戦国【佐助】情熱12話後半
「ぁっ……」
佐助「その声、もっと聞きたい」
唇が首筋を伝い降り、胸元にキスが落とされ、身体の奥が一層熱くなった。
(こんな甘ったるい声……自分が自分じゃないみたいだ。もっと触れてほしい。もっと佐助くんの体温を覚えていたい)
どうしようもなく甘く胸が疼く–––
それと同じだけ、佐助くんの別れが目の前に迫り、不安が私の胸に重く沈んでいく。
(お願い……必ず戻ってきて。佐助くんと一緒にいられない人生なんて、もう考えられない)
佐助くんの首に手を回して抱きしめ返すと–––
佐助「…………」
佐助くんは顔をしかめ、迷いを断ち切るように、私の背中に回していた腕を解いた。
佐助「遅刻する訳にはいかないから、ここまでにしよう。……すごく辛いけど」
「うん……そうだね……」
(引き止めたらダメだ……)
私も苦しい気持ちをこらえて身体を離す。
佐助「……やっぱり、もう一度」
(あ……っ)
私の腰を引き寄せ、佐助くんの腕の中に包まれた。
苦しいほどに抱きしめられて、温もりが重なり合う。
佐助「美香さん、さっき言いったことは、取り消す。俺は戦国ライフに慣れた先輩だ。必ず君の元へ戻るから安心して。だから……どんなことがあっても、一緒に現代へ帰ろう」
「–––うん」
耳元で響く優しい声音に、胸が詰まって返す声が震える。
(せめて笑顔で見送りたいのに……そんなことさえできないなんて)
佐助くんの胸にしがみつきながら、私は溢れそうな涙を必死に堪え続けた。
…………
「やっぱり、表まで送るね。蘭丸くんにも挨拶したいから」
佐助「ああ」
廊下へ出た私は、深く息を吸い込んだ。
(送り出す瞬間くらい笑顔でいたい)
佐助「隙あり。忍法、口づけの術」
(わっ!)
不意打ちで頬に佐助くんの唇が一瞬触れた。
「っ、佐助くん……」
佐助「にんにん」
佐助くんは真顔を崩し少しだけ笑う。
(そんな笑顔を見せられたら……)
「私だって……忍術返し!」
つま先で立って、佐助くんの頬にキスをする。
佐助「……。こんな忍術返しなら、大大大歓迎だ」
(ふふ、佐助くんといると、沈んだ気持ちのままじゃいられない」
こんな時でも、飄々と答える佐助くんに、沈んでいた気持ちが少しだけほぐれる。
(大丈夫、佐助くんは、ものすごい忍者なんだから。ワームホールが現れるまでに、帰ってきてくれる)
佐助くんと宿を出ると、蘭丸くんが壁にもたれて立っていた。
蘭丸「あっれー? 思ったより早かったけど、佐助殿ちゃんといちゃいちゃしてきたの?」
佐助「もちろんフルスロットルですませてきた。蘭丸くんの言葉に甘えさせてもらってすまない」
(フルスロットルって、何を!?)
蘭丸「『ふるす……』? よく分かんないけど、楽しそーだね!」
佐助「ああ、最高に幸せな気分だ」
「ちょ、佐助くん!」
蘭丸「あはは! 慌てなくていいじゃん、美香様。愛し合うって素敵なことだよ? 安心して。佐助殿は俺が責任を持って、あなたの元へ返すから」
(蘭丸くん……)
「いってらっしゃい。ふたりとも、どうか気をつけて」
佐助「ああ。美香さん、いってきます」
蘭丸「美香様、まったねー」
歩き出した佐助くんと蘭丸くんも背中が、どんどん遠ざかっていく。
(……誰も気づかないだろうな。あのふたりが、歴史を左右する戦いに赴こうとしてるなんて)
佐助くんの唇が触れた頬にそっと手を添える。
賑やかな京の町の、晴れ渡る空の下、私は立ちすくんだまま、ふたりの無事を祈り続けた。
……ワームホール出現まで、あと五日。
…………
翌日の夕暮れ時–––
蘭丸「–––来た」
堺に入った佐助と蘭丸は、港のそばの茶屋に身を潜めていた。
蘭丸「見える? 今、入港してきた異国の船……。あれが、元就の船だ」
佐助「南蛮船か。思った以上に、大きいな」
蘭丸「でしょ? 船倉には、武器が山のように搭載されてる。今までに異国から運び込んでバラまかれた武器は、ほんの一部だ。あの船の積荷が運び込まれてしまったら、今度こそ本当に収拾のつかない事態になる」
蘭丸は強い光を瞳に宿して船を見据える。
