ikemenserieslのブログ

イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【佐助】情熱秘密END

現代に帰還してから三ヶ月後–––

 

佐助「では教授、今までお世話になりました」

 

教授「君のような優秀な学生が自主退学とは残念だ。いつでも戻っておいで、三雲くん」

 

佐助「……はい」

 

挨拶をして教授と別れたあと、佐助の口からぽつりと呟きが漏れた。

 

佐助「そういえば俺は、三雲佐助だったな。本名の名字で呼ばれるのも、これで最後かもしれない」

 

佐助は寂しげな様子もなく白衣を脱ぎ、意気揚々と大学院をあとにした。

 

 

…………

 

私は駅前で、スマホのスケジュール帳とにらめっこしながら、今日のプランをチェックしていた。

 

(まずは話題の映画を観に行って、その後は新しくできたお店でパンケーキを食べて……最後に買い物をして……うーん、効率よく回って夜までに終わらせないと!)

 

アプリを落として、時計に目をやる。

 

(そろそろかな……。あ!)

 

待ち合わせ場所にやってくる佐助くんが見えて、笑顔で手を上げた。

 

「佐助くん、こっちだよ!」

 

佐助「美香さん、お待たせ」

 

(あれ……。なんだ……)

 

わずかに肩を落とした私に、佐助くんが首を傾けた。

 

佐助「今、君ががっかりしたのはどうしてか知りたい」

 

「よくわかったね……!」

 

佐助「君の表情は豊かだから。そして、俺は忍者だから」

 

クールな眼差しと、言葉のギャップに思わず笑みがこぼれる。

 

「今は忍者じゃなくて、宇宙物理学を研究する大学院生でしょう?」

 

佐助「さっきやめてきたから、現代における俺の職業はニートになった」

 

「うーん、佐助くんはニートとは言わないと思うよ?」

 

(初めて現代での佐助くんの暮らしぶりを知った時は、本当にびっくりしたな)

 

佐助くんは過去、個人で研究中に生み出した発明や発見を社会に役立てるため企業に売却していた。

実はかなりの資産家なのだと、現代に戻って知らされて驚いた。

 

(偉そうな態度を取ったり自慢したり全然しないけど、本当に超人だ……)

 

「私、佐助くんのこと、心から尊敬してる」

 

佐助「ニートなのに?」

 

「そうやって、自分のすごさをひけらかさないところがすごい」

 

佐助「光栄だけど、俺は事実すごい人間じゃない。人類史上には、俺の何億倍も素晴らしい人が山ほどいる」

 

(そういう風に考えられるところもすごいなあ)

 

佐助「それよりどうしてがっかりしたのか、そろそろ教えて欲しい。要因を解明して、すぐに取り除かないと」

 

真剣な声音を聞く限り、どうやら本気で悩んでいるらしい。

 

「ええっと……たいしたことじゃないの。大学院に行くって言ってたから、白衣姿が見られるかなーって期待してただけ」

 

佐助「……! しまったな、もう着ないから後輩に譲渡してしまった。待ってて、すぐに新品を買ってくる」

 

「っ、待って、そこまでしなくても大丈夫だから!」

 

ダッシュしかけた佐助くんを慌てて引き留める

「佐助くんってサービス精神旺盛だよね」

 

佐助「君を喜ばせるためなら、何でもする。とはいえ、君のがっかりはもう解消されたみたいだな。……よかった」

 

ふっと笑った佐助くんは私の手を握り、手の甲にさりげなく唇をつけた。

 

触れた唇の熱と、キスをされた位置の意味に気づいて、カッと頬が熱くなる。

 

(ここって……)

 

昨夜、声を抑えるために手の甲を気づかないうちに噛んでいたらしい。

かすかに噛み痕が残っていると朝、佐助くんから教えられた箇所だ。

 

「っ……白昼堂々、そういうことするのは、どうかと思う」

 

佐助「気分を害したなら謝る。でも、反省はしない」

 

「え……」

 

佐助「君は、困ってる顔も可愛い」

 

(……そんな笑顔を向けられたら、何も言えなくなる)

