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イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【佐助】両ルートMAX特典

美香「わぁ、変わってないね……!」

 

「ああ、懐かしいな」

 

美香と佐助が安土を訪れたその日、空は見事な快晴だった。

 

(美香さん、ご機嫌だな。長旅をしてきた甲斐があった)

 

久しぶりにそぞろ歩きする城下町は、以前以上に賑わっていて、暴動の爪痕はいまやない。

 

(俺もウキウキ気分でスキップを繰り出したいところなんだけど……)

 

そうできない理由が、佐助の懐にしまわれている。

元就との決戦から数ヶ月、春日山での新生活にも慣れた頃、美香宛に文が届いた。

 

『美香、旅支度に幾日かかっている? 佐助、早々に安土へ連れてこい。』

 

豪快な文字で記された端的すぎる文章は、どうやら安土への招待らしかった。

 

(信長様から直々に文が届くなんて、やっぱり美香さんは大物だ。受け取ったのがあの一通だけならな……)

 

美香「浮かない顔だね……。もしかしてあの手紙のこと、まだ気にしてるの?」

 

「もちろん、してる」

 

届いた手紙は一通ではなかった。

 

『佐助。美香を勝手に連れ出した責任、改めて果たしてもらうぞ。–––秀吉』

 

『敵方の忍びに、俺たちが美香をやすやす渡すと思うなよ? –––政宗

 

『一刻も早く安土に来なよ。無事に春日山に帰す確約はしないけどね。–––家康』

 

『道中お気をつけて。安土城に入られてからも同じくお気をつけて……。–––三成』

 

『再会を心より楽しみにしている、色々な意味で。話したいこともある。顔を貸せ。–––光秀』

 

(なんというか、戦国武将たちの圧がすごい)

 

文面を思い出し、文をしまっている懐を押さえ、ため息が漏れた。

 

美香「休戦の会合の時に一度和解したし、皆、本気で佐助くんをどうにかしようなんて思ってないよ」

 

「まあ、そうだろうけど」

 

敵だと隠していた件はともかく、こはるを連れ去った件は別だ–––

 

行間からそんなメッセージが浮かんでくる。

 

美香「大丈夫、万が一何かあっても私が佐助くんを守るから!」

 

「頼りにしてる」

 

(美香さんが強いことは、よく知ってる)

 

繋いだ恋人の手を口元へ運び、感謝のキスを捧げる。

 

美香「……ふふ」

 

くすぐったそうに笑う美香の頬が、少し赤い。

 

「以前よりは比較的、照れなくなったな」

 

美香「それは佐助くんが……っ、いつも、たくさん……するせいでしょ」

 

「何を?」

 

美香「っ……色々、だよ。わかってるくせに」

 

美香が指をするりと解き、逃げるように前を歩き出す。

後ろ姿も揺れる髪も、歩き方さえも、彼女は可愛い。

 

(前言撤回。まだまだ照れが抜けないみたいだ。困るな。これからまだまだもっと、君に色々するつもりなのに。そう考えると……武将たちのマウントに屈してる場合じゃないな)

 

歩調を早め美香に追いつき、指先を絡め取る。

 

「何があろうと俺は負けない。君とふたりきりの夜を無事に迎えるためにも」

 

美香「急にどうしたの……?」

 

「何でもない」

 

決意表明の意味を教えるのは、夜まで取っておくことにする。

 

(大丈夫だ。ある程度向こうの出方を予想して準備はしてきた)

 

やがてふたりの目に、天高くそびえる安土城の天主が見えてきた。

 

 

…………


城下の路地裏に、美香と佐助を密かにうかがう人影があった。

 

蘭丸「……ふたりとも、お帰りなさい。俺は皆に『ただいま』を言えるまで、まだ時間がかかりそうだけど……いつか必ず、会いに行くね」

 

…………


安土城の広間では、武将たちが豪勢な宴の用意をしてふたりを待ちかねていた。

 

信長「よくぞ戻った、美香、佐助」

 

美香「ご無沙汰しています。またお会いできて嬉しいです!」

 

「その節は本当にすみませんでした。謝罪して済むことじゃありませんが」

 

信長「面を上げろ、済んだことだ。ゆるりと休め」

 

(相変わらず度量の広い人だ……。さすがは天下人)

 

この人は敵だろうがなんだろうが、役に立つ相手は技能を認め、懐深く受け入れ、魅了してしまう。

 

