戦国【佐助】幸福13話後半
(ん……明るい……)
力なくまぶたを開けると、部屋の中には柔らかな日差しが差し込んでいた。
(身体に、まだ熱が残ってる……)
目を瞬かせながら布団の中で脚をきゅっとすり合わせると……
佐助「美香さん、起きた? おはよう」
「おはよ……佐助くん」
先に起き出していた佐助くんが、私の顔を覗き込んで、穏やかな笑みを向けた。
(こうして好きな人と朝を迎えられるのって、すごく幸せだ……)
間近に迫る瞳に見とれて、頬に熱が広がっていく。
「……あれ、佐助くん、新しい着物?」
佐助「ああ。宿の人に用意してもらった。君の着物もある」
「あ……ありがとう」
(あ、私なにも着てないんだった……!)
ハッとして布団をかき寄せるものの、佐助くんは全く動じていない。
佐助「どうして慌てるんだ。昨日、全部見たのに」
(そういう問題じゃ……っ)
「部屋が明るいし、寝起きで変な顔になってるし、髪もぼさぼさだし……」
佐助「俺は構わない。第一、寝起きでも君は驚くほど可愛い。いや、それじゃ言い足りないな。特大級に……宇宙級に可愛い」
(そんな無表情で淡々と……)
佐助くんは照れる私を興味深げに眺めている。
(褒めてくれるのは嬉しいけど……ちょっと複雑)
「……佐助くんが照れないのが、悔しい。どうしてそんなに余裕なの」
佐助「え?」
「私は……佐助くんがいつもと違う着物を着てるだけでドキドキしてるのに」
佐助「……それは誤解だ」
(わ……っ)
あっさりと布団を奪うと、佐助くんは私の手を取り自分の胸にあてた。
佐助「伝わる? 心臓の音」
(音……?)
引きしまった胸元から手のひらに伝わる鼓動の音は、かなり速い。
佐助「君といる時の俺は、常に心拍数が高い。余裕じゃないのが通常なんだ」
「そ、そうなの……?」
佐助「最初は不整脈を疑って慌てたほどだ。君といるだけで、世界は眩しいものになる。今もすべてが輝いてる」
「佐助くん、心拍数が高すぎ……。でも私も負けてないよ。ほら……」
佐助くんの手をを同じように、私の胸元へとあてる。
佐助「……困るな。君の素肌はとても魅力的で、また俺の心拍数が上がった」
真面目な表情で言い切る佐助くんに、つい笑みが溢れる。
昨夜あれほど触れ合ったのに、まだ足りない気がして、佐助くんを抱きしめる。
佐助くんも静かに私の髪を撫でてくれた。
(胸のもやもやがもう消えた……。佐助くんのストレートな性格、改めて好きだな)
佐助「ずっとこうしていたいけど、朝餉を宿の人が部屋に用意してくれた。着替えたら、食事をしよう」
「そうだね。そういえばお腹が空いた」
身体を起こすと、佐助くんは着物を私にふわっとまとわせた。
(淡くて綺麗な色の着物……)
佐助「美香さんにとてもよく似合ってる。ただし、食事を終えたら、この着物は再度、俺が預かる」
「え……っ?」
(なんで?)
