戦国【佐助】幸福13話前半
幸村「ったく……再会の挨拶にしては物騒すぎんだろ」
佐助「幸村……!?」
佐助の振り下ろした刀を軽々受け止め、幸村は頷いた。
幸村「相手の顔くらい確かめろよ、らしくねえ。どうやら一足遅かったみてえだな……」
佐助「どうして幸村が……」
交わる刃越しに、幸村が力強い笑顔を浮かべる。
幸村「全部話す。だから落ち着け。最強の味方が来てやったんだからな」
…………
蘭丸から伝え聞いたことを話す幸村に、佐助は黙って聞き入った。
報せを受け、幸村は不眠不休で馬を駆り、ここまでやってきたのだった。
幸村「ここが元就の根城だってことも蘭丸に聞いたんだ。お前に合流できてよかった。だけど元就はどうして美香を……」
佐助「恐らく狙いは、信長様や謙信様、信玄様たちとの海戦だ」
幸村「は……?」
佐助「今の話を聞いて、ようやく理解できた。すべての黒幕は毛利元就。彼が戦を仕掛ける目的は……戦、それ自体にある」
佐助が導き出した答えに、幸村が一瞬言葉を失った。
幸村「ただ戦いだけ……? っ、ふざけんな! 戦を終わらせるために俺たちがどんな思いをしてきたか……!」
佐助「ああ、許せることじゃない。それに……」
佐助は喉を詰まらせ、壁に残る伝言をそっと指でなぞる。
幸村「それ、美香の字……?」
壁に刻まれた字を目で追う幸村の顔が険しくなっていく。
幸村「……どういう意味だよ、これ。『元の時代』って一体……」
佐助「今度は、俺が幸村にすべてを話す番だ」
覚悟を決めた佐助の瞳が、幸村へと向けられる。
佐助「元の時代というのは……これから、俺が捨てる故郷のことだ」
幸村「え……?」
佐助「時間が惜しい。元就はそう遠くに行っていないはずだ。すぐに追跡を開始しよう。道すがら何もかもを話す。俺と美香さんの秘密を全部」
幸村「–––わかった」
立ち上がった佐助の拳が固く握りしめられる。
佐助「美香さんは渡さない。戦乱の世に後戻りもさせない。元の世にも、もう戻らない。日ノ本の光を、俺たちの手で取り戻す」
幸村「おう!」
頷き合うや否や、光の消えた暗い部屋から、ふたりは風のごとく飛び出した–––
…………
(港、もう見えなくなってしまった……)
甲板には潮風が強く吹き付け、立っているのがやっとだ。
頑丈な異国製のこの船には、元就さんの手下が数十人乗り込んでいて、絶え間なく立ち働いている。
元就「波が高い。お前ら抜かるんじゃねえぞ……」
元就の手下「へい!」
元就さんの命令なのか手下たちは、まるで空気であるかのように私に見向きもしない。
(あ……! 今、空が一瞬、光った。きっと、京都に嵐が来てる……。ワームホールが開いたんだ……!)
星空を見上げ、涙が一筋頬を伝う。
(……佐助くん……こんな別れ方をしてごめん。ごめん……!)
元就「どうしたよ、お姫さん。怖がって泣きわめこうが、もう遅いぜ」
「……怖いわけじゃ、ないです」
元就「あ? ならどうして……」
「……あなたには、言いません」
(気持ちだけでも負けたくない)
涙を無造作に拭き、元就さんを真正面から睨む。
元就「……。虚勢を張ったかと思えばビクビク怯えて……そのくせ、この俺に喧嘩を売りやがるか。妙な女だよ、お前」
興味深そうに呟いた後、元就さんは手下に指示を出しながら去っていく。
(佐助くんはきっと、あの伝言に気づいてくれたはず……。勝手にいなくなってごめん。でも、あなたのことが好きだから……何よりも大切になってしまったから。あなたが傷を負うのを、二度と見たくないから。安全で、戦とは無縁な世界で、生き続けて。……幸せでいて。お願い)
私はただその場に立ち尽くし……嵐が訪れているはずの方角を見つめ、もう会えない恋人のことをいつまでも想い続けた。
…………
翌朝–––
(船のスピードが、ゆるんだ……!)
ちゃぷん、ちゃぷん、と水のたゆたう音に誘われ、船室から甲板に出た。
全然眠れなかったせいか、日差しが染みて目をこする。
(……? 進行方向に黒い塊が見えてきた……。小さな島……?)