「ありがとうございます、信長様」

 

感服し、改めて頭を下げた時……

 

秀吉「よし、挨拶は済んだな? 本題に入ろうか、佐助」

 

「え」

 

政宗「美香、お前は信長様をあっちへお連れして、俺が腕によりをかけて作った手料理を食ってろ」

 

「あの」

 

家康「さっさと来れば。逃げられると思ったら大間違いだよ」

 

「はい」

 

美香「さ、佐助くん……っ?」

 

信長「来い、美香」

 

信長と美香が遠ざかり、あっという間に、武将たちに完全包囲されてしまった。

 

(……非常に不利な事態だ。援軍の美香さんは呼べそうにない)

 

秀吉「で、いつからだ佐助」

 

「と、いうと」

 

三成「いつから佐助殿は、美香様と恋仲になられていたのですか?」

 

「……ノーコメントで」

 

家康「能、米……? 言っとくけど、妙な言葉で煙に巻かれるほど俺たちは甘くないよ」

 

政宗「経緯を洗いざらい吐け。不審な点がひとつでもあったら美香は俺が奪う」

 

政宗さん、悪ノリしてますね」

 

家康「割る海苔って何。こっちは真剣に話してるんだけど」

 

三成「おふたりは今後、どのような将来設計をお考えなのでしょう?」

 

秀吉「いい着眼点だ三成。お前が美香を幸福にできると証明しない限り、城を出られないと思え」

 

(過保護な義兄が大量発生……。こうなるだろうという予想が的中した)

 

安土の武将たちは少々、こはるへの愛が行き過ぎている。

 

(とはいえそれは春日山も同じこと。この事態も想定済みだ。待っててくれ、美香さん。この難局、必ず乗り切ってみせる)

 

佐助が眼鏡のテンプルを押し上げた次の瞬間–––

 

家康・三成「!?」

 

目にも止まらぬ早業で、各武将たちの前には巻物が一部ずつ配布されていた。

 

「まずはお手元の資料をご覧ください。我々の幸せ未来計画の全容をすべてお話ししましょう」

 

ヒュウ、と政宗の口笛が軽やかに鳴る中、秀吉が渋面を作る。

 

秀吉「面白い。とことん説明してもらおうか」

 

「望むところです。では第一章、『婚前準備編~結婚資金の積立と婚約申し込みまでの流れ~』から……」

 

 

…………


(……ふう、さすがに骨が折れた)

 

どうにか武将たちの囲みを突破し、廊下でひと息つくことに成功した。

 

幸せ未来計画ブレゼンは一時間以上に及び、その詳細さに秀吉たちが根負けする形で幕を閉じた。

 

(疲れたけどかなりの達成感だ。美香さんとの交際を認めてもらえてよかった。皆、美香さんにとって大切な人たちだしな。……俺にとっても)

 

光秀「秀吉たちの相手、ご苦労だったな、佐助」

 

(……!)

 

「気配を断って忍びに近づくなんて、光秀さん、あなた相当ですね」

 

光秀「光栄だ」

 

(一番接触を避けたかったのがこの人なんだけど……見逃してはくれないか)

 

届いた文の中で唯一、光秀の用向きだけが予測不可能だった。

無言で手招きされ断ることもできず、庭先に並んで腰を下ろす。

 

(甘苦い香りが……)

 

煙管をくゆらせ始めた光秀を、横目でうかがう。

薄い唇から、ふ、と細い白煙が吐き出されては、そよ風に流されていく。

 

光秀「どうだ、お前も一服」

 

「いえ、お気持ちだけで。光秀さんが煙管をたしなむとは知りませんでした」

 

光秀「何、口寂しくなったので秀吉のを借りたまでだ。無断でだが」

 

「この場合『借りた』という表現は適切ではないかと」

 

光秀「細かいことは気にするな」

 

(うーん、読めない……。まさしく煙に巻かれてる気分だ)

 

漂ってくるビターな香りは、決して嫌いなものじゃないけれど、この人には、心を許した瞬間に喉をひと突きしてきそうなところがあって、油断ならない。

 

(腹芸は専門外だ。正面突破を図るしかないか)

 

「率直に伺いますが……光秀さんは俺とどんな話をしたいんですか?」

 

光秀「そう身構えるな。ただの世間話だ。ずっと思っていたんだ。俺とお前は似ていると」

 

(似てる? どのへんが……?)

