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イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

王宮【アラン】11話前半honey

「アラン、あのね……」

 

私が口を開くと、廊下の先から足音が響いてきた。


(誰か、来る……?)


思わず視線を逸らし、廊下の先を見やる。

 

アラン「…………」


すると突然、アランが私の手を強く引いた。

 

「……!」


そうしてアランは、私を部屋の中へと引き入れていった。

 

私の手を握ったまま、アランが静かに部屋のドアを閉める。


アラン「…………」

 

そうして改めて、私を見下ろした。


「あ……」


(続きを、話さなくちゃ……)

 

アランの視線を受け止め、私は小さく息を吸い込む。


「あのね、私……最後までプリンセスとして、戦いたいの」

 

―――――――

 

ジル「……事態は、思った以上に深刻です。あなたには現状、国王に代わる国のトップとして動いて頂かねばなりません。……覚悟は、しておいて下さいね」

 

―――――――

 


(これが、プリンセスとしての私の覚悟なんだ……。ドレナとの戦争も、受け入れていかなくちゃいけない)


そうして再び、口を開いた。

 

「だから、アラン……」


(わかって……もらえるかな)

 

思わず声が小さくなると、アランが静かな声で言う。


アラン「下向くな。前だけ見てろって言ったろ。プリンセス」


「……!」

 

アランの言葉にはっとすると、私は改めて顔を上げた。

アランが、じっと私を見つめている。


アラン「…………」


「……アラン=クロフォード。ウィスタリアのため、一緒に戦ってくれますか?」

 

私が告げると、アランがふっと目を細めた。

 

アラン「ああ……命をかけて」


「…………」


(命を……)

 

アランの言葉に微かな不安を覚え、私の鼓動が跳ねる。


(一緒に戦ってほしい……。でも、アランがいなくなってしまったら私は……)


私はアランを見上げ、小さな声で言った。


「アラン、危険なことは……」


するとアランが笑みを浮かべ、私の背中を抱き寄せる。

 

アラン「……わかってるよ」


腕に力を込め、アランがからかうように口を開いた。


アラン「生きてないと、こいうことも出来ないもんな」

 

「……っ」


私は腕の中で、頬を染める。


アラン「……絶対に、死なねえよ。生きて、戦うから」

 

「うん……」

 

そうしてアランの胸に頬をつけると、温かな心臓の音を聞いた。

 

(アランの、生きてる音だ……)

 

思いながら、私はゆっくりと目を閉じていった。

 

 

..........

 

そして、ドレナ王国との戦争が始まり…―。


「え……?」


ジルに呼び出された私は、見慣れない言葉に声を上げた。


「王室会議……ですか?」

 

ジル「ええ……開かれることが決まりました」

 

ジルが息をつき、私を見下ろす。


(ジル……どうしたんだろう?)


ジルが見せる厳しい表情に、私は軽く首を傾げる。

すると、ジルが眉を寄せ告げた。

 

ジル「……言ってしまえば、あなたを裁く会議ですね」

 

ジルの言葉に戸惑い、私は目を瞬かせた。


「私を……裁く?」

 

(それって、一体どういうこと……?)


見上げると、ジルが長くため息をつきながら言う。


ジル「現状、プリンセスであるあなたが、ウィスタリアでの最高権力です。あなたにその役目が務まるのかどうか……宮廷官僚の重鎮たちが集まり、協議されるのですよ」

 

「…………」


何も答えられないでいる私に、ジルがゆっくりと説明してくれた。

王室会議とは王をも裁くことの出来る場であり、不可侵として、締め切られた部屋で、丸一日続けられるのだという。

 

「そんな……」


不安にうつむく私に、ジルが厳しい顔で言う。


ジル「覚悟だけは、しておいて下さいね」

 

..........

 

そして、王室会議当日…―。

 

廊下を歩きながら、私は緊張に息を呑んでいた。


レオ「プリンセス……」


するとそこに、宮廷官僚として会議に出席するレオが現れる。


「レオ……」

 

振り返ると、レオが私の耳元でこっそりと囁いた。


レオ「ここは国の古株たちに糾弾される場だ。頭の固い連中だからね、何を言われても考えない方がいい……」


そっと見上げると、レオが心配そうに眉を寄せる。


レオ「目を閉じているんだよ、美香ちゃん」

 

「……う、うん」


不安に声を掠れさせたまま、私は頷いた。


ジル「あなたはただ、黙っていてください」

 

「…………」


ジルの言葉にも頷き、私はゆっくりと息をついた。

 

そうして辿り着いた謁見の間の扉の横には、アランの姿があった。


(アラン……)


騎士として立つアランと、一瞬だけ視線が交わる。


「…………」

 

アラン「…………」


私は扉を見上げ、思った。

 

(戦うって決めたんだから、こんなところで立ち止まるわけにはいかないよね……)

 

そうして重苦しい音をたて、扉が開いていく。


「…………」

 

私はぐっと指先を握り、足を踏み入れていった…。

 

 

宮廷官僚の重鎮たちが、私を取り囲むように腰掛けている。

 

宮廷官僚1「プリンセスとしての役目を、果たしていると言えるのか」

 

「…………」


低く攻撃的な声音を次々と浴びせられ、私は思わず息を呑んだ。

 

(何これ、怖い……)

 

異様な雰囲気に、私はこれまで味わったことのない恐怖を感じていた。


―――――――

 

レオ「ここは国の古株たちに糾弾される場だ。頭の固い連中だからね、何を言われても考えない方がいい……目を閉じているんだよ、美香ちゃん」

 

―――――――

 


(目を閉じていても、声は聞こえてきてしまう……)


レオの言葉を思い出すものの、私は薄く目を開いてしまった。


「……っ」

 

すると注がれるたくさんの厳しい視線に、身体がすくんでしまう。


ジル「…………」

 

レオ「…………」


ジルやレオたちでさえ、眉を寄せ緊張した面持ちで辺りを見回していた。

やがて宮廷官僚たちの言葉が、重なって響いてくる。

 

宮廷官僚1「プリンセスは、この国を守りきれるとお思いか?」

 

宮廷官僚2「やはりここは、シュタインとの婚姻関係を結ぶべきだろう」

 

聞こえてくる声に、私はぴくりと眉を動かし呟いた。

 

「……そんな」


(…どうすればいいの)

 

とめどない非難や批判の嵐に、耳を塞ぎたくなった、その時…―。

 

部屋に、重く軋むような音が響き渡る。

 

「…………」

 

(え……?)

 

振り返ると、会議が終わるまで開かれるはずのない扉が、ゆっくりと開いていった…。


見ると、そこにはアランの姿がある。

 

アラン「…………」


「……あ、アラン?」


(そんな、まさか……)


小さく息を呑み、私は呟く。


ジルやレオも、驚いたような視線を送っていた。


レオ「驚いたな……」

 

ジル「…………」

 

宮廷官僚たちのざわめきが、大きくなっていく。

やがてそれは重なり合い、耳に嫌に響いた。

 

宮廷官僚1「この場所に足を踏み入れることは、許していない」

 

宮廷官僚2「関係のない騎士が、何をしに来た」


その土豪に、私は思わずまぶたを震わせる。

 

(ここに勝手に入ってきてしまったら、大変なことになるんじゃ……)

 

アラン「…………」

 

すると足音を響かせて歩いてきたアランが、私の隣に立った。


「アラン……?」

 

(どうして、ここに……)

 

私も戸惑うまま、アランを見上げる。

 

アラン「……あるだろ」

 

アランが、宮廷官僚たちに告げる。


宮廷官僚2「何だと……?」

 

アランは前を向くと、口元に微かに笑みを浮かべて言った。

 

アラン「……この国を守る守らないの話なら、関係あるだろ」


アランの発言に、辺りのざわめきがより濃く変わる。

 

(アラン……?)

 

宮廷官僚1「なぜ騎士団長が、そのような発言を……」


アラン「…………」

 

すると、アランが口を開いた。

 

アラン「プリンセスが選んだのが、俺だからだよ」

王宮【アラン】10話後半honey

そして、数日が経ったある日…―。

 

私はドレナ王国から会食の招待を受け、城を出ていた。

馬車の中で、ジルがドレナ王国について話してくれる。


ジル「ドレナ王国は、ここ数年大きくなってきた新興国ですね」


(そういえば少し、聞いたことがある……)


街に住んでいる時から、攻撃的な政治展開をしている国の噂を耳にしていた。

 

(一体、何のお話なんだろう……)

 

..........

 

国境付近の別邸を訪れた私は、ジルと共に席に着いていた。

 

「…………」

 

ジル「…………」

 

向かいに腰掛けるドレナ国王の口からは、留まることなく自慢話が聞こえてくる。

黙ったまま聞いていると、ドレナ国王が言った。


ドレナ国王「我がドレナと結ぶことは、貴国にとっても有益ではないか?」

 

ジル「……どういうことでしょうか?」


ぴくりと眉を動かし、ジルが尋ねる。

 

ドレナ国王「私とプリンセスが婚姻関係を結ぶことが、一番望ましいと言っている」


「……!」

 

(婚姻って……!?)


驚き、私は思わずジルを見上げた。


ジル「……なるほど」

 

ジルが苦笑いを浮かべ、呟く。

 

アラン「…………」


私の後ろに控えるアランも同じように、ただ黙ったまま立っていた。

 

..........