目を凝らしていると……
元就「美香、起きたか」
(わっ!)
いつの間にか元就さんが隣に立っていて、ビクッと震える。
元就「そう身構えんな。同じ船に乗り合った仲、楽しくやろうぜ」
「あなたが無理やり私を乗せたんでしょう、無茶言わないで!」
内心の怯えを気取られないように睨みつけると、元就さんは肩をすくめる。
元就「どんなに虚勢を張ったところで、腹は減るだろう」
ポーンと放り投げて寄越されたものを両手で受け取る。
(ザクロの実……。真っ赤に熟れてる)
元就「朝餉をどうぞ、お姫さん。船旅に果物は欠かせねえ」
元就さんは真っ白な手袋に包まれた手を胸にあて、わざとらしくお辞儀をする。
「……いりません。それより、この船はどこへ向かってるんですか」
元就「海賊だけが知るある孤島だ。そこで、異国の商人と商談をする予定でな」
「商談……?」
元就「異国じゃ人殺しの武器が、それはもう選り取りみどりに作られててよ。豪華絢爛な祭りに相応しいブツを、ごっそり仕入れようって算段だ」
「なっ……!」
(せっかく武器の流入を断って暴動を抑えようと、皆が必死になってるのに……!)
大量の兵器をこの人が手にしたなら、信長様たちとの海戦が泥沼化することは必至だ。
(運び込まれた兵器が、また民の手に渡ってしまうかも……)
そう思った瞬間、これまでの記憶が一気にフラッシュバックする。
大怪我をした人で溢れかえった春日山城の城下町。
戦場と化した平原を馬で駆けながら嗅いだ、焦げ付くような火の匂い。
背後から放たれた銃弾と、佐助くんの腕に流れ落ちた鮮血の赤さ–––
(また何人も……ううん、何百、何千もの人の命が、意味もなく、失われてしまう)
「っ……卑怯者! 強力な武器で相手を圧倒しようなんて、それでもあなた戦国武将なの!?」
元就「卑怯上等。勝利こそが正義。戦ってのはそういうもんよ」
叫んだ私を見据え、元就さんは冷酷に言い捨てる。
「戦をして勝って、それが何になるの……? あなたは何も得られないのに」
元就「勝てば、相手の生殺与奪権が手に入る。何もかもを力で圧倒し、支配する。そうすれば……二度と、誰も俺を害せない」
(え……?)
ふっと笑みが消え、生気に満ちてギラつく瞳の光が陰った。
その横顔に浮かぶのは、凄絶なまでの孤独だ。
(この人は……自分以外のすべての人間を、信じていないんだ)
狂気めいた振る舞いに隠された傷口を垣間見た気がして、一瞬、恐怖を忘れる。
「……かわいそうな人……」
元就「……は……?」
(たくさんの人を傷つけてきたこの人に同情なんてしない。ただ……とても哀しい。こんな恐ろしくて悲しい戦、なんとしても止めないと……。でも、どうしたら……)
追い詰められながら浮かんだのは、たったひとつの方法だった。
「っ……!」
元就「おい、どこに行く気だ?」
船の先端に駆けていき、舳先へよじ登る。
元就「……どういうつもりだ」
ゆったりとした歩調で追いかけてきた元就さんは、距離をおいて足を止めた。
「元就さん、船を港に戻して。じゃないと私は、ここから海に飛び込みます!」
元就「あぁ……?」
騒ぎを聞きつけて集まってきた手下たちと元就さんが、私を睨み上げる。
甲板を見下ろし、吹き上げてくる潮風に背中を叩かれながら、必死に睨み返した。
(逃げられもしない、助けを呼ぶこともできない、力では到底敵わない。私にできるのは……この身ひとつを賭けた駆け引きだけ)
「私が海に飛び込めば、信長様たちをおびき出すための人質はいなくなる。あなたたちが強引に戦いを仕掛けても、信長様たちの足枷になるものは何もない。あなたたちなんて、あっという間に倒されるに決まってる!」
元就「…………」
「それが困るなら、武器を諦めてすぐに船を引き返して!」
元就「くくく……っ、面白れえよ、お前……! 楽しませてくれんじゃねえか! だがよ。……オイタも過ぎると、笑えねえぜ?」
元就さんは懐から、慣れた手つきで銀色の小刀を取り出した。
元就「人質なんてのは口実だ。腕の一本、髪の一束でも残ってりゃ、どうとでも誤魔化せる」
「だったら……この身体まるごと、海の藻屑にするまでです!」
元就「何だと……?」
(我ながら無謀な駆け引きだけど……元就さんの言いなりになって、大戦のきっかけになってしまうより、遠泳してどうにか生き延びる方に賭けたほうが、ずっとずっとマシだ!)