 

「俺には光秀さんのような立派な下睫毛はありませんが……」

 

光秀「相変わらず面白い冗談を言う男だ」

 

(いや、今のはただの事実……)

 

光秀「この乱世では忠義が尊いものとされている。だが裏を返せば……それだけ裏切りや謀略が横行しているということ。だろう、佐助?」

 

「……そうですね、仰る通りだと思います。俺は諜報活動を生業とする忍び。あなたの言う裏切りや謀略を重ねて、食べてきました」

 

光秀「勘違いするな、皮肉を言ったわけじゃない。きっとお前にも、忠義という言葉から大きく逸脱する、己なりの義があるんだろうと思ってな」

 

「え……?」

 

光秀「安土から美香を見事かっさらってみせたあの日–––敵ながら、なかなかに痛快だった」

 

「…………」

 

光秀「内緒だぞ。秀吉に知れたら殺される」

 

「はい……」

 

(この人にはあの時から、俺の行動の裏の裏まで見抜かれてたのか……)

 

敵ながら安土の武将たちに魅せられていたことも、佐助自身に敵意や憎しみは欠片もないことも。

 

そして–––すべてにおいて優先すべきは、美香だったことも。

 

(光秀さんも……そうなんだろうか。常識的な正しさからはみだすような義を、この人も、密かに貫いてるんだろうか)

 

光秀「さて、世間話は以上だ。宴に戻るとしよう」

 

煙管の火を落とし、光秀が立ち上がる。

 

光秀「–––尚、これは余談だが、人と違う義を掲げるからには、人と同じ幸福が手に入るなどと安易に思わない方がいい」

 

(……っ)

 

 

光秀「美香を泣かせるなよ、佐助」

 

「……結局それが本題ですか。あなたも皆さんと同じですね」

 

光秀「俺は、世間話をしただけだ」

 

光秀は佐助を待たず去っていく。

白煙が途絶え、甘苦い香りだけが残された。

 

広間へ戻ると、皆に囲まれて声を上げて笑う美香が真っ先に目に飛び込んでくる。

 

皆に愛され、心からくつろぎ、とても幸せそうだ。

 

(綿密な将来設計を立てて、偉そうにプレゼンしたものの……本当にそれで、彼女に幸福な未来が訪れると証明できたんだろうか。誰もが祝福してくれるような幸せを、築けるだろうか。美香さんの描く幸せの形は、俺のそれと、同じだろうか)

 

美香「あ、佐助くん! やっと戻ってきた!」

 

政宗「こっちへ来い。俺の料理を平らげるまで帰さないぞ」

 

「……はい、ご相伴にあずかります」

 

宴の輪に加わっても、耳の奥では光秀の言葉がリピート再生されている。

 

(最後の最後で痛恨の一撃を食らってしまったな……)

 

美香を安土から無理に連れ出さなかったら。

現代へ帰り、美香がそのまま元の生活に戻っていたら。

もうありえない未来予想図が、佐助の頭の中でせめぎ合った。

 

 

…………


陽が落ちて星が空にきらめき出す頃、ふたりは安土城を辞去した。

 

「ようこそ、俺の隠れ処へ」

 

美香「お邪魔します! あれ、ずっと使ってないのにずいぶん綺麗……」

 

「近隣の人たちに不在中の管理をお願いしておいた」

 

美香「潜伏中にご近所付き合いまでしてたんだね……」

 

「今お茶を入れる。くつろいでて」

 

温かいお茶を用意して息つくと、美香が咳払いをひとつした。

 

美香「それで、どうしたの?」

 

「どうしたのって、何が?」

 

美香「隠したって駄目だよ。どうして落ち込んでるの?」

 

(え……)

 

美香「宴の間ずっと上の空だったでしょう」

 

「よくわかったな……。俺の表情筋は死んでることで有名なのに」

 

美香「わかるよ、それは。好きな人のことなら」

 

(美香さん……)

 

隣に座り直した美香に、じっと顔を覗き込まれる。

 

美香「秀吉さんたちに何か言われた? それとも光秀さんにいじめられた?」

 

