戦国【佐助】幸福秘密END
春日山城の朝は早い–––
謙信「そこの忍び、今日こそはお前を斬る」
佐助「待ってください、謙信様」
(佐助くん、危ない!)
刀と刀が打ち合わされる音を目覚ましに、住人たいが起き出してくる。
信玄「ん、今日も始まったか」
幸村「またやってるのかよ……」
謙信「覚悟!」
佐助「お願いです、俺の話を聞いてください!」
願いもむなしく降り下ろされた刀を、佐助くんが紙一重でかわす。
休む暇なく次の一撃を繰り出そうとする謙信様に向かって、私は声を張り上げた。
「はい謙信様、そこまでにしてください! 朝餉の支度が出来てますよ!」
謙信「…………」
「よくつかった梅干しもありますから!」
信玄「だそうだ、謙信。よかったな」
幸村「ほら、冷めないうちに早く行きますよー」
謙信「……命拾いしたな、そこの忍び」
刀を収めた謙信様は、信玄様と幸村によって佐助くんから引き離される。
(ふう、どうにか今日も事なきを得た……)
佐助「ありがとう、美香さん」
「ううん。毎日毎日お疲れ様、佐助くん……」
私たちが春日山城へ戻って一週間。いつもの日常が戻りつつあった。
(城に戻ってきた佐助くんの顔を見た瞬間、謙信様が斬りかかってきた時はどうなることかと思ったけど)
「真田家に仕えることを幸村が快諾してくれてよかったよ。当面はまたこの城に住めるようになったから、前と状況はあんまり変わってないね」
佐助「とはいえ、以前の暮らしにはもう戻れない。決定的に違ってしまってる」
佐助くんは腕組みをして淡々と呟く。
佐助「春日山に戻ってきて以来、謙信様からは『そこの忍び』扱いだ。この先も俺は『猿飛佐助』だと認めてもらえないんだろうか」
一見、無感情に見えるけれど、佐助くんが真剣に悩んでるのはそばにいればわかる。
謙信様は『俺の忍びは死んだ』と言い放ち、ことあるごとに佐助くんに斬りかかってくる。
(城から追い出そうと思えば、いつでもできるはずだ。なのにそうしないってことは、佐助くんの帰還を内心は認めてくれてると思うんだけど……)
「今のままなのは悲しいね。佐助くんにとって、謙信様は大事な人なのに……」
佐助「ああ。雇用主は変わったけど、謙信様は俺の最初の主だ。育て上げてもらった恩は忘れられない。これから先も、あの人が窮地に立つことがあれば駆けつけるつもりでいる」
(どうにかして和解できるといいんだけどな……)
その時、襖が開いて義元さんが姿を見せた。
義元「佐助、美香。ふたりに良い知らせを持ってきたよ」
(! もしかして……)
…………
「蘭丸くん!」
佐助「よかった……!」
蘭丸「美香様、佐助殿……!」
大きな瞳を輝かせ、蘭丸くんが布団から起き上がった。
(やっと目を覚ましてくれた……!)
私が元就さんにさらわれた時、それを知った蘭丸くんは佐助くんを呼びに春日山城へ駆けつけてくれた。
幸村にすべてを話し終えた直後に昏倒し、それからずっと生死の淵をさまよい続けていた。
私たちが春日山城に戻った時も、まだ眠ったままで–––
今日、ようやく意識が戻ったのだ。
蘭丸「ふたりとも無事だったんだね……。よかった……! あいつは……元就はどうなったの!?」
佐助「大丈夫だ。安心してほしい」
「順を追って話すから、あんまり興奮しないで」
立ち上がろうとする蘭丸くんをそっと布団に戻し、元就の野望は打ち砕かれたことを伝えた。
様「幸村と俺で、武器を運ぶための船を爆破し、海に沈めた。暴動悪化は回避できて、今では織田軍、上杉武田軍、どちらの領地も無事に平定されてる」
蘭丸「……そっかぁ」
ホッとしたように蘭丸くんは表情を和らげ、布団の上に正座して深々と頭を下げた。
「蘭丸くん……?」
蘭丸「……ありがとう。ふたりにはいくらお礼を言っても言い足りないよ」
「そんな、私こそ蘭丸くんが幸村に伝えてくれなかったら、今頃どうなってたか……。助けてくれてありがとう、蘭丸くん」
佐助「俺からも感謝を伝えさせてほしい。頭を上げて」
蘭丸「……まさか、お礼を言ってもらえるなんて思わなかったな」
顔を上げた蘭丸くんは、一瞬、泣き出しそうな顔をした。けれど–––
蘭丸「あーあ、ほんと、たっくさんお世話になっちゃったね!」
すぐに、見慣れた明るい笑顔が咲く。
蘭丸「みんなに『ありがとう』の挨拶して回らなきゃ!」
義元「幸村のところにも顔を出してあげて。ずいぶん心配してたからね」
蘭丸「はあい! さっそく行ってくるね!」
(蘭丸くんの笑顔、久しぶりだ)
嬉しくなる一方で、妙な胸騒ぎもする。
(どうしてだろう。気のせいだといいんだけど……)
…………
その夜、蘭丸くんのささやかな快気祝いが開かれた。
出席したのは幸村と義元さん、それから佐助くんと私だ。
女中「蘭丸さま、料理をお持ちしました」
蘭丸「やったぁ、どれも美味しそう! お姉さんたち、俺のために運んできてくれてありがとう!」
女中たち「きゃーっ」
蘭丸くんが笑いかけると、女中さんたちは頬を赤らめ歓声を上げた。
(あっという間に春日山の女の子たちも虜にしてる……!)
