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イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【光秀】共通10話 後半

光秀さんと想いを確かめあった翌朝–––

身支度を整えた頃、襖がスパンと開け放たれた。

 

秀吉「光秀、美香、入るぞ!」

 

光秀「なんだ、朝から騒々しい」

 

秀吉「今すぐ手を出せ馬鹿野郎」

 

光秀「藪から棒に何を……」

 

秀吉「いいから出せ

光秀「……!」

 

(こ、これは……!?)

 

秀吉さんは光秀さんの右の手首に太い縄を巻き付け、その先を自分の左手の手首にくくりつけた。

 

(ガッチリ固結びしてる……。なんで……っ?)

 

光秀「何の真似か皆目見当もつかないんだが」

 

秀吉「お前が逃げ出さないように繋いでおく。安土に帰るまで解かないから、そのつもりでいろ」

 

(この目、本気だ……!)

 

光秀「勘弁してくれ。逃げないと神仏に誓うから、今すぐ外せ」

 

秀吉「信じられるか。だいたいお前、神も仏も信じてねえだろうが! 俺だって不愉快極まりないのを堪えてるんだ、我慢しろ」

 

光秀「そういう言い方は傷つくぞ」

 

秀吉「散々俺たちを振り回したお前に、傷つく権利なんてあるか!」

 

固い声が、空気をビリっと震わせる。

 

(……秀吉さんが怒るのも無理はない。ずっと、光秀さんのことで気を揉んでたから)

 

秀吉「信長様から、全部聞いた」

 

光秀「……そうか」

 

秀吉さんの厳しい眼差しを、光秀さんは静かに受け止める。

 

秀吉「……ふざけるなよ。何でもかんでもひとりで勝手に抱え込みやがって」

 

光秀「俺は、一番合理的な解決策を選んだまでだ」

 

秀吉「俺は、お前のそういうところが、許せねえんだよ……!」

 

秀吉さんが、光秀さんの胸ぐらを掴み上げる。

 

光秀・秀吉「…………」

 

無言で睨み合うふたりを見るのは、何度目だろう。

 

(秀吉さんの気持ちは痛いほどわかる。でも……光秀さんの思いも今は知ってる)

 

ーーーーーーーー

光秀「まず、あのお人好しは、策略にも駆け引きにも向いていない。うまい嘘をつく能もなく、馬鹿がつくほど真っすぐで……家臣に慕われ、民に愛されている。あいつにはこのまま、陽の当たる場所を堂々と歩いていってもらわなければ困る」

ーーーーーーーー

 

(光秀さんは、秀吉さんを策略や駆け引きに巻き込みたくないんだ。民や家臣に慕われる、織田軍の太陽みたいな存在でいてほしいって思ってる……)

 

お互いを思うからこそのすれ違いが切ないけれど、口は出せない。

光秀さんは、秀吉さんに疎まれることを承知の上で、汚れ役を買って出ていると知ったから。

秀吉さんもきっと、光秀さんのそんな気持ちを感じ取っていると思うから。

 

光秀「気が済むまで殴っていいぞ、秀吉。衝撃でお前も一緒に倒れることにはなるが」

 

秀吉「殴るくらいで気が済むわけないだろう! お前には、一生かけて織田軍を騙した罪を償わせる。織田軍に戻ってこい。俺と一緒に、信長様を支え続けろ」

 

光秀「秀吉……」

 

光秀さんの瞳が、かすかに揺れる。

秀吉さんの強い眼差しに、胸の奥がじんとした。

 

(私と同じで、秀吉さんも……決めたんだ。光秀さんのことをとことんまで信じ抜くって)

 

光秀「俺が織田軍に戻れば、この先もお前にたっぷりと苦労をかけることになるぞ」

 

秀吉「今更だ、そんなもん」

 

光秀「……見上げたお人好しだな、お前は」

 

張り詰めた空気が、ふっと緩んだ。

ふたりが一から十まで理解し合う日は、訪れないかもしれないけれど……

見えないたしかな絆が、今、しっかりと結ばれた。

 

(秀吉さんはあるがままの光秀さんを受け入れてくれた……そんな気がする)

 

光秀さんの秘めた優しさが報われたことが、心の底から嬉しかった。

 

秀吉「腹の底をさらせとはもう言わない。今後はせめて、いなくなる時は文くらい残せ。……いいな」

 

光秀「いや、それは気分次第だ」

 

秀吉「本気で反省してるのか、お前……!」

 

(ああ、また言い合いに逆戻り……!)

