ikemenserieslのブログ

イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

ヴァンパイア【アイザック】3話

 

振り向いたアイザックさんの瞳に、まだ少しだけ怯えた自分が映り込む。

 

(勇気を出して、ちゃんと一度向き合わないと......)

 

「あの」

 

アイザック「ごめん」

 

「えっ......?」

 

私が言うよりも先に、アイザックさんが頭を下げた。

 

アイザック「......昨日の夜、あんなことするつもりじゃなかった」

 

花のように甘い色をした髪を、窓か吹く風が揺らす。

 

「そんな......顔をあげてください」

 

ゆっくひと顔をあげたアイザックさんは、目が合うとすぐにパっと逸らす。

 

アイザック「じゃわじゃあそういうことだから」

 

「あっ」

 

呼び止める間も無く、アイザックさんはそそくさと去っていった。

 

(私も謝りたかったのに......)

 

その背中を見送っていると......

 

ナポレオン「何だ、アイザックと話していたのか?」

 

凛とした声が聞こえて、ナポレオンそんが廊下の向こうから歩いてきた。

彼はこのお屋敷に迷い込んで最初に出逢った人だった。

 

「ナポレオンさん......」

 

ナポレオン「ナポレオン、でいい。不器用な奴だろ?あいつ」

 

「えっと......ナポレオンは、アイザックさんと仲が良いの?」

 

ナポレオン「まあ、弟みたいなもんだな」

 

(確かナポレオンは軍人で、アイザックさんは学者だったよね......?)

 

正反対のような職業に就くふたりが仲が良いのは、なんだか不思議な感じだ。

 

ナポレオン「そういえばおむ絵は、この先どうするんだ?」

 

「えっ?」

 

ナポレオン「この屋敷にいるか、迷っているんだろう?」

 

どこまでもまっすぐな瞳に心の中を見透かされたような気がして、思わず目を伏せる。

 

「私は......」

 

ナポレオン「もしアイザックのことで引っかかっているのなら、悪い奴じゃないことは俺が保証する」

 

「ナポレオン......」

 

ナポレオン「......あと、お前はもう少し肩の力を抜け」

 

ナポレオンはぽんっと私の肩に手を置いて、横を通りすぎていく。

 

(肩の力を抜く......か)

 

 

その言葉に初めて、どれだけ気持ちが張り詰めていたのかわかった気がした。

 

 

キッチンへ行くと、セバスチャンが食器を磨いているところだった。

 

(肩の力を抜くためには、何かをしていた方が気が紛れる気がする......)

 

「セバスチャン、私も手伝います」

 

セバスチャン「いいんですよ、あなたはまだ来たばかりなのですから」

 

「いえ、それでも一宿の恩って言いますし......」

 

(よく考えたら、親式のみんなにとって突然現れた私は不審者みたいなものだっただろうし......)

 

それでも、屋敷のみんなは親切にしてくれた。

セバスチャンはそっと目元を和らげる。

 

セバスチャン「それでは、これで一緒に銀食器を磨いてくれますか?   その指ではまだ水仕事は控えた方がいでしょう」

 

左手の薬指は、まだ水に沈めるとじくじく痛む。

 

「わかりました」

 

セバスチャンから柔らかい布を受け取り、私は大きく頷いた。

 

(たしかセバスチャンは私と同じ人間で、伯爵が連れてきたんだよね......?)

 

すっかりお屋敷に馴染んでいる彼をちらりと見る。

 

「ひとつだけ、聞いてもいいですか?」

 

セバスチャン「はい、どうぞ」

 

「セバスチャンは、どうしてこのお屋敷で執事をしているんですか?」

 

キュキュっと食器を磨いていた手が止まる。

 

セバスチャン「それは......」

 

(きっとセバスチャンにも深い事情があるはずだ)

 

覚悟して耳を傾けたけれど......