きょとんとする私に、佐助くんは当然とばかりに言葉を続けた。
佐助「たった一夜で『君をめちゃくちゃにする』約束が果たせるわけがない。だから、預かる。いい?」
「っ……」
喉の奥が詰まって、とっさに反論の言葉が出てこない。
「ええっと……でも、まだ、朝だし……」
佐助「朝も昼も関係ない。今日は、君を部屋から出すつもりはないから」
淡々とした声音の中に潜む艶めいた熱に、身体の奥が甘く疼いて……私はただ、小さく頷いた。
…………
言葉少なに朝餉を食べ、湯浴みをしたあと–––
「待っ……ぁっ、そんな……駄目……」
佐助「駄目じゃない」
ちゅ、と、つま先からキスをされる。
昨夜の激しさとは違い、優しく淡く、けれど確実に攻め立てられていく。
堪えきれずこぼれる声に、時折、高らかな鳥の鳴き声が重なった。
(スズメが、鳴いてる……)
まだそんな時間なのに、湿った声を漏らしていることが恥ずかしくなる。
けれど、やめてほしくない。
(私……おかしくなってる。佐助くんにもっと、触れられたい)
腕を伸ばし、佐助くんの少し硬い髪に指を通し、胸に抱き寄せる。
佐助「美香さん……」
切なげな声が、いっそう熱を煽る。
苦しげなのに、佐助くんは焦らすような触れ方で、指先を肌に這わせていく。
痺れるような淡い感覚で私を焦らし、皮膚が震え、もどかしくなった。
「どうして……っ、そんなふうに、するの……?」
佐助「君の全部を知りたいから。どこにどう触れれば、君がどんな声を漏らすか、頬がどんなふうに染まって、どんな顔を見せてくれるか、全部」
「……意地悪なのか、優しのか、わからない……、んん……っ」
佐助「多分、両方だ」
ふっと笑う佐助くんから、視線を逸らせない。
(また……今まで知らなかった、佐助くんの顔だ)
色気のにじむ表情には好きが溢れていて、声が抑えられなくなっていく。
佐助「我慢しないで。俺以外、誰もいない」
「だからって……真昼からこんなこと……」
佐助「確かにこの状況は、若干、自堕落だけど。昨夜は想いのままに激しく求めてしまったから、ちゃんと優しくして……君と愛を深めたい」
(ほんとストレートで……敵わない)
後ろめたさと甘さの間を、ふたりでたゆたう。
お互いの肌は日の光に照らされ、布団にはっきりと影を落としていた。
(余裕に見えても、佐助くんも私にドキドキしてくれてるんだな……)
触れられるたびに身体はよろこんで、視界が潤んでいく。
「私にも佐助くんを優しく愛させて。断っても……駄目だから」
佐助「……。ありがとう。暴走しないように努力する。でも……君が魅力的だから、確約はできない」
お腹の下へと佐助くんが唇を滑らせ、びくっと腰が跳ねる。
「あ……っ、あぁ……」
しがみつく私を佐助くんはしっかりと腕の中へと抱き込み、絞り出すように囁いた。
佐助「美香さん……これからどんな時も、君をずっと愛させて」
結局、その日は一歩も部屋から出ることなく、愛おしい人の体温を身体で感じ続け……
乱世で私たちが生きていることを、これからもふたりで生きていくことを、全身で確かめ、喜び合った。
…………
翌朝–––
澄んだ空気の仲、佐助くんと私は部屋から続く庭園へと出た。
(久々に外の空気を吸った気がする……)
佐助「美香さん、手を」
「うん!」
差し出された手を握り、のんびりと庭園を歩く。
佐助「いい庭だな。短期間とはいえ庭師見習いをしてたから、丁寧に手入れされてるのがわかる」
「緑がいきいきしてて、綺麗だね」
こぼれんばかりに咲いてる花に顔を寄せ、香りをかごうとした時–––
(あ……っ)
大きくよろめいて、佐助くんの腕に抱き留められた。
佐助「危なかった。石につまずいた?」
「う、うん。そうみたい……」
(本当は寝不足のせいだと思うけど……)
朝まで濃密な時間を過ごしたためか、身体中が甘いけだるさに包まれている。
(照れくさいから、黙っておこう)
そう思いながら目を逸らすと……
佐助「…………。美香さん、俺にしがみついてて」
「わっ?」
不意に膝裏と背中に腕を回され、ひょいっと抱き上げられた。
「どうしたの?」
佐助「このまま庭を眺めよう。これ以上、美香さんを疲れさせたくない」
(佐助くんには何でもお見通しだな)
佐助「ちなみに遠慮はノーサンキューだ。俺には、君を抱きしめていられるメリットがあるから」
小さく笑い、佐助くんに身体を預けた。
「せっかくだから……お言葉に甘えるね」
佐助「どうぞ」
この腕に何度助けられただろう。
いつだって余裕たっぷりに私を支え、守ってくれた。
(どうして一瞬でも、この温もりと離れて生きていけると思ったんだろう)
私を抱きかかえていても、歩く佐助くんの安定感は抜群だ。
いつもより少し高い視点で庭を眺めているうちに、ふと、佐助くんの表情が気になってきた。
佐助「…………」
(少し元気がない気がする……)
一見いつもと同じ無表情だけど、今の私には落ち込んでいることくらいわかる。
「佐助くん、どうしたの?」
佐助「……反省をしてた」
「反省って、何を?」
佐助「見境なく求めて、君に無理をさせてしまった」
(っ……それで、しょんぼりしてたの?)