 

やっぱり止めるべきかどうか悩み始めた時、呆れた声が喧嘩を中断させた。

 

政宗「お前ら、その辺にしとけ」

 

光秀・秀吉「……っ」

 

(政宗……! 助かった!)

 

政宗は、両手に持ったお盆を私たちに差し出した。

 

政宗「簡単だが朝餉を作った。安土へ発つ前に腹ごしらえだ」

 

(ほかほかのおむすびとお漬物! そういえばお腹ぺこぺこ……)

 

政宗「信長様はもう朝餉を済まして表でお待ちだ。味わいながら急いで食えよ」

 

「光秀さん、秀吉さん、ごはんにしましょう」

 

秀吉「……わかった。政宗と美香に免じて、説教の続きは後にしてやる」

 

光秀「来世でいいぞ

秀吉「飯の後すぐ再開だ!」

 

言い合いながらも、みんなで車座になってお盆を囲む。

 

政宗「……おい。お前ら、その手どうした?」

 

光秀さんと秀吉さんを繋ぐ縄に気づき、政宗の目が丸くなる。

 

光秀「嫌がる俺を、秀吉が無理やりな……」

 

秀吉「気味の悪い言い方はよせ! 政宗、これはこいつの逃亡防止策だ」

 

政宗「へえ。仲良しだな、お前ら」

 

秀吉「俺の話聞いてたか?」

 

光秀「秀吉、右手がこれでは箸が持てないんだが」

 

秀吉「その手に乗るか。安土に戻るまで何があろうと縄は外さないからな」

 

光秀「わかった。外さなくていいから、お前が食わせてくれ」

 

秀吉「やっぱり一発殴っとくか……」

 

光秀「冗談だ。美香、頼む」

 

「えっ、私が……?」

 

さらっと告げられ、箸からお漬物を落としそうになった。

 

光秀「あーん」

 

にやりと笑って口を開ける光秀さんは、確実に私の反応を楽しんでいる。

 

(っ、光秀さんの意地悪さ、健在だった。嬉しいけど、人前では控えてほしい……!)

 

秀吉「放っといていいぞ、美香」

光秀「放っておかれたら泣くぞ、美香」

 

「ええっと……たしかに食べにくそうだし、急いでるし……仕方ないです。どうぞ、光秀さん」

 

光秀「助かる」

 

私がおずおずち差し出したお漬物を、光秀さんがぱくりと食べる。

 

政宗「振り回されて大変だな、美香。お前には俺が食わせてやる。ほら、口を開けろよ」

 

(えっ?)

 

光秀「待て、政宗にやらせるくらいなら俺が。ほら、あーんしろ」

 

(ん……?)

 

秀吉「おい、左手でらくらく箸を持ってるじゃねえか!」

 

光秀「おっと、これはうっかり」

 

眉をつり上げる秀吉さんに、光秀さんは余裕の手付きで箸を扱ってみせる。

ふたりの顔を交互に見たあと、私は–––

 

「ふふふ……、あははは!」

 

光秀・秀吉「…………」

 

思わず笑いだしたら、止まらなくなった。

 

政宗「急にどうした」

 

「ふふ……ごめんなさい、なんだか嬉しくて! 安土でのいつもの毎日が戻って来たみたいで」

 

政宗「……たしかにな」

 

政宗もつられて、声を上げて笑い出す。

秀吉さんも呆れながら吹き出して、光秀さんの口元にも、いつしか笑みが広がった。

 

(何気ないこんなひと時を、これからたくさん、過ごせるといいな。安土のみんなと……光秀さんと)