佐助「どこでも蘭丸くんは大人気だな」
「現代ならアイドルデビュー間違いなしだね」
(『みすたー春日山こんてすと』を開いても、確実に一位がとれそう)
蘭丸「ねえねえ、美香様、この和え物食べてみて! すっごく美味しいよ」
笑顔の蘭丸くんを横目に、幸村はお酒を飲みながら肩をすくめた。
幸村「蘭丸、病み上がりのくせに、はしゃぎすぎだ。少しは大人しくしてろ」
蘭丸「いいじゃん幸村殿! 今日くらいはしゃいでもさ」
幸村「ったく。ヤワそーな見た目のくせに神経図太いよな、お前。一応、ここが敵地のド真ん中だってこと、忘れんなよ」
蘭丸「もっちろん、敵地にいるってことは自覚してまーす」
幸村「ぜってー、思ってねー」
義元「いいんじゃない? 好きに楽しめば」
義元さんは優雅に盃を傾けながら、くすくすと笑っている。
(謙信様と信玄様も同席していただければよかったんだけどな……)
公表していないとはいえ、幸村は信長様の小姓だった人物を城内に招き入れていることになる。
謙信様と信玄様は事情を知った上で、蘭丸くんと直接接触しないことで滞在を黙認してくれているのだ。
義元「幸村、蘭丸くんの怪我が心配なのはわかるけど、せっかくのお祝いなんだし固いこと言うのやめたら?」
幸村「は? 別にそんなんじゃねーよ」
蘭丸「わぁ、心配してくれてたんだ! 幸村殿、やっさしー!」
幸村「だから違うっつってるだろうが。佐助、こいつらに何とか言ってやれ!」
佐助「幸村、照れない照れない」
幸村「照れてねー!」
(ふふ、賑やかだな。こんなふうに集まるのは久しぶりだ。春日山城に戻ってきてからまだ、全員揃っての宴はしてないな……)
私と佐助くんが帰ってきた時には、幸村と信玄様と義元さんが帰還祝いを内々に開いてくれた。
けれど、謙信様は最後まで、顔を見せることはなかった。
それ以来佐助くんと私は、城のみんなが集う宴会の場には遠慮して出席を控えている。
(いつか前みたいに、一緒に大騒ぎできる日が戻ってくるといいな……)
その夜は、蘭丸くんの明るさのお陰で、場は大いに盛り上がった。
義元さんが呼んだ舞い手の舞に飛び入り参加して、女性陣の歓声を独り占めしている。
始終ニコニコ笑いっぱなしで……、なのに何かが胸に引っかかる。
(この違和感は何だろう?)
佐助「…………」
気がつくと、佐助くんも鋭い表情で蘭丸くんを注視している。
(佐助くんも、何かおかしいって思ってるんだ)
…………
幸村「ふわぁ、ねみー……。ずいぶん遅くまで飲んじまったな」
義元「そろそろお開きの時間だね」
夜も更けて、皆が広間を後にした時–––
(あれ、蘭丸くん?)
