戦国【光秀】共通9話前半
「あの、お話ってなんでしょうか……?」
天主に呼び出された私を、信長様と険しい顔の秀吉さん、不敵に笑う政宗が待っていた。
信長「明日、俺は秀吉と京へのぼる。美香、貴様も来るがいい」
「え……っ?」
信長「織田軍を裏切った化け狐に会いたければな」
(光秀さんが、京に……!?)
「居場所がわかったんですか!? 誰にも見つからずに逃げ出したはずじゃ……っ」
政宗「ひとりだけ、あいつの尻尾を捕まえかけた男がいたんだ。まんまと逃げられちまったけどな」
さっぱりとした笑みを浮かべ、政宗が肩をすくめてみせる。
「もしかして、政宗が……?」
政宗「そういうことだ。あいつは俺に、こう言い残した」
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光秀「–––俺はこれより、さるお方の手足となり、信長様を討つ」
政宗「…………」
光秀「追えるものなら追って来い」
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(『信長様を討つ』……)
雨に打たれながら笑う光秀さんを思い描いて、胸がざわめいた。
「『さるお方』って、一体……?」
秀吉「……順を追って話す。西方の国で企てられた謀反は、お前と、あの大馬鹿野郎の働きで未然に防ぐことができた。だけど……『信長様打倒を企む一大勢力が新たに現れた』という虚偽の噂を、公家連中は信じ込んだままだ。同じ時期に頻発した越後での謀反騒動も、虚偽の噂が広まるのを後押ししたんだろう」
「そうだったんだね……。だから、信長様と光秀さんが京へ出向くことになったんだよね」
秀吉「ああ。世情にうとい公家たちの不安をなだめるためにな。その直前、光秀が顕如と通じていることが発覚して……奴は脱獄し、姿を消した」
秀吉さん眉間の皺が、いっそう深くなる。
秀吉「信長様は、一連の出来事がすべて繋がっているとお考えだ」
(繋がってる……?)
政宗「小物の大名どもがあちこちで謀反を起こすように、けしかけた奴がいるってことだ。騒ぎが始まった時期、そして収まった時期……どちらもピタリと重なってる」
「言われてみれば……」
政宗「敵の目的は小規模な謀反の成功じゃなく、公家たちを操り、信長様を京へ呼び寄せることらしい」
(どういうこと……?)
政宗の言葉に信長様は黙って頷いているけれど、とても理解が追いつかない。
言葉を失くした私の肩にぽんっと手を置き、秀吉さんが言葉を継いだ。
秀吉「たとえ信長様であっても、京へ大軍を率いて上ることは許されない。武力を持たない朝廷を脅かすことになるからな。信長様に同行を許されてるのも、ごく少数の武士だけだ。そして……脱獄して安土を出て行ったあの大馬鹿野郎は、織田軍の内情に詳しい」
(ええっと、つまり……)
不安の中、必死に頭を働かせる。
「誰かが信長様を安土からおびき出して、身辺の守りが手薄になったところを狙おうとしていて……、光秀さんは……その誰かの仲間に加わったかもしれないってこと?」
信長「言葉は選ばずとも良い。俺を暗殺しようと目論む輩が現れ、光秀は、そやつについた」
(そんな……!)
政宗「美香は呑み込みが早いな。光秀の指南を受けただけのことはある」
秀吉「面白がってる場合か、政宗」
(信長様を暗殺するために、じわじわと陰謀を張り巡らせていた人がいる……。そんな人の元へ、光秀さんは……?)
