王宮【アラン】6話前半
ネープルス王国に到着した私たちは早速、会食に招かれていた。
ジル「最近、国境には緊張感が漂っているようですね」
温厚そうなネープルス国王が、ひげを撫でながらジルの言葉に頷く。
国王「ああ。国内の事件も、どうやらかの国が関わっているという噂…。なかなか、不安定な情勢が続いていますな」
「…………」
ネープルス国王とジルの会話をどこか遠くに聞きながら、私は静かにスプーンを動かしていた。
後ろに控えるアランが気になるものの、振り返ることは出来ない。
アラン「…………」
(アランは、誓ってくれたのに……)
スープ皿にスプーンを浸し、私は昨夜の出来事を思い出していた。
―――――――
アラン「ただ、騎士としてではなく、アラン=クロフォードとして誓う。一生側で、お前を守るから」
―――――――
アランの言葉を思い出すと、胸が締めつけられるように痛む。
(なのに、私は……あんなことを聞くなんて)
ジル「プリンセス」
ジル「プリンセス……?」
ジルの呼ぶ声に、私ははっと顔を上げた。
「えっ?」
ジルだけでなくネープルス国王までもが私を見ている。
国王「お口に合わなかったかな?」
「い、いえ。とても美味しいです…」
私は微笑んでネープルス国王に答えながら、ぎゅっと唇を噛んだ。
(だめだ、今はプリンセスの役目に集中しなくっちゃ……)
..........
それは、昨夜のこと…_
「アラン……」
忠誠を誓ったアランの姿を見下ろし、私は尋ねていた。
「……アランは、私が他の人を選んでもいいの?」
アラン「…………」
アランは何も言わず、ただ私を見上げている。
やがてアランが口を開きかけた時、遠くから私を探すユーリの声が響いてきた…。
―――――………
ネープルスでの会食は無事に終わり、私たちは帰路についていた。
森の中で休憩を取りながら、私は考える。
(結局、アランから答えは聞けなかったけど……あんなこと、聞いちゃいけなかったんだ)
やがてどこからか出発の号令が上がった頃、私の元に若い騎士が現れた。
騎士「行きましょうか、プリンセス」
「え、アランは?」
思わず声を上げると、若い騎士が馬の手綱を引きながら言う。
騎士「なんでも寄るところがあるとかで、代わりに私がお送りいたしますよ」
(寄るところ?)
進み始めた一行を見やり、私は一度顔を俯かせた。
(やっぱり、もう一度話がしたい……)
そうして勢い良く顔を上げ、私は若い騎士に言う。
「あの……お願いがあるの!」
..........
私はしぶる若い騎士に頼み込み、アランの後を追ってもらっていた。
国境近くの森に辿り着き、私は馬を降りる。
騎士「本当に、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
帰りはアランに頼むからと若い騎士を帰し、私は一人森を進んでいった。
(ここに、何かあるのかな?)
そうして丘に辿り着くと、私は微かに息を呑んだ。
(これは……お墓?)
見渡す限りの広い丘に、点々とお墓の影が見える。
そしてそこには、花を手向けるアランの姿もあった…。
アラン「…………」
お墓にお花を手向けるアランの姿を見つけ、私はとっさに木陰に隠れる。
(お墓参りだったんだ…。でも、誰の?)
「…………」
私はもう一度アランの背中を見つめ、ゆっくりと後ずさった。
(とにかく今は、話しかけない方がいいよね)
そうして考えた後、邪魔にならないように、何も言わずその場を去ろうとすると…。
アラン「おい」
アランの低い声が響き、私は思わず背中をびくりとさせる。
(え……)
アラン「何度言わせんだよ」
ゆっくりと振り返ると、呆れた様子のアランが息をついた。
アラン「お前、覗き見が好きだな……。こんなとこで何してんだ」
(どうしよう、怒ってるよね……)
「ご、ごめんなさい……」
慌てて頭を下げると、ため息をついたアランがちらりとお墓を振り返る。
(アラン……?)