 

 

そして帰りの馬車の中、私はジルに尋ねる。


「ジル……もし断ってしまったら、どうなるの?」


すると、ジルが息をつきながら言った。

 

ジル「ドレナは手っ取り早く、ウィスタリアを手中に収めようとしているのでしょう。この婚姻は、我が国にとっては有益とは言えませんね……」

 

「……そうですか」


ジルの言葉に、私はほっと胸をなでおろす。


そうしてしばらくの沈黙の後、ジルが窓の外を眺めぽつりとこぼした。

 

ジル「しかし何故今、このようなことを言い出したのでしょう……」


「え……?」

 

見上げると、ジルがふっと目を細める。


ジル「……いえ。この婚姻は、お断りされますか?」


「…………」


ジルの問いかけに、私は静かに頷いた。

 

「はい……」

 

そしてジルと同じように窓の外を眺め、微かに漂う嫌な予感に息をつく。


(……何も起きなければいいんだけど)

 

 

..........


ドレナ国王との会食を終えた、翌日…―。

 

私は一人、執務室でため息をついていた。


(どうすればいいんだろう……)

 

そうして、ついさっき交わしたばかりのジルとの会話を思い出す。

 

―――――――

 

ドレナ国王からの婚姻の申し入れを断った私は、ジルの部屋でその後の報告を聞いていた。

 

ジル「率直に申し上げますと、だいぶ気分を害されたご様子でした」

 

「……そうですか」

 

私が顔をうつむかせると、ジルが少し優しい声音で告げる。

 

ジル「確かにドレナの勢いは脅威と言えますが、みすみす婚姻を結び国の実権を握られる方が問題ですよ」

 

―――――――

 

(ジルはああ言ってくれたけど…私の判断のせいで、状況が悪い方向へ進んでしまったら……)

 

考えていると、ドアが叩かれジルが現れた。


「え……」


その後ろには、アランの姿も見える。

 

ジル「プリンセス」

 

厳しい顔つきのジルが、すっと目を細めた。


ジル「ドレナが宣戦布告を行いました」

 

「…っ……それって」


私は声を上げ、アランに視線を寄せる。

 

アラン「…………」

 

アランは黙ったまま、私の視線を受け止めた。


ジル「開戦せざるをえませんね」


「……!」

 

(戦争が、始まるということ……!?)


一瞬の静寂が、部屋を満たす。


ジル「…………」

 

やがて、ジルが呟くように言った。

 

ジル「……あなたはもう、相手を決めているようですが」


ジルの視線が、アランへと向けられる。


アラン「…………」


ジルの言葉に、私ははっと顔を上げた。


(ジル……気づいていたんだ)

 

息をつき、ジルが告げる。


ジル「しばらくの間は、波風を立てないようふせておくようにして下さい」


ジルが告げ、執務室を去っていく。

部屋に残された私とアランの間には、ただ沈黙が流れていった。

 

―――――――

 

ジル「ドレナが宣戦布告を行いました。開戦せざるをえませんね」

 

―――――――

 


(戦争が、始まってしまうんだ……。今度は、援軍として派兵されるだけじゃすまないよね……)


アラン「おい」


突然聞こえたアランの声に、私ははっと顔を上げる。


「アラン……」

 

不安に掠れた声を上げると、アランが近づき手を握ってくれる。

 

(あ……)


絡んだ指先から、アランの手も冷たくなっていることに気がついた。


「…………」


アランの手を、ぎゅっと握り返す。

 

(アランも、私と同じ気持ちなのかもしれない……)


アランがそのまま手を引き、私の身体を優しく引き寄せる。


私はアランの腕の中で、小さな声で呟いた。

 

「どうして、こんなことになっちゃったんだろう……」


(戦争なんて、起こしたくなかったのに……)


アラン「…………」


アランは黙ったまま、腕に力を込めてくれる。

 

「……アラン?」

 

黙りこくるアランを見上げると、その瞳は何かを考えるように揺れていた。

 

やがて私の視線に気づき、ふっと笑みを浮かべる。


アラン「なんでもない」


そうしてアランは顔を寄せ、触れるだけのキスをした。

 


..........


そして、夜…―。

 

部屋のソファに腰掛け考え事をしていると、物音に気がつき顔を上げた。

 

「……?」


(……窓のほうから?)

 

音をたどり窓に目を留めた私は立ち上がり、近づいて行く。

そして窓を開くと、そこから人が現れて…。


「……!」

 

驚き悲鳴を上げようとすると、口を手で押さえられる。

 

???「……声、出さないで」

 

「……っ」

 

その姿を見上げ、私は息を呑んだ。


(ユーリ……!)


ゆっくりと手を外すと、ユーリが笑みを浮かべて口を開く。


ユーリ「ごめんね、こんなところから」


いつもの優しい口調に戸惑いながら、私は静かに尋ねた。


「どうして……」

 

するとユーリが少し目を細め、言う。


ユーリ「今日は、一言だけ忠告に来たんだよ」

 

「……忠告?」


ユーリが視線を合わせ、低い声を響かせた。


ユーリ「逃げたほうがいい、美香様。ここは、戦場になる」


ユーリの言葉に驚き、私は目を見開く。


「なんで、それを……」

 

ユーリ「…………」


私から視線をそらすと、ユーリが懐かしそうに部屋を見渡した。

 

ユーリ「……勝手かもしれないけど、美香様には無事でいてほしいって思うんだ。だから……」


ユーリの瞳が、ゆっくりと私をとらえていく。


再び見つめられ、私はかすかに息を呑んだ。

 

「…………」


(ユーリ……)


その時、廊下から見回りの兵の足音が響いてくる。

私がはっと振り返った途端、ユーリが窓から身を乗り出した。


「待って、ユーリ」

 

呼び止め窓枠に手をつくものの、すでにその姿はない。


「…………」

 

(なんで……?)


ざわめく木の葉を見下ろしながら、私はただ静かに息をついていった。

 


..........


翌朝、私はざわめく闘技場を訪れていた。


訓練に励む騎士たちの中、アランの姿もある。

 

アラン「……お前、どうした?」


気づいたアランが、近づいてきてくれる。

 

「…………」

 

私はただアランを見上げ、睫毛を震わせた。

そうしてアランが目の前まで来ると、人目もはばからず、ぎゅっと抱きつく。


アラン「……?」


ひと目もはばからず抱きつく私の姿に、アランが驚き目を瞬かせる。


私はぎゅっと目を閉じ、考えていた。

 

(逃げるなんて、絶対に出来ない……。でも、大事な人を傷つけたくない……)

 

アラン「……何かあったのか?」


尋ねるアランの優しい声に、私ははっと顔を上げる。

そうしてゆっくりと身体を離すと、小さく首を横に振った。


「……ううん、何でもない。邪魔しちゃってごめんね」


アラン「…………」


訝しげに眉を寄せながらも、アランはそれ以上何も聞かなかった

 

..........

 

執務室に入ると、ジルが待っていた。

 

「ジル……」


ジル「宣戦布告を、正式に受けることとなりました」

 

ジルの言葉に、私は息を呑む。


「話し合い…とかは出来ないんですか?」


ジル「……ドレナとの交渉は、戦いが始まってからになるでしょうね。……ただ、話を聞ける連中でしょうか」

 

ジルの長いため息が、部屋に響いていった。

 

 

..........


廊下から庭を眺めていると、通りがかったレオに声をかけられる。

 

レオ「聞いたよ、プリンセス」


「レオ……」

 

不安のまま見上げると、レオがふっと笑みをこぼす。

そうして真剣な瞳で、言った。


レオ「プリンセスとして、君の判断は正しいよ。胸を張っていればいい」


レオの笑みに、私は小さく息を吐き出す。


「……ありがとう、レオ」


私は頷き、口元をほころばせた。

 


..........

 

気分転換のために庭に出ると、いつもの場所にはロベールさんがいた。


ロベール「大丈夫?なんだか、疲れた顔をしているね」


ロベールさんの隣に腰掛け、私はこれまでのことを語り始める。

するとロベールさんが、厳しい表情を浮かべた。


「……ロベールさん?」

 

ロベール「いや……」


視線を逸らし呟くと、やがてきちんと私に向き直った。


ロベール「大丈夫。美香ちゃんは、周りの力を信じていればいいんだよ」


私はただロベールさんを見上げ、考える。


(信じる……)

 

 

..........

 


夜になると、私は皆から聞いた言葉を一つずつ思い出していた。


(私が皆を信じるように、皆は私のことを信じてくれているんだよね……)


「…………」

 

抱きしめていた枕を離し、ベッドからゆっくりと起き上がる。


そして…―。

 

私は騎士宿舎の廊下に立っていた。


目の前のドアを叩くと、アランがゆっくりと顔を出す。

 

アラン「…………」


私の姿を見つけると、そっと尋ねた。


アラン「……どうした?」


アランの言葉に顔を上げ、私は口を開く。

 

 

「アラン、あのね……」

王宮【アラン】10話前半honey

ユーリ「あーあ……。やっぱりバレちゃったのか」

 

アラン「…………」

 

ユーリが、呟くように口を開く。


(ユーリ……どういうこと?)