廊下の先で、蘭丸くんの姿がふっとかき消える。
嫌な予感に、すっと血の気が引いた。
「佐助くん……!」
私が声を上げるまでもなく、佐助くんは駆け出していた。
佐助「追いかけよう、美香さん!」
…………
佐助「いた、あそこだ!」
「待って、蘭丸くん!」
蘭丸「あっれー? バレちゃった?」
闇色の黒い衣装をまとう蘭丸くんが、門前で笑いながら振り返った。
(黙って春日山城を去ろうとしてたんだ……)
「安土に帰るんだよね……?」
おそるおそる尋ねた私に、蘭丸くんは笑って首を横に振る。
蘭丸「美香様にはもう嘘はつきたくないから、正直に答えるね。……戻れるわけないよ、そうでしょ? 俺の帰る場所はもうないの」
蘭丸くんの笑顔の陰に、後悔してもしきれない罪を背負った絶望が見え隠れする。
(蘭丸くんは、もしかして……っ)
濃厚な死の気配を感じて、ぞっとした。
佐助「帰る場所がなくても、問題ない」
蘭丸「え……」
佐助「ないなら、作ればいい。……俺も今、必死にそれをしているところだ」
(佐助くん……)
佐助「美香さんと俺は故郷を離れ、乱世で生きていく覚悟を決めた。だから自分たちの居場所を、自分たちで作っていかなければならない。大事な人たちと縁を結び、この土地に根を下ろすために」
蘭丸「…………」
佐助「許すかどうかは相手が決めることだ。俺は、許してもらえる努力をし続けるしかない。だから、努力をし続けることを諦めない」
(……謙信様のこと、そんなふうに思ってたんだ)
蘭丸「……俺と佐助殿じゃ、罪の重さが全然違うでしょ。俺は、許されるだなんて思ってない。許されたくも、ないんだよ」
(……そんな顔で笑わないで、蘭丸くん)
思わず手を伸ばして、蘭丸くんの手をぎゅっと握りしめる。
蘭丸「美香様……?」
「蘭丸くんが自分を許せなくても、蘭丸くんを大事に思ってる人はいる。生きて、幸せになってほしいって……顕如さんは願ってるはずだよ」
蘭丸「…………っ」
「だから信長様たちに、蘭丸くんが仲間だって明かさなかったんだよ。蘭丸くんも、気づいてるでしょう……?」
蘭丸「だからこそ……っ、俺だけ幸せになんか、なれないよ……!」
暗闇に、痛ましい叫びが吸い込まれていく。
どんなに笑っていても蘭丸くんは、心が粉々に砕け散るほどに傷ついていたのだ。
(蘭丸くんの苦しみは、ひとりで負うには重すぎる……)
私が握る蘭丸くんの冷たくなった手に、そっと佐助くんも温かな手のひらを重ねた。
佐助「蘭丸くんが罪を背負っていても、不幸だと思っていても、顕如さんの君への思いは変わることがない。それは、事実だ」
蘭丸「……!」
迷うように揺れた瞳を、私は真っ直ぐにのぞき込む。
「蘭丸くんを大事に思ってるのは、顕如さんだけじゃないよ。私たちも蘭丸くんを大事に思ってる」
蘭丸「美香様……」
「すぐに安土に帰るのが無理なら、私たちと一緒に暮らさない?」
蘭丸「…………っ」
(少しでも力になりたい。安土でいつも元気づけてくれたお返しをさせてほしい。蘭丸くんには、いつも楽しそうに笑っててほしい)
蘭丸「ほんと、優しいね、美香様……。まるで天人みたい」
ほんの一瞬、弱々しい力で蘭丸くんが私たちの手を握り返した。
形の良い唇に、笑みが滲む。弱々しいけれど、作り物じゃなかった。
蘭丸「今の言葉、忘れない。……でも、しばらくはひとりになって、どうするか考えてみる。……いつかまた、会いにきても、いい?」
「うん、きっと、会いにきて!」
佐助「楽しみに待ってる。これから先は、俺とこはるさんも、君の帰る場所のひとつだ」
蘭丸「ありがとう。それじゃ……またね!」
「またね、蘭丸くん!」
手をするりと解いて、蘭丸くんは闇夜の中へと去っていく。
姿が見えなくなる寸前、大きな瞳に浮かんだ涙を星明かりがキラリと光らせた。
佐助「蘭丸くんは、きっともう大丈夫だ」
「うん……」
寂しく切ないけれど、旅立っていった蘭丸くんからは、色濃い死の気配は遠のいていた。
(必ずまた会おうね、蘭丸くん)
天真爛漫な男の子がいなくなると、静寂がやってきて私たちを包んだ。
佐助「このまま少し、星を見ていかない?」
「うん、そうしよう」
…………
深夜–––以前、仲直りした見張り台へ、佐助くんと登る。
地上の灯はすっかり消え、空の星がこぼれ落ちそうなくらいキラキラ光っていた。