…………


それから手早く朝餉を済ませ、信長様の元へと向かうと……

 

信長「秀吉、光秀……。その手は何事だ……?」

 

ふたりを繋ぐ縄を見て、信長様が政宗とまったく同じ反応を示した。

 

(信長様がこんなにびっくりするの、レアだな……)

 

秀吉「光秀を逃がさないための苦肉の策です。安土へ連れ帰り、その足で、身の潔白を証明させます。裏切り者ではないと、安土中に知らせなければなりませんから」

 

光秀「せっかくの誘いだが……秀吉、俺は安土へは戻らない」

 

(え……っ?)

 

秀吉「お前……どういうつもりだ」

 

「どうしてですか、光秀さん……っ?」

 

信長「–––義昭を、追う気か」

 

光秀「はい」

 

(っ、逃げ出した将軍を……?)

 

政宗「だったら余計に一度戻るべきだろ。軍を編成し直し、戦支度をしないとな」

 

光秀「俺は、織田軍の一員として動く気はない」

 

秀吉・政宗「何……?」

 

(光秀さんはまだ、たった独りの戦いを続ける気だったの……!?)

 

全員が注視する中、光秀さんはひとり落ち着き払っている。

 

(……何か、考えがあるんだ。この人はいつだって、勝算もなく動いたりしない。光秀さんが一度何かを決意したら、誰にもそれを止められない。たとえ信長様でさえ)

 

覚悟を決めた横顔を見て、私は黙って耳を傾けることにした。

 

光秀「–––昨夜の戦、信長様は揉む消されるおつもりでしょう?」

 

信長「ああ。寺の坊主と近隣に住む者たちには、厳重に口止めしておいた。義昭は腐っても将軍。斬りつけたことが明るみに出れば、貴様はただでは済むまい。俺は、使える手駒を無駄死にさせる気は毛頭ない」

 

光秀「ご温情、いたみいります。義昭様の方も、味方を見捨てて逃げ出した身、みっともなくて公には出来ないでしょう」

 

(昨日の戦いは、歴史から消されることになるのか……)

 

光秀「しかし、このまま見逃せば、義昭様は同じような罠を仕掛けてくるに違いありません。信長様が自分を手にかけることはできないことを利用し、何度でも。幸い今の私は『織田軍の裏切り者』。何のしがらみもありません。将軍に刀を向けようと……『罪深き謀反人が愚かにも罪を重ねた』それだけの話で事が収まります」

 

他人事のようにするすると述べられた言葉に、胸が詰まった。

 

(光秀さんは……どこまでも自分を、策略の手段として扱う気だ)

 

秀吉「だからお前は、どうしてそう、ひとりで勝手に……!」

 

光秀「と、お前が説教するから、こうして事前に話したんだろう」

 

秀吉「……っ」

 

(たしかに……今までの光秀さんだったら、黙っていなくなっていてもおかしくない)

 

秀吉「……策は、あるのか」

 

光秀「誰に言っている? 俺だぞ?」

 

秀吉「うまくいったとして……お前が安土に帰ってくる保証は」 

 

光秀「……秀吉。俺を信じろとは言わない。今後もどうせ俺はお前に嘘をいくつもつくだろうしな」

 

秀吉「おい!」

 

光秀「だが、先ほどの約束は果たす。俺は必ず安土へ戻り、お前と共に信長様をお支えする。一生かけてな」

 

秀吉「…………っ」

 

光秀さんの口元に浮かぶ笑顔は、いつになく朗らかで、瞳の奥の思いは隠されていなかった。

 

(今の言葉は、嘘も誤魔化しもない本音だってわかる。光秀さんは……ひとりで背負い込むのを、少しだけやめたんだ)

 

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秀吉「お前には、一生かけて織田軍を騙した罪を償わせる。織田軍に戻ってこい。俺と一緒に、信長様を支え続けろ。腹の底をさらせとはもう言わない。今後はせめて、いなくなる時は文くらい残せ。……いいな」