 

私が戸惑いに視線を逸らしていると、アランが静かに尋ねた。

 

アラン「お前、シュタイン側の人間か?」

 

ユーリ「…………」


黙ったままのユーリの口元には、薄く笑みが浮かんでいる。


「……!」

 

(そ、そんな……)


アランの言葉に驚き、私は思わず息を呑んだ。

 

「ユーリ……それって、本当なの?」


ユーリ「…………」

 

振り返ったユーリが、私を見下ろし目を細める。

そして手を伸ばすと、強い力で私の腕を取った。


「……っ」

 

ユーリ「そうだよ、プリンセス」


引き寄せられ耳元で囁かれると、私の身体がびくりと震える。

 

アラン「…………」

 

思わず視線をさまよわせると、目の端に剣を抜くアランの姿が見えた。


(アラン……!)

 

その動きを目の端にとらえた時、ユーリがぼそりと呟いた。

 

ユーリ「抜け出して、心配かけないでねって言ったのに……」


「え……?」

 

ユーリの言葉に、私は以前の会話を思い出していく。

 

―――――――

 

「ユーリ……あの、何かあったら言ってね」

 

ユーリ「そうだな。じゃあもう勝手に抜け出して、心配させないでね」

 

「う、うん……努力する」

 

―――――――

 


ユーリ「…………」


それだけを言うと、ユーリが私の身体を軽く前に押す。

 

「……あっ」

 

慌てて顔を上げた時には、ユーリの姿は森の中へと消えてしまっていた。


「ユーリ……!」


アラン「……!」


ユーリの姿を追い森の中に目を凝らすと、後ろからアランが駆けてくる。

 

アラン「…………」

 

私の側で立ち止まり暗闇に目を凝らすものの、もうすでにユーリの姿は見えなかった。


森は風に揺れ、静かなざわめきだけを響かせている。

 

「ごめん、私のせいで……」


ユーリが私を突き放すように駆けていったことを思い出し、呟く。

 

(私は今、アランの邪魔をしてしまったんだよね……)

 

そして顔を上げ、掠れた声で尋ねた。


「アラン、ユーリは……?」


(どこへ行ってしまったんだろう……)


アラン「…………」

 

アランが息をつき、私へと視線を移す。


アラン「……お前はあんま首突っ込むな」

 

「で、でも……」

 

(そんな訳にはいかない……)


アラン「…………」

 

するとアランが剣をしまい、口を開いた。


アラン「それより……」

 

アランの視線が、厳しく細められる。


アラン「お前、何でこんなとこにいんだよ」

 

「あ、えっと……」


アランの問いかけに、私ははっと目を見開いた。


(そうだ私、アランに会うためにお城を抜け出してきたんだ…)


アラン「…………」


「あ、あのね……」

 

私が城を抜け出してきたことを告げると、ため息を漏らすアランが、私の額を軽く叩く。


アラン「何かあったらどうするんだ」

 

「ご、ごめんなさい」


黙ってしまったアランが、じっと私を見下ろしていた。

 

アラン「…………」

 

「……怒ってる?」

 

沈黙に耐え切れず尋ねるとアランが手を伸ばし、私の身体を力いっぱい抱きしめる。


「……っ」

 

アラン「……怒ってるに決まってんだろ」


「……!?」

 

アランにぎゅっと抱きしめられ、私は思わず身をよじる。


「あ、アラン……少し苦しいよ」

 

アラン「怒ってるって言ってんだろ」


アランの腕により力がこもり、私はふっと息をついた。


(く、苦しい……でも)

 

久しぶりに触れるアランの体温や香りに、安堵の気持ちが広がる。


「アラン……会いたかった」

 

アラン「…………」


思わず囁くと、アランの指先が優しく私の髪をすいた。


アラン「……俺がいない間に危ない目にあったらどうすんだよ」


「え……?」

 

アランが呆れたように言う。


アラン「俺は、二人も三人もいるわけじゃねえんだぞ」


耳元で囁くアランの低い声に、私は小さく頷いた。

 

「う、うん……ごめんなさい」


(アラン、本当に心配してくれているんだ…。さっきだって、もしアランがいなかったら……)

 

ユーリに腕を掴まれたことを思い出し、私はきつく目を閉じた。

アランの背中をぎゅっと掴むと、レオの言葉が脳裏を過ぎる。


―――――――

 

レオ「城の中に裏切り者がいるかもしれない。気をつけて」

 

―――――――

 

(レオの言っていた『裏切り者』って、ユーリのことだったの……?)


そうして、ユーリの笑顔を思い出す。

 

「……っ」


(本当に?ユーリ……)


アラン「…………」


不安に駆られ指先に力を込めると、アランが優しく抱きしめ直してくれた...

 

..........

 

 

アランと共に、私は夜のうちに部屋へと戻ってきていた。

 

「…………」

翌朝、部屋を出るとすでに城内にはユーリ失踪の噂が広がっている。


(やっぱりユーリは、戻らなかったんだ……)


痛む胸を押さえるように手を握ると、静かにドアが開き、ジルが現れた。


「ジル……?」


ジルが浮かべる表情は、ひどく厳しい。


ジル「プリンセス、お話があります」

 

 

........

 

ジルの部屋を訪れると、そこにはアランの姿もあった。

 

ジル「お二人はすでに、ご存知かもしれませんが……」

 

ジルの口から、ユーリがシュタイン側の人間であったこと、そして昨夜失踪したことが告げられた。


「……っ」

 

(やっぱり、間違いじゃなかったんだ……)


アラン「…………」


するとジルが息をつき、改めて私へ視線を向けた。

 

ジル「問題はそれだけではありません。これは公にしていないことですが…」

 

ジルの眉が、微かに寄せられる。


ジル「……機密文書流出の恐れがあります」


「え……!」

 

アラン「……っ」


ジルの言葉に、アランも初耳のように顔を上げた。

そうして僅かな沈黙の後、ジルが苦しそうに呟く。


ジル「……事態は、思った以上に深刻です」

 

 

..........

 

 


一方その頃、シュタイン王国にはユーリの姿があった。


ユーリ「…………」

 

国王執務室のドアを開き、静かに足を踏み入れる。


ユーリ「ゼノ様」

 

ユーリの声に振り返ったゼノが、目を細めた。


ゼノ「ユーリか……」

 

ゼノの前にユーリが立つと、側に控えていたアルバートが眉をひそめた。


アルバート「まったく、何をしにウィスタリアに行ったんだか…」

 

ユーリ「…………」


黙り視線を落とすユーリの姿に、アルバートが言葉を続ける。

 

アルバート「勝手に行ったにも関わらず、収穫もなしとはな……」

 

ゼノ「やめろ、アル」


ゼノの言葉に、アルバートがすっと口をつぐんだ。

 

アルバート「…………」


ゼノが見下ろすと、ユーリが初めて視線を上げる。

 

ゼノ「…………」


ユーリ「……ゼノ様」


するとゼノがふっと笑みを浮かべて尋ねた。


ゼノ「……それで、プリンセスはどうだった?

 


..........

 


西の空が溶けそうなほどの赤に染まる、夕方…―。

 

私は厩舎で一人、馬の世話をしていた。


「…………」

 

ブラシをかけ終え外に出ると、庭ではアーサーが走り回っている。

その光景に、私はそっと息をついた。


(こんな毎日が、ずっと続けばいいのに……)


そうしてじっと見つめていると、後ろから優しく頭を小突かれる。


アラン「何してんだよ」

 

「アラン……」


振り返りアランを見上げると、私はジルから言われた言葉を思い出した。

 


―――――――

 

ジル「……事態は、思った以上に深刻です。あなたには現状、国王に代わる国のトップとして動いて頂かねばなりません。……覚悟は、しておいて下さいね」

 

―――――――

 


(国のトップとしての、覚悟……)

 

アラン「……どうした?」

 

アランに顔を覗き込まれ、私はハッと顔をあげる。


「……ううん」

 

小さく首を振ると、私は再び綺麗な夕焼けを見上げた。

平和な光景に、目を細める。


(私に、守りきれるのかな……)

 

 

..........

 

ジルからユーリについての話を聞いた、その翌朝…―。

 

私は微かな物音に、目を覚ました。


(え……!?)


身体を起こすと、部屋のドアが叩かれていることに気づく。

 

(こんな時間に、一体誰だろう……)


立ち上がりそっとドアを開くと、そこにはアランの姿があった。


「……っ」

 

驚き、私は慌ててドアを閉めかける。


アラン「おい」


「…………」

 

隙間から覗くと、アランが眉を寄せ軽く首を傾げていた。


アラン「何してんだよ」

 

「だ、だって……」

 

(こんな、寝間着姿の時に来なくても……)


私が微かに頬を赤らめると、息をつきアランが言った。


アラン「早く支度して来いよ。出かけるから」

 

「え……?」


アランの言葉に、私はただ目を瞬かせるしかなかった。

 

着替えを済ませ正門でやって来ると、私はアランに尋ねる。


「どこ行くの?」


すると私を見下ろし、アランが聞き返す。


アラン「お前、どっか行きたいとこねえの?」

 

「え……」


アランの言葉に少し考えてから、私は思い切って口を開いた。

 

「じゃあ、お願いしてもいい?」

 

 

..........