 

佐助くんが幸せそうに笑うから嬉しくて、私も幸せで、心がとろけそうになる。

 

「……たまになら、いいよ」

 

佐助「よし、言質は取れた。これで安心して、最後のデートに集中できる」

 

「最後……。そうだね」

 

今夜、本能寺跡地にワームホールが現れる。

準備を万端にして今日を迎えた私たちは現代での最後のデートをして、夜、本能寺跡地へ向かい嵐を待つ。

 

「最後のデート、いっぱい楽しもうね」

 

佐助「ああ。そろそろ映画館に向かおう。予約した時間が迫ってる」

 

「え? あ、もうこんな時間なんだ」

 

佐助「急ごう」

 

佐助くんの長い指が私の指を絡め取る。

こうして手を繋いで歩くのも、ごく普通の仕草になっていた。

 

(初めて手を繋いだのは、崖から落ちそうになった私を佐助くんが助けてくれた帰り道だった)

 

あの時の手の温かさは今でもよく覚えている。

ぎゅっと握り返すと、柔らかな視線を返されて、幸せな気持ちが増していく。

 

(ふふ……私たち、周りの人からは、普通のカップルに見えるんだろうな。恋人が超一流の忍者だなんて、きっと誰も気づかない)

 

そんなことを考えながら映画館のあるショッピングモール街へ入ると……

 

佐助「ん……?」

 

入口の近くで、わんわん泣いている小さな女の子を見つけた。

 

「佐助くん」

 

佐助「ああ、放っておけないな」

 

顔を見合わせ、女の子のそばへ行ってふたりでしゃがむ。

 

「どうしたの? もしかして迷子?」

 

女の子「ううん、……飛んでっちゃった」

 

女の子が指さした先を見上げると、ふわふわ真っ赤な風船が飛んでいくところだった。

 

(ああっ、あんな高いところまで! さすがにあれを取るのは無理だ……普通の人なら)

 

「佐助くん、どうかな」

 

佐助くんは飄々とした表情で、ピースサインを作った。

 

佐助「まったく問題ない」

 

女の子「え……」

 

女の子は泣くのをやめて、きょとんとしている。

 

佐助「美香さん、その子に目隠しをしてほしい」

 

「わかった! ちょっとごめんね」

 

女の子の目元をそっと手で覆うと、佐助くんは素早く左右に視線を走らせた。

 

佐助「よし」

 

道行く人の注目が集まっていないことを確認した、次の瞬間–––

 

佐助「はっ」

 

(跳んだ……!)

 

壁を蹴り、街灯を蹴り、一気に高度を稼ぐ。

 

(あと、もうちょっと……)

 

ぐっと手を伸ばし、風船のヒモを掴んだかと思うと、佐助くんは音もなく着地した。

 

(すごい……! あっという間で、誰も気づいていない)

 

佐助「美香さん、目隠しを外して」

 

「了解」

 

私が女の子から離れると、佐助くんが風船を差し出した。

 

佐助「はい、どうぞ」

 

女の子「わぁ……!」

 

一瞬にして戻ってきた風船に、女の子は魔法を見たかのように歓声をあげる。

 

「よかったね」

 

女の子「うん! お兄ちゃん、お姉ちゃんありがとう!」

 

大喜びしながら受け取った風船を手に、女の子は走り去っていく。

 

(すごく喜んでくれたみたい)

 

「さすが佐助くん!」

 

佐助「さすがの佐助、略してサスケです」

 

「うん、略す意味ないよね!」

 

佐助「ありがとう、君のツッコミもさすがの安定感だ」

 

佐助「!! しまった……」

 

「どうかした?」

 

ハッとしたように、佐助くんが手元の時計から顔を上げた。

 

佐助「今の間に、映画の上映が始まってしまった」

 

(あ、本当だ……。次の回は夜……観てたらワームホールに間に合わないな)

 

「残念だけど……女の子が喜んでくれたから、いいか!」

 

佐助「じゃあ予定を繰り上げて、君のおすすめの『天使が作った奇跡のパンケーキ』を食べに行こう」

 

