王宮【アラン】5話後半
アラン「お前ら、何やって……」
騎士たちの後ろから顔を出したアランが、私の姿に目を止める。
アラン「…………」
そうしてもう諦めているのか、小さく息をついた。
その後、私はアランにお願いをして、森で野宿をする騎士たちの元へと訪れていた。
アラン「おい」
赤く燃えるたき火越しに、アランが私を見やる。
アラン「ほんっとーに、少しだけだからな」
「う、うん。わかってる……」
するとアランが、軽く首を傾げて窺うように私を見た。
(ジルにばれたら、心配かけちゃうかもしれないしね……)
森の奥からは食事を取る騎士たちの賑やかな声が聞こえていたけれど、気を遣ってくれたのか、私たちの周りに人影はない。
(なんだか、穏やかな時間だな……)
ゆっくりと瞬きをすると、私は不意にひとつの物語を思い出した。
(この前みたいに、聞いてくれるかな……?)
私はためらいながらも、ゆっくりと口を開く。
「昔子どもたちに話した物語で、湖を舞台にしたものがあるんだけど……」
アラン「……ん?」
それは、主人公が白鳥に恋をするという物語だった。
「話してもいい?」
尋ねると、少し考えるような間を空けてからアランが小さく頷いた。
アラン「……ああ、いいよ」
..........
まどろむような時間が流れ、美香の声だけが辺りに響いていく。
アラン「…………」
じっと聞いていたアランの前で不意に、炎が音を立てて弾けた。
その途端、アランが顔を上げる。
アラン「……っ」
揺れる炎の向こう側には、美香の姿が見えていた。
ふと目を上げた美香が、わずかに苦しそうに眉を寄せるアランに気がつく。
「アラン、どうしたの?」
物語をやめて顔を上げると、炎越しに見えるアランの顔が少し苦しそうに見えた。
「ごめんね、つまらなかった?」
アラン「いや……」
炎から目をそらすようにして、アランが顔を背ける。
そうしてゆっくりと立ち上がり、私を見ないままに言った。
アラン「そろそろ戻るぞ。あっちももう、終わりだ……」
「……うん」
森の奥を見やると、アランの言う通り、騎士たちの食事も終わり、ざわめきは消えていた…。
再び森を出ると、私たちはゆっくりと歩いていた。
少し先を歩くアランの背中を見上げながら、私は微かに痛む胸を押さえる。
(このまま、時間が止まればいいのに……)
私は静かな湖に視線を移し、思い出していった。
―――――――
「俺は騎士として、プリンセスを守るだけだ」
「お前は、プリンセスだろ」
「お前さ、男を相手に選んだらどういうことするかわかってんの?」
「どういうことが起こるか、試してみるか?」
―――――――
(でも、アランの気持ちがわからないままじゃだめだ……。前に、進めない)
私は足を止め、改めてアランを見上げる。
(プリンセスとしてじゃなくって、私は私の気持ちをちゃんと伝えなきゃ。アランの本当の気持ちなんて、きっと話してくれないよね……)
立ち止まった私に気がついたアランが振り返った。
「アラン……」
アラン「…………」
振り返ったまま何も言わないアランを見上げ、私は口を開いた。
「……プリンセスとしてではなくて、美香として言いたいの」
アラン「…………」
微かに風が吹き、湖の水面を揺らす。
静寂の中、私は自分の鼓動がどんどん大きく鳴り響くのを感じていた。
「私、アランが……」
言いかけると、アランが近づいてくるのが見える。
「……っ」
思わず小さく息を呑む私に手を伸ばし、ゆっくりと髪を撫でた。
アラン「美香」
「え……?」
アランに名前を呼ばれ、私の鼓動が大きく跳ねる。
(名前を呼ばれたのは、たぶん二回目だ。こんなに嬉しいなんて……)
私が睫毛を震わせると、アランがふわりと目を細めた。
アラン「お前、変な奴だな」
髪を撫でる手が頬にかかり、優しくつままれる。
「……?」
(へ、変な奴って……)
アランが軽く首を傾げるようにして私の顔を覗き込んだ。
アラン「……俺を選びたいんだろ?」
「……!」
アランの言葉に、私の頬が真っ赤に染まっていく。
(アランにも、分かっていたんだ……。私が、アランに惹かれているって)
「…………」
私は黙ったまま、小さく頷いた。
アラン「…………」
すると笑みを浮かべたアランがゆっくりと、私の手に触れた…。
アランの手が、私の手のひらに何かを握らせた。
(え、アラン……?)
見上げると、アランがふっと目を細める。
アラン「俺は、お前のこと大事に思ってる。たぶん、お前が思うよりずっと」
「あ……」
その言葉に、私の鼓動が痛いほどに大きく跳ねた。
目眩がするような感覚に、私は戸惑うまま口を開く。
「……何で?」
(こんなこと聞きたいわけじゃないのに……)
アラン「何でって……」
思わず尋ねると、アランが驚いたように眉を上げた。
わずかに頬を染め、顔を背かせる。
アラン「……今言わなきゃいけねーのかよ」
「…………」
(もしかしてアランも、照れてるのかな……)
そうして少しの沈黙の後、アランは考えるように眉を寄せた。
そうして真剣な顔で私を見下ろす。
アラン「でも俺は……もう二度と、大事なもんは失えない」
静寂の中に、アランの低い声が響いていった。
「……失う?」
(なんのこと……?)
アランの表情が少し陰ったことに気がつき、私は首を傾げる。
「アラン?」
アラン「…………」
やがてアランが握っていた私の手を離した。
見下ろした手のひらには、バラをかたどった耳飾りがある。
(綺麗な耳飾り……)
「……これは?」
聞くと、アランがふっと笑みを浮かべた。
アラン「…………」
そして一歩下がり、ゆっくりと片方の膝を地面につけていった…。
「……!」
湖畔に片膝をつくアランを見つめ、私は息を呑んだ。
(アラン……!?)
するとアランが、私を真っ直ぐに見上げて口を開く。
アラン「俺にとって王とは、守られる側なんだ。国を背負う王になったらもう、お前を命がけでは守れない」
アン「それは……」
(確かに、国にとって王様は誰よりも大切な人だから。王様が何かに命をかけるなんてことは、出来ない……)
アランの真剣な瞳を受け止め、私は言葉を飲み込んだ。
アランの眉が、わずかに苦しそうに寄せられていく。
アラン「俺には、そんなこと無理だ。大事なもんは、自分で守る」
(大事な、もの……)
―――――――
アラン「俺は、お前のこと大事に思ってる。たぶん、お前が思うよりずっと」
―――――――
(さっき確かに、アランはそう言ってくれた。でもそれは、つまり……)
風が吹き抜け、森がざわめく。
アラン「俺は、王にはなれない」
アランの言葉に鼓動を速めながらも、私は静かに続きをまった。
アラン「…………」
アン「…………」
やがて、アランがゆっくりと告げる。
アラン「ただ、騎士としてではなく、アラン=クロフォードとして誓う」
私の手を取り、耳飾りを見下ろした。
忠誠の証である、バラの耳飾りを。
アラン「一生側で、お前を守るから」
(アラン……)
そうしてアランは静かに、私の手の中の耳飾りに、唇を寄せた…。