 

セバスチャン「歴史に名を残す偉人の方々を近くで知ることができる機会なんて、そうそう無いでしょう?」

 

「......えっと」

 

セバスチャン「私は元々歴史学者として、世界中を飛び回っていました」

 

歴史学者だったんですか!?」

 

(すごい......)

 

セバスチャン「ええ。その道中で伯爵に声をかけられ、今に至るというわけです」

 

「......彼らがヴァンパイアだと知って怖くなかったんですか?」

 

遠慮がちに聞くと、セバスチャンは食器をカチャリと置いた。

 

セバスチャン「注意を払えばこの屋敷は他のどの場所よりも安全ですし、皆さん吸血には節操があるので」

 

「節操?」

 

セバスチャン「吸血衝動と好意はイコールらしいので。それに......」

 

セバスチャンは冗談っぽい笑みを浮かべて声を潜ませる。

 

セバスチャン「咬まれると、案外気持ちいいらしいですよ」

 

「ふふ、なんですかそれ」

 

セバスチャン「と、まあ冗談はここまでにしておいて 彼らのことを知れば、自然の怖くなくなりましたよ   知らないから怖いと思うのです」

 

知らないから怖い、その言葉が胸の奥に響く。

 

(確かに......。今朝の話を聞かなかったら、アイザックさんのことだって誤解したままだった)

 

考え込んでいると、セバスチャンはまた隣で料理を始めた。

レストランのシェフのような手さばきで、ふわふわのオムレツを作っていく。

 

「あれ?さっき朝食を終えたばかりだと思うんですけど......」

 

セバスチャン「屋敷の皆さんは、夜は同じ食事を摂りますが、他は各自好きな時間に召し上がられます」

 

(そういえばさっき食堂に行った時、まだ全員は揃ってなかったっけ?)

 

「あの、ヴァンパイアになっても食事は必要なんですか?」

 

ふと気になって聞いてみる。

 

セバスチャン「いえ、必要ありません。いわば嗜好品のようなものですね」

 

それからセバスチャンは、ヴァンパイアの彼らが持つルールを教えてくれた。

血を糧にしていること、生きる時間が長いこと、そして普通の人間よりも身体が丈夫であるということ。

 

(それ以外はどれも、普通の人と変わらないんだ......)

 

聞けば聞くほど、私が思っていたヴァンパイアとは違いすぎる。

 

「ちなまに十字架を近付けたりニンニク投げたりすると......?」

 

セバスチャン「怒られるでしょうが、身体には何の問題もありません」

 

セバスチャンは器にオムレツと野菜、カリっと焼いたウインナーを盛りつけると、こちらを向いた。

 

セバスチャン「そして最後に......。アイザックさんの特異体質を覚えていますか?」

 

アイザックさんの特異体質......)

 

「確か、他の人より血液を多く摂取しなければいけないんですよね?」

 

セバスチャン「ええ。ですからアイザックさんの食事は1日5回。朝、昼、、間食、夜、夜食が必要と」

 

(1日5回も!?)

 

セバスチャン「さらに血に酔いやすい体質ですので、ブランやルージュを出す際は必ず食事も一緒にお願いします   わかりましたか?」

 

「はい、わかりました」

 

セバスチャン「飲み込みが早くてよろしい」

 

(1日5回も血の摂取が必要だったなんて......昨夜はよっぽど苦しかったのかもしれない)

 

今朝、事情も知らず拒絶するような態度を取ってしまったことを思い出して、胸が締め付けられる。

 

セバスチャン「ということで、私はこちらをアイザックさんの元へ運んできます」

 

先程の朝食が乗ったトレイを、セバスチャンが持ちあげる。

 

「あの!セバスチャン」

 

セバスチャン「どうされましたか?」

 

「それ私に運ばせてもらってもいいですか......?」

 

セバスチャン「別に無理はしなくてもいいんですよ?」

 

セバスチャンは驚いたようにこちらを見る。

 

アイザックさんの事情を知った今......、私もちゃんと謝りたいんです」

 

(自分から向き合おうとしないと、きっといつまで経っても向き合えないままだ    それに、いつまでも怖いままではいたくないから......)

