戦国【佐助】共通4話後半
「本当にごめん。私、佐助くんに助けられてばっかりだね……」
申し訳ない気持ちでいっぱいになって、声を絞り出す。
すると、佐助くんは苦しげな眼差しを私に向けた。
佐助「もう、それ以上謝らないでほしい。……俺も、美香さんに謝らないとならないことがある」
(え?)
正座をして姿勢を整えた佐助くんが、すっと三つ指をついた。
佐助「もう二度と、声真似はしない。だから、許して欲しい」
「声真似っ? 何の話!?」
佐助「美香さんの友だちに戻りたい。この通りだ」
深々と頭を下げられ、慌てて佐助くんの身体を起こす。
「待って、予想の斜め上の展開でついていけないんだけど……なんで佐助くんが謝るの?」
佐助「君に避けられてたのは、声真似が気に入らなかったからじゃ……」
(何がどうなってそんな考えに……!?)
「違うよ! そんなことで佐助くんを避けたりするわけないじゃない」
佐助「それなら理由を教えてほしい。なぜ俺を避けるのか」
「それは……」
(……佐助くんにはもう、隠し事をしたくない。ちゃんと、話そう)
「……佐助くんは、織田軍の敵方の忍びなんでしょう?」
佐助「……っ」
「私のためを思って黙ってくれてることは、わかってる。でも……佐助くんは、私のためにとんでもない危険を冒して、安土城に来てくれてるんでしょう……? だから私……これ以上頼って佐助くんが危ない目に遭わないよう、ひとりで乱世をサバイバルできるようにならなくちゃ、いけないと思ったの」
(結局、こうやって佐助くんに助けてもらったけど)
佐助「それが、俺を避けていた理由?」
「うん……」
佐助「…………」
一瞬、佐助君は言葉に詰まった後……
佐助「君の主張には、根本的な誤りがある」
強い眼差しで、ぎゅっと私の手を包み込んだ。
「え……」
佐助「忘れた? 君が乱世をサバイバルするために、俺がそばにいるんじゃないか。俺がリスクを避けたせいで君が危ない目に遭ったら、意味がない。約束したはずだ。一緒に現代へ帰るって」
(佐助くんと現代へ……)
胸が熱くなって、大きくて頼りになる手を握り返す。
「……っ、うん、そうだった。焦ってばかりで、大切なことを忘れてた。……ごめんなさい」
佐助「……俺の方こそごめん。強く言い過ぎた。君が心配してくれたことは、とても嬉しい。ありがとう」
「迷惑じゃない……?」
佐助「迷惑に感じる理由がない」
(よかった……)
断言してくれた佐助くんに、安堵が広がっていく。
佐助「それに……君は、俺に頼りきりだと言ったけど、そうでもない。俺も案外、君を頼りにしてるんだと今気づいた」
(私を?)
意外な言葉にきょとんとする。
「本当……?」
佐助「ああ。君が構ってくれなかったここ数日、倦怠感に襲われてた。でも今、君と話していたら、あっという間に気力が湧いてきた」
(『構ってくれなかった』って……)
さらりと告げられた言葉がじわじわと脳に浸透して、心臓が大きな音を刻んだ。
(この人、とんでもなく可愛い発言してるけど自覚がなさそう……っ)
嘘がつけない佐助くんだからこそ、直球の言葉の破壊力が半端じゃない。
(でも……ちょっと嬉しい。ううん、大分、かなり……すごく嬉しい)
「……私も本当は、佐助くんと話したいって、ずっと思ってた」
佐助「よかった、俺だけじゃなくて」
微笑む佐助くんを見つめるうちに、命を落としかけた恐怖や不安が遠のいて、暖かな毛布にくるまれたみたいに、安堵が胸に広がった。
(私……こんなに無理してたんだ。自分でちゃんと、わかってなかった)
「あのね、前に、廊下で家康や三成くんが佐助くんと、仲良くしているのを見かけた時……すごくうらやましかった」
佐助「え……。あの時、俺たちは君のことを話してたんだ」
(え、そうだったの……?)
