戦国【佐助】情熱13話後半
翌朝–––
(ん……)
重いまぶたをゆっくり持ち上げる。
(あれ……ここどこ?)
見慣れない天井をしばらく眺めた後……
(そうだ、私、佐助くんと……)
現代に戻ってきて、このホテルの部屋で一夜を過ごしたことを思い出す。
(あんな風に触れられると思ってなかった……)
佐助くんの指先や肌、唇の温もりを思い出して、頬がどうしようもなく熱くなった。
(……佐助くんは)
佐助くんはすでに乾かした着物をまとい身支度を整えて、ベッドサイドのソファに座り、窓の外の晴れ渡る空を眺めている。
(昨日の嵐が嘘みたい……)
「おはよう、佐助くん……」
佐助「……おはよう」
(わっ……)
佐助くんは身体を傾けて、私の額にキスをしてくれる。
この唇のせいで、昨日ひどく乱された。
じわじわと記憶がよみがえり、恥ずかしくなってブランケットを口元まで引っ張り上げる。
けれど佐助くんは気にする様子はなく、ただ優しい眼差しで微笑んだ。
佐助「照れてるのは、今したキスのせい? それとも、昨日のキスのせい?」
「……どっちもだけど、主に昨日」
佐助「あの程度で照れないでほしい。今後はもっと、君を幸せにするために尽くすつもりだ」
「あれ以上もっと……っ?」
佐助「もちろん。昨日は、序の口」
(さらっと返された……)
返事に困っていると、思いがけず部屋のチャイムが鳴った。
佐助「ちょうどよかった。ルームサービスが届いたみたいだ」
佐助くんがドアを開け、受け取ったものをテーブルに手際よく並べていく。
「わぁ、久しぶりの洋食! ありがとう、朝ごはん頼んでおいてくれたんだね」
新鮮なサラダと、カリカリに焼けたベーコン、そしてとろとろのスクランブルエッグ。
湯気の上がるトーストには三種類のジャムとバターが添えられていた。
佐助「飲み物はオレンジペコーの紅茶を頼んだけど良かった?」
「うん、もちろん!」
カップに紅茶を注ぎ、テーブルに向かい合って座る。
両手を合わせて食べ始めた途端、お互いに笑顔がこぼれた。
「美味しい食べ物って人を幸せにするね!」
佐助「ああ、箸が止まらないな。いや、この場合は『フォークが止まらない』が、正しいか。紅茶も香りが高い。何杯でも飲めそうだ」
「佐助くん、いい香りには目がないんだったね。あ、『鼻がない』だっけ?」
佐助「そう。結構うるさい」
トーストをかじりながら、ふと気づく。
佐助くんにはまだまだたくさん、私の知らないことがあるのだ。
「佐助くん、食べ物で好き嫌いってある?」
佐助「……急にどうかした?」
「佐助くんのこと、もっと知りたいの。あれだけ一緒にいたのに好きな食べ物も知らないと思って」
佐助くんも納得したように頷いて、紅茶のカップをソーサーに戻した。
佐助「なるほど、いい機会だ。俺も自分のことを美香さんには知ってもらいたい。早速、第一回『猿飛佐助☆質問コーナー』、スタートだ」
「わあ、よろしくお願いします!」
佐助「俺の好きな食べ物はみかんだ。味も香りも気に入ってる」
(みかんが好きなんだ。ちょっと可愛い)
佐助「嫌いなのは苦い味のもの。危険物だという信号を舌が脳に送るのを止められない」
「苦い……そういえば前に秀吉さんが抹茶を点ててくれた時に苦手だって言ってたね」
佐助「ああ。飲めないわけじゃないけど、自分からは求めない」
(そっか……。いつか料理を作って食べてもらう時のために、ちゃんと覚えておこう)
そんなことをこっそり考えるのは、わくわくして胸が弾む。
佐助「他に聞きたいことはある?」
「そうだな……。お酒は飲めるんだよね? 宴の時に、幸村が飲んでも顔に出なさすぎって言ってたけど、お酒に強いの?」
佐助「顔に出ないだけで、それほど強くはない。最初の頃はよく謙信様に付き合って、ペースが分からずに潰されてた」
「ふふ……謙信様のペースに付き合ってたら、みんな潰れちゃいそうだね」
佐助「確かに。誰も謙信様に敵わなかったな」
とても懐かしそうに佐助くんが目を細めた。
(またゆっくり、春日山で暮らしてた時の話も聞かせてもらいたいな)
佐助「次の質問は?」
「あ、じゃあ、佐助くんが苦手なものは?」
佐助「…………」
すっと佐助くんが視線を逸らす。
佐助「内緒」
「え?」
佐助「忍者はやみくもに、弱点を教えたりしない」
「何それ怪しい……。もう忍者じゃないんだし、教えてくれてもいいじゃない」
佐助「心は今でも忍者だ。にんにん」
(うーん、そんなに教えたくないのかな? でも前に……)
