんだろう」

 

「なんだか、難しいんだね」

 

アイザック「そうでも無いよ」

 

(天才って呼ばれる人は、頭の構造が違うんだろうな)

 

その時、ふとアイザックの視線が私の指先に留まる。

 

アイザック「それ、もしかしてあの夜の......?」

 

「あ、うん。でも大丈夫だから気にしないで」

 

アイザック「......痛む?」

 

「ううん、本当に大丈夫だから」

 

慌てて指を隠すけれど、アイザックはふっと目を伏せて黙り込んでしまった。

 

(しまった......、気にさせちゃったかな?)

 

気まずい沈黙が流れていると__

 

伯爵「おはよう。ふたりとも、朝から難しそうな顔をしているね」

 

「伯爵、おはようございます」

 

アイザック「......おはよう」

 

微笑み返してくれた伯爵は席に座り、ゆったりとコーヒーを飲む。

 

伯爵「そうだ、美香。今日はいい天気だから、パリを観光してきたらどうかな?」

 

「観光ですか?」

 

伯爵「ああ、1ヶ月暮らすんだから早く慣れたほつがいいだろう」

 

(19世紀パリの観光......)

 

その言葉に自然と胸が躍った。

 

伯爵「そうだな。俺は生憎予定があるなら、フィンセントかナポレオンにでも......」

 

伯爵はふと黄金色の瞳を、アイザックに向ける。

 

伯爵「アイザック、君はどうだい?」

 

アイザック「なんで俺が?」

 

伯爵「初日に怪我をさせただろう?そのお詫びだよ」

 

有無を言わさぬような笑顔を浮かべる伯爵に、アイザックは小さく息をはく。

 

(私はたすかるけど、やっぱり忙しいのに観光案内してもらうなんで迷惑だよね......)

 

「あの、大丈夫だよ。今日は家事の続きをしておくから」

 

アイザック「別に、行かないとは言ってない」

 

(......ん?)

 

アイザックはすっと立ち上がる

 

アイザック「30分後に、エントランスで」

 

アイザックが出ていくと、伯爵が笑いをこらえていた。

 

「伯爵......?」

 

伯爵「いや美香思っていたよりもアイザックの扱いが上手いと思ってね」

 

「えっ?」

 

伯爵「やるなと言われたら、余計にやりたくなる性分なんだよ。彼は」

 

馬車で連れていってもらった先は、整備された大通りだ。

 

「わあ......!すごい」

 

歴史を感じる優美で重厚な建物に、圧倒される。

道行く人々が身につけている服も、もちろん現代とは違っている。

 

アイザック「そんなに感動するほど?」

 

「う!私ヨーロッパのこの時代の建築物が好きで、旅行代理店で働き始めたのもこれがなの    まさか自分の目で直接見られる日がくるなんて思わなかったなぁ     そっか、この時代はちょっどアール・ヌーヴォーが......」

 

石畳を歩きながら熱心に話していると、アイザックがきょとんとしてるいることに気付いた。

 

(いけない、ひとりで話しすぎちゃった......)

 

「ご、ごめん。つい興奮ちゃって」

 

アイザック「別に謝らなくていいよ。好きなことを話すのは悪いことじゃないし   今朝と逆みたいだって思っただけ」

 

万有引力についてスラスラ説明していたアイザックのことを思い出す。

 

「ふふ、本当だ」

 

アイザック「それに、アンタがそうやって笑っているとの初めて見たから」

 

「あっ......」

 

言われてみれば、この世界に来てからずっと気持ちが張り詰めていた気がする。

 

(でも今はもう、そんなこと忘れかけていた......   きっと、アイザックがこうして街に連れてきてくれたおかげだろうな......)

 

アイザック「笑ってたほうがいいよ、アンタ」

 

ほんの一瞬だけ、アイザックの顔に笑顔が浮かんだ。

どこか少年のような色香が滲んだ眼差しにドキリとする。

けれどそれは本当に一瞬だった。

 

アイザック「何?人の顔じろじろ見て」

 

(しまった、ついアイザックの笑顔が珍しくて見つめすぎちゃった)

 

「えっと......、アイザックも笑ってたほうがいいんじゃない?」

 

アイザック「何言ってんの?早く行くよ」

 

アイザックは面倒くさそうに背を向けて歩き出す。

 

(さっきみたいに、もっと普通に笑ってくれたらいいのにな......)