大きく息を吸い込み覚悟を決めて、元就さんに背を向ける。
元就「っ、美香……!」
光をキラキラと跳ね返す海へ、思い切って飛び込もうとしたその時–––
佐助「待って、美香さん。まだ第三の選択肢がある」
背後から抱きすくめられ、ハッとする。
「さ……佐助くん……!?」
(どうして、ここに……っ)
疑問を見透かしたかのように、佐助くんが囁く。
佐助「俺は、君を置いてどこへも行かない。君を探して四年も待ってた俺の粘り強さ、君も知ってるはずだ」
「…………っ」
ギチギチに張り詰めていた心が、一気にほどけていく。
「うん……誰よりも知ってる。佐助くんの強さもすごさも」
佐助「俺のことを理解してくれて嬉しい。待たせてごめん」
たまらず佐助くんの首に、ぎゅっと抱きついた。
「怖かった……っ、逢いたかった……! ごめん佐助くん、私、弱くて……! 心の底ではずっと待ってた。来てくれて、ありがとう……っ」
声が上ずって涙ぐむ私を、佐助くんは両腕で包み込んでくれる。
佐助「もう大丈夫。俺は、君を守るために忍びになった男だ」
元就「……お前、謙信のネズミか? どっから忍び込んだ!」
佐助「船倉に潜ませてもらった。色々仕込みがあったから、挨拶が遅くなった。お陰であなたの思惑もバッチリ掴めた。あの島へは上陸させない」
元就「ずいぶんと余裕じゃねえか……。サメどもの餌になる覚悟、できてんだろうな?」
腕を掲げ、元就さんが低い声で命じる。
元就「ヤれ」
元就の手下たち「おう!」
元就の手下たち「うわ!?」
元就「!?」
(あ……!)
船の後方で悲鳴が上がり目を凝らすと、そこには……
幸村「佐助がサメのエサになる前に、お前らが俺の刀の露になるのが先だ」
「幸村……!」
真紅の甲冑を身にまとい、幸村が鮮やかに笑う。
幸村「崖の次は船の舳先から飛び込みかよ。お前ってほんと、イノシシな」
元就「真田幸村だと……? おいおいおい、ガキどもが勝手に俺の船で遊んでんじゃねえよ……!」
幸村「佐助! 元就は譲ってやる。残りの雑魚どもは俺がまとめて片づける」
佐助「任せた、幸村」
幸村「行くぞ!」
佐助「ああ!」
元就「お前ら! そいつらの口、二度と利けねえようにしてやれ!」
元就の手下たち「はっ!」
手下たちが刀を振り上げ、一斉に幸村に飛びかかっていく。
(危ない……っ!)
幸村「威勢だけは褒めてやる。–––来い」
跳躍した幸村が船の後方、艫へと走り、追う手下たちが我先に殺到する。
元就の手下たち「うおおおお!」
幸村「何人でも来いよ、遊んでやる。–––はっ!」
大勢を相手に激しい斬り合いが始まり、息を呑む。
佐助「美香さんはここにいて」
(……っ!)
私を残して佐助くんは甲板に身を躍らせた。
音もなく着地するや否や、刀を抜き放ち、元就さんの顎を真下から突きあげた。
元就「っ、野郎……!」
切っ先が顎を突く寸前、元就さんが刃を打ち払う。
元就「甘く見んな、忍び風情が!」
佐助「その忍び風情に、あなたは野望を打ち砕かれる運命なんだ」
(佐助くん……!)
船が揺れ、飛沫が上がる。
ふたり同時に腕を振り上げ、刀を刀が咬み合い、火花が散った。
(神様、どうか、どうか……!)
振り落とされないように舳先にしがみつき、祈るような思いで、戦う佐助くんと幸村を見つめる。
元就さんの猛攻に、佐助くんは一歩も引かない。
元就「っ、く……!」
(あ……!)
佐助くんの一太刀が、着物の懐を切り裂き、大きく傾いた元就さんが膝をつく。
(チャンスだ……!)