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幸村「そういや佐助、美香は知ってんのか? あれが苦手だってこと」
佐助「いや、話したのは幸村だけだ」
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「幸村は佐助くんが苦手なものを知ってるんだよね? いつか私にも話すって言ってくれたのになぁ」
佐助「……そんなに知りたい?」
(困らせちゃったかな? でも……)
「幸村が知ってて、恋人の私が知らないのはちょっと……ううん、すごく悔しい」
佐助「…………。悔しいと思ってくれて、嬉しい。君にはいつか教えるつもりだった。でも、呆れられるかもしれないと思うとなかなか言えなかった」
佐助くんにしては珍しく、戸惑ったように瞳が揺れている。
「そこまで言われると、余計気になるよ」
佐助「笑わない?」
「うん!」
佐助「…………俺は昔から蝶が苦手なんだ」
(え……?)
「蝶って、あのひらひら飛ぶ?」
佐助「そう。そのひらひら飛ぶ蝶」
「なんだ……別に隠すようなことじゃ…ないと……思うよ?」
佐助「美香さん、顔が真っ赤になってる。そこまで笑うのをこらえなくていい」
肩をすくめる佐助くんに、我慢できなくなって吹き出してしまう。
「ごめん……だって、あんなに強い佐助くんの苦手なものが、蝶だなんて……ふふふっ」
(なんだか可愛いって言ったら、怒られるかな)
佐助くんは照れくさそうだけれど、恋人の知らない一面をたくさん知ることができて、嬉しくなる。
「もっと色々、聞いていい?」
佐助「残念ながら、第一回『猿飛佐助☆質問コーナー』はこれにて終了だ」
「えー、もう?」
佐助「次は『美香さん☆質問コーナー』、スタート」
「え、私?」
佐助「もちろん。俺にも君のことを教えて欲しいし、その権利があるはずだ」
(好きな人に興味を持ってもらえるのも、すごく嬉しいな……)
「いいよ、なんでも聞いて!」
佐助「それじゃ……」
佐助くんから照れくさい質問をいっぱいされながらも、穏やかで楽しい時間は過ぎていった。
–––朝食後はふたりでソファに腰掛け、肩をぴったりくっつけながら窓の外を眺めた。
やることは山積みだけれど、もう少しだけこうして、無事に一緒にいられる喜びに浸っていたかった。
ガラスの向こうには、現代の街並みがどこまでも広がっている。
佐助「遅くなったけど、蘭丸くんから伝言を預かった。『ありがとう、またね。美香様に必ず伝えて』って」
「……そっか」
(伝言ありがとうって……私からも『またね』って、伝えたかった。今頃みんな、どうしてるだろう)
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秀吉「別れ際にそんな顔見せるな。安心して送り出してやれなくなるだろう」
三成「おふたりが国に帰られると、寂しくなりますね……」
光秀「ああ、まだいじめ足りないが仕方がない」
家康「国元が遠くても、南蛮ほどじゃあるまいし、たまには顔を出しなよ」
政宗「美香、佐助。今度来る時は先に連絡をよこせ。美味い料理をたっぷり用意しといてやる」
信長「貴様は、俺に幸運を運びこんだ至高の女だ。腑抜けた顔をせず、おのれの道を信じて進むが良い」
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信玄「遠慮するな、国が遠いならなおさらだ。それとこれも。旅の途中、疲れたらこれを食べるといい」
義元「ふたりとも寂しくなったら、いつでも帰っておいで。春日山は居心地がいいからね」
謙信「刀は、主に礼など言わないものだ」
幸村「……佐助のこと、頼むな。で、佐助。これから美香の涙は、お前がちゃんと拭いてやれ」
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元就「くくく、面白え……面白えよ、お前ら……! 祭りの最後にどんでん返しとはなあ! だがよ、これで終わりと思うなよ!?」
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乱世で最後に見たのは、空を引き裂く稲光と、雷鳴の中に立つ元就さんの姿だ。
「元就さんは、どうなったかな……」
佐助「しぶといあの人のことだから、間違いなく生きてると思う。武器を積んだ船は破壊したし、爆弾を元就さんが手に入れるのは防げた。でも……あの人の野望が潰えたわけじゃない」
「……私も、そんな気がする」
(あの後、一体どうなったんだろう?)
