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イケメンシリーズ ストーリーのネタバレです

戦国【光秀】共通8話後半

光秀が美香の元を去ると、月が姿を隠し始め、雨が降り始めた。

 

光秀「…………」

 

光秀は追手の目をかいくぐり安土を抜け、身を低くして深い森をひた走った。

冷たい雨が、容赦なく体温を奪っていく。

 

光秀「……!」

 

光秀の足が水たまりを跳ね飛ばし、そのままピタリと止まる。

前方に、飢えた虎のようにらんらんと光る隻眼が待ち受けていた。

 

政宗「ずいぶんとやつれたな、光秀」

 

光秀「政宗……」

 

刀を抜き放つ隻眼の将を、光秀はひたと見据えた。

 

光秀「どうして俺がここを通ると? 人のよりつかない獣道だが」

 

政宗「勘だ」

 

光秀「ほう」

 

政宗「誰より人の裏をかくのがうまいお前が相手だ。下手に策を練るより、直感で動く方が勝算があるだろ」

 

光秀「……本能で生きている奴ほど、やりにくい相手はないな」

 

間合いを保ちながら、ふたりは同時に、刀の柄に手をかけた。

 

 

政宗「何を尋ねようが、お前は答えないんだろ」

光秀「ああ」

 

政宗「だったら、斬り合うしかないな。–––はっ」

 

光秀「……っ」

 

雨粒を滴らせ迫る刃を、光秀は横一文字に切り払う。

すぐさま鋭い蹴りが放たれ、空いた片腕で弾き返した。

 

光秀「どけ!」

 

政宗「どかねえ!」

 

止まらない斬撃が雨を断ち、踊る脚が泥を跳ね散らす。

荒いふたつの息遣いが、風の音と混じり合う。

 

政宗「は……っ、は……っ」

 

光秀「……っ、はぁ、……はぁ」

 

やがて、政宗の猛攻に、光秀の肩が激しく上下し始めた。

 

政宗「終わりだな」

 

光秀「!?」

 

重い一太刀が、辛うじて防いだ光秀の刀を弾き飛ばす。

無防備になった身体が、ぬかるんだ地面へ叩きつけられる。

 

光秀「ぐ……っ」

 

政宗「何日もまともな飯を食ってねえ身体で、俺と戦い抜けると思ったか?」

 

光秀「くそ……っ」

 

政宗「決めろ光秀。俺に大人しく捕まるか、この場で斬られて、無駄死にするか」

 

政宗が刀の切っ先を、のけぞってむき出しになった喉笛へと突きつける。

光秀の表情に緊張が走った、次の瞬間–––

 

光秀「どちらも、御免だな」

 

偽の焦りがかき消え、握り込んだ光秀の手が政宗に向けて放たれた。

 

政宗「……っ!?」

 

飛び散る泥に片目を潰され、政宗がとっさに後ずさる。

その隙を突き、光秀は転がりながら駆け出した。

 

政宗「光秀、てめぇ……!」

 

光秀「悪いが卑怯は俺の特技のひとつでな」

 

政宗が乱雑に泥を拭い目を開くと、馬上でからりと笑う光秀と目が合った。

 

政宗「っ、逃走用の馬まで手配済みとはな」

 

しばし、両者睨み合ったあと……

 

光秀「–––俺はこれより、さるお方の手足となり、信長様を討つ」

 

政宗「…………」

 

光秀「追えるものなら追って来い」

 

光秀は駆け去り、濡れた闇へと姿を消した。

 

政宗「–––はっ、つくづく面白い男だな。いいぜ、光秀。こうなりゃとことん、お前の手のひらの上で踊ってやる」

………


「じゃあ、光秀さんは……」

 

家康「ああ、まんまと逃げおおせたよ」

 

三成「逃走する姿を捉えたという報告すら、上がっておりません」

 

「よかった……!」

 

翌朝、ことの成り行きを家康と三成くんに聞いて、私は胸を撫で下ろした。

 

(どこにいるかはわからないけど、ひとまず無事なんだ……!)