そうして馬に乗り、私たちは丘へとやって来ていた。


(わあ……)

 

そこは、王宮や街並みが一望できる場所だった。

 

「綺麗……」

 

丘に腰掛けるアランの横に立ち、私は街を見下ろす。

朝もやに包まれる町が、輝いて見えた。

 

(この街には、たくさんの人たちが住んでるんだ……)

 


―――――――

 

ジル「あなたには現状、国王に代わる国のトップとして動いて頂かねばなりません。……覚悟は、しておいて下さいね」

 

―――――――

 


(プリンセスとして、覚悟を決めなきゃいけないんだ……)

 

アラン「…………」


しばらくの沈黙の後、静かに立ち上がったアランが、私の身体を後ろからふわりと抱きしめた。


「……っ」


私の身体が微かに震えた時、アランが口を開く。

 

アラン「お前、一人で背負ってると思うなよ?」


「……え?」

 

中越しに、アランの声の響きが伝わってくる。

 

アラン「何のために、俺がいるんだよ」


「アラン……」

 

アランの腕に指で触れ、私は改めて街を見下ろした。

風が吹き、私の髪が柔らかく揺れる。

 

「うん……ありがとう」


私は小さく息を吸い込み、頷いた。


アラン「…………」


すると突然、アランが私の身体を正面に向かせワンピースを見下ろした。

 

「……!」

 

(……アラン?)

 

ふっと笑みを浮かべると、指先で首筋を撫でる。


「……っ!な、なに?」


慌てて言うと、アランが視線を上げた。

 

アラン「これ、首元開きすぎじゃねえ?足も…」


「ふ、普通だよ……」

 

速まる鼓動を隠すように顔を背けると、アランがゆっくりと顔を寄せる。


「…んっ……」

 

首元や鎖骨に、わざと音を立てるようにキスをしていった。

 

アラン「……こういうこと、期待してんのかと思った」

 

アランの言葉に、私の全身がかあっと熱くなる。

 

(き、期待だなんて……)


「そんなこと……」

 

アラン「冗談だよ」


楽しそうに笑うアランが、声を上げる私の唇を塞いだ。


「……っ…」

 

繰り返されるキスを受け止めながら、私は震える睫毛を下ろしていく。

 


―――――――

 

アラン「お前、一人で背負ってると思うなよ?」

 

―――――――

 

(私には、アランがいるから頑張れる……。きっと、大丈夫……)


そうして私は、ぎこちない仕草でアランのキスに応えていった…。

王宮【アラン】9話後半

アルバート「ところでアラン=クロフォード騎士団長、あなたはこんなところにいる場合ですか?……うちの者が、お世話になっているようで」


そう言い残し去っていくアルバートの姿を見つめながら、アランは小さな声で呟いていた。


アラン「……まさか」

 

野営地へと戻ると、アランが黙ったまま腰掛け、拳を眉間につけた。

 

アラン「…………」

 

若い騎士「……何があったんですか?」


若い騎士の声も入らないまま、やがてアランが呟きを落とす。

 

アラン「……なのに、守れないのかよ」

 

若い騎士「は?」

 

若い騎士が、アランの口元近くに耳を寄せた。


アラン「騎士だから、守れないのかよ……」


騎士「……アラン殿?」

 

アランが、伏せていた目をゆっくりと上げていく。

 

アラン「…………」

 

アルバートの言葉を思い出し、アランは一人だけ、思い当たる人物のことを考えていた。

 

アラン「あいつか」

 

 

..........


「ユーリ」


一方その頃、城に残る美香はアーサーと戯れていた。

 

「ね、可愛いでしょ?」

 

ユーリ「そうだね」


少し元気のない様子の美香が、アーサーの頭を撫でている。

その様子を、ユーリが見下ろしていた。

 

ユーリ「…………」

 

そうして黙ったままのユーリが目を細め、やがて、アンへと手を伸ばし…。

肩を優しく叩かれ、私はユーリを見上げた。


「ユーリ?」

 

ユーリ「もう、部屋に戻ろうよ」


にっこりと微笑むユーリの姿に、私は立ち上がり頷く。

 

「うん」



..........


部屋に戻った私は、ベッドに横になりながらアランのことを想っていた。


「…………」

 

―――――――

 

アラン「お前はこの国の誰よりも、俺たちの無事を信じてろ。お前が信じるなら、俺がどんな無茶なことでも叶えてやるから」

 

―――――――

 

(私が今出来ることは、アランの帰りを信じて待つことだよね……)


そうして寝返りをうち、枕を抱きしめる手に力を込めた。


(今出来ることを、考えなくちゃ)

 

 

..........


ユーリ「えっと、今日の予定は……」


翌朝いつものようにスケジュールを聞いていた私は、ふと思い立ってユーリに尋ねた。


(あれ、そういえば……)


「……もう、デートはないんだね?」

 

ユーリ「うん、こんな時だし。無理なんかしなくてもいいよ」


笑みを浮かべるユーリを見上げ、私はほっと息をつく。

 

(そっか。良かった……)

 

ユーリ「……あ」


すると最後に、ユーリがぽつりと言った。


ユーリ「国王様の容体、安定してきてるらしいよ。ジル様も明日には戻るって」

 

「え……!良かった」


顔を上げた私は、思わずユーリにこぼしてしまう。

 

「これで、アランが帰ってきたら……」


すると、驚いたようなユーリの顔色が変わった。


ユーリ「…………」


私が思わずこぼした言葉に、ユーリがぴくりと眉を寄せる。


ユーリ「……やっぱり、アラン様を?」

 

「え?」


ユーリの声に、私は目を瞬かせて尋ねた。


(今ユーリ、何て言ったんだろう……)


するといつも通りの笑みを浮かべ、ユーリが小さな声で言う。

 

ユーリ「……なんでもないよ。ほら、冷めちゃうから早く食べなよ」

 

「う、うん……」


そうして再び食事に視線を落とすと、私の目の端に、ユーリの揺れる瞳が映った。


(……ユーリ?)

 

 

..........


食事を終え廊下を歩いていると、曲がり角でばったりとレオに会った。

 

「レオ…」


顔を上げると、レオが私の顔を覗き込む。


レオ「プリンセス……なんだか元気がないみたいだね。大丈夫?」

 

「うん……アランも頑張ってるんだし、私もしっかりしないと」

 

レオ「そっか……」


するとふっと目を細め、レオが顔を寄せた。


(え……?)


思わず身体をびくりと震わせると、耳元に唇を近づけ、レオがそっと言った。

 

レオ「城の中に裏切り者がいるかもしれない。気をつけて」

 

レオの低い声が、私の耳に響く。


「え……!?」

 

驚き顔を上げた時には、レオが笑みを残して去っていくところだった。

 

「…………」


レオの後ろ姿を見つめながら、私は不安にぎゅっと指先を握りしめた。


(裏切り者がいる……?でも、そんなことって……)

 

 

..........

 

執務室で勉強を続けながら、私はさっき聞いたばかりのレオの言葉に悩んでいた。


―――――――

 

レオ「城の中に裏切り者がいるかもしれない。気をつけて」

 

―――――――

 

(裏切り者がいるなんて、そんな……)


「どうすればいいんだろう……」

 

思わず呟いたその時、静かにドアが叩かれ私は顔を上げた。

開かれたドアの隙間から見えた人影に、思わず立ち上がってしまう。


「ジル……!」

 

微かに笑みを浮かべたジルが、私を見下ろし息をついた。


ジル「何も問題を起こさなかったようで、安心しましたよ」


(私のことまで、心配してくれていたんだ……)

 

そうしてジルが、国王の容体が安定したことを話してくれる。


ジル「近々騎士団も、帰ってくる事になりそうです」


「……え?」


(今、何て……?)


私は驚くまま、ジルから戦争が終結したことを聞いた。


ジル「まあ最初から大きないさかいになるとは思っていませんでしたが……」

 

「そう、ですか……」


私はジルを見上げ、ほっと息をつく。

 

(アランが、帰ってくる……。良かった……でも)

 

レオの言葉が脳裏を過ぎり、私は心から安堵できずにいた。


ジル「どうかしましたか?」

 

「…………」


(本当かどうかはっきりするまでは、ジルにも話さない方がいいかも…)


ジルの顔を見上げ、私は横に小さく首を振る。

 

「ううん、何でもない」


ジル「…………」

 


..........


そして、その夜…―。


部屋で眠る準備をしていると、にわかに廊下が騒がしくなった。


(何か、あったのかな……)


そっとドアを開け、廊下の様子を窺う。

すると、ざわめきの中から、騎士団が国境付近まで帰ってきたという声が聞こえてきた。


「……!」


そっとドアを閉め、私はドアに背を預ける。

 

(アランが、ウィスタリアに帰ってきた……?)


鼓動が速まっていくのを感じ、私は胸の前で手を握った。

 

「…………」


(……会いたい)

 

そうして少し考えた後、私は意を決して顔を上げた。

 

 

..........