蘭丸「荷物を陸揚げするのは、おそらく深夜。それまでに船に忍び込んで、穴を開けて沈めるしかない。でも、あれだけ大きな船が沈むまでに時間がかかる。その間に武器を運び出されちゃったら元も子もないな……」
佐助は涼しい表情で、船から視線を蘭丸へ戻した。
佐助「状況は理解した。でも、穴を開けるよりもっといい方法がある」
蘭丸「いい方法?」
佐助「そのために、少しだけ工作の時間が欲しい。蘭丸くん、手伝いを頼む」
その凛とした声に、蘭丸が微笑んだ。
蘭丸「–––…分かった。佐助殿を信じるよ」
…………
その夜–––佐助は工作したいくつかの品を、濡れないよう蝋を塗り込んだ革で丁寧に包んだ。
蘭丸「始めるよ、佐助殿」
佐助「ああ。毛利元就攻略作戦、スタートだ」
皮の包みを背負い、佐助と蘭丸は小舟に乗り込み、夜の海へと静かに漕ぎ出した。
…………
元就の手下1「ふあぁ……、ったく、陸が目の前にあるってのに、船の番ってのはつまらねえな」
元就の手下2「だな。ま、明日になれが頭から上陸の命が出るはずだ」
蘭丸「ねえねえおじさん! こんばんはーっ!」
元就の手下3「!? なんだ、お前……」
元就の手下が声のした方をのぞくと、船の横っ腹に、小舟が寄せられていた。
乗っているのは、華奢な美男子がひとりだけ。
蘭丸「堺の商人だよ。停泊してる船を回って、暇つぶしになるような面白いものを売ってるんだ。船に上げてくれる?」
元就の手下1「それは出来ねえ。帰りな、坊主」
蘭丸「どうしてもダメ……?」
蘭丸が上目遣いで首を傾ける。
元就の手下1「……どうする?」
元就の手下2「無害そうだし上げてやるか。暇つぶしにはなるだろ」
蘭丸「やったぁ! ありがとっ」
縄梯子が下ろされると、蘭丸は船に乗り込み、すぐに風呂敷の包みを広げた。
蘭丸「どーぞ、ご覧あれ。古今東西類のない、逸品珍品ぞろいだよ!」
口上を聞きながら並んだ品々を覗き込んだ手下たちは、声を上げて飛び跳ねた。
元就の手下3「うわっ、毒蛇だ!」
蘭丸「って見えるでしょ? でもほら、手に取ると……びよーん!」
元就の手下1「作りものか……! こんな本物そっくりなもん初めて見たな」
蘭丸「他にも面白いものがたくさんあるんだよ! こっちの短剣はねー」
人懐っこく笑う蘭丸は、握った短剣を勢いよく男の胸に突き立てる。
元就の手下2「ひいっ、刺された! ……あれ、痛くねえ……!?」
蘭丸「刺さると見せかけて、偽物の刃が引っ込むんだ。びっくりでしょ?」
元就の手下2「へえ、こいつは面白れえ。いくらだ?」
蘭丸「ええっとねー……」
こうして蘭丸が、佐助の工作した品々を次から次へと披露し、手下たちを惹きつけている間に……小舟に身を潜めていた佐助が、音もなく船と乗りうつった。
…………
甲板をひた走る忍びの足音は、夜の波音にさらわれ、誰にも気づかれることはなかった。
厳重に鍵をかけられた戸の前で、佐助の足が止まる。
佐助「……船倉の入り口はここか」
佐助がノックすると、奥から数人の人影が近づき、内側から戸が開いた。
倉庫番1「何だお前は……、っ……!?」
最後まで言葉を発する間もなく、屈強は男は一撃を受けて床に沈む。
佐助「どうかお静かに。できる限り、皆さんを傷つけたくはないので」
無表情で告げる佐助に、他の倉庫番たちが目尻をつり上げた。
倉庫番2「ふざけるな! かかれ!」
佐助「–––忠告はしましたよ」
一斉にとびかかってきた倉庫番たちを、佐助は素手だけで次々と甲板に沈めていく。
倉庫番3「くそ……こいつ、ただ者じゃないぞ…何者だ!?」
佐助「それは……」
…………
潮風にまぎれて聞こえてきた騒ぎに、元就の手下が顔を曇らせた。
元就の手下1「……!? なんだ、船倉の方だな」
元就の手下2「まさか、敵か!?」
蘭丸「はじまったみたいだね」
加勢に向かおうとした男の首の後へ蘭丸の手刀が落とされた。
元就の手下2「!? うぅ……っ」
膝から崩れ落ちた男を横目に、蘭丸は着物を一瞬で脱ぎ捨てる。
蘭丸「おじさんたち、ごめんね? 大人しく寝ててよ」
元就の手下3「くそ、こいつも仲間だ! 捕まえろ!」