佐助くんと私は押し黙って、思いを巡らせる。
眼下に広がるのは平和そのものの景色。
この時代にたどり着くまでに、どれほど多くの人の苦労と犠牲があったのか、今は痛いほどわかる。
(帰ってこられて嬉しい。幸せだと思う。でも、私は……、私たちは……)
「佐助くん」
ある決意が芽生え、佐助くんを見つめる。
佐助くんも、強い意志を宿した瞳を私へ向けた。
佐助「美香さん、俺からひとつ、提案があるんだ」
「奇遇だね。私からもあるの」
…………
二ヶ月後–––
「お、お邪魔します!」
(あ、ちょっと声が裏返った)
私の抱える大きなバッグを取り上げながら、佐助くんがかすかに笑う。
佐助「何を緊張してるんだ、美香さん。何度も俺の部屋には来てるのに。というか、これからはここが、君の部屋でもある」
「だから、緊張してるんだよ……!」
私は今まで暮らしていた部屋を引き払い、転職先に平謝りして入社を取り消してもらった。
今までお世話になった大切な人たち皆に挨拶をして回って–––
そして今日、佐助くんの暮らす京都のマンションに引っ越してきたのだ。
佐助「…………」
不意に身体をぴったり寄せて、佐助くんが私を抱きしめた。
「どうしたの……?」
佐助「君と暮らせて嬉しい。心の中でスーパーノヴァが起きるくらい嬉しい」
「私だって、ビックバンが起きるくらい、嬉しいよ」
佐助「君までスペイシーなレトリックを返してくれるとは思わなかった。惚れ直したから、キスさせて」
「っ、……ん……っ」
優しいのに深くまでとろりと舌が絡み、容赦のないキスが繰り返される。
口づけられるたびに、慣れるどころか溺れていくのはどうしてだろう。
(いつも思う。身体の底からとけそうだって……)
「っ……んぁっ、は……」
甘い声が漏れるたびにお互いの唇が濡れていく。
私のシャツをめくり、佐助くんの長い指が触れた肌が火照りだした。
「っ……、さすがに、やりすぎじゃないでしょうか……」
佐助「そんなことはないんじゃないでしょうか」
とぼけながら肌を甘噛されて、甘い心地を味わいながら、笑みをこぼさずにはいられない。
(付き合う前は、佐助くんがこんなにスキンシップ過多だと思わなかった……)
佐助「キスだけじゃ足りないと思わない?」
「……思うけど……その前に、そろそろ時間だよ?」
佐助「……そうだった」
「しょんぼりしないで。……私だって、残念だって思ってるよ」
佐助「今の言葉で浮上した」
佐助くんはかすかに微笑み腕をほどいて、窓を開け放ち、望遠鏡をセットする。
佐助「準備、いい?」
「うん!」
佐助くんが部屋の明かりを消すと–––
(わぁ……。何度見ても綺麗)
暗い空にいくつもの星が瞬いている。あの頃見上げた空より数は少ないけれど……
宇宙の星々を眺めていると、乱世で見た満天の星を思い出して、わくわくしてくる。
「観測結果はどう?」
佐助「間違いない。あと一ヶ月足らずで、もう一度、本能寺跡地でワームホールが開く」
(よかった……!)