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(秀吉さんの言葉を、光秀さんなりに、ちゃんと受け止めたんだ……)

 

じんわりと、温もりが胸に広がっていく。

 

秀吉「だけど……お前の言葉だけじゃ、信用ならない」

 

(それなら……)

 

「秀吉さん。私が、この約束の保証人になります」

 

政宗「どうやって保証する気だ」

 

「私も、光秀さんについていきます」

 

秀吉・政宗「何……?」

 

光秀「美香、それは……」

 

「信長様の命ですから。『必ずやこの戦を生き抜き、光秀を俺の元へ連れて戻れ』と」

 

光秀「……っ」

 

「そうでしょう、信長様?」

 

信長「一言一句、相違ない。美香、引き続き、俺の役に立て」

 

「はい!」

 

光秀「このふたりが組むと、俺の手には負えないな」

 

「光秀さんとの約束も守ります。決して、光秀さんのそばを離れません」

 

(あなたに守ってもらうことで、あなたの命を、守らせて)

 

光秀「……わかった。お前を片時も離すまい」

 

意を決したように頷くと、光秀さんはとても優しく、私の頭をひと撫でした。

 

光秀「道中、よろしく頼むぞ」

 

「はい……! 秀吉さんも、どうかわかって。必ずふたりで安土に帰ると誓うから」

 

秀吉「…………っ」

 

秀吉さんは逡巡の末、小刀を抜き、光秀さんと自分を繋ぐ縄を断った。

 

秀吉「俺は光秀のことを信用できない。だから……美香を信じることにする」

(よかった……!)

 

秀吉「いいか、光秀。俺は、お前を逃がすためじゃなく、お前を取り戻すためにこれを切ったんだ。絶対に帰ってこい。死んだら冥土まで追いかけて、今度こそお前をぶっ飛ばす」

 

光秀「……やれやれ。それは、御免こうむりたいものだな」

 

苦笑して、光秀さんは軽くなった手首を撫でた。

 

(光秀さんを信じてくれてありがとう、秀吉さん)

 

信長「光秀。貴様が死に、秀吉まで冥土へ赴くとなれば、俺は両腕を失うことになる。必ず戻れ」

 

光秀「……はっ」

 

政宗「待ってるのは、秀吉と信長様だけじゃないぞ。家康と三成、蘭丸も待ってる。帰ったら俺がうまい飯をたらふく食わせてやる」

 

光秀「俺は、味などわからないぞ」

 

政宗「舌ごと鍛え直してやるよ」

 

光秀「お手柔らかに頼みたいものだな」

 

困った顔で笑う光秀さんの肩を、励ますように、政宗が勢いよく叩いた。

 

(私は、思い違いをしてた……。光秀さんは、ひとりじゃなかった。光秀さんがどれだけ秘密を抱えていても、どんなに無茶な行動に出ても、この人を丸ごと受け入れてくれる人たちが、ちゃんといる)

 

その事実が、自分のことのように嬉しかった。

そして–––


去っていく織田軍の一団を、大きく手を振って見送った。

みんなが去ると、辺りは急に静かになった。

 

光秀「また、ふたり旅だな」

 

「そうですね」

 

光秀「後悔はしてないか?」

 

「少しも!」

 

(今になって振り返ると、光秀さんの本心がはっきりわかる)

 

「光秀さん、ずっと解けなかった難題が解けたので、答え合わせをしてください」

 

光秀「ん……?」

 

「出会ったばかりの頃に、指南役を買って出たのは、監視のためじゃなくて……私に生きる術を教え込むためだったんじゃないですか?」

 

光秀「…………」

 

「将軍の使者との密会を私が目撃したあと、私の素性を暴いてまで脅して、そばから離さなかったのは、将軍の策略にあえて乗るため。そして……私を、将軍の間諜から守るためじゃないですか? だから、潜入先の西方の国まで、わざわざ私を連れて行った。……違いますか?」

 

(何もかも、あなたの優しさから、してくれたことじゃないですか……?)