とても信じられず、混乱の中で言葉を探す。
「あの……っ、とにかく、京へ上るのを中止するわけにはいかないんですか……?」
秀吉「俺からも、そうしていただくよう申し上げたんだが……」
秀吉さんの困りきった視線を、信長様はさらりと受け流した。
信長「たとえ罠だろうと、俺は、俺の成すべきことを成すまでだ。公家どもは力はなくとも権威だけはあり余っている。偽りの謀反の噂を信じ込んだままでは……奴らはいたずらに怯え騒ぎ、いずれ、民にまで混乱が広がる」
秀吉「……仰せの通りです」
(そうか……。一般の人たちを不安にさせないために、信長様が京へ行くことは避けられない。それがわかるから、秀吉さんも信長様を引き止められないんだ)
秀吉「こうなったからには、どれほどの危険があろうと京へ参るほかありません。信長様は、命にかえてもお守りいたします」
信長「俺は貴様の命などいらん。勝手に死ぬことは許さん」
秀吉「……、はっ」
すげなく言い放つ信長様に秀吉さんが肩を落とす横で、政宗が話を続けた。
政宗「相手は恐らく、信長様が罠だと知りながら京へやってくることを見越して、仕掛けてきてる。光秀を味方に引き入れたのは、信長様をよく知るあいつに、京での動向を予測させるためだろう。相当、狡猾な人間だな」
(光秀さんを引き込み、信長様を暗殺しようとしている相手……。光秀さんが投獄されたのは、本能寺で信長様を襲った顕如という人との繋がりを認めたからだ。でも、それなら……!)
「信長様! 私は、光秀さんは本当に顕如という人の仲間になったわけじゃないと思うんです」
秀吉・政宗「…………」
「そう考えるには不自然な点がたくさんあります、だから……っ」
信長「もちろん、光秀が手を組んだ相手は、顕如ではない。そやつが織田軍の内部に手を回し、光秀との繋がりを隠すため、顕如の手下に嘘の自白をさせたのだ。貴様もすでに出会っている。今回の黒幕にな」
(え……?)
信長「足利義昭–––それが、光秀が本当に取り入っていた男の名だ」
(足利、義昭……!?)
「まさか……!」
信長「西方の小国で謀反を裏から操っていたのが何者か、俺に報告したのは貴様だ、美香」
私を見据え、信長様が無慈悲に告げる。
信長「あやつ以外にはありえん。武力もなしに己の地位の高さのみを餌にし、織田の領地のみならず越後にまで働きかけられるのも、公家たちの無知と、愚かな習性を知り抜いているのも、この俺に真っ向から戦を挑んでは勝てんと、骨身に沁みて理解しているのもな」
(そんな……っ、それじゃ……)
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???「急な訪問に応じていただき感謝する。やはりあなたは、我が主の見込んだ通りのお人のようだ」
光秀「御殿にお招きできず失礼いたしました。文をいただいた時は驚きましたが……こちらこそ、よいお話をくださり感謝します。共に手を取り、第六天魔王が牛耳る世を、終わらせることといたしましょう」
???「そうと決まれば光秀殿も我が主の元へ。私があの御方の使者として責任を持ってご案内いたします」
光秀「時が来れば参りましょう。ただ……今しばらく私が安土に留まることで、お役に立てることもあるかと」
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(あの時光秀さんが会っていた相手は、足利義昭の使者……? 私が大名の屋敷であの人に対面するよりも前から、光秀さんは、あの人と繋がっていた……?)
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光秀「善悪に境などないと考える俺が、断言する。お前の怒りは正当だ。善悪の見分けがつかない中で、義と義がぶつかり合うのが、この乱世だ。–––だからといって何人たりとも、お前の尊厳を冒すことは許されない」
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光秀「これにて、一件落着」
「あの、光秀さん……っ?」
光秀「これで、妻を泣かされた借りは返したぞ」
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溢れ出した記憶に、感情が追いつかない。
今、何を思えばいいのか、わからない。
政宗「どうした美香。唇が真っ青だぞ」
秀吉「無理もない。仮とはいえ、あの野郎は美香の許嫁だったんだからな……」
ふたりの心配そうな声に反応する余裕もなく、衝撃を噛みしめる。