佐助「色々あって、最後は家康さんを励ます会になってたけど」
「そっか……。じゃあ我慢しないで話しかければよかった」
佐助「ああ。今度からそうしてくれると俺も嬉しい」
佐助くんと言葉を交わすごとに、心の隅にあった寂しさが消えていく。
(反対に胸の中がぽかぽかしてくるみたい。こんな気持にしてくれる佐助くんってすごいな)
すれ違ってジタバタした分、前よりも佐助くんを近くに感じる。
私たちを繋ぐ絆が、深まったように思える。
「私も、いつか佐助くんを助けてあげるね。どんなに危険でも」
佐助「それは……」
「止めてもムダだよ。今はもう佐助くんのこと、ただの友だちじゃなくて、大親友だって思ってるから」
佐助「大親友……」
感慨深そうに佐助くんが呟く。
佐助「幸に次いで二人目だな。乱世でズッ友ができたのは」
「ふふ、私ははじめて!」
(タイムスリップしてきた現代人仲間が、佐助くんで本当によかったな)
…………
……
久しぶりのおしゃべりに夢中になっているうちに、山の向こうが陰り始めた。
佐助「そろそろ戻ろう。きっとみんな、君の帰りが遅くて心配してるはずだ」
「うん、そうだね」
急いで立ち上がって、はっとする。
(っ……佐助くんと、ずっと手を繋いだままだった。離さなきゃ)
頭ではそう思うものの、なんだか今は、離したくない。
佐助「どうかした?」
「ええっと、大人なのに、友だち同士で手をつなぐのって、ちょっと変かなと思って……」
佐助「……言われてみれば。なんとなく離し難くて、そのままにしてた」
(佐助くんも、離したくないって思ってくれてたんだ)
ますます、繋いだ手と手が、この乱世で私たちを繋ぐ大事な絆に思えてくる。
「……もう少し、このままでも、いいかな?」
佐助「成人が友人間で手を繋ぐことは、現代日本だと稀な光景だけど、問題ない。今は、戦国だから」
「そっか……。戦国だから、いいか!」
笑顔がこぼれて、佐助くんと手を繋いだまま歩きだす。
佐助「暗くなってきたから、足元に気をつけて」
「うん、ありがとう」
(佐助くんの手、温かいな)
焦りながら城を出た時と違って、佐助くんが一緒だと足取りも軽い。
「あ……そういえば時間、大丈夫かな」
佐助「この後、何か用事があるの?」
「うん。今夜、信長様と一対一でお酒を飲むことになってるの」
佐助「それは……かなりうらやましいな」
私へ向けられた冷静な瞳の奥がきらりと光る。
(佐助くん、目が本気だ!)
「よかったら佐助くんも一緒に行く?」
佐助「ああ。せっかくだから秀吉さんに頼んでみよう。天下の織田信長相手にサシ飲みとなると、さすがに君も大変だろうし」
(来てくれるんだ……!)
「よかった、本当はすごく心細かったの!」
佐助「だと思った。こういう時こそ、そばにいる俺を頼ってほしい」
「うん……ぜひ、よろしくお願いします」
(戦国時代の人間として、一気にレベルアップしたかったけど、もう無理をするのはやめて、一歩一歩頑張ろう)
何より佐助くんといつも通りの会話が戻ってきたことが嬉しくて、私は繋いでいる大きな手をそっと握り直した。
…………
その日の夕暮れ–––
安土の外れに、光秀に暇を出されたおツタの姿があった。
おツタ「うう…っ、あの女さえ現れなければ、私が信長様の一番近くにお仕えできたかもしれないのに…っ」
怒りに任せて叫んだその時、木の葉を踏み分けて足音が近づき……
元就「面白え話してるじゃねえか、お嬢ちゃん」
おツタ「え……っ」
元就「……『あの女』ってのは誰だ? 詳しく聞かせてもらおうか」
…………
翌日–––
朝早く、蘭丸くんが焦った様子で訪ねてきた。
蘭丸「美香様、昨日大変だったって聞いたんだけど……っ」
(蘭丸くん、耳が早いな)
「うん、大変だったよ。信長様と佐助くんと三人で一緒にお酒を飲んだんだけど……」
蘭丸「え?」
「二人が古代中国の戦術家の話で盛り上がっちゃって、ついていくのがやっとだった」
昨夜のことを思い浮かべて苦笑する私に、蘭丸くんが首をかしげた。
蘭丸「ええっと……おツタさんって子の話のことを行ったつもりだったんだけど……」
(あ……っ、そっちの話か!)