 

光秀「半分、正解だ」

 

(半分……?)

 

光秀「俺がお前をそばに置いたのは、お前を守るためだけじゃない。お前のことが気に入ったからだ」

 

「え……っ? 一体どこを……?」

 

光秀「お前はいつぞや、俺を庇ってくれただろう」

「庇った……? そんなことありましたっけ」

光秀「無自覚か。……あの時だ」

 

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武士1「知っているか、娘。光秀殿は元々、身分の低い牢人だったのだ。どうせ信長様に媚びへつらい汚い手を使って、今の地位にのし上がったに違いない」

 

「……そんなことは、ないと思いますけど」

 

武士たち「なんだと……?」

 

「光秀さんは、それはそれは意地悪な人ですが、頭の良さや強さは本物です。実力に身分は関係ないですし、信長様が光秀さんを重宝してるのは単に優秀だからじゃないですか?」

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(うーん、言われてみればそんなこともあったような……)

 

光秀「無理に思い出さなくていい。俺がずっと覚えているから。か弱い身ながら自分の義を貫き、健気に乱世を生き抜こうとするお前が、俺には眩しかった。想いを明かすつもりはなかったが……お前を可愛がらずにはいられなかった」

 

(そんなふうに、思ってくれてたの……?)

 

何も言えずにいると、長い指先が、私の髪をすくい上げた。

色っぽくて妖しげで……とても優しい手付きで。

 

光秀「偽りの関係にある時だけ俺は、お前に真実を告げられた」

 

(……っ、まさか……)

 

ーーーーーーーー

「こういうことをするから……っ、私はあなたが、嫌いなんです……!」

 

光秀「そういうことを言うから、俺はお前が、可愛くて仕方ない」

ーーーーーーーー

光秀「強い子だ。–––よしよし」

 

「また、泣いちゃうじゃないですか……っ」

 

光秀「何を構うことがある? 俺はお前の夫だぞ。お前の泣き顔を見ていいのは、俺だけだ」

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光秀「これで、妻を泣かされた借りは返したぞ」

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光秀「呆けているな。今宵の仕返しはお気に召さなかったか?」

 

「……まさか。……ありがとうございました、光秀さん」

 

光秀「夫として、当然のことをしたまでだ。……可愛いお前を貶められては、黙っていられない」

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(あの時も、あの時も、あの時も、全部……。光秀さんは、本音を伝えてくれてたの……?)

 

おずおずと、長いまつ毛に囲まれた瞳を覗き込む。

そこに秘密は何もなかった。

 

光秀「ずっと、愛してた」

 

「…………っ」

 

たまらずに、広い胸に飛び込む。

ふわりと抱きしめられながら、声を上げて泣いた。

 

(嬉しくて、おかしくなる)

 

惚れれば地獄–––けれど苦悶の先に待ち受けていたのは、狂おしいほどの、至福だった。

 

「っ……光秀さんの、意地悪。……大好き……!」

 

光秀「……ああ」

 

よしよしと、何度も背中をさすられる。

この手のひらの上でコロコロと転がされるうちに、ここまで来た。

 

(私……もう何も怖くない。どんな場所でも、どんな時代でも、生きていける。この手を離さないでいられるのなら)

 

光秀「美香、顔が見たい」

 

「……はい」

 

深く息を吸って顔を上げると、淡い口づけが待っていた。

 

(使命を果たして、必ずふたりで安土へ帰ろう。絶対に乗り越えられる。この人と一緒なら)

…………


その頃、京の山中–––

 

義昭「この無能者共めが……!」

 

義昭の側近「お許しくださいませ、お許しくださいませ……!」

 

命がけで自分を本能寺から逃した側近たちを、義昭は怒りに任せ足蹴にした。

獣しかいない森の中に悲鳴が響き、土に血が滴る。

 

義昭「は……っ、小物をいくら蹴り潰そうと、気が収まらんわ。あの化け狐……この私に刀を向けたこと、必ずや後悔させてやる。地獄を見てのたうち回り、絶望のうちに果てるが良い」