「ええっと……たしかに、『めちゃくちゃにする』って、有言実行だったね……」
佐助「すまない」
「っ、謝らないで。私も望んだことだから……」
とっさに本音が出ると、佐助くんは一拍置いて小さく笑う。
佐助「……よかった。なら、もう反省するのはやめにする」
「うん、そうして」
佐助「君も望んでくれてたなんて嬉しい。データも多く集まったし、いいことずくめだ」
「データって……まさか私の?」
佐助「もちろん」
(うーん、そんな澄んだ目で言われると何も言えなくなる。……佐助くんらしいな)
「そのデータは門外不出でお願いします」
佐助「当然だ。日々脳内でアップデートを重ねる予定だから覚悟して」
お互いの軽口に笑い合いながらキスをしようとした時–––
佐助「……!」
佐助くんが僅かに眉をひそめ、腕の中の私をそっと地面に下ろした。
「佐助くん?」
佐助「しっ……」
唇に指を当てながら、佐助くんは眼差しを鋭くする。
佐助「そこで、いつまで隠れているつもりだ」
(え、誰かいるの!?)
一気に緊張して息を呑むと、奥の庭木が揺れ……
庭師「す、すみません、邪魔して……。宿の庭師の者です。もう帰るところなんで……」
恥ずかしそうに姿を見せたのは、若い青年だった。
(宿の人がいたんだ!)
「お仕事中にすみません……!」
佐助「職業柄つい警戒してしまいました。申し訳ないです」
庭師「いいえ! 『いい庭だ』って仕事を褒めてもらって嬉しいです。やる気が出ました」
カラッとした笑顔を見せて青年は去っていく。
「『いい庭だ』って……最初から聞かれてたみたいだね」
佐助「ああ。君に夢中で気配に気づけなかった」
(佐助くんでもそんなのことがあるんだ)
日が昇り、宿の人たちも起き出したらしく、活気ある声が飛び交い、煮炊きの香りが漂い始める。
佐助「今日も一日が始まるな」
「そうだね、もうじき朝餉かも」
佐助「この香りは、山菜汁だな」
(朝になったら起きて、身支度をして、掃除をして、ご飯を作って食べて……)
よくある日常の一コマが、今はかけがえのないものに思える。
(危険と隣合わせの乱世にも、武器を持たずに日々の生活を守ろうとする人の営みが、たしかにある。私が目にしてるのは、危うくて不確かな平和かもしれない。でも……きっと平和っていうのは、一瞬一瞬の穏やかな暮らしを積み上げていった先にあるものなんだ)
色濃い緑の香りを吸い込むように、佐助くんが深呼吸をした。
佐助「休暇は満喫した。俺たちも、新しい生活に乗り出さないと」
「そうだね! 幸村と約束したし、春日山城に向かおう」
(また皆に会えるんだ)
幸村はもちろん、謙信様、信玄様、義元さんたちの顔を思い浮かべるだけで、口元がほころんだ。
安土の皆にも、いつか必ず会いに行きたい。
佐助「…………」
(……あれ?)
「春日山に帰ること、佐助くんは乗り気じゃないの?」
佐助「まさか。あそこへ帰ると思うだけで、スーパーウルトラハッピーだ。ただ……」
「ただ?」
佐助「元の職場に再就職するのは難しいだろうな」
佐助くんの横顔が少し切なげに歪む。
(そっか、謙信様とはあんな別れ方だったから……)
「お願いして、もう一度雇ってもらうことはできないかな?」
佐助「謙信様の性格を考えると、許してくれない可能性が高い」
(確かに、戻って働きたいって言った途端、真っ二つにされそう」
佐助「うーん。培ってきた忍者スキルを活かして、今後もキャリアアップを図りたいところなんだけど」
「忍者の再就職先か……。佐助くんは優秀だからきっと引く手あまただろうと思うけど」
一緒に考えてるうちに、ひとつの案がひらめく。
「幸村に雇ってもらえないか頼んでみるのはどう?」
佐助「幸村に?」
「幸村も一国の城主だし、なんていっても佐助くんのズッ友だし。間接的に謙信様の助けになれるし、また皆一緒に春日山で暮らせるよ!」
佐助「……! ナイスアイデアだ。さすがだ、美香さん」
少ない変化ながら、佐助くんの表情がパッと明るくなった。
佐助「俺が苗字をもらった『猿飛佐助』という人物は、真田十勇士のひとりなんだ」
「真田十勇士って……」
佐助「名将、真田幸村に仕える十人の猛者たちのことだ。架空の人物も混ざってるけど、そういう存在が実際に真田幸村のそばにあった可能性はゼロじゃない。俺が幸村に仕えるのは、収まるべきところに収まると言える」
(そうだったんだ……!)