「ごめん、早とちりしちゃった。蘭丸くん、心配してきてくれたんだね」
慌てて謝ると、屈託のない笑顔を向けられる。
蘭丸「美香様が元気ならいいんだ! 美香様にとっては信長様と佐助殿の宴の方が大事件だったんだね。にしても、信長様と兵法の話で盛り上がれるなんて、佐助殿って何者なの?」
「佐助君は昔から、歴史を学ぶのが好きだったから、幅広い知識があるんだと思う」
佐助くんは、大好きな戦国武将のことを調べるうちに、彼らが学んだ中国の歴史も勉強するようになったのだと、あとでこっそり教えてくれた。
(佐助くんにとって、学ぶことは本当に楽しいことなんだな)
蘭丸「変わってるね、佐助殿って。で……仲直りはできたわけ?」
「えっ、仲直りって……」
蘭丸「みーんな知ってるよ。美香様が佐助殿を避けてたこと」
(う……バレバレだったんだ)
「仲直りというか……言えずにいたことを、思い切って全部話したんだ。素直になってみてよかったよ。今日もこれから、一緒に市へ買い出しに行くの」
蘭丸「そっか……。美香様には、何でも話せる相手がいるんだね」
(ん?)
笑顔を浮かべているものの、蘭丸くんにはどことなく影がある。
私をうらやんでいるような、どこか切なげな表情に、妙に不安をかきたてられた。
「蘭丸くん、何かあった……?」
蘭丸「……ううん、なんでもないよ! 美香様、門までお見送りしてあげるねっ」
…………
見送られて城を出た後も、蘭丸くんのことが気にかかる。
(さっきの蘭丸くん、カラ元気を振りまいてたみたいで心配だな。力になれることがあれば、元気づけてあげたい……。佐助くんが私にしてくれたみたいに)
そっと広げた手のひらには、昨日の温もりがまだ残っているような気がした。
(佐助くんと離れてみてよくわかった。ひとりで暮らせるようになることが自立じゃないって。手を取り合って、お互いを頼りにしながら、生きていけばいいんだ。危険があるからこそ、困ったら手を差し伸べられる距離にいた方がいい)
そう強く想いながら、私は佐助くんとの待ち合わせ場所へ急いだ。
…………
佐助「それじゃ今日は久々に、戦国ショッピングツアーを開催しよう」
「うん!」
軒を連ねる店先に並んだ着物を、佐助くんと歩きながら眺める。
佐助「美香さん、デザイナーを志す君にぜひ見せたいものがある」
「え、何?」
佐助「これが『辻が花』という小袖だ。現代では再現不可能といわれてる手法で作られている」
(そんなすごいものが普通に市で売られてるんだ!)
手渡された小袖の刺繍の細やかさと優美に染められた色に目を奪われる。
「綺麗……! 今度、反物屋さんに製法を教えてもらおう。あっ、こっちの染め物もすごく素敵……それに向こうの帯も!」
佐助「美香さん、落ち着いて。商品は逃げないから」
「うん、分かってるんだけど……」
(なんでだろう。市に並んでるもの全部、前よりキラキラしてる)
活気に溢れる市を歩いていると、色んなものが鮮やかに目に飛び込んでくる。
(心が決まったからかな。不安を受け入れて、佐助くんと助け合って乗り越えるって)
反物や着物だけじゃなく、乱世のあらゆるものがピカピカ輝いて見える。
吹いてくる清々しい風を胸いっぱいに吸い込んだら、自然と笑みがこぼれた。
「今日は一緒に回ってくれてありがとう! 佐助くんと市を見るの、すごく楽しいよ」
佐助「…………」
(佐助くん?)
