王宮【アラン】7話後半
プリンセスとしての勉強を一通り終えた後、私は執務室を出て、ロベールさんの部屋へと向かっていた。
―――――――
ロベール「今度相談がある時は、昼間においで」
―――――――
(またロベールさんに相談してみたいんだけど……)
部屋のドアを叩くものの、反応はない。
「留守なのかな……」
呟き、私は思いついて顔を上げた。
(もしかして、あそこかも……)
.........
庭に出ると、私は最初にロベールさんを見かけた場所を訪れていた。
ロベール「ああ、美香ちゃん」
にっこりと笑みを浮かべるロベールさんが、私を振り返る。
そうして私は、ロベールさんにお願いをして事情を話し始めた。
「あの……例えばの話、なんですけどね?」
ふっと笑みを浮かべ、ロベールさんが頷いてくれる。
ロベール「……うん、例えばだね」
自分を守るために、好きな人から王にはならないと言われたこと、自分が怪我をしたせいでその人を傷つけてしまったこと、そしてその人が、遠くへ行ってしまうかもしれないことを、ゆっくりと伝わるようにロベールさんに話した。
「……どうすればいいのか、わからなくなってしまって」
(自分の気持ちはわかっているのに……)
ロベール「…………」
するとそれまで黙っていたロベールさんが、空を見上げて呟く。
ロベール「美香ちゃんは、彼の側にいることが幸せなんだよね」
「……はい」
ロベール「じゃあ、彼の幸せはどこにあるのかな?」
ロベールさんの言葉に、私は思わず目を瞬かせる。
「え?」
ふと目が合ったロベールさんが、にっこりと微笑んでくれた。
............
そして日も暮れた頃…―
久しぶりに向かった厩舎の中で、私はアランの姿を見つけた。
(アランの幸せって、なんだろう……)
すると気づいたアランが振り返り、ふっと笑みを浮かべる。
アラン「お前って、声をかけるってこと知らねえの?」
「…………」
アランのその笑みに、私ははっと顔を上げた…。
...........
そして、その夜…―。
ベッドにうつぶせに寝転がったまま、私はじっと考えていた。
(ロベールさんの、あの言葉……)
―――――――
ロベール「美香ちゃんは、彼の側にいることが幸せなんだよね。じゃあ、彼の幸せはどこにあるのかな?」
―――――――
枕に顔を埋め、私は厩舎で見せてくれたアランの笑みを思い出す。
(アランの幸せって、何だろう……)
―――――――
アラン「また守れないんじゃないかって……それが、怖いんだ」
―――――――
(誰かを、命がけで守ること……?)
―――――――
アラン「国を背負う王になったらもう、お前を命がけでは守れない」
―――――――
(プリンセスのために、命をかけること……?)
「…………」
私はゆっくりと起き上がり、呟いた。
「違う……」
無邪気なアランの笑みを、思い出す。
(アランの幸せはきっと、誰かとずっと一緒に過ごしていくことなんだ……)
―――――――
アラン「俺は…もう二度と、大事なもんは失えない」
―――――――
失うことを恐れるアランの言葉に、私は顔を上げた。
(でも……その幸せのために、アランが誰かを守るなら、アランのことは、誰が守るの?)
..........