短刀を握り、男たちがすぐさま蘭丸へ斬りかかった。
多勢に無勢をものともせず、蘭丸は舞うように身をひるがえして刃をよける。
元就の手下4「お、お前、何者だ!?」
蘭丸「名前は教えてあげない。歴史の影から影へ消える存在、それが……」
佐助「俺たち、忍びの者だ」
冴えた月光を背に現れた佐助に、蘭丸が唇の端を上げた。
蘭丸「なあにカッコつけてんの? ま、言ってることには同意だけどねっ!」
並び立った佐助と蘭丸が、刀を抜いた元就の手下たちと向き合う。
蘭丸「残り時間はあとどれくらい?」
佐助「急いだほうがいい」
蘭丸「りょーかい♪」
襲いかかってくる敵を次々と打ち倒しながら、ふたりは甲板を駆け抜ける。
その時、勢いよく船室の戸が開いた。
元就「何の騒ぎだ?」
元就の手下「元就様、敵襲です!」
元就「お前、蘭丸!? もうひとりの忍びは……謙信の手下か!」
佐助「あの男が、毛利元就……!」
蘭丸「借りは返したよ、元就」
元就が駆け寄ってくるより先に、佐助と蘭丸はひらりと身を躍らせ、舷へ飛び乗り……
佐助「それでは皆さん、ごきげんよう」
蘭丸「死にたくなかったら、急いで脱出した方がいいよー!」
ふたりは真っ逆さまに、光のない海へと飛び込んだ。
元就「…………!」
元就が舷に飛びつき下を覗き込むと、小舟へ着地するふたりの姿がかすかに見え……すぐに夜闇に姿を消した。
元就「脱出しろだと……? 一体どういう……」
ドオオオオンッ!
元就「……っ!」
激しい爆発音の直後、船倉から火柱が上がった。
元就の手下1「っ、水だ! 消せ、消せ!」
元就の手下2「無駄だ、倉庫には弾薬やらが大量に積んであるんだぞ!」
再び爆発音が聞こえ、手下たちは我先に海へ飛び込んでいく。
元就「く……くははは……! いいねえ、ド派手にやってくれるじゃねえか!」
…………
港から離れたひと気のない砂浜に、佐助と蘭丸は小舟で乗り上げた。
蘭丸「はぁ、はぁ……! 佐助殿、元就の船は!?」
佐助「あの通り」
遠くからでも、炎上する南蛮船が夜空を焦がす様子がよく見える。
蘭丸「俺たち……やったんだね……!」
佐助「ああ。これにてミッションコンプリート」
蘭丸「密書……昆布?」
佐助「任務遂行って意味だ」
お互いに腕を伸ばし、パンっと音を響かせ手のひらを合わせた。
蘭丸「それにしても、佐助殿ってとんでもない忍者だね。船倉の武器ごと船を爆破して、沈没させるなんて」
蘭丸は感心したように、佐助を注視する。
佐助「俺がすごいわけじゃない。知識があれば誰でもできることだ」
蘭丸「誰でにもできるわけないじゃん! 佐助殿が作った武器、火薬玉の威力を超えてるよ。どこであんなすごい技を覚えたの? 俺にも教えて!」
佐助「秘密。君も、忍びの術を簡単に人に明かしたりはしないはずだ」
蘭丸「それ言っちゃう? 気持ちはわかるけどさあ、とても納得できないよ」
さらりと流そうとした佐助に、蘭丸は真面目な顔つきに変わる。
蘭丸「この日ノ本の忍び全員が集まっても、佐助殿の知識には敵わないと思う。あれは忍術どころの話じゃない。同じ忍びの俺に、ごまかしは効かないよ」
佐助「……同業者はやりづらいな」
蘭丸「どういうことか、俺には明かして。じゃないと……」
ひょいっと蘭丸が佐助から眼鏡を取り上げた。
佐助「……!」
蘭丸「これ、返さないけど、どうするー?」
悪戯っぽく笑う蘭丸に、佐助もつられて頬を緩める。
佐助「……分かった。近々俺も美香さんもここからいなくなるし、影響はないだろう。それに、蘭丸くんの目は誤魔化せなさそうだ。ただ……すぐには信じてもらえないかもしれない」
蘭丸「なめないでよね。嘘か本当かなんて、俺が見抜けないでも思ってるの? 一緒に戦った仲じゃん。佐助殿の話すことなら、俺、どんなことでも信じられるよ」
佐助「俺と美香さんが、五百年先の世からやってきたって言っても?」
蘭丸「……っ!」
佐助「俺が作った火薬玉は爆弾と呼ばれるもので、忍術ではなく科学技術だ」
佐助が語りだした未知の世界の話に、蘭丸は固唾をのんで聞き入った。
