王宮【アラン】9話後半
アルバート「ところでアラン=クロフォード騎士団長、あなたはこんなところにいる場合ですか?……うちの者が、お世話になっているようで」
そう言い残し去っていくアルバートの姿を見つめながら、アランは小さな声で呟いていた。
アラン「……まさか」
野営地へと戻ると、アランが黙ったまま腰掛け、拳を眉間につけた。
アラン「…………」
若い騎士「……何があったんですか?」
若い騎士の声も入らないまま、やがてアランが呟きを落とす。
アラン「……なのに、守れないのかよ」
若い騎士「は?」
若い騎士が、アランの口元近くに耳を寄せた。
アラン「騎士だから、守れないのかよ……」
騎士「……アラン殿?」
アランが、伏せていた目をゆっくりと上げていく。
アラン「…………」
アルバートの言葉を思い出し、アランは一人だけ、思い当たる人物のことを考えていた。
アラン「あいつか」
..........
「ユーリ」
一方その頃、城に残る美香はアーサーと戯れていた。
「ね、可愛いでしょ?」
ユーリ「そうだね」
少し元気のない様子の美香が、アーサーの頭を撫でている。
その様子を、ユーリが見下ろしていた。
ユーリ「…………」
そうして黙ったままのユーリが目を細め、やがて、アンへと手を伸ばし…。
肩を優しく叩かれ、私はユーリを見上げた。
「ユーリ?」
ユーリ「もう、部屋に戻ろうよ」
にっこりと微笑むユーリの姿に、私は立ち上がり頷く。
「うん」
..........
部屋に戻った私は、ベッドに横になりながらアランのことを想っていた。
「…………」
―――――――
アラン「お前はこの国の誰よりも、俺たちの無事を信じてろ。お前が信じるなら、俺がどんな無茶なことでも叶えてやるから」
―――――――
(私が今出来ることは、アランの帰りを信じて待つことだよね……)
そうして寝返りをうち、枕を抱きしめる手に力を込めた。
(今出来ることを、考えなくちゃ)
..........
ユーリ「えっと、今日の予定は……」
翌朝いつものようにスケジュールを聞いていた私は、ふと思い立ってユーリに尋ねた。
(あれ、そういえば……)
「……もう、デートはないんだね?」
ユーリ「うん、こんな時だし。無理なんかしなくてもいいよ」
笑みを浮かべるユーリを見上げ、私はほっと息をつく。
(そっか。良かった……)
ユーリ「……あ」
すると最後に、ユーリがぽつりと言った。
ユーリ「国王様の容体、安定してきてるらしいよ。ジル様も明日には戻るって」
「え……!良かった」
顔を上げた私は、思わずユーリにこぼしてしまう。
「これで、アランが帰ってきたら……」
すると、驚いたようなユーリの顔色が変わった。
ユーリ「…………」
私が思わずこぼした言葉に、ユーリがぴくりと眉を寄せる。
ユーリ「……やっぱり、アラン様を?」
「え?」
ユーリの声に、私は目を瞬かせて尋ねた。
(今ユーリ、何て言ったんだろう……)
するといつも通りの笑みを浮かべ、ユーリが小さな声で言う。
ユーリ「……なんでもないよ。ほら、冷めちゃうから早く食べなよ」
「う、うん……」
そうして再び食事に視線を落とすと、私の目の端に、ユーリの揺れる瞳が映った。
(……ユーリ?)
..........
食事を終え廊下を歩いていると、曲がり角でばったりとレオに会った。
「レオ…」
顔を上げると、レオが私の顔を覗き込む。
レオ「プリンセス……なんだか元気がないみたいだね。大丈夫?」
「うん……アランも頑張ってるんだし、私もしっかりしないと」
レオ「そっか……」
するとふっと目を細め、レオが顔を寄せた。
(え……?)
思わず身体をびくりと震わせると、耳元に唇を近づけ、レオがそっと言った。
レオ「城の中に裏切り者がいるかもしれない。気をつけて」
レオの低い声が、私の耳に響く。
「え……!?」
驚き顔を上げた時には、レオが笑みを残して去っていくところだった。
「…………」
レオの後ろ姿を見つめながら、私は不安にぎゅっと指先を握りしめた。
(裏切り者がいる……?でも、そんなことって……)
..........