佐助「–––蘭丸くんは過去を清算する覚悟を決めた。彼に偉そうなことを言ったからには、俺も、もう一度正面から謙信様に向き合ってみる」
(佐助くんは強いな……)
「きっと謙信様に佐助くんの気持ちは届くよ。私はそう信じてる」
佐助「美香さんにそう言ってもらえると心強い。君は俺の、心の支柱だ」
佐助くんの手に静かに指を絡めると、すぐに力強く握り返された。
佐助「君はいつも、俺に勇気をくれる。思えば、出会ったときから君は、俺にとってそういう存在だった」
佐助くんは私の手を引き寄せ指先に軽くキスをする。
(あ……)
想いを確かめ合って以来、もう何度となくキスをしているのに、指先は少し震えた。
「……私にとっても同じだよ。佐助くんは私に、何度も何度も勇気をくれた」
(安土で引きこもってた時も、春日山城で新生活を始めた時も、戦いのさなかも、絶体絶命のピンチに追い込まれた瞬間も)
元就さんの船の舳先から見た海の青を、今でもありありと思い出せる。
あの時私は、本気で飛び込むつもりだった。飛び込んで、必ず生き抜くつもりだった。
「佐助くんと過ごした時間が、私を強くしてくれたの。この世界で佐助くんと一緒に生きていくために、何でもする。なんだって、できるよ。ふたりでいれば」
佐助「……ああ、そうだな」
ふっと笑って、佐助くんが私の腰に手を回した。
佐助「美香さん、寒くない?」
「え? 私は大丈夫だよ」
佐助「俺はちょっと寒い」
(ぁ……っ)
私を抱き寄せ、佐助くんが額を重ね合わせた。
切れ長の瞳が、いたずらっぽくキスをねだっている。
(……なんて可愛い人だろう)
口づけをひとつ贈ると、すぐにお返しが戻ってくる。
淡いキスが繰り返され、身体の熱が上がっていく。
佐助「これ以上ないほど君に恋をしてると思ってたけど、認識を誤ってた。今夜、もっと好きになった」
「……奇遇だね、私も同じ」
(大好きで胸が痛いくらい……)
もう一度、ゆっくり唇を重ね合う。
水音がこぼれるたびに、甘い感情が胸を満たす。
瞬く満点の星の下、深い愛と温もりが、私たちを満たし、包み込んだ。
…………
翌朝–––
謙信「そこの忍び、今日こそはお前を斬る」
佐助「…………」
刀を抜き放ち飛びかかってくる謙信様を、佐助くんは正座で迎えた。
謙信「っ……?」
佐助くんの眼前で刀を止め、謙信様は目尻をつり上げる。
微動だにせず、佐助くんの瞳が謙信様のふた色の双眸を真っ直ぐに捉える。
(佐助くん……)
廊下の陰でハラハラしながら見守っていると、ただならない雰囲気に皆が集まってきた。
信玄「いつもと様子が違ってるみたいだな」
義元「佐助、覚悟を決めたって顔してるね」
幸村「あいつ、大丈夫かよ……」
周囲の面々が一斉に息を呑む中、佐助くんが口を開いた。
佐助「……俺の名は佐助です、謙信様。忘れたのなら、また新たに覚えてください」
謙信「…………」
佐助「俺はあなたの元を離れた選択を悔いてはいません。ですが、あなたのそばに戻ってきた選択を悔いてもいません」
謙信「…………」
佐助「新たに、縁を結ばせてください。あなたが育て、あなたの元を巣立った忍び、猿飛佐助として。–––どうか、お願いします」
頭を下げる佐助くんに、謙信様は射るような視線を注ぎ……
やがて、ふっとため息をつき、ゆっくりと刀をおろした。
謙信「……よく戻った、などとは言ってやらんぞ。佐助」
(謙信様……!)
謙信「縁を結びたいというならば、酌のひとつでもして俺の機嫌を取ってみろ」
佐助「……はい、いくらでも」
…………
その夜、春日山城では久しぶりに全員揃っての宴が開かれた。
謙信「佐助、何をしている。盃が空だ。早く酒を注げ」
佐助「はい、謙信様」
謙信「佐助、梅干しがなくなった、酒もだ。次を持ってこい」
佐助「はい、謙信様」
謙信「佐助どこへ行く、俺のそばを離れることは許さん」
佐助「はい、謙信様」
(謙信様、いきいきして佐助くんをこきつかってる……)
お陰で今夜は、恋人に近寄る隙がない。
信玄「謙信の奴、嬉しくてたまらないって顔だな」
義元「佐助の覚悟が伝わったみたいだね。謙信は謙信で仲直りのきっかけが見つからなくて困ってたみたいだし、よかったんじゃない?」
幸村「はじめから素直に喜んどきゃいいのに、めんどくせえ……。ま、佐助も嬉しそうだからいいか」
(確かに。佐助くんの目が輝いてる。よかったね、佐助くん!)