「じゃあ私もお針子として雇ってもらえるようにお願いしてみようかな」
佐助「ナイスアイデア。忍者とお針子ワンセットで、幸村に営業をかけよう」
(きっと幸村なら受け入れてくれる。間違いない)
ふたりの固い絆は、これまで何度も目にしてきた。
「そういえば……佐助くんと幸村は、どうやって友だちになったの?」
佐助「幸村には俺から声をかけた。元々武将として尊敬してたから。最初は無表情な忍者だって警戒されてたけど、春日山で暮らしてるうちに自然と仲良くなれたんだ」
「そうなんだ……」
佐助「幸村とズッ友になれたからこそ、乱世を楽しく過ごすことができたと思ってる」
(いつもの無表情が崩れてる……。そんなに幸村のことが大事なんだ)
佐助くんが幸村の良さについて熱く語り出したので、手を伸ばして、思いっきり抱きしめる。
佐助「美香さん?」
「……あんまり仲がいいから、ちょっとやきもち。ふふ」
佐助「……。君って人は……そんなに可愛くてどうするんだ」
ため息混じりに囁かれ、唇を奪われる。
「ん……っ」
ふっと息をついて、まつげが触れそうな距離で見つめ合う。
佐助「機嫌、なおった?」
「……たぶん」
佐助「多分じゃ、困る」
「……嘘。ほんとは元々、ご機嫌」
佐助「なら万事OKだ」
微笑む恋人の瞳は今日もキラキラ眩しくて、私の胸を締め付ける。
(ああ、幸せだな。『幸せだな』って私はこの先、星の数ほど思うんだろうな)
佐助くんが目を細め、春日山へと続く空を見上げた。
佐助「–––よし、帰ろうか」
「うん! 蘭丸くんの怪我の具合を確かめて、謙信様のご機嫌を直して、信玄様に甘味を手土産にして……」
佐助「それから義元さんオススメの舞い手の舞いも見せてもらおう」
「楽しみだね。じゃあ、さっそく支度しよう!」
(早く皆の元気な顔が見たい)
佐助「……」
駆け出そうとした私を、佐助くんがふわりと背中から抱きしめた。
「佐助くん……?」
佐助「俺が君より四年前にタイムスリップした理由が、今わかった」
「え……?」
佐助「君を守り通せるくらい、強い男になっておくためだ。……君の強く輝く瞳と、この眩しい笑顔が、消えてしまわないように。守れてよかったと、今、とても思った」
(佐助くん……)
たくましい腕にぎゅっと力がこもって、佐助くんの温もりに包まれる。
佐助「俺は、君と生き抜く。この先も、君と生きていく。ふたりで、手を繋いで、ずっと」
「……うん、約束だよ」
佐助くんの語る未来が、私にもくっきりと見える。
(生き抜こう、佐助くんと。繋いだ手を放さないよう、いつまでもふたりで……)
振り返ると、優しいキスが落ちてくる。
そっと唇を触れ合わせるだけで、こんなにも満たされる。
私たちは生涯、口づけに飽きることはないだろう。
(何もかもがきらめいて見える……)
ふたりのハッピー戦国ライフはこれからも続く。
この幸せに、終わりは永遠にやって来ない。
そう確信して、ゆっくりと唇を離した。
佐助「じゃ、部屋まで競争」
「えっ、待って、ハンデを要求します! ちょっとすごい忍者と私じゃ勝負にならないでしょう?」
佐助「わかった、俺はスキップで走る。–––こんな感じで」
「あはは、そんな爆速スキップじゃハンデにならないよ!」
佐助「うーん。となると、こうするしか打開策はないな」
佐助くんがとぼけた顔で、筋張った手を差し出す。
私もすました顔で笑い返して、その手を掴んだ。
(佐助くんとならどこまでも走っていける。この人と、この時代で生きていく)
緑を揺らす爽やかな風の中、私たちは手を繋いで走り出した–––