「……どっちでもない。あの人たちは俺に、君を幸せにしてくれと頼んできただけだ。もちろん俺は、万難を排して君を幸せにするつもりでいる。……でも、俺に実現できる幸せの形は、一般的なそれとは大きく違うものになるかもしれない。下手をすれば、君の望む幸せじゃない可能性もある。そう思ったら、少し怖くなった」

 

美香「佐助くん……」

 

(美香さんに出逢うまでは、怖いものなんて大してなかったのに)

 

星空を見上げれば、ちっぽけな自分の身に起こるすべてを、運命なのだと受け入れられた。

 

(でも今は、君のことばかり見つめてしまう。君の存在はあまりに大きくて、宇宙よりも壮大で……大切すぎて、ほんのわずかな不運も不幸も、許しがたいんだ)

 

「俺は秀吉さんたちに、君を必ず幸福にすると証明しようとしたんだけど……やっぱり証明は失敗だ。大前提として、普遍的な幸福を定義するのを失念してた」

 

手の中の湯呑は、口をつけないまま冷えきってしまった。

 

(……弱音を吐いても仕方ない。無表情に似合わないポジティブシンキングが、俺の売りなのに)

 

「ごめん、つまらないことを言って。すぐに頭を切り替える」

 

冷静さを取り戻すべく深呼吸をした時、こはるが突如、ピシッと片手を挙げた。

 

美香「はい先生、その前に反論があります」

 

「……? それでは美香くん」

 

美香「佐助先生の論理は、破綻してると思います」

 

「破綻……?」

 

首を傾げる佐助に、美香はぎゅっと抱きついた。

 

(!?)

 

条件反射でその身体を抱きとめ、脊髄反射で心拍数か跳ね上がる。

 

美香「聞いて、佐助くん。私は、未来で幸せになりたいわけじゃないよ。ただ、あなたといる今が幸せなの」

 

(………)

 

美香「佐助くんが教えてくれたんじゃない。大切な人がいる、それだけで、私たちはもう幸せだって」

 

(……そうだった)

 

間近でこはるが微笑む。今日一番の幸せそうな笑顔で。

 

美香「あなたといると幸せに気付けるの。証明なら今この瞬間に成立してる。幸せの定義なんて私たちふたりで決めちゃえばいい。でしょ?」

 

「……参ったな、完璧な反論だ」

 

(あやうく光秀さんの仕掛けた罠にはまるところだった)

 

あの人のことだから、美香が自分の目を覚まさせることまでお見通しだったのかもしれない。

 

 

佐助は苦笑して、美香を抱きしめ直した。

美香「元気出た?」

 

「あともうひと押し」

 

  「それじゃ……」

 

美香が少し照れくさそうに、キスをひとつくれる。

 

今この瞬間にもまた、ふたりの幸福は証明された。

 

「俺としたことがうっかりしてた。美香さんが望むなら地獄でだってハッピーライフを送れる」

 

美香「ふふ、でしょう?」

 

「ただ……覚えていて。君を失えば、恐らく俺は生きていけない。だけどそれでも、俺は君を愛し抜く。君が俺の人生のすべて。失ったあとはジ・エンド…それでいい。君がくれる幸せに代わるものなんて、この宇宙には、ないから」

 

美香「うん、忘れない。……私も佐助くんが、宇宙一大切で、大好きだよ」

 

今度は佐助から、美香にキスを贈る。

すっかり頭がクリアになり、矮小な悩みより何億倍、何兆倍、何景倍も重要なことを思い出した。

 

(こうしちゃいられない)

 

両腕で美香の身体を横抱きにし、立ち上がる。

 

美香「わっ? 急にどうしたの……?」

 

「不確定な未来のことより、今夜すべきことがあったのを思い出した」

 

美香「何を?」

 

「君に、色々を」

 

耳元で囁くと、美香の頬が瞬時に薔薇色に染まった。

 

美香「あの、急すぎやしませんか……?」

 

「いいえ、善は急げです」

 

美香「……っ、ふふ」

 

笑い声を上げて、美香が首にしがみついてくる。

 

こうしていれば、幸福はいくらでも胸に溢れた。

 

(君を笑顔にし続けることが俺の使命だ。俺は生涯をかけて、この幸福を証明し続けよう。愛してる、こはるさん)

 

今はただ何も考えられず、滅茶苦茶にキスし合いながら褥へと急ぐ。

 

こんな夜をきっと何度も繰り返して、君とふたり、生きていくのだ。

 

 

Q.E.D. –––証明終わり。