信玄「佐助は忙しいようだし、俺は天女との時間を楽しませてもらおう。ふたりきりで」
「え……っ」
幸村「全然ふたりきりじゃないでしょーが! その女好き、いい加減にしてください。美香、なんかされそうになったら急いで逃げろよ」
信玄「ひどい言われようだなー」
義元「騒がしいなあ。美香、こっちへ避難してきたら? 君の好きな甘いものもあるよ」
信玄「横取りとは見過ごせないな。美香、悪い大人に惑わされないように、こっちへおいで」
幸村「ちょ、待て! こいつらんとこに近寄るくらいなら俺んとこに来い、美香」
(ええっと……どうしよう?)
三方向からのお誘いに答えあぐねていると、私の隣にすとんと誰かが座った。
佐助「三人とも、そこまでです。美香さんの定位置は俺の隣なので」
「佐助くん! ……謙信様はいいの?」
佐助「ああ。少しだけ抜けてきた」
謙信「佐助、そこで何をしている。さっさと俺に酒を注げ、でなくば斬る!」
幸村「うわ、速攻で追いかけてきた」
佐助「今日の宴は、ゼロキルという初記録を達成できると思ったんだけど」
義元「謙信、ひとまず座って。はい、盃」
謙信「–––酌はお前がしろ、佐助」
佐助「はい、喜んで」
信玄「愛されてるなー、佐助」
佐助「おかげさまで」
しれっと認める佐助くんに、幸村が「よく言うよ」と笑いながら酒瓶を渡した。
「早くしろ」と盃を差し出す謙信様の口に、信玄様が「これも食え」と三色団子をねじ込もうとする。
怒った謙信様を佐助くんが「まあまあ」となだめ、義元さんが「なら俺が」とお団子を優雅に奪い……
(……いつもの、春日山城だ)
うるさいくらいに騒ぐ皆を見つめながら、胸が詰まって視界がぼやけた。
以前は当たり前だったこの風景を、ずっとずっと見たかった。
佐助「……美香さん、どうかした?」
「なんでもない。ただ……私たち、帰って来られたんだなと思って」
泣きそうな気持ちを、笑顔に変える。
「前と同じ毎日が戻ってきて、本当によかったね!」
佐助「……いや、ひとつだけ決定的に変わったことがある。それだけは二度と元に戻らない」
(もう戻らない、変わったこと……?)
次の瞬間、佐助くんが素早く私の唇を盗んだ。
「!?」
佐助「俺と君が恋人同士だという事実だ」
(っ、佐助くん……)
信玄「どうした、美香? 真っ赤になってるが、少し飲みすぎたか?」
「は、はい、そうみたいです」
謙信「軟弱な。梅干しでも食べていろ」
義元「お水も飲みなね?」
幸村「佐助、ちゃんと面倒見ろよ」
佐助「もちろん」
ドギマギしている私の気も知らずに、佐助くんは何食わぬ顔をしている。
(私だけこんなにドキドキさせて……!)
「真面目に話をしてたのに、もう知らない……っ」
悔しくなって囁くと、佐助くんが私の耳元に唇を寄せる。
佐助「駄目。君にはこれから、俺のことをもっともっとよく知ってもらう。俺は–––乱世の忍び、疾風迅雷猿飛佐助。目にも止まらぬ早業で、恋人の唇を盗む男だ」
とぼけた口調でクールに言い切られ、一瞬、見つめ合って沈黙し……
(っ……ああもう! 最高に大好き!)
「ふふふ……!」
堪えきれずに私が吹き出すと、笑いはすぐに伝染して–––
佐助「……っ」
やがて佐助くんも、顔をくしゃっと崩し、声を上げて笑いだした。
幸村「うわ、珍しいもん見た。佐助の爆笑」
謙信「まったく……、何をそんなに笑っている」
信玄「お前もつられて笑ってるぞ」
義元「ふふ、いい夜だね」
初めて見た佐助くんの全開の笑顔は、やっぱりキラキラ輝いていて、眩しい。
大事な人たちと一緒になって、愛しい人が笑い声を上げている。
それはまぎれもなく、世界で一番、幸福な光景だった。