 


アランと共に世話をしてきた馬に飛び乗った私は、こっそりと城を抜け出していた。

 

「…………」


アランに習ってきた馬術を思い出し、馬を走らせていく。

 


―――――――

 

アラン「そうじゃねえ、ここに足をかけんだよ。……こう」

 

「う、うん…」

 

―――――――

 

(きっと、アランは怒るんだろうな……)


そうして、出かける前にアランの言葉を思い出す。


―――――――

 

アラン「……俺のいない間、あんまちょろちょろすんなよ」

 

―――――――

 


(でも、会いたい……)

 

私はその一心で、暗闇に馬を走らせていった。


やがて国境付近にさしかかると、私はゆっくりと馬を降りる。


「…………」

 

(この辺だって、聞いたんだけどな……)


辺りを見回し、少し森の奥へと足を踏み入れると…。


(……話し声が聞こえる)


声の方に目を凝らしてみると、遠くに、誰かと向かい合うアランの姿が見えた。

 

(アラン……!)

 

すぐに駆けていくと、私はやがてぴたりと足を止めた。

 

(なんだか、雰囲気が……)


私は、アランが浮かべる厳しい表情に気がついた。


アラン「…………」

 

(なにか、あったのかな……?)


近づいていくと、はっきりとしたアランの声が聞こえてくる。


アラン「お前だったのかよ」


アランの言葉にはっとすると、私の足元で小さな木の枝が微かな音を立てて折れた。

アランの視線が、驚いたように私をとらえる。


アラン「お前……」

 

???「…………」

 

アランが声をあげると、向かい合う人物が振り返る。

 

「……ユーリ」


思わず呟くと、ユーリが目を見開いて私を見つめた。

 

(なんで、こんなところに……)

 

ユーリ「…………」

 


苦しそうに眉を寄せながら、ユーリは再びアランに向き直る。

 

ユーリ「あーあ……」


その時、私の手元の明かりを反射して、ピアスが一瞬だけ輝いて見えた。

 

ユーリ「やっぱりバレちゃったのか」

 

ふっと息をつくように笑うユーリの姿を、私は不安なまま見上げていた。


(一体、何のこと……?)

王宮【アラン】9話前半

差し込む朝陽に気づき目を覚ますと、窓の外には朝焼けが広がっていた。

 

(朝になっちゃった……)


ゆっくりと身体を起こし見下ろすと、ぐっすりと眠るアランの姿が見える。


(私、アランと……)

 

 

―――――――

 

アラン「もっと教えて、お前のこと」

 

「……っ」

 

―――――――

 

 

「…………」


アランの寝顔に昨夜の出来事を思い出し、私はかあっと顔を赤くした。

 

するとその後、アランが微かな唸り声をあげて寝返りをうつ。


アラン「ん……」

 

アランに布団を引っ張られ、私も慌てて引っ張り返した。

 

アラン「…………」

 

するとまぶたを薄く開き、アランが低い声で言う。


アラン「何すんだよ」


「え、だって……」

 

(こんな格好……何かかけてないと、恥ずかしいのに)


アラン「…………」


顔をうつむかせていると、突然アランが布団を強く引いた。


「……!」

 

引っ張られた拍子に、私の身体がアランの上に倒れてしまう。

慌てて身体を起こそうとすると、アランがぐっと背中を抱き寄せた。


「あ、アラン。離して……!」


アラン「やだ」


私の身体を引き寄せたまま、アランが再び目を閉じる。


「…………」

 


窓から差す朝焼けは、どんどんと濃さを増していた。


(……このまま、朝が来なければいいのに)


同じように目を閉じ、私は浅い眠りに落ちていった…。

 


........

 

アーサーの鳴き声で目を覚ますと、隣にアランの姿はなかった。


(え……)


見上げると、すでに支度を整えたアランの後ろ姿が見える。

その姿に、鼓動が一度大きく跳ねた。


(もう、行っちゃうんだ……)


そうしてゆっくりと振り返ったアランと目が合った。

 

アラン「…………」

 

「…………」

 

黙ったまま見つめ合ううちに、アランがふっと目を細めた。

そうしてしゃがみこみ、アーサーの頭を撫でる。


アラン「こいつの世話、頼んだからな」

 

「うん……」


頷くと、アランが何も言わずに笑みを浮かべて立ち上がった。


アラン「…………じゃあな」


やがて立ち上がったアランを見上げ、私は口を開く。


「……行ってらっしゃい」

 

私が小さな声で答えると、アランはそのまま一度も振り返らずに部屋を出ていった。


「…………」

 

(アラン……)


突然訪れた静寂と寂しさに耐えきれず、私はベッドの上で一人、膝をぎゅっと抱える。


(頑張らなくちゃいけないのに……どうしても、寂しい)


そうしてわずかな時間が流れた頃―…。

 

何かに気がついたアーサーが吠え始めた。

 

「……アーサー?」


私が顔を上げた瞬間、ドアが開きアランが現れる。

 

「え?」

 

アラン「忘れもん」


そう言うと戸惑う私に近づき、アランが唇を重ねた。


「……っ」


驚き目を見開いた私は、睫毛を震わせてまぶたを閉じていく。

感触や温度を確かめるような優しいキスに、私は自然と指先をアランの腕に乗せた。


アラン「…………」

 

やがて唇が離れると、アランが笑って囁く。


アラン「…俺のいない間、あんまちょろちょろすんなよ」


「ちょろちょろって……もう」


私も笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。

 

「うん」


(……寂しいけど、私はアランの帰りを楽しみに待っていなきゃ)

 

 

..........


部屋へと戻ってくると、ドアの前でばったりとユーリに会ってしまった。


「……!」


ユーリ「美香様……どうしたの?」


「あ、えっと……」


(ど、どうしよう……何て言えば)

 

ユーリ「…………」


顔を赤くしたまま慌てる私を見つめ、ユーリが尋ねる。


ユーリ「もしかして、アラン様のところに行ってたの?」


「え……」


ユーリの言葉に、私は鼓動を跳ねさせる。

 

「う、うん……見送りに」


ユーリ「そうなんだ……」

 

目を細めたユーリが、いつもと変わらない笑顔でドアを開けてくれた。


ユーリ「とにかく支度して、朝食に行かなきゃね」


部屋に入り身支度を終えると、私はユーリに声をかける。


「出来たよ、ユーリ。待たせちゃってごめんね」

 

ユーリ「…………」


いつもとは違う雰囲気をかもし、ユーリが少し視線を下げていた。

 

「……ユーリ、どうしたの?」


(何かあったのかな?)

 

尋ねると、ユーリがはっとしたように顔を上げる。

そうして私の視線に気づくと、いつものように微笑んで言った。


ユーリ「ねえ、美香様。もしかして、アラン様に決めたの?」


「……え!?」


ユーリの問いかけに、私の頬が赤く染まる。

 


―――――――

 

アラン「ああ。派兵されることになった限り、俺はまだ一介の騎士だからな。今、お前に答えることは出来ねえけど……」

 

―――――――


(アランが答えられない限り、私からは言わないほうがいいよね……)


「……ううん、まだわからないよ」


ユーリ「……そっか」


私の答えに、ユーリが呟く。

 

(やっぱりユーリ、なんだかいつもと様子が違うみたい……?)


「あの……」

 

何か聞こうと私が口を開きかけたその時、慌ただしくドアが叩かれた。

 

驚き振り返ると、厳しい表情を浮かべたジルが部屋へと入ってくる。


「ジル……」


ジル「お話があります、プリンセス」

 

(え……?)


厳しい表情を浮かべたジルが近づき、私を見下ろす。


ジル「国王陛下の容体が変わりました。私はしばらくの間、あなたの教育係から離れることになります」


「え……!」

 

(国王陛下が…!?)


驚き見上げると、ジルが眉を寄せたまま言った。


ジル「……後のことは、全てユーリに頼んであります。あなたにも色々と……考えて頂かなければなりませんね」


「…………」

 

私はただ静かに、息を呑んだ。

 


..............

 

部屋を出て食堂に向かいながら、私はジルの言葉を思い出していた。

 

(国王陛下の容体が悪いだなんて…このままじゃ、ウィスタリアは……)


プリンセスとしての役割の重さが、今になって肩に重くのしかかる。

 

「…………」

 

(王様がいなくなってしまったら、この国はどうなってしまうの……?)


???「美香様…美香様!」

 

悩みふらふらと歩いていると、誰かに腕を取られる。


「ユーリ……」


はっと顔を上げると、ユーリが心配そうな目で私の顔を覗き込んでいる。

 

ユーリ「顔色が悪いよ。大丈夫?」


「う、うん…大丈夫」

 

(考え事をしながら歩いていたから……)

 

ユーリ「でも真っ青だよ」


「…………」

 

私は思わずユーリを見上げ、呟く。

 

「私、どうしたらいいんだろう……」

 

ユーリ「…………」


ユーリは黙ったまま、私に触れる指先にぎゅっと力を込めた。

 

 

..........

 

美香を見送った後、以前と同じように、ユーリが厳しい顔で窓の外を見上げていた。

 

ユーリ「…………」


見上げたその先には、国王の部屋がある。


ユーリ「このまま、早く……」


ぐっと眉を寄せたユーリの、低く掠れた声が、廊下に響いていった…。

 


..........