 

セバスチャン「......そうですか」

 

セバスチャンはそっと微笑んで、私にトレイを渡してくれた。

 

セバスチャン「それでは、よろしくお願いいたします」

 

 

 

ブランをこぼさないように気をつけながら、私は廊下を進んだ。

 

アイザックさんの部屋はここ、だよね?」

 

扉の前で立ち止まり、小さく深呼吸をする。

 

(......よし)

 

扉をノックすると、返事が聞こえてきた。

 

アイザック「どうぞ」

 

「失礼します......」

 

扉を開けると__

 

(わ......!)

 

部屋には難しそうな本がずらりと並べられていて、圧倒される。

実験道具のようなものも、たくさん置かれていた。

 

(すっかり忘れるところだった。今目の前にいるのは、アイザック・ニュートンだってことを)

 

部屋の主は、机に向かって一心にペンを走らせている。

 

アイザック「セバス、悪いけどそこに......」

 

顔だけ振り向いた彼は、私を見ると固まった。

 

アイザック「えっ、なんでアンタが......?」

 

「えっと、セバスチャンのお手伝いをしようと思って......」

 

(やっぱり、いきなり私が来たらびっくりするよね......)

 

「本当は......、アイザックさんに一言あやまりたかったんです」

 

正直に答えると、アイザックさんは目を瞬かせた。

 

アイザック「謝る?」

 

(ちゃんと、言わなきゃ......!)

 

アイザックさんの事情、伯爵から聞きました」

 

アイザック「......そう」

 

「昨日、私を遠ざけようとしてくれてたんですよね? それなのに近づいて、怪我なんかして......今朝も怖がってしまって、ごめんなさい」

 

アイザックさんは目を瞬かせた後、ふいっと机に視線を戻す。

 

アイザック「変わってるね、アンタ」

 

「えっ?」

 

(変わってるって......、私はそんな変なこと言ったかな)

 

アイザック「いや、つまり......」

 

戸惑っていると、アイザックさんは再びペンわノートに走らせながら口を開いた。

 

アイザック「そんなこと、わざわざ言いに来なくても良かったのに  ましてや昨日咬まれかけた男のところにさ」

 

アイザックさんの表情は見えなくて、何を考えているのかは読めない。

 

(でも......、ちゃんと伝えなきゃ)

 

「......アイザックさんに、向き合ってみたかったんです」

 

私はきゅっと拳を握りしめて、アイザックさんの背中を見つめた。

 

「確かに最初は怖かったけど、みんな私が思っていたヴァンパイアとは違っていて、優しくて親切で......  だから、ちゃんと知っていきたいと思ったんです」

 

アイザック「知っていきたい?」

 

「知らなければ怖いままだって、セバスチャンが言ってたから......」

 

アイザック「......」

 

ペンの走る音が止まり、静寂が訪れる。

 

(いけない、これ以上は研究の邪魔になっちゃうよね)

 

「そ、それじゃあ私はこれで」

 

食事を置いて立ち去ろうとした時__

 

アイザック「待って」

 

さっきまで背を向けていたアイザックさんが振り向いて私を見つめていた。

 

アイザック「......約束する。アンタのこと、絶対に咬んだりしないって」

 

素っ気ない言い方だけど、その瞳はまっすぐで嘘は言っていないように思える。

 

アイザックさん......」

 

アイザック「あと、アイザックでいいから」

 

「はい.......!」

 

交わしてくれた約束が胸の中で暖かく広がっていき、やっと肩の力が抜けた気がした。

 

(最初は怖い人だと思ってたけど、ナポレオンの言う通り実はすごく不器用な人なのかもしれない......)

 

ほんの少しだけと彼と向き合えたことが嬉しくて、私はほっと息をつく。

 

廊下に出た私は、19世紀の空を見上げる。

 

(いつまでも、うじうじ悩んでいても仕方ないよね  1ヶ月、このお屋敷で頑張ってみよう。......そして、必ず元の世界に帰るんだ)