(私はずっと、あの人にだまされていたの……? あの人がくれた言葉は全部、嘘だったの……? それとも……)
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光秀「悪人か善人か、竹を割るようにスパッと分けられるものでもないだろう。俺の本質が善か悪かは、お前自身の尺度で見極めろ」
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(息を、しよう。できるだけ深く。今は考える時だ。感情に呑まれてる場合じゃない。だって……私はまだ、あの人の真実を知らない)
信長「義昭は京での俺の寝首をかくつもりだろう。ならば、光秀も必ずそこへ姿を現す。美香、もう一度言う。貴様は俺と共に来い」
「……行きます。一緒に行かせてください」
秀吉・政宗「美香……?」
「私は、光秀さんを追いかけます。追いかけて……本心を明かしてもらいます」
(あの夜に、もう決めたから。あの人のわかりにくい優しさを、信じ抜くって)
秀吉「信長様、美香は連れていけません! どんな危険が待ち受けているか……! 光秀を想う美香が不憫だというお気持ちもわかります。ですが……!」
信長「たわけ、思い違いをするな。美香が不憫だから連れて行くのではない」
秀吉「え……?」
信長「美香は必ず役に立つ。だから連れて行く。それだけだ」
(私が、役に立つ……? どういう意味だろう)
深い色の瞳を覗き見ても、信長様の真意は読み解けない。
(理由はわからないけど……私の決意は変わらない)
「心配をかけてごめん、秀吉さん。どうか、私も一緒に行かせて。同行する人が少ない分、役に立つから」
秀吉「美香……」
政宗「秀吉、覚悟を決めた人間を止めても無駄だ。せいぜい守り通せよ」
秀吉「……っ、はぁ」
深い溜息をついた後、秀吉さんは私の両肩に手を乗せた。
秀吉「美香、絶対に無茶はするなよ。何か起きたその時は、俺のそばを離れるな。いいな?」
「うん! ありがとう、秀吉さん……!」
信長「美香。貴様、馬には乗れるな?」
「はい。光秀さんに教わりました」
信長「遅れずについて来い。貴様の身には傷ひとつつけさせないと誓ってやる」
「はい……!」
信長「それから、政宗」
信長様が人さし指をクイと自分に向けて曲げてみせると、政宗は黙ってそばに歩み寄り片膝をついた。
小声で何ごとか囁かれ、政宗の口元に不敵な笑みが広がった。
信長「良いな」
政宗「お任せを。–––では、俺はこれで」
政宗はニヤリと笑って頷くと、意気揚々と天主を出て行った。
秀吉「信長様、何のお話を……?」
信長「貴様は、知らなくていい」
秀吉「……っ、失礼しました」
そう言いながらも、秀吉さんは釈然としない表情を浮かべている。
(気になるな。政宗の目、戦の直前みたいにギラギラしてた……)
信長「明日、早朝に発つ。支度を怠るな、秀吉、美香」
秀吉「はっ」
「はい!」
(京へ行けば、きっと光秀さんに会える。再会がどんな形になるか、想像もつかないけど……これだけは確かだ。光秀さんが何者だろうと、どうしても会いたい。会って、あの人の真実を知りたい。待ち受けるのが、たとえ地獄でも)
…………
翌日、美香は、信長と秀吉、少数の武士たちと共に、安土を発った。
一方、彼らの目指す京の都では、張り巡らされた蜘蛛の巣が完成に近づいていた。
使者「義昭様、あの者がようやく到着いたしました」
義昭「ほう。ずいぶん遅かったな」
義元「……また、新たな『駒』を手に入れられたというわけですか」
義元が言葉に忍ばせた棘に気づきもせず、義昭は不吉な笑みを浮かべた。
義昭「ただの駒ではない。使い方次第で、必殺の毒となる男だ」
元就「へーえ、そいつは楽しみだぜ」
使者「入れ」
使者が命じると、音もなく襖が開かれた。
冷めた目の義元と、好奇心をあらわにする元就は、その男を見て同時に言葉を失った。
義元・元就「…………!」
光秀「ご無沙汰しております、義昭様」
義昭「よくぞ参った、光秀」
義元「明智、光秀……?」
元就「これはまた大物を釣り上げたもんですね、将軍様」
義昭「釣り上げたのではない。そもそも光秀は、私の家臣だったのだ」
光秀「あなたが使者を遣わしてくださると知った時には、涙が出ました。織田信長に従わざるを得なかった間も、あなたへの忠義を忘れた日は一日もございません」
義昭「はっ……、相変わらず、よく口の回る男よのう」
光秀「口だけではないと、早晩、証明いたします」
光秀「必ずやこの手で、憎き織田信長を亡き者にしてみせましょう」