 


美香がジルからの話を聞いた、その数日後…―。

 

アランはネープルス王国とシュタイン王国の国境付近にいた。


アラン「…………」


野営地から様子を窺うアランが、ふと目を細める。

一触即発の雰囲気の中でも剣を交えることなく、終日話し合いが続けられていた。

 

若い騎士「交渉が長引いてますね。どうなるんでしょう……」


アランの後ろで、若い騎士が呟く。

 

若い騎士「ウィスタリアから援軍が来たとはいえ、ネープルスの騎士団は……」

 

アラン「おい」


若い騎士の言葉を遮り、アランが視線も移さないまま言った。


アラン「俺たちの役目はただ守ることだろ。ぐだぐだ言うことじゃねえよ」


若い騎士「……はい」

 

若い騎士が頷くと、やがて足音が響いてくる。

 

アラン「……?」

 

そこに現れたのは、ネープルス王国の宰相だった。


宰相「アラン殿、少しよろしいですか?」

 

アラン「…………」

 

騎士団長として協議の場に呼び出されたアランが、荒野に張られた幕内に入る。

そこには、シュタインの騎士アルバートの姿もあった。


アルバート「……あなたがウィスタリアの」


ふっと笑みを浮かべ、アルバートが立ち上がる。


アルバート「なるほど」

 

アラン「……?」

 

面白がるような視線に眉を寄せ、アランはアルバートを見つめ返した。

すると、アルバートが口を開く。


アルバート「交渉は無事に終わりましたよ。こちらが、譲歩しましょう。お互い、このような小さないさかいは面倒なだけですからね」


アラン「…………」


そうしてすれ違いざま、アルバートが小さな声で囁いた。

 

アルバート「ところでアラン=クロフォード騎士団長。あなたはこんなところにいる場合ですか?」


アラン「……なんのことだ」

 

じろりと視線を向け尋ねると、アルバートが口元に笑みを浮かべる。

 

アルバート「……うちの者が、お世話になっているようで」

 

そうしてふっと囁くと、アルバートがすれ違っていった。

 

アラン「……!」

 

アルバートの言葉に目を見開き、アランが振り返る。

しかしすでに、アルバートは他の騎士たちとその場を後にしていた…。

王宮【アラン】8話後半

息抜きを終え、お城へと戻ってくると、殺伐とした雰囲気が漂い始めていた。

 

(騎士たちは、明日から出かけることになるって言ってたけど……)

 

送ってくれたアランもすぐに厳しい顔つきに戻り、部屋を出て行った。

窓から若い騎士と共に歩いていくアランの姿を見つめながら、私は一人ため息をつく。


(本当に、私に出来ることってないのかな……)


するとドアを叩く高い音が響き、ユーリが現れた。

 

ユーリ「どうしたの、美香様。せっかくのお休みなのに、元気ないね」


「ユーリ……」


私はユーリを見上げて少し悩んだ後、小さな声で尋ねる。


「ねえ、今私に出来ることって何かないかな?」

 

ユーリ「え?」


驚いたユーリが、やがてにっこりと微笑んで言った。

 

ユーリ「プリンセスは、お城にいるだけでいいと思うよ?」


「そっか……」


ユーリの言葉に再び息をつき、私は窓の外を見やった。

せめて勉強だけはしておこうと執務室で机に向かっていると、突然頭の上から声が降ってきた。


???「今日は、休日のはずでは?」


「えっ……!」


思わず目を見開いて顔を上げると、ジルが呆れた様子で立っている。

 

ジル「あなたには、他に目を向けて頂かなければならないことがあります」


「……でも、ジル。私にも何か出来ることってないの?」


ジル「…………」

 

するとジルは息をつき、私の手から分厚い戦術の本を取り上げた。


ジル「今のプリンセスの役目は、大人しくしていること。そして早く、次の王を見つけることですよ」

 

 

..........

 

そして、日が暮れ始めた頃…―。

 

私はアーサーと共に庭を散歩していた。


「……アーサー」

 

足元にじゃれるアーサーの頭を撫でながら、ぽつりとこぼす。


「私には、やっぱり何も出来ないのかな……」


するとそこに、アランの声が響いてきた。


アラン「お前、何やってんの?」

 

「アラン……」


私と同じようにしゃがみこみ、アランがアーサーの頭を撫でる。

 

「…………」


私はその様子をじっと見つめていた。

 

アラン「……なんだよ」


アランの声に、はっと顔を上げる。


アラン「何か言いたいんじゃねえのか?」

 

「……え?」

 

(なんで、分かったんだろう……)


するとアーサーに触れながら、アランが呆れたように言う。


アラン「お前、すぐに顔に出んだよ」

 

「…そうなの!?」


そうしてアーサーから私に視線を移した。

 

アラン「……言えよ」


「…………」

 

アランの視線を受け止めたまま、私はユーリやジルと同じことを尋ねた。


(やっぱりアランも、大人しくしていろって言うのかな……)


アラン「…………」


少し黙ったアランが、やがて口を開く。

 

アラン「お前は、信じてろよ」


「……え」

 

戸惑いに目を上げると、アランが優しく目を細めて言った。


アラン「お前はこの国の誰よりも、俺たちの無事を信じてろ」


アランの言葉に、私は小さく息を呑んだ。

 

(信じる……アランたちの無事を?)


やがてアランが目を逸らし、告げる。

 

アラン「お前が信じるなら、俺がどんな無茶なことでも叶えてやるから」


「…………」


少しの沈黙が降りた後、アランがもう一度私の目を見た。

 

アラン「…………」


(…出来ることは少ないけど、それがアランの力になるんだとしたら、私はこの城で、国で……誰よりも信じて待っていよう)


「うん……わかった」


私が頷くと、アランがふっと目を細めた。


そうしてしばらくの時間が過ぎた頃、私は静かに立ち上がる。

時計塔を見上げ、小さく息をついた。


(もう、こんな時間……別れがたいけど、アランは明日の朝早く発つんだから、邪魔はできないよね)


「そろそろ行くね。ありがとう、アラン」


アラン「…………」


すると立ち上がったアランが、私の手をとった。

 

「……!」


(え……?)


アランに手を引かれるまま、私はアーサーと共に部屋へと訪れていた。

 

(アラン、どうしたんだろう……)


足を掠めるように、アーサーが部屋の隅の寝床へと駆けていく。


やがて手が離れると、アランがゆっくりと振り返った。

 

「……っ」

 

真っ直ぐな目で見つめられ、鼓動が大きく跳ねる。


アラン「…………」


「……アラン?」

 

やがて視線を外しベッドまで歩いていったアランが、どさりと腰を下ろして私を見上げた。

 

アラン「……まだお前に、言ってないことがある」


アランの言葉に、私は戸惑って目を瞬かせた。

 

「……え?」


すると視線を逸らし、アランが呟くように言う。

 

アラン「まあ、今言う資格はないんだけどな」

 

「……資格?」


(何のことだろう……)

 

私の声に、アランが静かに息をついた。

 

アラン「ああ。派兵されることになった限り、俺はまだ一介の騎士だからな。今、お前に答えることは出来ねえけど……」


(答えるって……)

 

 

―――――――

 

「アランが……いい」

 

アラン「…………」

 

「アランを、選びたい」

 

―――――――

 


(あの時の、答えなのかな……)


そうして、アランが再び私を見上げる。

 

(アラン……)

 

私はゆっくりと、アランに近づいていった。

するとふっと笑みを浮かべたアランが、手を伸ばす。


アラン「お前さ、俺を守るって言ったよな?」

 

「え?」


―――――――

 

「私にも、アランを守らせてほしい。私にだって、守れるものはあるはずだから」

 

―――――――

 


「う、うん……」

 

髪を取る指先に鼓動を速めながらも、私は頷いた。

するとアランが私の髪に唇をつけ、目を伏せる。


アラン「お前がいれば、絶対に生きて帰ろうって気になる。……死にたくないってのは、弱いやつの言うことだと思ってたんだけどな」


「…………」


指先から私の髪がこぼれていくと、アランが言った。

 

アラン「美香、俺を守れよ」


アランの言葉に、私の鼓動が早鐘を打つ。

 

「……っ」

 

(アランが、そんな風に思ってくれるなんて……)

 


―――――――

 

アラン「お前がいれば、絶対に生きて帰ろうって気になる。……死にたくないってのは、弱いやつの言うことだと思ってたんだけどな」

 

―――――――


アラン「…………」


やがて何も言えずにいた私の頬を、アランが軽くつねった。


「……??」

 

驚いて見下ろすと、アランが軽く首を傾げて口を開く。


アラン「何か言えよ」


「あ……」


(そうだ、私も返事をしないと……)

 

慌てて考え、私は一度息を吸い込んでからゆっくりと言った。


「うん……私はここで、アランが帰ってくるって信じて待ってるよ」


アラン「ああ……」


アランが呟き、ふっと目を細めて笑った。

 

(言葉で伝えられて、良かった……)

 

アラン「…………」


そうして少しの沈黙が流れた後、アランが私の顔を覗き込んだ。


アラン「……でも、それだけじゃ足りないかもな」

 

「え?」


私の腰元を引き寄せ、アランが私の身体を膝の上に乗せた。


「……っ」


驚いて肩に手を置き、私はアランを見下ろし声をあげる。

「た、足りないって……」


アラン「…………」

 

かあっと赤く染まった顔を向けると、アランが意地悪な笑みを浮かべた。

 

「……あっ」


そうして手に力を込め、アランが私を見上げて尋ねる。


アラン「お前はこの先、どうすればいいと思う?」

 