 

三成「あの、美香様……?」

 

「絶対に大丈夫だと思ってたけど、本当によかった!」

 

(あの後、大雨が降ったから、風邪を引いてないか心配だけど……)

 

家康「あんたね……。他の奴の前で同じ反応したら投獄されかねないって、わかってる?」

 

三成「美香様の笑顔を、久しぶりに見た気がします」

 

(っ、いけない……)

 

「ごめんなさい! 織田軍にとっては大変な事態なのに、つい……」

 

家康「別に、いいんじゃない。あんたくらい素直でいても」

 

三成「同感です。実を言うと、私もほっとしたんですよ。光秀様が逃走しやすいよう、捜索の指揮系統をあえて整えずにおきました」

 

「そ、そうだったんだ……」

 

家康「三成、お前まで素直になれとは言ってない」

 

笑顔でとんでもない発言をした三成くんを横目に、家康がため息をつく。

ふたりとも、どことなく安心したような顔だ。

 

(家康も三成くんも、表立っては光秀さんを庇えないけど、信じてくれてるんだな)

 

家康「安土を散々かき回して、今頃どこで何をしてるんだか」

 

三成「それがわかる日は、そう遠くないように思います。光秀様は、無駄なことは一切なさらない方なので」

 

「そうだね。私も、そう思う」

 

(ふたりの言葉を聞いて、気持ちが落ち着いた……)

 

身を切るような切なさは嵐と共に過ぎ去って、今は心が凪いでいる

(光秀さんがたった独りで何を為そうとしているのか、じっくり考えてみよう。あと少しで、あの人の本音に届く気がする。……そうだ!)

 

蘭丸「ねえ、美香様。ほんとに行くのー?」

 

「うん。光秀さんが御殿に残したものに、どこへ向かったかの手がかりがあるかもしれないから。捜索の時に踏み荒らされて大変なことになってるそうだから、片付けも手伝いたいし」

 

蘭丸「優しいなあもう、美香様は」

 

昼下がりの城下町は、昨夜の騒ぎの余韻を残していて、道行く人たちはどことなく落ち着かない様子だ。

 

(それにしても、蘭丸くんが『一緒に行きたい』って言うとは思わなかったな)

 

「本当はあんまり気が進まないんだったら、無理に付き合ってくれなくても大丈夫だよ」

 

蘭丸「んーん、行く。俺も、あの人が何を考えてるのか知りたいんだ。光秀様は本音がサッパリ読めない、こわぁい人だけど……簡単に味方を裏切るような筋の通ってない人だとは、思いたくないんだ。個人的にね」

 

訪れた私と蘭丸くんを見て、九兵衛さんが目を細めた。

九兵衛「これはこれは……」

 

用向きを伝えると、九兵衛さんは黙って私の顔をしばらく見つめた。

 

「あの、何か……?」

 

九兵衛「……いえ、何でも。どうぞ。おふたりのお気の済むようになさってください」

 

蘭丸「ありがと☆ おっ邪魔っしまーす!」

 

私たちを案内しながら、九兵衛さんは、残された光秀さんの家臣たちの現状を聞かせてくれた。

光秀さんの裏切り行為には、家臣の誰も関わっていなかったことが、取り調べの結果証明されたそうだ。

全員罰せられることはなかったものの、皆、身の振り方を決めかねているという。

 

「大変な時にお邪魔してごめんなさい。せめて、片付けをお手伝いさせてくださいね」

 

九兵衛「片付けなら私がもう済ませました。光秀様が残していかれたものは、お好きにご覧ください」

 

蘭丸「えー、いいの? 見ちゃマズいモノとか、山ほど出てきたりしない?」

 

九兵衛「ございません」

 

答える九兵衛さんはにこやかだ。

 

(うーん、この様子だと、光秀さんは何も残してないのかも。でも……)

 

「何が手がかりになるかはわかりませんし、探せるだけ探させてもらいますね」

 

蘭丸「よーし、光秀様の秘密、見つけちゃおう!」

「うん!」

…………


蘭丸「なんっにないじゃーん!」

 

「見事にないね……」

 

(さすが光秀さん。手強い……!)

 

部屋はスッキリ片付けられていて、文の類は一切残っていない。

御殿の隅々まで引っくり返しても、行方を掴む手がかりは見つからなかった。

 

蘭丸「時候の挨拶とか、お遣いの依頼の覚え書きまでないなんて。徹底しすぎだよ、光秀様」

 

「どうして、日常的な細々した文書まで片付けちゃったんだろうね。処分されたもの全部に何かが隠されてたんじゃないかって、怪しく思えてくるな」

 

蘭丸「……それが、光秀様の狙いなのかも?」

 

(え……?)

 

蘭丸「『どうだ、俺はこんなに怪しいぞ! 裏切り者だぞー!』って、宣伝してるみたいじゃない?」

 

「たしかに……!」

 

以前から囁かれていた裏切りの噂、無抵抗での投獄、そして、安土中を驚かせた脱獄騒ぎ……

並べてみるとどれもが『裏切り者らしい』行動ばかりで、かすかに作為の匂いがする。

 

(光秀さんは織田軍や安土に住む人たちみんなに、自分を裏切り者だと確信させようとしてる……? 理由はわからないけど、間違いない気がしてきた……!)