佐助くんが間髪入れずに頭上から刀を振り下ろそうとした時……
元就「–––なあんてな」
佐助「ぐは……っ」
後ろ手に隠していた小刀の柄で腹をしたたかに打たれ、佐助くんがどっと背中ら倒れ込む。
「佐助くん……!!」
元就「戦ってのは騙し合いよ。どうやら、勝負あったみてえだな」
身軽に起き上がった元就さんが、にやりと笑って佐助くんを見下ろした。
(斬りつけられてダメージを負ったと見せかけて、佐助くんを誘い込んだんだ……っ)
今すぐ佐助くんに駆け寄りたい、でも–––
(私は知ってる! 佐助くんは……!)
元就「死ね、佐助ェ……!」
刀を逆手に構え、元就さんが佐助くんに振り下ろした直後。
元就「!?」
刀が貫いたのは、丸太だった。
佐助「–––『なあんてな』」
いつの間にか佐助くんは、元就さんの背後に立っている。
元就「てめぇ……っ」
振り向きざま佐助くんへと足を踏み込んだ途端、元就さんの顔が歪み、動きが止まった。
元就「っ……!」
(まきびし! いつの間に!?)
佐助「真っ向勝負ならあなたの勝ちだっただろうけど、騙し合いで忍びが負けるわけにはいかない。観念してもらう、毛利元就」
元就「がは……っ」
首に手刀を振り下ろされ、元就さんがうずくまる。
佐助くんは懐に素早く手を滑り込ませ……
ボン–––!
元就「……!?」
(煙玉だ!)
佐助「幸村!」
幸村「わかってる!」
元就の手下たち「何も見えねえ、何が起きてんだ!?」
元就「ちっ……、お前ら無様に騒いでんじゃねえぞ……!」
元就さんの声はどよめきにかき消され、甲板の手下たちは白煙の中で混乱に陥っていく。
視界の悪さをものともせず、佐助くんと幸村は真っすぐに私のいる舳先へ駆けてくる。
幸村「例のもんも仕掛け終わったぞ、佐助!」
佐助「ありがとう」
例のものが何か、ここからどうやって脱出するか、さっぱりわからないけれど–––
(不安なんて少しもない。最強のズッ友コンビが揃ってるんだから!)
ふたりが並び立つのを見て、ただ、胸が浮き立つ。
幸村「とっととずらかるぞ、こんな船。な、美香?」
「うん……!」
佐助「美香さんは俺に掴まって、目を閉じていて。君は俺が助けると、運命で定められてるんだ」
「っ……うん!」
強い力で抱き寄せられ、しっかり目をつむり……
佐助・幸村「三、ニ、一……!」
(……っ)
晴れていく白煙の中から飛び出して、私たちは一直線に、海の中へと飛び込んだ–––
…………
元就「っ、あいつら、何を……!」
白煙が消える間際、美香たちが海へ飛び込むのを、元就は視界の隅で捉えた。次の瞬間–––
ドオオオオン–––ッ!
元就「!?」
爆音が鳴り響き、船が激しく揺れ、火の手が上がる。
元就「あいつら、いつの間に爆薬を……!? これが目的だったのか……!」
元就の手下1「火を消せ! 水だ!」
元就の手下2「間に合わねえ、海に飛び込め!」
元就「くく……っ、ははははは……! いーい地獄絵図を土産にくれたもんだ……! 面白え……まったく面白えぜ、この世ってのは!」
燃え上がる船の上に、元就の狂気をはらんだ笑い声が、いつまでもいつまでも響き続けた。
…………
私たちがダイブした先には、ふたりが用意した小舟が浮かんでいた。
三人で無心に漕ぎ続け、どうにか岸にたどり着いたのは日の落ちる間際だった。
(た、助かった……!)
