王宮【アラン】2話後半
アラン「来いよ。受け止めてやるから」
馬の上でもたつく私に両手を差し伸べ、アランが言う。
「…う、うん」
私がゆっくりと身体を寄せると、アランが私の腰元を持った。
そうしてふわりと抱き上げると、私の身体を下ろす。
「……っ」
一瞬だけアランの胸に抱き寄せられ、反射的に頬が熱くなる。
(何だか、アランの顔が見れない…)
地面に足がついても顔を上げられずにいると…。
アラン「…おい。何で赤くなってんだよ」
「え…!あの、これは」
私が慌てて口を開くと、うつむいたままの頭をアランが優しく小突く。
アラン「…バーカ」
ようやく顔を上げた時には、アランはすでに馬の手綱を引いて厩舎に向かっていた。
(行っちゃった。きちんとお礼、すれば良かったな…)
..........
馬術を習い始めて数日が経ち、ついにプリンセスセレモニー当日…。
私の部屋のドアを叩き、アランが騎士として私を迎えに来ていた。
ため息をつき、眉を寄せたまま首を傾げる。
アラン「…まだ心の準備出来てないのかよ」
「ちょ、ちょっと待って…!」
私が慌てて言うと、アランが私の頭をくしゃりと撫でた。
アラン「仕方ねえから、あと少し待ってやる」
(ジルの用意してくれたカリキュラムも、馬術の稽古もこなしたけど…。まだ、プリンセスとしての自信がついたわけじゃない)
数日のことを思い出し、私が指先にぎゅっと力を込める。
(でも、私は…)
不意に見上げると、アランが眉を上げて言った。
アラン「いいから、背筋伸ばしていけよ。プリンセスは、お前一人だけなんだからな」
「うん…!」
(アランも、騎士としてプリンセスに付き添ってくれる)
私はようやく顔を上げ、足を踏み出した。
..........
パレードのための馬車に乗り込み、私はドレスの上で両手を握っていた。
馬車の隣にはぴったりと寄り添うように、騎士団長であるアランの姿がある。
アラン「…………」
(私は、どうしていればいいんだろう…)
すると、私と共に馬車に乗り込んでいたジルが穏やかな声音で告げた。
ジル「あなたは、プリンセスです。堂々としていて下さい」
ジルの視線を受け止め、私は小さく頷く。
「はい…」
そうして少しの不安を拭えないまま、馬車の窓から外へと視線を向けた。
すると、側に立つアランと不意に目が合う。
アラン「…………」
(え…?)
何も言わないまま、ふっと笑みを浮かべるアランに目を瞬かせた瞬間…。
大きな歓声と盛大な音楽と共に、パレードの列が動き出した。
..........
馬車はパレードの中心で、歓声を一心に受けて進んでいく。
溢れる人垣に手を振りながら、私はふと口元を結んだ。
(何だかやっぱり、変な感じがする。数日前までは、私もこの通りを歩いていたはずなのに…)
微かに痛む胸に、手の動きが止まる。
その時、私は通りの人だかりの中に見知った顔を見つけた。
「あっ…!」
思わず声を上げ、窓に顔を寄せる。
(あの子たちは…)
そこに見えたのは、かつての教え子たちの姿だった。
(みんな、来てくれたんだ)
子どもたちに応えようと私が再び手に力を込めると…。
「えっ…!」
子どもたちの後ろに、不審な人影がちらつく。
次の瞬間、不審な人影は子供たちを突き飛ばすと荷物を奪い、そのまま人垣の中へと駆け出していった。
「……っ」
思わず立ち上がろうとした、その時。
ジル「プリンセス」
ジルの低く強い声が、私の動きを制する。
ゆっくりと振り返ると、ジルが真っ直ぐに私を見上げていた。
ジル「あなたはプリンセスとして今ここにいることを、お忘れにならないで下さい」
「でも…」
私は指先を震わせたまま、静かに座り直す。
(どうすればいいの…?)
馬車は動きを止めることなく、すでに教え子たちの姿は見えない。
けれど私は、顔を上げられずにいた。
(このまま見過ごすことが、プリンセスとして正しいの…?)
胸の中を渦巻く思いに、ジルの声も耳に入らないでいると…。
アラン「美香」
(え…?)