 

形のあるものは見つからなかったけど、光秀さんに近づくための手がかりが、掴めたかもしれない。

 

蘭丸「これ以上の収穫はなさそうだね。お団子でも買ってこよっかな! お邪魔したお礼に、九兵衛さんを誘って一緒におやつにしない?」

 

「いいね! 私も行くよ」

 

蘭丸「いいよ、美香様は休んでて。行ってきまーす!」

 

元気よく立ち上がり、蘭丸くんが駆け出していく。

 

(俊足だな、蘭丸くん)

 

すると、入れ替わりに九兵衛さんが顔を出した。

 

九兵衛「美香様、少し、よろしいですか?」

 

「……? はい、何でしょう」

 

御殿の庭へと案内されると、懐かしい顔を見つけた。

ちまき!」

縁側に腰掛けた私の足元に、ちまきが擦り寄ってくる。

 

「ふふ、覚えててくれたんだね」

 

九兵衛「よほど美香様のことが気に入ったのでしょう。かつてないことですよ」

 

苦笑を浮かべ、九兵衛さんも隣に正座した。

 

「それで、お話って……?」

 

九兵衛「–––髪飾り、よくお似合いですね」

 

ハッとして、頭に飾った水色の花びらに触れる。

 

九兵衛「牢獄の光秀様の元へそれを届けたのは、実は私なのです」

 

「え……っ?」

 

九兵衛「『当分姿を隠すことになりそうだが、その前にどうしても入り用の物がある』と頼まれまして」

 

九兵衛さんはさらりと言ってのけたけれど、牢獄に密かに差し入れをするなんて並大抵のことじゃない。

 

(さすがは光秀さんの家臣……。この人もただ者じゃない)

 

九兵衛「あなたと西方の国へ旅立たれる前から、ご用意なさっていたようです。安土へ戻ったあと、長旅のご褒美に渡そうとお思いだったのでしょう」

 

(そんなに前から……)

 

九兵衛「ご存知でしたか? 水色桔梗は明智の一族にとって特別な花なのだと」

 

「え……? いいえ、初めて聞きます」

 

九兵衛「かつて、その花を兜に掲げて戦に臨んだ祖先が、勝利を勝ち取ったことから……一族の間で、必勝祈願として戦う者へ桔梗を贈るようになりました」

 

(戦う者に、贈る花……)

 

九兵衛「光秀様にとって美香様は、よほど時別なお方なのでしょうね。これもまた、かつてないことです」

 

雨上がりの庭を眺めながら、九兵衛さんはにっこりと微笑んだ。

胸がいっぱいで、何も言えなかった。

 

(光秀さん……)

 

窓辺で見せた笑顔が、鮮烈によみがえる。

 

(自分がこれから独りで戦いに赴こうとしてる時に、わざわざ私にこれを……)

 

現代に帰れるその日まで無事に生き抜くことが、私なりの戦いだ。

光秀さんは、弱く無力で怯えてばかりだった私に、ひとりで立って歩く力をくれた。

 

(『大丈夫だ』って、言ってくれてるんだ。危険で残酷で……でも、時々甘くて優しいこの世界を、きっと私は、生き抜けるって)

 

「……九兵衛さん、教えてくれて、ありがとうございます」

 

九兵衛「いいえ」

 

蘭丸「たっだいまー!」

 

蘭丸「あれっ!? 九兵衛様、なに美香様泣かしてるの!?」

 

「違うの蘭丸くん、九兵衛さんのせいじゃなくて……!」

 

蘭丸「女の子を泣かすような人にお団子あげないよっ?」

 

九兵衛「それは少々困りますね。美香様、涙はそろそろ引っ込めてください」

 

「はい、頑張ります!」

 

蘭丸「もー! 慰め方が雑!」

 

庭先でわいわい言い合いながら、みんなで笑い出す。

 

(いつか光秀さんとも、ここでまた笑い合いたい)

 

柔らかな日差しが、草花に残る雫を拭っていく。

ちまきが大きく伸びをして足元でうつらうつらし始めた。

 

事態が大きく動いたのは、その夜だった。

 

「あの、お話ってなんでしょうか……?」

 

天主に呼び出された私を、信長様と険しい顔の秀吉さん、不敵に笑う政宗が待っていた。

 

信長「明日、俺は秀吉と京へのぼる。美香、貴様も来るが良い」

 

「え……っ?」

 

信長「織田軍を裏切った化け狐に会いたければな」

 

(光秀さんが、京に……!?)