私を見つめる佐助くんは首をかしげたかと思うと、眼鏡を外して眉間をつまむ。
「どうかした? 具合でも悪い……?」
佐助「いや、なんでもない。恐らく眼鏡がくもったせいで、目の前が少しかすんだだけだ」
「佐助くん、今話しかけてるのは、お店の柱だよ」
佐助「ああ、すまない。眼鏡を拭いたら、すぐに復活する」
「そっか、何事もなくてよかった」
眼鏡をかけ直し柱から私へ向き直った佐助くんはいつも通りのクールな表情で、ホッとした。
「あ、お茶菓子も見ていい? 城のお針子仲間の人たちを、明日お茶に誘ったんだ」
佐助「え? 君から?」
「うん。おツタさんには嫌われちゃったけど……これからは、女中さんたちとも仲良くなれたらいいなと思って」
(もしおツタさんに、私が信長様に近づこうなんて思っていないないことを知ってもらえていたら、あんな事件にはならずに、友だちになれていたかもしれない。佐助くんの言う通り、私は政治の中枢にいる人たちのそばにいるんだから、これからはもっと周りに気を配れるようになろう)
佐助「……そうか」
「ねえ佐助くん。戦国講座、また開いてくれる? 前みたいなことがないように、この時代の野草の知識も教えてもらえると助かるんだけど……」
佐助「お安い御用だ」
「ありがとう!」
(佐助くんが一緒だと、本当に心強いな)
昨日までの不安は綺麗に消え去って、胸が弾んで、いくらでも笑みが溢れてくる。
「あっ、佐助くん、あれなんだろう? あっちも見に行こう!」
佐助「っ…………」
駆け出してお店の前で振り返ると、佐助くんは目をみはりながら首をかたむけて、また眼鏡を拭いている。
「佐助くん、どうしたのーっ?」
佐助「なんでもない。すぐに行く」
少し遅れて追いついた佐助くんと、賑やかな市を日が暮れるまで歩き続けた。
…………
数日後–––
佐助くんは約束通り、乱世の野草について、野原でレクチャーを開いてくれた。
佐助「解熱剤に使われる薬草については以上だ。ほかの野草の説明は次回にしよう」
「メソポタミア文明まで話が飛んで驚いたけど、すごく面白かった! ありがとう、佐助くん」
(やっぱり佐助くんに戦国講座を頼んでよかったな)
佐助「君が熱心な生徒だから、こっちも楽しかった。時間を忘れてたな」
「本当だね、いつの間にか真っ暗だよ」
教えてもらいながら集めた薬草は、気がつくとカゴいっぱいになっていた。
(はじめはただの芝生に見えてたけど、佐助くんの眼鏡越しには、ひとつひとつに名前のある個性を持った植物に映ってたんだろうな)
立ち上がってカゴを抱えようとすると……
(わ、重い……、調子に乗って集めすぎたかな)
佐助「美香さん、俺が運ぼう」
「え……」
引き締まったしなやかな腕が伸びてきて、すっとカゴを取り上げられた。
「あ……ありがとう」
佐助「どういたしまして」
(すごいな、あんなに重かったのに)
佐助くんは軽々と片手でカゴを持っている。
佐助「この薬草は、どうする予定?」
「家康が薬を調合するのが得意だって聞いたから、薬の煎じ方を教えてってお願いしたの」
最初は面倒そうだった家康も、熱意が通じたのか最後には、『教えるからには徹底的にあんたを鍛えるから』と宣言してくれた。
「佐助くんと違ってスパルタ授業だって予感がするけど、楽しみだな」
佐助「徳川家康公、直々の授業なんて、うらやましいの極みだな……」
「それなら佐助くんも一緒に行こう!」
佐助「ああ、ぜひ」
(きっと佐助くんは優秀だから、家康も教えがいがあるだろうな。私も佐助くんを見習って、しっかり学ばないと。……ん?)
淡い月あかりを受ける佐助くんが、柔らかな眼差しを私へ向けている。
佐助「–––最近、君はずいぶん忙しそうだ。戦国でアクティビティを満喫してるみたいだな」
「言われてみればそうかも。安土の暮らしに慣れてきたせいかな」
(タイムスリップしてきた時は、あんなに不安だったのに……)
外に出るのも怖くて引きこもっていた生活を思い出し、苦笑いする。
「佐助くんのせいで、楽しくなっちゃったじゃない」
佐助「……? それは、悪かった」
「責めてるんじゃなくて、感謝してるんだよ」
佐助くんのそばにいると、自然に笑える。力が抜けて、自分らしい自分でいられる。
「私ね、タイムスリップしたばっかりの時は、『デザイナーになる夢を叶えられないなら幸せになれない。現代に戻れるまで三ヶ月間耐えるしかない』って考えてた。でも……佐助くんが教えてくれたの。この時代にも楽しいことや面白いことがたくさんあるって」
(私ひとりじゃ、気づけなかったことばっかりだ)
「佐助くんの目で見る世界はきっと、いつでもどこでもピッカピカに輝いてるんだろうね」
佐助「…………」
わずかに息を呑んだ後、佐助くんは外した眼鏡を手に、目をこすりだす。
「どうかした……?」
佐助「……最近、目が若干おかしいんだ。昼間だけの現象かと思ったけど、そうでもないらしい。」
「え?」
佐助「夜なのに、目の前が眩しく感じる。」