初めてアランの声が名前を呼ぶのを聞き、私ははっとして顔を上げる。
「……アラン?」
窓の外に視線を送ると、側に立つアランが告げた。
アラン「俺が行く。お前は、顔を上げて前だけ見てろ」
そうしてすぐに、アランが列を飛び出していく。
騎士たちがざわめく中、私はアランの後ろ姿を身を乗り出して見つめた。
鼓動が痛いくらいになり、私は手をぎゅっと握りしめる。
(アランなら、大丈夫。きっと…)
すると私の後ろで、ジルがため息まじりに呟いていた。
ジル「…騎士団長として、あるまじき行為ですが」
そうして私に視線を寄せる。
ジル「…………」
私はすでに前を向き、最初と変わらない仕草で手を振り始めていた。
(私は、今出来ることをしなくっちゃ…)
..........
プリンセスセレモニーを全て終え、部屋に戻った私は窓を開け放ち、パレードの時のことを思い出していた。
夜風が、素肌と服の間をすり抜けていく。
(アランのおかげで、子どもたちも荷物も無事だったけど…アランが、審問にかけられるなんて…)
騎士としての役目を放棄したとして、アランはすぐに拘束されていた。
(私のせいで、アランが処罰を受けたりしたらどうしよう…)
私は眉尻を下げたまま、祈るような気持ちで窓の外を身やる。
その時…―。
(え、あそこにいるのは…)
「アラン…!」
部屋の窓からアランの姿を見つけた私は、庭へと駆け出していた。
見つからないように部屋を抜け出し、アランの姿を見つけ出す。
「アラン…!」
振り向いたアランは、私の姿にぎょっとした様子で眉をひそめた。
アラン「お前…」
そうして近づいた私をまじまじと見ると、大きくため息をつく。
アラン「何度言わせるんだ。連れもつけずに歩きまわりやがって…」
「…………」
アランの言葉に、私は何も言えないままただ見上げる。
にじみそうになる涙をこらえていると、アランがふっと表情を緩めた。
アラン「…なんて顔してんだよ」
そうしてゆっくりと拳を上げると、私の額にこつんと触れた…。
私たちは、人気のない厩舎辺りまで歩いていた。
木の柵に腰を下ろしたアランを正面から見つめ、私は尋ねた。
「アラン、大丈夫なの…?」
ちらりと視線を上げ、アランが呟くように答える。
アラン「厳重注意ってやつだ」
そうして顔を背け、アランが自嘲めいた笑みを浮かべた。
アラン「あの時の騎士団長の役目は、第一にプリンセスを守ることだったからな。お前の側を離れることは、許されなかった」
アランの言葉に、私は息を呑む。
「ごめんなさい、私のせいでアランが…」
(アランは騎士として私を守ると言ってくれたのに。私は、アランに騎士以外の役目を負わせてしまったんだ)
「私…」
騎士としての名誉を傷つけてしまった私は、うつむくしかなかった。
アラン「…………」
長い沈黙が、私たちの間を流れていく。
すると突然、アランの手が私の頬に触れた。
(え……!?)
突然頬に触れたアランの手が、私の顔を強引に上向かせた。
「…!」
思わず目を瞬かせ、アランを見つめる。
(アラン…!?)
頬にかかる指先の感触に、胸の鼓動が速まっていった。
アラン「いつまでも下向いてんじゃねーよ。お前は、プリンセスの役目を果たすんじゃなかったのかよ」
「え…?」
私が呟くと、アランが呆れたように私の頬を軽くつねる。
「…??」
アラン「俺は何のためにお前がプリンセスになったのか、それを聞いていたから、走ったんだ」
(それって……)
アランの言葉に、ほんの数日前に私自身が言った言葉を思い出す。
―――――――
「私は、私の大切な人たちを守りたい…」
アラン「お前はそれを守るためにプリンセスをやるってわけだ」
「……うん」
―――――――
(あの時の、言葉…?)
頬から手が離れ、私は改めてアランを見上げた。
暗闇の中でもわかるほどに真っ直ぐな目が、私を見つめている。
アラン「…守ってやるって、言っただろ?」
「アラン…」
風が吹き、木々を揺らす。
その響きも耳に入らないほどに、私の鼓動は大きくなっていった。
アラン「…………」
やがて視線を逸らしたアランが、気の柵から腰を上げる。
アラン「…戻るぞ」
そうしてそれ以上は何も言わないまま、城のほうへと歩いていった。
無言のまま私の部屋への道順を辿る後ろ姿を追いかけながら、私はアランを見上げた。
(アランは騎士として、私との約束を守ろうとしてくれてるんだ…。それがたとえ、普通の騎士道から外れていたとしても)
そうして顔を上げると、さっきまでは気づかなかった満月に目を細めた。
(アランの言う通りだ…。私は上を向いて、プリンセスとしての役目を果たさなくちゃ…!)