佐助「美香さん、怪我はない?」
「うん……! 佐助くんと幸村は?」
幸村「無傷に決まってんだろ、バカ」
上陸した砂浜で、佐助くんと幸村ふたりと顔を見合わせて……
「っ……ありがとう! 本当に本当に、ありがとう……!」
佐助・幸村「!!」
飛びつくようにして、ふたりをぎゅっと抱きしめる。
(大事な人たちが生きている–––)
そのことが嬉しくて、涙が止まらない。
幸村「…………っ。ったく、感激しすぎ。抱きつく相手はひとりで十分だろ」
トン、と肩を離されると、幸村が苦笑するのが見えた。
(っ、私、つい……)
「ご、ごめん! 佐助くんも幸村もふたりとも無事で、ホッとして……。こうしてまた一緒にられて……嬉しくてたまらなくて……」
胸の奥が熱くなりながら、幸村へ笑いかける。
幸村「…………」
「助けてもらって、どうお礼をしたらいいか……」
幸村「……いらねーよ。今のお前の言葉で、十分、報われた」
手を伸ばした幸村に、頭をくしゃくしゃにされる。
(ありがとう、幸村……)
佐助「幸村、俺からもお礼を伝えたい。抱きしめてもいい?」
幸村「ったく……、ふたりして俺のこと、大好き過ぎだろ、お前ら」
楽しそうに笑い出し、幸村が佐助くんと私の肩に、ガッと腕をかけて引き寄せた。
幸村「そんなに礼がしてーなら、ひとつ約束しろ」
「何でも言って」
幸村「留守を義元に頼み込んで出てきちまったからには、俺はすぐ春日山に戻らねえとならねー。佐助、美香を休ませて、これからどうするかふたりで決めたら、春日山城にまた顔を出せよ」
佐助「……あんな別れ方をしておいて、戻るわけには……」
幸村「謙信様が暴れたら、俺が抑え込んでやる。あの人も本音では、お前に会いたがってる。お前もそうだろ、佐助」
佐助「……ズッ友には、お見通しか」
照れくさそうに佐助くんの口元がわずかにほころんだ。
佐助「ありがとう幸村。約束は必ず守る」
幸村「よし」
(ふたりは……言葉通り、ズッ友でいられるんだ。また、春日山や安土の皆にも会える……)
笑い合うふたりを見守りながら、胸が詰まった。
幸村「じゃ、美香、佐助。またな!」
「うん、またね……!」
国を守るために幸村は、疲れも見せず、さっそうと去っていく。
(『さよなら』じゃなくて『またね』って言えることが、すごく嬉しい。佐助くんも、きっと……)
佐助「…………」
幸村を見送る佐助くんの目にうっすら涙が浮かんでいるのを、私は見て見ぬフリをした。
…………
疲労困憊の私は、佐助くんに支えられ、堺の町へとたどり着いた。
夜でも町は賑わっていて、さっきまでの戦いが嘘みたいだ。
(私たち、生き延びたんだ……。この穏やかな町の暮らしも、守られた)
町の灯りの温かさに、涙がにじんでくる。
佐助「……美香さん、今夜はこの町に泊まろう。ゆっくり休んで、明日、これからのことを話そう」
「うん……」
佐助「それから–––」
私の手を取ると、佐助くんが唇を寄せる。
その瞳は決意をにじませ、真っすぐ私に向けられていた。
佐助「話す以外のことも、してもいい?」
(佐助くん……)
どういう意味かは、手に触れる唇の熱さが伝えてくれた。
頬が燃えるように熱いけれど……
「うん……」
佐助くんの唇を指先でそっとなぞり、目を逸らさずに私も、頷いた。
(ん……)
目を覚ますとまだ辺りは暗かった。
宿で湯浴みをして倒れ込むように眠ったお陰で、疲れは取れ、すっきりと頭が冴えている。
(佐助くんは……)
立ち上がった時、障子の向こうから声がかかった。
佐助の声「美香さん、こっちだ」
(外……?)