執務室で勉強を続けながら、私はさっき聞いたばかりのレオの言葉に悩んでいた。
―――――――
レオ「城の中に裏切り者がいるかもしれない。気をつけて」
―――――――
(裏切り者がいるなんて、そんな……)
「どうすればいいんだろう……」
思わず呟いたその時、静かにドアが叩かれ私は顔を上げた。
開かれたドアの隙間から見えた人影に、思わず立ち上がってしまう。
「ジル……!」
微かに笑みを浮かべたジルが、私を見下ろし息をついた。
ジル「何も問題を起こさなかったようで、安心しましたよ」
(私のことまで、心配してくれていたんだ……)
そうしてジルが、国王の容体が安定したことを話してくれる。
ジル「近々騎士団も、帰ってくる事になりそうです」
「……え?」
(今、何て……?)
私は驚くまま、ジルから戦争が終結したことを聞いた。
ジル「まあ最初から大きないさかいになるとは思っていませんでしたが……」
「そう、ですか……」
私はジルを見上げ、ほっと息をつく。
(アランが、帰ってくる……。良かった……でも)
レオの言葉が脳裏を過ぎり、私は心から安堵できずにいた。
ジル「どうかしましたか?」
「…………」
(本当かどうかはっきりするまでは、ジルにも話さない方がいいかも…)
ジルの顔を見上げ、私は横に小さく首を振る。
「ううん、何でもない」
ジル「…………」
..........
そして、その夜…―。
部屋で眠る準備をしていると、にわかに廊下が騒がしくなった。
(何か、あったのかな……)
そっとドアを開け、廊下の様子を窺う。
すると、ざわめきの中から、騎士団が国境付近まで帰ってきたという声が聞こえてきた。
「……!」
そっとドアを閉め、私はドアに背を預ける。
(アランが、ウィスタリアに帰ってきた……?)
鼓動が速まっていくのを感じ、私は胸の前で手を握った。
「…………」
(……会いたい)
そうして少し考えた後、私は意を決して顔を上げた。
..........
アランと共に世話をしてきた馬に飛び乗った私は、こっそりと城を抜け出していた。
「…………」
アランに習ってきた馬術を思い出し、馬を走らせていく。
―――――――
アラン「そうじゃねえ、ここに足をかけんだよ。……こう」
「う、うん…」
―――――――
(きっと、アランは怒るんだろうな……)
そうして、出かける前にアランの言葉を思い出す。
―――――――
アラン「……俺のいない間、あんまちょろちょろすんなよ」
―――――――
(でも、会いたい……)
私はその一心で、暗闇に馬を走らせていった。
やがて国境付近にさしかかると、私はゆっくりと馬を降りる。
「…………」
(この辺だって、聞いたんだけどな……)
辺りを見回し、少し森の奥へと足を踏み入れると…。
(……話し声が聞こえる)
声の方に目を凝らしてみると、遠くに、誰かと向かい合うアランの姿が見えた。
(アラン……!)
すぐに駆けていくと、私はやがてぴたりと足を止めた。
(なんだか、雰囲気が……)
私は、アランが浮かべる厳しい表情に気がついた。
アラン「…………」
(なにか、あったのかな……?)
近づいていくと、はっきりとしたアランの声が聞こえてくる。
アラン「お前だったのかよ」
アランの言葉にはっとすると、私の足元で小さな木の枝が微かな音を立てて折れた。
アランの視線が、驚いたように私をとらえる。
アラン「お前……」
???「…………」
アランが声をあげると、向かい合う人物が振り返る。
「……ユーリ」
思わず呟くと、ユーリが目を見開いて私を見つめた。
(なんで、こんなところに……)
ユーリ「…………」
苦しそうに眉を寄せながら、ユーリは再びアランに向き直る。
ユーリ「あーあ……」
その時、私の手元の明かりを反射して、ピアスが一瞬だけ輝いて見えた。
ユーリ「やっぱりバレちゃったのか」
ふっと息をつくように笑うユーリの姿を、私は不安なまま見上げていた。
(一体、何のこと……?)