「順番待ちがすごいらしいけど、大丈夫?」

 

佐助「君と待つ時間を、苦に思うはずかない」

 

「私も一緒」

 

(佐助くんとふたりなら、待ち時間もあっという間だ)

 

佐助「パンケーキの店は東側だったな。途中で銀行に寄らせてほしい」

 

「あ、私も行っておきたかったの」

 

みんなへのお土産を買うために必要なお金をおろすため、私たちは近くの銀行へと向かった。

 

 

…………


銀行は思っていたより混んでいて、佐助くんとロビーで順番を待つ。

 

「それにしても、さっきの風船キャッチは見事だったな。佐助くんの腕、全然なまってないね」

 

(あんな高いところまで上がった風船を軽々と取っちゃうんだから)

 

佐助「ジムに通って訓練を続けてたから」

 

「通ってるのは知ってたけど……忍者レベルの身体能力だと、ジムでは浮いちゃったんじゃない?」

 

佐助「多少、そうだったみたいだ。色々なスポーツグループに勧誘されてしまうから、特定のジムに入会せずに転々としてた」

 

(きっと本当は『多少』どころか、めちゃくちゃ目立ってたんだろうな)

 

どんなメニューもあっさりこなす佐助くんが、簡単に想像できてしまう。

 

「大丈夫? 忍者だって誰にも気づかれてない?」

 

佐助「問題ない。常に気をつけて生活してたから。それに俺は、見た目が地味なことには定評がある」

 

(地味って……)

 

自信たっぷりに言い切った佐助くんを、じっと見つめる。

 

「それ、本気で言ってる?」

 

佐助「え?」

 

「佐助くんは全然地味じゃないよ。むしろ……!」

 

強い口調で言いかけた時、鋭い警報音が建物中に鳴り響いた。

 

(な、何!?)

 

黒ずくめの男「全員動くな! 両手を上げて床に這いつくばれ!」

 

「ま、まさか……!」

 

佐助「そのまさかみたいだな」

 

ナイフを持った数人の男たちが、周囲を威嚇する。

 

黒ずくめの男「このバッグにありったけの金を詰めろ! 早くしろ!」

 

(やっぱり、銀行強盗!)

 

行員たちに指示を出し、銀行強盗は現金をバッグに詰めさせる。

 

一方、誰かが通報したらしく、外からパトカーの音が聞こえてきた。

 

銀行強盗1「くそ! 誰がサツ呼びやがった!」

 

銀行強盗2「こうなりゃ籠城だ。人質と交換で脱出用の車を用意させるぞ!」

 

(うわぁ……、ドラマみたい)

 

驚いてはいるものの、全く動じてない私がいる。

乱世でメンタルを鍛えられ、ここまで図太くなっていることに、今更気づいて苦笑が漏れた。

 

佐助「美香さん、籠城は困るな」

 

「うん、困るね、佐助くん」

 

銀行強盗3「おい、そこのお前ら! 何ごちゃごちゃと……」

 

佐助「みなさん、目をつむってください。すぐに終わります」

 

佐助くんは冷静な声で周囲に呼びかけた直後、懐から取り出した何かを強盗へ投げつけた。

 

ボン!

 

銀行強盗たち「うわ!?」

 

警官隊「な、なんだ!? 突入しろ!」

 

(さすが佐助くん特製の煙増し増し玉! すごい威力だ)

 

やがて白い煙が晴れると……

 

突入してきた警官隊も、怯えていたお客さんも、銀行員の皆さんも、その場にいた誰もが、強盗たちに目が釘付けになった。

 

失神させられた彼らは、腰の後ろで両手を縄で見事に縛り上げられている。

 

警官隊「一体誰がこれを……!?」

 

どよめく人垣に身を潜めて、佐助くんが私にしか聞こえない声で呟いた。

 

佐助「通りすがりの忍びの者です」

 

 

…………


その後、デートの目的であるパンケーキのお店を目指したものの……

 

「はぁ、まさか売り切れだなんて思わなかった……」

 