そして謹慎を終え、アランが騎士として復帰した日…―。
いつものように貴族とのデートを終え、私は部屋へと戻ってきていた。
「…………」
知らずに、小さなため息がこぼれてしまう。
戦争の影がちらつき始めてからというもの、ジルから告げられる私のスケジュールは、さらに忙しいものになっていた。
(こんな毎日を続けていても、たぶん……意味はないよね)
アラン「じゃあな」
ドアを閉めようとするアランに気づき、私は慌てて声を上げる。
「待って、アラン……!」
アラン「……?」
引き留めると、アランが怪訝な顔で振り返った。
アラン「なに?」
ゆっくりとドアが閉まり、アランが私を見下ろす。
「あ、あのね……」
(緊張する……でも、言わなきゃ伝わらないから)
「アランは私のことを守ってくれるって言ったけど……」
アラン「…………」
私は痛いほどに胸の鼓動を跳ねさせながらも、顔を上げる。
そうして、アランに告げた。
「私にも、アランを守らせてほしい。私にだって、守れるものはあるはずだから」
私の声の余韻が部屋に響き、沈黙が流れていく。
「今は、何が出来るかわからないけど……」
沈黙に耐えかねて私が呟くと、アランが力が抜けたような笑みを浮かべて言った。
アラン「なんだそれ」
「……っ」
アランの言葉に、私の頬がかあっと赤く染まっていく。
(やっぱり、上手く伝えられなかったかな……)
「そ、それだけ……」
恥ずかしさを隠すように視線を背け、私はアランに背を向けた。
アラン「…………」
すると近づいてきたアランが、私を背中から抱きしめた。
「え……アラン!?」
突然後ろから抱き寄せられ、私は驚いて声を上げた。
するとアランが耳元で、掠れた声で尋ねる。
アラン「なに?言い逃げすんの?」
「ち、ちが……」
(そんなつもりはなかったのに……)
慌てて言うと、アランが首筋にふっと息を吹きかけるように笑った。
私の鼓動が、大きく跳ねる。
アラン「ほんと、変なやつ」
「…………」
私はそっと、胸元にまわるアランの腕に触れた。
(細く見えるのに、すごく鍛えられてるんだな……)
よく見るとアランの腕には、たくさんの傷跡が見える。
「アラン……」
私は呟くように名前を呼び、腕をぎゅっと掴んだ。
「……私もずっと、側にいるからね」
アラン「…………」
―――――――
アラン「ただ、騎士としてではなく、アラン=クロフォードとして誓う。一生側で、お前を守るから」
―――――――
(アランが誓ってくれたみたいに、私も約束したい……)
私の言葉に、アランが黙ったまま抱きしめる力を強くする。
その腕の中で、私はそっと囁いた。
「たとえ誰を、王様に選んだとしても……」
アラン「…………」
アランの腕がぴくりと微かに震える。
(……アラン?)
沈黙が落ち、私は微かに首を傾げた。
(どうしたんだろう……)
何も言わないアランの様子を窺おうと、私が身をよじっていると、アランが私の身体を正面に向かせる。
「えっ……」
そうして、こつんと額をつけた。
「……っ」
(ち、近い……)
近すぎる距離に驚く私に、アランが言う。
アラン「お前さ」
「は、はい……!?」」
戸惑いながら視線をあげると、アランは私をじっと見つめて言った。
アラン「俺以外のやつ、選べんの?」
その視線に、私の鼓動が早鐘を打つ。
「え、えっと……」
(アラン、どうしたんだろう……)
戸惑う私の頬は、すでに真っ赤に染まっていた。
「だ、だってアランは……」
(王様には、なれないって……)
思わず見つめ返すと、アランの腕が私の腰元にまわる。
「……っ」
アラン「どうなんだよ」
再び聞かれ、私ははっと顔を上げた。
「あ……」
(言っても、いいのかな……?)
私は微かに息を呑み、それから吐息混じりに口を開く。
「アランが……いい」
それは、私の心からの言葉だった。
アラン「…………」
「アランを、選びたい」
(でも、こんなこと……)
すると、ふっと笑みを浮かべたアランが、私の腰元を引き寄せた。
「……え」
驚いているうちに、唇が重なる。
「……!?」
軽く触れた唇が離れると、私は戸惑いに声を上げた。
「な、なんで。アランは……」
アラン「…………」
じっと私を窺うようなアランの視線に、耳元までもが熱くなってしまう。
「えっと、その……」
私が視線を揺らしていると、アランの両手が私の頬を挟んだ。
アラン「わかった」
「……っ」
(アラン……?)
見上げると、アランが軽く首を傾げて言った。
アラン「後で聞くから、少し黙ってろよ」
そうして再び顔を寄せ、アランが私の唇に、キスを落とした……。