 

そんなことを考えながら、私もアイザックの後を追いかけた。

 

 

その後、私たちはランチのために近くのカフェに入ることにした。

扉を開けると、店主らしき男性が微笑みかけてくれる。

 

店主「おう、いらっしゃい。今日は可愛い子を連れてるじゃないか。あんたの恋人かい?」

 

「えっ!?」

 

アイザック「っ、違うって!ただの同居人」

 

アイザックは顔を真っ赤にして、窓際の席に座った。

 

(よく来るお店なのかな?)

 

すると店主はこそりと私に聞いてくる。

 

店主「なあ、あの子どっかの賢い学生さんなんだろ?」

 

(学生......では無いけれど、あまり素性はバレない方がいいよね)

 

小さく頷くと、店主は納得したような笑顔を浮かべた。

 

店主「やっぱりな!この間も新聞の片隅に載ってるクイズを見ただけで、一瞬で解いちまったんだ   どんな有名な大学の教授ても、うんうん唸ってた問題をぢよ?」

 

「すごい、そんなことがあったんですね!」

 

アイザック「......忘れてよ。そのせいで今は厄介なことになってるんだから」

 

アイザックな頬杖をついて面倒くさそうに言った。

 

(厄介なこと......?)

 

店主「それでおふたりさん、ご注文は?」

 

注文してしばらくすると、温かいコーヒーと食事が運ばれてくる。

一口食べると、あまりの美味しさに口元が緩んだ。

 

「すごく美味しいね!カリッと焼いたトーストに濃厚なチーズが絡まりあって......」

 

アイザック「そう」

 

(やっぱり不思議だな......。こうして一緒にランチを食べていると、ヴァンパイアだって信じられない)

 

アイザック「何?不思議そうな顔して」

 

「あわこめん。ただこうしてると人間もヴァンパイアも変わらないんだなぁって思って」

 

アイザック「......確かに、そうかも」

 

アイザックはコーヒーを一口飲んで、窓の外に目を向ける。

 

アイザック「でもわやっぱり血を飲まないと生きていけないのは嫌だな」

 

「......飲むことは、やっぱり抵抗があるの?」

 

私の質問に、桜色の瞳がすっと細まった。

 

アイザック「アンタにあんなことしておいて信じられないかもしれないけど......   俺はまだわ誰からも直接血をのんだことはない」

 

「そうなの?」

 

アイザック「......なんだかそれって、本当にに人じゃなくなるみたいだから」

 

(人じゃなくなる......)

 

何気なく呟かれた言葉が、胸の奥に重く響く。

 

 

ーーーーーーーー

 

伯爵「契約だよ。彼らは永遠に等しい時間を手に入れる代わりに、ヴァンパイアになることを受け入れたんだ   そして、君が昨夜であったアイザックが蘇った理由は......  誰にも邪魔されない静かな時間の中で、思案の時間を持ちたかったからだ」

 

ーーーーーーーー

 

 

(でも......)

 

「どうしてアイザックは、ヴァンパイアになってまで静かな時間が欲しかったの......?」

 

ずっと気になっていたことを口に出すと、アイザックほ怪訝そんな顔を浮かべた。

 

アイザック「知りたいの?」

 

桜色の瞳に見つめられて、私はゴクリと固唾をのむ。

 

「聞いていいの......?」

 

緊張気味にアイザックの言葉を待っていると......

 

アイザック「だめ」

 

「えっ!?」

 

アイザック「教えるワケないでしょ」

 

「......アイザックって天邪鬼だよね」

 

(伯爵が、アイザックはやるなと言われたらやる性分だって言ってた意味がわかった気がする......)

 

アイザック「天邪鬼かどうかは知らないけど.......、普通、他人にそんなことまでペラペラ話さないでしょ」

 

(他人......か)

 

その単語に、胸が少しだけチクリと痛んだ。

 

「じゃあ、友だちになら話すの?例えばお屋敷のんなとか」

 

アイザック「俺は別に友だちなんで作らない」

 

アイザックは何の迷いもなく、キッパリとそう告げた。

 

「えっ、でも......」

 

アイザック「あの人たちのことは嫌いじゃないけどー別に友だちっていう認識じゃないし......」

 

(なんだろう......。アイザックって人嫌いでは無いんだろうけど、常に人と一線を置いてる気がする)

 

最低限の会話もしてくれるし、前よりはまだ目を合わせてくれるようになった。

けれど見えない高い壁が、私たちの間にある気がした。

 

アイザック「そろそろ行こう。陽が落ちるまでには主要な場所は回っておきたいし」

 

「あ、うん。そうだね」

 

(もしかして、急いでるのかな......?)