「え……!?」


アランに上目遣いで尋ねられ、私の頬がどんどん熱くなる。

腰元を引き寄せる指先に力が込められ、私はアランの肩に置いた手にぐっと力をこめて身体を離した。


「わ、わかんないよ」


アラン「…………」


するとアランが私の頭を下に引き寄せ、そのままキスをする。

 

「……んっ…」

 

私の顔を寄せたまま、アランが囁いた。


アラン「……今度はお前の番だったよな」


「……え?」


私は震える睫毛を上げ、アランを見る。

するとアランが身体を反転させ、私の身体をベッドの上に押し倒した。

 

「……っ」

 

思わずつぶってしまった目を開けると、私を見下ろすアランが言う。


アラン「教えた分だけ、教え返す約束だろ?俺のことはもう、だいぶ教えたじゃねえか」

 

「あ……」

 


―――――――

 

「私、アランのことをもっと知りたい。私に、アランのことを教えて欲しいの……」

 

アラン「…………」

 

―――――――

 

(あの時のこと、だよね……)


「……えっと」

 

考えていると、アランが唇を重ねてくる。

その柔らかで強引な仕草に、私は思わず指先を震わせた。


「……ん…っ」


やがて吸いつくような唇が離れると、アランが私の唇に息をふきかけるように甘く囁く。

 

アラン「もっと教えて、お前のこと」


「……っ」

 

アランの探るようなキスが、どんどん甘く変わっていく。

指先は首筋をなぞり、やがて服にかかった。

 

「……ぁっ…」


アランの指先や熱に翻弄されるまま、私は目じりに涙を浮かべて思う。


(明日の朝には、アランは出発してしまうんだ……)

 

アランの爪が軽く素肌をかき、私は身体を震わせてアランの身体にしがみついた。


「…っ…アラン」


アラン「…………」


アランの片腕が、私をそっと抱きしめ返してくれる。

 

(ずっと、このままでいられたらいいのに……)

 

アランの肩に顔をうずめながら、私は深まっていく夜に、目を閉じていった…。

王宮【アラン】8話前半

アラン「後で聞くから、少し黙ってろよ」

 

軽く首を傾げたアランが囁き、唇を重ねる。

柔らかな感触が、やがてついばむようなキスに変わっていった。


「……っ」


何度も繰り返される甘いキスに、吐息が漏れる。

 

「……んっ…」

 

深くなるキスに耐え切れず、私がアランの腕を掴んだ時…。


風が吹き、窓ガラスが音を立てて震えた。

 

アラン「…………」

 

アランがゆっくりと、唇を離す。

 

(あ、アラン……?)


鼓動を高鳴らせたまま、私はそっとまぶたを開いた。

すると、ふっと目を細めたアランがからかうように言う。


アラン「真っ赤」


「なっ……」


(アランのせいなのに…!)

 

アランを見上げ眉を寄せると、私は小さな声で尋ねた。


「……アランはこういうこと、慣れてるの?」


アラン「……は?」


私の言葉に、アランが呆れたように声を上げる。


アラン「……普通、今聞くか?」

 

「だって……」


私は視線を逸らし、微かに身をよじった。

 

(私だけ焦って、アランは余裕みたいに見えるから……)

 

アラン「…………」


アランが口元に笑みを浮かべ、腰にまわした手に力を込める。


「……えっ」

 

そうして再び私の身体を引き寄せると、額にキスをした。


「……っ」


驚き睫毛を震わせるうちに、今度は頬にキスをされる。

微かに響く甘い音に、耳元までもが熱くなってしまった。

 

アラン「俺、今…お前のことだけ考えてたいんだけど」

 

「……!」


アランが囁き、再び唇を重ねる。

限りなく優しい仕草のはずなのに、身体中が痺れたように動かなくなってしまった。


(なんだか、立っていられない……)


しがみつくようにアランの腕を握ると、気づいたアランが顔を離す。


アラン「…………」


(アラン……?)

 

見上げると、アランが腰元からするりと手を離した。


アラン「……じゃあな」


「え……!?」


そのまま部屋を出て行くアランの後ろ姿を見送ると、私は力が抜けたようにベッドに腰掛けた。

 

(び、びっくりした……)

 

それから唇に手をあて、考える。

 

(アラン、なんで私にあんなことを聞いたんだろう…)

 

―――――――

 

アラン「俺以外のやつ、選べんの?」

 

―――――――

 


(それに、なんでキスなんか……理由を聞くのを忘れちゃったな)


私はもう一度ドアを見つめ、小さく息をついた。

 

 

..........

 

そして、翌朝…―。

 

戦争についてジルに詳しく聞こうと、私は部屋へと向かっていた。

ドアを叩こうと手をあげた時、中から声が聞こえてくることに気が付く。


(……ジルの声?)

 

ジル「では、機密事項が漏れていたということですか?」

 

(え……!?)


戦争について尋ねようとジルの部屋を訪れた私は、宮廷官僚たちが部屋を出たことを確認し、ドアを叩いた。

 

ジル「……どうかされましたか?プリンセス」


中では、厳しく眉を寄せたジルが立ったまま書類に目を通していた。

不意に目をあげたジルに見つめられ、私の鼓動が大きく跳ねる。


「いえ、あの……」


(さっきの話って……聞いていいことなのかな)

 


―――――――

 

ジル「では、機密事項が漏れていたということですか?」

 

―――――――

 

ドアの前で聞いてしまった声を思い出していると、ジルが目を細めた。

 

ジル「何か聞こえていましたか?」

 

「え…!?」


思わず顔を上げると、ジルが息をつきながら言う。


ジル「聞こえていたとしても、プリンセスであるあなたには関係のない話です。あなたの役目は、次期国王を選ぶことなのですから」

 

ジルの言葉に、私はただ口を閉ざすしかなかった。

 

ジルの言葉に何も言えなかった私は、一人廊下を歩いていた。


(それに結局、何も聞けなかったな……)


考えながら顔を上げると、廊下の奥にユーリの姿を見つける。

いつもとは少し違う厳しい表情に、私は思わず声を掛けた。


「ユーリ、どうかしたの?」

 

ユーリ「……!」


驚いたように振り返ったユーリが、私に気づき笑みを浮かべる。

 

ユーリ「なんでもないよ?」


(でも、少し元気がないように見えたけど……)


私は近づき、ユーリの顔を見上げて言った。


「ユーリ……あの、何かあったら言ってね。話を聞くことしか出来ないかもしれないけど…」


ユーリ「…………」


私の言葉に驚いたように眉を上げ、ユーリが目を細める。


ユーリ「そうだな。じゃあもう勝手に抜け出して心配させないでね」

 

「う、うん……努力する」

 

慌てて頷くと、ユーリが微かに声をあげて笑った。

 

 

..........

 

 


その後、勉強を一通り終えた私は、一休みのため庭へと出てきていた。


不意に、聞き知った声を聞く。


(なんだか、アランの声が聞こえるような……)


不思議に思いながら、私は庭の茂みの方を覗き込んだ。

 

アラン「おい、止めろって…」


「え……?」

 

するとそこには、犬と楽しそうに戯れるアランの姿があって…。


「アラン…!?」


庭の片隅で犬と戯れるアランの姿に、私は驚いて声を上げた。

 

「その犬って……」


すると飛びつこうとする犬を押し止め、アランが私を見上げる。

 

アラン「ここで腹空かせてたから食い物やったら、なついて……っ!」

 

制するアランの手をかいくぐり、犬がアランの身体に飛びついていく。


(か、可愛い……!)

 

私はたまらずに屈みこみ、アランに尋ねた。


「触ってもいい?」

 

アラン「なんで俺に聞くんだよ。こいつに聞けって」


アランが眉を寄せ、犬の身体を引き離す。


「……触ってもいいですか?」


アランに言われた通りに尋ねると、途端に犬が飛びついてきた。


「人に慣れてるんだね」


アランが息をつき、犬を見下ろす。


アラン「どっかから迷ってきたんだろ」


(でも、すごく綺麗で賢そうな犬だな……。どこかに、飼い主の人がいるのかな?)

 

私は犬を抱き上げると、アランを見上げた。


「ねえ、アラン。この子の飼い主、探してあげられないかな?」

 

私の言葉を予想していたのか、アランは大きく息をついた後で、ゆっくりと立ち上がった。


アラン「ああ、仕方ねえな」

 

 

..........

 

夕方まで探したものの、飼い主は見つからないまま、私たちは一旦、犬を連れてアランの部屋へと戻っていた。

 

(どうしよう……)

 

疲れたのか部屋の隅で丸くなって眠る犬を撫でながら、私は息をつく。

 

(ジルは、プリンセスが犬を飼うことを許すとは思えないし…。でも、一度頼んでみようかな……)

 

アラン「…………」


やがてベッドに腰掛けたまま頬杖をつくアランが、ぽつりと言った。

 

アラン「俺の部屋に置いてやってもいいけど」


「え……!」

 

私は勢いよく振り返り、アランを見上げた。

 

「いいの……!?」


アラン「…………」


ふっと口元をほころばせるアランを見上げ、私は笑みを浮かべる。


(良かった……)


そうして喜んでいると、ふと視線を感じた。


「……どうしたの?」


尋ねると、アランがゆっくりと口を開く。

 

アラン「……触っていい?」


「えっ……」

 

アランの言葉に、私は庭での出来事を思い出していった。

 

 

―――――――

 

「触ってもいい?」

 

アラン「なんで俺に聞くんだよ。こいつに聞けって」

 

―――――――

 


(それって……)

 

顔が赤くなるのを感じ、私は微かに息を呑む。


(恥ずかしい。でも……)

 

アラン「…………」


じっと見つめるアランに、私は小さく頷いた。

するとアランが立ち上がり側まで来ると、犬にするのと同じように、私の頭をわしゃわしゃと撫でた。


アラン「良かったな……」


「わっ……もう」


思わず見上げると、アランが楽しそうに声をあげて笑っていた。

 


..........