障子を開けると、佐助くんが逆さまに顔を出す。
「わ!?」
佐助「一緒に星を見ない? 天体観測日和だ」
「うん!」
差し伸べられた手を掴み、軽々と屋根へと引っ張り上げられた。
(本当だ……。すごく綺麗)
佐助くんと並んで見上げる空からは、星が今にも降ってきそうだ。
ーーーーーーーー
佐助「風が強くなってきたな。もう戻る?」
「私は……もうちょっとだけ、星を見てたい、かな……」
佐助「同意見でよかった。じゃあ、安全のために俺の腕に掴まってて」
「……わかった、掴まってる、安全のために」
ーーーーーーーー
(あの時は、触れ合うのに理由が必要だった。でも、今は……)
当たり前のように肩を寄せ合い、佐助くんが背中を抱いてくれている。
心地いい温もりとともに、佐助くんの腕に、そっと力がこもっていく。
佐助「……壁に残されたメッセージを見た時、心臓が止まるって感覚が、このことなんだと初めて知った」
「……ごめんなさい。佐助くんだけでも現代に帰れれば……ただ、それしか考えられなくて」
佐助「俺の気持ちを、勝手に決めないで」
佐助くんの手のひらが頬に触れ、強引に視線が合わさる。
眼鏡の奥には、捨てられた子犬のように切なげな瞳が揺れていた。
佐助「君がいない世界は、生きるに値しない。……愛してるんだ、どうしようもなく」
「……っ、私も……私も、同じ。佐助くんを、愛してる」
胸をつかれ、佐助くんと額をこつんと重ね合わせる。
「ごめん……。もう二度と『さよなら』なんて言わない」
佐助「……うん。どうか、そうして」
(どんなに相手を想っていても、気持ちはこうしてすれ違う。わからなくて、傷つけて、もどかしくて……それでもあなたに触れたくて、わかりたくて……)
終わりのない無限ループが、これ以上ない幸福に思えるのはなぜだろう。
隠せないほど鼓動を大きくしながら、佐助くんときつく抱きしめ合った。
佐助「……毛利元就の野望はひとまず打ち破ったけど、あの人をこれで倒せたとは思えない。この先も、俺たちの知ってる歴史を大きく変えるような陰謀を企むかもしれない。美香さん、俺はこの世界で生きていきたい。未来を守るために、乱世に骨を埋めたい。そして……俺が生きていく隣に、君に、いてほしい。未来永劫、万劫末代、エンドレスに……つまり、永遠に」
私へ注がれるのは、狂おしいほどに熱をにじませた眼差しと声音だった。
「うん。私も、この時代で生きていきたい。未来を守りたい佐助くんの願いは、私の願いでもあるから」
本音を言えば、佐助くんには命を危険にさらす仕事はしてほしくない。でも……
(覚悟を決めよう。ふたりで、過去から未来を守り抜く覚悟を)
「佐助くんと一緒に、新しい夢を叶えていきたい」
(この時代でも服を作って誰かを笑顔にする仕事はできる。未来を守ると決めた佐助くんを支えることも。デザイナーになることだけが夢だったけど、夢は変わっていくものなんだな……。そうやって……めまぐるしく変わる新しい毎日を、私たちは生き抜いていく)
この無数の星々の下で、無数の人たちが暮らし、無数の夢を胸に抱き、必死に生きている。
数えきれないほどの命ひとつひとつが、美しくはかなく、掛け値なしに尊い。
(今の気持ちを、佐助くんに伝えたいけど……なんて言えば伝わるだろう)
「佐助くん、私……すごく今、幸せ。幸せっていうか……もっとすごく……うーん、うまく言えないな」
佐助「言葉より、いい方法がある」
(あ……)
佐助くんがそっと私の唇をキスで塞ぐ。
ついばむような優しい口づけは、だんだん激しくなって、噛みつくように唇が合わさった。
「ん……、は……っ」
声が漏れるけれど、堪える余裕もない。
佐助くんも同じくらい幸福を感じているのだと、身体で伝えてくれる。
(佐助くん……、大好き)
すっと唇が離れるだけで、名残りおしさに切なくなった。
佐助「……美香さん、大事な話がある」
(大事な話……?)
急に佐助くんは正座して、正面に向き直る。
その真剣さにつられ、同じように正座をして佐助くんと向き合った。
佐助「現代に帰るまで我慢すると言ったけど、俺は今からあの約束を破ろうと思う」
(約束って……あのこと?)
ーーーーーーーー
佐助「無事に現代へ帰れたら、まず真っ先に、君をめちゃくちゃに抱く。いい?」
「……そうしてくれなかったら、私が佐助くんをめちゃくちゃにする」
ーーーーーーーー
(そんなこと、わざわざ確認するなんて)
真面目に宣言する佐助くんがおかしくて、愛おしくて、笑みが溢れた。
佐助「美香さん、笑い事じゃない。俺は本気で……」
「佐助くんが約束を破らないなら、私が破る」
両手を差し出し、私から佐助くんをぎゅっと抱きしめる。
耳元で佐助くんが、ふ、と息をついた。
佐助「……覚悟して。煽ったのは君だから」
いつもより少し低い声で予告されて、ふたりの夜がここから始まった。
飽きもせずにキスを交わし、体温を分け合って、幸福な涙を流す夜が–––