 

時計を気にするアイザックの様子が引っかかりつつ、私も頷き立ち上がった。

 

その後もアイザックは、色々な場所に私を連れていってくれた。

ショッピングモールに、本屋、市場、広場......__

 

一通りの場所を巡り終えると、もう陽が暮れていた。

 

(もうこんな時間だったんだ)

 

静かな川のほとりをふたりで並んで歩く。

 

「...セーヌ川は、この時代もらあんまり変わらないんだね」

 

頷きこんだ水面に映った自分の顔は、この世界に来た時よりもずっと元気そうだった。

 

(今日は、久しぶりに笑ったからかもしれない......)

 

アイザック「そのまま川に落ちたりしないでね」

 

「し、しないよ!」

 

アイザック「アンタ、なんか危なかっかしいから」

 

「そんなことない......はず」

 

アイザック「どっちなの」

 

(最初はあんなにこわかったのに、不思議だな)

 

今ではもう、アイザックのことを怖いと思わない。

 

(それに、こんなに丁寧に案内してくれるなんて思わなかった)

 

少し前を歩く背中を見つめていると、アイザック

足を止めて振り返った。

 

アイザック「何?」

 

「ううん、今日は付き合わせてごめんね」

 

アイザック「なんで謝るの?」

 

「だって今日、本当は迷惑だったんじゃないの......?」

 

伯爵に頼まれて渋々案内してくれることになった今朝のことを思い出す。

 

アイザック「あれは......案内するのは俺じゃない方がいいんじゃないかって思っただけ」

 

(あの時しぶってたのは、そういうことだったんだ......)

 

アイザック「それに、アンタだって他の人といる方が良いでしょ?」

 

そう呟くアイザックとの間には、今も見えない壁がある気がした。

 

「そんなことないよ......」

 

アイザック「えっ?」

 

「私は今日たくさん観光できて楽しかったし、色々な教えてもらってすごく助かった    だから、アイザックで良かったっておもってるよ」

 

アイザック「.......」

 

アイザックは少しの間、キョトンとしていたけれど......

 

 

アイザック「あ、そう......」

 

ふいっと逸らす頬は、わずかに赤く染まっていた。

 

(あれ、もしかして......)

 

けれどすぐに、その表情はかげってしまう。

 

アイザック「それに礼なんて言われるものじゃない」

 

「どうして?」

 

アイザック「怪我させたんだから、これくらいし当然でしょ」

 

アイザックは私の指先に視線を落とし、申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「指の怪我ならもう平気だよ?」

 

アイザック「俺が嫌なんだ」

 

「えっ?」

 

ガラス細工に触れるかのように、アイザックはそっと私の手を取った。

 

アイザック......?)

 

アイザック「やっぱり、結構深く切ったんだね」

 

(怪我のこと、そんなに気にしてたんだ......)

 

悲しそうな声に、胸がひどく締め付けやれる。

 

「ねえ、アイザック。怪我のお詫びな)、今日でもう十分してもらったから気にしないで    だから、これからはともっと普通に接して欲しいの   怪我させちゃったからとか、そんな理由じゃくて。だめ......かな?」

 

(1ヶ月同じお屋敷で暮らすのに、いつまでも負い目を感じたままでいてほしくない......)

 

強い風が、落ち葉を巻き上げながらアイザックの髪をさらそらとなびかせた。

 

アイザック「......何それ、そんなんて満足なの?」

 

アイザックは毛先をいじりながら、ため息まじりに呟いた後__

 

アイザック「......本当、アンタって変わってるよ」

 

素っ気ない言葉とは逆に、夕陽と混ざりあった桜色の瞳が、柔らかく細められる。

 

(もしかして、こういう態度もアイザックなりの照れ隠しなのかな......?)

 

天邪鬼なアイザックはなかなか心を開いてくれなくて、私はまだ彼のことをよく知らない。

 

(でも......アイザックのことをもっと知りたいと思ってしまうのは、どうしてだろう)