 


翌日、騎士宿舎に向かうと、犬はすでに騎士たちに『アーサー』と名付けられ、可愛がられていた。

 

「……アーサー」


試しに呼びかけてみると、アーサーが嬉しそうに尻尾をふり駆けてくる。

 

(可愛い……!!)

 

飛びついてくるアーサーを抱きしめ、私はぎゅっと目を閉じた。

 

アラン「…………」

 


「やだ、アーサー。くすぐったいよ!アーサーったら」

 

アーサーと遊ぶ私の後ろには、どこか不機嫌そうなアランが立っている。

 

アラン「……おい」


「え?」

 

振り返ると、アランがはっとしたように顔を背けた。


アラン「……何でもねえよ」

 

 

..........

 

アンが執務室へと向かった後、アランは廊下を歩いていた。

ふと足を止め、曲がり角の先を見やる。


アラン「…………」


そこは、国王の部屋へと向かう道だった。


行く先を変え角を曲がったアランが、目を細める。


アラン「……何してんだ?あいつ」


そこには、歩き去っていく不審な人影があった…。

 

 

..........

 

 

そして、夜…―。

 

私がこそこそと準備をしていると、いつものようにドアが叩かれた。


ユーリ「夕食の時間だよ、美香様」

 

「え、あ……うん!」


ドアが開かれると、私は慌てて手に持っていたものを隠す。


ユーリ「え?何を隠したの?」

 

「な、なんでもないよ」


ごまかそうとする私に近づき、ユーリがひょいっと後ろを覗き込む。


「あ……!」


ユーリ「……それって、犬用のおもちゃ?」

 

不思議そうに呟くユーリに、私は慌てて顔を上げた。


ユーリ「もしかして……犬飼ってる?」


返事出来ないでいる私を見下ろし、ユーリが軽く首を傾げる。


ユーリ「うーん……ジル様、怒るんじゃないかな?猫ならまだしも」


(や、やっぱり…。でもアランが飼ってるから大丈夫だとは、もっと言えないし…)


ユーリの言葉にかぶせるように、私は口を開いた。


「ユーリ、お願い。内緒にしててくれる?」


すると少し面食らったように、ユーリが頷く。

 

ユーリ「いいけど……そんなに信用しないでね」

 

笑みを浮かべるユーリに、私はほっと胸を撫で下ろした。


「ユーリなら信用出来るよ。ありがとう」


ユーリ「…………」

 

その時私は、ユーリが浮かべた複雑な表情に気がつかなかった…。

 


..........


翌朝、私はジルからついに戦争が始まると告げられていた。

 

ジル「まあ戦争とはいえ、国境近くの小競り合いのようなものです。あまり危惧するようなことではありませんが…」


「…………」


黙ったままうつむく私を見下ろし、ジルが息をつく。


ジル「騎士団は、派兵されることになります。あなたの護衛としてついているアラン殿も、しばらく留守になります」


ジルの言葉に、私ははっと顔を上げた。


(やっぱり、アランは戦場へ…?)


何か言おうと口を開きかけると、それを制するようにジルが低く言う。

 

ジル「プリンセス、あなたが心配することはありませんよ。しっかりと勉強や稽古事に励んでください」


釘を刺すようなジルの視線に、私はただ頷くしかなかった。

 

執務室で机に向かいながらも、私は集中できずにいた。


「…………」

 

立ち上がり、本棚から戦争に関連のありそうな本を取り出す。


(ジルは心配ないと言っていたけれど…どんなに小さくても、戦争という以上危険はあるんだよね……)


立ったまま本をめくり、私は眉を寄せた。

 

―――――――

 

ジル「プリンセス、あなたが心配することはありませんよ」

 

―――――――

 


(そんなことない。プリンセスとしても、ウィスタリアの国民としても、他人事ではいられないよ……)


そうしてしばらくの間、本のページを静かにめくっていると、後ろからため息が響いてくる。

 

「……え?」

 

驚き振り向くと、そこにはジルが立っていた。


ジル「まったく。大人しくしていると思えば、全く関係ない勉強をされているようですね」


「す、すみません……でも」

 

私が視線を伏せると、ジルが呟くように言う。

 

ジル「……明日一日、休日としましょう」


「え?」


顔を上げると、ジルがじっと私を見下ろしていた。

 

ジル「顔色が悪いですよ。息抜きでもされてきたらいかがですか?」


(……ジル)


私は本を閉じ、小さく頷く。

 

「うん……ありがとう」

 

 ..........

 


そして夕方、厩舎へと足を運ぶとそこにはアランの姿があった。

 

アラン「…なに?」


声をかけられずにいた私に気づき、アランが尋ねる。


「アラン、あのね……」


私はジルからもらった休日の話を切り出した。

 

(明日は、アランとゆっくり話が出来たらいいな…。でも、こんな時に遊びに行く気分にはなれないよね)


アラン「…………」


迷う私を見下ろして、やがてアランが少し考えるようにして口を開いた。

 

アラン「……だったら、行きたいところがある」


(え……行きたいところ?)

 

アランの言葉に、私は軽く首を傾げる。

 

 

..........

 

そして、翌日…―。

 

ジルから休日をもらった私は、新しい靴を履きバッグを持って、正門で待つアランの元へと向かっていた。


「おはよう、アラン」


アラン「…………」

 

馬の手綱を引いて待っていたアランが私を見つけ、じっと見つめる。


アラン「ふーん」


「な、なに?」

 

(どこか、おかしいかな?)

 

アランの視線に頬を赤く染めながら、私は尋ねた。

するとアランが目を細め、口元に笑みを浮かべる。


アラン「出掛けるのに丁度いい格好だな。いいんじゃねえの」


それだけ言うと、少し照れたように背を背けた。


「ありがとう……」

 

(昨日の夜から、準備しててよかった……)


ほっと息をついていると、馬の背から、アランが手を伸ばしていることに気がつく。


「どこへ行くの?」


アラン「行けばわかる」

 

私の手をしっかりと握ると、アランが力強く引き寄せてくれた。

 

 

..........

城下町へ降りてくると、私たちは馬を降り歩いていた。


(ここって……)


そこはかつて、私が住んでいた街だった。


(少し前のことなのに、この道を歩いたことがずっと昔のように感じる。何だか、懐かしいな…)

 

ふと、隣を歩くアランを見上げる。


アラン「…………」


(アランはどうして、ここに行きたいって言ったんだろう……)


広場まで出ると、アランがふっと笑みを浮かべて私を見下ろした。


アラン「確かめに来たんだよ」

 

「え?」


アランの言葉に、私は思わず目を瞬かせる。


アラン「守るもんは、はっきりしてたほうがいいだろ」


(それって、もしかして…)


―――――――

 

ジル「騎士団は、派兵されることになります。あなたの護衛としてついているアラン殿も、しばらく留守になります」

 

―――――――

 


(騎士として、アランが守るものってこと…?)


途端に戦争の不安を思い出し、私は視線を落とした。

 

「そっか……」


アラン「…………」

 

そんな私の姿を、アランが黙ったまま見つめている。

 

(言いたいことは、たくさんあるのに……)


何も言えないままでいると、突然にアランが私の手をとった。

そうしてそのまま、歩き出す。


「え、アラン……?」


やがて脇道にそれると、アランが私の手をぐっと引き寄せた。

 

「……!」

 

壁に背中がつくと、私を囲うようにアランが手をつく。


(近い……!)

 

間近から見下ろされ顔が赤くなるのを感じ、私は急いで顔を下向かせた。

 

アラン「……おい、こっち見ろよ」


「で、でも……」


(恥ずかしい……)

 


すると少しの沈黙の後、アランの指先が私の頬をなぞった。


アラン「見ろって」


「……っ」


心臓の音が、飛び出しそうなほどに響いている。

アランの言葉に、私は本当にゆっくりと顔を上げていった。


アラン「…………」


やがて目が合うと、アランが言う。

 

アラン「やれば出来るじゃねえか」

 

そうしてふっと笑みを浮かべると、アランが顔を寄せた。


「ん…っ…」

 

(絶対に、言えないけど……)


アランの柔らかな唇が、渡しの唇の輪郭を辿る。


(どこにも行かないでほしい……側にいてほしい……)


アラン「……なに?」

 

熱い息をつく私を見下ろし、アランが掠れた声で尋ねる。


「……ううん、何でもない」


私はアランの腕をぎゅっと握り、答えた。


アラン「…………」


そうして今度はしっかりと目を閉じ、私はアランのキスを受け止めた…。