佐助くんと顔を見合わせ、頷き合う。
私たちは現代に帰ってきたけれど、再び一緒に乱世へ戻ることを、お互いに提案し合って決めたのだ。
(ホテルであの時……)
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佐助「美香さん。俺からひとつ、提案があるんだ」
「奇遇だね。私からもあるの」
言葉にする前から、ふたりとも同じ考えなのだと気づいていた。
佐助「元就さんは生きて、きっと再起を図るはずだ」
「うん。あの人は強い意志を持って、日ノ本を地獄にしようと行動してるって私もわかった」
佐助「……俺はあの乱世を平和な現代に繋げられるよう、過去で未来を守りたい」
(やっぱり、佐助くんも……)
笑顔が溢れて、隣に座る佐助くんの肩にそっともたれる。
「私もまったく同じことを考えてた。乱世の運命を、佐助くんと一緒に見守りたい」
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それからの私は、夢だった服を作る仕事を戦国時代で実現できるよう、和裁の勉強に勤しんでいた。
(未来を守ることはもちろんだけど、それより何より、帰りたい理由は……)
「早く、みんなにまた会いたいね」
佐助「ああ。安土に寄って、蘭丸くんや信長様たちに挨拶したら、春日山に帰ろう。幸村に世話を頼んできたけど、クナイも元気にしてるかな」
「お土産たくさん持って行こうね!」
佐助くんと肩を寄せ合い、夢中できらめく星を眺める。
(乱世に戻ったらきっとまた、辛いことや苦しいこと、悲しいこともたくさんあるはずだ。でも、決して後悔はしない)
どちらからともなく手を繋ぎ、しっかりと指を絡ませる。
(佐助くんと過ごす一瞬一瞬が、私を永遠に幸せにしてくれるから)
望遠鏡のレンズ越しに映しだされる宇宙は、めくるめく輝きに満ちている。
そしてそれは、私の心の中にも広がっているのだと、繋いだ手の温もりが教えてくれた–––
…………
佐助「……ん?」
美香の寝息が聞こえてきたのは、佐助が観測記録を書き終えた頃だった。
佐助「美香さん……? いつの間に」
身体を丸くしたこはるが、心地よさそうに呼吸するごとに、背中がふくらんでは小さくなる。
愛おしさがこみ上げて、佐助は起こさないように、美香の頭をそっと撫でた。
佐助「ねえ、美香さん。俺たちはふたりで乱世に帰ることを決めたけど……俺にはもうひとつ、決めたことがあるんだ。どんな場所でも、いつの時代でも、俺と君は、ずっと、そばにいよう。ふたりでいよう。宇宙の原理に絶対なんてないから、これは何の保証もない約束だ。だけど俺は、必ず守り続けるから。……君が、好きだ。どこででも生きていける、君となら」
佐助の温かな眼差しが真っ直ぐ美香へ注がれる。
「ん……佐助、くん」
佐助「うん?」
「さすけ、く……」
こはるは突っ伏したままで、舌っ足らずな言葉が途切れる。
佐助「……寝言か」
夢の中でも求めてもらえることが嬉しくて、佐助の唇に浮かぶ笑みが濃くなった。
佐助「おやすみ、美香さん」
こはるの頭のてっぺんに一度キスを落とす。
起こさないように優しく抱き上げて、美香を佐助はベッドへと運びながら……
佐助「明日起きたら、もう一度君に伝える。生きてる限り何度でも伝える。……愛してるって」
佐助「それから–––キスの続きをしよう」
美香の耳元に囁くと、佐助は窓の外に広がる星空をゆっくりと見上げ、心に決めた。
この先ふたりにどんな運命が待ち受けていたとしても構わない–––
もがいてあらがって、ずっと、寄り添い合う。きっと、守り抜く。
今この手の中にある不滅の幸せを、必ず。