アラン「…………」
それから何かを吹っ切るようにして私を見ると、言った。
アラン「行くぞ」
「あ、うん……」
丘を抜け森を出ると、私は黙ったままのアランの背中に言った。
「アラン、本当にごめんなさい。邪魔をしちゃって……」
するとアランが足を止め、振り返った。
アラン「別に邪魔はしてねえよ」
そうして、すっと手を差し出してくれる。
アラン「ほら」
見ると、私の足元には大きく突き出した木の根があった。
「あ、ありがとう……」
私はアランの手を取り、木の根を越える。
アラン「…………」
すると突然、離れたアランの手が私の耳元へと伸びてきて……。
「……っ」
アランの指先が耳元をかすめ、私の鼓動が跳ねる。
思わず赤くなった顔を背けると、はっと顔を上げたアランが手を離した。
(え……?)
再び何事もなかったかのように歩き出したアランの姿に、私は立ちすくんだまま、耳元に手を当てる。
(これは、アランの誓いの証……)
手に触れる耳飾りの感触に気づくと、私は顔を上げた。
そうして駆け出し、後ろからアランの左手を取る。
アラン「……何だよ」
見下ろすアランが、低く聞く。
「あの……馬のところに行くまででいいから」
アランの手を握りながらも私は思わずうつむいてしまった。
(迷惑、だったかな……)
アラン「…………」
アランの手に力が込められる。
ぎゅっと握り返された手の感触に視線を上げると、アランは何も言わないまま、私の手を引いてくれた。
(アラン……)
心の中で何度もアランを呼びながら、私は黙ってその後を追う。
柔らかな胸の痛みが、高鳴る鼓動と共に広がっていった…。
..........
その後お城に戻った私は、ジルの部屋へと呼び出されていた。
ジル「会食は上の空ですし、帰り道では突然いなくなる……。プリンセスとしての自覚はおありですか?」
呆れた様子で息をつくジルに続き、側に立つユーリも声を上げる。
ユーリ「そうだよ、心配したんだからね」
ジルやユーリの言葉に、私はしっかりと頭を下げた。
「すみませんでした。もう、こんなことはしませんから……」
すると息をつき、ジルが言う。
「明日からはまた、勉強や外出などのスケジュールが詰まっています。今日は備えて、早く休んでください」
「……はい」
私は顔を上げ、静かにうなずいた。
部屋に戻るために廊下を歩きながら、私は窓の外を眺める。
森を抜けた後も、アランから話を聞くことはできなかった。
(目的は果たせなかったし、ジルたちにも心配をかけちゃったな……。私はもっと、プリンセスとして頑張らなきゃいけないのに……。私、アランのことばかり考えてる……)
ふと前を向くと、そこにレオの姿を見つける。
レオ「プリンセス、久しぶりだね」
(レオ……)
廊下の先にレオの姿を見つけ、私はレオの言葉を思い出していった。
―――――――
レオ「アランがだめなら、俺にしておきなよ。だって、俺たち双子だから」
―――――――
(双子……)
私は思わず立ち止まり、考える。
(レオなら何か、アランのことを知ってるのかも。でも、そんなこと……)
聞けないと思っていると、近づいてきたレオがふっと目を細める。
レオ「……もしかして今日、何か見た?」
「えっ」
レオに尋ねられ、私は驚いて息を呑んだ。
「どうして……」
レオ「やっぱりね」
ふっと笑みを浮かべたレオの顔が、少し悲しそうに見えた…。
庭に出ると、レオがぽつりぽつりと話を聞かせてくれた。
レオ「西の方に行くって聞いてたからね。アランは絶対に行くと思ってた」
「それは……お墓のこと?」
私はお墓の前に立つアランの姿を思い出す。
レオ「俺たちの、両親の墓だよ」
「ご両親?」
(亡くなってたんだ……)
レオ「すごく、優しい両親だったんだ……でも」
見上げると、遠くを見るレオの瞳が揺れていた。
「レオ?」
思わず呼びかけると、レオがはっと睫毛を揺らす。
そうして静かに私を見下ろすと、口元に微かな笑みを浮かべた。
レオ「この話も、アランには内緒だよ?」
「うん……」
レオの言葉に頷きながらも、私は夜空を見上げ思う。
(私、まだ何も知らないんだ……。もっとアランのこと、知っていきたい……)