蘭丸「たしかに……あの大きな船が一発で沈んでいく様子を見てなかったら、信じられなかったかもね」
佐助「俺たちはもうすぐ、元の時代に帰る」
蘭丸「え……」
佐助「もう少しで、ワームホール……時を超える穴が開く。俺たちはそれに巻き込まれて乱世へやってきた。俺は美香さんと合流した後、今夜、ワームホールが現れる本能寺へと向かう。この機を逃せば、二度と元の時代に帰れないかもしれない」
蘭丸「そんな……」
佐助「だから……蘭丸くん。君が織田軍や上杉武田軍の元に戻って、元就の企みが滅んだことを報告してくれ。そして……自分の居場所を見つけるんだ」
告げられた真実と佐助の願いに、蘭丸の大きな瞳が潤んだ。
蘭丸「佐助殿と美香様は……? 五百年先の世へ行ったら……もう、戻ってこないの?」
佐助「…………」
佐助「そんなの寂しいよ。美香様も佐助殿も、やっと出会えた本音をさらけ出せる相手なのに……」
佐助「それでも……俺たちは行かないと」
蘭丸「っ……このままサヨナラなんて言わないよね? 帰ってきなよ! また忍術対決をして、どっちが上か決めようね!」
佐助「……いつか、そんな日がくれば、俺も美香さんもすごく幸せだ」
蘭丸「美香様に伝えて。『ありがとう。またね』って。絶対だよ?」
佐助「承知した」
蘭丸は小さく頷き、奪っていた眼鏡を佐助にそっとかけた。
佐助「……さっそく後始末を始めたいけど、この暗さでは見落としが危ぶまれるな。夜明けを待とう」
蘭丸「後始末って、何するの?」
佐助「未来の技術の痕跡を消す必要がある。船が沈没したことも確認しないとならない」
蘭丸「そうと決まれば野宿できる場所を探そっか。ここは潮風が冷たいし、風邪ひいて美香様にうつしたりしたくないでしょ?」
佐助「もちろんだ。俺と蘭丸くんの無事を知らせるため、美香さんには早朝に文を送っておこう」
蘭丸「美香様を早く安心させてあげないとねっ!」
命がけの戦いを終えたふたりは疲労と安堵に包まれ、砂浜を去っていく。
ワームホールが開くまで、あと一日。
そして……佐助と蘭丸の姿が見えなくなったあと、
元就「くくく……。ははははは!」
浜辺の静けさを、邪悪な笑い声が無残に壊した。
元就「五百年先の世から来た人間とは、予想以上にブッ飛んでんなァ、猿飛佐助!」
草むらから現れたのは、全身ずぶ濡れになった元就だった。
焼けただれた衣服も生々しい傷も意に介さず、元就は生気に満ちた瞳を不穏に輝かせている。
元就「船ひとつ爆破したくらいじゃ、地獄にはまだまだ足りねえよ。『ばくだん』とかいう忍具は、俺がいただいてやるぜ……!」
…………
(この文、佐助くんからだ!)
宿に届いた文を震える指先で広げると、ふたりは無事で、作戦は成功したと書いてあった。
佐助『船の沈没を確認して、爆発に使った、この時代にない技術の痕跡を隠滅したらすぐに向かう』
「無事だ……。よかった……」
張り詰めていた緊張がほぐれ、その場にへなへなと座りこんだ時–––
元就「邪魔するぜ、お嬢ちゃん」
(え……!?)
襖を蹴破って、見知らぬ精悍な男が部屋に押し入ってきた。
傷だらけのただならぬ様子に、ぎょっとする。
「だ、誰ですか!? 部屋を間違えてるんじゃ……」
元就「いいや? 文を追ってここまで来たんだ。お前……美香だろ? 安土で信長の寵愛を受けてたお姫さんと、こんな形で会えるとはな」
「あなたは一体……!?」
元就「俺は死人……生きてた頃の名は、毛利元就」
(毛利元就……っ)
少しでも動けば、真っ直ぐに向けられるギラギラした瞳に灼き殺されそうだ。
「あなたが……蘭丸くんの話していた、すべての黒幕……!?」
元就「蘭丸の奴、バラしてやがったか。まあ、話が早くて助かる」
手袋をはめた手で襟首を掴まれたかと思うと、乱暴に立たされる。
元就「お前に文なんざ送った猿飛佐助を恨むんだな。俺はお前の男に用があんだよ。佐助をおびき出す手伝いをしてもらうぜ」
「佐助くんを……!? 何のために……!?」
元就「憎悪と力と血が支配する、素晴らしい世界の実現のために」
唇に狂気の笑みをにじませた彼は、強い力で私を部屋から引きずり出した。
(佐助くん……!)