佐助「さすが『天使が作った奇跡のパンケーキ』。人気は伊達じゃない」

 

(残念……! 現代で過ごす最後の日だから、もう来られないのに)

 

お店を回ってみんなへのお土産をたくさん用意できたものの、ひとつ心残りができてしまった。

 

佐助「気を落とさないで。乱世に戻ったらパンケーキの開発に取り組む。映画の発明にも取り組んでみる」

 

「本気……!?」

 

佐助「言ったはずだ、君が喜ぶためなら何でもするって」

 

「ありがとう……。その気持ちがすごく嬉しい」

 

(佐助くんのことだから、難なく実現しちゃいそう……。乱世に帰る楽しみがいっそう増えたな)

 

佐助「それにしても興味深い反応だ」

 

「何が?」

 

佐助「君は銀行強盗の時は全然動じてなかったのに、パンケーキ売り切れの方はショックを受けてる」

 

(確かに、銀行強盗にはびっくりしたけど……)

 

「ちっとも怖いとは思わなかったから」

 

意外そうな顔の佐助くんを見上げて微笑む。

 

「だって……私の恋人は、ちょっとすごい忍者だからね!」

 

佐助「…………」

 

胸を張る私を見つめ、佐助くんが珍しく目を見開いている。

 

「誰も知らなくても、私だけは知ってるよ。佐助くんは地味どころか、世界で一番、格好いいって」

 

(ちょっと可愛くて、面白くて、優しくて……困るくらい、いつも目が離せない)

 

佐助「そんなことを言われたのは初めてだ……」

 

「初めてなの? 本当に?」

 

佐助「忍者に二言はない」

 

(今まで佐助くんの周りにいた人たち、もったいないことしてるな。でも……)

 

胸の奥がむずむずとくすぐったくなって、笑い声がこぼれた。

 

「ふふ、私、ラッキーだな」

 

佐助「どうして?」

 

「初めて私が気づいたってことは、好きな人のいいところを、独り占めできるでしょう?」

 

佐助「…………っ」

 

(これからもたくさん、佐助くんの秘密を暴いていこう。私だけが知ってる、大切な秘密だ)

 

そう心に決めた時–––

 

佐助「……はぁ」

 

佐助くんが眉をひそめ、かすかなため息をこぼした。

 

(あれ……もしかして、呆れられた?)

 

心配になって顔を寄せて覗き込むと、凛とした瞳が私を注視する。

 

「佐助く、……わ!?」

 

突然、往来で抱きしめられて、佐助くんの固い胸に頬を埋める。

 

ジャケット越しでも伝わるほど、佐助くんの鼓動は早鐘を打っていた。

 

佐助「君は、世界一、いや……宇宙一可愛い」

 

「あ、ありがとう……っ」

 

佐助「乱世に戻って真っ先にすることが決まった。満点の星の下で、君にキスする。そして……」

 

腕を緩めた佐助くんの、囁く声が耳元で響く。

 

佐助「現代で最後にすることも、決めた。君が賛同してくれるならだけど」

 

(最後にすること……)

 

反対する理由は何もない。私も同じ気持ちだったから。

 

(世界中の人が無表情だと言っても、私にだけははっきりわかる。佐助くんの瞳には、こんなにも甘い誘いが浮かんでいる)

 

愛する人に求められることがこんなにも嬉しいのだと、佐助くんは飽きもせず何度も私に教えてくれる。

 

「……恥ずかしいけど、大賛成」

 

佐助「よかった」

 

周りの騒音が遠くなって、もう佐助くんの声しか聞こえない。

 

そっと、触れ合うだけのキスが落とされ……

 

「ん、っ…」

 

鍛えられた腕にきつく抱きしめられて、胸の奥に幸福な熱が広がっていく。

 

(ずっとずっと、一緒にいようね。どこだろうと、いつだろうと。世界はめくるめく喜びで満ちてるから。ただ、あなたがいるだけで)

 

今夜、ワームホールが現れるまで、あともう少し。

地上の星々が、あちこちで光り輝いて–––

 

この世界を守るために旅立つ私たちを、祝福してくれているようだった。